「(両手を左右にひらひらさせながら、調子っぱずれな節まわしで)北へ~ゆこうランララン、新しい北へスキップ~…おぉい、みんな喜べよ。新しい企画通してきたぜ。その名もずばり『南へ。』だ。高校三年で受験ノイローゼになった主人公に父親が沖縄行きの往復航空券を手渡してくれるところから物語が始まるんだ。もちろん、米軍基地の兵士であるところの巨乳ホルスタイン娘やら、シーサーに憧れて来邦したベトナム娘やらヒロインたちのバリエーションもばっちりだ。台詞ももういくつか考えてあるんだ、例えばこうさ、『シーサーって、チンポみたいで暖かいですよね』。どうだい、胸がしめつけられるような甘い切なさだろう。あと新システムだが、『北へ。』のCBS(Conversation Break System)を更に進化させたチンポ・バクハツ・システム(Chinpo Bakuhatsu System)を搭載だ。会話の流れをXボタンで中断して『お、おねえさん、ボカァもう』とエロシーンに突入するって寸法さ。もう企画段階であらかじめ売れることが約束されてしまったようなゲームだろう、ええおい?」
「廣井さん」
「しかし全くよく思いついたもんよ。取材と接待と慰安が同時にできるんだもんなぁ。そうそう、こいつはシリーズ化することが本決まりになったよ。じつは第三弾ももう決めてきてあんだ。第三弾は大阪を題材にしたずばり、『キタへミナミへ。』だ。こっちのほうはまだ骨格しかできていないんだが、作品のイメージを象徴するシーンをひとつ考えてある。大阪弁の土着の娘が主人公に言うんだ、『通天閣って、チンポみたいやと思わへん?』。どうだい、胸がしめつけられるような甘い切なさだろう。ただ問題はまともな大阪弁をしゃべれる声優がいないってことだな。これは公募するか…いひ、また有名になりたい頭の弱い娘としっぽり仲良くできるチャンスだよ、いひひひひ」
「廣井さん」
「(口元のよだれをぬぐいながら)な、なんだよ、雁首そろえて集まっちゃって。やめろよ、そんな辛気くさいツラは。ほら、もっといつもみたく明るくいこうぜ、なぁ」
「廣井さん、そちらが空いています。席について下さい」
「なんだよ、今日のおまえたちなんだかおかしいぜ」
「(強く)席について」
「なんだよまったく、わけわかんねえよ…(しぶしぶ席につく)」
「(立ち上がり)さて、みなさまお待たせいたしました。これより本日の議題、総帥・廣井王子の罷免について討議したいと思います。進行は私がつとめさせていただきます」
「ヒーメン? ヒーメンだって? おまえらみんな正気かよ、勤務時間中だぜ(馬鹿笑いする)」
「(無視して)それでは第一の被害者である太谷郁江さんに証言をいただきます(会議室の扉が開き、一人の女性がハンカチで顔を押さえながら入ってくる)」
「(涙声で)あ、あの私、太谷って言います、太谷郁江。このたびこちらのゲームの声優と、主題歌をやらせてもらいました。最初ゲームに使われるっていう女の子の絵を見せてもらって、それがすごく繊細で可愛らしくて、二つ返事でオッケーして、アフレコもすごく熱の入ったいい演技ができたんです、それで、あの、えっと」
「廣井さんとのことを話してもらえますか?」
「あ、はい。廣井さんとお会いしたのは主題歌の収録のときのことでした。私、曲も歌詞も気に入ってて、いっしょに歌う子たちともがんばろうねって話してて、それでその日もいい感じで収録が進んでたんです。そしたら歌の途中に廣井さんが入ってきて、しばらく椅子に座って聞いてたんですけど、突然椅子を蹴って立ち上がって、こんな歌じゃダメだって。それで、私たちのところに来て、いやがる私たちから無理矢理歌詞カードを取り上げて、極太マッキーで修正を入れたんです。私、私だけじゃなくてみんなもすごく気に入ってたのに、録音スタジオの人たちもいいねいいねって言ってくれてたのに、それなのに、それなのに、廣井さんは、う(涙ぐむ)」
「大丈夫ですか。続けられますか?」
「(ハンカチで涙をふいて)はい、もう大丈夫です。廣井さんは、いえ、あの男は、修正した歌詞カードを返して、面白そうに、本当に悪魔のように愉快そうに私たちの顔をのぞきこんで、『ちゃんと歌えよ、本当におまえたちのホタテが蟹で充満しているようにな』って。馬鹿笑いして。私たち何のことだか最初わからなくて、顔をみあわせてきょとんとしてたんですけど、返された歌詞カードに書いてあったのは、か、『蟹がいっぱい、ホタテいっぱい』…う、うふ、うっく、うわぁぁぁぁ(泣き崩れる)」
「ざわざわ」「いやがるのに無理矢理」「ひどい」「妙齢の女性にホタテを強要するとは」
「(列席者を見渡して)今の証言をご記憶下さい。それでは第二の被害者である阪本真亜矢さんに証言をいただきます(会議室の扉が開き、一人の女性がハンカチで顔を押さえながら入ってくる)」
「(涙声で)あ、あの私、阪本って言います、阪本真亜矢。このたびこちらのゲームで声優をやらせてもらって、あ、ロシア人の役だったんです。彼女、ガラス工芸に憧れて日本に住んでるって設定で、私、台本読んで、すごく感情移入して、がんばろうって思ってて。アフレコが進むにつれてますます彼女のことが好きになって、それで、あの、えっと」
「廣井さんとのことを話してもらえますか?」
「あ、はい。あれは、あの、収録も中盤にさしかかったころで、アフレコ現場にいらっしゃったんです、廣井さん。私、この作品のプロデューサーの方だよって紹介されて、すごい緊張しちゃって、何回もリテイク出しちゃって、そしたら、あの、う(涙ぐむ)」
「廣井さんに言われたことをすべておっしゃって下さい。おつらいでしょうが」
「(ハンカチで涙をふいて)わ、わかりました。廣井さん、みるみる不機嫌になって、スタジオの壁を蹴りつけたりして、最後に大声でこう言ったんです、(ふるえる声で)お、『おい、そこのトウの立ったねえちゃん、何年この業界やってんだよ。ただでさえ下手くそなんだから余計な手間ぐらい取らせないでおこうとは思わねえのかよ』…う、うふ、うっく、うわぁぁぁぁ(泣き崩れる)」
「ざわざわ」「ひどい」「正直すぎる」「なにもそこまで言わなくても」
「…ありがとうございます。それだけでしょうか」
「(小さくしゃくりあげながら身を起こし)いえ、まだあります。まだあります」
「お願いします」
「それから廣井さん、しばらく現場を見てたんですけど、退屈になったらしくてうろうろしだして、私のほうに近づいてくるといやがる私から無理矢理台本を取り上げて、これじゃ臨場感が足りないな、みたいなことを言って、ポケットから取り出した極太マッキーで修正を入れたんです。私、その部分の台詞がすごく好きで、家でも何度も練習して、あの、こんな台詞です、『ガラスって、人肌みたいで暖かいよね』、すごくいいと思いませんか、彼女の優しさや心の豊かさがとてもよく表れていると思うんです、それなのに、それなのに、廣井さんは、う(涙ぐむ)」
「阪本さん、もう結構です」
「いえ、いえ、言わせて下さい。廣井さんは、いえ、あの男は、修正した台本を返して、面白そうに、本当に悪魔のように愉快そうに私の顔をのぞきこんで、『言ってみろよ、なぁに、いつもの調子でやりゃいいんだ』って。そこに書いてあったのは、そこに書いてあったのは(蒼白で倒れそうになる。支えようとする左右の人間を手で制して)…『ガラスって、チンポみたいで暖かいよね』…地獄に、地獄に落ちればいい! 私も、あの男も! ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう…(付き人に支えられながら会議室を出ていく)」
「ざわざわ」「いやがるのを無理矢理」「ひどい」「妙齢の女性にチンポを強要するとは」
「以上が総帥・廣井王子の罪状に関する証言です。(向き直り)さて、廣井さん。何か反論はありますか?」
「バカヤロウ、反論も何も、こんな」
「(さえぎって)無いようですね。それでは総帥・廣井王子の罷免に賛成の方、挙手を願います(全員の手があがる)。賛成多数。数えるまでもありませんね。本日ただいまの時刻をもって、廣井王子の罷免を決定致します」
「おい、待てよ、冗談だろ? いったい誰がこの会社をここまでに育てあげたと思ってんだ? すべて俺のおかげだろうが!」
「廣井さん、貴方は少々やりすぎたんですよ。天外魔境2に携わっていたころの貴方は輝いていた…(目をつむる)」
「(低く)このインポ野郎め。俺は俺の間違いに気がついたんだよ。俺は本道に立ち返ったんだ」
「今どきエロばかりでゲーム会社が成り立つと本気で思っているんですか?」
「(噛みつくように)じゃあ、テメエはエロぬきでゲーム会社が成り立つと本気で思ってんだな?」
「(肩をすくめて)廣井さんにはそろそろご退場願いましょうか。(慇懃に)あなたの今後の人生がやすからんことを」
「(引きずり出されながら)三年だ! 三年後をみていろ! 俺が正しかったことが証明される三年後を! そのときこそおまえたちは俺の足下にひざまずき、戻ってきて下さいと哀願するんだ! はは、ははは、ははははははは」
「 Jam, Jam! MX7! 今週もまたD.J. FOODの”KAWL 4 U”の時間がやってきたぜ! それではいつものように始めよう、 Uhhhhhhhhhhhh, Check it out!
