猫を起こさないように
月: <span>2011年7月</span>
月: 2011年7月

塔の上のラプンツェル


塔の上のラプンツェル


ピクサーがここまで大きくなったのは、ダビデとゴリアテの昔から、みんな驕れる巨人を倒す小人の話が大好きだからだ。しかし、驕らない巨人、休まないウサギが勝負にさえ見えないレベルで圧倒的に勝ち続けるという状況が世界の大部分を占めることは覚えておいて欲しい。君たちは為政者側が提供する弱者慰撫の寓話に騙されてはならない。閑話休題。「魔法にかけられて」を作ったことでいよいよディズニーは両目が開き、二つ目の千年紀に突入したのかもしれぬ。本作ではディズニー定番の恋愛劇の裏側で、原作の持つしたたるような毒が希釈されずに保持されている。見たくない者には見えない場所に配置したことで、観客を選抜せずに物語へ厚みを与えることに成功したのだ。アングラ劇の陥りがちな、過激化で少数を選抜しその少数をさらにコア化するという手法とは真逆であり、己の出自を強く誇る胸を張った王道感が素晴らしい。「予を誰と心得る。ディズニーであるぞ。かような姑息の勝ちは我が覇道を昏くする」といった台詞が、公家っぽいボイスですぐ耳元に再生されるようだ(幻聴です)。指摘するまでもないが、この物語は母と娘の間にまま生じる深い共依存、さらには相姦関係を描いており、「仲良しの、友だちみたいな母娘って、なんか気持ちワリーな」などと漠然と感じている全国六千万のマスオさんは、その漠然とした違和感を明瞭化するために、サザエさんとともに視聴するとよい。サザエさんは表層に目を輝かせ、マスオさんは裏の本質に呻吟する状況を世紀末覇者・ディズニーが想定していたとすれば、実にパンクだ。けど、ゴムみたいなチューはいただけないと思った。作り手のフェチを強要されていると感じるぐらい淫靡な髪の毛の描写と対照的で、ラバーメン感がものすごい。もっとこう、フワッとマシュマロみたいなチューをせんかい。

MMGF!(8)

無為を教育と称し、停滞を伝統とうそぶき、日々の研究は車輪を再発見し続ける。
過去から消費することで、少なくとも己の数十年を終えるまでは、微温的な日常を永続させたいと願う。
膨大な過去が尽きるのを予見したとして、己の現在と重なる可能性がないならば、あえてそれを指摘することはない。
結局、若いぼくが批判していたのは、我が身の未熟さから発した目に見える達成を求めてのもがきと、岩が岩のように練磨されていく様子とのギャップにこそあったのだと気づく。
学園の結論は、ぼくを失望させなかった。
ならばいまこそ、ぼくが学園を失望させてはならない。
「それでは、グラン・ラングによる大規模エンチャントの連動テストを開始します」
グラン・ラングで音素を風にはらませ、体技科メンターを中心に編成した各部隊へ指示を送る。受けとることは誰にでもできるけど、発信にはグラン・ラングが必要だ。
言語学科の総勢は二十名を超えるが、グラン・ラングの運用に関して言えば実働できる人数は限られてくる。双方向の密な通信が不可欠な体技科長とスウ・プロテジェの部隊、さらにいくつかの防衛拠点を選び、同僚のメンターたちを配当した。
「それぞれの隊のリーダーは、作戦図通りの配置にあることを確認してください。用いる施術の性質上、二度の試行は不可能です」
まあ、本当のところ性質上というより、ぼくのいまの能力ではなんだけど。
指示を出す者として、不正直さに寛容であれるほど年をとっていることは、この際メリットと考えよう。
長方形に切り取られた空の下で、風にゆれる大樹が短い影を投げている。
かつて学園の中心であった中庭を、ぼくは大本営として選択した。
もちろん、防衛のしやすさや指揮をとる上での利便性を加味するならば、ベターな場所は他にいくらでもある。だが、頭で考えた論理的な筋道や保険というヤツをぼくはすべて放り投げた。
古代人たちが要地として選び、遺跡の少女のお気に入りで、グラン・ラングを話す知性体との交渉が行われたここには、何か特別な意味合いがあるに違いないと感じたからだ。
