猫を起こさないように
五月の国
五月の国

虚構ダイアリー

 「(軽快な音楽とともに”nWo”のロゴが流れる)ニュース・ワールド・オーダーの時間です。さて、全米を恐怖と混乱と深い悲しみの渦へと巻き込んだビルバイン高校銃乱射事件ですが、その後犯人の高校生二人がこの最悪の計画を立案するにあたり参考にしたのではないかと思われる映像が発見されました。まずはご覧下さい。(画面が切り替わる。上品なバーのさざめき。突然裸の男が扉を蹴破って闖入し、人々を銃の形に折り曲げた指でもって次々となぎ倒していく)これは小鳥猊下を名乗る日本人の主演する『虚構ダイアリー』の一部です。この映像はインターネット上のウェブサイトにアップロードされており、誰でも閲覧することが可能な状態にありました。今回の事件の犯行の手口と極めて類似する内容です」
 「うわ、この男すごい包茎やん。うちの小学生の息子でもここまではひどないで……(眼鏡を取り外し眉根を押しもみながら)いや、まったくひどいものです。このような、十代のまだ心の成熟しない少年たちに直接に悪い影響を与えるようなものが垂れ流しにされていたなんて、まったく恐ろしいことです。一日も早いインターネットの法規制化を望みますね」
 「やっべえなぁ。俺んとこのサイト、ここからリンク張ってもらってたんだよなぁ。まさかバレてねえよなぁ……いや、こういったサイト群に一方的に責任を求めるのは正しいやり方ではないでしょう。かれらだって、その生育史において得た何らかの負の要因に無意識的に動かされてやってしまったのだとも考えられる。見方を変えるなら、かれらだって被害者だと言うことができると思います。現代社会と教育のね」
 「せやけどこのキャスターでかいチチしとんなぁ。ほんまメロンみたいにでかいチチしとんなぁ。あれが永遠に俺のものにならへんのやと思うと欲情より先に憎しみがわいてくるで……(指でテーブルを神経そうにコツコツ叩きながら)なにを寝ぼけたこと言ってんですか。実際被害を受けた人間の家族とその関係者のことを考えてみなさいよ。死んだ人もいるんですよ。(急に声をあらげて)だいたいだねえ、幼児期の問題とか生育史とか、そんなのは本当のところ人間の性格の在り方に全然関係なんかないんだ。そういうのは目に見えないからってどうにも最終的な証明がならないからいつまでも消えずに残っているだけで、前世紀からある犯罪者擁護のための寝言に過ぎないんだよ。せいぜいが弁護士の使う技術・方便に過ぎないんだよ。ホームページなんて作るやつはそもそも現実に居場所のない暗いおたく野郎で、先天的に脳に生物学上の欠陥を抱えた一種の不倶者なんだから、どっか郊外の広い野ッ原にでも集めてガスかなんかで息の根を止めるか、それじゃ不細工な肉がたくさん残って見栄えが悪いってんなら、ナパーム弾かそんなもので跡形の無くなるまで焼いてやればいいんだ。単純なことだ、馬鹿馬鹿しい。いつまでこんなことで議論をして限られた時間を無駄にするつもりなんだ。こんなのは問題にすらならないよ(両手を広げるジェスチャーをする)」
 「(激昂して立ち上がり)ホームページは文化ですよ! あんたぐらいの電波を喰いものにしている似非評論家に何がわかるっていうんだ! 絶対に反撃の恐れのない対象にしか攻撃の穂先を向けない最低の卑怯者め! おまえみたいな顔の人間は毎夜エロサイトを巡って最近の安価な大容量ハードディスクがぱんぱんになるほどに婦女が様々の現実の対象と交接する類の画像を収集しまくっているに違いないのだ! この過剰色欲者め!」
