「(半眼で瞑想するかのように)初源にあった親ないし養育者との関係が、成長しそこから遠く離れてもう何の関係も無くなってしまったはずの個体になお与え続ける影響についてワシは今までに幾度かおまえに語ったと思うが、その影響の中で最もやっかいなもののひとつにそこで生まれた憎悪の転移がある。…人間の本質は善であるか悪であるか、多くの宗教が語る絶対悪はいったい存在するのかどうか…人間というフィルターを抜くならば答えはいずれの上にも落ちないやろうとワシは思う。存在は存在することそのもので究極に完結しており、我々の知恵がする付加的な概念は本来的に超越していると言える。突然の大津波に村ひとつが消滅する様を目の当たりにした老人が”水の悪神”という言葉を持ち出したとして、それはかれの眼前で発生した自然現象の本質とは圧倒的にズレてしまっている。神話や宗教はすべてこういった人間の対処しえない理解することのほとんど不可能な無意味性に対する、現実を虚構化する装置であったと考えられるが…それはまた別の話やな。話を元に戻そう。人間にとっての悪の概念とは養育者との関係において発生した初源の憎悪に端を発する。かれら無しにはありえない、自分を生かしてくれているはずの存在を憎悪すること、これは個体内の自己保存の系を脅かす認識や。それを意識したとき、たとえそれが全く正しい感情であったとしても、小さなかれにはどうしてもそれを否定しなければならないという状況が生まれる。抱いた憎悪の肯定は庇護を必要とする寄る辺無い自己の断絶を即座に意味するのやからな。つまり、自分を生かしてくれている両親に対して憎しみを覚えるだなんて、自分はなんて悪い子供なんだろう、というわけや。神話・宗教・物語、すべての知恵がする虚構における悪の概念はこの初源の自己否定に根があるのや。しかし、やな。結果として親ないし養育者はかれの中にある、かれらによって発生してしまった憎悪から守られるが、それは生まれた感情自体の消滅をまで意味するわけではないんや。行き場を失った憎悪の感情はどうなるかと言えば、本来の対象ではない対象へと無意識のうちに軌道を修正されてしまう。それがもし自分へと向けばかれは永遠に自分で自分を殺し続ける――比喩的にも、実際的にも――ことになるやろうし、もし外へと向けば自分でない誰かを殺し続けることになるやろう。このとき、憎悪の感情は転移していると言える。…知恵の上にもうけられた自滅へのプログラムとも言うべきこのプロセスから逃れ得た人間というのは歴史を振り返ってもほとんど存在しないのやないやろうか。それを考えるとワシは背筋の寒くなる思いがする。だからな、のび太。おまえは誰かがファイナルファンタジー8を最低のゲームであるといってスクウェアという会社の在り方にまで言及して感情的に批判するとき、もしかしたらそこに憎悪の転移が存在するのかも知れないと疑ってかからないかん。間違ってもその尻馬にのって自分自身の中にある憎悪をこれは格好の餌食と転移させたらアカンのや。初源に不全を抱えた人間たちのこのやり方を知り、おまえが自分に対して真に客観的になろうとしてはじめて、おまえはこの円環から逃れることができるかもしれないのやからな」
「…わかったよ、ドラ江さん。ぼくが間違っていたよ」
「ええのや。わかってくれたらええのや」
「ぴゅぴゅぴゅ~ん」
「どうだい、ゼル! ドローシステムの威力は? 本を読んでいて両手がふさがっているようなときにも、すぐさまチャックを開かずにチンポをひっぱりだせるんだぜ!」
「ああ、すげえや! 俺はもう無防備に男の劣情を計算に入れないやり方で窓辺に陳列されている婦女子のメンスの汚れが付着した下着を100枚もドローしちまったよ! これはもうまさに…」
「ドローしたモン勝ちだね!」「ドローしたモン勝ちだな!」
「(互いに顔を見合わせて爆笑しながら)だがな、ゼル、ドローシステムを応用すればもっとデカいことができるんだぜ…ちょうどおあつらえむきの婦女子が通りかかったな。見てろよ…」
「ぴゅぴゅぴゅ~ん」
「ああっ。日々の肉体労働で得た血の出るようなゼニを貢いだりカラスの愛好する類のぴかぴかする金属を与えたりプライドを捨てて土下座したり布の表面積に反比例して高価な衣類をひっちゃぶかずに脱がせることに腐心したりする非文化的・非生産的な形骸化した男女間の儀式を一気にはぶいて、婦女子のボインちゃんをいきなりダイレクトにドローしたぞ! すげえ、すげえよ猊下!」
「いつでも、どこでも! これが創設以来変わらぬドローシステムのモットーなのさ!」
「しかし、おふ。たくさんドローできるのは嬉しいんだけど、俺ァもうこれ以上ストックできないよ」
「安心しな、ゼル。そういうときは慌てず騒がず、”はなつ”してやればいいのさ!」
「(後ろめたそうな表情で)でもいいのかい、公衆の面前でそんなことして」
「当たり前じゃないか! やつら婦女子がいま男の劣情を考慮に入れない薄布一枚でお天道さまの下に平気で闊歩できるのも、俺たち男が表面上壮麗とすましてとりおこなわれる歴史の舞台裏で夜な夜なこっそり惨めに”はなつ”してきたおかげだろ、ゼル? 今こそドローシステムがその恐ろしい数千年の欺瞞を白日の下に暴いてくれるのさ! さぁ、おあつらえむきの婦女子が歩いて来たぞ。ほら、勇気を出すんだ」
「う、うん」
「まずしっかりと狙いを定めるんだ…よし、いいぞ。そしてターゲットを指定してやり……今だ、”はなつ”だ!」
「ぴゅぴゅぴゅ~ん」
「ビンゴォ! やればできるじゃないか、ゼル!」
「(指さしてゲラゲラ笑いながら)見てくれ、見てくれよ、猊下! 突然飛来した粘着質の毒液に目潰しを喰わされた暴行罪に情状酌量を与えるような布ッきれ一枚をわずかに装着した偏差値の低そうなツラの婦女子が状況を把握できず、折れたハイヒールで何度もスッ転びながら1メートル毎に電柱に顔面から激突しながらその精神性の低さに真にふさわしい獣のような悲鳴をあげて逃げていくよ! なんで俺はこれまでこんな痛快さを知らずに人生を楽しい場所だなんて言ってこれたんだろう! これはもうまさに…」
「ドローシステム万歳だね!」「ドローシステム万歳だな!」
