「どうしたんだい、委員長。急に屋上なんかに呼び出して」
「ねえ、坂上君…青空は好き?」
「うん、好きだな。ほら、僕って重度の二次コンだろ。何の自己再生産性もない、人類という種の本義に反した悪魔的な罪の上にいる僕だけど、このぬけるような青空を見上げていると、僕の持っているような何も生み出さない種類の糞ほどにも役に立たないちょっとした繊細さを傷つけないで尊重してくれる、薄布をわずかにまとっただけの男にとってたいへん都合のよい様子の婦女子の連隊がある日突然空から舞い降りて来て、戸籍だとか国民年金だとかそういった現実の方法を無視したやり方で僕の家に押し掛け女房的に住み着き――当然それを成立させない実際的な理由のうちの最も蓋然性の高い両親という問題はすでに死に別れているとか、海外への長期出張だとかで向こうから解決してくれているのさ。彼女らを養っていくための金は当然両親ないし両親の知り合いの富豪が毎月口座に何不自由ないほど振り込んでくれるんだ。これは彼女たちとより多くの時間を共有せねばならないという劇的必然性からもこうでなくちゃならないんだ。両親の不在については何か象徴的なものを感じないではないがね――こちらはむしろちょっと迷惑そうな様子で、現実の資本主義的社会では悪徳とされるような優柔不断さで彼女らをいつまでもずるずると追い出せずいるうち、彼女らの全員が全員それぞれのキャラクターに適したやり方で――熟女なら熟女の、不良なら不良の、天然なら天然の、ヒロイン系ならヒロイン系の、さ。まァ、最終的に選ぶのはロリータキャラなんだがね――今まで僕が知らなかったような種類の愛を注いでくれて――ここにも両親の不在が大きなファクターとなっているんだな。『※※君は、本当の家族っていうのがどういうものなのか、知らなかったんだね』が殺し文句になるわけだよ、最終的なね――こちらからはHPを作る程度の何も失わない消極的なアクションしか無いのにもうモテてモテて困っちゃう愛欲の宴に陥れてくれないだろうかと夢想するんだ。もしこの夢を贖うために僕が毎夜消費し続けてきたスペルマがあったのだとしたら、そのスペルマを放出する作業に使うカロリーを得るための貴重な動植物の無駄な死が――これ以上に犬死という言葉がぴったりくる死にっぷりは人類史上ちょっと他に考えられないね――あったのだとしたら、僕は少し救われた気持ちになるだろうと思うんだ」
「坂上君…」
「ははっ、こんなことを話したのは委員長が初めてだな。でも学校という閉鎖された現実ともっとも遊離した虚構空間において、それは充分にありそうなことだと僕は思うんだ。あっ。うわっ。委員長、何をするんだ。やめろ、早まるな。やめろ、やめろぉぉぉぉぉ…ぐちゃ」
「ざわざわ」
「なんだなんだ」
「上から人が落ちてきたのよ」
「投身自殺かしら」
「あっ。あれは商業的に成功しそうにない種類の詩の冊子を同人誌即売会で売る、特にこれといった外見的・性格的特徴を持たないんだが、なぜかクラス内で敬遠され孤立する人間の2年B組坂上裕次君ではないか」
「そうよそうよ。同級生の坂上裕次君だわ。私がある日昼休みになにげなく発した『かれってでも夜中にひとり猫とか殺してそうよねえ』という一言がクラス全体に水を打ったような静寂を引き起こしてしまい、たいそう気まずい思いをした坂上裕次君よ」
「ざわざわ」
「坂上君、あなたが悪いのよ。あなたが悪いの…」
怒羅美さん
「怒羅美さ~ん、助けてよ~」
「なんじゃい、クソガキ。ワシは今から集会で忙しいんじゃ」
「助けてよ、怒羅美さん。ぼくはこの世でとても重要な役割を担っている唯一無二の取り替えのきかない存在なのに、ぼくを軽んじるやつらがいるんだ。やっつけてよ、怒羅美さん。圧倒的な暴力でやつらの浅薄極まる論調を叩きつぶしてよ!」
