猫を起こさないように
よい大人のnWo
全テキスト(1999年1月10日~現在)

全テキスト(1999年1月10日~現在)

媾合陛下

  こう-ごう【媾合】性交。交接。交合。(広辞苑第四版)
 私の名前は媾合陛下。今日は国を代表する大使としてA国大統領との夕食会に招かれているの。たくさんのVIPに囲まれて今日ばかりはさすがの私も少し緊張気味。
 「ああ、不安だわ。通訳はまだ到着しないの」
 「たった今お着きになりました」
 「押忍。遅参をお詫び致す。今日の通訳の御役、腹を切る覚悟で務めさせて頂く」
 「こちらがチョンガチョンガ連邦からいらっしゃった通訳のミハイロウィチ・ゲリチンスキー氏です」
 「ええと、あの。(小声で)ちょっと、大丈夫なの?」
 「ゲリチンスキー氏は日本語、英語、そしてチョンガチョンガ連邦の公用語であるハッチョレ語の三カ国語をよくするトリリンガルの英才でございます、媾合陛下」
 「ただいまご紹介に預かりましたゲリンチンスキーでございます。本日はお日柄もよく。以後お見知りおきをおひけえなすってござ候」
 「不安だわ」
 「ああ、大統領がいらっしゃったようです」
 「”Oh, Ms.INTERCOURSE! Nice to meet you!”」
 「ええと、あの、通訳」
 「御身の後ろに控えて候。大統領殿はただいまこのように申された。『おお、あなたとお目にかかることはナイスだ、媾合陛下』」
 「お招き頂いたのですからこちらからもご挨拶を」
 「え、あああああのあの。ここ、こんちこれまた大統領。よっ、にくいねこりゃ」
 「もう少し国家の代表としての威厳をお持ちになって下さい」
 「だって。外人なのよ。それも大統領っていったらすげえ外人じゃないの」
 「貴国の大統領殿に我ら媾合陛下の御意見をかしこみかしこみ奏上し申し上げる。”Hey, Mr. FUCKIN’ President. I absolutely hate you!”」
 「”…Huh? What is she saying now!? No, Shit!”」
 「ねえ、なんか怒ってるわよ」
 「媾合陛下、大統領殿はただいまこのように申された。『あぁん? 今そこのアマは何て言いやがった。うんこ嫌い』」
 「どうも何か気に障られたようですな。文化的差異というやつでしょうか。なんとか場を取りなして下さい、陛下」
 「わ、私が?」
 「あなたがいま我が国の代表です」
 「ええっと、ええっと。あの。了見の狭いことは無しにして今日は楽しくやりましょうね。って、いいかしら。よろしく頼むわよ、ゲリチンスキーさん」
 「かしこまった。貴国の大統領殿に我ら媾合陛下の御意見をかしこみかしこみ奏上し申し上げる。”I guess your ASSHOLE is too tight, Mr. President. Deeper, harder, I’m just CUMing!”」
 「ああっ、たいへんだ。何か我々には理解不能な理由に顔を真っ赤にした大統領が核発射と大きなフォントで書かれたリモコンを片手に大股に部屋を出て行かれるぞ。御国の危機だ。どうしようどうしよう」
 「ガタガタ騒ぐんじゃないよ。ピンチに肝がすわるのは性分ね。私も媾合陛下と呼ばれた女。見てなさい……しゃッ」
 「嗚呼なんたるちやサンタルチヤ南無八幡大菩薩、媾合陛下のおみ足がカニばさみの要領で今まさに部屋を出んとする大統領殿を二十センチも沈み込むような思想的な匂いのする赤の絨毯の上に押し倒し、その下半身をがっちりとホールドしたまま近代格闘における不落のマウントポジションに持ち込んだで御座るよ」
 「しまった。早ぅ広間の扉を閉めるのだ。一人も中に入れるな。一人も外に出してはいかん。残った人間は全員射殺しろ。そうだ、メイドも秘書官も、とにかく全員だ。一人たりとも生かしてこの部屋から出すな」
 「ぱんぱんぱん」
 「きゃああ。日本のメイドフェチに高く売ろうと思っていた、やっぱり全くの新品よりも多少は様々の体液が付着していたほうが喜ばれるのでここ二三日洗わずに着ているお仕着せが、私自身のみなに乳牛と形容される巨大な胸に突然うまれた漫画的な記号からの『おいおい、もう死んでるぜフツー』というくらいの大量の出血で汚れてしまい、もう売り物にならなくなってしまったわ。という内容のことを英語で実はしゃべっている英語圏の人間という私の実存だわ」
 「”!? Holyshit! It’s so good!! One thousand worms are living in her PUSSY!!!”」
 「媾合陛下、大統領は今このように申された。『聖なるうんこ。すげえ気持ちいい。彼女の子猫ちゃんはカズノコ天井だミミズ千匹だ』」
 「ああ、さすが外人、それも一国のトップともなるとモノの大きさが違うわね。これよ、この感じ。これが本当の私なのよ」
 「”God damned! This is too good to stand any more!!”」
 「ああ、わがままな私のボディが毛唐の精気で満たされていくわぁ」
 「媾合陛下、大統領殿は今このように申された。『神のうんこたれ。これはこれ以上耐えるにはあまりによすぎます』」
 「みんな見でえぇぇぇわだじよぉぉぉわだじが媾合陛下なのよぉぉぉ」
 「大丈夫か、聞こえているか、大統領殿。我ら媾合陛下の御意見を奏上し申し上げる。”Look at me! I’m Ms.INTERCOURSE!”。聞こえているか、大丈夫か、大統領殿」