まァ、今でこそ地方局の一D.J.に専属でおさまりいただくわずかのサラリーで細々と二人の娘を養う、地域振興券に非常な喜びを感じるような、お釣りの出ないことに憤りを感じるような、娘二人の現世の様々の欲からもっとも遠い清らかな寝顔に現世の様々の欲の中でもっとも浅ましい欲を抱いて自己嫌悪に陥るような、そんな小市民的な飼い慣らされた日常を堅実に歩んでいるわけだけれど、あの頃は血気盛んなものだったからMOO・念平などというペンネームで子供だましの薄っぺらい熱血学園ガキ大将漫画をしこしこと記述して小金を稼ぎ、安い焼酎などを購入して悪酔いし、抑圧の外れた意識でもって意味の通じない奇声を発しながら外へ駆け出し、電柱に激突して横転、二万人の足に被害を出すほどの荒くれ者っぷりでした。小学館漫画賞をいただいたこともあるんですよ。下から読んだらペンネーム。さて、いつもの犬のようなおしゃべりはこれくらいにして、まず最初のお便りは静岡にお住まいのバルダーズ・ゲート最高!さんからです。『こんばんは、FOODさん、いつも楽しく聞いています。楽しく聞いているんですけど、FOODさんって嘘つきだと思う。だってFOODさんの昔の話って毎回めちゃくちゃだし、全部本当なんてことありえないと思う。全然整合性がないもん。それだけです。あとはいいと思う』 うん、いい指摘だと思うな。現代ほど現実の虚構化が進んでいる時代は過去なかったと言っていい。人間の知恵がある現実を、例えば誰かに伝えるために、言葉でもって確定させようとすること、それ自体がすでに虚構をつくりだしているんだ。家を出て、見上げた空が君にとってとても気持ちのいい様子だったとする。それを、出会った友人なりに伝えるために『抜けるような青空』という言葉でもって説明したとしよう。そのとき、君の目の前の空は確かに青かったが、東のほうから黒い雲がやってきつつあったことや、飛行機が横切ったことや、月がうっすらと見えていたことなんかは省略されている。なぜならそれらは君が感じた『とても気持ちのいい』感情と反する、あるいは全く関係ない事項であるから、省略してしまったほうが相手に誤解なく君の感じが伝わるだろうと君は無意識に思ったからだ。たったこれだけの操作だけれど、それは現実を虚構化していると言える。会話だってそうだ。現代には間をきらい、声を張って、演劇的にしゃべる人間のなんて多いことだろう。そしてみんながみんな、一語の無駄もない”意味のある”やりとりをしようとしている。すべての言葉に意味性を与えようとしている。まるでそれぞれが推理小説の中の登場人物でもあるかのようじゃないか。ネット上なんかもうそれ以外は無いって感じだね。会話の即時的で無さに現実の言語化から更にキーボードやらの装置で打ち出すという段階が加わって、意味の無さは極限まで削られ、必然だけが場を支配する。ときおり見受けられる無意味性でさえ、意味性へコントラストを与えるための役割を受けている。つまり意味が与えられている。要するにね、君の感じている整合性の無さっていうのは、君の周囲をとりまいている、君が知らずならされ適応してしまった虚構内感覚での違和感なんだよ。現実にもともと整合性なんてありはしないんだ。だから君が僕の話に感じるような、もっともあり得なく思えることも、それは虚構内でのありえなさ、おさまりの悪さに過ぎないってことさ。それに、もしかしたら僕自身、虚構の中の人間かも知れないじゃないか。長くなってしまった。さて、次のお便りは栃木にお住まいの片山春美ちゃんからのお便り。『FOODさんひどい。こないだ栃木に来るって言ってたのに、来なかったじゃないですか。ずっと待ってたんですよ。藤野さんは私の友だちです。今度はぜったい来て下さい』 ごめんごめん。本当に行くつもりだったんだよ。死ぬ予定だった叔父が持ち直してね。それもこれも間違って小麦粉を送ってしまったスタッフの中川君のせいだよ。恨むなら彼を恨んでください。本当に今度行きたいと思います。ごめんね。最後のお便りは大阪府にお住まいの小鳥くんからです。『こんばんは、D.J. FOODさん。何度も迷ったんですけど、重大な告白をするためにペンを取りました。ぼくは最近ホームページを作ったんですが、なんだかダメなんです。最初のうちはいろいろみんな褒めてくれて嬉しかったんですけど、最近はもう全然なんです。どうしたらいいでしょう。気持ちに張りが無くなってしまって。このままじゃ僕はダメになってしまうような気がする』 小鳥くん、どんな劇的な革命も変革も、最後には日常に吸い込まれていくんだ。若い頃は、Life is a carnival、ただお祭りのように大騒ぎで毎日が過ぎて、こんなふうに死ぬまで過ごせたらとよく思ったものだ。いろいろと無茶なこともやったよ。でもこんな僕も、最近わかってきた。当たり前の毎日を積み重ねることの尊さを。人の親として大地に身を横たえ、次の世代の肥やしとして朽ちていく喜びを。カストロ議長っているだろう。あの人も自分を取り巻く現実を打破するために革命を求めたはずなのに、その熱狂は死体のように冷えてゆき、いつのまにか自分がかつて自分を取り巻いていた打破すべき現実とまったく重なっていることに気がついてしまったんだ。かれの演壇に立つ疲れた年老いた顔を見たとき、僕はそんなことを思った。だから君も失われていくものを嘆かずにゆっくりと前へ進んでくれ。そして時期が来たら、次に来る者たちのために身を横たえ、彼らに我が身を喰わせるといい。そうやって、人類は歩んできたんだ。今日はなんだか最後に少しセンチになってしまった。来週はまたいつものように大騒ぎでいきたい。Life is a carnival。
それじゃ、来週のこの時間まで、C U Next Week」
ここは神の子羊たちが集う人里離れた衆道院。今日の彼らはどんな騒ぎを巻き起こしてくれるやら。
「おはようございます、ブラザー山本」
「おはようございます、ブラザー橋本。あら、今日のあなたの弁髪、とても素敵だわ」
「(頬を赤らめながら)おわかりになるのね。少し今までと結いかたを変えてみたの」
「うらやましいわ。あなたはお顔の形が良いから弁髪がとてもお似合いになる。私なんて、ほら、こんな馬ヅラでしょう? どんなに工夫してもおさまりが悪くって」
「ええ、本当ね」
「(低いドスのきいた声で)なんだと、この野郎」
「あっ、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
「おほほほほ。冗談よ、冗談。ブラザー橋本ったらすぐ本気にお取りになるんだから」
「まぁ! ブラザー山本ったらにくらしい! おほほほほ…あらっ。(食堂の入り口に目をやって)ご覧になって、ブラザー山本」
「ああ、あれはブラザー坂井じゃないの。かれがどうかして?」
「(声をひそめて)ここだけの話ですわよ。他言なさらないでね。かれ、ファーザーグレゴリウスとできてるらしいのよ」
「ええっ! それは初耳だわ。でも、それが本当だとしたら、私、嫉妬で狂ってしまいそう」
「(野太い声で)まったくだ。あんなひ弱なボウヤがファーザーグレゴリウスのチンポを独占してるかと思うとたまらねえぜ」