「あン、またかいな。ええわ。集会のまえの肩慣らしや。得物は何がいい、チェーンがええか、鉄パイプがええか、鎖がまがええか、それとも…ヴァギナか?」
「鎖がまでずたずたにしてやってよ、怒羅美さん!」
「ああ? 自分いまなんて言うた?」
「あ、嘘。チェーンのほうがいいよね」
「ああ? 自分いまなんて言うた?」
「ご、ごめん。あの。…鉄パイプ?」
「ええ加減にせんとおまえから先に喰うてまうぞコラ」
「ヴァ、ヴァギナで」
「よっしゃ、ワシが一番得意なエモノや。ひゃっほう!」
「怒羅美さんが永井豪の偏差値の低い側の一連の作品群を連想させる破廉恥な大開脚でネジで閉める式の薄い窓を突き破って飛び出していったぞ! 破られる窓の象徴する現象については小学生のぼくの実存の持つ知識の範疇外にあるよ!」
「あれを見て下さい、ジャイやんさん」
「どうしたんですか、すね夫さん…ああっ、逆立ちの状態で性器をあらわにした痴女が軽快なステップで近づいてきます」
「おまえらやな。個人的な恨みは無いが、渡世の仁義というやつや。その命もらいうけるで」
「ち、ちくしょう!」
「あまりの非日常的な恐怖に追いつめられて逆上した基本的に人間としての器の小さいすね夫さんが木刀で殴りかかりました」
「甘いわ」
「ばきゃ」
「ああっ、様々の樹脂を染み込ませて鋼鉄をひしゃげさせるまでに鍛え上げた、フロイト的に解釈するならば立派なチンポに対するぼくのコンプレックスの表出であるところの木刀が、根本からヘシ折られました。というよりむしろこれは噛みちぎられたのですか、ヴァギナに」
「グループ同士の抗争にまきこまれて死んだワシの旦那のチンポはもっと堅かったで」
「それは同時に去勢を象徴してもいます、すね夫さん」
「おまえが頭目やな」
「呆然とするぼくこと骨河すね夫という小学生の実存を尻目に、両腕をねじりあげるようにして驚くほど高く跳躍した性器を露出した痴女が、ジャイやんを近代格闘における不落のマウントポジションに組み敷きました」
「おお、なんということですか。彼女のそれはまるでくみ取り式便所にくみ取りにくる車に付属しているひだのたくさんついたホースのように蠕動して私の男性という性をみるみる吸い上げてゆきます。それは例えるなら全盛期のカール・ルイスと同程度の速度です」
「差別用語を使うことに微妙に敏感な言いぶりのジャイやんがみるみる精気を吸い取られしぼしぼになっていきます」
「どうや、天国と地獄が紙一重の位置にあるのが見えるか」
「(腕時計を見て)私こと剛田たけしは本日12時23分34秒ただいまをもちまして、腎虚で逝去いたします。みなさま、ご静聴ありがとうございました」
ドラ江さん
「見るな! 路地裏でポリバケツの残飯に鼻をつっこむ、腐汁にまみれたみじめなワシを見るな!」
「探したよ、本当に…ドラ江さん。もういいんだ。帰ろう」
「のび太、ワシはクズや。お前にいろいろなことを無責任に決めうっておきながら、その実自分の話している言葉に対する実感は何も無かったんや。もしあの頃のワシがお前の目に超然とした存在として映っていたとするなら、それは単にワシがいかなる種類の現実とも連絡を持っていなかった、ただそれだけのことなんや」
「全部わかってるよ。なぜか今のぼくにはすべてわかるんだ。もうぼくにはそんなふうにおびえて話す必要は無いんだよ。だからね、帰ろう。ぼくたちの家に」
「…誰かが言うていた。『誰とも触れず、いかなる現実をも知らず、ひとり清く孤高であることは簡単です』。ワシは実際のところ何も知っていなかった。こんなみじめさも、生きるということのみっともなさも。他の誰でもないように思考できる自分を誇らしいとさえ思っていた。おまえたちの生活にハエのようにたかっていたくせに、その実ワシはお前たちを見下していたんや」