「(互いに顔を見合わせて爆笑しながら)どうだい、ゼル、”はなつ”とすっきりするだろう?」
「ああ! もし、たったいま婦女の百個連隊が津波のように光にむらがる蛾のように俺のチンポに押し寄せてきたとしても、彼女らすべてのボインちゃんを残らずドローしてやれるくらいさ! すげえ、すげえよ猊下!」
「そうともさ、ゼル! 婦女子の上半身だけをとってもこの威力なんだ、いわんや下半身をやだ! ドローシステムさえあれば俺たちは無敵なんだ! はは、はは、ははははは」
「ぴゅぴゅぴゅ~ん」
「れ。ちょっと狭くてカメラ入らないッスからベランダに。あ。もう流れてるんスか。(裏返った声で)にょ、にょにょにょ~んス。これ流行らせようと思ってるんスよ。かなりユニークじゃないスか。うん。あ、名前は勘弁して欲しいッス。ハンドル名ってことでいいスか。ケチ野ケチ兵衛。うん。…え、由来ッスか。よく言われるんスよ、おまえはケチだなぁって。だから。節約家だっていつも言い返すんスけど。うん。例えばッスか。出かけるときとか電気器具類のコンセント抜いて行くッス。あんま出かけないッスけど。いや、変わるッスよ。ほら、これ明細。一ヶ月で120円ほども違うッス。一年で、ええと、千円くらいッスか。千円くらい得するんス。大きいッスよ。うん。大きいッス。あ、それとぼく劇団やってるんスよ。うん。と言っても二人だけなんスけど。座長のぼくと、高校のときの同級生の西野くん。うん。代表作ッスか。まだ一度も公演したこと無いんスよ。ネタはあるんスけど。うん。見てくれますか。この男性器を模した巨大なハリカタ。魚河岸から拾ってきた発砲スチロールを削りだして作ったんスよ。ちょっと生臭いッスけど。ちょっと臭うほうがリアリティがあるッスよね。あ。臭覚にまでうったえる演劇って今まで無かったんじゃないッスか。無いッスよね。うん。そしてこれをね、劇の主役の亀清水くんが、こう、股間に装着するんス。あ、この名前はぼくの好きな漫画へのおおおまおまおまん。オマージュ。オマージュなんスよ。うん。見て下さいよ。真ん中にプラスチックの管が通してあるんス。劇のクライマックスでここから小麦粉をゆるく溶いた白い液体をまき散らしながら客席に飛び込んで劇場から逃走するんス。これはまさにああおまおまおまん。アンチ・テアトル。アンチ・テアトルでしょう。うん。あ、ここでしゃべっちゃマズいッスね。パクられちゃうから。今の部分放送のときカットしてもらえますか。あ、生放送。今このまま流れてるんスか。あ、でもこの放送がそのままぼくのオリジナルの証明になるッスよね。うん。お金さえあればすぐにもやりたいんスけど。西野くん、最近仕事が忙しいみたいで連絡つかないんスよ。二年くらい。うん。あ、これ見てたら連絡下さい。古い電話番号しか知らないんス。うん。…え、パソコン。拾ったんスよ。粗大ゴミで。動くッスよ。ぼくホームページ持ってるんス。うん。言い忘れるとこッス。すごいッスよ。一年で50人も来てくれたんス。50人っていったら高校のときのクラスの人数より多いじゃないスか。うん。ぼくの言葉をこんな大勢の人間が聞いてくれるなんて、緊張するッスよ。…え、コンテンツ。コンテンツ。あ、内容スか。メインは時事問題をからめた日記ッス。オナニーじゃ意味無いッスから。社会性が重要ッスから。…え、最近ではッスか。あ。え。ふ。フランスの核実験とか。うん。あと小説なんかも。近未来を舞台にした。豆清水くんっていう主人公が大活躍するんス。あ、この名前はぼくの好きな漫画へのおおおまおまおまん。オマージュ。オマージュなんスよ。うん。あと絵とか。目次のこの絵、ぼくが描いたんス。可愛いって女の子に評判なんスよ。鮫清水くんっていう。あ、この名前はぼくの好きな漫画へのおおおまおまおまん。オマージュ。オマージュなんスよ。…え、仕事ッスか。今はアルバイトしてるッスよ。ボールペン組み立てたりとか。うん。繊細ぶるつもりは無いんスけど、人と話したりするの苦手なんス。生々しくて。うん。…え、大学ッスか。大学。大学。(宙を目で追いながら何かを思い出すように棒読みで)あんな閉鎖された場所で現実と関わりのない学問をいくら勉強したところで夢には近づけないと思うんですよ。行こうと思えば行けたんスけど。やっぱ夢だし。うん。…え、ぼくの夢ッスか。あ。ふ。え。演劇。ああ、そう演劇ッス。さっき話したッスよね。ああいう創造的な。うん。創造的なことならなんでもいいんスけど。小説とか。絵とか。音楽とか。うん。お金あれば一番いいんスけど。お金」
「(テレビの前でぼんやりと頬づえをついて)戦前に存在したような、それに従わないことが即座に社会的な死を意味するシステムは、戦後日本において自由や権利の名の下に消滅してしまったと誰もが教えられ、そう思ってきているけれど、本当は違うの。それまでに在ったシステムの上に行われたのは、それ自体の解体ではなく、不可視化と曖昧化であったと言えるわ。現在我々は我々を拘束するシステムの存在を意識することは非常にまれだけれど、それは目に見えなくなり、それに逆らうことがかつてのように直截に実際的な生き死にに直結しないから気がつかないだけで、システムは厳然として存在するの。ケチ兵衛、貴方はこのシステムが貴方を常に取り巻いていることに気がつかないほど何も見えていなかったというその事実だけで、致命的な反逆者としてすでに殺されてしまっているのよ。資本主義社会というシステムの与えてくれる恩恵に授かれないまま、夢だなんていまどきの小学生の作文にも出てこないような繰り言にすがって、貴方は自分がすでにこの世とは何のつながりも無くなってしまった亡霊だということに気づいていないのかしら。そう、そうよね、社会的敗北者、社会的弱者の発言の場であるところの――実際自分の声が何か現実を動かし得るという実感を持つ人間はこんなところで自分と同じ亡霊に向かって何かをしゃべったりはしないわ――ネットワークが、あなたの何の役にも立たないむしろ悪徳とも言うべき繊細さを脅かす苛烈さを持たないこの現実の脆弱な写しが、貴方はまだ社会的に殺されていないと、貴方はまだ生きているのだと錯覚させてしまっているのね――まるで急な交通事故で死んだ者の霊が、自分が死んだという事実に気がつけないまま永遠にその場に地縛してしまうように。