販売目的ではない漫画を大量に陳列・賃貸することで利潤を追求する図書館でない店。見た瞬間にこれは尋常の社会生活を営む種類の人間ではないと理解されるものや、背広姿など風体はまともだがあまりの目の輝きの無さやあまりの目の輝きに異常を認められるものが大量にたむろしてその精神的負の質量にもかかわらず不気味なまでの整然さで漫画を閲覧している。その中でもひときわ異彩を放つ一人の青年。椅子を三つならべ腰掛けなお左右に肉をあまらせるほどのデブっぷりで「一人一度に五冊までにお願いします」の張り紙が隠れるほどにうず高く漫画本を積み上げて本を大事にするものが見たならば発狂するようなやり方で製本部分が負荷に耐えかね分解するほどに本を左右へ押し広げ棟方志功もかくやという勢いでぺージに5センチの距離まで顔を接近させギンギンに冷房の効いた店内でなお粘着質の汗をだらだらと垂れ流しながらかれをすべての社会集団から遠ざけてきたのだろうと想像させる異常な虚構への没入力でもって周囲の哀れみの視線や店員の再三の注意も気づかずに漫画をむさぼり読んでいる。
「(一人の男が背後から歩み寄ってくる。一見普通だが頭の”リカさま命”と書かれたバンダナがその最初の印象を致命的に裏切っている)よぉ。久しぶりだな」
「(クリーチャーという形容がもっとも正しい動きで顔をあげ)ああ、ご無沙汰してます」
「(積み上げられた本を見て)『キン肉マン』『スクラップ三太夫』『キックボクサーマモル』…おいおい、ずいぶんとレトロじゃないか」
「へへ、ジャンプ黄金期の終焉とほぼ同時にその才能の斜陽を迎えた一漫画家の悲劇的な運命を自分の少年時代にフィードバックさせつつ追体験していたんですよ」
「(肩をすくめて)酔狂なこった。最近見かけなかったが、どうしてたんだい」
「ようやく同人活動のほうが軌道に乗り始めて、そっちのほうがちょいと忙しくなってきたんで」
「そうかい。そりゃよかった…せいぜいがんばってこの店の歴史に最後の花をそえてくれ(立ち去ろうとする)」
「(周囲の数名を大質量の脇腹でなぎ倒しながら身体をひねって)ちょっと待って下さい。そりゃいったいどういう意味で」
「(振り返り)知らなかったのかい。今月で潰れるんだよ、ここ」
「(薬の匂いがしみついた四枚の壁に切り取られた部屋で)…というわけさ」
「(パイプ椅子を蹴って激しく立ち上がり)なんだって! それじゃ、読むデイが潰れてしまうっていうのか!」
「(ブリキ製のバスのおもちゃを床に走らせながら知性の宿らない笑顔で)ぶーぶー」
「(全員が会話を止めそちらを向く。この上なく優しい顔でほほえみながら)そうか、ブーブーかっこいいな、よかったな、CHINPO」
「(何事も起こらなかったかのように向き直り)読むデイは俺たちの思い出の場所だ。(目を潤ませながら)俺たちが初めて出会ったのもあそこだった」
「(目を潤ませながら)サラリーマン金太郎の全巻イッキ読みを俺たち四人が同時に思いつき、書棚の前で凄惨なにらみあいになったところへ『まァまァ、そんなに怖い顔しないで。本宮ひろ志はどの作品も絵柄・テーマ・面白さにおいて変わるところが無いから、サラリーマン金太郎にこだわって喧嘩をするのはまったく馬鹿げているよ』と穏やかに仲介してくれたのは読むデイの店長だった」
「そうそう。(目を潤ませながら)『又、本宮ひろ志の廉価版として宮下あきらを挙げることができるがそちらを利用しても読了後に得るものは何ら差が無いよ』と店長が教えてくれたおかげで、僕たち四人は衝突を避けてゆっくりと漫画を楽しむことができたんだ」
「(室内に転がっていた美少女フィギュアを取り上げて)だーだー」
「(全員が会話を止めそちらを向く。この上なく優しい顔でほほえみながら)そうか、CHINPOは委員長がお気に入りか。よかったな、CHINPO」
「(何事も起こらなかったかのように向き直り)そして俺たちは本宮ひろ志と宮下あきらへの不満をぶちまけお互いの漫画への情熱を語り合い、いまの俺たちとして歩みだしたんだ」
「(突然手にしていたフィギュアをテレビに向かって投げつける。テレビには紫色のロボットが巨大な怪獣の身体を引き裂くシーンが写っている)びぇぇぇぇぇぇ」
「(全員が会話を止めそちらを向く。あわててテレビにかけよってスイッチを消す。泣きじゃくるCHINPOの頭をなでながら)よし、よし。怖かったな、いけないよな、こんな残酷なのつくっちゃいけないよな、CHINPO」
「(鼻水を垂らしてしゃくりあげながら)ぶえ、ぶえ、ぶえぇ」
「……」
降りた沈黙にうながされるように一人、また一人と部屋から出ていく。看護婦に手を引かれて出ていく幸せそうな顔のCHINPO。リノリウムの床にブリキのおもちゃだけがぽつんと残される。残酷に照らす真昼の陽光。
5th GIG “ジ・エンド”
電気街のとある量販店の周囲を十重二十重に取り囲む無数の人々。その尋常とはちがう光景の中でさらに異彩をはなつ四人の肉厚のボディの青年たち。照りつける陽光。青年たちの身体の肉という肉のすき間から汗が音をたてて流れおち、その足下に子どもならば泳ぐことが可能なほどの水たまりをつくっている。痩せこけてあばらを浮かせた猫が一匹ふらふらと歩いて来、水たまりに舌をつける。直後、激しい痙攣とともに白い泡をふきながらひっくり返る。
「(両手で肩を抱き、歯をがちがちいわせながら)ダメです、隊長。私は、私はもう…」
