――今回のガメラですが、作品自体のテーマを巡ってかなり紛糾したと聞きましたが。
緋口:(苦笑いして)うん、本当に大変でしたね。
伊東:(緋口を指さしながら)全然ゆずろうとしないんだもん、コイツ(笑)。
緋口:俺がね、今回のG3はポルノなんだぜって言ったんだよ。そしたらすごい勢いで反駁してきたヤツがいてさぁ(と、兼子のほうを見る)。
兼子:(憮然と)最初の脚本を見たら誰だってそうしますよ。緋口さん、特撮だけやってりゃいいのに脚本にまで口出すんだもん。
伊東:あはははは。それは言えてる(笑)。
緋口:でもよ、そのおかげで有意義なディスカッションができたろ。今回のガメラがあるのは俺の尽力のおかげっても過言じゃないと思うぜ。
兼子:(顔を真っ赤にして立ち上がり)今回のガメラを成功させたのは愛ちゃんだよ!
伊東:バカ、やめろよこんなとこで。
緋口:いや、その通りだと思うぜ。あのイリスの粘液に濡れた前多愛の色っぽさと言ったら。けけけけ。俺、じつは公開できなかったぶんの前多愛の映像とってあるもん。特技監督権限で。
伊東:(顔を真っ青にして立ち上がり)あんた、まさか! あれはみんなで処分したはずだろうッ!
緋口:絵画や彫刻じゃねえんだから、映像メディアなんて簡単に複製がとれる。特技監督としてあの白く濁った、粘り、まとわりつき、前多愛を身悶えさせる液体をこのまま闇に葬っちまうのは惜しいなァ、と思ったんだよ。自宅のスクリーンで見返すたび、あまりのエロティックさに電気が走るぜ。特に股間にな!(馬鹿笑いする)
兼子:(緋口につかみかかる)キサマ、今すぐそのフィルムを渡すんだ! さもないと……
緋口:(ヘラヘラ笑いながら)どうするってんだよ、お坊ちゃん。よしんば俺に返す気があったとして、もう今頃回収不可能なほど日本全国に広まっちまってるよ。はっきり言ってG3のギャラよりいい金になったね。いひひひ。
伊東:あんたって人は……やっぱりあのときに降ろしておくべきだったんだ!(天を仰いで慨嘆する)
兼子:(怒りのあまり鼻血を吹きながら)殺してやる、殺してやる、殺してやるゥ!(緋口に飛びかかろうとするところをスタッフに後ろから羽交い締めにされる)
緋口:(キレて)なんだよ。おまえだってあのとき楽しんでたじゃねえか。娘ほど年の離れた娘に敬語で謝りながら何度も何度もブッぱなしてたじゃねえかよ。おまえと俺、どっちの罪が重いってんだよ。言ってみろよ!
兼子:(くずおれて)あぁ~んあんあんあん。ごめんよぅ、愛ちゃん、ごめんよぅ。愛ちゃぁん、愛ちゃぁぁん。
――クライマックスの京都駅ビル崩壊のシーンについてうかがいたいのですが。
伊東:最初あれ、プロットには無かったんだよね。
緋口:そうなんだよ。京都駅のシーンはあったんだけど、実際あそこまでやることになるとは思わなかった(苦笑)。
伊東:緋口君のプロ意識が存分に発揮された結果、ああなった(笑)。
緋口:(椅子にしばりつけられた兼子に向けて大声で)誰かさんの原案では京都駅前で雨に濡れる前多愛の顔に、一輪挿しのつばきの花が首から落ちるって映像が重なるんだったんだよな、確か! (鼻をつまむふりをしながら)臭え、臭え。大正時代のブルーフィルムだってこんな臭い映像は使ってねえだろうぜ。まァ、一周して俺みたいなすれっからしにゃ、逆に新鮮だったけどな!(馬鹿笑いする)
兼子:(噛まされた猿ぐつわを更に噛みしめながら、縛り付けられた椅子をガタガタ前後に揺らす)
伊東:やめとけよ!
緋口:ひひひひ。わかってるって。この坊ちゃんがあんまり面白いからついよォ。何の話してたんだっけか。
伊東:京都駅ビル。
緋口:ああ、そうそう。兼子君の貧弱な映像イメージでわかってもらったと思うけど、ありゃ前多愛の処女性の象徴なんだよ。だから二大怪獣に完膚なきまでにブッ壊されなくちゃならなかったんだ。ライブ感覚を反映した、現場そのものの状況の写しとしてな。(兼子に目をやり)象徴としての処女性はガメラとイリスが破壊したわけなんだが、ゲンブツのはってえと…
伊東:(緋口に厳しい視線を送り)おい!
緋口:(冗談めかして首をすくめ)おっと、すまねえすまねえ。
兼子:(顔を真っ赤にして鼻血を吹きながら椅子を激しく揺らしている)
――今回もっとも苦労した部分はどこでしょうか。
伊東:どこだろうね。渋谷がガメラに襲撃されるところ?
