猫を起こさないように
三月の国
三月の国

エスパー狸(まみ)

 「お~い、狸公(まみこう)」
 「(鼻のつまった声で)なぁに、お父さん」
 「いつものように一般的な社会人ならばこの世に有限の金銭を巡って苛烈な精神そのものをやすりにかけるような苦闘を行っている真っ昼間に無職のものが手持ちぶさたにやるような呑気な金にならないデッサンをしたいんだけれど、中学生のおまえの未成熟な身体でかかせてくれませんか。いや、身体を描かせてくれませんか。おこづかいははずみますから。二時間くらいでいいんです」
 「金銭でもって私の裸を閲覧するということははっきりと性の切り売り・買春と同じ意味合いを持ち、私の女性性に対しての女権論者が聞いたなら発狂するような侮辱であるけれど、男たちの性欲をこの上なく減退させるそんなこざかしい理屈は実のところ地方の朴訥な一中学生の小娘という私の実存の知識の埒外にあるので快く、わかったわ」
 「(密集した自身の口髭を舌で執拗に湿しながら)狸公、そんな背中ばかり向けていないで、金をもらっている以上はもっとプロ意識を持って、例えば自らの青い花弁を指でもって押し開くなどし、おまえという存在の上位者であるお父さんの男性性に積極的に奉仕するそぶりを見せなさい」
 「女権論者に糾弾の格好の先鋒を与えるような恐ろしい無神経さで行われる女性性への搾取に私は恥じ入らねばならないのだけれど、そのような高級な感情は地方の朴訥な一中学生の小娘という私の実存の認識の埒外にあるので、わかったわ」
 「おお。自分の娘が未だ意識の埒外にある性という概念に対して無神経なやり方で無造作に身体の前面を見せるのに呼応して、私の手の中にあったきつく握りしめられたチューブから多量の油絵の具が飛び出しました。これは芸術を理由に現実の成熟した大人の女性と自我をゆさぶりあうようなまっとうな恋愛のできない情けない自分を秘し隠し、中学生のしかも自分の娘に欲情する男であるところの私の張りつめた自虐的・背徳的欲望が耐えきれず放出を迎えてしまったことを意味しています」
 「ぴるるるるるぴるるるるる」
 「(目はぐるぐる渦巻き、開いた唇からはだらだらとよだれを垂らし、知的にチャレンジされている人間がやるような恍惚とした薄笑いを浮かべながら)電波よ、電波を受信したわ。誰かが私を呼んでる。お父さん、ごめんなさい。(キャンバスの上にかけられた衣服をひっつかんで裸のまま部屋から飛び出していく)」
 「(最初万札数枚を片手にデッサンを要求していたときとは別人のような達成した穏やかな表情で)その開いた唇と垂れる涎は、下の唇と淫水と意味上の相関関係を持つのだね。その恍惚とした表情、同時に達成できた事実でお父さん大満足だよ。行っておいで。もう一度いっておいで」
 「行くわよ、各作品に通底する設定の安直さのひとつの表出であるところの、タヌキと呼ばれることを極度に嫌うタヌキであるところの、チンポコ!」
 「きゃううう」
 「ばば馬鹿っ。女子中学生の無意識に発話する罪のない猥褻語に呼応して欲情した鳴き声をあげるようなロリコン狸に育てた覚えはないよっ」
 「(パイプを吹かしながら)行っておいで、狸公。(椅子を回転させると視聴者に向き直り)ちなみに猥褻タヌキの名付け親は私です。ははは、だって毎日女子中学生が鼻づまりの声でチンポコと呼ばわるのを聞くことができますからね。これぞ娘を持つ男親の役得というものですよ。はは、はははは」
 「(ハート型の発射装置で小さなプラスチックの玉を自身に向かって幾度も幾度も打ち出しながら)打ち出す装置とビーズ玉の関連性に象徴される現実の事象を考えるに、そのような状況に私という実存がおかれた場合素っ裸のまま衆人環視の中へ瞬間移動してしまうのではないかと不安になるけれど、それは集合無意識とも言うべき男性視聴者たちの欲望の余波を受けているだけであって、実際地方の一女子中学生に過ぎない私の知識の範疇外にあることだわ」
 「ぴるるるるるぴるるるるるぴるるるるる」
 「電波が強くなってる。誰、私に救いを求めているのは……あっ。公園で幼稚園入学前の幼女たちがたわむれる様子を眺めながら鉄柵にもたれかかって気むずかしげに眉根を寄せている小太りのおたくは、同級生の高天原さん。(近くに降り立つ)電波を送信していたのはかれ? いったい何を考えているのかしら。よぉし、こんなときこそ無生物を介して相手の心を探る能力の出番だわ。(鉄柵に触れる。次々と現れる映像の断片)幼女の泣き叫ぶ顔……小さな箱……象? アフリカ象だわ……腰布に手製の槍を携えた黒人たち……あっ。地平線の向こうから砂煙をあげて走ってきた象が小さな箱を踏みつぶしたわ。黒人たちが槍を上下に振って大喜びしてる…また象が戻ってきたわ…箱を踏みつぶした…槍を上下に振って大喜びする黒人たち…幼女の泣き叫ぶ顔。(鉄柵から手を離して)いったい今のは何を意味しているのかしら。フロイト的に解釈を与えるならば、箱は一般的にヴァギナを、棒状のものはペニスを象徴しており、これに当てはめると小さな箱は幼女の未発達なヴァギナでありアフリカ象は巨大な他人のペニスであり黒人たちの槍は彼自身のペニスであると解釈することが可能ね。つまり彼の心象映像を総合すると、『幼稚園入学前の幼女のヴァギナが自分以外の男のペニスに蹂躙されることを観察するのに異常な興奮を覚える最悪の出歯亀野郎』という結論になるけれども、一中学生の小娘の私にそんな高度な分析ができるはずも無いわ。
 (濡れた瞳で)頭のいい人の考えることってわからない…きっと私には知れないような高邁な思索に心を馳せているのね…高天原さん…」

D.J. FOOD(5)