 「(立ち上がり相手の胸ぐらをつかむ)なんだと! おまえこそ俺の人気のせいで仕事がまったくまわってこない妬みをバネにホームページを作成し、狭い狭いコミュニティで若干有名になりお山の大将きどりだったりするんだろう! だいたいあのような時間をもてあました学生や無職や人格破産者といった社会の底辺層の形成する集まりに、社会の一線で活躍しているまっとうな人間がなぐり込んでいけば勝つのは当たり前じゃないか! それをおまえの実力と勘違いするんじゃないよ!」
 「(騒然となるスタジオを尻目に冷静に)さて、それではもう一度問題の映像をご覧いただきましょう。(画面が切り替わる。上品なバーのさざめき。突然裸の男が扉を蹴破って闖入し、人々を銃の形に折り曲げた指でもって次々となぎ倒していく)以上、再び『虚構ダイアリー』よりの映像でした。お二方、何か改めてお気づきになった点などはありませんでしょうか」
 「(乱れた頭髪とヒビの入った眼鏡を直しながら吐き捨てるように)包茎だよ、包茎。この男、包茎じゃねえか。それじゃ犯罪もおこすよな」
 「(乱れたスーツとネクタイを直しながら吐き捨てるように)まったくだ。その点については同意するよ。包茎・無職・ホームページの三重苦じゃね。普通の人間ならとうに発狂するか、自殺するかしてるね」
 「(冷静に)この人物は犯罪の原因になったと思われる映像を作成しただけで、犯罪行為の事実があったというわけではありません」
 「(ぎらぎらした目で)いや! それはもう遅かれ早かれだ。間違いない。オフ会で半径50メートルの間近にまで接近・遭遇し、そこから聞こえないようなか細い声で二度も名前を呼ばわったほどの親密な関係を持つ俺が言うのだ、間違いない」
 「(ぎらぎらした目で)まったくだ。それはもう痴漢行為現行犯逮捕と同じくらい間違いがない」
 「(時計にちらりと目をやり)時間もなくなってまいりました。それではお二人に今回の事件について総括していただきましょう」
 「(ぎらぎらした好色な目で)ずばり言って、あなたのメロン状に突き出したボインちゃんは狼男にとっての満月のように青少年の野性に強く激しく訴えかけているのではないかと私は恐れている。君、我々はネット上のあるかないかわからないような幻影を追うよりも、眼前のこの巨悪をこそ打倒せねばならないのではないか」
 「(ぎらぎらした好色な目で)ずばり言って、その点については同意します。(立ち上がり拳を振り上げて)女性ニュースキャスターのタイトなスーツに厳しく束縛されたボインちゃんは青少年性犯罪の抑止力でこそあれ、それを促進するものであっていいはずがない! (拳を前面に突き出し)違いますか! わ、私が何か間違ったことを言っているとでもいうのか!」
 「(椅子を蹴って立ち上がり)その通りだ! 我々はこの最悪の犯罪要因をみすみす野放しにしておくわけにはいかない! 断固没収である! 没収、没収ゥゥゥ!(心もち開いた両手を開いたり閉じたりしながらじりじりとキャスターとの間合いをつめる)」
 「そうだ、その通りだ! ふふふ、君との間には大きな誤解があったようだ。こんな興奮は学生運動で警官の後頭部を棍棒でもって強打したとき以来初めてのことだよ。粛正、粛正ィィィ!(心もち開いた両手を開いたり閉じたりしながらじりじりとキャスターとの間合いをつめる)」
 「(二人の中年に包囲の輪をせばめられながら冷静に)意外な結論をみた今回の討論ですが、我々にはもはやそれを追試するだけの時間は残されていません。今日番組をご覧になって下さったみなさまの今後の人生の宿題となさってくれれば我々にとってこれにまさる幸いはありません。お別れの時間です。それでは、来週のこの時間まで。さようなら。あ。いやん、いやぁん」