緋口:いや、違うな。前多愛のラストの台詞だよ。
伊東:どんなだっけか。
緋口:おいおい、あんたが書いたんだろうが。イリスの体液に濡れた衣服で放心して、『ガメラ…』ってつぶやくところだよ。
伊東:ああ(笑)。そういえばあれは本当に苦労したね。
緋口:八時間もリテイクしたんだからよ。夜中の3時まで。
伊東:へたな特撮シーン顔負けだね(笑)。
緋口:最後にはピーピー泣きだしやがるし、やんなっちまうよ。
伊東:でも君の演技指導で最終的にうまくいったじゃない。ぜんぜん特技監督じゃないね、今回(笑)。
緋口:まったく(苦笑)。もらってるぶん以上の仕事をしたと思うぜ。
伊東:ある意味プロとは言えないね(笑)。で、どんな演技指導をしたの。
緋口:大したことじゃないがね。懇切にあいつの置かれてる状況を説明したんだよ。おまえは暴力でチンポに蹂躙されたばかりなんだぜ、って。それも並大抵のチンポじゃない、身の毛もよだつようなすごい、極太のチンポにさんざんっぱらいいように陵辱された直後なんだぞ、って。
伊東:(不安そうに)それは……。
緋口:まァ、最後には彼女も迫真の演技でシメてくれたがね。僕と兼子君ふたりがかりの体当たりの演技指導が功を奏したんだろうぜ。(振り返って)なぁ、兼子!
兼子:(目に涙をためてゆっくり首を左右に振る)
伊東:(腰を浮かせて)おまえたち、まさか。
緋口:けけけけ。こういうまったく嘘っぱちの虚構の中にこそ、最上のリアリティが必要なんだ。彼女にとって脚本の上だけのリアルでない事象を、俺たち二人で現実にしてやったってだけの話じゃねえか。なぁ、兼子!(悪魔のように哄笑する)
兼子:(血の涙を流しながら噛まされた猿ぐつわを噛みちぎる)あぁ~んあんあんあん。ごめんよぅ、愛ちゃん、ごめんよぅ。愛ちゃぁん、愛ちゃぁぁん。
――最後に映画をご覧になるみなさんに一言お願いします。
伊東:ガメラ三部作の完結編ということもあって、正直こういう結末にしていいものかどうか、さんざん悩みました。その迷いが映像に現れてしまっているかもしれませんが、それも含めて今回のガメラなんです。あとは皆さんに判断をお任せします。周囲の情報に惑わされず、どうぞ自分で感じとって下さい。
緋口:日本の映画館ってのは高いよなぁ。1800円あったら、AV何本借りれんだって俺いつも計算しちまうんだけど、今回俺はそんじょそこらのAV百本分のエロスは作品に封じ込めることに成功したと思ってる。ぜひ劇場で確かめてくれ。だがな、間違っても劇場でチンポは出すんじゃねえぞ!(馬鹿笑いする)
兼子:あぁ~んあんあんあん。ごめんよぅ、愛ちゃん、ごめんよぅ。愛ちゃぁん、愛ちゃぁぁん。
――今日はどうもお忙しいところをありがとうございました。
「それではG3の完成を祝して」
「乾杯」「乾杯」「かんぱ~い」
「(吸いさしの煙草を指に挟んだまま居酒屋内のさざめきに目を細めて)これ終わったら、もうみんなべつべつの仕事に散っちまうんだよなぁ。一本撮るたびに集まって別れて、毎度のことだけど感慨深いよ。こういうのって学生んときの卒業式後の打ち上げを思い出さないか。永遠にこうやってひとところにとどまらずに、自分の腕だけを頼みにジプシーみたいに渡り歩いて…ほんと因果な商売だと思うよ。…こういう席に出るといつも無性に寂しくなって、みんなでこのまま一緒に暮らそうぜって、みんな抱きしめて叫びたい気持ちになるんだ……え、俺? 俺に用かい? うん。きみ名前は。佐上君。バイトで入ってたのか。どうだった、現場の雰囲気は。そう。そりゃ良かった。俺さ、大学で演劇やってたときも思ったんだけど、こうやって大人数で何か一つをつくりあげるって作業は病みつきになるだろう。特にせっぱ詰まったときのみんなの連帯感とかさ。違うことを考える違う存在のはずなのに、互いが同じことを感じていることを互いに何も言わずに知っている瞬間があるんだ。そのときの感じをまた味わいたくて、俺ァ20年近くもここに居座り続けてるんだな……ごめんよ、余計な話だったな。年くうと話が回りくどくなっていけないよ。で、何が聞きたいわけ。そんなしゃちほこばるなよ。…邪神を封じる剣? ああ、あったね、そう言われれば。なんだったっけか、なんとか束の剣。十束? 八束? まぁ、いいや。で、君はあの剣とそれを司る一族の存在意義がシナリオ上で希薄だと思ったわけだ。いいよ、わかるよ、言いたいことは。あそこはちょっと難解にし過ぎたって反省してるんだ。最近の流行りに無意識のうちに当てられちまったんだろうな。確かに一回見ただけじゃ、蛇足だって思われちまうかも知れない。でも、ねらった効果というか、意図はあるんだ。短い、刃こぼれした、どんな現実の脅威に対しても無力そうなあの頼りない剣は、惣領家の息子の自身のチンポに対するコンプレックスの具現なんだよ。