貴方はもうこの資本主義社会において完全に抹殺されてしまっているのよ、ケチ兵衛。偏差値60前後の私大に入学するといったような、自身の性格の根幹を揺るがさずにすむ程度の努力を怠ったという怠惰の罪に、現代社会という目に見えないシステムは聞こえない裁きの槌を鳴らしたのよ――汝、ケチ兵衛よ、お前の無知と背きの罪は重い、よって死刑である。だが簡単には殺さぬ。我々は馬鹿者にする慈悲を持ち合わせてはいない。我々は豊かだが、お前には少しの分け前もやらぬ。砂漠で乾いた者が見るオアシスの幻影のように、お前を取り巻く実際に触れることのできぬ富に永遠と囲まれながら、生物学的な死がお前の上に落ちるその瞬間まで、後悔と絶望と悲嘆のうちに悶え、発狂し、ゆっくりと衰弱していくがいい――。脇の下が黒く変色したTシャツ、何ヶ月も切っていないぼさぼさの髪、こけた頬、栄養不足に浮かぶ黄疸、泣き出す寸前の子供のように大きく見開かれた濡れた瞳。…自分の言葉すべてに自分で”うん”と肯定的にうなずきかけてやらねばならないほど貴方の無意識はすりへり、自信を喪失し、疲れ果ててしまっているわ。なのに貴方の意識はそれに気がつかないふりで――気がつくことは自分の死と敗北を認めることと同義ですものね――今日もホームページを更新するのね。西日の射す四畳一間のアパートで、システムに迎合したものたちが気にもとめないような千円というはしたの富を息を切らせて追いかけながら、才能という宝くじほどにも当てにならない幸運を口を開けてただぼんやりと待ちながら、誰も見ないホームページを。
(瑠璃色の涙を左目から一滴こぼして)愚かなケチ兵衛。かわいそうな、ケチ兵衛……」
「 Jam, Jam! MX7! 今週もまたD.J. FOODの”KAWL 4 U”の時間がやってきたぜ! それではいつものように始めよう、Uhhhhhhhhhhhh, Check it out!
ハ、オリジナリティだって? そりゃテメエが出典を思い出せていないだけのことさ! うぅっぷ、それ以上芸術臭い息を俺に吐きかけるんじゃねえよ! ロックンロール! まァ、今ではハイジャッカーなどに遭遇した際にも騒然となる機内にひとり立ち上がり大きく両手を広げながら狂的とも言える信念に貫かれた瞳をそらさずに”We are the world”を歌いつつ接近することで犯人を投降させてしまい美女のボインちゃんを左手で楽しみながら右手で葉巻をふかす英雄扱いの地方局の一D.J.という枯れた俺の実存なんだが、あの頃は血気盛んなものだったからひとり荒野に立ち山に向かってギターをかきならして一週間ぶっ通しに歌い続けたり、赤く着色した戦闘機にスピーカーを積み込んでしばしば銀河を飛びまわり宇宙人を歌の力だけで撃退したりしたもんさ! …あン、空気がなけりゃ音は伝わらないじゃないですか、だと? バカヤロウ! (殴りつけられたADの一人が無数の折れた歯をまき散らしながら窓ガラスを突き破り13階下の地面へと落下していく。破られた窓はふつうのガラス窓で、何を象徴するものでもないことをあらかじめ付記しておく)細かいことぬかしてんじゃねえよ! ソウルだ、ソウル、熱いかどうかなんだよ! そして宇宙人の婦女子とのロマンスもありだったさ! 穴が開いてなかったんでびっくりして荒ゴミの日に捨てたけどな! ひとつ言っておくがな、宇宙人の婦女子が地球人の婦女子と同じ生殖機構を持ってるなんて幻想でSFやるんじゃねえよ! ロックンロール! さぁて、いつもの犬のようなおしゃべりはこのくらいにして、まず最初のお便りは群馬県にお住まいの斉藤陽介君からだ! 『こんばんは、毎週楽しく聞いています。ぼくは三歳のとき事故に遭ってから目が見えないので、一日じゅうずっとラジオばかり聞いているんですが、その中でもFOODさんはとびきり面白いと思う。FOODさんの番組には本当に勇気づけられます。…来週手術を受けることになったんです。目が見えるようになる手術です。でもぼくには”見える”世界というのがいったいどういうものなのかわからない。怖いんです。『まぶたの夕陽は美しかった』という言葉を知っていますか。半世紀以上を目が見えないまま生きてきた男が、村人たちのおせっかいで手術を受けるんですけど、見えるようになった世界に絶望してもらした言葉なんだそうです。ぼくはずっと見えないままでもかまわないんです。だって、ぼくは十年の間ずっとここしか知らな』 …おい、待て中川、俺のサロンパスを冷蔵庫で冷やすんじゃねえよ! まったく油断も隙もあったもんじゃねえ! ええと、なんだっけか。まぁいいや。忘れるくらいだ、どうせ大したことじゃねえな。ロックンロール! さて、次のお便りは栃木にお住まいの藤野あさみちゃんからだ! 『こんばんは、FOODさん。今日はひな祭りですね。慣れないせいか喉につっかえる白く濁った温かい液体を(甘酒ですよ、やだなぁ、もう。なんでも裏を読もうとするんだから)飲み下すと私も少し』 …おい、待て西島、俺のアロンアルファを冷蔵庫で冷やすんじゃねえよ! 何度言ったらわかんだこの白痴めが! (蹴りつけられたADの一人が無数の折れた歯をまき散らしながら窓ガラスを突き破り13階下の地面へと落下していく。破られた窓はふつうのガラス窓で、何を象徴するものでもないことをあらかじめ付記しておく)まったく油断も隙もあったもんじゃねえ! ええと、なんだっけか。そうそう、あさみちゃん。栃木にお住まいの藤野あさみちゃんからのお便りの途中だったな。ロックンロール! 『大人になれたような気がします。お酒に熱くほてった身体を着物の上からなでてみたり。こんな12歳の私という実存はいけない子でしょうか』YoYoYoYoYoYoYoYo,Yo Men! 中川、栃木行きの高速バスの時間を調べろ、大至急だ! 栃木に住んでる叔父が危篤だという気がなぜかするんだ! 最後の一枚は大阪府在住の小鳥くんからだ! 『こんばんは、D.J. FOODさん。何度も迷ったんですけど、重大な告白をするためにペンを取りました。ぼくはじつは』YoYoYoYoYoYoYoYo,Yo Men! 自慰行為は示威行為と同義だ! ロックンロール!