「…ドラ江さん」
「ああ、そうや、しづかは、しづかはどないしとる? ワシはあの娘にも謝らんといかん。会うことがあったら伝えて欲しい。ワシの今の言葉を伝えて欲しい」
「彼女は、死んだよ」
「死んだ…?」
「君がいなくなってすぐのことさ。買い物の出先でダンプにはねられたんだ」
「死んだ…」
「霊安室にひっそりと横たわる彼女のなきがらは、彼女らしいつましさで、まるでただ眠っているかのように安らかだったよ」
「それは、ワシの、せいや」
「君は悪くないよ、ドラ江さん。ぼくは彼女が君を失って苦しんでいるのを見ずに、ただ自分の殻にひきこもっていたんだ。彼女のことをねたましいとさえ思っていた。ぼくにはすぐそばにいた彼女に手をさしのべることもできたのに。これはぼくの孤立と、つまらないプライドに与えられた相応の罰なんだよ」
「のび太、笑ってくれ。人を傷つけ、人を死なせまでするみじめな存在やけど、こんな人生の底の底を這っている存在やけど、それでもやっぱりワシは生きたいんや」
「誰も君を笑わない。誰も君を責めないよ、ドラ江さん。君はただ君の生に忠実だっただけなんだ。ぼくはいま君を助ける力を持っていることを誇りに思う。つまらない自己擁護のそれではなく、他人へと広がっていく豊かな愛を高く持てることを嬉しく思う。そのためにぼくの十年があったんだ。君を迎える強さを得るために。行こう、ドラ江さん。誰も君を拒絶したりしないよ。ぼくはやっとあのとき、僕のもとから離れていくとき君が言ったことがわかる。たとえ君が何も決めうってくれなくても、たとえ君が何もぼくを笑わせるようなことを言ってくれなくても、ぼくは君のことを愛している。君がどんな最悪の、無意味な音を発するだけの肉の塊に過ぎないとしても、ぼくは君のことを愛するだろう」
「のび太…」
「依存でも庇護でもなく、ぼくは君と同じように歩きたい。ぼくには君が必要なんだ、ドラ江さん」
「さぁ、見えたよ」
「のび太」
「なんだい、ドラ江さん」
「家の灯りというのは、こんなにまぶしいものやったろうか」
「ああ、ドラ江さんは」
「(眠るような安らかな表情で)暖かいなぁ、ここは」
「ほんとうに何も知らなかったんだね…」
少女地獄
「こんにちは」
「ああっ。そ、そんな。ぼくの、ぼくの幻想の、ロリィタァァァァ!」
「あなたは小鳥くんがバイオを購入するとき同種類のデブと一緒に『いまさらバイオって感じじゃないしねえ!』とことさらな大声で叫んであてつけてみせたわよね。あのときの小鳥くんの愁いをふくんだ悲しげな表情は、今でも思いだすたびにあたしの胸を痛ませるの。大好きな小鳥くんの悲しみをすすぐことができるのなら、この世にただ種を維持するためだけに無意味に存在する、キルケゴールの言うところの『自然の大量生産物』たち何人の生とひきかえにしてもいいと、あたしは心から思うわ」
「そうか、そうか、人間の肌というのは本来こんないい匂いのするものなんだ。それなのにあのくそ女どもときたら、いやな香水の臭いをぷんぷんさせて、俺たちをどうしようもなく不能にさせて…くそっ、くそっ!」
「というわけで、お楽しみ中のところ失礼ですけど、これからあなたを殺しちゃいます。えへ。ごめんね」
「ぶすり」
「ぎゃあっ」
「きゃはっ。目の細かい砂を少し余裕ができるくらいにゆるく詰めた水袋を差し貫くときのような感触。長年刃物と親しんできたあたしだからわかるの。肝臓ゲットぉ。死んじゃえ、死んじゃえ~。誰にも見返られることなく、一人ブタのように死んじゃえ~」
「ごぼ。くそ、ちくしょう、俺だって、こんなふうには、ありたくなかったんだ。できることなら、もっと、高い何かに、ごぼ。なんで、俺は、いつも、いつも」
「ぶすり」
「ぎゃあっ」