「ブラザー橋本」
「あら、あたしとしたことがはしたない。おほほほほ…こっちに来るわよ」
「(側を通り過ぎながら会釈して)ごきげんよう、ブラザー山本、ブラザー橋本」
「(つくり笑顔で)ごきげんよう、ブラザー坂井」
「(ブラザー坂井が後ろの席に着くのを確認して)ねえ、ご覧になった?」
「ええ、ええ。ブラザー坂井のあのお顔! おしろいの下から髭が突き出していたわ。きっと昨日の晩から今までファーザーグレゴリウスのお部屋で楽しんでいたに違いないわ。くやしい(ナプキンを噛む)」
「しっ。ファーザーグレゴリウスがいらっしゃったわよ」
「(背景に薔薇を背負って)みなさん、おはようございます。今日も私たちはこのように豊かな朝を迎えることができた。この幸福を私は神に感謝したい」
「(うっとりした顔で)ああ…越中ふんどしの白と赤銅色の上腕三頭筋のコントラスト…素敵…」
「(うっとりした顔で)ああ…私は今日もあなたに会えたことを感謝したいですわ…」
「ときにブラザー山本」
「(はじかれたように立ち上がり)はっ、はい。なんでしょう、ファーザーグレゴリウス」
「(穏やかに目を細めて)サオがスープにつかっていますよ」
「(顔を真っ赤にして)ま、まぁっ! 私としたことがはしたない。(サオをスープから取り出して水気をはらう)ぴっぴっ」
「うらやましいですわ。ファーザーグレゴリウスにお声を頂けるなんて」
「おからかいにならないで。私、恥ずかしくてもう死んでしまいたい(顔を両手で覆う)」
「ときにブラザー橋本」
「(はじかれたように立ち上がり)はっ、はい。なんでしょう、ファーザーグレゴリウス」
「(穏やかに目を細めて)タマがスープにつかっていますよ」
「(顔を真っ赤にして)ま、まぁっ! 私としたことがはしたない。(タマをスープから取り出して水気をはらう)ぴっぴっ」
「さて、それでは食事の前にみなでこの恵みを感謝して祈りましょう……」
「(赤毛の弁髪をふりまわしながら)遅刻遅刻遅刻~ッ!」
「(中庭から食堂棟を見て)まずいよ、ブラザー三島! もう朝のお祈りはじまっちゃってるよ!」
「大丈夫、お祈りが終わるまでに席についていればいいのよ! ついてらっしゃい!(弁髪をヘリコプターのように回転させて中庭を横断し、食堂へ飛び立つ)」
「あ~ん、待ってよぅ(弁髪をヘリコプターのように回転させて中庭を横断し、食堂へ飛び立つ)」
「……アーメン」
「がっしゃ~ん(両手両足を丸めるようにして窓ガラスを柵ごと破壊、空中で前転しながら自分の席につく)」
「がっしゃ~ん(両手両足を丸めるようにして窓ガラスを柵ごと破壊、空中で前転しながら自分の席につく)」
「それではみなさん、いただきましょう。神への感謝の気持ちを忘れずに」
「(さりげなく弁髪についたガラスの破片を指で払いながら)どうやら気づかれなかったみたいね」
「もう、ブラザー三島ったらめちゃくちゃするんだから。私ひやひやしたわよ」
「ときにブラザー三島」
「(はじかれたように立ち上がり)は、はいっ! なんでしょうか、ファーザーグレゴリウス」
「(頭を抱えて)やっぱり気づかれてたんだわ」
「(穏やかに目を細めて)アヌスがスープにつかってますよ」
「(顔を真っ赤にして)ま、まぁっ! 私としたことがはしたない! (アヌスをスープから取り出して水気をはらう)ぴっぴっ…でもこのことで、どうぞ私のことをはしたない男だなんて思わないで下さいましね、ファーザーグレゴリウス」
「(組んだ手の上にアゴをのせて)ええ、もちろんですよ、ブラザー三島。私はあなたのそんな元気なところがとても好きですね。ただ、今度からは遅れても窓からじゃなくちゃんと扉から入ってきて下さい(にっこり微笑む)」
「あちゃ~っ」
「気づいてらっしゃったんですね。失敗失敗(舌を出す)」
「今のお聞きになった、ブラザー山本」
「ええ、ええ。ブラザー三島のことをファーザーが好きとおっしゃったわ」
「(野太い声で)ちくしょう、あのガキ、新参者のくせしていい気になりやがって。今度廊下で会ったら顔面にチョウパン五発もぶちこんでやるぜ」
「ブラザー橋本」
「おほほほほ。失敬。でも、ブラザー坂井には今の発言心中穏やかならないところじゃないかしら(ブラザー坂井のほうに目をやる)」
「そうね。いずれにしても一波乱ありそうね…(ブラザー坂井のほうに目をやる。ブラザー坂井、表情を変えず弁髪を左手で押さえながら完璧な作法でスープを口に運んでいる)」
山に囲まれた一軒家。蝉の声。
「ご無沙汰しております、廣井さん」
「おやおや、これは珍しい顔を見ますな。この老人に何のご用ですかな。こんなところに来るまえにお仕事がありますでしょうに」
「いや、これは手厳しい(ハンカチで額の汗をふく)。私たちは今日、廣井さんにお願いがあって参ったのです」
「(聞こえないふうに)まぁまぁ、遠路はるばる暑い中をやってきて下さったことだ。とりあえずお上がりなさいな。日陰に入るだけでずいぶん違うもんですよ。お茶でも一服さしあげましょう」
「田舎の暮らしというのは存外ヒマなものでね。こんなことばかり上手くなってしまった(お茶をすすめる)」
「恐れいります」
「今をときめく一大ゲーム会社のお歴々が、私ごとき老いぼれに何を恐縮することがありましょうや」
「(自分の座っていた座布団を脇にやる)今日はそのことで、お話に参ったのです」
「(目を細めて)ほう」
「単刀直入に申します。廣井さん、あなたに戻っていただきたい」
「(立ち上がり縁側に腰掛ける。ニワトリに餌をやりながら)私は見てのとおり隠居の身ですよ」
「この三年というもの業界内の構図は激変しました。既存のソフトメーカーは軒並み潰れるか合併されるかし、パソコンでいわゆる18禁美少女ゲームを制作していた会社が台頭してきている。これまで築き上げてきた市場ノウハウがまったく通用しないんです。いまやギャルゲーである、ということが売れるための最低条件になってしまっている」
「ほほう、そうなんですか。ははは、世事にはすっかり疎くなってしまった」
「(後ろに控えていた若者が立ち上がる)廣井さん、あなたの魂はまだあきらめていないはずだ! それを証拠に、ご覧なさい(飯櫃のフタを開ける。中にはプレステ2が入っている)」
「(肩越しにちらりと見やって)孫が置いていったんですよ」
「(若者が何かいいつのろうとするのを手で制して)…最後の砦だった大手S社もついに軍門に下りました。見て下さい、先週発売されたS社の最新作『ファイナルファンタジー13』です。キリストの復活をモチーフにしたギャルゲーです。キリストが12歳の幼女で、その使徒たちも全員個性的な美少女だったという設定です。これが今爆発的にヒットしています。S社は時代に同化することで窮状を乗り切ったのです。しかし、我々には方策が見つからない。何本か見よう見まねで出したギャルゲーもすべて一万本と売れていません。社の総力をあげてあと一本作れるかどうか。もう、どうしたらいいかわからんのです。もう、どうしたらいいのか…(畳に涙をこぼす。その視界にすっと影がさす)」
「男がそう簡単に泣くもんじゃねえな」
「(見上げて)廣井さん…」