先祖代々のほこらから剣を自信なげに取り出すが、前多愛のやってくるのにあわてて元に戻して扉を閉めてしまう場面は、自身のチンポがいったい婦女子に充分な満足を与えることができるほどの代物なのかどうか懐疑的になっている童貞少年にありがちな不安を暗示している。この場合ほこらとその扉は、チンポの余分な皮と解釈するとわかりやすい。次に、京都駅でイリスが前多愛を陵辱しようと迫るのに対して、ひきずりだした剣を投げつけてみせる場面だが、これは前多愛という極上のロリータの貞操の分け前を、イリスという極太チンポにおずおずと要求しているんだ。うん、イリスに少しの打撃も与えることができないままはじき返される剣は、彼自身の性急な若い欲望の達成されなかったことを表していると君は解釈したわけだね。惜しいけれどちょっと違うな。はじき返された剣は前多愛の頬をかすめ、彼女に血を流させるだろう。これは彼女の処女性の一部を、少年が自らの矮小なチンポで切り取ることに成功したことを教えてくれているんだ。最後に、前多愛へ不必要なまでに接近し自らのチンポの象徴である剣を極太チンポの化身であるイリスにつきつける少年は、自分のチンポに生まれてはじめて自信を持ち、自立の道を――チンポだけにね――ようやく歩みだしたと言える。まァ、前多愛の処女性のすべてという分不相応な分け前を要求した罰として、少年は叩きのめされてしまうんだがね。どうだい。ガメラとイリスという二大チンポに圧倒されて見落としがちだが、こんな細部にもちゃんとドラマが挿入されていることに――チンポだけにね――気がついて欲しい。一つも、一カットたりとも無駄なシーンというのは無いんだよ。うん。いや。これからどうするかは知らないけれど、またいっしょに仕事できるといいね。うん。(席に戻っていく小太りの青年の後ろ姿を見送りながら)寂しいよな。本当に寂しいよ。みんなでずっといっしょに、満員電車みたいにして暮らせたらいいのにな……」
「お~い、狸公(まみこう)」
「(鼻のつまった声で)なぁに、お父さん」
「いつものように一般的な社会人ならばこの世に有限の金銭を巡って苛烈な精神そのものをやすりにかけるような苦闘を行っている真っ昼間に無職のものが手持ちぶさたにやるような呑気な金にならないデッサンをしたいんだけれど、中学生のおまえの未成熟な身体でかかせてくれませんか。いや、身体を描かせてくれませんか。おこづかいははずみますから。二時間くらいでいいんです」
「金銭でもって私の裸を閲覧するということははっきりと性の切り売り・買春と同じ意味合いを持ち、私の女性性に対しての女権論者が聞いたなら発狂するような侮辱であるけれど、男たちの性欲をこの上なく減退させるそんなこざかしい理屈は実のところ地方の朴訥な一中学生の小娘という私の実存の知識の埒外にあるので快く、わかったわ」
「(密集した自身の口髭を舌で執拗に湿しながら)狸公、そんな背中ばかり向けていないで、金をもらっている以上はもっとプロ意識を持って、例えば自らの青い花弁を指でもって押し開くなどし、おまえという存在の上位者であるお父さんの男性性に積極的に奉仕するそぶりを見せなさい」
「女権論者に糾弾の格好の先鋒を与えるような恐ろしい無神経さで行われる女性性への搾取に私は恥じ入らねばならないのだけれど、そのような高級な感情は地方の朴訥な一中学生の小娘という私の実存の認識の埒外にあるので、わかったわ」
「おお。自分の娘が未だ意識の埒外にある性という概念に対して無神経なやり方で無造作に身体の前面を見せるのに呼応して、私の手の中にあったきつく握りしめられたチューブから多量の油絵の具が飛び出しました。これは芸術を理由に現実の成熟した大人の女性と自我をゆさぶりあうようなまっとうな恋愛のできない情けない自分を秘し隠し、中学生のしかも自分の娘に欲情する男であるところの私の張りつめた自虐的・背徳的欲望が耐えきれず放出を迎えてしまったことを意味しています」
「ぴるるるるるぴるるるるる」
「(目はぐるぐる渦巻き、開いた唇からはだらだらとよだれを垂らし、知的にチャレンジされている人間がやるような恍惚とした薄笑いを浮かべながら)電波よ、電波を受信したわ。誰かが私を呼んでる。お父さん、ごめんなさい。(キャンバスの上にかけられた衣服をひっつかんで裸のまま部屋から飛び出していく)」
「(最初万札数枚を片手にデッサンを要求していたときとは別人のような達成した穏やかな表情で)その開いた唇と垂れる涎は、下の唇と淫水と意味上の相関関係を持つのだね。その恍惚とした表情、同時に達成できた事実でお父さん大満足だよ。行っておいで。もう一度いっておいで」
「行くわよ、各作品に通底する設定の安直さのひとつの表出であるところの、タヌキと呼ばれることを極度に嫌うタヌキであるところの、チンポコ!」
「きゃううう」
「ばば馬鹿っ。女子中学生の無意識に発話する罪のない猥褻語に呼応して欲情した鳴き声をあげるようなロリコン狸に育てた覚えはないよっ」