つい数日前までならば、誰かのこんな言い草はオカルトだと一笑に付しただろう。けれどいま、ぼくは己の直感に迷いなく従うことができる。
見渡す四方の壁面は、巨大な白布で覆われていた。保健部がありったけのシーツを供出し、夜を徹して突貫で縫いあげたものだ。
シーツの白と空の青が交錯するあたりに見える人影が、準備完了の合図に頭上で大きな丸を作る。すると、ぼんやりとした像が白布の表面へ浮かび始めた。
彼らの視線の先にある学園周辺の景色が、レンズ状に形成した大気を経由し投射されているのだ。この方法では東が西に、北が南に投影されることになるため、視界の反転をあらかじめ考慮しておく必要がある。
中庭にいる同僚のうち、特別に小柄な(なんと、ぼくよりも小さい)ひとりがグラン・ラングをつぶやいた。美しい発音だ。
それに呼応して、映された像の輪郭はくっきりと鮮明さを増した。
ぼくは内心、くちぶえを吹く。見事なもんだ。
おそらくぼくのキャパシティでは、ことが始まれば全員の付与にかかりきりになってしまう。大本営の機能維持は必然的に、だれかに丸投げってことになる。もっともグラン・ラングの運用能力には個人差がありすぎるため、適性のある数名以外は補助という形にならざるを得ない。
「さて、こちらの準備は整ったかな?」
いかめしいローブに身を包んだ言語学科の面々に声をかける。彼らこそが適性のある精鋭というわけだ。与えられた仕事の重大さを自覚しているのだろう、いずれも緊張した面持ちである。
皆より頭ふたつほども背の低いメンターが、やや感情の起伏に欠いた声音で返事をする。
「問題ありません」
無機質な返答は、しかしぼくを失望させはしない。今回の作戦を彼女抜きにして完遂することはできないだろう。
言語学科の若き俊英、メンター・リンだ。飛び級に飛び級を重ね、つい最近メンターとして学園へ赴任したばかりである。少女のようなその外見は、ほとんどプロテジェとみまがうほど。見た目だけではなく、実際のところ相当に若いのだと思う。
プロファイルによればペルガナ学園の出身で、だとすればぼくもプロテジェ時代に受け持ったことはあるはずだが、印象は全く残っていない。良く言えば物静かでおとなしく、悪く言えば表情に乏しくて活気に欠けていたせいかもしれない。
少々理論に走りすぎるきらいはあるが、メンター・リンの安定感は抜群だ。
他の同僚たちには伏せてあるが(いらぬ嫉妬を招かないためだ)、彼女には大規模エンチャントの要である増幅と維持を任せている。
今回の施術の中身は、防衛に携わる数千の魂をまとめて“高揚”させるというものだ。取り扱うエネルギーの総量はどれだけ少なく見積もっても、膨大にならざるを得ない。
まともに受ければ、泳げない者が大波にまかれて水面を失うような体験となるだろう。その恐怖にうち勝てなければ、付与の内実は大幅に減衰してしまう。
付与のグラン・ラングを行使するには、どこまで自我を薄めて世界と合一できるかという点が最重要である。ぼくにとっては年齢的な諸先輩をさしおいてこの役目を与えたのは、彼女が己を無にすることができるからだ。
もちろん、本当にリンの本質がぼくの見立て通りである証拠なんかない。中庭を大本営に選んだのと同じ、ぼくの直感だ。
いずれも結果のみが正しさを証明する、大バクチである。
「さあ、配置についてくれ。学園のみんながお待ちかねだ」
ぼくはぼくに可能な限りの快活さで同僚たちへ檄をとばす。
「頼んだよ」
他のメンターに悟られないよう、ぼくはリンの肩をポンとたたく。そして、その感触にどきりとする。ローブの下には、何も身につけていない。
『付与行為ヲ行ウニハ極力、夾雑物ヲ除クベシ』という教本(ぼくが書いた)に忠実であるためだろう。『但シ、規模ニ比例シテ誤差ノ範囲ニ落着スル』という附則は目に入らなかったのかな。まじめなのか、天然なのか。
連動テストという呼称にかかわらず、これはただの予行ではない。過去に前例の無いこの壮大な机上の空論は、ただ成功だけをもって皆の信任を得る。
一度の失敗でさえぼくの、ひいては作戦そのものへの不信につながり、すべてを根底から瓦解させるだろう。