過ぎし日々の思い出

 電車がターミナル駅に到着するときにやる「この電車はこれまでです」というアナウンスに、「しまった、ワナかッ!」と叫び、すばらしい大腿筋のバネとクロスした丸太のような両腕でもって窓をぶち破って(このぶち破られる窓が婦女子のいったいどの部分を暗喩しているのか読者諸賢にはすでにおわかりですよね?)ホームに飛び降り、二三回転して速やかに立ち上がりファイティングポーズをとるも、周囲を取り巻く人垣からの不審げな視線に気づいて逆ギレし、「見てんじゃねえよ」とあごを突き出してすごみながらのしのし退場なさることもしばしばな、日々主線の異様に太い劇画タッチの私なんですが、ふゥム、どうなんだろうね、若槻くん(ト、あごをなでる)。
 さて、高身長・高学歴・高収入に加えて婦女子のあらゆる膜に訴えかけるともっぱらの評判な涼やかな顔面を有している資本主義社会の完全な勝利者であるところの、知性の真に高いものがよくそうであるように気むずかしげに眉根を寄せはすにかまえて、日常の些末事にはめったに心を動揺させることのない私の実存なんですが、今日は心から嬉しかったんです。誰かが言いました。「認められているのは、認められようと演じている自分で、本当の自分じゃありません」 要するにそういうことなんですね。私という実存は多分に流動的で、次の瞬間には全く違う場所に位相を移しているんだろうけれども、明日には下品な言葉を書くんだろうけれども、少なくとも今日は言いたい。
  こんな私に、ありがとう。

D.J. FOOD(1)

  「 Jam, Jam! MX7! 今週もまたD.J. FOODの”KAWL 4 U”の時間がやってきたぜ! それではいつものように始めよう、Uhhhhhhhhhhhh, Check it out!
  まァ、俺もさまざまの現代人が当たり前にやるような選別の儀式をくぐりぬけてきてここにいるんだが、受験戦争? ハ、そんな遊びのような、たとえ敗れてものうのうと誰も見ないHPを作りネットワークに負荷を付加するだけの情報を送信して自己満足できるような、腐った水の生ぬるさとははるかに遠かったね! 勝つことがすべて、敗北はすぐに死そのものを意味した…そう、あの血のベトナムではね…。今ではこんな一地方局のD.J.にこじんまりとおさまっている枯れた俺の実存だけど、血気盛んだったあの頃には米軍司令部などに乗り込み、しばしば単独でやつらを壊滅させたものだったさ! っていうか今現在チャンピオン誌上で壊滅させている真っ最中なんだけどね! おっと、いけない! これ以上しゃべったら俺の正体がいったい誰だかみんなにバレちゃうよ! さぁて、いつもの犬のようなおしゃべりはこれくらいにして、まず最初のお便りは東京都にお住まいの東鳩マルチさんからだ! 『ボクはじつは全然あなたのことなんか好きじゃないんですけどね。おぉい、みんな聞こえてるかぁ! オレはこんなにビッグになったぞぉ(爆笑)! あ、もちろん全部冗談だから気を悪くしないで下さいね(^^;。今まではしおりと言えば藤崎詩織でしたけど、これからはやっぱ斎栞(はぁと)だと思うんですよね、ボク的に。とりあえずこないだのコミケで買った同人誌の一覧つけときますんで(爆)、ボクがどんなやつなのかこれで判断してみて下さい(微笑)』YoYoYoYoYoYoYoYo, Yo Men! 死んでしまえ! 次のお便りは千葉にお住まいの子猫の吐息ちゃんから! 『最近なだらかにふくらみはじめた胸が、恋にも似た切ない痛みをうったえるようになった12歳の私という実存なんですが』 YoYoYoYoYoYoYoYo, Yo Men! 生きろ! 最後の一枚は大阪府在住の小鳥くんからのお便りだ! 『こんばんは、D.J.FOODさん。何度も迷ったんですけど、重大な告白をするためにペンを取りました。僕はオナニーをするさいにしばしば乾電池を使うんですけど』YoYoYoYoYoYoYoYo, Yo Men! くたばってしまえ!
  おっと、もうこんな時間だ! みんなからのお便り待ってるぜ! それじゃ、来週のこの時間まで、C U Next Week!」