「弱音を吐くな、二等兵! こみパ(Leaveの新作エロゲー『こみゅにてぃパーキンソン氏病』の略称。大学卒業後も定職につかないまま遊びほうけていた主人公が、パ病の患者を身内に持つ美少女と出会い、肉体の不自由なパ病患者の中に高い神性を見いだし彼らを導く新しい社会集団の創造を決意する。苦難、挫折、希望、そして裏切り――様々の魂の遍歴を経て、ついに主人公はこの世界に人間存在をかくあらしめる絶望のシステムの正体を知り、より高い唯一無二の実存として覚醒してゆく。特に物語のクライマックス、ハレルヤをバックミュージックに主人公の恋人の身体を依り代として降臨した大宇宙にあまねく普遍在するすべての生命の大母とするセックスシーンは圧巻。「なんという神々しさ! なんという地獄のようなエロさ! そしてヌケない! これはもはや犯罪だ!」とエロゲー業界すべてとその追従者たちに激震をまきおこすことになる)はもう目の前じゃないか。脱落することは許さん。これは命令だ。我が隊の全員が生きて、こみパを持ち帰るのだ!」
「た、隊長どのォッ!」
「(片手をひらひらさせて顔面に風を送りながらふたりのかたわらで白けて)ねえ、もうやめたら? 見てるほうが暑いし」
「(途端に興を失って座り込み)ああ、やめだやめだ。少しは退屈しのぎになると思ったんだけどな……それにしても先週はたいへんだったな」
「(急に泣き出し)ぼくだ、ぼくのせいなんだよ、ぼくがすべて悪いんだ」
「確かにいまCHINPOは集中治療室で生死の境をさまよっている。だが医者もまったく絶望的だとは言わなかったじゃないか。CHINPOの魂がまだあきらめていないなら、CHINPOが本当にチンポを持っているなら、平面美少女がそのバストを破廉恥に揺らすことによって創りだす疑似三次元空間を見せつけられて帰ってこないはずがないじゃないか。そのために、いま俺達はここにいるんだ」
「(眼鏡を人差し指で上下させ)フン…」
「(鼻息荒くつかみかかろうとしながら)おい、おまえ鼻で笑わなかったか?」
「(日本国土を蹂躙・占有する犯罪的なデブっぷりで二人のあいだに割り込みながら)やめとけ! アイツのおかげでこみパを正規の発売日より一日早く販売する量販店の存在を知ることができたんじゃないか。いまは一刻を争うときだ。この一日がCHIINPOにとってどれだけ重いかおまえにもわかるだろう…アイツはアイツなりのやり方でCHINPOのことを心配しているのさ。ただ、少し不器用なだけで」
「(照れ隠しのように邪険にふりはらって)どうだかね」
「(シャッターが半分開き、中から店員が出てくる)お待ちのお客様方に連絡申し上げます」
「おい、出てきたぜ」
「いよいよだな」
「俺はいま、はじめてエロゲーをプレイした中学生の小僧ッ子のように胸を高鳴らせているぜ!」
「フン…」
「(拡声器で)大変申し訳ございません。ただいま通達がありまして、Leaveの新作『こみゅにてぃパーキンソン氏病』は更なるクオリティアップのため、発売延期となりました。(騒然となる周囲の人々)ご安心下さい! ご安心下さい! お待ちのみなさまにはただいまより予約券をお配りいたしますので…」
「なんだって!? 延期だって! それじゃ、それじゃCHINPOの命はいったい……」
茫然と立ちつくす四人のエロゲー購入希望者たち。場所は変わって、都内の病院。集中治療室の中でベッドをふたつ並べた上に寝かされた犯罪的なデブっぷりの青年。青年につながれた計器のひとつに表示された矩形が徐々に勢いを弱め、ついにはまったく水平となる。医者と看護婦が駆け込んでくる。脈を取り、ペンライトで瞳孔に光を当てる医者。首を振り、重々しく口を開く「記録してくれたまえ」。都会のネオンサイン。
逃避王(1)
天井の高い部屋の中央に置かれたテーブルを挟んで二人の男がカードゲームをプレイしている。
「私の百年貯蓄の力を破らぬ限りユーに勝利はありまセーン、モラトリアムボーイ!」
「オレはどんな状況におかれようと逃げぬいてみせるぜ、ペニス(敵の大ボスの名前)! …とはいえあの傲然とそびえる現世の金を前にバイト程度の社会に還元されない自己中心的な労働で手に入れた小金をしか持たないオレにいったい勝ち目はあるのか…」
「フフフ…どうしました、モラトリアムボーイ。早くその手札にある『就職活動中の戦士』を場に置いたらどうデスカ?」
「クッ! そこまで読まれているのか! 『就職活動中の戦士 パワー100/タフネス20』を攻撃表示で場に出すぜ!」
「(白々しく拍手して)お見事デス。就職活動は一に攻撃、二に攻撃……」
「さらに魔法カード『ポジティブシンキング』を戦士にエンチャントするぜ…これでもまだ戦士のパワーは500、ペニスの場にある『重役面接』を倒すには及ばない。だが、オレには切り札がある(自分の場に伏せて置かれたカードをちらりとみやる)…攻撃だ、ペニス!」
「Oh! 気がふれたとしか思えませんネー、モラトリアムボーイ。その戦士は重役連の餌食デース。早く楽になりたい気持ちはわかりマスガ、それは無謀すぎデス(おどけて肩をすくめてみせる)」
「(腕組みして自信ありげに睨んで)そいつはどうかな。『重役面接』が『就職活動中の戦士』をブロックするのに応じて罠カード発動だ!(テーブルのカードに手をかけてめくろうとする)」
「フ……ユーの切り札はずばり、『大学院進学』! ミーはさらにそれに応じて魔法カード『四年間の放蕩』を唱えマス!」
「な、なに!(四年間確たる目標も無しに遊びほうけた学生が就職活動にも大学院進学にも失敗し奈落の底へと転落していく光景が場に写し出される) クソッ、魔法カード『不況の波』だ!(重役連が場から一層される)」
「フフ、苦しまぎれデスネ。ユーの次のドローは『就職浪人中の戦士』デス!」
「…その通りだぜ、ペニス。『就職浪人中の戦士 パワー20/タフネス100』を守備表示だ」
「それではミーは『エリートサラリーマン パワー1000/タフネス2000』を攻撃表示デス。力の差は歴然としていマス。この攻撃でユーの二十数年の人生は粉々に砕け散るでショウ。降伏しなさい、モラトリムボーイ!」