1st GIG “エンカウンター”

 タクシーから降りてくる商業目的ではない種類の冊子が底の抜けそうなほどぎっしり詰まった紙袋を両脇に抱えた小太りの男。タクシーの窓から両耳にボール紙で作成した奇ッ怪な飾りをつけ髪の毛を緑に染めた人外の顔面を有する婦女子が手をふっている。露骨な嫌悪の表情をみせる運転手。タクシーが走り去る。小太りの男、マンション入口の人影に気づく。合金製の街灯がはた目にわかるほどひしゃげる非常識なデブっぷりでもたれかかりながら、金髪というよりむしろ黄色の髪をし女物の服に身を包んだ男がたたずんでいる。
 「マルチのコスプレか。なかなか洒落た女とつきあってるじゃないか」
 「誰だ、おまえ」
 「今日の即売会、見せてもらったぜ(男の足元に異様にデフォルメされた人体の掲載された商業目的ではない冊子を投げ出す)」
 「(マンション脇の繁みから異様にレンズの突出したカメラとともに出現して)すげえよ、おまえのエロ絵はサイコーだ」
 「(男の背後のマンホールから汚水にまみれて出現して)だが、惜しいことに奴らではおまえのエロ絵を生かしきれていない」
 「(マンションの屋上から自由落下、アスファルトの路面で二三度バウンドしてから立ち上がり)おまえのエロ絵には俺たちのシナリオがベストだ」
 「そういうことだ。(無酸素運動を数十分も続けたような荒い息をしながら体のあちこちの部位から若干みどり色がかった煙を絶えず噴出しながら歩みより、男の上着のポケットにフロッピーディスクをねじこむ)よかったら読んでみてくれ。俺たちの作品だ」
 「……(小太りの男、そのまま四人の脇を通り過ぎマンションへと入っていく。と、玄関ホールに設置されたゴミ箱にフロッピーディスクを投げ捨てる)」
 「おい、待てよ、てめえ!(激昂して駆け寄り、男の胸ぐらをつかむ)」
 「残念だが俺の愛機はマックなんでね。それに、俺は遊びでおたくをやっているわけじゃない」
 「なんだと。俺たちのおたくライフが遊びだとでもいうのかよ!(握りしめた右こぶしをふりあげる)」
 「(後ろからそのこぶしをつかんで)やめとけ」
 「でもよォ!」
 「(小太りの男を見ながら)ひとつだけ言っておく。俺たちはちょっと自意識の高い時間あまりの学生や無職の人間が自身の精神的疾患に気のつかないまま手なぐさみにやるような、職を得るなどして社会に許容された瞬間に卒業できてしまうような、そんな中途半端なおたくっぷりじゃないつもりだ。俺たちは真剣なんだ。だからおまえも真剣に考えてみてくれ」
 「フッ。(きびすを返し歩み去ろうとする。が、振り返り)そうそう、さっきのあの女だがな。あれはマルチじゃないぜ。パーマン四号だ(男が言い終わると同時にエレベーターの扉が閉まる)」
 「なんだって? あれはパーやんだったっていうのか!? バカな…!!」
 茫然とたちつくす異様な臭気を発する非常識なデブっぷりの四人の青年たち。様々の事件で過敏になった近所住人たちの不審のまなざし。遠くから近づくパトカーのサイレン。都会のネオンサイン。

to be continued

2nd GIG “パッション・ハリケーン”

