猫を起こさないように
よい大人のnWo
全テキスト(1999年1月10日~現在)

全テキスト(1999年1月10日~現在)

愛と幻想のファシズム

 「やめろ、やめてくれ」
 「トウジは本当のことを言うだけなんだ」
 「あなたは重度のロリコンです。どのくらいロリコンかというと、麻雀をする際にドラ山とツモ山の間にできる谷間を直視できず、終始顔面を真っ赤にしたままうつむいているほどのロリコンです。また、三元牌のうち白をツモったとき、それがまるで高熱を発する何か合金ででもあるかのように放り出し、『ちがう、ちがうんだよ、ぼくは』と言いながら顔面を真っ赤にするほどのロリコンです」
 「やめろ、やめてくれ」
 「トウジは本当のことを言うだけなんだ」
 「あなたは重度のロリコンです。どのくらいロリコンかというと、大学の英書購読の時間に『ローリング・ストーンズ』という固有名詞を含んだ一連の文章を起立して朗読するように指名され、顔面を真っ赤にしたまま二十分も『ろろろろろろーりろりろり』とどもり続けて教授の不興をかい、その年の単位を落としたほどロリコンです。また、そのとき同時にちんちんまでも起立しているのを隣に座っていた女子に発見されクラス内で孤立し、飲み会にも誘ってもらえなかったほどのロリコンです」
 「やめろ、やめてくれ」
 「トウジは本当のことを言うだけなんだ」
 「あなたは重度のロリコンです。どのくらいロリコンかというと、街で十歳以下の少女を発見したとき、心臓はディズニーのようにハートマーク状に外から見てもわかるほど跳ね上がり、唇はチアノーゼをおこして青ざめ、はげあがった頭皮からは白い湯気がもうもうと立ちのぼり、視野は脳貧血で狭窄し、ちんちんは勃起し、その先端より名状しがたい種々の液体をとめどなく噴出するほどのロリコンです。また、その猛り狂った暴れん坊を隠そうと内股で前傾姿勢をとるもかえってあやしまれる結果となり、警察を呼ばれ一晩くさいメシを喰うほどのロリコンです」
 「やめろ、やめてくれ」
 「トウジは本当のことを言うだけなんだ」
 「そしてゼロ、あなたも重度のロリコンです」
 「ど、どうしてそれを」
 「あなた方ふたりは重度のロリコンです。どのくらいロリコンかというと、本屋にそういった種類の本を求めるとき、同じ本を手に取った相手に『お互いしょうがありませんな』という同病者の微笑みを返すほどのロリコンです。しかしこの場合は共犯者といったほうがより社会的な正確さが増すでしょう。また、レジのおねえさんに、バイトをはじめたばかりの人間がしばしばそうであるような張り切りぶりで、『”新版コンパクト六法” ”ロリータ調教~アリスの秘蜜~” ”社会学入門” 以上三点でよろしいですね。お会計五千四百二十三円になりま~す』とマニュアル通り店中に響きわたるような朗らかな邪気のない大声で応対され、周囲から向けられる白い目に行き場のない白痴的な笑顔を空中へとさまよわせながらいつまでも立ちつくすほどの腐れロリコンどもです」
 「やめろ、やめてくれ」
 「やめろ、やめてくれ」