 「先週は本当に申し訳ない。関係者のみなさん、番組を聞いてくれているみなさんの感じた憤り、不快感についてD.J.FOODは、いや、私人山田次郎は心から謝罪したい。昔は血気盛んなものだったから人間をビルの高所から蹴落とすどころか、人差し指を根本まで胸にうずめられても唇の端を切った程度の出血で全然平気だったり、最初は優しい激情家だったのがネクロフィリアでダッチワイフ好きの旧友にビルの屋上から飛び降り自殺を強要させたあたりからニヒルな殺戮家に君子豹変し、核で人類が滅びてしまったので拳法でもってというミノフスキー粒子より納得のいかない理由で暴力による世界支配をもくろむ親戚の血のつながらない兄さんを撲殺したり、ついでに婚約者の兄さんも撲殺するようなそんな平均的日本人の生活を1オングストロームほど逸脱してみせる程度の毎日だったんです。そして様々の紆余曲折を経たのちに自分の婚約者が産んだ暴力による世界支配をもくろんでいた親戚の血のつながらない兄さんの子供に屈折した教育指導を施し、ときどき記憶を喪失したりしながら歴史の彼方へと消えていくような凡々たる有様でした。それが今回の不祥事、本当に申し訳ない。収録スタジオから不慮の事故でもって墜落した二人のスタッフのうち一人は偶然マンホールのふたが開いており肉体労働従事者の黄色いヘルメットに運ばれてマンホールから顔を出したところをダンプに轢かれる程度のディズニー的軽傷ですみ、もう一人は金玉をひろげグライダーのように飛翔し土曜の新宿に衆人環視の中着地して猥褻物陳列罪に問われるだけで済んだのは不幸中の幸いと言うべきでしょう。こんなどうしようもない私ですが、みなさまから励ましのお便りを頂いておりますので二三読ませて頂きたく存じます。まず一枚目は住所は書いてありません、チンポ丸出しさんから。『この人殺し!!!おまえみたいなのが金もらってるから俺のとこにまわってこねーんだよ!!死ね!!!』申し訳ございません。全くその通りでございます。あなたがいい大学に入りいい就職口を見つけいいメシを喰うといった度外れの幸運にめぐまれず、いま人生の底の底のゴミ溜めを這って這って這って這いずっていて、ときどき匿名で品性の下劣なハガキを記述し無職の身には身を切るような辛さであろう数十円の切手を貼付しわざわざ投函するというハリウッド的劇的さでもって日常を疾駆なさっているのは何もかも私の不徳の致すところでございます。言葉もありません。次のお便りは板橋区にお住まいのときめきリズムちゃんからです。『私はFOODさんは悪くないと思う。どうかFOODさんを降板させたりしないで下さい。私の通う女子中学校で集めた署名と嘆願書を同封します。また面白いお話を聞かせて下さい』ありがとうございます。涙が出ます。幸い降板という事態はまぬがれそうです。不要になったいい匂いのするこの署名と嘆願書は、ちんちんの先端を包むなどし、積極的に私の私生活において役立てたいと思います。本当にありがとうございます。最後のお便りは大阪府にお住まいの小鳥くんからですが、残念ながらもはや紙数は尽きた。それでは来週のこの時間まで。ごきげんよう」

小鳥猊下その愛

 「『あら、それじゃあなたはとあるVIPと知り合いだと言っていたけれど、今の話だと女性の身体を触ってもちんちんが起立しない男が友達にいるってだけじゃないの』
  『 いや、ぼくは確かにVIPと知り合いなのさ。なぜなら彼はVery Impotent Personだからね!』
  『まぁ! もう、ボブったら本当に憎らしい!』
  『アハハ。君があんまり真面目なんでちょっとからかってみたくなったのさ、メアリー!』」
 「あっ。小鳥猊下が少しも笑えない覚えたてのアメリカンジョークを上に向けた掌をへその付近で小刻みに左右に揺らしながらヒクツな漫才師の笑顔で発話しつつ御出座なされたぞ」
 「ああ、なんてださおなら面白くないのかしら。思わずあくびとともに大量の涙がまなじりから吹き出したわ。そしてそれは私の淫水を暗喩しており、その量と正比例しているわ」
 「なんや、今日の客はノリが悪いで。舞台は客との共同作業や。よぉ覚えとき。ほなワシは失礼させてもらうで」
 「もう。なんで僕がこんな売れない演歌歌手みたいなことしなきゃいけないわけ。客の質は最悪だしさぁ。だいたいチンポとかオマンコとかしゃべるだけですぐ自我の抑圧から解放された心の一番深い底からの笑いを白痴的に爆笑できるような人間はわざわざぼくの公演を見に来ることないんだよ。幼児期に感情を抑圧せねば今まで生きてこれなかったような人種が、履歴書に記載された情報と二時間ほどの面接で判断されてしまうような人格の表層のやりとりに疲れ果てた人種こそが、そのすさまじいまでの心のくびきを解き放つ時間を持つために、錯覚のような一瞬間だけでも楽になるためにやって来て欲しいんだよ。君もヘラヘラもみ手してないでもっとマシな仕事入れる努力したらどうなのよ。いい加減にしないと温厚なぼくでも怒るよ、ほんと。(ノックの音にいずまいを正しあわてて煙草をもみ消しながら)あ、は~い。どうぞ、開いてますから。あれっ。女の子じゃない。どうしたの。とりあえず中にお入りなさいな。ずぶ濡れじゃない。うん。ぼくに会いたくてわざわざ北海道から出てきたんだ。君もヘラヘラもみ手してないで着替え持ってきてあげなさいよ。こんな場末の盛り場を一人でうろついちゃ危ないよ。明日になったら送ってあげるから、今日のところは泊まっていきなさい。え、帰りたくないの。義理のお父さんが暴力をふるうんだ。泣かないで。お母さんには相談したの。知ってる。世間体のために見ないふりをしているのか。泣かないでよ。…ときに経済力のない子供であるという事実はそれだけで充分に屈辱的だよ。ぼくがここで放り出したらこの子はきっとどんどん身を落としていくんだろうなぁ。…よければ、ぼくといっしょに来ないかい。君に君を喰いものにしない、世間体や打算でない本当の愛情をくれる暖かい午後のようなお父さんとお母さんをあげるよ。保証してやれるわけじゃないけれど、君は今より幸せになれるかもしれない。うん、いい子だね。まだ名前を聞いていなかったね。名前は…」
 「真奈美、どうしたんだ。電気もつけないで」
 「お父さん。うん、ちょっと昔のことを思い出していたの」
 「そうか。(穏やかな顔で手をさしのべながら)さぁ、もう夕御飯の時間だ。今日はステーキだってお母さん言ってたぞ」
 「(目尻をぬぐって明るく)やったぁ。あたし、ステーキだぁい好き!」