おっと、もうこんな時間だ! みんなからのお便り待ってるぜ! それじゃ、来週のこの時間まで、C U Next Week!」
身長ほどもあるようなカラーをつけた学ランを着た、身長ほどもあるようなリーゼントの学生が後ろに手を組んで扇形に並んでいる。中央には右目を前髪で隠し生革ムチを片手に足首まで隠れるスカートをはいた婦女子と、顔面が全く左右対称でないせむしの男が立っている。
「(ムチを打ち鳴らし)さァ、今週もこの時間がやってきたよ。『なぜなにnWo電話相談室』、司会はあたい、血を巻く越前台風・ハリケーン逆巻と」
「(割れた下唇から終始よだれを垂らしながら)ガルルル。俺様、但馬の狂犬・ガウル伊藤だ。ガルルル」
「りりんりりん」
「早速イッパツ目の電話のようだよ。おや、イッパツだなんてあたいとしたことがはしたないね。育ちが悪いんでそこんところは勘弁しておくれよ」
「ガルルル。勘弁しねえヤツは承知しねえぞ。ガルルル」
「(ムチでせむし男の背中を打ちつけながら)すごむんじゃないよ! …おや、つながったようだね」
「(小声で)あ、あの。nWo電話相談室さんでしょうか」
「ああ、そうだよ。ちょいとオしてるんでね。手短に頼むよ」
「ガルルル。手短にしねえと取って喰っちまうぞ。ガルルル」
「(ムチでせむし男の背中を打ちつけながら)すごむんじゃないよ! …さて、話を聞こうじゃないか」
「あ、あの。ぼく小鳥って言います、あ、小さな鳥って書いて小鳥。子供の鳥じゃないんです。あ、え、なんだっけな。あ、そうです。ぼく最近ホームページっていうの始めたんですけど、なんていうのかな、変なメールをたくさんもらうようになったんです。あ、メールっていうのは電子的な、あの。手紙みたいなものなんですけど、文面が、その」
「あんたを脅迫してるってわけだ」
「あ、はい。ぼくこんなのはじめてで、こんなふうにあからさまな悪意っていうのが信じられなくて。会ったこともない人間をここまで憎めるものかなって。すごく、あの、なんていうか、怖くなって、悲しくて」
「ネットの匿名性を利用したケチな犯罪だね」
「ガルルル。そんなド畜生は喰い殺しちまうに限るぜ。肉にくいこむ歯の感触、ほとばしる脂と血。ガルルル」
「(ムチでせむし男の背中を打ちつけながら)こんなところでおっぱじめるんじゃないよ! カタギのみなさんが怯えるだろうが!」
「ヒィィィッ! もうしません、もうしませんからッ! 姉御に見捨てられたら、俺ァ、俺ァ」
「(スタジオの床に唾を吐いて)わかりゃいいんだよ、わかりゃ。…さて、小鳥くんだったか、その脅迫メールがどんな内容だったか私たちに教えてくれるかい」
「あ、はい。今手元にありますから、あの、読み上げます。(涙声で)あ、お『おまえのサイトなんか全然おもしろくねーんだよ!! 調子のってんじゃねえよ!!! この選民思想者め!!! おまえみたいなのがいるから日本がだめになるんだよ!! 死ねチンカス野郎!!!!』…うっ、ふっ、なんで、ぼく、みんなに、楽しんで欲し、それだけ、う、うわ、うわぁぁぁぁぁぁ(泣き崩れる)」
「さて、小鳥くんよ。君はどうしたい。ずたずたに引き裂いて殺してやりたいか?」
「ガルルル。殺す殺す、ひひひ。ガルルル」
「(血の涙を流しながら)殺すなんて生ぬるいです。両目をほじり、耳を引き裂き、喉を潰し、両手両足を切り落とし、チンポも切り落として、江戸川乱歩の芋虫みたいにして、永遠に生き地獄をさまよわせてやりたい。永遠にぼくという唯一無二の存在の心に与えた傷を後悔させ続けてやりたい…!!」
「…わかった。nWoが総力を挙げて捜索した結果、君にそのメールを送った犯人を探り出すことができた。それは…こいつだ!(合図とともに学ランの集団が左右に分かれ、奥の暗闇にスポットライトが当たる)」
「(口に噛まされた猿ぐつわを解かれながら)…ッざけんな、ふざけんなよ、こんなことしてただで済むと思ってんのかよ!」
「(棘を生やしたムチで男の顔面を打ちつける)おだまり!」
「びしり」
「(顔面の肉が裂け左目がグシャグシャに潰れる)ぎゃああああっ」
「ガルルル。血だ、血だよ、いひひひ。ガルルル」
「さぁ、小鳥くん、始めるよ。テレビの用意はいいかい」
「(嬉々として)あ、待って。ビデオ撮らなくちゃ、ビデオ。ハイグレード標準で。何度も見返せるように。いひひひ」
「さァ、思う存分やりな、伊藤! ただし殺すんじゃないよ!」
「ガルルル。血、肉、血、肉、血ィィィ!」
「ぞぶり」
「(噛みちぎられた右腕のつけ根をおさえながら泣きそうな顔面で)マジ、マジかよ、嘘だろ、法治国家だろ、いいのかよ、こんな、嘘だろ」
「(恐ろしく長い舌で返り血をなめとりながら)ガルルル。たまらねえよ、この感触、たまらねえ…!!」
「(スタッフから受け取った紙片に目を通し)おや。名前は知らないし、知りたくもないが、あんたのおかげで視聴率が急激に延びているそうだよ。今60パーセントを越えたらしい…(酷薄な笑みを浮かべながら)あんたのようなのでも誰かの役に立てることはあったんだねぇ」
「ぞぶり」
「ガルルル。右足、右足ィィィィ!」
「あの、ガウル伊藤さん、もっと痛めつけてやって下さい。その顔はまだ反省していない顔ですから。(口の端から涎を垂らしガンガン両手で机を殴りつけながら)足りねえよォ! もっと、もっとだよォ! もっと苦しめてやってくれよォォォォォ!!」