「(パイプを吹かしながら)行っておいで、狸公。(椅子を回転させると視聴者に向き直り)ちなみに猥褻タヌキの名付け親は私です。ははは、だって毎日女子中学生が鼻づまりの声でチンポコと呼ばわるのを聞くことができますからね。これぞ娘を持つ男親の役得というものですよ。はは、はははは」
「(ハート型の発射装置で小さなプラスチックの玉を自身に向かって幾度も幾度も打ち出しながら)打ち出す装置とビーズ玉の関連性に象徴される現実の事象を考えるに、そのような状況に私という実存がおかれた場合素っ裸のまま衆人環視の中へ瞬間移動してしまうのではないかと不安になるけれど、それは集合無意識とも言うべき男性視聴者たちの欲望の余波を受けているだけであって、実際地方の一女子中学生に過ぎない私の知識の範疇外にあることだわ」
「ぴるるるるるぴるるるるるぴるるるるる」
「電波が強くなってる。誰、私に救いを求めているのは……あっ。公園で幼稚園入学前の幼女たちがたわむれる様子を眺めながら鉄柵にもたれかかって気むずかしげに眉根を寄せている小太りのおたくは、同級生の高天原さん。(近くに降り立つ)電波を送信していたのはかれ? いったい何を考えているのかしら。よぉし、こんなときこそ無生物を介して相手の心を探る能力の出番だわ。(鉄柵に触れる。次々と現れる映像の断片)幼女の泣き叫ぶ顔……小さな箱……象? アフリカ象だわ……腰布に手製の槍を携えた黒人たち……あっ。地平線の向こうから砂煙をあげて走ってきた象が小さな箱を踏みつぶしたわ。黒人たちが槍を上下に振って大喜びしてる…また象が戻ってきたわ…箱を踏みつぶした…槍を上下に振って大喜びする黒人たち…幼女の泣き叫ぶ顔。(鉄柵から手を離して)いったい今のは何を意味しているのかしら。フロイト的に解釈を与えるならば、箱は一般的にヴァギナを、棒状のものはペニスを象徴しており、これに当てはめると小さな箱は幼女の未発達なヴァギナでありアフリカ象は巨大な他人のペニスであり黒人たちの槍は彼自身のペニスであると解釈することが可能ね。つまり彼の心象映像を総合すると、『幼稚園入学前の幼女のヴァギナが自分以外の男のペニスに蹂躙されることを観察するのに異常な興奮を覚える最悪の出歯亀野郎』という結論になるけれども、一中学生の小娘の私にそんな高度な分析ができるはずも無いわ。
(濡れた瞳で)頭のいい人の考えることってわからない…きっと私には知れないような高邁な思索に心を馳せているのね…高天原さん…」
「先週は本当に申し訳ない。関係者のみなさん、番組を聞いてくれているみなさんの感じた憤り、不快感についてD.J.FOODは、いや、私人山田次郎は心から謝罪したい。昔は血気盛んなものだったから人間をビルの高所から蹴落とすどころか、人差し指を根本まで胸にうずめられても唇の端を切った程度の出血で全然平気だったり、最初は優しい激情家だったのがネクロフィリアでダッチワイフ好きの旧友にビルの屋上から飛び降り自殺を強要させたあたりからニヒルな殺戮家に君子豹変し、核で人類が滅びてしまったので拳法でもってというミノフスキー粒子より納得のいかない理由で暴力による世界支配をもくろむ親戚の血のつながらない兄さんを撲殺したり、ついでに婚約者の兄さんも撲殺するようなそんな平均的日本人の生活を1オングストロームほど逸脱してみせる程度の毎日だったんです。そして様々の紆余曲折を経たのちに自分の婚約者が産んだ暴力による世界支配をもくろんでいた親戚の血のつながらない兄さんの子供に屈折した教育指導を施し、ときどき記憶を喪失したりしながら歴史の彼方へと消えていくような凡々たる有様でした。それが今回の不祥事、本当に申し訳ない。収録スタジオから不慮の事故でもって墜落した二人のスタッフのうち一人は偶然マンホールのふたが開いており肉体労働従事者の黄色いヘルメットに運ばれてマンホールから顔を出したところをダンプに轢かれる程度のディズニー的軽傷ですみ、もう一人は金玉をひろげグライダーのように飛翔し土曜の新宿に衆人環視の中着地して猥褻物陳列罪に問われるだけで済んだのは不幸中の幸いと言うべきでしょう。こんなどうしようもない私ですが、みなさまから励ましのお便りを頂いておりますので二三読ませて頂きたく存じます。まず一枚目は住所は書いてありません、チンポ丸出しさんから。『この人殺し!!!おまえみたいなのが金もらってるから俺のとこにまわってこねーんだよ!!死ね!!!』申し訳ございません。全くその通りでございます。あなたがいい大学に入りいい就職口を見つけいいメシを喰うといった度外れの幸運にめぐまれず、いま人生の底の底のゴミ溜めを這って這って這って這いずっていて、ときどき匿名で品性の下劣なハガキを記述し無職の身には身を切るような辛さであろう数十円の切手を貼付しわざわざ投函するというハリウッド的劇的さでもって日常を疾駆なさっているのは何もかも私の不徳の致すところでございます。