ふりかえれば、他に居場所はないとでも言いたげに、大樹の根本へ固く身を預けるマアナの姿があった。
――君の助けが必要だ。
ゆっくりと歩み寄り、声をかける。
見上げる表情には、ほんの数日前までには見られなかったある種の屈託が含まれていた。
――ぼくを、君の来たところへ連れていってくれ。
マアナは薄く微笑んだ。陰のある微笑みだった。
世界を知るほどに失われてしまう何か。あるいは、成長という名前の呪いか。
ぼくはある種の悲しみに包まれながら、手をさしのべる。指をからめるようにしてぼくの手を取ると、そのまま全身をあずけてきた。
マアナを抱き上げると、各隊へ最後の指示を送る。
「変化の指標を各自で設定してください。鳥でも、雲でも、風でも、動くものなら何でもかまいません。今回のエンチャントは、主に身体能力の向上を企図するものです。付与が完了すれば、相対的な速度の減退を体感できるはずです」
ぼくは大きく息を吸い込んだ。
さあ、覚悟を決めよう。失敗も成功も、すべてはこの身にかかっている。
マアナがぼくの首筋へそっと唇をあてがう。
無限へと誘うもの。それは、少女のくちづけ。
官能的な柔らかさの後に、魂の輪郭を溶かすぬくもりが訪れた。
視界がゆらぐ。あのときと同じだ。
眼前の景色と重なるように楕円形の輝きが生まれ、その明滅とともにぼくの意識は別世界へと接続する。
橋渡しされた場所を満たす媒質が、ぼくの自我へと流入する。水に溺れるような感覚の中で、自と他の境界は次第に不分明になってゆく。
やがて自我と媒質が置き換わり、ぼくは別世界へと逆流した。
それは、無辺大の広がりを持つ上下のない空間。
それは、天と地をひとつにして満たされる虚空。
是即ち無限の端緒であり、永遠の住処。
圧倒的な感覚と恐怖が、ぼくを浸してゆく。
まるで木の葉が竜巻に抵抗できないように。
根こそぎ奪われそうになる意識を自問でつなぎとめる。
おまえは、いったい何を恐れているんだ。
喪失が怖い。この小さな己を失うことが恐ろしい。
――これが君を殺すことはない。
どこかから声を聞いたように思った。
両手を広げ、全身を脱力する。
絶望感。ぼくにとって諦念と信頼はなんと近い位置にあるのだろう。
たちまち意識は吹きとばされ、永劫の彼方へと巻きあげられてゆく。
ああ――
これをなんと表現しよう。ひとつの時間軸にひとつの意識をしか持てない我々では、決して完全には理解しえない何か。
そのときぼくは、過去から未来に至るすべての時間軸に偏在しており、まるで昆虫の複眼を思わせる意識で“そこ”を睥睨していた。
暗闇さえ暖かに思える、完全な真空。
その虚無の只中に巨大な光の球が浮かび、唯一の実在として輝いている。あらゆる色彩をした魂が お互いに矛盾しないまま同時に存在し、球体の表面に明滅する幾何学模様を形成している。
めくるめく荘厳なる俯瞰。
瞬間は永遠の中に。
有限は無限の中に。
全ての概念が対立を喪失して渾然たる一つへ。
この身を包む、全体へと回帰する至上の安逸。
――ああ、マアナ!
いまこそ少女の苦しみの正体を知り、ぼくは嗚咽する。
そこへ、あの声が追い打ちをかけた。
――黎明王女は受肉し、この至上の安らぎから追放された。君たちが見ているのは影法師に過ぎぬ。喪失の悲しみは過去への憧憬となり、憧憬は門となって過去へ回帰する。私たちと君たちは同じところから汲んでいるのだ。
聞いてはいけない。耳をふさごうとするが、肉を喪失し一個の概念と化した身にそれはかなうはずもなかった。
――偏狭な自我を越えよ。グラン・ラングは、我々より高次の意識が実在することを証明しているではないか。死をここへ捧げよ。君たちが消滅に恐怖するのは、輪廻の一部が不可視であるに過ぎないからだ。
問い。実体を伴った、貫くような問い。
問い。異世界から投げられた、正解を持たない問い。
我が身を制約する、鈍重なる肉体。
我が意志を制約する不自由な言葉。
愛情は争いの火種となり、受け継がれていくのは連鎖する憎悪。
最も崇高な理念さえ刃の前には膝を屈して血だまりを作るのみ。
だが――
だが、世界に希望が無いと誰が言っただろう?