「マジ、マジかよ、嘘だろ、洒落に、洒落になってねえよ、法治国家だろ、マジかよ、マジ……(血がほとばしり肉の裂ける阿鼻叫喚の様相に音声がかき消える)」
「え、何。募金。ああ、募金ね。(歩道の柵に腰掛けると煙草を取り出し悠然と火をつける)ええと、何だっけか。ああ、そう、募金。名目は何なの。いろいろあるでしょう。え、地球環境の保全。へぇぇ、そんなのまであるんだ、最近は。俺ァ年くってるから募金っていうと赤十字しか思い浮かばなくてよ…(いきなり募金集めの婦女子の頭をひっつかむと近くの電信柱に激しく叩きつける)白痴が! そんなことで本当に地球が救えると思ってやってんのか、アァ? ほら、立てよ。立て。その自己満足で歪んだ顔に血の化粧をしてやるぜ。そうでもしねえとよっぽど見られたもんじゃねえからなァ? おまえらがやってんのは地球のためとか世界のためとかじゃなく、自分の薄汚いプライドのためなんだよ! こんなところでせこせこはした金集めてるより、例えばどこかの省庁に入るとか、年に何百億とか稼ぐ富豪になって匿名で億単位の寄付するとか、そっちのほうがよっぽど効率いいし正解でしょう? 君のやってるボランティアなんていうのは、そういう実利的な成功のできない、社会的弱者の存在理由を求めてのいいわけに過ぎないんですよォ? それにね、本当に地球のことを考えるなら死んだほうがいいじゃないですか。死んで、これから君の何十年あるかわからない人生において無駄に使うだろう資源や、動植物の命を救済したほうがいいじゃないですか。そのほうがよっぽど実際的に効果がありますよ。それをしないのは、おまえはおまえのほうが地球よりも大事だって思ってるからだよ! その認識無しによく今までのうのうと人生やってこられたな、アァ? (急に優しく)これからはこんな街頭に立つ時間を惜しんで勉強なさい、いいね? (いきなり振り向くと取り囲む野次馬連中の中から作業服に安全ヘルメットにマスクにサングラスに鉄パイプにプラカードの男を引きずり出し、ガンガン地面に叩きつける)ヘラヘラ笑ってんじゃねえよ! おまえもこいつの同類だろうが! 大学当局が悪いとか、社会が悪いとか、そんなの外側からいくらやっても同じことだろうが! 例えば教授になって学内での政治力をつけて経営にまで口を出せるようになるとか、東大出て日本の裏社会をのぼりつめて総理を自分の傀儡にするとか、そっちのほうがよっぽど効率いいし正解でしょう? 君のやってる学生運動なんていうのは、そういう実利的な成功のできそうにない、憎しみと怒りの対象を両親から体制にすりかえる操作の上手なモラトリアム青年の存在理由を求めてのいいわけに過ぎないんですよォ? (いきなり振り向くと取り囲む野次馬連中の中から眉をしかめながらも目はワイドショー的な興味にぎらぎらと輝いている老婆を引きずり出す)自分だけは関係ないツラで社会派気取りか、アァ? …落ちてんだよ。俺の給料から勝手に年金ぶんの金が落ちてんだよ! おまえらみたいな何の社会的・文化的生産力も無いしぼりカスみてえな連中のためになんで俺みたいな前途有望な人間が足ひっぱられなくちゃならねえんだよ! うぅっぷ、皺と皺の間にまで化粧塗り込みやがって、テメエは臭すぎる。長く生きすぎて魂まで腐敗が及んじまってるんだ。手遅れだな! (暴れる老婆を軽々と頭上にかつぎあげると、かなりの速度で行き来する車の流れめがけて放り投げる)けけけけ。見ろよ、スッ飛んでったぜ、ホームラン級の当たりじゃねえか! (ゲラゲラ笑いながら取り囲む野次馬連中に近づき、たるんだ靴下を装着した女学生の髪をひっつかみ路上に引きずり出す)何いまさら悲鳴あげてみせてんだよ! おまえは、いや、おまえらは本当はこういうのが見たくて見たくて仕方無かったんだろうが! これから何十年生きても何も生み出さないだろう君にはちょうどいいクライマックスのイベントじゃないか、えぇ? (女学生、男の腕に噛みつく)いてぇ! (激しく頬に平手を喰らわす)おまえらがそんなふうに扇情的でも劣情をそそるふうでもなく、繊細な男たちの自我を浸食するほど高圧的で無神経だから、出生率が低下するんだろうが! どんなまっとうな精神を持った人間がおまえらみたいのとまぐわりたいと思うよ、アァ? (女学生の髪をひっつかんだまま取り囲む野次馬連中に近づき、髪型は203高地、三角メガネの主婦を引きずり出す。激しくその頭を揺さぶりながら)自分だけは関係ありませんかァ、奥さァァァァァん? おまえが息子に自己不全を起こさせるような、自分自身の存在をこの世界でもっともつまらぬものとして憎んでしまうような、そんな脅迫的なやり方で塾やら私学やらにたたきこむから、彼らは母親からこんなに憎まれる、勉強という付加的価値がなければ誰からも愛情を持たれない醜い自分を再生産したくないと思いつめるんでしょォ? それで出産率が低下するんでしょォ? あんたが元凶なんだよォ? 自覚あんのォ? おまえたち二人とも情状酌量の余地無しだァ! (暴れる二人の髪をつかむとぐるぐると空中で鎖がまのようにブン回し、近くを走る線路に向かって放り投げる。ちょうど特急電車がものすごいスピードで通り過ぎる)きゃきゃっきゃっきゃっ。見ろ、見ろよ、雨だ、赤い雨だ! 胸がすくぜぇ! さてと…(取り囲む野次馬連中に向きなおるも、蜘蛛の子を散らすように逃げていく)おい、待てよ。なんで逃げんだよ。逃げることないじゃねえか! ひで、ひでえよ(泣きそうな顔になる)。待ってくれよ! 俺はこんなにもおまえたちのことを愛しているのに…俺はこんなにもおまえたちのことを愛しているのに! いひ、いひィィィィ!(駆け出す。遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる)」