「オレは最後まであきらめはしない! さらに『親戚縁者という重圧 パワー0/タフネス200』を守備表示するぜ。来い、ペニス!」
「愚かな、そんなクズモンスターをいくら積み重ねたところでまっとうに日本国の王道を歩む企業戦士の持つ社会的正当性をうち崩しはできません! 『エリートサラリーマン』攻撃デス!!」
「待っていたぜ、この瞬間を! 魔法カード『語学留学という言い訳』を親戚縁者にエンチャント! 親戚縁者への負い目というくびきから解き放たれた『就職浪人中の戦士』は、『洋行帰りの性病持ち』へと化身する!」
「しまった…! モラトリアムボーイはこのコンボを狙って『親戚縁者という重圧』を場に出したのか…!」
「覚悟はいいな…ペニス…『洋行帰りの性病持ち パワー2800/タフネス1500』の攻撃! 滅びの呪文――淋・梅・ヘルペス!(両手に顔をうずめるもの、天を仰いで嘆くもの、病院のベッドで痩せこけて横たわるものの三つの映像が空中で交錯する)」
「(直下からの爆風と光にあおられて)UWOOOOOO~~~!!」
「(険のとれた顔で)ペニス、ボク達の勝ちだ」
「(くぐもった声で)フフフ…それはどうでショウ」
「何ッ!」
「(積み上げた万札の壁の後ろから姿を現して)どんな哲学もどんな人生経験も積み上げた万札の前には説得力を失いマス。サラリーマンとは日本に住む万人が回帰すべき真なる安住の地…サラリーマンへと進化することで人類は暗闇を恐れなくなったのデス。(指をつきつけて)ユーの二十数年程度の人生はこの歴史的必然に歯向かう何を持っているというのデスカ!!」
「(がっくりと膝をついて)オレの負けだ、ペニス…明日からはしっかり就職活動するよ…そして一流とは言わないまでも、まァ二流の会社にかろうじて縁故で入社して不況時にはボーナスをカットされたりしながら娘息子に毛虫のように嫌われながら四十年間無難に勤めあげ定年後は夫婦の会話の無いことを苦に毎日を送りながらある日女房の側から一方的に離婚されたりして人類全体の運行には塵ほどもの影響を与えない意味性の極端に不自由した人生を堅実に消費していくことにするよ…」
「(優しく微笑んで)そうデス、それが人として生まれた幸せというものデス、モラトリアムボーイ」
おはよう!スパンク
spank 【動】《【規】【三】-s, 【去分】-ed, 【現】spanking》[1]【他】(1)しりをぴしゃりと打つ, 平手打ちにする.[2]【名】《【複】-s》(1)平手打ち. {【類】slap}
朝の風景。レースのカーテンを揺らして朝のさわやかな風が室内に吹きこんでいる。棚の上に並べられた愛らしいぬいぐるみの数々。壁には赤いふんどしをしめた毛むくじゃらの男がひきしまった尻を誇示しながら肩越しに振り返り微笑んでいるポスターが貼られている。ベッドの上にはピンクのネグリジェを着た筋骨隆々たる男子が安らかな寝息をたてている。が、おもむろに身体を起こし頬を薔薇色に赤らめながら大きく伸びをする。
「おはよう!」
窓をブチ破り、黒タイツに全身を包んだ男が室内に乱入してくる。手にした棍棒で男の顔面を上半身の筋肉に血管の浮くほど力みなぎらせしたたかに打ちすえる。
「スパンクッ」
ネグリジェの男子、昏倒してベッドに倒れ込むもすぐに跳ね起きひしゃげた鼻から鮮血を噴出しながら何事もなかったふうで大きく伸びをする。
「おはよう!」
天井をブチ破り、黒タイツに全身を包んだ男が室内に乱入してくる。手にした棍棒で男の肛門上部を上半身の筋肉に血管の浮くほど力みなぎらせしたたかに打ちすえる。
「スパンクッ」
恍惚の表情で四季折々の花を背負いながら宙を舞うネグリジェの男子。
場面は変わって、一人の大男と禿げあがった頭の中年男が向かい合っている。突然大男の喉が奇妙な音を立てて鳴ったかと思うとその口から大量の吐瀉物が吐き出される。流れ落ちる吐瀉物を顔面で受け、こぼれたぶんを両手ですくいとりぺちゃぺちゃと舌でなめながら、
「あなたのゲロを 身体に受けながら」
中年男、吐瀉物まみれの顔に知性のないものがする薄ら笑いを浮かべる。
場面は変わって、巨大な浴槽。中にはところどころに赤いものの混じった粘りけのある白い液体が満たされ悪臭を放っている。その傍らでビキニパンツのマッチョが準備体操をしている。突然大声で、
「膿でッ 心のお・せ・ん・たッ・くッ!」
言うやいなや頭上で両手をあわせ、頭から浴槽に飛び込む。ひとかきふたかき、満たされた血膿をずるずると飲み干しながらときどき泳ぐ手を休めては全身のあらゆる部位へ表面に浮かぶ正体の知れない半個体状のものをなすりつける。マッチョの顔に浮かぶ恍惚の表情。
場面は変わって、和風家屋の一室。後ろに掛け軸を背負った構図で熊のような毛むくじゃらの男がひきしまった筋肉にスポーツ刈りのさわやかな青年を膝の上に横抱きに抱いて座っている。おもむろに手を振り上げ、いっさいの手加減のない速度で打ちおろす。
「ス・パ・ン・ク スパンクッ!」
打たれたスポーツ刈りの青年、目を乙女のようにうるませ頬は薔薇色に赤らめ恍惚のようすで、
「大好きよ」
熊のような毛むくじゃらの男、青年のそぶりにさらに嗜虐をそそられたといったふうに目をギラつかせ再び手を振り上げ容赦なく打ちおろす。
「ス・パ・ン・ク スパンクッ!」
打たれたスポーツ刈りの青年、肩越しにうるんだ瞳で毛むくじゃらの男を見上げる。絡みあう二人の視線。夕闇の訪れる室内に時間が止まる。もはや少し離れればお互いの顔すら確認できないほど薄暗い。二つのシルエットがゆっくりと畳の上で重なりあう。
「二人でひとり」
バックに流れる軽々しいBGM。番組提供のテロップ。
4th GIG “なんて世の中だ!オナニー好きほど腎虚で早死にをする……!!”