「(鶏糞で髪を後ろになでつけて、サングラスをかける)見せてみな、おまえたちの企画。おまえたちの必死の最後ッ屁をな!」
「廣井さんの復活だ!」
「(涙声で)は、はいッ! (鞄から紙束を取り出す)どうぞ、これです」
「(表紙を見て眉をしかめる)清少納言伝?」
「はい、大胆な歴史考証で女流作家清少納言の男性遍歴を浮き彫りにする平安恋愛ロマンです。社長自らの企画です。社長は大学時代国文科に所属してらっしゃって、卒論の題材は枕草子だったそうで…うわっ(企画書を顔面に叩きつけられる)」
「ボケ。売る気あんのか。こんなお大尽企画におまえら社運かけてんのか、アァ?」
「し、しかし」
「おまえら何もわかってねえのな。ま、いいや。とりあえずキャラクターの絵を見せてみな。絵だけで売れることってのはあるからよ」
「(鞄から紙束を取り出す)どうぞ、これです」
「(受け取り、見た瞬間に相手の顔面に叩きつける)ボケ。売る気あんのか。なんだ、この細目の白豚は、アァ?」
「げ、厳密な時代考証により平安美人を正確に再現…うわっ(肩を蹴られてひっくり返る)」
「話にならん。顔面の大きさは今の三分の一にしろ。目の大きさは今の五倍…いや、十倍だ」
「馬鹿な! それじゃまったく化け物じゃないですか!」
「リアリティは重要じゃねえんだよ。そのリアルから逃げ出して逃げ出して、その果てにゲームやらアニメやらの虚構へたどりついた連中を相手にすんだぜ? 現実の似姿でありながら、同時に現実の臭いを完全に消さなくちゃダメなんだよ! 小動物やらの目が身体のサイズに比して大きいのはなぜだかわかるか? あれは外敵に対して物理的な反撃手段を持ってねえから、無力なかわいらしさをアピールして、私はあなたに害を加えませんよということをアピールして、相手の敵愾心をそいで攻撃させないようにしてんだよ。これは理屈じゃねえんだ。美少女キャラの目を大きく書くのは、人間が動物だった頃のそういった本能に訴えてるんだ。加えて、相手が無力であるということの実感が、傷つけられることに極度に敏感なおたく連中の精神を安心させるんだよ。目の大きさは単純にその人間に内在する暴力の大きさと反比例してるといっていい。キャラの性格に基づいて目の大きさは変えろ。威圧感を生まない程度にだ。それから、この企画は全部破棄しろ」
「しかし、今から全部練り直していたのでは遅すぎます!」
「ヘッ、そんなせっぱ詰まってから俺ンとこ来やがって(立ち上がると箪笥の引き出しからファイルを取り出す)」
「そ、それは」
「俺が一年前から温めていた企画だ。題して『歌麻呂伝』」
「歌麻呂伝…」
「ふふ、舞台は江戸時代。一人の浮世絵絵師の日常生活を彫刻する…わかるか?」
「(後ろの若者が勢いこんで手をあげる)わかりました! その浮世絵絵師の持つチンポの見事さに毎夜訪れる白人女性たちが『オウ、ウタマーロ』と恍惚の声をあげるという内容ですねッ!」
「はい、アウト。やっぱおまえら負けて当然だわ。東大出て官庁入って権力機構のまっただなかにいるような人間なら白人のデカ女をチンポで蹂躙して征服欲を満たされることもあるかもしれんが、俺達が相手にするのはそんな上等な人間じゃないんだぜ。国の運行に関連する権力機構や企業なんかの経済機構から外れたおたく共を相手にするんだぜ。やつらが必要としているのは自分の優位を前提とした上から下への一方的な愛撫だ。あるいは相手のかわいいだけの女に過去の虐待された自分を投影した自己愛劇だ。設定はこうさ。主人公は浮世絵画家を目指すちょっと気弱で繊細な18歳。ひょんなことから普段は疎遠な祖父から町の長屋を遺産として相続することになる。管理人としてその長屋に訪れてびっくり。なんと住人が全員若い女なんだよ! こいつは売れるぜえ!(両手を広げてみせる)」
「馬鹿な! そんなの非現実的すぎる! 確率論的にありえない!」
「だがある日空から女が降ってきてもうモテモテという話よりはありそうだろう」
「それは比較にすぎませんよ」
「そう、しかし虚構の世界にどっぷりつかった連中にはそれがわからない。同じ車両に毎朝乗り合わせる二人が恋仲になるといったことも現実的にははっきりいって無いんだが、その虚構の持つ『ありそうだ』という部分がやつらのやつら自身を破滅させ続けてきた、やつらをすべての社会機構から外れさせてきた、不都合なことは見えない、盲目な楽観論で構成された頭脳をもしかしてと期待させるのさ」
「しかし、それでは、それでは、まるっきり白痴じゃないですか!」
「あれ、知らなかったの? 白痴なんだよ。ゲームやらアニメやらっていう商売は、システム的に最少人数でまわる、完成してしまった社会における大半の余剰の人員の中の、更に余った社会に不要な人間の不満のガス抜きをするための装置に過ぎないんだよ。精神的なせんずりの手助けとかわんねえんだよ。やつらは期待し続けるのさ。もしかしたらこんなことが次に俺にも起こるかもしれないってな。そして俺達の虚構が与えるわずかの希望にすがって、絶望的な現状に完全に絶望して死んでしまうこともなく無意味に生き続けて、俺達の上にカネを落とし続けるのさ。その無意味な命がつきるまでな。けけけけ」
「(膝の上で拳を握りしめ)私は、私にはそこまで割り切れません…」
「だからおまえらはいつまでたっても三流なんだよ。(黒目と白目が反転した気狂いの記号の目で)せいぜいいい夢見させてやろうぜぇ。やつらの精神とチンポが完全に充足しない程度に満足して、次の作品にもその次の作品にもやつらおたく共が生きている限り永遠に俺達にカネを貢ぎ続けるような、地獄のような夢をよ! ハハハ、アーッハッハッハッハ」
「高須さん」
「(憔悴した顔で振り返り)なんだ」
「我々は、最悪の悪魔と取引をしてしまったのではないでしょうか」
「他にどんな道があったっていうんだ。(自分に言い聞かせるように小声で)これしかなかったんだ。これしかなかった…」
「(遠くから大声で)おぉい、何してんだよ! 早く車まわせよ! 今日は前哨パーティだ! 赤坂で一番高い店を用意させろ! なぁに、すぐに俺が全部取り戻してやるさ! ほっといても可哀想なおたくたちが俺にカネをくれるようになってんだ! いひひひ、 これだからこの商売やめられないぜ!」
無人のビルの谷間を蝶ネクタイ型のマイクでしゃべりながら遠くから一人の少年が歩いてくる。
「げに恐ろしきは殺人天国日本。一万人殺せば英雄で、一人殺せば商売になる。鉄道会社も喜びいさんで殺人商売にタイアップ。日本縦断殺人旅行。殺せ殺せ、みんな残らず殺してしまえ!」
バス停脇のベンチに座っていた男が横倒しに倒れる。その後頭部に深々と細長い針が突き刺さっている。
「役に立ったよ隠れ蓑。だって子供にゃ権利がない。経済大国日本じゃ、金の量が権利の量。金を持たない子供には、何の意見も認めません。さぁ、思う存分殴れ殴れ。おまえが子供だったときにやられたように、蹴って殴って脅迫しろ、『今夜のご飯はぬきです!』。なァに、心配はいらない。世間様には教育だと言っておけ!」
街灯から茶色のコート、帽子を身につけた小太りの男がロープで吊り下げられている。周囲にただよう異様な臭気。