「きゃはっ。『キィン』という音とともに手首に鈍くひびく硬質の手触り。長年刃物と親しんできたあたしだからわかるの。金玉ゲットぉ。死んじゃえ、死んじゃえ~。誰にも愛されることのなかった何の生産性もないこれまでの人生を、死ぬ瞬間に初めて客観的に後悔しながら一人ブタのように死んじゃえ~」
「待って、おいていかないで、ぼ、ぼくの、ロ、ロリィタ…」
「おもしろぉい。立ち上がろうとして何度も血糊に足をすべらせてひっくり返ってるわ。片玉を失ってバランスがとれないのね。まるで出来損ないのおきあがりこぼしみたい。見て見てぇ。ブタ踊りブタ踊りぃ。ぶっざまぁ」
「ごぼ…やだ…こんな…おか…あ…さん…」
「こら。探したんだぞ。今までどこ行ってたんだ」
「あっ、パパ。あのね、小鳥くんをいじめる悪いおとなのひとを殺していたの。今日は六人も刺殺しちゃった」
「そうか。さぞ猊下もお喜びになるだろう。いいことをしたな、真奈美」
「えへへ」
「今日の夕食はハンバーグだってママが言ってたぞ」
「やったぁ。あたし、ハンバーグだぁい好き!」
風の歌を聴け
「やぁ。」
「ひさしぶり。半年ぶりくらいかな。」
「ちょっと最近仕事が忙しくてね。」
「今日はもうおしまいなのかい。」
「いや、ちょっと流行りの風邪にやられてね。会社は休みにして今まで家で寝てたんだ。」
「それはそれは。まだ寝ていたほうがいいんじゃないの。」
「いや、もう大丈夫。」
「そう。何か飲むかい。」
「今日はアルコールはやめておくよ。気分じゃないんだ。」
「そうかい。」
「…。」
「…。」
「今日一日家で寝ていてさ、あの頃のことを久しぶりに思い出したんだ。」
「うん。」
「あの頃はいつも焦燥感とそれに倍するくらいの無力感があってさ、これは社会が悪いとか叫んでプラカードふりまわしてさ、いろんな思想書からパクったような内容のきったねえ手書きのビラ配ってさ、そんな行為に何か意味があると信じててさ、でも違ったんだな。」
「うん。」
「俺がそのころ世界の殻だと、これを破れば俺は解放されると思い続けていたものは、結局自分自身の殻に過ぎなかったんだ。…それを自覚したとき、俺はただアニメを見るしかできない男になっていたよ。」
「うん。」
「天井のしみを数えながら、今日一日そんなことを思い出していたんだ。」
「…。」
「…。」
「最近は、玄関におくような全身が写る姿見があるだろ、あれを目の前において、インターネットで落としてきたきっついきっついアニメ絵を見ながらオナニーするのが日課なんだ。」
「うん。」
「もちろん、画像もちゃんと姿見に映るような角度に配置しなきゃダメだぜ。これが唯一のコツなんだ…最初はちょっと照れたような感じなんだけど、しまいには泣き笑いのような表情を浮かべた自分の口から、いったい誰に向けられたものか、『ちくしょう、ちくしょう』って呻きが漏れてるのに気がつくんだ。その誰からも非難される、どんな高い哲学性もないドブの底のような惨めさが、何の生産性もなく日々しょうことなしに消費される現実の対象を持たないスペルマが、この時代の、”今”の本質であるような気がするんだよ。そうは思わないかい、ジェイ。」
「さぁ、あたしにはむずかしいことはわからないけどね。やっぱりビール、飲むかい。」
「おたくなんて・みんな・糞くらえさ。」
「そうかもしれないね。」
「ダニさ。奴らになんて何もできやしない。おたく面をしている奴を見るとね、虫酸が走る。…ジェイ、クレヨン王国はもう消せよ。終わったんだ。」
「すまない。」
D.J. FOOD(2)
「 Jam, Jam! MX7! 今週もまたD.J. FOODの”KAWL 4 U”の時間がやってきたぜ! それではいつものように始めよう、 Uhhhhhhhhhhhh, Check it out!