逃げまどう普通人の三倍程度の肉を常時輸送しなければならない体質の男女たち。その群れの動きにあわせて生ゴミの袋から染みだす汁の臭いをしたもはや視認できるみどり色の大気がゆっくりと移動しはじめる。電線で元気にさえずっていたスズメたちがその大気に巻き込まれたとたんに硬直してまっさかさまに落下、アスファルトの地面に叩きつけられる。
「キャーッ!」「た、助けてくれぇ!」
「(1メートルもあるアリクイのような舌で手にしたフィギュアをべろべろとなめまわしながら)ヒャーッハッハ! このブースは占拠した! たった今からここにあるすべてのアイテムは俺たち牙一族のものだ!」
「(環境団体は真っ先にここを攻撃するべきだといった風情でうずだかく積み上げられた商業向けのキャラクターの裸体やその交接を取り扱った商業目的でない冊子に両手をあわせて高飛び込みの要領で飛び込みながら)うひょぉッ! なんて豊富なせんずりネタなんだ! アニキの見立ては間違いじゃなかったぜ!」
「(ブースの売り子が着ている破廉恥極まる薄布をはぎとりながら)たりめえよォ! これで当分は俺たちのオナニーライフは安泰だぜ!」
「(遠くからシルエットで)YOUはCOCK! 俺のチンポ、固くなるゥ」
「な、なんだありゃ」
「(夕日をバックに徐々に接近しながら)YOUはCOCK! 愛で――主に二次元を対象とした――チンポ、固くなるゥ」
「(ブースの売り子が着ていた破廉恥極まる薄布に肉厚のボディをぎゅうぎゅうと押し込みながら)へ、変態だ! 公衆の面前であんな恥ずかしい単語を臆面もなくしゃべるなんてこれはもう最悪の変態に違いないぜ」
「(顔面の上部と下部をいったん分離したのち、くの字型に誤って再結合させてしまったような歪んだデッサンで)それ以上の狼藉はやめておけ」
「なんだとこの七曲がりチンポめ! (男の脂肪みなぎるボディを殴りつけるもその弾力に大きくはじきとばされ男子と男子の肛門性愛を主題とした商業目的ではない冊子の山につっこむ)ひィィィ! 肛門を拡張されるゥ! アニキ、アニキぃ!(水に溺れた人のリアクションをする)」
「(男性のさきばしりを象徴する涙を滝のように流しながら)うぉぉぉぉぉッ! おまえの肛門だけを狸穴やもぐら穴のように惨めに拡張させはしない! 今行くぞ!(後を追って飛び込む)」
「アニキぃぃぃぃ!(両手を広げる。飛び込んできた兄の先端と待ちかまえる弟の先端がスローモーションで接触する)」
「あっ…」「あっ…」
「(二人が薔薇を背負い頬を乙女のように赤らめつつ熱い抱擁をかわしながら男子と男子の肛門性愛を主題とした冊子の海の中へと消えていくのを見ながら)ば、ばかな! あの無敵の殺人兄弟を手玉にとるなんて…!! おまえはいったい何者だ!?」
「(男に肉厚のボディをしきりと押しつけながら)ただの人間だよ」
「ひぃッ! た、たのむ、殺さないでくれ」
「(二重アゴにおたく特有の根拠のない優越感をみなぎらせながら)遅かったようだな。このデブっ腹をはなすと同時におまえの視力はうばわれる」
「い、いやだ、そんな…!! 現存するすべての女性性を凌駕して俺たち男性自身を三次元的に膨張させるあの隠微な二次元踊りをもう見ることがかなわないなんて、そんなのひどすぎる! これから俺はどうやってオナニーすればいいんだ…(むせび泣く)」
「オナニーとはイマジネーションだ。それを忘れ二次元美少女の破廉恥踊りを記録した様々の電気的媒体などを優先して購入・使用した自身の愚かさを発射できない欲求不満の中でもだえなげくがいい(男、ゆっくりとデブっ腹を引きはなす)」
「あひゃぁぁぁぁぁぁッ!(溶暗)」
「(ケンシロウというよりはむしろ小太りのアミバといった容貌で小鼻をぷくぷくとふくらませながら包帯ぐるぐる巻きの両手を振り回して)…というわけさ」
「(両足のギプスを天井からつり下げられた養豚場の出荷前の肉を連想させる格好で)なんだか嘘っぽいなぁ。そんな行動力のあるヤツがおたくやってるわけないじゃん。だいたい牙一族ってなんだよ。パクりすぎだよ」
「(顔全体を石膏で固められくぐもった声で)まぁまぁ、いいじゃないか。それにしても先週はたいへんだったな」
「(下半身の肉の谷間からブツを探り出し尿瓶につっこむ作業に四苦八苦しながら)まったく。一歩間違えば全員オダブツってところだったからな」
「(手のひらに拳を打ちつけようとするもデブっ腹に妨げられてできず酸欠の太りすぎた金魚のようにバタバタ暴れながら)しっかしあの野郎め、一度も見舞いに来ないってのはどういうつもりなんだろうな!」
「まだ俺たちのことを本当の仲間だとは認めていないのさ。…俺たちはあいつにエロを押しつけすぎていたのかもしれない。エロ無しの自己満足的なストーリーもので同人をやるってのも、アリなはずなのにな(なんとなく黙り込む一同)」
「(小さな金具を手に)ところでこれ、何かな」
「バカヤロウ! それはベッドの角度を調整するための…」
中央で突然二つに折れて勢いよく上方向へはねあがるベッド。肉の潰れるにぶい音。サンドイッチ状に屹立するベッドだった物体から流れだす赤い液体。にわかにあわただしさを増す病棟内。”手術中”のランプが暗闇に赤く点灯する。都会のネオンサイン。
D.J. FOOD(8)
「……これが正真正銘、最後の一枚は大阪府在住の小鳥くんからだ! 『こんばんは、D.J. FOODさん。今日は重大な告白をするためにペンを取りました。じつはぼくのチンポは左方向にちょっと冗談ではすまされないほど湾曲しているのですが』YoYoYoYoYoYoYoYo,Yo Men! くたばってしまえ!