ドラ江さん

 「ドラ江さ~ん、助けてよ~」
 「…」
 「ネットワークがぼくの上にもたらした様々の情報と、他人がそこにあることの手触りが現実を多様化・細分化するんだ。刀鍛冶が炎と灼けた鉄を見つめながら、『俺にはこれしかない。生まれてからずっとそうだったし、死ぬまできっとこのままだろう』というときのような、それをいうとき他者に対する優劣がまったく存在しなくなるような、そんな確かな生活に根ざした生きている感覚が持てないんだ。現実が不安なんだ。ドラ江さん、言葉で現実を虚構化してよ! 生きることを楽にしてよ! いつものように決めうっ…あ」
 「なんや、どないしたんや」
 「いや…なんていうか…いま窓からの日射しで一瞬ドラ江さんが透き通って見えたような気がしたんだ」
 「(微笑んで)そうか。のび太はほんまにしゃあないな」
 「ドラ江さん…」
 「さてと、一回しか言わへんからよぉ聞けや。村上龍はおたくや。村上春樹はインポや。栗本薫は最近評論でも顔文字を使うようになった。ワシはあれはいかんと思う。それと、今日一日かけて横溝正史を読み返しとったんやが、やっぱりこの謎解きは無理があるのやないやろか。しかしこの無理のある謎解きと江戸川乱歩の結婚が今日の京極夏彦を作り出したと言えるんちゃうかな」
 「ドラ江さん…」
 「どや。楽になったか。さて、本屋にでも行くか?」
 「いや、今日はいいよ」
 「さよか」
 「ドラ江さん」
 「なんや、のび太」
 「ありがとう」
 「うん」

オール・イズ・ロンリネス

 ボリスとパラジャーノフが新進女優マリヤ・フィリーポヴナの地下演劇時代に撮られたと言われているポルノビデオの真贋を薄目でためすがめつしているのを後ろに、私とセルゲイは隣室に用意された床についた。夜の深さの底で聞こえてくるのは犬の遠吠えと、ただマリヤ・フィリーポヴナのあえぎ声だけとなった。
 「なんやこれ、モザイクかかっとるやないか。喰うてまうぞコラ」
 パラジャーノフのひどいモスクワ訛りの野卑な批評が聞こえた。幾度目かの寝返り。眠れない頭に昼間の光景がフラッシュバックする。都会の雑踏に互いに視線を交わすこともなく足早に歩み行く人々。なぜ彼らはあのように生き急ぐのだろう。 私がそれは急がないとファンファンファーマシィの本放送を見逃してしまうからであるという結論に達したとき、隣で寝ていたはずのセルゲイが手をのばし私の股間をぐいとひとつかみした。熱くたぎった私のパラヴォイ・オルガニィはもう先ほどからずっとビンビンであった。いや、むしろチンチンであった。
 「…女がいるって、嘘じゃねえか…」
 セルゲイが、池上遼一の漫画に登場する二重アゴの下段に妊娠したような悪役デブの顔で天井を見上げたまま低く言った。私はそれには答えずセルゲイの布団に手を忍ばせるとヤツの股間をぐいとひとつかみした。熱くたぎったセルゲイのパラヴォイ・オルガニィはもう先ほどからずっとピンコ立ちであった。いや、むしろチンコ立ちであった。
 「…曜日ごとに女を交換するって話はどうなってんだ…」
 私たちは顔を見合わせると、お互い自身を握りしめあったまま声を潜めてくつくつと笑った。
 笑いがとぎれると再びただマリヤ・ フィリーポヴナのあえぎ声が夜の静寂の中に残された。
 「…セルゲイ?」
 セルゲイはもう眠ったようだった。池上遼一の漫画に登場する二重アゴの下段に妊娠したようなヤツの安らかな寝顔。
 私は再び天井に目を戻した。「オール・イズ・ ロンリネス」私はそっと声にしてみた。それはひどく悲しく響いたように思えた。なぜ人はこんなにも孤独で、ふれあうことができないのだろう。
 私がそれは、婦女が男性にとってたいそう都合のよい様子のらんちき騒ぎを巻き起こす種類のゲームなどでしばしばプレゼントとして提供されるロリータキャラの実寸大人形や、女子学生が体育などの際に特別にはく男子学生のそれとは名称の異なるズボンの切れ端などのレアアイテムを独占するためであるという結論に達するのと、すべての人間に救いの忘我を与える柔らかな眠りが私の上に訪れるのはほぼ同時だった。
 「なんやこれ、ピー入っとるやないか。ちゃんと四文字言わんかい。喰うてまうぞワレ」