言葉もありません。次のお便りは板橋区にお住まいのときめきリズムちゃんからです。『私はFOODさんは悪くないと思う。どうかFOODさんを降板させたりしないで下さい。私の通う女子中学校で集めた署名と嘆願書を同封します。また面白いお話を聞かせて下さい』ありがとうございます。涙が出ます。幸い降板という事態はまぬがれそうです。不要になったいい匂いのするこの署名と嘆願書は、ちんちんの先端を包むなどし、積極的に私の私生活において役立てたいと思います。本当にありがとうございます。最後のお便りは大阪府にお住まいの小鳥くんからですが、残念ながらもはや紙数は尽きた。それでは来週のこの時間まで。ごきげんよう」
「『あら、それじゃあなたはとあるVIPと知り合いだと言っていたけれど、今の話だと女性の身体を触ってもちんちんが起立しない男が友達にいるってだけじゃないの』
『 いや、ぼくは確かにVIPと知り合いなのさ。なぜなら彼はVery Impotent Personだからね!』
『まぁ! もう、ボブったら本当に憎らしい!』
『アハハ。君があんまり真面目なんでちょっとからかってみたくなったのさ、メアリー!』」
「あっ。小鳥猊下が少しも笑えない覚えたてのアメリカンジョークを上に向けた掌をへその付近で小刻みに左右に揺らしながらヒクツな漫才師の笑顔で発話しつつ御出座なされたぞ」
「ああ、なんてださおなら面白くないのかしら。思わずあくびとともに大量の涙がまなじりから吹き出したわ。そしてそれは私の淫水を暗喩しており、その量と正比例しているわ」
「なんや、今日の客はノリが悪いで。舞台は客との共同作業や。よぉ覚えとき。ほなワシは失礼させてもらうで」
「もう。なんで僕がこんな売れない演歌歌手みたいなことしなきゃいけないわけ。客の質は最悪だしさぁ。だいたいチンポとかオマンコとかしゃべるだけですぐ自我の抑圧から解放された心の一番深い底からの笑いを白痴的に爆笑できるような人間はわざわざぼくの公演を見に来ることないんだよ。幼児期に感情を抑圧せねば今まで生きてこれなかったような人種が、履歴書に記載された情報と二時間ほどの面接で判断されてしまうような人格の表層のやりとりに疲れ果てた人種こそが、そのすさまじいまでの心のくびきを解き放つ時間を持つために、錯覚のような一瞬間だけでも楽になるためにやって来て欲しいんだよ。君もヘラヘラもみ手してないでもっとマシな仕事入れる努力したらどうなのよ。いい加減にしないと温厚なぼくでも怒るよ、ほんと。(ノックの音にいずまいを正しあわてて煙草をもみ消しながら)あ、は~い。どうぞ、開いてますから。あれっ。女の子じゃない。どうしたの。とりあえず中にお入りなさいな。ずぶ濡れじゃない。うん。ぼくに会いたくてわざわざ北海道から出てきたんだ。君もヘラヘラもみ手してないで着替え持ってきてあげなさいよ。こんな場末の盛り場を一人でうろついちゃ危ないよ。明日になったら送ってあげるから、今日のところは泊まっていきなさい。え、帰りたくないの。義理のお父さんが暴力をふるうんだ。泣かないで。お母さんには相談したの。知ってる。世間体のために見ないふりをしているのか。泣かないでよ。…ときに経済力のない子供であるという事実はそれだけで充分に屈辱的だよ。ぼくがここで放り出したらこの子はきっとどんどん身を落としていくんだろうなぁ。…よければ、ぼくといっしょに来ないかい。君に君を喰いものにしない、世間体や打算でない本当の愛情をくれる暖かい午後のようなお父さんとお母さんをあげるよ。保証してやれるわけじゃないけれど、君は今より幸せになれるかもしれない。うん、いい子だね。まだ名前を聞いていなかったね。名前は…」
「真奈美、どうしたんだ。電気もつけないで」
「お父さん。うん、ちょっと昔のことを思い出していたの」
「そうか。(穏やかな顔で手をさしのべながら)さぁ、もう夕御飯の時間だ。今日はステーキだってお母さん言ってたぞ」
「(目尻をぬぐって明るく)やったぁ。あたし、ステーキだぁい好き!」
僕たちは店の奥にある薄暗いコーナーで脱衣麻雀を相手に時間を潰した。幾ばくかの小銭を代償に死んだ時間を提供してくれるただのガラクタだ。しかし鼠はどんなものに対しても真剣だった。ゲーム・オーヴァーの赤い文字がお嬢様の真っ白なパンティの上に表示されたとき、僕たちは二人の財布をあわせての全財産、ちょうど50枚の百円玉を投入し終わったところだった。
「お高くとまりやがって。この売女が!」
鼠があらあらしく筐体を蹴り上げる。チョッキ姿の店員が人混みをかきわけこちらに向かってくるのに、僕は鼠を後ろから抱えるようにしてゲームセンターの外へと連れ出した。
