猫を起こさないように
よい大人のnWo
全テキスト(1999年1月10日~現在)

全テキスト(1999年1月10日~現在)

媾合陛下

  こう-ごう【媾合】性交。交接。交合。(広辞苑第四版)
 私の名前は媾合陛下。マスコミに作られたイメージ通り、毒にも薬にもならない頭の弱い知的にチャレンジされている人の笑顔を臣民に向ける毎日。それにしても、今日の私はどうしたのかしら。遅れたメンスのせいか、とっても気分がアンニュイ。
 「どうなされました媾合陛下」
 「疲れたわ。こんなのは本当の私じゃないもの」
 「しかし、それが陛下のお仕事でございます」
 「ねえ、あなた何故私が媾合陛下と呼ばれているか知ってる?」
 「いえ、お恥ずかしいことですが、存じ上げておりません」
 「それはね……しゃッ」
 「ああっ、たいへんだ。媾合陛下がバルコニーから二十メートルも跳び上がり、堀をひとまたぎに樹齢千年の樫から削りだした厚さ50センチの大門にディズニーのような人型の穴をあけ、外に立つ屈強なガードマンをものともせずなぎ倒して出ていかれたぞ」
 「いかん! 追え、追うのだ」

 「うふふ、久しぶりの娑婆の空気。あら、いい男。こんにちは」
 「あっ。媾合陛下だ」
 「私を知っているのね。ならなぜ私が媾合陛下って呼ばれてるかは、知ってるかしら」
 「ぞぞぞ、存じ上げておりません」
 「緊張しちゃって。 可愛いわね。いいわ、教えてあげる。それはね……しゃッ」

 「はぁ、はぁ。いました! いや、おら れました!」
 「ああっ、たいへんだ。すでに媾合陛下のおみ足が下郎の下半身をがっちりとホールドされているぞ」
 「しまった、遅かったか。(振り返り)諸君、残念だが、ああなってはもう手遅れだ」
 「おお、おお、この匂い、この感じ。久しく忘れていた女性自身の高ぶり。いいわぁ」
 「媾合陛下の御姿を御簾でお隠し申し上げるのだ。急げ急げ」
 「おお、おお、私のわがままなボディが若い精気で満たされていく」
 「ええい、散れ、下衆ども。近寄るでない。そのつまらぬ凡々たる日々の生活へと戻ってゆけ。あっ。こら、御簾を乗り越えるな」
 「そうよ、この瞬間の私が本当の私。見て、私が媾合陛下よ!」
 「ああっ、たいへん だ。媾合陛下が男を下半身にプラグインしたまま御簾を突き破って蜘蛛のように道路に飛び出し、向かい来る車をあたかもそれらが豆腐ででもあるかのように次々と破砕しながら、幹線道路を御殿場方面へ逃走なされたぞ」
 「見られたか。今ここにいる全員を射殺しろ。無条件発砲を許可する。そう、全員だ。一人たりとも生きて帰すな」
 「ぱんぱんぱん」
 「きゃああ、今生では私自身の血を分けた息子としての実存に押し込められているけれど、来世では光の王女としての私の夫なることが親神様によって定められ確定している偏差値72のみのるちゃんが、額の中央の漫画的な拳銃に撃たれた記号から血と脳漿を吹き出して重力方向へあおむけにブッ倒れたわ」
 「みんな見でえぇぇぇわだじよぉぉぉわたじが媾合陛下なのよぉぉぉぉ」