風の歌を聴け

 僕たちは店の奥にある薄暗いコーナーで脱衣麻雀を相手に時間を潰した。幾ばくかの小銭を代償に死んだ時間を提供してくれるただのガラクタだ。しかし鼠はどんなものに対しても真剣だった。ゲーム・オーヴァーの赤い文字がお嬢様の真っ白なパンティの上に表示されたとき、僕たちは二人の財布をあわせての全財産、ちょうど50枚の百円玉を投入し終わったところだった。
 「お高くとまりやがって。この売女が!」
 鼠があらあらしく筐体を蹴り上げる。チョッキ姿の店員が人混みをかきわけこちらに向かってくるのに、僕は鼠を後ろから抱えるようにしてゲームセンターの外へと連れ出した。
 冬の夜気は、寄る辺無い人間にとってずいぶん身にこたえる。街灯に群がる蛾の羽音が響きわたる路地裏で、誰も追ってこないのを確認して僕は路上に座り込んだ。鼠はどうにも腹の虫がおさまらないといったふうでコーラの自販機を殴りつけた。ケースの灯りが明滅して、消える。
 「おい。もうよせよ。」
 「5000円だぜ。職も無いのに。何やってんだ、俺たちは?」
 鼠が吐き捨てた唾は、道端に広がる反吐と混じり合って濡れた音をたてた。
 「間延びした時間、ケチな遊び、こんなのはもうたくさんだ! なぁ、あんたはこのままでいいと思ってんのか?」
 「しょうがないだろ。俺たちを受け入れてくれる場所なんて、この社会には無いんだよ。」
 「だからって、」
 「おまえはそうやっていつも、酒や何やの勢いを借りて、問題を声にした時点で満足しちまってるんだよ。俺は本当に、絶望的にどうしようもないのを知ってるのさ。だから俺は、いつも黙ることにしている。」
 とびかかってくるかと思ったが、鼠は急に脱力したようになってその場に座り込んでしまった。
 「わかってるんだよ。でも不安なんだ。俺はあんたみたく大人じゃないから、言わずにはいられないんだ。」
 「俺だって、何かわかってるわけじゃないよ。ただ、自分がわかっていないことをわかっているだけなんだ。」
 沈黙。僕の言ったことが聞こえたのかどうか、鼠は宙を睨んで言った。
 「考えたことないか? このまま、アニメや漫画の二次元の異性だけが興味の対象のまま、二十年経ったらって。定職にもつかず、社会からのかろうじてのお目こぼしをさずかって、稼いだ日銭をLDやらグッズやらにつぎこんで、人づきあいはネットの上しか無くて、ネットでは馬鹿みたいに明るい演技して、外見は年をとるのに失敗して不気味に若々しくて、そんで二十年で技術はすげえ進歩してて、ほとんど人間と変わらないエロゲーキャラの等身大人形とセックスしてんだよ。直結したノートパソコンとマウスでヴァギナの位置や愛液の量を調整したりしながら、その人形を愛撫してんだよ、本当に心からの愛情から。やっぱ純愛ですね、鬼畜系はダメですよ、とか言ってんだよ。ネットで。顔文字つきで。萌え~とか言ってんだよ、本当は何よりも自分のことが一番好きなくせに。それは、正しいのか? もうそれは人間じゃないんじゃないのか? 人間とは呼べないんじゃないのか? …俺たちはどうなっちまうんだろう。俺たちは本当に、どうなっちまうんだろう。」
 鼠は抱えた膝の間に顔をうずめると、すすり泣きはじめた。僕はジーンズの尻から煙草を取り出すと、火をつけた。
 たちのぼる煙に、けばけばしい都会のネオンライトがゆらいだ。だが、それは煙のせいではなく知らず流れ出た涙のせいらしかった。
 たとえそうなることをあらかじめ知っていたとして、僕たちにどうしようがあるというのだろう。僕は鼠の述懐を聞いていて、むしろ心地いいと感じている自分に気がついていた。
 鼠は十分ほど泣き続けていたろうか、顔をあげると照れくさそうにセーターのすそで涙をぬぐった。
 「その携帯ストラップ、いいな。」
 「ああ、いいだろ。おじゃ魔女どれみだよ。見つけるのに苦労したんだぜ。」
 僕たち二人は顔を見合わせると、声をたてて笑った。

the lyrics to fly

   俺はきっとおまえのことだから / 逃げて逃げてたどりついた / この掃き溜めみたいな場所でも /
   きっと長くもたないんだろうなって / ケツを割っちまうんだろうなって / ひそかに思ってたよ /
   でもおまえは危なっかしい足取りで / 無気力の足かせをはめられ /
   まともに動くこともままならないような / 倦怠の重石をのせられ / もうしょうがねえ /
   とうにへばって座り込んで泣き出して / そうしてもおかしくないのに / 少なくとも俺は責めやしないのに /
   何かを運ぶしか知らない牛のように / いらいらするような速度で / よたよたよたよた /
   たどりついちまいやがった / 個人が得る最悪の制限を / その人格の上に受けて /
   なのに同じような何事も無い顔で / いいわけをせず誰かのせいにもせず / とうとうたどりついちまいやがった /
   俺はおまえのことがずっと嫌いだったけれど / ようやく重石を道端に放り投げ / 涙と鼻水で顔を汚し/
   肩であえぐこの瞬間のおまえだけは / とても好きだと言うことができるよ / 愛していると言うことができるよ /
   俺はきっとまた / すぐおまえのことが嫌いになるんだろうが / この愛を感じた一瞬のせいで /
   よりいっそう嫌いになるんだろうが / たとえそうだとしても / 俺は今のおまえを愛しいと思うよ / 尊いと思うよ /
   おめでとう / おめでとう /

福本伸行的クライマックス麻雀劇画

 えんじ色のブルマが宙を舞って卓上に落ちる。
 「ツモ。5200だ」

 積み上げられる現金を手で払いのけ、
 「いらぬ世話だ。すべて幼女同人誌に変えてもらおう」
 金庫から取り出される幼女同人誌20冊。規制のない昭和40年当時の幼女同人誌は、現在の価値に換算すると約200冊分…!
 「少なくとも今までワシが殺してきた、ロリコンを装ってはいるが実は成熟した自我との折衝を恐れているただ自分が好きなだけの人間…そういう輩とは質が違うというわけか…!」
 小鳥巣の口元に浮かぶ笑み。
 「だが、それでも負けるが麻雀だ」

 「悪いな。通らず、だ」
 小鳥巣が白パンティを卓に置くのに反応して倒される手牌。
 「8000」
 テーブルを殴りつける小鳥巣。
 「馬鹿な! もう100時間以上は打ち続けているはずだ! なぜ切れない? なぜ三人で交代して打つワシたちを圧倒できる? 狂ってる、狂ってる、この…最悪の童女愛趣味者め!」