まァ、今ではロータリークラブという単語を取り扱うような際にも『おお、いやらしい! この童女趣味者め! オマエは欲求不満か! オマエは潜在的犯罪者か!』などと叫びパーティの席でうろたえとりみだすことも隠微な幻視を抱くこともなくなり、『ふぅん、それはちょっとイカした子猫ちゃんだね。はぐれメタルほどではないにしてもね』とクールに応対できるほど充分に成熟してしまった枯れた地方局のいちD.J. という俺の実存なんだけど、血気盛んだった頃にはしばしば名古屋方面へむけて片手で新幹線を投げ飛ばしたものさ! いやァ、あの頃は若かったからね、婦女を誘い込むために子犬だろうが老婆だろうがいい人であるところの俺を演出するための小道具として暴走する新幹線の前にしばしば配置したものだったね! そしてしばしばその子犬を助けることで意図的に競技失格になったものさ! 老婆は見捨てたけどね! 加うるに当時の俺の左足はしばしば着脱式だったよ! おっと、いけない! これ以上話したらみんなに俺の正体がいったい誰なのかバレちゃうよ! ところでロータリークラブっていったいなんだろうね! さぁて、いつもの犬のようなおしゃべりはこれくらいにして、まず最初のお便りはセミパラチンスクにお住まいのアレクセイ・グリゴリーウィチくんからだ! 『ごほ、ごほ。D.J. FOODさん、こんばんは。いつも楽しく聞いています。最近なぜかいやなせきが止まらないんです。母はそんなぼくを心配していろいろ看病してくれるんです。先日も精がつくようにって、いびつな形をしたふた抱えもあるびっくりするような大きな野菜をたくさん市場から買ってきて、野菜シチューをつくってくれました。母のためにも早く元気になりたいです。最後に、はがきが汚れてしまって読みにくくなっていることをお許し下さい。さっきちょっと血を吐いたんです。ほんのちょっとだけ。それでは』YoYoYoYoYoYoYoYo, Yo Men! 死んで・・・しまうの? 次のお便りは長崎にお住まいの虹のしずくちゃんからだ! 『最近かすかにうぶげの生えはじめた、おへその下あたりが恋にも似た切ないうずきをうったえるようになった14歳の私という実存なんですが』YoYoYoYoYoYoYoYo, Yo Men! 合格、ごうか~く! 最後の一枚は大阪府在住の小鳥くんからだ! 『こんばんは、D.J. FOODさん。何度も迷ったんですけど、重大な告白をするためにペンを取りました。ぼくはじつはオナニーをする際しばしばおいなりさんを掃除機に吸引させながらブッかくんですが』YoYoYoYoYoYoYoYo,Yo Men! くたばってしまえ!
おっと、もうこんな時間だ! みんなからのお便り待ってるぜ! それじゃ、来週のこの時間まで、C U Next Week!」
ドラ江さん
「なぁ、のび太」
「なんだい、ドラ江さん」
「ドリキャス楽しいか」
「うん、楽しいよ。現実には不向きなぼくの内向的な性格でもドリームネットでたくさんともだちができるんだ」
「さよか。それはよかったの」
「どうしたの? 今日のドラ江さんなんだかおかしいよ」
「(打ちっ放しのコンクリート壁で煙草をもみ消しながら)だったらもう、ワシはいらへんな」
「なに言い出すんだよ、急に。やっぱり今日のドラ江さんおかしいよ」
「のび太。ワシは真剣や。だからおまえも真剣に話を聞いてくれ。ワシは今日、この家を出ていこうと思う」
「いやだな、何を…またいつもの冗談なんだろ。今日のは少しもおもしろくないよ。ドラ…そんな」
「ごめんな」
「なんでだよ、そうか、ドリキャスが気にくわなかったんだ。やめるよ、もうやらない。ドラ江さんがそうしろっていうならもう二度とやらないよ。五時間も並んで手に入れたけど、ドラ江さんが捨てろって言うならそうする。だから」