新撰組血風録

 「沖田、おまえ…」
 「葛城さん、あなたにはわからないんですよ。あなたにはわからない。性格のほどよい味付けになる、社会に容認され得る程度の不道徳でアウトサイダーを気取っているあなたのモラトリアムふうの動きが、前から私は気にくわなかったんだ」
 「沖田、おまえ…」
 「葛城さん、あなたにはわからないんですよ。あなたにはわからない。重度の少女愛好趣味者の私が、この時代ロリータ本などという気の利いたものも出版されておらず、どれほどの苦渋を嘗めてきたかあなたにわかるはずがないんだ」
 「沖田、おまえ…」
 「葛城さん、あなたにはわからないんですよ。あなたにはわからない。十歳の頃は十歳の娘が好きだったのが、二十歳になってもまだ十歳の娘が好きな自分に気づいたときの衝撃が、あなたにわかるはずはないんだ」
 「沖田、おまえ…」
 「葛城さん、あなたにはわからないんですよ。あなたにはわからない。懇意になった、私を見てもおびえず笑いかけてくれるまでになった近所の娘をある日路地裏に連れ込み、うっかり強くなってしまった剣の腕を利用して無邪気に私を信じるその後頭部を一撃して昏倒させ、さすがに新撰組という世間的な地位があるから一線を越えてしまう勇気もなく、おあずけを喰らった皮膚病の赤犬のように娘を裸に剥くにとどめ、この時代カメラなどという気のきいたものはまだ発明されていないから懐紙に筆でその瑞々しい裸体を路地の外の往来を終始気にしながら震える手で必死になって書き写し、逃げるように帰り着いた長屋で見るだにヘッタクソなそれを甘んじて使わなければならなかった私の気持ちが、あなたにわかるはずがないんだ」
 「沖田、おまえ…」
 「そして、使用後に先端に付着した液体をぬぐいながら惨めな自分の気持ちを盛り上げようと、『ああ、これが正真正銘の自給自足だなぁ』と明るく言ってみたのに何故か涙が止まらなくなり、薄い壁の長屋のこと隣の住人に聞こえないよう一晩中布団の中で嗚咽を堪えなければならなかった私の気持ちが、あなたにわかるはずがないんだ」
 「沖田、おまえ…」
 「次の日出会ったその娘が私を見るなり泣きながら逃げだしていったときの私の、自分が悪いはずなのに捨てられた犬のように感じたあの気持ちが、あなたにわかるはずがないんだ」
 「沖田、そんなまわりくどいことをしなくても、この時代少女売春はまだ法規制されていないはずだ」
 「葛城さん、あなたにはわからないんですよ。あなたにはわからない。コンビニに平然と平積みされているエロ本を手に取ることさえ人目をはばかりできないような、ひどく世間体を気にする童貞の私にそんなことできようはずがないじゃないですか」
 「沖田、おまえ…」
 「葛城さん、あなたにはわからないんですよ。あなたにはわからない。そうやって日々増えていく少女たちの絵に、最近はずいぶん私の描き様も達者になり、それがまた惨めさをいや増すんですが、順番にナンバーを打ちファイリングし、『ああ、こりゃ一大コレクションだな』とわざとに大きな声で言ってみて、なぜか不覚にこぼれ落ちた涙の意味があなたにわかるはずはないんだ」
 「沖田、おまえ…」
 「葛城さん、あなたにはわからないんですよ。あなたにはわからない。先日の台風で気づかぬうちに少女絵コレクションを隠した押入に浸水しており、すべて墨が流れてだめになってしまったのを発見したときに私の口から知らず漏れた獣のようなうめきの意味が、あなたにわかるはずはないんだ」
 「沖田、おまえ…」
 「葛城さん、あなたにはわからないんですよ。あなたにはわからない。そういった日々の憂悶を剣術にぶつけるうちに、ついうっかりたいへん強くなって名前が売れてしまい、『沖田総司の打ち込みは鬼神のようじゃ』と囁かれるのにむかって、『そんな上等なものではなくてただのロリコンです』とつい真顔で訂正しそうになるときに腋を伝い落ちる冷たい汗の意味が、あなたにわかるはずはないんだ」
 「沖田、おまえ…」
 「葛城さん、あなたにはわからないんですよ。あなたにはわからない。この女顔のせいでたくさんの不純なやおい少女たちに描かれるところの実際そうである私が、ある朝かわやで用を足していると尿道にするどい痛みを感じ、何事かと思って手をやるとそこには透明な液が付着しており、その液の表面に無数の梅毒スピロヘータのうごめきを発見してしまったときに感じた、『まだ一度も婦女とまぐわってないのに』という無念とくちおしさが、あなたにわかるはずはないんだ」
 「沖田、おまえ…」