「無能を養う余裕なんて、今の日本にゃありません。死ねば権威は糞まみれ。どんな権威も糞まみれ。民間人にだしぬかれ、次から次へとだしぬかれ。あるのは逮捕の権利だけ。そのくせ俺のような最悪の、殺人者をのうのうと泳がせて。おかしいねえ!」
禿頭のビール腹が白衣を血に染めて道端に転がっている。
「どんどん発明殺人マシーン。在野の科学者、本当かい? 人を見る目がなかったのが、致命的な失敗よ。あなたにもらったスニーカー、増強されたキック力。なんどもなんども蹴り上げられて、大人の威厳もどこへやら。中年は、血にまみれても中年です。やだねえ、しまらないねえ!」
少年、スクランブル交差点の中央で立ち止まる。昼間だというのに人ひとりいない。
「さて…」
少年の足下に一人の女性がうつぶせに倒れている。
「ここに一つ死体があります。彼女の背中からは包丁の柄が見えており、その刃は心臓にまで達していると思われます。まず彼女が自分で背中に手をまわして突き刺したとは考えにくい。女の力、物理的にもそれは不可能でしょう。これは明らかに他殺です。犯人はいまだ見つかっていません。いや、それ以前に警察が動いていない。これほど明確に人が死んでいるというのにです。警察が動かない以上、犯罪ではない。あなたたちの大好きな完全犯罪の成立です! しかしどうして? 平日の昼間、いちばん人目につくだろうこんな大都会のど真ん中という最も密室とはかけ離れた場所で、最も密室であるような状況が発生している。ふふ、悩んでいますね。私にはこの謎がすでに解けています。さァ、僕からの視聴者のみなさんへの挑戦です。犯人はいったい誰なのか。また、犯人はいかにしてこの完全犯罪を成し遂げたのか。答えはCMのあとです。(カメラ目線で指さしながら)君にこの謎が解けるか」
画面が砂嵐になり何分か続く。
「犯人は……私です。これは簡単ですね。なぜってこの物語のヒロインたる彼女の実存を抹消してしまうことのできるのは、作者をのぞけば、彼女よりも虚構内での位相が上位の私をおいて他ありえませんから。昨晩私は彼女の恋人をかたり、彼女をここへ呼びだした。彼女はまったく疑う様子もなくやってきた、その恋人にぞっこんまいってしまっていましたからね。そして交差点にひとり来るはずのない恋人を待つ彼女を、背後からあらかじめ用意しておいた出刃包丁でぶすり、とこういうわけです。ひどく苦しむものだからこいつの(蝶ネクタイを見せる)麻酔で眠らせてやりました。二度と醒めることのない眠りを眠らせてやったんです。ハハハハ。ああ、おかしい(目尻の涙をぬぐう)。しかしここまで聞いてみなさんは不思議に思うかもしれない。なぜそこまであからさまな殺人でありながら誰にも気づかれていないのか。じつは非常に簡単なのです。奇想天外なトリックを予想されていた方、申し訳ない。我々はこれまでの十億回になんなんとする連載の果てに、日本人口一億二千万人すべてを、あらゆるトリックでもって殺人しつくしてしまったのです! これが目撃者ゼロの真相です。警察も動きようがない。なぜってその構成員すべてが何らかの殺人事件の被害者になって、死んでしまっているんですからね。最後まで残った毎回物語に絡んでくるメインキャラクターたちは私が殺しました(カメラが引いて、交差点の信号の上に小学生三人の死体が乗っているのが画面に写る)。彼女と同じ理由から私が殺さねば死ななかったからです。なるほど、ここまではよくわかった、だが動機は何なのか。ええ、ええ、それを疑問に思うのはもっともです。動機は…あなたたちが一番よくおわかりのはずでしょうに。この日本においていったん語られはじめた虚構は、それが金を生む限りは語られ続けなければならないからです。あなたたちは一億二千万人殺しても飽き足りない。あなたたちは人死にが見たくて見たくてしようがない。(大声で)バカヤロウ! おまえたちのお望みどおりに死んでやろうじゃねえか! (ふところから拳銃を取り出しこめかみにあてる)見てろ、見てろよ…(少年の膝頭が次第にふるえだし、ついには失禁する)ヒヒィ、ヒヒヒヒィ、ヒィ…いやだ、いやだぁっ!」
少年、拳銃を捨てて駆け出す。
「(鼻水と涙で顔面をぐしゃぐしゃにしながら)やだ、やだよぅ、死にたくないよぅ…(後ろを振り返り目を見開く)ぎゃあっ、ぎゃああああっ」
少年の胴が突然まっぷたつになる。吹き出す大量の血。やがて完全に静かになる世界。
以上の内容の原稿が乗った作者の机が実写で大写しになる。
けえかほおこく1――×がつ○日
キニスキーせんせえわぼくが考えたことや思いだしたことやこれからぼくのまわりでおこたことわぜんぶかいておきなさいといった。それわぼくがこれいじょうわるくならないためにひつようなんだそーです。きょおわさっきよーこがやってきてぼくのしたぎをもってかえった。よーことゆーのはむかしのぼくの知りあいなんだそーです。いっしゅかんほどまえからずっとぼくのせわおしてくれています。よーこはぼくのことおやぶきくんとよびますがそれがぼくのなまえなんだろーか。よくわからない。よーこはとてもびじんです。よーこのことを考えるとちんちんがかたくなる。
けえかほおこく2――×がつ○日
まえがみがうっとーしくてテレビが見にくいのでよーこにきってもらった。なぜかきりながらよーこは泣いていました。きったかみの毛をよーこわビニルぶくろにいれてもってかえった。ぼくわばか人げんなのでわからないことがおおい。
けえかほおこく3――×がつ○日
ものを考えるのがめんどおくさい。さいきんわおんなのひとの出てくるゲームばかりやっている。よーこなんかとはぜんぜんちがうおんなのひとだけどすごくこうふんしてちんちんがかたくなっていたくなります。キニスキーせんせえはそれはギャルゲーとゆうんだとゆいました。ぼくわひとつことばおおぼえてかしこくなった気がしてきぶんがいい。ギャルゲーはとてもおもしろい。ギャルゲー。
けえかほおこく4――×がつ○日
きょおよーこがビデオお見せてくれました。ビデオのなかでおとこのひとがふたりなぐりあっていた。よーこがゆびさして「これがやぶきくんよ」とゆいましたがすごくこわい目おしていた。ぼくわそんなひとわ知らないです。ぼくわそのおとこのひとお見ているとこわくなってそのおとこのひとが見えないよーによーこのうしろにかくれた。よーこはぼくのあたまをなぜながら「わたしがわるかったわ。いいのよ、やぶきくん、いいの」とゆって泣きました。
けえかほおこく5――×がつ○日
となりととなりのとなりのへやのホセとカーロスはここでしりあったともだちです。ふたりともがいじんで(メキシコとゆうくにだそーです)日本ごがあまりわかってないのだけどぼくもわかってないのでちょおどいーです。ぼくたちわよくギャルゲーをこうかんしたりギャルゲーのはなしでもりあがったりする。でも3にんのなかでわぼくがいちばんかしこい。
けえかほおこく6――×がつ○日