ドラ江さん

 「なぁ、のび太」
 「なんだい、ドラ江さん」
 「ドリキャス楽しいか」
 「うん、楽しいよ。現実には不向きなぼくの内向的な性格でもドリームネットでたくさんともだちができるんだ」
 「さよか。それはよかったの」
 「どうしたの? 今日のドラ江さんなんだかおかしいよ」
 「(打ちっ放しのコンクリート壁で煙草をもみ消しながら)だったらもう、ワシはいらへんな」
 「なに言い出すんだよ、急に。やっぱり今日のドラ江さんおかしいよ」
 「のび太。ワシは真剣や。だからおまえも真剣に話を聞いてくれ。ワシは今日、この家を出ていこうと思う」
 「いやだな、何を…またいつもの冗談なんだろ。今日のは少しもおもしろくないよ。ドラ…そんな」
 「ごめんな」
 「なんでだよ、そうか、ドリキャスが気にくわなかったんだ。やめるよ、もうやらない。ドラ江さんがそうしろっていうならもう二度とやらないよ。五時間も並んで手に入れたけど、ドラ江さんが捨てろって言うならそうする。だから」
 「違うんや。ドリキャスはきっかけにすぎへん。ドリキャスの、ゲームとは思えんほどの美しい画面を見ていたらワシの中にあった、ずっと長いこと知っていて無視し続けてきた固いしこりが、急にはっきりと意識されだしたんや」
 「ドラ江さん、やめてよ。そんなふうに話すのはやめてよ。まるで、まるでこれでぼくたちは終わりって言ってるみたいじゃないか」
 「のび太。今日までワシはいろいろおまえに決めうってきたけどな、あれ、全部嘘や」
 「そんなこと言わないでよ! ぼくにとって一瞬前まで何のゆらぎもないほど確かな場所だった現実が、みるみる拡散していくよ。そんなこと言うなんてひどいよ。ぼくはこれからこんな不安な気持ちでどうやって生きていったらいいっていうんだよ!」
 「のび太、何かを切り捨てて得る安定というのは、それは嘘や。現実をこうと見定めてしまって心に安定をもたらすのは簡単なことや」
 「ひどいよ、そんなふうに言ったらぼくが一番困るのを知っていて、ぼくが一番どうしようもなくなってしまうのを知っていて。ひどいよ。ドラ江さんは、ほんとうは、ぼくのことなんか全然愛していなかったんだ!」
 「違う、違うんや、のび太。ワシは今ほんとうの愛情で、初めての心からの愛情でおまえに語りかけてる。ええか、のび太、聖書にこういう一節がある。『主よ、あなたはかれらを愛するあまりもっともかれらを愛さない者のようにふるまってしまった』。わかるやろうか。キリストは愛という行為が人間の生得的な自由を損なってしまうものであることを知っていたんや。かれの力があれば巨大なカリスマとなって人々を率いていくことは簡単やったはずや。でもかれはそれをせんかった。なぜかわかるか。かれは本当に人々を愛していたから、そうすることでかれらの安定とひきかえに、かれらの真に貴重な自由を奪ってしまいたくなかったんや。だからかれの愛のかたちは言葉少なにただ微笑むことやったんや。聖書というのは本当におそろしい書物やと思う。ここには人間の真実のすべてがある…ワシはおまえのことを愛してやっているつもりでいつも逆へ逆へと動いとったんかもしれんな」
 「わからないよ、ドラ江さん。ドラ江さんの言うことがわからないよ…わかってなんかやるもんか!」
 「今はわかってくれんでもええ。いつかおまえにも今日の出来事が感情で理解できるようになる日がくるやろう。最後に、ワシにひとつだけ決めうたせてくれ。これを言うのはワシがまだおまえを本当に愛していない証拠なのかもしれん。でもワシはあえて言おうと思う…おまえが笑い、泣き、腹を立て、劣っていると感じ、優れていると思いこみ、そして誰かを殺したいほど憎むその瞬間でさえも、のび太、おまえの感じる感情は正しいのやで。この世界に生まれ落ちたというその事実だけで、おまえの存在は正しいのやで」
 「やだ…ドラ江さん、待って…あ。ドラ江さん、ドラ江さん、ドラ江さん…うわあぁぁぁぁぁ」
 「さようなら、のび太」
 ドラ江さんの丸い球形のひっかかりのついた赤い尻尾がぼくのすぐ目の前をふわりと通り過ぎていった。ぼくはそれをつかまえてドラ江さんを引き留めることも、ずっとぼくのものにしておくこともできたんだ。でもぼくはそれをしなかった。なぜって、ぼくはそのときになってはじめて、ドラ江さんがどんなにぼくのそばで寂しかったのか、そして、ぼくがどんなにドラ江さんを愛していたかに気がついてしまったから。

つづく

D.J. FOOD(2)