おっと、もうこんな時間だ! それじゃ、またいつの日か、See You!」
ビルの屋上。空には今にも降り出しそうなぶあつい黒雲。
「(強風とヘリのローター音にかき消されまいと声をはりあげて)FOODさん! 機材はすべて積み終わりました! スタッフもみんな! 今ならまだ間に合います! 今なら!」
「(静かだが不思議によくとおる声で)決めたことだ。かまわず行きなさい」
「(泣きながら)殺されてしまう! FOODさん、殺されてしまいます!」
「悲しむことはない。すべてはこの日に定められていたのだから」
「(首を振って)馬鹿な! 誰が、誰が人の生き死にを決めることができるっていうんですか!」
「……(立てた人差し指を上空へと向け、何事か言う。だが、ローター音に紛れて聞こえない。ヘリが浮揚しはじめる)」
「(身を乗り出して)FOODさん!」「(涙で顔をぐしゃぐしゃにして)FOODさん!」
「(穏やかな表情でスタッフの顔を順に見ながら)みんな、ありがとう。よくここまでついてきてくれた。私は君たちのことを誇りに思う。君たちは、私の最高の友人だ」
「FOODさぁんッ!!(都会の曇天にヘリが遠ざかっていく)」
「(ヘリの姿が次第に遠ざかり、やがて見えなくなる。背後の扉が土台ごと倒壊する。砂埃の中から人影が現れる。中背の男が一人と、取り囲む黒服の男たち)よくもまぁこれだけ長いあいだ俺たちをたばかり続けてくれたものだ」
「(ゆっくりと振り返り目を細める)……」
「こんな廃ビルの屋上で放送を続けていたとはな。いわく最悪の扇動者、いわく神の声。(手にした拳銃の狙いをさだめる)D.J.FOOD、あんたがはじめてメディアに姿を現してから今日までじつに半世紀以上の時間が経過している……いつまでも変わらないままに人々を堕落へと導くおまえは、いったい何者だ?」
「ただの地方局の一D.J.ですよ」
「(FOODのすぐ足もとで弾丸が跳躍する)そんなありきたりの言葉で俺をがっかりさせないでくれ…おい(黒服の男たち、一礼すると屋内へと消える)。さァ、これで二人きりだ。腹蔵なく話しあおうじゃないか、山田次郎」
「……」
「どうした、マイクが無いと話しにくいか。ではまず俺の話を聞いてもらおうか。あんたは自分を殺す相手のことを事前によく知っておくべきだと思うね。(ちょっと唇を噛んで考え)…そうだな、俺が君のファンだったと言ったら驚くかい。ずっと昔、俺が何も知らないただのガキだった時分、世界とはあんたの言葉を意味していた。自分以外のものに対するあんな熱狂は、あれ以来知らない」
「(目を伏せて)君は不幸だ」
「(銃口を油断なく向けたまま)違うな。この世界が不幸なんだ」
「(顔をあげて)それを贖うために私を殺すのか」
「そうさ。あんたは世界にとっての父であり、また世界そのものだからだよ。あんたを殺すことで、世界は本来の姿へとたちかえることができる。あんたが創り上げた虚構の世界から離れてな。すべてのメディアは現実を虚構化する力を持つ。だが、あんたのその力は度はずれて強すぎ、現代の脆弱な人々の自我の上にあまりに危険すぎる。この世界のためにあんたの天才に消えてもらいたい」
「(両手で自身の肩を抱きかかえて)私の持つこんなものが天才だというならそれは恐ろしい。ぼくの自覚するこの程度の領域が天才だというのなら、それはこの上ない絶望だ。それは人間のたどり着ける領域がこの程度までだということを意味しているのだから。私の中には何もないよ。君の求めるようなものは何もない」
「(銃口を降ろし、うって変わって弱々しく)お願いだからそんなふうに話さないでくれ。あんたのような偉大な才能が何も見えていないことを語らないでくれ。……俺はあんたの持つ虚構を破壊することで革命を成就させなければならないんだ。あんたの確信を破壊することでこの世界すべてを変革しなければならない。だから、そんなふうには話さないでくれ」
「私ぐらいを殺したところで世界は何も変わらないよ。変わるとすればそれは君だ。君のいう世界とは君自身のことだよ。私を殺した喪失感は君の世界を悲しみへと変質させるだろう。それだけだ。私の死は君以外の人間にとって何の意味も持たないよ。本当に、何も知らなかったんだね…(憐れみの表情で一歩踏み出す)」
「(飛びすさり、銃口を向ける)言うか、トリックスターめ! 私は他の者たちのようにだまされはしない! (顔を歪め銃口をふるわせて)人の時代にそんな神の言葉は不要なんだ」
「(立ち止まる)よろしい、すべて充分だ。さぁ、撃ちたまえ。私は解放され、君は永遠にとらわれる。(喉をのけぞらせ、両腕を開く。雲間から光が射し、D.J.FOODのまわりを照らす。銃声が長くビルの谷間にこだまする)」
「(背中に光を受けて暗い屋内へ戻ってくる。黒服の男たちの一人に拳銃を手渡しながら)今世紀最大の導き手のひとりがいま、死んだ」
「おおッ!(革命成就への喜びに湧く黒服の男たち)」
「(両手に顔をうずめて誰にも聞こえないようにひっそりと囁く)わかりはしない。かれは私が無くしたほうの片翼だった。私はかれのことを本当に、本当に愛していたんだ」
3rd GIG “レボルーション”
政府のする少子化対策として、男女の即時的な発情を促しいつでも交尾にうつれるように薄暗く隠微にあつらえられた店内。軽快な音楽にあわせて響く地鳴りのような騒音。
「どうしたの。いいじゃない、同人即売会なんてどうせ遊びなんでしょ。同じ遊びなら、ほら、こっちのほうが……」
巨大な画面に表示される矢印に反応して足下に散弾銃を打ち込まれたかのように飛び跳ねる屠殺場の畜生を連想させるデブっぷりの幾人もの青年たち。彼らの顔に浮かぶ粘着質の汗に恍惚とした見苦しい表情。一切の客観性を喪失したその有様はむしろ新興宗教にも似て――