きょおわぼくのしりあいというひとがおみまいに来ました。すごく大きなおとこのひととこがらなおんなのひとです。おとこのひとわへやへ入ってくると「ジョー、わいや。マンモスにしや。こんな変わりはてたすがたになってもおて」とゆってぼくのておとって泣きました。おんなのひとわへやのいり口のところでずっと下おむいていた。よーこにきいたらふたりわふうふなんだそーです。こんな大きなおとこのひとのちんちんがあのこがらおんなのひとをまいよつらぬくのかと思うとぼくのちんちんわかたくなった。それをよーこにゆったらよーこわ泣きながらぼくのかおおてのひらでたたいた。ぼくのちんちんわなぜかもっとかたくなりました。ぼくにわしらないしりあいがおおい。
けえかほおこく7――×がつ○日
さいきんいやなゆめお見る。まつげがばしばしのおとこのひとおぼくがなぐりころすゆめです。そんなときわよーこわすごくやさしくなってぼくおなぐさめてくれます。よーこのむねわやらかくていーにおいがしてとてもあんしんする。
けえかほおこく8――×がつ○日
きょおカーロスのへやえあそびに行ったらカーロスがまどべでたそがれていました。どーしたのかぼくがきくとカーロスわテレビおゆびさしました。テレビにわすごい大きな目おしたアニメのおんなのひとがうつっていた。カーロスわがいじんなのでときどき考えていることがわからない。
けえかほおこく9――×がつ○日
きょおのあさトイレに行こーとして下におりたらびょーいんのいり口のところにくろいぬのでかた方の目おかくしたおとこのひとが立っていた。あのひとわよくびょーいんに来るけど、よーこがいつもおいかえしてしまう。いちど「ジョーにあわせろ」と大ごえでゆいながらびょーいんのロビーであばれているのお見たことがあります。よーこわあのひとのことがきらいみたいだ。ゆうがたトイレに行ったらまだいた。なんだかむねがざわざわしておちつかない。
けえかほおこく10――×がつ○日
ホセにわおくさんとこどもがいるそーだ。よーこにきいてびっくりした。
けえかほおこく11――×がつ○日
きょおまどのそとおみたらちいさなこどもたちがたくさんならんでこっちのほうお見ていた。ぼくがまどおあけてかおおだすといちばんちいさなおんなのこがこえおあげて泣きだしました。ぼくわびくりしてあわててまどおしめてカーテンおしめてしまった。あのこたちわいったいなんだろお。
けえかほおこく12――×がつ○日
きょおホセのへやにすごいびじんのおんなのひとが来ました。あれがホセのおくさんなんだろーか。そんでしばらくしたらすごいおとがしてはな血おふきながらへやからころがりでて来ました。よくわからないことばでなんかゆっていた。よーこにきいたらあれはえいごで「りこんよ、りこんよ」とゆっていたのだそーです。あとでホセにはなしおきいたら「マルチのおはなしでかんどーてきなところだったのにリセットおおしたからなぐった」とゆいました。
けえかほおこく13――×がつ○日
きょお中にわで日なたぼっこをしていたらほっぺたにすごいきずがあるおとこのひとがちかずいてきてぼおしおぬいで「やぶきさん、おひさしぶりです」とゆいました。ぼくわすごくこわくなって立ちしょうべんおもらしてしまった。ぼくが泣きながらよーこよーことゆうとおとこのひとわかなしそーなかおで「やぶきジョーはもうしんでしまったんですね」とつぶやいて行ってしまった。ぼくわしんでいない。
けえかほおこく14――×がつ○日
きょおホセとカーロスとけんかおしてしまった。ホセとカーロスとぼくでトゥハートだんぎおしていたらぼくがあかりがいいとゆったらホセもあかりがいいとゆってカーロスもあかりがいいとゆったからだ。ぼくわかっとなって「おまえたちわがいじんなんだからレミィだ」とゆったらホセとカーロスわまじぎれしてそれから3にんでそうぜつななぐりあいになった。とめに来たびょーいんのひとが20にんくらいまきぞえおくった。よーこがてあてをしながら「まったくあなたたちは。よがよならこくぎかんをまんいんにできるカードね」とゆって、わらいながら泣いた。よーこの泣くのお見るとむねがいたくなる。よーこにわ泣かないでほしい。
けえかほおこく15――×がつ○日
きのおたくさんなぐられたせえかきょおなにおしたのか思いだせません。さっきテレビでうつっていたおんなのひとのはだかだけしか思いだせない。おんなのひとのはだかお見てもさいきんわちんちんわかたくならないです。ギャルゲーおするとかたくなる。なぜだろお。
けえかほおこく16――×がつ○日
きのおよなかに目がさめてトイレに行ったらキニスキーせんせえのへやのとびらがあいていた。なかお見たらはだかのよーこがキニスキーせんせえにぜんしんおまさぐられていた。キニスキーせんせえのいもむしみたいな毛むくじゃらのゆびがよーこのまっ白なからだおはいずりまわるのお見てぼくのちんちんわかたくなりました。そしてやらかくなってまたかたくなった。とちゅうよーこと目があった気がするけどきのせーだと思う。そんでトイレでうんこおしてへやにもどったらほっぺたがぬれていました。なぜだろお。
けえかほおこく17――×がつ○日
ぼくわきょおここおでていこーと思います。ぼくわギャルゲーだけおしていたい。ここにわよーこやキニスキーせんせえやホセやカーロスやぼくのしらないしりあいのひとやぼくにわしんどいことがおーすぎます。ぼくわギャルゲーだけがありばいーのです。ギャルゲーわぼくおどーよーさせません。ギャルゲーのおんなのひとわぼくみたいなばか人げんでもびょーどーにあいしてくれます。げんじつわギャルゲーよりもおもしろくありません。ぼくわもうげんじつわいらない。
ついしん。どおかキニスキーせんせえにつたいてくださいひとがわらたりともだちがなくてもギャルゲーおわりくしないでください。ひとにわらわせておけばギャルゲーおあそぶのわかんたんです。ぼくわこれから行くところでギャルゲーおいっぱいあそぶつもりです。
ついしん。どーかついでがあったらホセとカーロスにトゥハートのCGおぜんぶあつめたメモリーカードおやてください。
「(砂をいっぱいにつめたビール瓶ですねを叩きながら)ついに追いつめたぞ! ぼくの兄さんをもうほとんどムエタイという問題では無いような両足を縄の如くねじりあげてする九十日殺しで殺し更には個人の暴力だけで世界支配をもくろむ発展途上国だからの猶予で娑婆の空気の恩恵を授かっている最悪の誇大妄想狂であるところの白人を基準とした場合やや濃いめの肌色を有するコブラの頭飾りをつけたニシキ蛇会総帥め!」
「(屹立したチンポの勢いでマントをぶんぶんひるがえしながら)こわっぱめ! まだ生きておったのか! 雇うのはカマキリの頭飾りをつけたゴム人間など病院収容一歩手前の変態ムエタイ選手ばかりなので組織の資金源の九割を占めてしまっているところの俺が日本にようやく作った幼女がその身体の隅々までの閲覧を許す奔放さでかけずりまわり成人男性はせんずりまわる類のビデオの販売ルートを横取りしようとした兄のように殺されに来たか!」
「(つまようじで歯の隙間をせせりながら)シーッ、ハーッ! ぼくはあの頃のぼくじゃない! 成人女性に欲情してチンポを屹立させついでに成人に達していない幼女にも欲情してチンポを屹立させる一人前の格闘家だ! それを証拠に、見ろ! (トランクスをずり降ろす。マモォール鳥の頭飾りをかむった湯気をたてるキャノン砲が姿をあらわす)」