 引いてきた縦笛に間髪入れず左端の網タイツを切りとばす。ざわめく黒服たち。
 「おい、今のでアガりじゃないのか?」
 「まさか、まさかヤツは…!」
 「それ以上の勝ちに何の意味がある!? 多すぎる勝ちは賭けを成立させる世界そのもののバランスを崩してしまう! やめろ、生きて帰りたかったらやめるんだ!」
 流れ始めるブルージーな音楽。
 「俺はただ」
 ツモ山に青白い手がのびる。
 「醒めない夢を見ていたいだけなのさ」
 発光する、骨そのもののような指が牌に触れる。鳴り響く銃声。卓に肉のぶつかるにぶい音。
 「(かすれた声で)和了、です」
 力無く開かれた指の間からこぼれ落ちる黒ランドセル。男の目に白い膜がかかる。

 「殺すことは、なかったのに」
 勝負の終わった麻雀卓を取り囲む三人の黒服たち。冷えていく男の死体。
 「奇跡は起こらなかったな。この男も小鳥巣様を倒すことはできなかったわけだ」
 「いや、見ろ」
 「ああ……!」
 卓上に流れる血が黒ランドセルを赤ランドセルに染めていく。
 「ロリータ大三元完成、か」
 窓を開け、月を見上げる黒服。雲ひとつない夜空に完全な満月。黒服のサングラスから光るものが伝い落ちる。

裸の王様

 上品なバーのさざめき。突然入り口の扉がくの字に折れ曲がり逆方向の壁にスッとんで叩きつけられる。
 「(チンポ丸出しで)デストロォォォォイ! 裸の王様のお出ましだァ! おっと、精薄ども、動くんじゃねえよ! もしぴくりとでも動いてみやがれ、俺様のこいつが火をふくぜ!(ト、人差し指と親指を折り曲げて拳銃の形にした右手を構える)」
 「ジョージ、なんなのあれ。私怖いわ」
 「HAHAHA、春先にはこういうヤツが多いんだよ。すぐにつまみだしてやるから安心しな、ヨーコ……(錨のいれずみが入った上腕を誇示しながら)どうやら入る場所を間違えたみてえだな。俺が病院に送り返してやるよ。ヘッヘッ」
 「(癇癪の青筋をこめかみに浮かせて)動くなっていったでしょおッ! (人差し指を男の頭部に向けて)ばぁん」
 メリケンの頭部がはじけとぶ。飛び出した目玉がシャンパンのグラスに沈み、泡を立てる。
 「きゃああああああっ」
 「(人差し指の先を吹いて)いい? みんなこの男みたくなりたくなかったら動くんじゃないよ…ああ、暑い。何か冷たい飲み物が欲しいなぁ(カウンターに目をやる)」
 バーテン、ひきつった笑いを浮かべながら飲み物を用意しようと後ろの棚に手をのばす。
 「動くなっていったでしょおッ! ばぁんばぁん」
 バーテンの頭部が四分の一吹き飛び、腹に向こう側が見通せる大穴があき、そうして糸の切れた人形のように横倒しに倒れる。開いた蛇口から吹き出す大量のビール。
 「これが心理学で言うところのダブルバインドってヤツよ。試験に出すから覚えておいたほうが利口ですよォ…おい、そこの金髪」
 「(半笑いで)な、なんスか」
 「(バーテンの死体を指さし)なんて言うんだっけ、こういうの」
 「あ…あの(薄ら笑いを浮かべる)」
 「ばぁんばぁんばぁん」
 金髪の身体にみっつ穴があく。金髪、その穴を何度も信じられないという泣きそうな顔で確認し前のめりに倒れる。金髪の死体にのしかかられた老婆が白目をむいて卒倒する。
 「馬鹿。ほんと馬鹿だね。みため通りの馬鹿。オリジナリティのかけらも無いね。民族としてのアイデンティティを放棄してるくせに個人としてのアイデンティティすら確立できてないんだよ。ほんと馬鹿。最低だね…おい、そこの女」
 「(半笑いで)な、なんでしょう」
 「(バーテンの死体を指さし)なんて言うんだっけ、こういうの」
 「ダ、ダブルバインド」
 「せいか~い。かしこ~い。ご褒美たくさんあげなくちゃねえ? ばぁんばぁんばぁんばぁんばぁん」
 一瞬のちに女の身体は肉の破片でしかなくなる。燃え残った灰が崩れるように、数秒おいて彼女だった残骸がその場に濡れた音をたてて崩れる。
 「復習ですよ、復習。けけけっ。さぁて、つまらない遊びはこのへんにしとかないとな。話すことはたくさんあるんだ。まず掲示板のことだが、これは別におまえらとコミュニケーションをとるために設置してんじゃねえんだ。俺の存在が唯一絶対であり、おまえらの意見なんざ一切聞き入れる気はねえってことをおまえたちにも目に見える形でわからせるために置いてあるんだ。その深遠な逆接を読みとりもできずに、ヘラヘラなれなれしく話しかけてくんじゃねえ! おまえがコスプレしようが下痢しようが俺の知ったことか! くだらねえ批判もだ! それは自分のホームページに反映させてろ! 読む時間と書く時間が無駄だ! ただ賛美しろ! 俺を褒めたたえろ! ばぁんばぁん」