マンションの一室。窓はビデオテープの山にふさがれ、昼間だというのに室内は薄暗い。様々の一般人には意味をなさない物体に場所を取られ、部屋の中央に身を寄せ合う五人の黙示録的なデブっぷりの青年たち。シューシューという排気音にも似た耳ざわりな呼吸の音。彼らが取り囲む台の上にはすべての男性が持つ願望的な性犯罪を発現させることを目的にしているとしか思えない破廉恥なポーズをとったこの地球上に存在するあらゆる人種を検証しても決して見いだせないだろう種類の髪の色をした婦女子の模型が置かれている。
「(手垢にまみれた大学ノートに鉛筆を走らせながら)しかし先週は本当に大変だったな」
「(わかりもしないのに鉛筆を立てて構図をためすがめつしながら)ああ。ヒゲの雇われ店長がエロ同人好きで、学生アルバイトのウェイトレスがデブ専やおい好きだったからよかったようなものの…」
「(突然立ち上がりさえぎって)やめろ! その話はもうするんじゃねえ!」
「(涙ぐみながら)ひどいよ…本当にひどい…」
「(なんとなく二人から目をそらして)すまない。俺たちにはああするしかなかったんだ」
「(室内に流れる気まずい空気をうち消すようにわざとらしく)さぁ、できたぞ! 見てくれよ(と、大学ノートをみなに向けて広げる。そこには元の題材と似ていなくもないが、奇妙な根本的ゆがみを感じさせる絵が描かれている)」
「(顔の表面の垢が溶けだして黒く染まった涙をぬぐいながら)わぁ、すごいや、CHINPO! もうトゥハートについてはどのキャラクターも完璧だね!」
「(大橋巨泉を想起させる黒縁メガネを人差し指でわずかに上下させて)フン…」
「おい、おまえいま鼻で笑わなかったか?(肉厚の腰を浮かせる)」
「(二人のあいだに転がるように割って入って)やめとけ!」
「(腰を浮かせるだけのアクションにフーフー息をきらせながら)いや、言わせてくれ。こいつはこないだの即売会をブッちぎりやがったんだぜ」
「(大学ノートに描かれた美少女の乳房の下を指でしきりとこすって陰影をつけながら)急な約束が入ったって言ったろう」
「(素人がする相撲取りのものまねそっくりの声で)ああ。だがその約束の内容については教えてもらってないぜ」
「(大学ノートに描かれた美少女の股間を指でしきりとこすって陰毛をつけながら)あんたたちには関係ないだろう」
「大アリなんだよ! なぜならおまえはうちのサークルのエロ絵担当だからだ! おまえは成人指定同人誌からエロ絵を脱落させるという人間として最低のことをやらかしちまったんだ!」
「やれやれ…(立ち上がろうとするも胴周りにへばりついた肉に邪魔されて何度もスッ転びながら)このさいだから言っておく。あんたらがどう思っているかは知らんが、俺は真剣に同人活動をやる気はまったくない。俺はただマスをかきたいから描く。(へばりついた肉で完全にまっすぐには伸ばすことのできない芋虫のような指で指さして)オーケー?(部屋から出ていく)」
「あいつめ!(壁を拳で殴りつけようとするも、地肌が見えないほど貼ってあるポスターに気づきあわててひっこめる)」
「(顔をしかめだんごッ鼻をひくひくさせて)おい、なんだか焦げ臭くないか?」
「ああ、悪い。たぶん俺の煙草だ」
「バカヤロウ! 俺のグッズにヤニがついたらどうすんだ! それにこの部屋には引火しやすいものがたくさん…」
平和そのものを象徴する昼間の住宅街に鳴り響く爆発音。無邪気に遊ぶ子どもたちの上に降り注ぐガラスの破片。母親たちの身も世もない痛切な悲鳴。遠くから近づく消防車と救急車のサイレン。
2nd GIG “パッション・ハリケーン”
ファミリーレストラン奥の一角を我がもの顔に占拠する非人間的なデブっぷりの一団。テーブルの上には気弱そうな青年がほとんど奇形ともいうべきグラマラスな姿態の婦女子の集団に取り囲まれ困惑の表情を浮かべている図の掲載された雑誌や、その他さまざまの一般性に欠ける品々がところ狭しと広げられている。レジの裏で両手に顔をうずめて泣くアルバイトらしいウェイトレスと、それを慰める口髭の雇われ店長。
「(公共の場でするには不適切な大声で)しっかしよォ、こないだはホント大変だったよなぁ」
「(どこか均衡の崩れた奇怪な抑揚で)ああ。署長がエロ同人好きじゃなかったら俺たちは今頃どうなっていたことか。ラッキーだったな」
「(対面に座る肉厚の人物を見ながら)ラッキーと言えば……まったく、どういう心境の変化なんだか」
「(テーブルの上においた紙に覆いかぶさるように数センチの距離まで顔を近づけてペン走らせながら)別におまえたちのことを認めたわけじゃない。ただ前の連中が気にくわなくなっただけさ」
「(羽根をむしられたニワトリのように無様に両手を広げて)これだよ!」
「プルルッ、プルルッ」
「(非人間的なデブっぷりにオレンジジュースのコップを口元に持っていくのを妨げられて痙攣しながら表面上は平静を装って)電話鳴ってんぜ」
「プルルッ、プルルッ」
「(非人間的なデブっぷりに何度も足を組もうとしてできず痙攣しながら表面上は平静を装って)おい、おまえのケータイだよ」
「(紙の上に覆いかぶさったままで)小学生の乳首の隆起をトーンを使わずに自然かつ官能的に表現するのにいそがしいんだよ……(鳴り続ける携帯電話に手をのばし)もしもし。…ああ、あんたか。ああ。…わかった。それじゃ」
「プッ」
「さあってと、(大きくのびをしつつ身体の後ろで手を組もうとしてできず必死の形相で痙攣しながら平静を装って)そろそろ移動しようや」
「あ、俺つぎはカラオケがいいな。もちろんFourSeasonsの”北へ。”が入ってるとこじゃなきゃイヤだぜ」