媾合陛下

  こう-ごう【媾合】性交。交接。交合。(広辞苑第四版)
 私の名前は媾合陛下。マスコミに作られたイメージ通りの私を演じるために、今日は来たくもない清水寺へ観光に来ているの。それにしても、今日の私はどうしたのかしら。遅れたメンスのせいかとっても気分がアンニュイ。
 「お疲れのようですね」
 「私の中には寺社仏閣めぐりなんて枯淡の心境は、少しもないのだもの。こんなのは本当の私じゃない」
 「しかしそれが貴方のお仕事です、媾合陛下」
 「ねえ、あなた何故私が媾合陛下と呼ばれているか知ってる?」
 「いえ、先月こちらに配属された新人なものですから、存じ上げておりません」
 「ふふ、それはね……しゃッ」
 「ああっ、たいへんだ。媾合陛下がまるで清水の舞台からとび降りるように思い切って清水の舞台からとび降り、五メートルも落下したところで全身のたるんだ皺に風をはらませて、まるでムササビのように奈良方面へと飛び去ったぞ」
 「追え、追うんだ」

 「ああ、久しぶりの娑婆の空気。いいわぁ。あら、修学旅行の学生ね。こんにちは」
 「あっ。媾合陛下だ」
 「私のことを知っているのね」
 「そんな。や、やめて下さい」
 「ふふ、女に触られただけで赤くなるなんて、本当にうぶね。私がどうして媾合陛下と呼ばれているのか、教えてあげるわ。大丈夫、怖がらないで……しゃッ」