 「 Jam, Jam! MX7! 今週もまたD.J. FOODの”KAWL 4 U”の時間がやってきたぜ! それではいつものように始めよう、 Uhhhhhhhhhhhh, Check it out!
 まァ、今ではロータリークラブという単語を取り扱うような際にも『おお、いやらしい! この童女趣味者め! オマエは欲求不満か! オマエは潜在的犯罪者か!』などと叫びパーティの席でうろたえとりみだすことも隠微な幻視を抱くこともなくなり、『ふぅん、それはちょっとイカした子猫ちゃんだね。はぐれメタルほどではないにしてもね』とクールに応対できるほど充分に成熟してしまった枯れた地方局のいちD.J. という俺の実存なんだけど、血気盛んだった頃にはしばしば名古屋方面へむけて片手で新幹線を投げ飛ばしたものさ! いやァ、あの頃は若かったからね、婦女を誘い込むために子犬だろうが老婆だろうがいい人であるところの俺を演出するための小道具として暴走する新幹線の前にしばしば配置したものだったね! そしてしばしばその子犬を助けることで意図的に競技失格になったものさ! 老婆は見捨てたけどね! 加うるに当時の俺の左足はしばしば着脱式だったよ! おっと、いけない! これ以上話したらみんなに俺の正体がいったい誰なのかバレちゃうよ! ところでロータリークラブっていったいなんだろうね! さぁて、いつもの犬のようなおしゃべりはこれくらいにして、まず最初のお便りはセミパラチンスクにお住まいのアレクセイ・グリゴリーウィチくんからだ! 『ごほ、ごほ。D.J. FOODさん、こんばんは。いつも楽しく聞いています。最近なぜかいやなせきが止まらないんです。母はそんなぼくを心配していろいろ看病してくれるんです。先日も精がつくようにって、いびつな形をしたふた抱えもあるびっくりするような大きな野菜をたくさん市場から買ってきて、野菜シチューをつくってくれました。母のためにも早く元気になりたいです。最後に、はがきが汚れてしまって読みにくくなっていることをお許し下さい。さっきちょっと血を吐いたんです。ほんのちょっとだけ。それでは』YoYoYoYoYoYoYoYo, Yo Men! 死んで・・・しまうの? 次のお便りは長崎にお住まいの虹のしずくちゃんからだ! 『最近かすかにうぶげの生えはじめた、おへその下あたりが恋にも似た切ないうずきをうったえるようになった14歳の私という実存なんですが』YoYoYoYoYoYoYoYo, Yo Men! 合格、ごうか~く! 最後の一枚は大阪府在住の小鳥くんからだ! 『こんばんは、D.J. FOODさん。何度も迷ったんですけど、重大な告白をするためにペンを取りました。ぼくはじつはオナニーをする際しばしばおいなりさんを掃除機に吸引させながらブッかくんですが』YoYoYoYoYoYoYoYo,Yo Men! くたばってしまえ!
 おっと、もうこんな時間だ! みんなからのお便り待ってるぜ! それじゃ、来週のこの時間まで、C U Next Week!」 