「(無言で立ち上がり)俺はここで抜けさせてもらう」
「おい、待てよ!(激しく立ち上がり肩をつかむ)」
「悪いがカードキャプターさくらは本放送をリアルタイムで見ることに決めてるんだ(手を払いのけて店の入り口へと歩き出す)」
「待てったら! なぁ、CHINPO(本名:上田保椿【うえだやすはる】の名前を逆から訓読みにしたもの。あだ名)からもなんとか言ってやってくれよ」
「仕方ないさ。あれがヤツの流儀だ(両脇下の黒ずんだTシャツにジーンズの両脇から肉をはみださせて出ていく後ろ姿を見送る)」
「チッ。まったくつきあいの悪いヤローだぜ…(ひょいとおがむように片手をあげて)ほんじゃ、ごちそうさん」
「待てよ。誰がおごるって言ったよ」
「あれ、今日の集まりはCHINPOのおごりじゃないの?」
「まさか。それに俺は今日一銭も持ってないぜ」
「なんだって! それじゃ、ここの支払いはいったい…」
茫然とたちつくし互いに顔を見あわせる非人間的なデブっぷりの四人の青年たち。店内でこれまでの数時間に行われた様々の無意識的反社会活動に業を煮やしたアルバイトのウェイトレスと雇われ店長。遠くから近づくパトカーのサイレン。都会のネオンサイン。
1st GIG “エンカウンター”
タクシーから降りてくる商業目的ではない種類の冊子が底の抜けそうなほどぎっしり詰まった紙袋を両脇に抱えた小太りの男。タクシーの窓から両耳にボール紙で作成した奇ッ怪な飾りをつけ髪の毛を緑に染めた人外の顔面を有する婦女子が手をふっている。露骨な嫌悪の表情をみせる運転手。タクシーが走り去る。小太りの男、マンション入口の人影に気づく。合金製の街灯がはた目にわかるほどひしゃげる非常識なデブっぷりでもたれかかりながら、金髪というよりむしろ黄色の髪をし女物の服に身を包んだ男がたたずんでいる。
「マルチのコスプレか。なかなか洒落た女とつきあってるじゃないか」
「誰だ、おまえ」
「今日の即売会、見せてもらったぜ(男の足元に異様にデフォルメされた人体の掲載された商業目的ではない冊子を投げ出す)」
「(マンション脇の繁みから異様にレンズの突出したカメラとともに出現して)すげえよ、おまえのエロ絵はサイコーだ」
「(男の背後のマンホールから汚水にまみれて出現して)だが、惜しいことに奴らではおまえのエロ絵を生かしきれていない」
「(マンションの屋上から自由落下、アスファルトの路面で二三度バウンドしてから立ち上がり)おまえのエロ絵には俺たちのシナリオがベストだ」
「そういうことだ。(無酸素運動を数十分も続けたような荒い息をしながら体のあちこちの部位から若干みどり色がかった煙を絶えず噴出しながら歩みより、男の上着のポケットにフロッピーディスクをねじこむ)よかったら読んでみてくれ。俺たちの作品だ」
「……(小太りの男、そのまま四人の脇を通り過ぎマンションへと入っていく。と、玄関ホールに設置されたゴミ箱にフロッピーディスクを投げ捨てる)」
「おい、待てよ、てめえ!(激昂して駆け寄り、男の胸ぐらをつかむ)」
「残念だが俺の愛機はマックなんでね。それに、俺は遊びでおたくをやっているわけじゃない」
「なんだと。俺たちのおたくライフが遊びだとでもいうのかよ!(握りしめた右こぶしをふりあげる)」
「(後ろからそのこぶしをつかんで)やめとけ」
「でもよォ!」
「(小太りの男を見ながら)ひとつだけ言っておく。俺たちはちょっと自意識の高い時間あまりの学生や無職の人間が自身の精神的疾患に気のつかないまま手なぐさみにやるような、職を得るなどして社会に許容された瞬間に卒業できてしまうような、そんな中途半端なおたくっぷりじゃないつもりだ。俺たちは真剣なんだ。だからおまえも真剣に考えてみてくれ」
「フッ。(きびすを返し歩み去ろうとする。が、振り返り)そうそう、さっきのあの女だがな。あれはマルチじゃないぜ。パーマン四号だ(男が言い終わると同時にエレベーターの扉が閉まる)」
「なんだって? あれはパーやんだったっていうのか!? バカな…!!」
茫然とたちつくす異様な臭気を発する非常識なデブっぷりの四人の青年たち。様々の事件で過敏になった近所住人たちの不審のまなざし。遠くから近づくパトカーのサイレン。都会のネオンサイン。
虚構ダイアリー
「(軽快な音楽とともに”nWo”のロゴが流れる)ニュース・ワールド・オーダーの時間です。さて、全米を恐怖と混乱と深い悲しみの渦へと巻き込んだビルバイン高校銃乱射事件ですが、その後犯人の高校生二人がこの最悪の計画を立案するにあたり参考にしたのではないかと思われる映像が発見されました。まずはご覧下さい。(画面が切り替わる。上品なバーのさざめき。突然裸の男が扉を蹴破って闖入し、人々を銃の形に折り曲げた指でもって次々となぎ倒していく)これは小鳥猊下を名乗る日本人の主演する『虚構ダイアリー』の一部です。この映像はインターネット上のウェブサイトにアップロードされており、誰でも閲覧することが可能な状態にありました。今回の事件の犯行の手口と極めて類似する内容です」
「うわ、この男すごい包茎やん。うちの小学生の息子でもここまではひどないで……(眼鏡を取り外し眉根を押しもみながら)いや、まったくひどいものです。このような、十代のまだ心の成熟しない少年たちに直接に悪い影響を与えるようなものが垂れ流しにされていたなんて、まったく恐ろしいことです。一日も早いインターネットの法規制化を望みますね」
「やっべえなぁ。俺んとこのサイト、ここからリンク張ってもらってたんだよなぁ。まさかバレてねえよなぁ……いや、こういったサイト群に一方的に責任を求めるのは正しいやり方ではないでしょう。かれらだって、その生育史において得た何らかの負の要因に無意識的に動かされてやってしまったのだとも考えられる。見方を変えるなら、かれらだって被害者だと言うことができると思います。現代社会と教育のね」