「(目を細めて)ほほう、少しはやるようになったというわけか。ならばそれなりの礼をもって迎えねばなるまい…(背後に向けて)いでよ、サンボ三兄弟!」
「ははーッ!(舞い上がる砂煙の中から三人の男が姿をあらわす)」
「この小僧を始末しろ」
「待て、おまえのかむっているコブラの皮はおまえの下の皮をも暗示しているのだろう!」
「ぬぬぅ、ロリータめ! いきがりおって!(男の下半身が凄まじい勢いで屹立し、少年ののどを突く)」
「(吹き飛ばされる)ぐええっ」
「(マントをつけなおして)おまえと俺とにはまだ天と地ほどもの実力差があるということだ……あとはまかせたぞ」
「小僧、立て。俺達サンボ三兄弟が相手だ」
「(のどを押さえて立ち上がりながら)くくっ。三人がかりとは卑怯な」
「ふふ、安心せい。おまえと戦うのは一人だけだ。いくぞ! はーッ!(一番体格の大きな男が飛びかかり、裂帛の気合いとともにチンポを突き出す)」
「おわ~っ!(かろうじて身を起こし、自前のチンポで敵のチンポを受け止める)」
「きぃん」
「(暑苦しく荒れた肌の顔を近づけながら)よくぞかわした。初太刀でしとめられないのは久しぶりだよ。だが我々三兄弟の真の恐怖はこれからだ…(残った二人に合図を送る)やれ!」
「まかせろ、兄者!(二人で例のリズムをハミングし始める)」
「(右手で額を押さえて)な、なんだ、このリズムは…単調で麻薬的な…だめだ、これを聞いちゃだめだ…(両手で耳をふさぐ)」
「(両手で少年の頭を抱え込み)ボディががらあきだぜ、ボウヤ。(リズムに合わせてみぞおちに膝蹴りをたたき込む)サンボッ、サンボッ」
「(ハミングして)サンボッ、サンボッ」
「だ、だめだ、ハミングする二人の胸の筋肉の上下が気になって脱出できない…!!」
「(リズムに合わせてみぞおちに膝蹴りをたたき込む)サンボッ、サンボッ」
「(ハミングして)サンボッ、サンボッ」
「(血を吐きながらその場にくずおれる)兄さん…そこにいるのは兄さんかい…? 花畑でたくさんの幼女に取り囲まれて…笑ってる…ああ、兄さんはいま幸せなんだね…兄さん…ぼくも、そこへ…」
「(三人で手をつないで扇形に広がって)サンボ三兄弟、サンボッ!」
ここは神の子羊たちが集う人里離れた衆道院。今日の彼らはどんな騒ぎを巻き起こしてくれるやら。
「やばいよ、ブラザー三島。謝っちゃおうよ、ねえ」
「ほほほ、友達の忠告は聞くものよ。あなたがこの便所の床に額をすりつけて『私が悪うございました。二度とファーザーグレゴリウスを誘惑するような真似はいたしません』とさえ言えば、私たちにもゆるす用意が無いわけではないのよ」
「(毅然と)人間の心は常に自由であるべきです! 私がファーザーグレゴリウスを慕わしく思う気持ちも。あなたたちのような最低の暴力に屈する気はありません!」
「(色めきたって)なんだと、このガキ」
「(青ざめて)ぶ、ブラザー三島」
「(低いドスのきいた声で)まぁ待ったれや、おまえたち…立派やないか。だが口だけでおきれいな理念を語るのはどこの白痴にでもできるこっちゃ。いったん口から出たことにはちゃぁんと責任を取らなあかん。それが大人っちゅうもんや。おまえの覚悟がホンモノかどうか試したろ…(ブリーフから刃物を取り出す)」
「きゃあっ」
「こいつはカミソリの刃二枚の間に一円玉をはさみこんだ代物や。(刃物を舌で舐めながら)こいつで切られたらちょっと切ないめにあうでぇ。数ミリの幅で平行に走る二本の傷跡は縫うこともでけん、一生もぐら穴のような傷が顔面に残ることになるんや。こいつの前ではどんな人間も演技をやめて、惨めで臆病な本当の姿を見せてくれる…(ドスのきいた声で)ちょっと踏めるツラしてるからてええ気になってるんやないで! さぁ、ワビ入れるなら今のうちや。最後通告やで、兄ちゃん」
「(泣きながら)ブラザー三島、ブラザー三島ぁ」
「あら、聞こえなかったんですの。私はあなたたちのような下劣な畜生にあけわたすプライドは持ち合わせていません!」
「(後ろに控えていた手下に合図して)おい、こっち引っ張ってこい」
「押忍」
「(葉巻に火をつけさせながら)まったく馬鹿が多くて困るわ。俺もできればこんなことはしとうないんやがな…」
「ぎゃああああっ」「ち、ちくしょう、こいつ、やりやがった!」
「な、なんや、何事や」
「(弁髪の先端に装着した鎖がまを振り回しながら)どうやら喧嘩を売る相手を間違えたみたいやな、おっさんら」
「その口調、おまえはいったい…」
「八州衆道連合二代目総長・三島逝夫とは俺のことよ!」
「ば、馬鹿な。あの伝説のヘッドがこんな片田舎の衆道院に収まっているはずが…!!」
「フカシや、フカシに決もとる。たとえほんまやとしても数ではこっちが勝っとるんや! やれ、いてもうたれ!」
「弱い犬ほど牙を見せたがる…(凄惨な目で睨んで)この始末、おまえらの命だけで済むと思うなや! (飛びかかろうとする寸前、便所の床に薔薇が突き刺さる)むっ」
「双方そこまで。聖アヌス衆道院規則第28条4項「院内デノ暴力沙汰ハ直腸ノ人為的閉鎖ヲ以テ是ヲ処罰スル」(白いスモークの向こうから顔を赤いマスクで覆い隠した全裸の男が薔薇を背負いながら馬にまたがって登場する)」
「アァ? なんだイカれた野郎は。邪魔するんじゃねえ!(手下の一人が馬上の男に襲いかかる。が、その間に青いマスクをつけた全裸の男が立ちはだかり自在に動く弁髪で手下の首を締め上げる)」
「ぐえええ」
「そのへんにしておあげ(青いマスクの男その場にひざまずく)」
「は、はわぁ、青い従者をしたがえ薔薇とともにあらわれる、あの男はまさか」
「どうした、ブラザー山本。何か知ってるのか」
「おまえもその名前は聞いたことがあるやろ、院内の風紀乱れるときその男はあらわれる、聖アヌス衆道院の実質的支配者…」
「ま、まさか……綱紀粛正委員会!」
「あれはその実行部隊の長に間違いないわ…なんで、なんでこんなこぜりあいに委員会が動くんや!?」
「わからねえよ! 逃げるんだ、とにかく逃げるんだ!」
「あ、待ってくれぇ!(全員が蜘蛛の子を散らすように逃げていく)」
「(ブラザー三島の後ろに隠れて)ど、どうしよう」
「怪我は無いようですね」
「どうして私たちをを助けてくれたんです?」
「あなたを、です。あなたはとても興味深い人材だ、ブラザー三島」
「何をおっしゃっているのかわかりかねます」
「(肩をすくめて)ふふ、あなたのチンポに惚れた、とでも言っておきましょうか。また会うこともあるでしょう…(馬の首を返す)」
「あっ、待ってください。せめてお名前だけでも」
「(肩越しに)名乗るほどのものでもありませんが、人は私をこう呼びます、”男色男爵”。はいやーっ!(馬の尻に鞭を入れる)」
「ぱからぱから(遠ざかる蹄の音)」
「(その場にへたりこむ)た、助かったぁ」
「(つぶやいて)男色男爵様…とても懐かしいような…どこかで一度会っているような…かれはいったい何者なのかしら…」