冬の夜気は、寄る辺無い人間にとってずいぶん身にこたえる。街灯に群がる蛾の羽音が響きわたる路地裏で、誰も追ってこないのを確認して僕は路上に座り込んだ。鼠はどうにも腹の虫がおさまらないといったふうでコーラの自販機を殴りつけた。ケースの灯りが明滅して、消える。
「おい。もうよせよ。」
「5000円だぜ。職も無いのに。何やってんだ、俺たちは?」
鼠が吐き捨てた唾は、道端に広がる反吐と混じり合って濡れた音をたてた。
「間延びした時間、ケチな遊び、こんなのはもうたくさんだ! なぁ、あんたはこのままでいいと思ってんのか?」
「しょうがないだろ。俺たちを受け入れてくれる場所なんて、この社会には無いんだよ。」
「だからって、」
「おまえはそうやっていつも、酒や何やの勢いを借りて、問題を声にした時点で満足しちまってるんだよ。俺は本当に、絶望的にどうしようもないのを知ってるのさ。だから俺は、いつも黙ることにしている。」
とびかかってくるかと思ったが、鼠は急に脱力したようになってその場に座り込んでしまった。
「わかってるんだよ。でも不安なんだ。俺はあんたみたく大人じゃないから、言わずにはいられないんだ。」
「俺だって、何かわかってるわけじゃないよ。ただ、自分がわかっていないことをわかっているだけなんだ。」
沈黙。僕の言ったことが聞こえたのかどうか、鼠は宙を睨んで言った。
「考えたことないか? このまま、アニメや漫画の二次元の異性だけが興味の対象のまま、二十年経ったらって。定職にもつかず、社会からのかろうじてのお目こぼしをさずかって、稼いだ日銭をLDやらグッズやらにつぎこんで、人づきあいはネットの上しか無くて、ネットでは馬鹿みたいに明るい演技して、外見は年をとるのに失敗して不気味に若々しくて、そんで二十年で技術はすげえ進歩してて、ほとんど人間と変わらないエロゲーキャラの等身大人形とセックスしてんだよ。直結したノートパソコンとマウスでヴァギナの位置や愛液の量を調整したりしながら、その人形を愛撫してんだよ、本当に心からの愛情から。やっぱ純愛ですね、鬼畜系はダメですよ、とか言ってんだよ。ネットで。顔文字つきで。萌え~とか言ってんだよ、本当は何よりも自分のことが一番好きなくせに。それは、正しいのか? もうそれは人間じゃないんじゃないのか? 人間とは呼べないんじゃないのか? …俺たちはどうなっちまうんだろう。俺たちは本当に、どうなっちまうんだろう。」
鼠は抱えた膝の間に顔をうずめると、すすり泣きはじめた。僕はジーンズの尻から煙草を取り出すと、火をつけた。
たちのぼる煙に、けばけばしい都会のネオンライトがゆらいだ。だが、それは煙のせいではなく知らず流れ出た涙のせいらしかった。
たとえそうなることをあらかじめ知っていたとして、僕たちにどうしようがあるというのだろう。僕は鼠の述懐を聞いていて、むしろ心地いいと感じている自分に気がついていた。
鼠は十分ほど泣き続けていたろうか、顔をあげると照れくさそうにセーターのすそで涙をぬぐった。
「その携帯ストラップ、いいな。」
「ああ、いいだろ。おじゃ魔女どれみだよ。見つけるのに苦労したんだぜ。」
僕たち二人は顔を見合わせると、声をたてて笑った。
俺はきっとおまえのことだから / 逃げて逃げてたどりついた / この掃き溜めみたいな場所でも /
きっと長くもたないんだろうなって / ケツを割っちまうんだろうなって / ひそかに思ってたよ /
でもおまえは危なっかしい足取りで / 無気力の足かせをはめられ /
まともに動くこともままならないような / 倦怠の重石をのせられ / もうしょうがねえ /
とうにへばって座り込んで泣き出して / そうしてもおかしくないのに / 少なくとも俺は責めやしないのに /
何かを運ぶしか知らない牛のように / いらいらするような速度で / よたよたよたよた /
たどりついちまいやがった / 個人が得る最悪の制限を / その人格の上に受けて /
なのに同じような何事も無い顔で / いいわけをせず誰かのせいにもせず / とうとうたどりついちまいやがった /
俺はおまえのことがずっと嫌いだったけれど / ようやく重石を道端に放り投げ / 涙と鼻水で顔を汚し/
肩であえぐこの瞬間のおまえだけは / とても好きだと言うことができるよ / 愛していると言うことができるよ /
俺はきっとまた / すぐおまえのことが嫌いになるんだろうが / この愛を感じた一瞬のせいで /
よりいっそう嫌いになるんだろうが / たとえそうだとしても / 俺は今のおまえを愛しいと思うよ / 尊いと思うよ /
おめでとう / おめでとう /
えんじ色のブルマが宙を舞って卓上に落ちる。
「ツモ。5200だ」
積み上げられる現金を手で払いのけ、
「いらぬ世話だ。すべて幼女同人誌に変えてもらおう」
金庫から取り出される幼女同人誌20冊。規制のない昭和40年当時の幼女同人誌は、現在の価値に換算すると約200冊分…!