 二人の男女が眉間を寸分たがわず打ち抜かれ、びっくりしたような表情のまま吹き出す血の勢いで後ろむきに倒れる。
 「ああ、せいせいした。まったくよォ…ばぁん」
 左脇下から見えない背後を撃つ。若い男性が胸に穴をあけられくるくるコマのように回転して倒れる。
 「クズ、クズ! 批評家きどりめ! 『もう限界ですか?』だと? したり顔め! 死ね死ねっ! ばぁんばぁん」
 もみ手でつくり笑いの男が両足を撃ち抜かれる。噴水のような出血。
 「友だちからだと? 友だち募集だと? おまえが欲しがってるのは友だちなんかじゃなく自分の賛美者だろうが! 不完全で矮小な自らの自我を補償してくれる白痴的な追従者だろうが! 幼少期の濃密な愛情の欠如から自己存在を意味性によって形づくることができなかったので、そんな一時しのぎの、くだらない、間に合わせの品でなんとか応急手当しようと必死ですかァ? おまえがタチ悪いのは、その操作にある程度自覚的なことだ。無理だよ、おまえみたいなのは一生友だちなんてできないね…(向き直り)おまえたちみたいのは何年生きたって意味ないよ、進歩ないよ。死ね死ねっ! おまえたちみんな死んでしまえ! ばぁんばぁんばぁん、ばぁんばぁんばぁんばぁん」
 裸の男が人々の密集した一角に飛び込み、たちまち店内は阿鼻叫喚のちまたとなる。
 すべてが終わった後、立っているのは裸の男だけ。血煙にけぶる店内を大股に横切って最奥のソファに身を投げ出す。
 「(半眼でけだるく)純粋な愛情を手に入れた肉だけが人間になることができるんだ。それ以外? それ以外の肉は人であることを喪失して神になるのさ。いや、もっと正確に言うなら神と全くズレなく重なる自我を手に入れさせられるんだ。その中で神の自我にふさわしい能力を持つものは、圧倒的な賛美者に囲まれ時代の真の神となり、それのかなわなかった肉は――つまり神たる能力を持たなかった肉は、だな――こんな安普請のつくりごとの中で(ト、手をのばし後ろの壁を軽く叩く。薄っぺらなベニヤの壁は倒れてその向こうに虚無をのぞかせる)賛美者をかき集めるために裸で舞い踊るのさ。けけけ。いずれにしても人間じゃない以上人間の幸せは手に入らねえがな。(目をつむる)最初にチンポを舐めさせていたのは俺のほうだったはずなのに、いつのまに俺がチンポを舐める側になっちまったんだろうな…」
 セットの後ろに無数の顔が浮かびあがる。その顔には一様に目・鼻・口がついていない。
 「(跳ね起きて)バカヤロウ! 降りてこい! いつまでそこで眺めてるつもりだ! 舞台に立てよ! こっちに来いよ! ばぁんばぁん(弾はすべて水面に投げた石のようにわずかの波紋を残して吸い込まれていく)。 くそ、くそっ! そっちがそのつもりなら、見てろ、見てやがれ!」
 裸の男、ペニスを握りしめこすりはじめる。
 「どうだ、畜生、こういうのが見たいんだろう、こういうのが見たかったんだろう!」
 虚無に浮かぶのっぺらぼうの顔の筋肉がうごめき、笑いともとれるような感じをかたち作る。男のペニスが勃起しはじめる。
 「(荒い息の下で)あ、やっぱり…喜んでくれてるんだ。あなたたちが喜んでくれると僕はとても嬉しいんだ…あなたたちが喜んでくれないと僕は自分がいないような気持ちになる…だって僕にはあなたたちを笑わせて喜ばせることしかできないから…それ以外の価値なんて僕にはないんだ…知ってるよ、知ってる…ああ…」
 突然のっぺらぼうの笑みが消える。冷たいさげすんだ視線の感じが残る。顔が一つづつ消えはじめる。男のペニスが萎縮していく。
 「あっ…待って、待ってよ! ひどい、ひどいじゃないか! 見ていってよ、最後まで見ていってよ! ひィ、ひィィィィィィ」
 裸の男、誰もいない廃墟につっぷして泣き出す。が、突然身を起こし、
 「なぁんてね。びっくりした? びっくりした? おい、みんな、いつまで寝てんだよ!」
 撃ち抜かれた部位はそのままに、男の声に呼応して死んだ客たちがむくりと起き出す。
 「いやぁ、もう小鳥くんたら迫真の演技なんだもん。私あせっちゃった(^^;」
 「ほんとほんと(笑)。俺、マジでちょっとちびっちゃったよ(TT」
 「メンゴメンゴ(笑)。でもネットって本当にいいよね! たくさん友だちできるし、それに…」
 「それに?」
 「千佳ちゃんにも会えたし…(*^^*)ポッ」
 「きゃあ☆ それってもしかして…告白?(^^;」
 その様をいつのまにかまた空中に現れた無数の顔が見つめている。口元に浮かぶ侮蔑の笑い。
 「あはは、いいなぁ(^^) みんなほんと最高だよ。ネットワーク最高! ずっとここにいたいなぁ(泣)」
 「いいんだよ、ずっとここにいて(^^; 現実はつらいからね(笑) 現実は容赦ないからね(爆笑)」