「(ベランダで海に沈む夕陽を眺めている。目尻を指でぬぐいながら振り返り)いや、失敬。みっともないところをお見せしてしまったようだ。今日はね、いつものような大騒ぎの感じではなく、一度静かに君と話してみたいと思っていたんだ。センチと笑ってくれてもいい。そういう気分なんだ。
「年に何度か、気力のみなぎる瞬間がある。普段のぼくときたら縦のものを横にもしたがらない無精者で、自分の楽しみであるはずの読書やらゲームやら映像鑑賞やらも、いざやる段になると、急にそれらが何か与えられた愉快でないタスクのように思えてしまい、気がのらないなんてつぶやいて不機嫌に眠ってしまうほどなのさ。そんな僕がね、年に何度か気力のみなぎる瞬間があるんだ。といっても、全然長続きしないんだけどね。一日も続かない、せいぜいが二三時間くらいのものさ。そういうときには何をやるにも、恐ろしいくらいの集中力と根気でもって当たることができる。これがずっと続いたならぼくはどこまで登れるのか、自分で自分が怖くなるくらいさ。世の中のまっとうに社会で活躍している人間というのは、こんな生命そのものの状態がずっと継続しているんだろうね。ぼくはそれを考えると、ちょっと不公平だなって思うんだよ。まァ、そんな考えもすぐに無気力と倦怠の中に埋もれていくんだけどね。
「自殺、か。それは微妙な問題だね。ぼくはぼくの意見を語ることをするが、それが君にとっても同時に真実であるとは限らない。ただ、同じ時代を生きている仲間どうし、何かしら胸に響くところはあるんじゃないかと、少しうぬぼれさせてくれ。エヴァンゲリオン、という作品があった。これには人間の初源においての精神活動についてあまりに多くの隠喩や直喩が含まれているし、例えばぼくがここで何か臨床的な療法にたずさわっている療法家の名前を唐突に出すよりも、君にとって受け入れやすいと思うからあえて言及するんだ。それの映画の中に、まったく同じ形態をした量産機たちが致命的な傷を受けてなお立ち上がるシーンがあるけれど、あれは人間の初源においてのモデルそのままではないかと思う。我々は我々の心に受けた、その一つ一つがほとんど致死的であるような傷によってはじめて個性化される。はじめてオリジナルな個体として他者と分けられるんだ。人間にとっての個性とは、幼少期に受けた傷の種類・深さ・様相であると言っていい。つるりとした自然の生産物に過ぎなかった我々は、生育の過程でその上に様々の傷を受けることによって、はじめて我々自身になるんだ。知恵は人間に与えられた祝福ではなく呪いであると言ったものがいたが、それは文学的感傷をのぞくならばまったく正しい。より以上の正確さを期すならば、人間の知恵とは壊れてしまった本能の下位互換品・代換物である、と言うべきだろうね。だから我々人間はその存在の初めから、動物たちのように世界に対してゆらぎのない全性というものを手に入れる可能性とほとんど切り離されてしまっている。宿命的な知恵の呪いによってね。だから、その意味において、我々全員はちょうど弾を装填したセーフティーの外れた拳銃を手渡されているようなもので、知恵による個性化の過程で自殺を潜在的に手に入れさせられてしまっているんだ。
「自殺という行為の本質は世界という位相において自分の位置をその時点で確定させるということだ。この確定させるという作業は、自殺そのものよりは縮小された規模で、誰もが日常的に、無意識的にやっていることなんだけれど。約束に遅れた友人を時間にルーズな頼みにならない人間と思う。これは相手を自分の意識において、ある位置に確定させている。自己は流動的だし、それと全く同レベルにおいて、他者の自己も流動的だ。互いの存在への認識は一秒ごとに改めるのが正解だし、そうしなければならない。だけれども、そうやって確定しない情報を永遠に追いかけ思考し続けるというのは、正直言ってしんどい。それなら、一度でも嘘をついた相手を信用ならない愚か者として、その存在を完結させてしまったほうが、つまり、自分の中で確定させてしまったほうが簡単だ。なぜって、それ以上かれの存在について思考することを放棄できるからね。世界の中において何千億分の一かの、かれという情報は永遠に確定し、君は少しだけ安心する。少しだけ楽になる。自殺というのはそれの拡大だと思う。自殺とは自己存在と、他者との関係性のすべてをその時点において確定させることだ。そうやって、完全に楽になるんだ。終わる先の見えない延々と続く平均台の上で、自己と世界のバランスをとり続けることをやめてしまうんだ。生きていくというのは果てしなく続くバランスゲームに似ている。だから君の思っているような意味では、いくら知ったところで、いくら生きたところで、楽になるということはないと思うね。君が真摯に人間であり続けたいと思うならば、君は苦しまなければならない。ずっとだよ。死ぬまでずっとだ。それはとても難しいことだと思う。事実、生きているのにその平均台から降りてしまっている人間だってたくさんいる。硬直した視点でもって、状況に合わない同じ言葉を繰り返すような連中だ。でも、彼らを非難できたものじゃない。ぼくたちにしたって、知らないうちに生活のかなりの部分を揺るがせないほど確定させてしまっているからね。