 ファミリーレストラン奥の一角を我がもの顔に占拠する非人間的なデブっぷりの一団。テーブルの上には気弱そうな青年がほとんど奇形ともいうべきグラマラスな姿態の婦女子の集団に取り囲まれ困惑の表情を浮かべている図の掲載された雑誌や、その他さまざまの一般性に欠ける品々がところ狭しと広げられている。レジの裏で両手に顔をうずめて泣くアルバイトらしいウェイトレスと、それを慰める口髭の雇われ店長。
 「(公共の場でするには不適切な大声で)しっかしよォ、こないだはホント大変だったよなぁ」
 「(どこか均衡の崩れた奇怪な抑揚で)ああ。署長がエロ同人好きじゃなかったら俺たちは今頃どうなっていたことか。ラッキーだったな」
 「(対面に座る肉厚の人物を見ながら)ラッキーと言えば……まったく、どういう心境の変化なんだか」
 「(テーブルの上においた紙に覆いかぶさるように数センチの距離まで顔を近づけてペン走らせながら)別におまえたちのことを認めたわけじゃない。ただ前の連中が気にくわなくなっただけさ」
 「(羽根をむしられたニワトリのように無様に両手を広げて)これだよ!」
 「プルルッ、プルルッ」
 「(非人間的なデブっぷりにオレンジジュースのコップを口元に持っていくのを妨げられて痙攣しながら表面上は平静を装って)電話鳴ってんぜ」
 「プルルッ、プルルッ」
 「(非人間的なデブっぷりに何度も足を組もうとしてできず痙攣しながら表面上は平静を装って)おい、おまえのケータイだよ」
 「(紙の上に覆いかぶさったままで)小学生の乳首の隆起をトーンを使わずに自然かつ官能的に表現するのにいそがしいんだよ……(鳴り続ける携帯電話に手をのばし)もしもし。…ああ、あんたか。ああ。…わかった。それじゃ」
 「プッ」
 「さあってと、(大きくのびをしつつ身体の後ろで手を組もうとしてできず必死の形相で痙攣しながら平静を装って)そろそろ移動しようや」
 「あ、俺つぎはカラオケがいいな。もちろんFourSeasonsの”北へ。”が入ってるとこじゃなきゃイヤだぜ」
 「(無言で立ち上がり)俺はここで抜けさせてもらう」
 「おい、待てよ!(激しく立ち上がり肩をつかむ)」
 「悪いがカードキャプターさくらは本放送をリアルタイムで見ることに決めてるんだ(手を払いのけて店の入り口へと歩き出す)」
 「待てったら! なぁ、CHINPO(本名:上田保椿【うえだやすはる】の名前を逆から訓読みにしたもの。あだ名)からもなんとか言ってやってくれよ」
 「仕方ないさ。あれがヤツの流儀だ(両脇下の黒ずんだTシャツにジーンズの両脇から肉をはみださせて出ていく後ろ姿を見送る)」
 「チッ。まったくつきあいの悪いヤローだぜ…(ひょいとおがむように片手をあげて)ほんじゃ、ごちそうさん」
 「待てよ。誰がおごるって言ったよ」
 「あれ、今日の集まりはCHINPOのおごりじゃないの?」
 「まさか。それに俺は今日一銭も持ってないぜ」
 「なんだって! それじゃ、ここの支払いはいったい…」
 茫然とたちつくし互いに顔を見あわせる非人間的なデブっぷりの四人の青年たち。店内でこれまでの数時間に行われた様々の無意識的反社会活動に業を煮やしたアルバイトのウェイトレスと雇われ店長。遠くから近づくパトカーのサイレン。都会のネオンサイン。

to be continued

3rd GIG “レボルーション”