廣井王子(1)

 「(両手を左右にひらひらさせながら、調子っぱずれな節まわしで)北へ~ゆこうランララン、新しい北へスキップ~…おぉい、みんな喜べよ。新しい企画通してきたぜ。その名もずばり『南へ。』だ。高校三年で受験ノイローゼになった主人公に父親が沖縄行きの往復航空券を手渡してくれるところから物語が始まるんだ。もちろん、米軍基地の兵士であるところの巨乳ホルスタイン娘やら、シーサーに憧れて来邦したベトナム娘やらヒロインたちのバリエーションもばっちりだ。台詞ももういくつか考えてあるんだ、例えばこうさ、『シーサーって、チンポみたいで暖かいですよね』。どうだい、胸がしめつけられるような甘い切なさだろう。あと新システムだが、『北へ。』のCBS(Conversation Break System)を更に進化させたチンポ・バクハツ・システム(Chinpo Bakuhatsu System)を搭載だ。会話の流れをXボタンで中断して『お、おねえさん、ボカァもう』とエロシーンに突入するって寸法さ。もう企画段階であらかじめ売れることが約束されてしまったようなゲームだろう、ええおい?」
 「廣井さん」
 「しかし全くよく思いついたもんよ。取材と接待と慰安が同時にできるんだもんなぁ。そうそう、こいつはシリーズ化することが本決まりになったよ。じつは第三弾ももう決めてきてあんだ。第三弾は大阪を題材にしたずばり、『キタへミナミへ。』だ。こっちのほうはまだ骨格しかできていないんだが、作品のイメージを象徴するシーンをひとつ考えてある。大阪弁の土着の娘が主人公に言うんだ、『通天閣って、チンポみたいやと思わへん?』。どうだい、胸がしめつけられるような甘い切なさだろう。ただ問題はまともな大阪弁をしゃべれる声優がいないってことだな。これは公募するか…いひ、また有名になりたい頭の弱い娘としっぽり仲良くできるチャンスだよ、いひひひひ」
 「廣井さん」
 「(口元のよだれをぬぐいながら)な、なんだよ、雁首そろえて集まっちゃって。やめろよ、そんな辛気くさいツラは。ほら、もっといつもみたく明るくいこうぜ、なぁ」
 「廣井さん、そちらが空いています。席について下さい」
 「なんだよ、今日のおまえたちなんだかおかしいぜ」
 「(強く)席について」
 「なんだよまったく、わけわかんねえよ…(しぶしぶ席につく)」
 「(立ち上がり)さて、みなさまお待たせいたしました。これより本日の議題、総帥・廣井王子の罷免について討議したいと思います。進行は私がつとめさせていただきます」
 「ヒーメン? ヒーメンだって? おまえらみんな正気かよ、勤務時間中だぜ(馬鹿笑いする)」
 「(無視して)それでは第一の被害者である太谷郁江さんに証言をいただきます(会議室の扉が開き、一人の女性がハンカチで顔を押さえながら入ってくる)」
 「(涙声で)あ、あの私、太谷って言います、太谷郁江。このたびこちらのゲームの声優と、主題歌をやらせてもらいました。最初ゲームに使われるっていう女の子の絵を見せてもらって、それがすごく繊細で可愛らしくて、二つ返事でオッケーして、アフレコもすごく熱の入ったいい演技ができたんです、それで、あの、えっと」
 「廣井さんとのことを話してもらえますか?」
 「あ、はい。廣井さんとお会いしたのは主題歌の収録のときのことでした。私、曲も歌詞も気に入ってて、いっしょに歌う子たちともがんばろうねって話してて、それでその日もいい感じで収録が進んでたんです。そしたら歌の途中に廣井さんが入ってきて、しばらく椅子に座って聞いてたんですけど、突然椅子を蹴って立ち上がって、こんな歌じゃダメだって。それで、私たちのところに来て、いやがる私たちから無理矢理歌詞カードを取り上げて、極太マッキーで修正を入れたんです。私、私だけじゃなくてみんなもすごく気に入ってたのに、録音スタジオの人たちもいいねいいねって言ってくれてたのに、それなのに、それなのに、廣井さんは、う(涙ぐむ)」
 「大丈夫ですか。続けられますか?」
 「(ハンカチで涙をふいて)はい、もう大丈夫です。廣井さんは、いえ、あの男は、修正した歌詞カードを返して、面白そうに、本当に悪魔のように愉快そうに私たちの顔をのぞきこんで、『ちゃんと歌えよ、本当におまえたちのホタテが蟹で充満しているようにな』って。馬鹿笑いして。私たち何のことだか最初わからなくて、顔をみあわせてきょとんとしてたんですけど、返された歌詞カードに書いてあったのは、か、『蟹がいっぱい、ホタテいっぱい』…う、うふ、うっく、うわぁぁぁぁ(泣き崩れる)」
 「ざわざわ」「いやがるのに無理矢理」「ひどい」「妙齢の女性にホタテを強要するとは」
 「(列席者を見渡して)今の証言をご記憶下さい。それでは第二の被害者である阪本真亜矢さんに証言をいただきます(会議室の扉が開き、一人の女性がハンカチで顔を押さえながら入ってくる)」
 「(涙声で)あ、あの私、阪本って言います、阪本真亜矢。このたびこちらのゲームで声優をやらせてもらって、あ、ロシア人の役だったんです。彼女、ガラス工芸に憧れて日本に住んでるって設定で、私、台本読んで、すごく感情移入して、がんばろうって思ってて。アフレコが進むにつれてますます彼女のことが好きになって、それで、あの、えっと」
 「廣井さんとのことを話してもらえますか?」
 「あ、はい。あれは、あの、収録も中盤にさしかかったころで、アフレコ現場にいらっしゃったんです、廣井さん。私、この作品のプロデューサーの方だよって紹介されて、すごい緊張しちゃって、何回もリテイク出しちゃって、そしたら、あの、う(涙ぐむ)」
 「廣井さんに言われたことをすべておっしゃって下さい。おつらいでしょうが」
 「(ハンカチで涙をふいて)わ、わかりました。廣井さん、みるみる不機嫌になって、スタジオの壁を蹴りつけたりして、最後に大声でこう言ったんです、(ふるえる声で)お、『おい、そこのトウの立ったねえちゃん、何年この業界やってんだよ。ただでさえ下手くそなんだから余計な手間ぐらい取らせないでおこうとは思わねえのかよ』…う、うふ、うっく、うわぁぁぁぁ(泣き崩れる)」
 「ざわざわ」「ひどい」「正直すぎる」「なにもそこまで言わなくても」
 「…ありがとうございます。それだけでしょうか」
 「(小さくしゃくりあげながら身を起こし)いえ、まだあります。まだあります」
 「お願いします」
 「それから廣井さん、しばらく現場を見てたんですけど、退屈になったらしくてうろうろしだして、私のほうに近づいてくるといやがる私から無理矢理台本を取り上げて、これじゃ臨場感が足りないな、みたいなことを言って、ポケットから取り出した極太マッキーで修正を入れたんです。私、その部分の台詞がすごく好きで、家でも何度も練習して、あの、こんな台詞です、『ガラスって、人肌みたいで暖かいよね』、すごくいいと思いませんか、彼女の優しさや心の豊かさがとてもよく表れていると思うんです、それなのに、それなのに、廣井さんは、う(涙ぐむ)」
 「阪本さん、もう結構です」
 「いえ、いえ、言わせて下さい。廣井さんは、いえ、あの男は、修正した台本を返して、面白そうに、本当に悪魔のように愉快そうに私の顔をのぞきこんで、『言ってみろよ、なぁに、いつもの調子でやりゃいいんだ』って。そこに書いてあったのは、そこに書いてあったのは(蒼白で倒れそうになる。支えようとする左右の人間を手で制して)…『ガラスって、チンポみたいで暖かいよね』…地獄に、地獄に落ちればいい! 私も、あの男も! ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう…(付き人に支えられながら会議室を出ていく)」
 「ざわざわ」「いやがるのを無理矢理」「ひどい」「妙齢の女性にチンポを強要するとは」
 「以上が総帥・廣井王子の罪状に関する証言です。(向き直り)さて、廣井さん。何か反論はありますか?」
 「バカヤロウ、反論も何も、こんな」
 「(さえぎって)無いようですね。それでは総帥・廣井王子の罷免に賛成の方、挙手を願います(全員の手があがる)。賛成多数。数えるまでもありませんね。本日ただいまの時刻をもって、廣井王子の罷免を決定致します」
 「おい、待てよ、冗談だろ? いったい誰がこの会社をここまでに育てあげたと思ってんだ? すべて俺のおかげだろうが!」
 「廣井さん、貴方は少々やりすぎたんですよ。天外魔境2に携わっていたころの貴方は輝いていた…(目をつむる)」
 「(低く)このインポ野郎め。俺は俺の間違いに気がついたんだよ。俺は本道に立ち返ったんだ」
 「今どきエロばかりでゲーム会社が成り立つと本気で思っているんですか?」
 「(噛みつくように)じゃあ、テメエはエロぬきでゲーム会社が成り立つと本気で思ってんだな?」
 「(肩をすくめて)廣井さんにはそろそろご退場願いましょうか。(慇懃に)あなたの今後の人生がやすからんことを」
 「(引きずり出されながら)三年だ! 三年後をみていろ! 俺が正しかったことが証明される三年後を! そのときこそおまえたちは俺の足下にひざまずき、戻ってきて下さいと哀願するんだ! はは、ははは、ははははははは」

