わたしはいま、巨大化した曙さんの足裏と床のあいだにいます。わたしは自閉症なので、胸部を圧迫されることにつよい安堵をおぼえました。本棚と床の隙間からは、きのう轟沈したはずのまるゆさんがうらめしそうにわたしを見ています。魚雷で大破した頭蓋から、脳漿がまざってドロリとした赤い液体が床を流れてきました。まるゆさんの両目は樹木のうろのようで、わたしはひどくこわくなりました。ドロリとした赤い液体がわたしのほおにふれ、わたしは気を失いました。
目をさますと部屋は真っくらになっていて、曙さんもまるゆさんもいなくなっていました。身体を起こそうとすると、ほおがフローリングの床にはりついているのがわかりました。つけっぱなしのモニターが暗やみにちかちかと明滅しており、なにやらパン助のあげるようなあで声が聞こえてきます。えいと声をだすと、べりりと床からほおをひきはがしました。床はいちめん赤かったのですが、わたしの顔があった部分だけ木目が見えていました。ほおをさすりながらモニターへ目をやると、大小さまざまの女性が水面をアイススケートのようにすべっていました。奇形的なまでに大小さまざまで、股下すぐから両足を露出しているというところだけが共通していました。あと一センチ丈をつめればぜんいんのオソソが露出しそうなほどで、年来のガイノフォビアがまたぶりかえすような気がしました。画面からはイズミヤでかかってるみたいな音楽がずっと流れており、女性たちの会話は「パンぱカパン」「こコはユズレませン」などまったくかみあっておらず、ああ、彼女たちも自閉症なんだな、と思いました。
いつのまにかだれもいなかったわたしの部屋は人でいっぱいになっていました。さいしょはみんな気まずそうに黙っていたのですが、大御所ふうの漫画家のような見かけをした人影がすっくと立ち上がり、「カンコレヨキカナ!」と声を裏がえらせて絶叫しました。するとホッとしたような空気がまわりに流れて、「フツウニリョウサク」「オレハジュウブンタノシメタ」などのつぶやきが聞こえはじめました。画面に視線をもどすと棒立ちの黒い人物を女性たちがとりかこんで射撃の的にしており、どう目をすがめてもわたしには気のくるった出しものにしか見えず、染色体のすくない我が子をくちぐちにほめたたえる学芸会の保護者席に混じった子無しみたいな気持ちになりました。
すると、だんだん頭がグラグラしてきて、わたしはまた気をうしないました。目を覚ますと、わたしは巨大化した曙さんの足裏と床のあいだにいました。天井と本棚の隙間からは頭蓋を大破させたまるゆさんがニコニコとわたしを見下ろしています。わたしは自分の気がくるっていなかったことがわかり、胸部を圧迫される安堵とあいまって、眠るような心もちになりました。