 政府のする少子化対策として、男女の即時的な発情を促しいつでも交尾にうつれるように薄暗く隠微にあつらえられた店内。軽快な音楽にあわせて響く地鳴りのような騒音。
 「どうしたの。いいじゃない、同人即売会なんてどうせ遊びなんでしょ。同じ遊びなら、ほら、こっちのほうが……」
 巨大な画面に表示される矢印に反応して足下に散弾銃を打ち込まれたかのように飛び跳ねる屠殺場の畜生を連想させるデブっぷりの幾人もの青年たち。彼らの顔に浮かぶ粘着質の汗に恍惚とした見苦しい表情。一切の客観性を喪失したその有様はむしろ新興宗教にも似て――
 マンションの一室。窓はビデオテープの山にふさがれ、昼間だというのに室内は薄暗い。様々の一般人には意味をなさない物体に場所を取られ、部屋の中央に身を寄せ合う五人の黙示録的なデブっぷりの青年たち。シューシューという排気音にも似た耳ざわりな呼吸の音。彼らが取り囲む台の上にはすべての男性が持つ願望的な性犯罪を発現させることを目的にしているとしか思えない破廉恥なポーズをとったこの地球上に存在するあらゆる人種を検証しても決して見いだせないだろう種類の髪の色をした婦女子の模型が置かれている。
 「(手垢にまみれた大学ノートに鉛筆を走らせながら)しかし先週は本当に大変だったな」
 「(わかりもしないのに鉛筆を立てて構図をためすがめつしながら)ああ。ヒゲの雇われ店長がエロ同人好きで、学生アルバイトのウェイトレスがデブ専やおい好きだったからよかったようなものの…」
 「(突然立ち上がりさえぎって)やめろ! その話はもうするんじゃねえ!」
 「(涙ぐみながら)ひどいよ…本当にひどい…」
 「(なんとなく二人から目をそらして)すまない。俺たちにはああするしかなかったんだ」
 「(室内に流れる気まずい空気をうち消すようにわざとらしく)さぁ、できたぞ! 見てくれよ(と、大学ノートをみなに向けて広げる。そこには元の題材と似ていなくもないが、奇妙な根本的ゆがみを感じさせる絵が描かれている)」
 「(顔の表面の垢が溶けだして黒く染まった涙をぬぐいながら)わぁ、すごいや、CHINPO! もうトゥハートについてはどのキャラクターも完璧だね!」
 「(大橋巨泉を想起させる黒縁メガネを人差し指でわずかに上下させて)フン…」
 「おい、おまえいま鼻で笑わなかったか?(肉厚の腰を浮かせる)」
 「(二人のあいだに転がるように割って入って)やめとけ!」
 「(腰を浮かせるだけのアクションにフーフー息をきらせながら)いや、言わせてくれ。こいつはこないだの即売会をブッちぎりやがったんだぜ」
 「(大学ノートに描かれた美少女の乳房の下を指でしきりとこすって陰影をつけながら)急な約束が入ったって言ったろう」
 「(素人がする相撲取りのものまねそっくりの声で)ああ。だがその約束の内容については教えてもらってないぜ」
 「(大学ノートに描かれた美少女の股間を指でしきりとこすって陰毛をつけながら)あんたたちには関係ないだろう」
 「大アリなんだよ! なぜならおまえはうちのサークルのエロ絵担当だからだ! おまえは成人指定同人誌からエロ絵を脱落させるという人間として最低のことをやらかしちまったんだ!」
 「やれやれ…(立ち上がろうとするも胴周りにへばりついた肉に邪魔されて何度もスッ転びながら)このさいだから言っておく。あんたらがどう思っているかは知らんが、俺は真剣に同人活動をやる気はまったくない。俺はただマスをかきたいから描く。(へばりついた肉で完全にまっすぐには伸ばすことのできない芋虫のような指で指さして)オーケー?(部屋から出ていく)」
 「あいつめ!(壁を拳で殴りつけようとするも、地肌が見えないほど貼ってあるポスターに気づきあわててひっこめる)」
 「(顔をしかめだんごッ鼻をひくひくさせて)おい、なんだか焦げ臭くないか?」
 「ああ、悪い。たぶん俺の煙草だ」
 「バカヤロウ! 俺のグッズにヤニがついたらどうすんだ! それにこの部屋には引火しやすいものがたくさん…」
 平和そのものを象徴する昼間の住宅街に鳴り響く爆発音。無邪気に遊ぶ子どもたちの上に降り注ぐガラスの破片。母親たちの身も世もない痛切な悲鳴。遠くから近づく消防車と救急車のサイレン。

to be continued

D.J. FOOD(8)

 「……これが正真正銘、最後の一枚は大阪府在住の小鳥くんからだ! 『こんばんは、D.J. FOODさん。今日は重大な告白をするためにペンを取りました。じつはぼくのチンポは左方向にちょっと冗談ではすまされないほど湾曲しているのですが』YoYoYoYoYoYoYoYo,Yo Men! くたばってしまえ!
 おっと、もうこんな時間だ! それじゃ、またいつの日か、See You!」