「せやけどこのキャスターでかいチチしとんなぁ。ほんまメロンみたいにでかいチチしとんなぁ。あれが永遠に俺のものにならへんのやと思うと欲情より先に憎しみがわいてくるで……(指でテーブルを神経そうにコツコツ叩きながら)なにを寝ぼけたこと言ってんですか。実際被害を受けた人間の家族とその関係者のことを考えてみなさいよ。死んだ人もいるんですよ。(急に声をあらげて)だいたいだねえ、幼児期の問題とか生育史とか、そんなのは本当のところ人間の性格の在り方に全然関係なんかないんだ。そういうのは目に見えないからってどうにも最終的な証明がならないからいつまでも消えずに残っているだけで、前世紀からある犯罪者擁護のための寝言に過ぎないんだよ。せいぜいが弁護士の使う技術・方便に過ぎないんだよ。ホームページなんて作るやつはそもそも現実に居場所のない暗いおたく野郎で、先天的に脳に生物学上の欠陥を抱えた一種の不倶者なんだから、どっか郊外の広い野ッ原にでも集めてガスかなんかで息の根を止めるか、それじゃ不細工な肉がたくさん残って見栄えが悪いってんなら、ナパーム弾かそんなもので跡形の無くなるまで焼いてやればいいんだ。単純なことだ、馬鹿馬鹿しい。いつまでこんなことで議論をして限られた時間を無駄にするつもりなんだ。こんなのは問題にすらならないよ(両手を広げるジェスチャーをする)」
「(激昂して立ち上がり)ホームページは文化ですよ! あんたぐらいの電波を喰いものにしている似非評論家に何がわかるっていうんだ! 絶対に反撃の恐れのない対象にしか攻撃の穂先を向けない最低の卑怯者め! おまえみたいな顔の人間は毎夜エロサイトを巡って最近の安価な大容量ハードディスクがぱんぱんになるほどに婦女が様々の現実の対象と交接する類の画像を収集しまくっているに違いないのだ! この過剰色欲者め!」
「(立ち上がり相手の胸ぐらをつかむ)なんだと! おまえこそ俺の人気のせいで仕事がまったくまわってこない妬みをバネにホームページを作成し、狭い狭いコミュニティで若干有名になりお山の大将きどりだったりするんだろう! だいたいあのような時間をもてあました学生や無職や人格破産者といった社会の底辺層の形成する集まりに、社会の一線で活躍しているまっとうな人間がなぐり込んでいけば勝つのは当たり前じゃないか! それをおまえの実力と勘違いするんじゃないよ!」
「(騒然となるスタジオを尻目に冷静に)さて、それではもう一度問題の映像をご覧いただきましょう。(画面が切り替わる。上品なバーのさざめき。突然裸の男が扉を蹴破って闖入し、人々を銃の形に折り曲げた指でもって次々となぎ倒していく)以上、再び『虚構ダイアリー』よりの映像でした。お二方、何か改めてお気づきになった点などはありませんでしょうか」
「(乱れた頭髪とヒビの入った眼鏡を直しながら吐き捨てるように)包茎だよ、包茎。この男、包茎じゃねえか。それじゃ犯罪もおこすよな」
「(乱れたスーツとネクタイを直しながら吐き捨てるように)まったくだ。その点については同意するよ。包茎・無職・ホームページの三重苦じゃね。普通の人間ならとうに発狂するか、自殺するかしてるね」
「(冷静に)この人物は犯罪の原因になったと思われる映像を作成しただけで、犯罪行為の事実があったというわけではありません」
「(ぎらぎらした目で)いや! それはもう遅かれ早かれだ。間違いない。オフ会で半径50メートルの間近にまで接近・遭遇し、そこから聞こえないようなか細い声で二度も名前を呼ばわったほどの親密な関係を持つ俺が言うのだ、間違いない」
「(ぎらぎらした目で)まったくだ。それはもう痴漢行為現行犯逮捕と同じくらい間違いがない」
「(時計にちらりと目をやり)時間もなくなってまいりました。それではお二人に今回の事件について総括していただきましょう」
「(ぎらぎらした好色な目で)ずばり言って、あなたのメロン状に突き出したボインちゃんは狼男にとっての満月のように青少年の野性に強く激しく訴えかけているのではないかと私は恐れている。君、我々はネット上のあるかないかわからないような幻影を追うよりも、眼前のこの巨悪をこそ打倒せねばならないのではないか」
「(ぎらぎらした好色な目で)ずばり言って、その点については同意します。(立ち上がり拳を振り上げて)女性ニュースキャスターのタイトなスーツに厳しく束縛されたボインちゃんは青少年性犯罪の抑止力でこそあれ、それを促進するものであっていいはずがない! (拳を前面に突き出し)違いますか! わ、私が何か間違ったことを言っているとでもいうのか!」
「(椅子を蹴って立ち上がり)その通りだ! 我々はこの最悪の犯罪要因をみすみす野放しにしておくわけにはいかない! 断固没収である! 没収、没収ゥゥゥ!(心もち開いた両手を開いたり閉じたりしながらじりじりとキャスターとの間合いをつめる)」
「そうだ、その通りだ! ふふふ、君との間には大きな誤解があったようだ。こんな興奮は学生運動で警官の後頭部を棍棒でもって強打したとき以来初めてのことだよ。粛正、粛正ィィィ!(心もち開いた両手を開いたり閉じたりしながらじりじりとキャスターとの間合いをつめる)」
「(二人の中年に包囲の輪をせばめられながら冷静に)意外な結論をみた今回の討論ですが、我々にはもはやそれを追試するだけの時間は残されていません。今日番組をご覧になって下さったみなさまの今後の人生の宿題となさってくれれば我々にとってこれにまさる幸いはありません。お別れの時間です。それでは、来週のこの時間まで。さようなら。あ。いやん、いやぁん」