D.J. FOOD(6)

 「 Jam, Jam! MX7! 今週もまたD.J. FOODの”KAWL 4 U”の時間がやってきたぜ! それではいつものように始めよう、 Uhhhhhhhhhhhh, Check it out!
  まァ、今でこそ地方局の一D.J.に専属でおさまりいただくわずかのサラリーで細々と二人の娘を養う、地域振興券に非常な喜びを感じるような、お釣りの出ないことに憤りを感じるような、娘二人の現世の様々の欲からもっとも遠い清らかな寝顔に現世の様々の欲の中でもっとも浅ましい欲を抱いて自己嫌悪に陥るような、そんな小市民的な飼い慣らされた日常を堅実に歩んでいるわけだけれど、あの頃は血気盛んなものだったからMOO・念平などというペンネームで子供だましの薄っぺらい熱血学園ガキ大将漫画をしこしこと記述して小金を稼ぎ、安い焼酎などを購入して悪酔いし、抑圧の外れた意識でもって意味の通じない奇声を発しながら外へ駆け出し、電柱に激突して横転、二万人の足に被害を出すほどの荒くれ者っぷりでした。小学館漫画賞をいただいたこともあるんですよ。下から読んだらペンネーム。さて、いつもの犬のようなおしゃべりはこれくらいにして、まず最初のお便りは静岡にお住まいのバルダーズ・ゲート最高!さんからです。『こんばんは、FOODさん、いつも楽しく聞いています。楽しく聞いているんですけど、FOODさんって嘘つきだと思う。だってFOODさんの昔の話って毎回めちゃくちゃだし、全部本当なんてことありえないと思う。全然整合性がないもん。それだけです。あとはいいと思う』 うん、いい指摘だと思うな。現代ほど現実の虚構化が進んでいる時代は過去なかったと言っていい。人間の知恵がある現実を、例えば誰かに伝えるために、言葉でもって確定させようとすること、それ自体がすでに虚構をつくりだしているんだ。家を出て、見上げた空が君にとってとても気持ちのいい様子だったとする。それを、出会った友人なりに伝えるために『抜けるような青空』という言葉でもって説明したとしよう。そのとき、君の目の前の空は確かに青かったが、東のほうから黒い雲がやってきつつあったことや、飛行機が横切ったことや、月がうっすらと見えていたことなんかは省略されている。なぜならそれらは君が感じた『とても気持ちのいい』感情と反する、あるいは全く関係ない事項であるから、省略してしまったほうが相手に誤解なく君の感じが伝わるだろうと君は無意識に思ったからだ。たったこれだけの操作だけれど、それは現実を虚構化していると言える。会話だってそうだ。現代には間をきらい、声を張って、演劇的にしゃべる人間のなんて多いことだろう。そしてみんながみんな、一語の無駄もない”意味のある”やりとりをしようとしている。すべての言葉に意味性を与えようとしている。まるでそれぞれが推理小説の中の登場人物でもあるかのようじゃないか。ネット上なんかもうそれ以外は無いって感じだね。会話の即時的で無さに現実の言語化から更にキーボードやらの装置で打ち出すという段階が加わって、意味の無さは極限まで削られ、必然だけが場を支配する。ときおり見受けられる無意味性でさえ、意味性へコントラストを与えるための役割を受けている。つまり意味が与えられている。要するにね、君の感じている整合性の無さっていうのは、君の周囲をとりまいている、君が知らずならされ適応してしまった虚構内感覚での違和感なんだよ。現実にもともと整合性なんてありはしないんだ。だから君が僕の話に感じるような、もっともあり得なく思えることも、それは虚構内でのありえなさ、おさまりの悪さに過ぎないってことさ。それに、もしかしたら僕自身、虚構の中の人間かも知れないじゃないか。長くなってしまった。さて、次のお便りは栃木にお住まいの片山春美ちゃんからのお便り。『FOODさんひどい。こないだ栃木に来るって言ってたのに、来なかったじゃないですか。ずっと待ってたんですよ。藤野さんは私の友だちです。今度はぜったい来て下さい』 ごめんごめん。本当に行くつもりだったんだよ。死ぬ予定だった叔父が持ち直してね。それもこれも間違って小麦粉を送ってしまったスタッフの中川君のせいだよ。恨むなら彼を恨んでください。本当に今度行きたいと思います。ごめんね。最後のお便りは大阪府にお住まいの小鳥くんからです。『こんばんは、D.J. FOODさん。何度も迷ったんですけど、重大な告白をするためにペンを取りました。ぼくは最近ホームページを作ったんですが、なんだかダメなんです。最初のうちはいろいろみんな褒めてくれて嬉しかったんですけど、最近はもう全然なんです。どうしたらいいでしょう。気持ちに張りが無くなってしまって。このままじゃ僕はダメになってしまうような気がする』 小鳥くん、どんな劇的な革命も変革も、最後には日常に吸い込まれていくんだ。若い頃は、Life is a carnival、ただお祭りのように大騒ぎで毎日が過ぎて、こんなふうに死ぬまで過ごせたらとよく思ったものだ。いろいろと無茶なこともやったよ。でもこんな僕も、最近わかってきた。当たり前の毎日を積み重ねることの尊さを。人の親として大地に身を横たえ、次の世代の肥やしとして朽ちていく喜びを。カストロ議長っているだろう。あの人も自分を取り巻く現実を打破するために革命を求めたはずなのに、その熱狂は死体のように冷えてゆき、いつのまにか自分がかつて自分を取り巻いていた打破すべき現実とまったく重なっていることに気がついてしまったんだ。かれの演壇に立つ疲れた年老いた顔を見たとき、僕はそんなことを思った。だから君も失われていくものを嘆かずにゆっくりと前へ進んでくれ。そして時期が来たら、次に来る者たちのために身を横たえ、彼らに我が身を喰わせるといい。そうやって、人類は歩んできたんだ。今日はなんだか最後に少しセンチになってしまった。来週はまたいつものように大騒ぎでいきたい。Life is a carnival。
 それじゃ、来週のこの時間まで、C U Next Week」