「違うんや。ドリキャスはきっかけにすぎへん。ドリキャスの、ゲームとは思えんほどの美しい画面を見ていたらワシの中にあった、ずっと長いこと知っていて無視し続けてきた固いしこりが、急にはっきりと意識されだしたんや」
「ドラ江さん、やめてよ。そんなふうに話すのはやめてよ。まるで、まるでこれでぼくたちは終わりって言ってるみたいじゃないか」
「のび太。今日までワシはいろいろおまえに決めうってきたけどな、あれ、全部嘘や」
「そんなこと言わないでよ! ぼくにとって一瞬前まで何のゆらぎもないほど確かな場所だった現実が、みるみる拡散していくよ。そんなこと言うなんてひどいよ。ぼくはこれからこんな不安な気持ちでどうやって生きていったらいいっていうんだよ!」
「のび太、何かを切り捨てて得る安定というのは、それは嘘や。現実をこうと見定めてしまって心に安定をもたらすのは簡単なことや」
「ひどいよ、そんなふうに言ったらぼくが一番困るのを知っていて、ぼくが一番どうしようもなくなってしまうのを知っていて。ひどいよ。ドラ江さんは、ほんとうは、ぼくのことなんか全然愛していなかったんだ!」
「違う、違うんや、のび太。ワシは今ほんとうの愛情で、初めての心からの愛情でおまえに語りかけてる。ええか、のび太、聖書にこういう一節がある。『主よ、あなたはかれらを愛するあまりもっともかれらを愛さない者のようにふるまってしまった』。わかるやろうか。キリストは愛という行為が人間の生得的な自由を損なってしまうものであることを知っていたんや。かれの力があれば巨大なカリスマとなって人々を率いていくことは簡単やったはずや。でもかれはそれをせんかった。なぜかわかるか。かれは本当に人々を愛していたから、そうすることでかれらの安定とひきかえに、かれらの真に貴重な自由を奪ってしまいたくなかったんや。だからかれの愛のかたちは言葉少なにただ微笑むことやったんや。聖書というのは本当におそろしい書物やと思う。ここには人間の真実のすべてがある…ワシはおまえのことを愛してやっているつもりでいつも逆へ逆へと動いとったんかもしれんな」
「わからないよ、ドラ江さん。ドラ江さんの言うことがわからないよ…わかってなんかやるもんか!」
「今はわかってくれんでもええ。いつかおまえにも今日の出来事が感情で理解できるようになる日がくるやろう。最後に、ワシにひとつだけ決めうたせてくれ。これを言うのはワシがまだおまえを本当に愛していない証拠なのかもしれん。でもワシはあえて言おうと思う…おまえが笑い、泣き、腹を立て、劣っていると感じ、優れていると思いこみ、そして誰かを殺したいほど憎むその瞬間でさえも、のび太、おまえの感じる感情は正しいのやで。この世界に生まれ落ちたというその事実だけで、おまえの存在は正しいのやで」
「やだ…ドラ江さん、待って…あ。ドラ江さん、ドラ江さん、ドラ江さん…うわあぁぁぁぁぁ」
「さようなら、のび太」
ドラ江さんの丸い球形のひっかかりのついた赤い尻尾がぼくのすぐ目の前をふわりと通り過ぎていった。ぼくはそれをつかまえてドラ江さんを引き留めることも、ずっとぼくのものにしておくこともできたんだ。でもぼくはそれをしなかった。なぜって、ぼくはそのときになってはじめて、ドラ江さんがどんなにぼくのそばで寂しかったのか、そして、ぼくがどんなにドラ江さんを愛していたかに気がついてしまったから。
愛と幻想のファシズム
「やめろ、やめてくれ」
「トウジは本当のことを言うだけなんだ」
「あなたは重度のロリコンです。どのくらいロリコンかというと、麻雀をする際にドラ山とツモ山の間にできる谷間を直視できず、終始顔面を真っ赤にしたままうつむいているほどのロリコンです。また、三元牌のうち白をツモったとき、それがまるで高熱を発する何か合金ででもあるかのように放り出し、『ちがう、ちがうんだよ、ぼくは』と言いながら顔面を真っ赤にするほどのロリコンです」
「やめろ、やめてくれ」
「トウジは本当のことを言うだけなんだ」