 「みなさま、カリフォルニアより遠路はるばるお疲れさまです。さて、みなさまの右手に見えますのが聖徳太子ゆかりの法隆……あっ」
 「オゥ、何デスカアレハ」
 「マグワッテイルネマグワッテイルネ激シクマグワッテイルネ」
 「みみみみなさま、左手をごらん下さい。ええと、その、鹿。そうです、愛らしい鹿の親子が」
 「ガイドサン、コレドノヨウナニポンノ文化」
 「おお、おお、久しく忘れていたこの匂い、この感じ。いいわぁ」
 「お母さん、お母さん」
 「私知ッテマス、アレニポン語デ”青姦”言イマス。古キ良キニポンノ文化」
 「私モ聞イタコトアリマス、青空ノ下デ姦通スルカラ”青姦”言イマス」
 「サスガカリフォルニア大学デニポン文化ヲ専攻シテイルダケノコトハアリマスネ、スティーブ」
 「もういや、もういやぁ」
 「中学生ニキビダラケノ顔ヲ思想的ナ真ッ赤ニ染メテイルネ」
 「お母さん、お母さん」
 「サスガカリフォルニア大学デ政治思想史ヲ専攻シテイルダケノコトハアルネ、ステファニー」
 「衆人姦視ノ中デノマグワイガ快楽ヲイヤ増シテイルノダネ」
 「サスガカリフォルニア大学デ心理学ヲ専攻シテイルダケノコトハアリマスネ、ジェイン」
 「はぁ、はぁ。いました! いや、おられました!」
 「ああ、たいへんだ。媾合陛下のおみ足がいたいけな中学生の腰を折れそうなほどにがっちりとホールドしているぞ」
 「もういやです、私帰ります。帰るんだからぁっ」
 「しまった遅かったか。(振り返り)諸君、ああなってはもう手遅れだ。お隠し申し上げろ。媾合陛下の御姿を御簾でお隠し申し上げるんだ」
 「おお、おお、若い身体の精気はなんて強いのかしら。私のわがままなボディが悦びにうちふるえているわ」
 「オゥ、何デスカコノ人タチ」
 「コウイウノニポンゴ語デナンテ言ウカ私知ッテマス。”無粋”言イマス」
 「サスガカリフォルニア大学デニポン文化ヲ専攻シテイルダケノコトハアリマスネ、スティーブ」
 「国家権力ノオーボーダゾ」
 「ええい、散れ、寄るなこの毛唐どもめ。貴様らの目に触れるだけで穢れだ。とっとと自分の国に帰って、前向きと無思考を取り違えることのできる単純さで、今日受けたトラウマのカウンセリングでも受けてろ。あっ。こら、御簾を乗り越えるな」
 「オーボーデスオーボーデス。国家権力ノオーボーデス」
 「ソウダソウダ。我々ニハ法ニ約束サレタ”知ル権利”ガアルゾ」
 「サスガカリフォルニア大学デ政治学ヲ専攻シテイルダケノコトハアルネ、ステファニー」
 「そうよ、この瞬間こそが飾らない本当の私。私が媾合陛下なのよ」
 「ぼきり」
 「ああっ、たいへんだ。媾合陛下が人間の本来にはあり得ない方向に上半身を曲げた、紙より白い顔色の男子中学生を腰にプラグインしたまま、毛唐の数人を戦車のように踏みつぶし、鹿の親子を人間の側の勝手な投影を排除したやりかたでまるでそれらが単なる畜生に過ぎないとでもいうかのように引き裂き、その先にそびえる五重塔をまるでそれが運動会の棒倒し競技用の棒に過ぎないとでもいうかのように彼女がいつもチンポにするごとくに倒壊させ、蜘蛛のように走り去って行くぞ」
 「見られたか。今ここにいる毛唐どもを全員を射殺しろ。無条件発砲を許可する。そう、みんなだ。一人も生きて国外に出すな」
 「ぱんぱんぱん」
 「オゥノゥ、グランパガ”トムトジェリー”ノヨウニ厚サ2ミリノ紙状ニ潰サレテ遙カ上空カラヒラヒラト舞イ降リテキタ私トイウ実存ハダニエル・キイスニ原作ヲ提供デキルホドノ心ノ傷ヲ負イマシタ」
 「サスガカリフォルニア大学デ心理学ヲ専攻シテイルダケノコトハアリマスネ、ジェイン」
 「みんな見でえぇぇぇわだじよぉぉぉわだじが媾合陛下なのよぉぉぉ」

