猫を起こさないように
裸の王様
裸の王様

裸の王様

 上品なバーのさざめき。突然入り口の扉がくの字に折れ曲がり逆方向の壁にスッとんで叩きつけられる。
 「(チンポ丸出しで)デストロォォォォイ! 裸の王様のお出ましだァ! おっと、精薄ども、動くんじゃねえよ! もしぴくりとでも動いてみやがれ、俺様のこいつが火をふくぜ!(ト、人差し指と親指を折り曲げて拳銃の形にした右手を構える)」
 「ジョージ、なんなのあれ。私怖いわ」
 「HAHAHA、春先にはこういうヤツが多いんだよ。すぐにつまみだしてやるから安心しな、ヨーコ……(錨のいれずみが入った上腕を誇示しながら)どうやら入る場所を間違えたみてえだな。俺が病院に送り返してやるよ。ヘッヘッ」
 「(癇癪の青筋をこめかみに浮かせて)動くなっていったでしょおッ! (人差し指を男の頭部に向けて)ばぁん」
 メリケンの頭部がはじけとぶ。飛び出した目玉がシャンパンのグラスに沈み、泡を立てる。
 「きゃああああああっ」
 「(人差し指の先を吹いて)いい? みんなこの男みたくなりたくなかったら動くんじゃないよ…ああ、暑い。何か冷たい飲み物が欲しいなぁ(カウンターに目をやる)」
 バーテン、ひきつった笑いを浮かべながら飲み物を用意しようと後ろの棚に手をのばす。
 「動くなっていったでしょおッ! ばぁんばぁん」
 バーテンの頭部が四分の一吹き飛び、腹に向こう側が見通せる大穴があき、そうして糸の切れた人形のように横倒しに倒れる。開いた蛇口から吹き出す大量のビール。
 「これが心理学で言うところのダブルバインドってヤツよ。試験に出すから覚えておいたほうが利口ですよォ…おい、そこの金髪」
 「(半笑いで)な、なんスか」
 「(バーテンの死体を指さし)なんて言うんだっけ、こういうの」
 「あ…あの(薄ら笑いを浮かべる)」
 「ばぁんばぁんばぁん」
 金髪の身体にみっつ穴があく。金髪、その穴を何度も信じられないという泣きそうな顔で確認し前のめりに倒れる。金髪の死体にのしかかられた老婆が白目をむいて卒倒する。
 「馬鹿。ほんと馬鹿だね。みため通りの馬鹿。オリジナリティのかけらも無いね。民族としてのアイデンティティを放棄してるくせに個人としてのアイデンティティすら確立できてないんだよ。ほんと馬鹿。最低だね…おい、そこの女」
 「(半笑いで)な、なんでしょう」
 「(バーテンの死体を指さし)なんて言うんだっけ、こういうの」
 「ダ、ダブルバインド」
 「せいか~い。かしこ~い。ご褒美たくさんあげなくちゃねえ? ばぁんばぁんばぁんばぁんばぁん」
 一瞬のちに女の身体は肉の破片でしかなくなる。燃え残った灰が崩れるように、数秒おいて彼女だった残骸がその場に濡れた音をたてて崩れる。
 「復習ですよ、復習。けけけっ。さぁて、つまらない遊びはこのへんにしとかないとな。話すことはたくさんあるんだ。まず掲示板のことだが、これは別におまえらとコミュニケーションをとるために設置してんじゃねえんだ。俺の存在が唯一絶対であり、おまえらの意見なんざ一切聞き入れる気はねえってことをおまえたちにも目に見える形でわからせるために置いてあるんだ。その深遠な逆接を読みとりもできずに、ヘラヘラなれなれしく話しかけてくんじゃねえ! おまえがコスプレしようが下痢しようが俺の知ったことか! くだらねえ批判もだ! それは自分のホームページに反映させてろ! 読む時間と書く時間が無駄だ! ただ賛美しろ! 俺を褒めたたえろ! ばぁんばぁん」
 二人の男女が眉間を寸分たがわず打ち抜かれ、びっくりしたような表情のまま吹き出す血の勢いで後ろむきに倒れる。
 「ああ、せいせいした。まったくよォ…ばぁん」
 左脇下から見えない背後を撃つ。若い男性が胸に穴をあけられくるくるコマのように回転して倒れる。
 「クズ、クズ! 批評家きどりめ! 『もう限界ですか?』だと? したり顔め! 死ね死ねっ! ばぁんばぁん」
 もみ手でつくり笑いの男が両足を撃ち抜かれる。噴水のような出血。