風の歌を聴け

 「やぁ。」
 「ひさしぶり。半年ぶりくらいかな。」
 「ちょっと最近仕事が忙しくてね。」
 「今日はもうおしまいなのかい。」
 「いや、ちょっと流行りの風邪にやられてね。会社は休みにして今まで家で寝てたんだ。」
 「それはそれは。まだ寝ていたほうがいいんじゃないの。」
 「いや、もう大丈夫。」
 「そう。何か飲むかい。」
 「今日はアルコールはやめておくよ。気分じゃないんだ。」
 「そうかい。」
 「…。」
 「…。」
 「今日一日家で寝ていてさ、あの頃のことを久しぶりに思い出したんだ。」
 「うん。」
 「あの頃はいつも焦燥感とそれに倍するくらいの無力感があってさ、これは社会が悪いとか叫んでプラカードふりまわしてさ、いろんな思想書からパクったような内容のきったねえ手書きのビラ配ってさ、そんな行為に何か意味があると信じててさ、でも違ったんだな。」
 「うん。」
 「俺がそのころ世界の殻だと、これを破れば俺は解放されると思い続けていたものは、結局自分自身の殻に過ぎなかったんだ。…それを自覚したとき、俺はただアニメを見るしかできない男になっていたよ。」
 「うん。」
 「天井のしみを数えながら、今日一日そんなことを思い出していたんだ。」
 「…。」
 「…。」
 「最近は、玄関におくような全身が写る姿見があるだろ、あれを目の前において、インターネットで落としてきたきっついきっついアニメ絵を見ながらオナニーするのが日課なんだ。」
 「うん。」
 「もちろん、画像もちゃんと姿見に映るような角度に配置しなきゃダメだぜ。これが唯一のコツなんだ…最初はちょっと照れたような感じなんだけど、しまいには泣き笑いのような表情を浮かべた自分の口から、いったい誰に向けられたものか、『ちくしょう、ちくしょう』って呻きが漏れてるのに気がつくんだ。その誰からも非難される、どんな高い哲学性もないドブの底のような惨めさが、何の生産性もなく日々しょうことなしに消費される現実の対象を持たないスペルマが、この時代の、”今”の本質であるような気がするんだよ。そうは思わないかい、ジェイ。」
 「さぁ、あたしにはむずかしいことはわからないけどね。やっぱりビール、飲むかい。」
 「おたくなんて・みんな・糞くらえさ。」
 「そうかもしれないね。」
 「ダニさ。奴らになんて何もできやしない。おたく面をしている奴を見るとね、虫酸が走る。…ジェイ、クレヨン王国はもう消せよ。終わったんだ。」
 「すまない。」

少女地獄

 「こんにちは」
 「ああっ。そ、そんな。ぼくの、ぼくの幻想の、ロリィタァァァァ!」
 「あなたは小鳥くんがバイオを購入するとき同種類のデブと一緒に『いまさらバイオって感じじゃないしねえ!』とことさらな大声で叫んであてつけてみせたわよね。あのときの小鳥くんの愁いをふくんだ悲しげな表情は、今でも思いだすたびにあたしの胸を痛ませるの。大好きな小鳥くんの悲しみをすすぐことができるのなら、この世にただ種を維持するためだけに無意味に存在する、キルケゴールの言うところの『自然の大量生産物』たち何人の生とひきかえにしてもいいと、あたしは心から思うわ」
 「そうか、そうか、人間の肌というのは本来こんないい匂いのするものなんだ。それなのにあのくそ女どもときたら、いやな香水の臭いをぷんぷんさせて、俺たちをどうしようもなく不能にさせて…くそっ、くそっ!」
 「というわけで、お楽しみ中のところ失礼ですけど、これからあなたを殺しちゃいます。えへ。ごめんね」
 「ぶすり」
 「ぎゃあっ」
 「きゃはっ。目の細かい砂を少し余裕ができるくらいにゆるく詰めた水袋を差し貫くときのような感触。長年刃物と親しんできたあたしだからわかるの。肝臓ゲットぉ。死んじゃえ、死んじゃえ~。誰にも見返られることなく、一人ブタのように死んじゃえ~」
 「ごぼ。くそ、ちくしょう、俺だって、こんなふうには、ありたくなかったんだ。できることなら、もっと、高い何かに、ごぼ。なんで、俺は、いつも、いつも」
 「ぶすり」
 「ぎゃあっ」
 「きゃはっ。『キィン』という音とともに手首に鈍くひびく硬質の手触り。長年刃物と親しんできたあたしだからわかるの。金玉ゲットぉ。死んじゃえ、死んじゃえ~。誰にも愛されることのなかった何の生産性もないこれまでの人生を、死ぬ瞬間に初めて客観的に後悔しながら一人ブタのように死んじゃえ~」
 「待って、おいていかないで、ぼ、ぼくの、ロ、ロリィタ…」
 「おもしろぉい。立ち上がろうとして何度も血糊に足をすべらせてひっくり返ってるわ。片玉を失ってバランスがとれないのね。まるで出来損ないのおきあがりこぼしみたい。見て見てぇ。ブタ踊りブタ踊りぃ。ぶっざまぁ」
 「ごぼ…やだ…こんな…おか…あ…さん…」
 「こら。探したんだぞ。今までどこ行ってたんだ」
 「あっ、パパ。あのね、小鳥くんをいじめる悪いおとなのひとを殺していたの。今日は六人も刺殺しちゃった」
 「そうか。さぞ猊下もお喜びになるだろう。いいことをしたな、真奈美」
 「えへへ」
 「今日の夕食はハンバーグだってママが言ってたぞ」
 「やったぁ。あたし、ハンバーグだぁい好き!」