天人五衰

 「あっ。道路の向こうからほとんどつま先まで隠れるほど長いやたらにひだのある(何の暗喩だか言わなくてもわかりますよね)フリルつきのピンク色のスカートをはき、クマのぬいぐるみを自分では他人に可愛いと映ると思っているんだろう仕草で胸元に抱き寄せ、くるぶしまでのばした髪の毛をほとんど一歩ごとに自分で踏みつけながら、顔面は贔屓目に言って十人並みの婦女が思いつめたふうの、しかし焦点の全く合っていない目で歩いてきます。そちらを見ないように口笛をふきながら速やかにすれ違うよう、私の中に息づく原初の動物本能が告げました……ピィピィピィ」
 「あら、貴方」
 「やばいです、私に関心を持ったようです。私の中に息づく原初の動物本能が歩調を倍速に早めろと告げました……ピィピィピィ」
 「やっぱり」
 「ぎゃっ。私の右の上腕が捕まりました。婦女とは思えないほどの凄まじい膂力です」
 「鷹久、鷹久ね。やっと会えたわ」
 「助けて下さい。なんで私ばっかりこんな目に遭いますか……あの、人違いやおまへんやろか。よぉ見てみなはれ」
 「長かったわ。私はこの邂逅を千年も待ち続けたのだもの」
 「聞いてません、この女まったく聞いてませんよ……は・は・は。よぉ間違えられるんですわ、ワシ。ほんまもうしわけないんやけど、お嬢さんの言ってる人とちゃいますよってに。ワシ、武言いまんねん」
 「もしかして前世の記憶が無いのね、鷹久」
 「出ました。前世ワードです。勘弁して下さい。なんで私ばっかりこんな目に遭いますか……ちょぉ、自分もう離せや。ワシちゃう言うてるやんけ」
 「可哀想な鷹久。いいわ、私が少しづつ思い出させてあげる。だから、怖がらないで」
 「あいた、いたたた。右腕の捕まれている箇所から先が青黒く変色してきました。勘弁して下さい。なんで私ばっかりこんな目に遭いますか……すんません、ちょっとワシきつぅ言いすぎましたわ。わかりました、少しづつ誤解を解いていきまひょ。な?」
 「そう、私たちが最初に出会ったのは、平安時代だったわ」
 「きっついわ。少しも聞いてへんやんけ」
 「童貞だった貴方は初めて私と愛をかわすとき、緊張のあまり間違えて床板のうろにブツを挿入し、猫に先端を引っ掻かれたものだった。うふふ」
 「痛い、痛い、腕腐る、離してくれ」
 「そう、その次に私たちが出会ったのは、元禄時代のことだったわ」
 「痛い、痛い、腕腐る、離してくれ」
 「童貞だった貴方は初めて私と愛をかわすとき、緊張のあまり間違えて天井板のうろにブツを挿入し、ネズミに先端を囓られたものだった。うふふ」
 「痛い、痛い、腕腐る、離してくれ」]
 「そう、最後に私たちが出会ったのは、幕末のことだったわ」
 「痛い、痛い、腕腐る、離してくれ」
 「童貞だった貴方は初めて私と愛をかわすとき、緊張のあまり間違えて土竜の穴にブツを挿入し、尿道でミミズを引っ張りだしたものだった。うふふ」
 「痛い、痛い、腕腐る、離してくれ。あっ。あそこを通るのは一つ屋根の下に暮らすロリータ高校生の従姉妹、ではないですか……おぉうい、おぉうい」
 「たけちゃん。わたし、桐子よ」
 「マイガッ。君もですか。右腕の感覚が無くなってきました。あっ。あそこを通るのは私の同級の友人で、組の若頭顔の汰一ではないですか……おぉうい、おぉうい」
 「キサマッ。あれほど彼女を守ると約束しておきながらッ」
 「マイガッ。君もですか」
 「にいさま」
 「あっ。そんなところに顔をすりつけないで下さい。ちんちんが起立してきました」
 「ぼとり」
 「ぎゃあっ。私の右腕がまるで鳥のササミを裂くようにずるりと音を立てて抜け落ちました」
 「鷹久」「にいさま」「この後におよんで、キサマッ」

 「なんだなんだ」
 「左腕を強く電波さんにねじあげられ、両足をロリータに抱きつかれた小太りのアニメプリントシャツが、ニキビ面の体育会系高校生になすすべもないまま殴打の嵐を受けているぞ」
 「やめ。もうやめぇや自分ら。きっついわ」
 「くちゃ」
 「ああ、右目潰れてもたがな。かなわんわ。もう見えへんがな。うわぁぁんうわぁぁん」
 「鷹久、思い出してくれた?」「にいさま」「キサマッ、キサマッ」