例えばぼくにとってはプロ野球好きは全体主義者と同義だし、ゴルフ好きの男は男根至上主義者だと考えている。けどね、今みたいな、我々を過食症的にする情報の渦の中で、何にも保留を与えず、何にも確定を与えず生きていくっていうのはほとんど不可能に近い。イエス・キリストの昔とは勝手が違うんだよ。こうやって座っている間にも、時代が我々に次々と情報の確定を要求してくる。時代が自殺を強要してくるんだからしょうがないね。まァ、いろいろこむつかしいふうに言ったが、君が自殺したいと思うときにはどうぞぼくには相談を持ちかけないで欲しい。おざなりに扱って本当に自殺されたら寝覚めが悪いし、懇切に話を聞いてやって自殺をやめさせたとして、あとになってあのとき殺しておけばと思うことはきっとあるだろうからね。
「(沈む夕陽に目を細めて)なんて光景だろう…長い煉獄のような一日の始まりを実感させる不愉快な朝や、何をやってもさまにならない間の抜けた昼や、寂しさと不安に膝を抱えてただ過ぎ去るのを待つしかない夜のようではなく、一日がずっとこんな豊かな時間ばかりであったなら、ぼくはもっと人生を愛せたろうに。ああ、日が沈む…時よ、お前は美しい、そこにとどまれ…(ゆっくりと閉じられる瞼の間に涙が盛り上がり頬を伝い落ちる)」
東京都杉並区にお住まいの小鳥満太郎さんは人間国宝に指定される最後のホームページ職人です。江戸時代から続くホームページ職人の家系に生まれたかれは、同じく高名なホームページ職人であった父親より手ほどきを受け18歳のおりに独立、それ以来ずっとこの職業を生業としています。今日も特にと乞われ、ホームページの調整に出かけます。
「最近は年のせいか、目が弱くなっちまって。新しい仕事は断ってるんだけど」
満太郎さんは我々取材班に苦笑いでそう漏らします。
「工業製品なんかと違って、ホームページってのはいったん作っておしまいってわけにはいかねえから。その後の手入れが大切なんだな。手入れを怠るとすぐにダメになっちまう。今日のホームページは、俺が20代の頃に作ったやつなんだよ。それがいまだに動いて愛されてるっていうのは、ほんと嬉しいことだよ」
50年来のつれあいだという奥さんが火打ち石を切って満太郎さんを見送ります。
「え。ああ、そうだねえ。アレとも長いからね。俺がここまでやってこれたのも、アレのおかげだと思ってます。あ、これァ使わないでおくれよ。いまさら照れくさいから」
それを言う満太郎さんのはにかんだような表情には、愛があふれているように思えます。
「よくがんばったな。前に来たのがいつだったかな。五年にはなるか」
満太郎さんはホームページを手に取ると、流れるような手つきでメンテナンスを行います。それはまるで母親が赤ん坊にする愛撫のように、門外漢の私たちにも優しさの波動を感じさせます。
「JAVAだとなんだとか、近頃はそういうホームページが多いけれど、俺にゃ本質をごまかしちまうような気がするんだよ。時代についていけない古い人間の繰り言に過ぎないと言われればそれまでだけどね」
話す間も満太郎さんは手を休めることをしません。その芸術的なテキストが次々と積み上げられていきます。
「これであと十年は大丈夫だよ、ご主人」
満太郎さんは取り出した煙草に火をつけると、目を細めて深々と煙を吸い込みます。
「腎臓をイわしちまって食事制限されてから、仕事の後のこれだけが楽しみになっちまった。十年後にまた来れるかねえ……後継者? ホームページってのは、それぞれが独自で、生殖能力に欠けた奇形みたいなもんでねえ。俺が手を加えることができるのは俺が作ったホームページだけなんだよ。後継者っつったって、そいつはそいつにしか手を加えることのできないホームページを新たに作るだけだ。(頭を掻きながら)こういうこと言うから古いって馬鹿にされるんだな。まァ、最近のホームページはそうでもないようだがね。俺みたいな職人はどんどん無用になってくんだろうな。ガキもいないし、俺の代でこの家業は終わりだろうね」
そう言って笑った満太郎さんの横顔は少し寂しそうです。
「顔文字、かい。どうなんだろうねえ」
満太郎さんの顔が少しくもります。
「最近は特に多いみたいだね。悪感情は無いよ。いや、昔は顔文字が入っているだけで怒りくるってモニターを殴りつけたりしたものだけどね。でも近頃は年をとったせいだろうね、ああ、可哀想だなって思うんだよ。仏さんみたいな透明で清澄な哀れみの感情が湧いてきて、最後には無性に泣けてくるんだ。日本語の本当の豊かさにも触れられず、精の薄い――あっと、よくねえかな。でも古い人間なんだ、勘弁しておくれよ――箇条書きの文章に句読点の代わりに顔文字を頻発する若い連中を見ると、その無知と愚かさとあまりの手に入れて無さのために泣いてやりたくなるんだよ。彼らは自分の貧困な語彙と日本語力で、目に見えない相手に自分を伝えようと必死なんだ。残念なことに俺たち夫婦は子どもを授からなかったけれど、もし自分の息子なりがこんなふうに顔文字を使っているとしたら、どんなにか胸のしめつけられる気持ちになるだろうって想像するんだ。だって、そうだろう。たどりつけないことは、生まれつき知的にチャレンジさせられてしまっていることは、彼らの罪じゃないんだから」
満太郎さんの目にうっすらと涙が浮かびます。
「今日実は俺の誕生日なんだよ。確か73になるんだっけかな。お招きはありがたいんだけど、こんな日くらいは家でアレといっしょに過ごしたいと思います。今日はどうもご苦労さんでした」