聖アヌス衆道院

 ここは神の子羊たちが集う人里離れた衆道院。今日の彼らはどんな騒ぎを巻き起こしてくれるやら。
 「おはようございます、ブラザー山本」
 「おはようございます、ブラザー橋本。あら、今日のあなたの弁髪、とても素敵だわ」
 「(頬を赤らめながら)おわかりになるのね。少し今までと結いかたを変えてみたの」
 「うらやましいわ。あなたはお顔の形が良いから弁髪がとてもお似合いになる。私なんて、ほら、こんな馬ヅラでしょう? どんなに工夫してもおさまりが悪くって」
 「ええ、本当ね」
 「(低いドスのきいた声で)なんだと、この野郎」
 「あっ、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
 「おほほほほ。冗談よ、冗談。ブラザー橋本ったらすぐ本気にお取りになるんだから」
 「まぁ! ブラザー山本ったらにくらしい! おほほほほ…あらっ。(食堂の入り口に目をやって)ご覧になって、ブラザー山本」
 「ああ、あれはブラザー坂井じゃないの。かれがどうかして?」
 「(声をひそめて)ここだけの話ですわよ。他言なさらないでね。かれ、ファーザーグレゴリウスとできてるらしいのよ」
 「ええっ! それは初耳だわ。でも、それが本当だとしたら、私、嫉妬で狂ってしまいそう」
 「(野太い声で)まったくだ。あんなひ弱なボウヤがファーザーグレゴリウスのチンポを独占してるかと思うとたまらねえぜ」
 「ブラザー橋本」
 「あら、あたしとしたことがはしたない。おほほほほ…こっちに来るわよ」
 「(側を通り過ぎながら会釈して)ごきげんよう、ブラザー山本、ブラザー橋本」
 「(つくり笑顔で)ごきげんよう、ブラザー坂井」
 「(ブラザー坂井が後ろの席に着くのを確認して)ねえ、ご覧になった?」
 「ええ、ええ。ブラザー坂井のあのお顔! おしろいの下から髭が突き出していたわ。きっと昨日の晩から今までファーザーグレゴリウスのお部屋で楽しんでいたに違いないわ。くやしい(ナプキンを噛む)」
 「しっ。ファーザーグレゴリウスがいらっしゃったわよ」
 「(背景に薔薇を背負って)みなさん、おはようございます。今日も私たちはこのように豊かな朝を迎えることができた。この幸福を私は神に感謝したい」
 「(うっとりした顔で)ああ…越中ふんどしの白と赤銅色の上腕三頭筋のコントラスト…素敵…」
 「(うっとりした顔で)ああ…私は今日もあなたに会えたことを感謝したいですわ…」
 「ときにブラザー山本」
 「(はじかれたように立ち上がり)はっ、はい。なんでしょう、ファーザーグレゴリウス」
 「(穏やかに目を細めて)サオがスープにつかっていますよ」
 「(顔を真っ赤にして)ま、まぁっ! 私としたことがはしたない。(サオをスープから取り出して水気をはらう)ぴっぴっ」
 「うらやましいですわ。ファーザーグレゴリウスにお声を頂けるなんて」
 「おからかいにならないで。私、恥ずかしくてもう死んでしまいたい(顔を両手で覆う)」
 「ときにブラザー橋本」
 「(はじかれたように立ち上がり)はっ、はい。なんでしょう、ファーザーグレゴリウス」
 「(穏やかに目を細めて)タマがスープにつかっていますよ」
 「(顔を真っ赤にして)ま、まぁっ! 私としたことがはしたない。(タマをスープから取り出して水気をはらう)ぴっぴっ」
 「さて、それでは食事の前にみなでこの恵みを感謝して祈りましょう……」

 「(赤毛の弁髪をふりまわしながら)遅刻遅刻遅刻~ッ!」
 「(中庭から食堂棟を見て)まずいよ、ブラザー三島! もう朝のお祈りはじまっちゃってるよ!」
 「大丈夫、お祈りが終わるまでに席についていればいいのよ! ついてらっしゃい!(弁髪をヘリコプターのように回転させて中庭を横断し、食堂へ飛び立つ)」
 「あ~ん、待ってよぅ(弁髪をヘリコプターのように回転させて中庭を横断し、食堂へ飛び立つ)」

 「……アーメン」
 「がっしゃ~ん(両手両足を丸めるようにして窓ガラスを柵ごと破壊、空中で前転しながら自分の席につく)」
 「がっしゃ~ん(両手両足を丸めるようにして窓ガラスを柵ごと破壊、空中で前転しながら自分の席につく)」
 「それではみなさん、いただきましょう。神への感謝の気持ちを忘れずに」
 「(さりげなく弁髪についたガラスの破片を指で払いながら)どうやら気づかれなかったみたいね」
 「もう、ブラザー三島ったらめちゃくちゃするんだから。私ひやひやしたわよ」
 「ときにブラザー三島」
 「(はじかれたように立ち上がり)は、はいっ! なんでしょうか、ファーザーグレゴリウス」
 「(頭を抱えて)やっぱり気づかれてたんだわ」
 「(穏やかに目を細めて)アヌスがスープにつかってますよ」
 「(顔を真っ赤にして)ま、まぁっ! 私としたことがはしたない! (アヌスをスープから取り出して水気をはらう)ぴっぴっ…でもこのことで、どうぞ私のことをはしたない男だなんて思わないで下さいましね、ファーザーグレゴリウス」
 「(組んだ手の上にアゴをのせて)ええ、もちろんですよ、ブラザー三島。私はあなたのそんな元気なところがとても好きですね。ただ、今度からは遅れても窓からじゃなくちゃんと扉から入ってきて下さい(にっこり微笑む)」
 「あちゃ~っ」
 「気づいてらっしゃったんですね。失敗失敗(舌を出す)」

 「今のお聞きになった、ブラザー山本」
 「ええ、ええ。ブラザー三島のことをファーザーが好きとおっしゃったわ」
 「(野太い声で)ちくしょう、あのガキ、新参者のくせしていい気になりやがって。今度廊下で会ったら顔面にチョウパン五発もぶちこんでやるぜ」
 「ブラザー橋本」
 「おほほほほ。失敬。でも、ブラザー坂井には今の発言心中穏やかならないところじゃないかしら(ブラザー坂井のほうに目をやる)」
 「そうね。いずれにしても一波乱ありそうね…(ブラザー坂井のほうに目をやる。ブラザー坂井、表情を変えず弁髪を左手で押さえながら完璧な作法でスープを口に運んでいる)」