ドラ江さん

 「元気だして、のび太さん」
 「うん」
 「ドラ江さんもちょっとナーバスになってるだけよ」
 「うん」
 「誰も自分以外の人間のことなんてわからないわ。でもそれでもいつのまにか現実は修復してもとのようにうまくいくものよ」
 「うん。ごめん、いろいろ。それじゃ」

 「帰ったか?」
 「ええ」
 「ほんまにあいつはしゃあないやつやな」
 「私も、最近のドラ江さんはちょっとおかしいと思う」
 「なんや、しづか、おまえまでそんなこと言いよるんか」
 「だって! 以前のドラ江さんは誰かといるときに、そんな遠くを見るようなかなしい目はしなかったわ」
 「しづか、それ以上考えるんやない。ブルース・リーもこう言うてる。『考えるんじゃない、感じるんだ』。おまえはおまえの男を誘ういやらしいこの部分でただ今は感じたらええんや」
 「ああ、ドラ江さんの野口英世という単語をなぜか想起させる青白い手が、わたしの身体を這いまわっているわ。という事実を冷静に判断することもできないほど実はかれのする愛撫に悶えているわたしという小学生の実存なのね。あ、やめないで」
 「さて、しづか。ちゃんと勉強をせなご褒美はあげられん。今日は国語の時間や。さぁ、これを声に出して読んでみい。『満腔の期待』」
 「やだ、そんなの! ぜったいいや!」
 「そうか。ならワシももうこれ以上おまえのここをいろってやらへんだけのことや」
 「ひどい」
 「不出来な生徒にやるにはあたりまえの罰やと思うがな、ワシは」
 「…ま…うのきたい」
 「は? なんやて? 全然聞こえへんで。いつものようにかみ殺される寸前のメス犬のような淫乱な声をあげてみい」
 「まんこうのきたい、まんこうのきたい、まんこうのきたいぃぃぃ」
 「そうや。それや。それがおまえなんや。広辞苑にはこう書いてある、『期待に大きく胸を膨らますようす』」
 「ねえ、言ったわよぉ」
 「(苦痛に満ちた表情で)ほんまにおまえはどうしようもないみだらな小学生やで」

 「ねえ」
 「なんや」
 「煙草って、おいしいの?」
 「煙を吸い込むときな」
 「うん」
 「最初のほんの数百万分の一秒くらいの瞬間なんやけどな、眠りこむ寸前のような、救いそのもののような安楽さを感じるんや。そのあとはまずいだけや。刹那的な快楽と長い長い慢性的な自殺、それが本質やな」
 「…」
 「…」
 「ねえ」
 「うん」
 「ドラ江さんはそうやっていろいろな現実を言葉にできるから、いろいろなことがわかってしまったように錯覚するのよ。言葉は発した瞬間にほんとうの現実とはどこか致命的にずれてしまっているわ。言葉は現実を入れ子細工のように永遠に細かく階層化していくだけよ。それを発した当人にとってさえ、どんな救いにもつながらないと思うの。ただ拡大していく感受性が現実をつらくするだけだわ」
 「子どもにはわからへん」
 「わたし、子どもじゃないわ」
 「ああ、そうやな」