私たちクルーに深々と頭を下げると、最後のホームページ職人・小鳥満太郎さんはひょこひょこと飛び跳ねるような足取りで帰っていかれました。
去り際に彼の残した言葉は、いまだ私たちの耳に残っています。
「ああ、誰か俺の誕生祝いに春画を送ってくれねえかな。誰か、幼女の春画を送ってくれねえかな…」
「(台本を会議室のテーブルに音高くたたきつけながら)どいつだ、脚本を元に戻しやがったヤツは! 融合なんてタルいこと書いてんじゃねえ! 俺が極太マッキーで性交にしろと修正しといたろうが!」
「緋口さん、私たちはこれ以上あなたの暴走を認めるわけにはいかないんだ。これ以上やったら、G3は怪獣映画じゃなくなっちまう…!!」
「はァン? なにいまさら眠たいこと言ってんだ、伊東。今回のガメラは怪獣映画の名前を借りたポルノ映画なんだよ! 俺たちは新しいガメラ神話を造ろうってんだぜ? 性的なイメージ無しで神話が成立すると思ってんのかよ!」
「(吐き捨てるように)あんたのはやりすぎなんだよ」
「(伊東の襟をひっつかんで)ンだと、この野郎。もういっぺん言ってみろ!」
「やめてください、二人ともやめてください! もうクランクインしてしまっているんですよ! これ以上方向性の定まらないまま、作品を迷走させてしまっていいと思ってるんですか! ここまできたらもう僕たちだけの問題じゃ済まされないんです! 二人とももっと大人になって下さい!」
「バカヤロウ! クリエイターが無難な安定を求めてあとに何が残るってんだよ! そんなに納期や世間様が気になるなら、最初からサラリーマンやってりゃいいだろうが! …最初にあった前多愛とイリスとの濃厚な交接シーンが丸々カットされてるのはおまえの仕業だな、兼子。誰がこんな眠たい伝奇話を60分も見たいと思うよ? どんな男も濡れた異生物の触手が前多愛の未発達な身体の上を這いずり回る60分のほうを積極的に過ごしたいと思うに決まってんだろうが!」
「(悲鳴のように遮って)やめて下さい! 僕の愛ちゃんをそれ以上汚すようなことを言わないで下さい! だいたい幼体イリスのあからさまなチンポみたいなデザインだって、緋口さん、あなたのゴリ押しで無理矢理決定させられてしまったんだ! もうこれ以上僕たちのG3をかき回すのはやめてください! (涙ぐみながら)これじゃ、これじゃ愛ちゃんがあんまり可哀想だ…」
「お前の勝手な童女趣味から来る私情を仕事に持ち込むんじゃねえよ。幼体イリスが粘着質の液体の大量に付着したチンポ状の頭の先端を前多愛の発達していない胸元にすりつけるシーンや、イリスの繭に取り込まれた前多愛が粘着質の液体まみれでドロドロになるシーンだってそうだ。誰が服着せろってったよ、アァ? 最初に意図した男の淫液の暗喩性が薄れるだろうが! 前多愛が彼女自身の淫水を暗喩する大量の雨に激しく打たれるシーンで、衣服を透けないようにCG処理しやがったのもさてはお前らの差し金だな? あんなあからさまなリアリティの無さを目の肥えた最近の観客が許してくれると思ってんのかよ!」
「私たちは前多愛陵辱映画を作りたいんじゃないんだ! あなたの言っているのはガメラじゃない! それはガメラじゃないよ!」
「(煙草の煙を吐いて二秒ほど沈黙。静かに)へぇ、おまえらガメラって何だと思ってたわけ? まさか亀の怪物とか思ってんの? アハハハハ…(急に激昂してテーブルを殴りつける)チンポに決まってんだろうが! ガメラはチンポの化身なんだよ! そうさ、ガメラもチンポ、イリスもチンポ! 二大チンポが前多愛というロリータを巡って欲望を吐きちらすっていうのが今回のテーマなんだよ! 先にツバつけられて怒り狂ったチンポ・ガメラがチンポ・イリスにやる復讐劇なんだよ! クライマックスで巨大なふたつのチンポをブチこまれて破壊される京都駅ビルは前多愛の処女性の崩壊を象徴してんだ! 割れる無数の装飾ガラスは前多愛の処女膜そのものなんだよ! 最後に頭を左右にふりながら――亀の頭、まさに亀頭をさ!――俺たちの欲望の量に正比例する火勢で炎上する京都をねり歩くガメラは、前多愛の処女性という生け贄をもって初めて、新時代の男性性の守護者として、新たな神話として昇華されるんじゃねえか!」
「狂ってる…狂ってるよアンタ…」
「こんな脚本を通したら、愛ちゃんの未来を奪うことにもなるんだぞ! 男の欲望に蹂躙されつくして汚れてしまったアイドルなんて、いったいどこのまっとうな番組が使ってくれるっていうんだ……あぁ~んあんあんあん。愛ちゃぁん、愛ちゃぁぁん」
「バカヤロウ! 役者が次回作のことを考えて力をセーブしてどうするんだ! 明日を考えない捨て身こそまっとうな職につけないやくざ者の武器だろうが! 前多愛の未発達な清らかな裸体が無惨に蹂躙される様をこそ、観客は見たいと思ってるんだろうが! そして観客の望みをかなえてやるのが俺たちクリエイターの仕事じゃなかったのか、違うのか!」
「あんたの強権な理想論はもうたくさんだ…おい(合図を受けて屈強な大道具の人間が緋口を取り囲む)」
「待てよ、おまえらだって前多愛が異生物のほとばしりを受けて『イリス、熱いよ…』とうわごとのように言うのを聞きたいと思うだろうよ。待てよ。待てったら。ちくしょう、くそったれどもめ、くそった(会議室から引きずるように連れられていく)」
「あぁ~んあんあんあん。愛ちゃぁん、愛ちゃぁぁん」