「少なくとも今までワシが殺してきた、ロリコンを装ってはいるが実は成熟した自我との折衝を恐れているただ自分が好きなだけの人間…そういう輩とは質が違うというわけか…!」
小鳥巣の口元に浮かぶ笑み。
「だが、それでも負けるが麻雀だ」
「悪いな。通らず、だ」
小鳥巣が白パンティを卓に置くのに反応して倒される手牌。
「8000」
テーブルを殴りつける小鳥巣。
「馬鹿な! もう100時間以上は打ち続けているはずだ! なぜ切れない? なぜ三人で交代して打つワシたちを圧倒できる? 狂ってる、狂ってる、この…最悪の童女愛趣味者め!」
引いてきた縦笛に間髪入れず左端の網タイツを切りとばす。ざわめく黒服たち。
「おい、今のでアガりじゃないのか?」
「まさか、まさかヤツは…!」
「それ以上の勝ちに何の意味がある!? 多すぎる勝ちは賭けを成立させる世界そのもののバランスを崩してしまう! やめろ、生きて帰りたかったらやめるんだ!」
流れ始めるブルージーな音楽。
「俺はただ」
ツモ山に青白い手がのびる。
「醒めない夢を見ていたいだけなのさ」
発光する、骨そのもののような指が牌に触れる。鳴り響く銃声。卓に肉のぶつかるにぶい音。
「(かすれた声で)和了、です」
力無く開かれた指の間からこぼれ落ちる黒ランドセル。男の目に白い膜がかかる。
「殺すことは、なかったのに」
勝負の終わった麻雀卓を取り囲む三人の黒服たち。冷えていく男の死体。
「奇跡は起こらなかったな。この男も小鳥巣様を倒すことはできなかったわけだ」
「いや、見ろ」
「ああ……!」
卓上に流れる血が黒ランドセルを赤ランドセルに染めていく。
「ロリータ大三元完成、か」
窓を開け、月を見上げる黒服。雲ひとつない夜空に完全な満月。黒服のサングラスから光るものが伝い落ちる。
上品なバーのさざめき。突然入り口の扉がくの字に折れ曲がり逆方向の壁にスッとんで叩きつけられる。
「(チンポ丸出しで)デストロォォォォイ! 裸の王様のお出ましだァ! おっと、精薄ども、動くんじゃねえよ! もしぴくりとでも動いてみやがれ、俺様のこいつが火をふくぜ!(ト、人差し指と親指を折り曲げて拳銃の形にした右手を構える)」
「ジョージ、なんなのあれ。私怖いわ」
「HAHAHA、春先にはこういうヤツが多いんだよ。すぐにつまみだしてやるから安心しな、ヨーコ……(錨のいれずみが入った上腕を誇示しながら)どうやら入る場所を間違えたみてえだな。俺が病院に送り返してやるよ。ヘッヘッ」
「(癇癪の青筋をこめかみに浮かせて)動くなっていったでしょおッ! (人差し指を男の頭部に向けて)ばぁん」
メリケンの頭部がはじけとぶ。飛び出した目玉がシャンパンのグラスに沈み、泡を立てる。
「きゃああああああっ」
「(人差し指の先を吹いて)いい? みんなこの男みたくなりたくなかったら動くんじゃないよ…ああ、暑い。何か冷たい飲み物が欲しいなぁ(カウンターに目をやる)」
バーテン、ひきつった笑いを浮かべながら飲み物を用意しようと後ろの棚に手をのばす。
「動くなっていったでしょおッ! ばぁんばぁん」
バーテンの頭部が四分の一吹き飛び、腹に向こう側が見通せる大穴があき、そうして糸の切れた人形のように横倒しに倒れる。開いた蛇口から吹き出す大量のビール。
「これが心理学で言うところのダブルバインドってヤツよ。試験に出すから覚えておいたほうが利口ですよォ…おい、そこの金髪」
「(半笑いで)な、なんスか」
「(バーテンの死体を指さし)なんて言うんだっけ、こういうの」
「あ…あの(薄ら笑いを浮かべる)」
「ばぁんばぁんばぁん」
金髪の身体にみっつ穴があく。金髪、その穴を何度も信じられないという泣きそうな顔で確認し前のめりに倒れる。金髪の死体にのしかかられた老婆が白目をむいて卒倒する。
「馬鹿。ほんと馬鹿だね。みため通りの馬鹿。オリジナリティのかけらも無いね。民族としてのアイデンティティを放棄してるくせに個人としてのアイデンティティすら確立できてないんだよ。ほんと馬鹿。最低だね…おい、そこの女」
「(半笑いで)な、なんでしょう」
「(バーテンの死体を指さし)なんて言うんだっけ、こういうの」
「ダ、ダブルバインド」
「せいか~い。かしこ~い。ご褒美たくさんあげなくちゃねえ? ばぁんばぁんばぁんばぁんばぁん」
一瞬のちに女の身体は肉の破片でしかなくなる。燃え残った灰が崩れるように、数秒おいて彼女だった残骸がその場に濡れた音をたてて崩れる。
「復習ですよ、復習。けけけっ。さぁて、つまらない遊びはこのへんにしとかないとな。話すことはたくさんあるんだ。まず掲示板のことだが、これは別におまえらとコミュニケーションをとるために設置してんじゃねえんだ。俺の存在が唯一絶対であり、おまえらの意見なんざ一切聞き入れる気はねえってことをおまえたちにも目に見える形でわからせるために置いてあるんだ。その深遠な逆接を読みとりもできずに、ヘラヘラなれなれしく話しかけてくんじゃねえ! おまえがコスプレしようが下痢しようが俺の知ったことか! くだらねえ批判もだ! それは自分のホームページに反映させてろ! 読む時間と書く時間が無駄だ! ただ賛美しろ! 俺を褒めたたえろ! ばぁんばぁん」