「あなたは重度のロリコンです。どのくらいロリコンかというと、大学の英書購読の時間に『ローリング・ストーンズ』という固有名詞を含んだ一連の文章を起立して朗読するように指名され、顔面を真っ赤にしたまま二十分も『ろろろろろろーりろりろり』とどもり続けて教授の不興をかい、その年の単位を落としたほどロリコンです。また、そのとき同時にちんちんまでも起立しているのを隣に座っていた女子に発見されクラス内で孤立し、飲み会にも誘ってもらえなかったほどのロリコンです」
「やめろ、やめてくれ」
「トウジは本当のことを言うだけなんだ」
「あなたは重度のロリコンです。どのくらいロリコンかというと、街で十歳以下の少女を発見したとき、心臓はディズニーのようにハートマーク状に外から見てもわかるほど跳ね上がり、唇はチアノーゼをおこして青ざめ、はげあがった頭皮からは白い湯気がもうもうと立ちのぼり、視野は脳貧血で狭窄し、ちんちんは勃起し、その先端より名状しがたい種々の液体をとめどなく噴出するほどのロリコンです。また、その猛り狂った暴れん坊を隠そうと内股で前傾姿勢をとるもかえってあやしまれる結果となり、警察を呼ばれ一晩くさいメシを喰うほどのロリコンです」
「やめろ、やめてくれ」
「トウジは本当のことを言うだけなんだ」
「そしてゼロ、あなたも重度のロリコンです」
「ど、どうしてそれを」
「あなた方ふたりは重度のロリコンです。どのくらいロリコンかというと、本屋にそういった種類の本を求めるとき、同じ本を手に取った相手に『お互いしょうがありませんな』という同病者の微笑みを返すほどのロリコンです。しかしこの場合は共犯者といったほうがより社会的な正確さが増すでしょう。また、レジのおねえさんに、バイトをはじめたばかりの人間がしばしばそうであるような張り切りぶりで、『”新版コンパクト六法” ”ロリータ調教~アリスの秘蜜~” ”社会学入門” 以上三点でよろしいですね。お会計五千四百二十三円になりま~す』とマニュアル通り店中に響きわたるような朗らかな邪気のない大声で応対され、周囲から向けられる白い目に行き場のない白痴的な笑顔を空中へとさまよわせながらいつまでも立ちつくすほどの腐れロリコンどもです」
「やめろ、やめてくれ」
「やめろ、やめてくれ」
ドラ江さん
「元気だして、のび太さん」
「うん」
「ドラ江さんもちょっとナーバスになってるだけよ」
「うん」
「誰も自分以外の人間のことなんてわからないわ。でもそれでもいつのまにか現実は修復してもとのようにうまくいくものよ」
「うん。ごめん、いろいろ。それじゃ」
「帰ったか?」
「ええ」
「ほんまにあいつはしゃあないやつやな」
「私も、最近のドラ江さんはちょっとおかしいと思う」
「なんや、しづか、おまえまでそんなこと言いよるんか」
「だって! 以前のドラ江さんは誰かといるときに、そんな遠くを見るようなかなしい目はしなかったわ」
「しづか、それ以上考えるんやない。ブルース・リーもこう言うてる。『考えるんじゃない、感じるんだ』。おまえはおまえの男を誘ういやらしいこの部分でただ今は感じたらええんや」
「ああ、ドラ江さんの野口英世という単語をなぜか想起させる青白い手が、わたしの身体を這いまわっているわ。という事実を冷静に判断することもできないほど実はかれのする愛撫に悶えているわたしという小学生の実存なのね。あ、やめないで」
「さて、しづか。ちゃんと勉強をせなご褒美はあげられん。今日は国語の時間や。さぁ、これを声に出して読んでみい。『満腔の期待』」
「やだ、そんなの! ぜったいいや!」
「そうか。ならワシももうこれ以上おまえのここをいろってやらへんだけのことや」
「ひどい」
「不出来な生徒にやるにはあたりまえの罰やと思うがな、ワシは」
「…ま…うのきたい」
「は? なんやて? 全然聞こえへんで。いつものようにかみ殺される寸前のメス犬のような淫乱な声をあげてみい」