ドラ江さん

最終話 『家 族』

 「見るな! 路地裏でポリバケツの残飯に鼻をつっこむ、腐汁にまみれたみじめなワシを見るな!」
 「探したよ、本当に…ドラ江さん。もういいんだ。帰ろう」
 「のび太、ワシはクズや。お前にいろいろなことを無責任に決めうっておきながら、その実自分の話している言葉に対する実感は何も無かったんや。もしあの頃のワシがお前の目に超然とした存在として映っていたとするなら、それは単にワシがいかなる種類の現実とも連絡を持っていなかった、ただそれだけのことなんや」
 「全部わかってるよ。なぜか今のぼくにはすべてわかるんだ。もうぼくにはそんなふうにおびえて話す必要は無いんだよ。だからね、帰ろう。ぼくたちの家に」
 「…誰かが言うていた。『誰とも触れず、いかなる現実をも知らず、ひとり清く孤高であることは簡単です』。ワシは実際のところ何も知っていなかった。こんなみじめさも、生きるということのみっともなさも。他の誰でもないように思考できる自分を誇らしいとさえ思っていた。おまえたちの生活にハエのようにたかっていたくせに、その実ワシはお前たちを見下していたんや」
 「…ドラ江さん」
 「ああ、そうや、しづかは、しづかはどないしとる? ワシはあの娘にも謝らんといかん。会うことがあったら伝えて欲しい。ワシの今の言葉を伝えて欲しい」
 「彼女は、死んだよ」
 「死んだ…?」
 「君がいなくなってすぐのことさ。買い物の出先でダンプにはねられたんだ」
 「死んだ…」
 「霊安室にひっそりと横たわる彼女のなきがらは、彼女らしいつましさで、まるでただ眠っているかのように安らかだったよ」
 「それは、ワシの、せいや」
 「君は悪くないよ、ドラ江さん。ぼくは彼女が君を失って苦しんでいるのを見ずに、ただ自分の殻にひきこもっていたんだ。彼女のことをねたましいとさえ思っていた。ぼくにはすぐそばにいた彼女に手をさしのべることもできたのに。これはぼくの孤立と、つまらないプライドに与えられた相応の罰なんだよ」
 「のび太、笑ってくれ。人を傷つけ、人を死なせまでするみじめな存在やけど、こんな人生の底の底を這っている存在やけど、それでもやっぱりワシは生きたいんや」
 「誰も君を笑わない。誰も君を責めないよ、ドラ江さん。君はただ君の生に忠実だっただけなんだ。ぼくはいま君を助ける力を持っていることを誇りに思う。つまらない自己擁護のそれではなく、他人へと広がっていく豊かな愛を高く持てることを嬉しく思う。そのためにぼくの十年があったんだ。君を迎える強さを得るために。行こう、ドラ江さん。誰も君を拒絶したりしないよ。ぼくはやっとあのとき、僕のもとから離れていくとき君が言ったことがわかる。たとえ君が何も決めうってくれなくても、たとえ君が何もぼくを笑わせるようなことを言ってくれなくても、ぼくは君のことを愛している。君がどんな最悪の、無意味な音を発するだけの肉の塊に過ぎないとしても、ぼくは君のことを愛するだろう」
 「のび太…」
 「依存でも庇護でもなく、ぼくは君と同じように歩きたい。ぼくには君が必要なんだ、ドラ江さん」
 「さぁ、見えたよ」
 「のび太」
 「なんだい、ドラ江さん」
 「家の灯りというのは、こんなにまぶしいものやったろうか」
 「ああ、ドラ江さんは」
 「(眠るような安らかな表情で)暖かいなぁ、ここは」
 「ほんとうに何も知らなかったんだね…」

~ Sleep in heavenly peace ~