ハートカクテル

 夕方のリビングでゆったりとソファに腰掛けながら、FMラジオから流れてくるブルックナーの交響曲に耳を傾けていたぼくにも、その声はなぜかはっきりと聞こえた。
  「 らおう の ちんぽ が 」
 二階の寝室にあがると、半年ほどまえからいっしょに暮らしはじめたカノジョが、ベッドサイドランプのつくりだす銀色のハロウに横顔を照らされながら、寄る辺無いようすで座りこんでいた。カノジョは少し泣いているようだった。
 ぼくはカノジョの口から出た男の名前や、カノジョの言葉に続くのかもしれないカノジョの過去にはふしぎと興味がわかなかった。
 ただぼくは、半年あまりもいっしょに暮らしておきながら、カノジョのことをあまりにも知らないのだという事実に、軽いショックを受けた。
 そのときの、ロシア人の血が少し入っているのと笑って言ったカノジョの、ガラス細工を思わせる繊細な横顔は、階下より静かに流れてくるブルックナーの交響曲とあいまって、よくできた恋愛映画のワンシーンのような、甘い胸の痛みをぼくの中に残したのだった。

 ぼくは沈みがちなカノジョをなぐさめようと、蛍光塗料を塗布したシールと、日曜の午後すべてを使って、寝室にちょっとしたプラネタリウムを作り出した。昼間の光を吸い込んだそれらは、夜の底にすてきに輝くのだ。
 その夜、いつものようにぼくの腕を枕にして大柄なカノジョは、いつもとちがうふうな安らかなため息をもらした。
 ぼくたちだけのために輝く星たち。
 白鳥座、天秤座、オリオン座、北斗七星…
  「 しちょうせい が おちてくる はやく ひこう しんれいだい を 」
 カノジョが身を起こす気配があった。灯りをつけると、全身にびっしょりと汗をかいたカノジョが、まるで雨の中に捨てられた子猫のように、小さく身を震わせていた。
 ぼくには、どうすることもできなかった。

 それは本当に夢だったのかもしれない。そのときにもぼくたちのクライマックスを飾るように、ブルックナーの交響曲が流れていたような気がする。
 窓から射し込む夕日が、部屋のすべてを黄金色に染め上げる中、ぼくは玄関ドアの前に立つカノジョを、確かに見たと思った。
 行ってしまうのかい? ぼくは午睡のまどろみのうちに、カノジョにそうたずねた。
  「 ごめんなさい なんと の しゅくめい が 」
 逆光になりカノジョの顔は見えなかったが、カノジョは最初に出会ったときのように、泣いているようだった。
 謝らなければならないのは、ぼくのほうだ。ぼくには最後まで、君を泣かせることしかできなかった。
 遠くで、とても遠くで、扉の閉まる音が聞こえた。
 目覚めたときぼくにかけられていた毛布には、かすかにカノジョの匂いがした。

 それっきりだった。
 買い物用のサンダルがひとつだけ、無くなっていた。カノジョは最初からぼくのまわりにいなかったかのように、消えてしまった。ぼくの心の、いちばんやわらかく傷つきやすい部分に、恋の甘い棘をのこして。
 今でもときどき思い出すのだ。ブルックナーの交響曲の流れる、こんな黄金射す夕べには。
 カノジョの声がリフレインする。
  「 ねえ らおう の ちんぽ が 」