「まんこうのきたい、まんこうのきたい、まんこうのきたいぃぃぃ」
「そうや。それや。それがおまえなんや。広辞苑にはこう書いてある、『期待に大きく胸を膨らますようす』」
「ねえ、言ったわよぉ」
「(苦痛に満ちた表情で)ほんまにおまえはどうしようもないみだらな小学生やで」
「ねえ」
「なんや」
「煙草って、おいしいの?」
「煙を吸い込むときな」
「うん」
「最初のほんの数百万分の一秒くらいの瞬間なんやけどな、眠りこむ寸前のような、救いそのもののような安楽さを感じるんや。そのあとはまずいだけや。刹那的な快楽と長い長い慢性的な自殺、それが本質やな」
「…」
「…」
「ねえ」
「うん」
「ドラ江さんはそうやっていろいろな現実を言葉にできるから、いろいろなことがわかってしまったように錯覚するのよ。言葉は発した瞬間にほんとうの現実とはどこか致命的にずれてしまっているわ。言葉は現実を入れ子細工のように永遠に細かく階層化していくだけよ。それを発した当人にとってさえ、どんな救いにもつながらないと思うの。ただ拡大していく感受性が現実をつらくするだけだわ」
「子どもにはわからへん」
「わたし、子どもじゃないわ」
「ああ、そうやな」
オール・イズ・ロンリネス
ボリスとパラジャーノフが新進女優マリヤ・フィリーポヴナの地下演劇時代に撮られたと言われているポルノビデオの真贋を薄目でためすがめつしているのを後ろに、私とセルゲイは隣室に用意された床についた。夜の深さの底で聞こえてくるのは犬の遠吠えと、ただマリヤ・フィリーポヴナのあえぎ声だけとなった。
「なんやこれ、モザイクかかっとるやないか。喰うてまうぞコラ」
パラジャーノフのひどいモスクワ訛りの野卑な批評が聞こえた。幾度目かの寝返り。眠れない頭に昼間の光景がフラッシュバックする。都会の雑踏に互いに視線を交わすこともなく足早に歩み行く人々。なぜ彼らはあのように生き急ぐのだろう。 私がそれは急がないとファンファンファーマシィの本放送を見逃してしまうからであるという結論に達したとき、隣で寝ていたはずのセルゲイが手をのばし私の股間をぐいとひとつかみした。熱くたぎった私のパラヴォイ・オルガニィはもう先ほどからずっとビンビンであった。いや、むしろチンチンであった。
「…女がいるって、嘘じゃねえか…」
セルゲイが、池上遼一の漫画に登場する二重アゴの下段に妊娠したような悪役デブの顔で天井を見上げたまま低く言った。私はそれには答えずセルゲイの布団に手を忍ばせるとヤツの股間をぐいとひとつかみした。熱くたぎったセルゲイのパラヴォイ・オルガニィはもう先ほどからずっとピンコ立ちであった。いや、むしろチンコ立ちであった。
「…曜日ごとに女を交換するって話はどうなってんだ…」
私たちは顔を見合わせると、お互い自身を握りしめあったまま声を潜めてくつくつと笑った。
笑いがとぎれると再びただマリヤ・ フィリーポヴナのあえぎ声が夜の静寂の中に残された。
「…セルゲイ?」
セルゲイはもう眠ったようだった。池上遼一の漫画に登場する二重アゴの下段に妊娠したようなヤツの安らかな寝顔。
私は再び天井に目を戻した。「オール・イズ・ ロンリネス」私はそっと声にしてみた。それはひどく悲しく響いたように思えた。なぜ人はこんなにも孤独で、ふれあうことができないのだろう。
私がそれは、婦女が男性にとってたいそう都合のよい様子のらんちき騒ぎを巻き起こす種類のゲームなどでしばしばプレゼントとして提供されるロリータキャラの実寸大人形や、女子学生が体育などの際に特別にはく男子学生のそれとは名称の異なるズボンの切れ端などのレアアイテムを独占するためであるという結論に達するのと、すべての人間に救いの忘我を与える柔らかな眠りが私の上に訪れるのはほぼ同時だった。
「なんやこれ、ピー入っとるやないか。ちゃんと四文字言わんかい。喰うてまうぞワレ」