 「友だちからだと? 友だち募集だと? おまえが欲しがってるのは友だちなんかじゃなく自分の賛美者だろうが! 不完全で矮小な自らの自我を補償してくれる白痴的な追従者だろうが! 幼少期の濃密な愛情の欠如から自己存在を意味性によって形づくることができなかったので、そんな一時しのぎの、くだらない、間に合わせの品でなんとか応急手当しようと必死ですかァ? おまえがタチ悪いのは、その操作にある程度自覚的なことだ。無理だよ、おまえみたいなのは一生友だちなんてできないね…(向き直り)おまえたちみたいのは何年生きたって意味ないよ、進歩ないよ。死ね死ねっ! おまえたちみんな死んでしまえ! ばぁんばぁんばぁん、ばぁんばぁんばぁんばぁん」
 裸の男が人々の密集した一角に飛び込み、たちまち店内は阿鼻叫喚のちまたとなる。
 すべてが終わった後、立っているのは裸の男だけ。血煙にけぶる店内を大股に横切って最奥のソファに身を投げ出す。
 「(半眼でけだるく)純粋な愛情を手に入れた肉だけが人間になることができるんだ。それ以外? それ以外の肉は人であることを喪失して神になるのさ。いや、もっと正確に言うなら神と全くズレなく重なる自我を手に入れさせられるんだ。その中で神の自我にふさわしい能力を持つものは、圧倒的な賛美者に囲まれ時代の真の神となり、それのかなわなかった肉は――つまり神たる能力を持たなかった肉は、だな――こんな安普請のつくりごとの中で(ト、手をのばし後ろの壁を軽く叩く。薄っぺらなベニヤの壁は倒れてその向こうに虚無をのぞかせる)賛美者をかき集めるために裸で舞い踊るのさ。けけけ。いずれにしても人間じゃない以上人間の幸せは手に入らねえがな。(目をつむる)最初にチンポを舐めさせていたのは俺のほうだったはずなのに、いつのまに俺がチンポを舐める側になっちまったんだろうな…」
 セットの後ろに無数の顔が浮かびあがる。その顔には一様に目・鼻・口がついていない。
 「(跳ね起きて)バカヤロウ! 降りてこい! いつまでそこで眺めてるつもりだ! 舞台に立てよ! こっちに来いよ! ばぁんばぁん(弾はすべて水面に投げた石のようにわずかの波紋を残して吸い込まれていく)。 くそ、くそっ! そっちがそのつもりなら、見てろ、見てやがれ!」
 裸の男、ペニスを握りしめこすりはじめる。
 「どうだ、畜生、こういうのが見たいんだろう、こういうのが見たかったんだろう!」
 虚無に浮かぶのっぺらぼうの顔の筋肉がうごめき、笑いともとれるような感じをかたち作る。男のペニスが勃起しはじめる。
 「(荒い息の下で)あ、やっぱり…喜んでくれてるんだ。あなたたちが喜んでくれると僕はとても嬉しいんだ…あなたたちが喜んでくれないと僕は自分がいないような気持ちになる…だって僕にはあなたたちを笑わせて喜ばせることしかできないから…それ以外の価値なんて僕にはないんだ…知ってるよ、知ってる…ああ…」
 突然のっぺらぼうの笑みが消える。冷たいさげすんだ視線の感じが残る。顔が一つづつ消えはじめる。男のペニスが萎縮していく。
 「あっ…待って、待ってよ! ひどい、ひどいじゃないか! 見ていってよ、最後まで見ていってよ! ひィ、ひィィィィィィ」
 裸の男、誰もいない廃墟につっぷして泣き出す。が、突然身を起こし、
 「なぁんてね。びっくりした? びっくりした? おい、みんな、いつまで寝てんだよ!」
 撃ち抜かれた部位はそのままに、男の声に呼応して死んだ客たちがむくりと起き出す。
 「いやぁ、もう小鳥くんたら迫真の演技なんだもん。私あせっちゃった(^^;」
 「ほんとほんと(笑)。俺、マジでちょっとちびっちゃったよ(TT」
 「メンゴメンゴ(笑)。でもネットって本当にいいよね! たくさん友だちできるし、それに…」
 「それに?」
 「千佳ちゃんにも会えたし…(*^^*)ポッ」
 「きゃあ☆ それってもしかして…告白?(^^;」
 その様をいつのまにかまた空中に現れた無数の顔が見つめている。口元に浮かぶ侮蔑の笑い。
 「あはは、いいなぁ(^^) みんなほんと最高だよ。ネットワーク最高! ずっとここにいたいなぁ(泣)」
 「いいんだよ、ずっとここにいて(^^; 現実はつらいからね(笑) 現実は容赦ないからね(爆笑)」