D.J. FOOD

 ビルの屋上。空には今にも降り出しそうなぶあつい黒雲。
 「(強風とヘリのローター音にかき消されまいと声をはりあげて)FOODさん! 機材はすべて積み終わりました! スタッフもみんな! 今ならまだ間に合います! 今なら!」
 「(静かだが不思議によくとおる声で)決めたことだ。かまわず行きなさい」
 「(泣きながら)殺されてしまう! FOODさん、殺されてしまいます!」
 「悲しむことはない。すべてはこの日に定められていたのだから」
 「(首を振って)馬鹿な! 誰が、誰が人の生き死にを決めることができるっていうんですか!」
 「……(立てた人差し指を上空へと向け、何事か言う。だが、ローター音に紛れて聞こえない。ヘリが浮揚しはじめる)」
 「(身を乗り出して)FOODさん!」「(涙で顔をぐしゃぐしゃにして)FOODさん!」
 「(穏やかな表情でスタッフの顔を順に見ながら)みんな、ありがとう。よくここまでついてきてくれた。私は君たちのことを誇りに思う。君たちは、私の最高の友人だ」
 「FOODさぁんッ!!(都会の曇天にヘリが遠ざかっていく)」
 「(ヘリの姿が次第に遠ざかり、やがて見えなくなる。背後の扉が土台ごと倒壊する。砂埃の中から人影が現れる。中背の男が一人と、取り囲む黒服の男たち)よくもまぁこれだけ長いあいだ俺たちをたばかり続けてくれたものだ」
 「(ゆっくりと振り返り目を細める)……」
 「こんな廃ビルの屋上で放送を続けていたとはな。いわく最悪の扇動者、いわく神の声。(手にした拳銃の狙いをさだめる)D.J.FOOD、あんたがはじめてメディアに姿を現してから今日までじつに半世紀以上の時間が経過している……いつまでも変わらないままに人々を堕落へと導くおまえは、いったい何者だ?」
 「ただの地方局の一D.J.ですよ」
 「(FOODのすぐ足もとで弾丸が跳躍する)そんなありきたりの言葉で俺をがっかりさせないでくれ…おい(黒服の男たち、一礼すると屋内へと消える)。さァ、これで二人きりだ。腹蔵なく話しあおうじゃないか、山田次郎」
 「……」
 「どうした、マイクが無いと話しにくいか。ではまず俺の話を聞いてもらおうか。あんたは自分を殺す相手のことを事前によく知っておくべきだと思うね。(ちょっと唇を噛んで考え)…そうだな、俺が君のファンだったと言ったら驚くかい。ずっと昔、俺が何も知らないただのガキだった時分、世界とはあんたの言葉を意味していた。自分以外のものに対するあんな熱狂は、あれ以来知らない」
 「(目を伏せて)君は不幸だ」
 「(銃口を油断なく向けたまま)違うな。この世界が不幸なんだ」
 「(顔をあげて)それを贖うために私を殺すのか」
 「そうさ。あんたは世界にとっての父であり、また世界そのものだからだよ。あんたを殺すことで、世界は本来の姿へとたちかえることができる。あんたが創り上げた虚構の世界から離れてな。すべてのメディアは現実を虚構化する力を持つ。だが、あんたのその力は度はずれて強すぎ、現代の脆弱な人々の自我の上にあまりに危険すぎる。この世界のためにあんたの天才に消えてもらいたい」
 「(両手で自身の肩を抱きかかえて)私の持つこんなものが天才だというならそれは恐ろしい。ぼくの自覚するこの程度の領域が天才だというのなら、それはこの上ない絶望だ。それは人間のたどり着ける領域がこの程度までだということを意味しているのだから。私の中には何もないよ。君の求めるようなものは何もない」
 「(銃口を降ろし、うって変わって弱々しく)お願いだからそんなふうに話さないでくれ。あんたのような偉大な才能が何も見えていないことを語らないでくれ。……俺はあんたの持つ虚構を破壊することで革命を成就させなければならないんだ。あんたの確信を破壊することでこの世界すべてを変革しなければならない。だから、そんなふうには話さないでくれ」
 「私ぐらいを殺したところで世界は何も変わらないよ。変わるとすればそれは君だ。君のいう世界とは君自身のことだよ。私を殺した喪失感は君の世界を悲しみへと変質させるだろう。それだけだ。私の死は君以外の人間にとって何の意味も持たないよ。本当に、何も知らなかったんだね…(憐れみの表情で一歩踏み出す)」
 「(飛びすさり、銃口を向ける)言うか、トリックスターめ! 私は他の者たちのようにだまされはしない! (顔を歪め銃口をふるわせて)人の時代にそんな神の言葉は不要なんだ」
 「(立ち止まる)よろしい、すべて充分だ。さぁ、撃ちたまえ。私は解放され、君は永遠にとらわれる。(喉をのけぞらせ、両腕を開く。雲間から光が射し、D.J.FOODのまわりを照らす。銃声が長くビルの谷間にこだまする)」
 「(背中に光を受けて暗い屋内へ戻ってくる。黒服の男たちの一人に拳銃を手渡しながら)今世紀最大の導き手のひとりがいま、死んだ」
 「おおッ!(革命成就への喜びに湧く黒服の男たち)」
 「(両手に顔をうずめて誰にも聞こえないようにひっそりと囁く)わかりはしない。かれは私が無くしたほうの片翼だった。私はかれのことを本当に、本当に愛していたんだ」

Life is just a dream, you know