二人の男女が眉間を寸分たがわず打ち抜かれ、びっくりしたような表情のまま吹き出す血の勢いで後ろむきに倒れる。
「ああ、せいせいした。まったくよォ…ばぁん」
左脇下から見えない背後を撃つ。若い男性が胸に穴をあけられくるくるコマのように回転して倒れる。
「クズ、クズ! 批評家きどりめ! 『もう限界ですか?』だと? したり顔め! 死ね死ねっ! ばぁんばぁん」
もみ手でつくり笑いの男が両足を撃ち抜かれる。噴水のような出血。
「友だちからだと? 友だち募集だと? おまえが欲しがってるのは友だちなんかじゃなく自分の賛美者だろうが! 不完全で矮小な自らの自我を補償してくれる白痴的な追従者だろうが! 幼少期の濃密な愛情の欠如から自己存在を意味性によって形づくることができなかったので、そんな一時しのぎの、くだらない、間に合わせの品でなんとか応急手当しようと必死ですかァ? おまえがタチ悪いのは、その操作にある程度自覚的なことだ。無理だよ、おまえみたいなのは一生友だちなんてできないね…(向き直り)おまえたちみたいのは何年生きたって意味ないよ、進歩ないよ。死ね死ねっ! おまえたちみんな死んでしまえ! ばぁんばぁんばぁん、ばぁんばぁんばぁんばぁん」
裸の男が人々の密集した一角に飛び込み、たちまち店内は阿鼻叫喚のちまたとなる。
すべてが終わった後、立っているのは裸の男だけ。血煙にけぶる店内を大股に横切って最奥のソファに身を投げ出す。
「(半眼でけだるく)純粋な愛情を手に入れた肉だけが人間になることができるんだ。それ以外? それ以外の肉は人であることを喪失して神になるのさ。いや、もっと正確に言うなら神と全くズレなく重なる自我を手に入れさせられるんだ。その中で神の自我にふさわしい能力を持つものは、圧倒的な賛美者に囲まれ時代の真の神となり、それのかなわなかった肉は――つまり神たる能力を持たなかった肉は、だな――こんな安普請のつくりごとの中で(ト、手をのばし後ろの壁を軽く叩く。薄っぺらなベニヤの壁は倒れてその向こうに虚無をのぞかせる)賛美者をかき集めるために裸で舞い踊るのさ。けけけ。いずれにしても人間じゃない以上人間の幸せは手に入らねえがな。(目をつむる)最初にチンポを舐めさせていたのは俺のほうだったはずなのに、いつのまに俺がチンポを舐める側になっちまったんだろうな…」
セットの後ろに無数の顔が浮かびあがる。その顔には一様に目・鼻・口がついていない。
「(跳ね起きて)バカヤロウ! 降りてこい! いつまでそこで眺めてるつもりだ! 舞台に立てよ! こっちに来いよ! ばぁんばぁん(弾はすべて水面に投げた石のようにわずかの波紋を残して吸い込まれていく)。 くそ、くそっ! そっちがそのつもりなら、見てろ、見てやがれ!」
裸の男、ペニスを握りしめこすりはじめる。
「どうだ、畜生、こういうのが見たいんだろう、こういうのが見たかったんだろう!」
虚無に浮かぶのっぺらぼうの顔の筋肉がうごめき、笑いともとれるような感じをかたち作る。男のペニスが勃起しはじめる。
「(荒い息の下で)あ、やっぱり…喜んでくれてるんだ。あなたたちが喜んでくれると僕はとても嬉しいんだ…あなたたちが喜んでくれないと僕は自分がいないような気持ちになる…だって僕にはあなたたちを笑わせて喜ばせることしかできないから…それ以外の価値なんて僕にはないんだ…知ってるよ、知ってる…ああ…」
突然のっぺらぼうの笑みが消える。冷たいさげすんだ視線の感じが残る。顔が一つづつ消えはじめる。男のペニスが萎縮していく。
「あっ…待って、待ってよ! ひどい、ひどいじゃないか! 見ていってよ、最後まで見ていってよ! ひィ、ひィィィィィィ」
裸の男、誰もいない廃墟につっぷして泣き出す。が、突然身を起こし、
「なぁんてね。びっくりした? びっくりした? おい、みんな、いつまで寝てんだよ!」
撃ち抜かれた部位はそのままに、男の声に呼応して死んだ客たちがむくりと起き出す。
「いやぁ、もう小鳥くんたら迫真の演技なんだもん。私あせっちゃった(^^;」
「ほんとほんと(笑)。俺、マジでちょっとちびっちゃったよ(TT」
「メンゴメンゴ(笑)。でもネットって本当にいいよね! たくさん友だちできるし、それに…」
「それに?」
「千佳ちゃんにも会えたし…(*^^*)ポッ」
「きゃあ☆ それってもしかして…告白?(^^;」
その様をいつのまにかまた空中に現れた無数の顔が見つめている。口元に浮かぶ侮蔑の笑い。
「あはは、いいなぁ(^^) みんなほんと最高だよ。ネットワーク最高! ずっとここにいたいなぁ(泣)」
「いいんだよ、ずっとここにいて(^^; 現実はつらいからね(笑) 現実は容赦ないからね(爆笑)」