~ Fin ~

このHPというかたち ~小鳥猊下講演禄~

 「トマホゥゥゥクブゥゥウメラン」
 「あっ。小鳥猊下が肩口にぼんぼりのようなものをつけた、ぴったりと張りつきそのボディラインを陰毛と乳首まであきらかにする真っ白な王子様の服を上半身に装着し、過去に一度真ん中で折れてしまってから誤った角度のまま完治してしまったためL字型をしているブツをいくぶん腰を引き気味にゆらゆらとゆっくり左右にゆらしながら御出座なされたぞ」
 「ああ、なんてエロチックなダンディズムなのかしら。私の局部がしっとりと湿気を帯びはじめたわ」
 「婦女は目を伏せなさい」
 「……宮にまで遡ることができるわけなんですね。え? 何? マイク入ってなかった? じゃあ今までの全部流れてないの。ふぅん。責任者殺しちゃって。うん、そう。殺すの。二度言わせないでよ。温厚なぼくでも怒るよ。あ、待って。楽に殺しちゃ駄目よ。生まれてきたことを千回も万回も後悔するような殺しかたでやってよね。この講演会場に地縛するくらいにさ。ビデオも忘れずまわしといてよね。講演終わったらメシ喰いながら見るから。うん。お願い。
 「……というわけでこのHPなんですけれど、ええっと、何話したっけか。こういうのってライブ感覚が大事なんだよね。スピーチ原稿なんて用意してないしさ。ああ~ぁ、さっきまでいい調子だったのになんだかムカつくなぁ。ねえ、さっきのヤツ家族いるの? あ、そう。じゃ、その写真をぶらさげながら殺しちゃってよ。マイホームの前で家族全員で飼い犬といっしょに写ってるようなのがいいな。うん、そう。とびきりよく写った幸せそうなのをさ、ちゃんと見えるように目の前に吊すの。けけっ。二度言わせないでよ。温厚なぼくでもいい加減怒るよ。ほんとに。
 「……よくみなさんからお受けする質問に『日記じゃない』というのがありますが、それは認識が正しくありませんね。ふつうみなさんがやるような日記というのはほとんど日々の身辺雑記のような、事実の羅列なわけなんですけれども、それはみなさまが気を悪くされることを承知で言うなら、次元が低いと言わざるを得ません。人間という生き物は、岸田透さんもおっしゃるように、その無意識層にさまざまの感情なり性格なりのアイデンティティの根本を負っているわけです。我々自身が自覚することのでき、ある程度まで操作の可能な意識層の情報は極論すると、この無意識層に澱のように蓄積された情報にくらべ、より重要度が低いと言うことができます。
 「私がHPにやる日記は、言わば、これら無意識層からのマグマの噴出を書き留めているわけですね。そういった意味では夢日記に近いということもできるかも知れません。わかりやすいように1月24日の日記を例にあげてみるならば、私が『ラオウのチンポ』というよりインパクトのある書き方を選ばなかったのは、それは私の無意識にある私の気がつかない何かがそうさせたと言うことなんです。そしてそれは『のチンポ』という表現よりもはるかに重要なんですね。交遊関係であるとか、どこへ行ったとかのくだらない日々の雑記よりも、このようなかたちのほうが私という個人のことを、ある種の人々にとっては更に深いレヴェルで認識できる結果になる、とこう思うわけなんです。
 「ようするに、私の生殖器が実際どのようであるかということを克明に描写することが重要なのではなく、そこに表記されている記号が”ちんぽ”なのか”チンポ”なのか”ペニス”なのか”ちんちん”なのか”チンポコ”なのか”ぽこちん”なのか”ブツ”なのか”男性自身”なのか、あるはそれらのどれでもないのか、それを選択した私自身の無意識下の動きがもっとも重要なんですね。まァ、私のほんとうの形状を知りたいというご婦人がこの会場におられるなら、今お見せすることにやぶさかではないですがね(会場爆笑)
 「ああ~ぁ、疲れたよ、ほんと。ねえ、死んだ? ちゃんと死んだの? どう、つらそうだった? あっ、だめ。言わないで。推理小説とおんなじでこういうのって先に聞いちゃうとおもしろくなくなるからさぁ。ちゃんとビデオ撮れてるだろうね。いいとこで切れてたりしたら温厚なぼくでも怒るよ。ほんとに。ああ~ぁ、焼き肉喰いてえなぁ、焼き肉。店予約してきてよ。ちゃんとビデオも見れるようにセッティングしといてよね。シャワー浴びたらすぐ行くから。
 「……え、何? まだ車来てないの。湯冷めしちゃうじゃない。あと十分待つの。ふぅん。責任者殺しちゃって。うん、そう。殺すの。二度言わせないでよ。温厚なぼくでも怒るよ、いい加減。両手両足を四台のハイヤーに結びつけて別方向へ同時に引っ張らせてよ。けけっ。