私とかれは特に親しい間柄というわけではありませんでした。その交際の頻度やかれ自身がどう思っていたかにかかわらず、かれは私にとって腹蔵なく話せる種類の人間ではなかったのです。かれはその、つまり、ある種のマニアでした。様々のものを収集し、それがつもっていくことに精神的な満足を抱いているようでした。私はかれの持つとある品物に興味を持っており、それがかれとの交際を続けさせる唯一の要因でもあったわけなのですが、それらのすばらしさにかかわらずかれという人間は私に少しの魅力も感じさせ無かったのです。むしろ私はかれといるときにしばしば不快さを感じていたことを認めなくてはならないでしょう。かれの収集癖は自分自身の人間的魅力の無さへの意識的か無意識的かの認識から生まれた、かろうじての防衛策であったと言えるかも知れません。自分の存在を成熟したものとして確立できなかった人間はしばしばこういった馬鹿げた性癖を手に入れているものです。それはむろん代替物に過ぎないのですが、かれらにありがちな周囲との折衝の無さからでしょうが、今まで失敗せずに機能してきたのでまったく正しいものだと思いこんでしまっているのです。
その日、じつに一ヶ月ぶりに――私には仕事があり、かれには無いからです。生活基盤の違いは人間関係に如実に影響を与えるものです――かれの私が密かに呼ぶところの”ねぐら”へ訪ねました。築何十年経とうかという、薄汚れた湿っぽいアパートメントの二階の一番奥の部屋がかれの住処です。郵便受けには大量のチラシがつっこまれており、外にまではみだしています。私はいつものように粘つくドアノブにハンカチをあてると、深呼吸をひとつしてからゆっくりと扉を押し開き、中へと入りました。かれが外出することは年に何度もなく、私以外の訪問者は宗教勧誘員くらいで――セールスマンはこの界隈にはよりつかないのです――私のこのような不躾な訪問はほとんど暗黙の了解となっていました。
「おい、いるかい」
私は答えの明らかな質問をわざと口にしました。私とかれの複雑な関係は、それ以下のよそよそしさもそれ以上の親しさも私に許さなかったからです。床にはその、つまり、ある種のマニアックな雑誌や私には意味を持たない様々の物体が積み上げられていました。それらの中で日本経済新聞だけが私にとって認識可能なものでしたが、かれがこの新聞を購読しているのはゲーム業界の今後の動向を知るためなんだそうです。日々親からの仕送りで生活する、大学は9年目に放校され、現在いかなる職にもついていないかれが、どうしてゲーム業界の動向を知らねばならないのかは私にはわかりません。一度かれに尋ねたことがありますが、「まぁ、君、ディレッタントの宿命というやつだよ」などとはぐらかされました(かれはこの手の自分は何でも知っていると見せかけようとするやり方がたいへん好きなのです。そんなときのかれはいつもニワトリのような顔になります)。奥に進むにつれ視界は奇妙な白い薄もやにさえぎられ、バックミュージックは階調を下げておどろおどろしさを増します。この白いもやの正体について私は一度かれに尋ねたことがありますが、「まぁ、君、ブレードランナーみたいだろ」などとニワトリのような顔ではぐらかされました。私はおそらく何かの動物の死体が発酵して吹き出すガスではないかと推測していますが、真相を確かめる気はもちろんありません。
「おい、いないのかい」
玄関奥の四畳半がかれの部屋です。ビデオデッキが縦向きに十台以上積み上げられ、壁には地肌が見えないほどポスターが貼られています。ポスターにはほとんど奇形といってもいいほどにデフォルメされた女性の姿が描かれています。記号として人間をとらえる芸術としてのそれらの完成度の高さを否定するつもりはありませんが、かれはその、つまり、恐ろしいことに、これらの簡略化された人間のパーツの組み合わせに、あろうことか、欲情を感じるらしいのです! 私はそれを信仰者がする重大な告白のようにかれがうち明けたときのことを思いだし、軽いめまいを感じて目をそらしました。窓は分厚いカーテンに遮られ、昼間だというのに少しの光も入ってきません。暗闇のただ中に数台のモニターがぼうっと光を発しています。そこに写っているのは……私はモニターを見ないようにし、なお呼ばわりました。
「おい、僕だよ。いないのかい」
うめき声が足下から聞こえました。私はかれの醜怪な顔面を踏みつけにしていたのです。帰りにコンビニで換えの靴下を購入せねばと苦々しく思いながら私はかれを助け起こしました。かれは驚くことに、泣いていました。感情を、真に自分が感じている感情を他人に知られることを恐怖して、いついかなる瞬間にも、まばたきの一つでさえも軽躁的な演技でやり、現実から身をかわして生きているかれがその醜い顔をさらにゆがめて、誰からも同情を与えられることのない奇怪な様子でさめざめと泣いているのです。私は何かが壊れようとしているのかもしれないと感じました。かれは突然手に持っていたゲームのコントローラーをビデオラックに投げつけました。危うい均衡で本来の収容量以上を納めていたラックから大量のビデオが床に雪崩落ちました。
「もうこんなのはたくさんだ。こんな地獄のような個人主義はたくさんだ。誰か俺を巻き込んでくれ。俺はつながりたいんだ。俺は世界との関係を回復したい。誰でもいい、誰か偏見に満ちた思想で、全体主義的な有無を言わせない圧倒的なやり方で俺の存在が社会の一部を構成する部品に過ぎないことを教えてくれ。俺をあのマスゲームに埋没させてくれ。俺の脆弱な現実をこっぱみじんにうち砕いてくれ。自我が際限なく肥大していくんだ、俺が世界の中で唯一無二の実在であるという妄想的な確信にまったく疑問を感じない瞬間が日々増えていくんだ。もう、いやなんだよ、こんな嘘に囲まれて、ネット上で虚構の美少女たちを論評している自分が、やつらが、たまらなくいやなんだ! 誰か助けておくれよ…誰か…やめる、こんなことはもうやめるから…お願いだ…」
これは革命でしょうか。もしかれの発した今の言葉がかれの現実とまったく一つになることがあるとしたら、それは革命の達成でしょう。ですが私は知っています。こんな演劇のような、一時的な感情の高ぶりによる革命は決して続かないことを。瞬間的な演劇空間の成立による革命の意識は日常を裏切っています。けれど私はあえてそれをかれに告げようとはしませんでした。私はかれの友人ではないからです。私は代わりに崩れたビデオの山を指さし、言いました。
「それでは君にはあれはもう必要なくなってしまったわけだ。決心がにぶるとよくない、私があれらをもらっていってもかまわないだろうか」
かれは泣きながら言いました。ああ、持っていってくれ、今すぐ持っていってくれ。私はかれの言葉が終わるのを待たずに手持ちの鞄にビデオをつめるとそそくさとその場を後にしました。二度と訪れることのないだろうかれの部屋を出ていったのです。久しく経験しなかった激しい感情の動きに疲れたかれはぐっすりと夢を見ない眠りを眠り、やがて目を覚まして自分の行動を身悶えするほどに後悔するでしょう。ですがその過失を埋め合わせる機会は永遠に来ないのです。なぜならかれは私の住所も、電話番号も、名前さえも知らないのですから!
それからの私はと言えば、かれと私をつなぐ唯一の絆であった、今や私の所有物となったあのビデオ群を毎日存分に楽しんでいるんですよ。童女たちのあられもない乱痴気騒ぎをね。ひっひっひ。