だが、世界に理解が無いと誰が言っただろう?
ならば我々は――
法悦とは遠い愛憎を選ぼうではないか。
開悟とは遠い転迷を選ぼうではないか。
――やれやれ、これでも受け入れないとは驚きだな。
失笑を聞いたように思った。
――本当に、強情だ。特に君は。
再び視界がゆらぐ。
与えられた全能感とその急激な喪失。
たちまち智慧の明るさは暗くなり、言葉は不自由となり、実存は肉をまとい鈍重となった。
気がつけば、ぼくは何事もなかったかのように中庭にいた。ほとんど時間は経過していないようだった。
どこも損なわれていないにも関わらず、ぼくはぼくの一部が永遠にあの場所へ置かれたことを知る。
いや、違う。ずっと置かれていたことに、気づいていなかっただけだ。
知ることによって失われる無垢。ぼくはマアナを抱く腕へわずかに力を込める。
すでに選択は成されたのだ。選ばなかったものへ心を残してはならない。
さあ、心を研ぎ澄ませ。
人間存在を肯定する、この世界の根幹を感じるんだ。
空わたる風のように。
たなびく雲のように。
グラン・ラングの音素がいくつも重ねられ、やがてそれらはひとつの音曲へと変じてゆく。
その抑揚にあわせ、凪いだ水面を揺り戻す波のように、次第にテンションが高まってゆく。
そして、永遠の彼方から訪れた無形の力が、ぼくを出口として吹き上がる。
莫大なエネルギーの中心にいながら、ぼくは驚くほどに平静だった。
人差し指を立てると、グラン・ラングをつぶやきながら、指揮者のようにふった。
――流れろ。
行き先を見つけた無形の力は、怒涛の奔流となって同僚たちへとふりそそいだ。
エネルギーの量が想定を越えていたのだろう、いずれも決死の表情で付与の伝播を試みている。
ぼくは心の中でそっと呼びかける。
怖がるな、怖がるな。これは君たちを傷つけない。
もちろん、エネルギーの分配は公平ではない。各人のキャパシティには限界があるからだ。
メンター・リンは涼やかにさえ見える様子で(無表情なだけか)、伝播のみならず増幅までを同時にこなしている。どうもまだ余裕がありそうだ。大した後輩じゃないか。
突風の如き瞬間はたちまちに去り、世界が死に絶えたかのような静寂が訪れた。
青白い顔をした同僚たちが、肩で息をしながらこちらを見る。だが、その不安げな様子とは裏腹に、確信のみがぼくを包んでいた。
やがて――
白布に映された群像がさざ波のようにゆらめき、少し遅れて四方から歓声が聞こえた。ぼくは己の確信が現実に裏付けられたことを知った。
ふと、首筋に冷たいものを感じる。見れば、マアナが涙を流していた。
喪失の追体験。いまや、彼女の気持ちは痛いほどにわかった。
――ごめんよ。
ぼくが耳元でささやくと、マアナはぐずるように首をふった。
「記録されるべき施術です」
顔をあげると、わずかに頬を紅潮させたリンがすぐ眼の前にいた。冷たい手のひらがぼくの頬に触れる。はだけたローブから白い二の腕と腋が露に見えた。
「涙」
どうやら泣いていたのはマアナだけではなかったらしい。
「涙腺の筋肉まで老化しはじめたかな」
あわてて目元をぬぐいながら、軽口にごまかそうとする。
しかし、聡明な瞳はぼくの韜晦を越えて、さらに深くをのぞきこむかのように澄んでいる。
「私は、メンター・ユウドの選択を支持します」
言葉の真意を問う暇もあらばこそ、ぼくの戸惑いは体技科長の胴間声によって破られた。
「おい、ユウド。連動テストとやらは成功だろ。さっさと次の指示を寄越しな。どいつもこいつも興奮しちまって、このまま攻めこみそうな勢いだぜ」
学園長と執行部は、十四歳以下のプロテジェをすべて避難させる決定を下した。
「学園のいまを守るのは、子どもの仕事やないからな」
史学科長の言葉に賛同する。それは、ぼくたち大人が果たすべき責任だ。
巨大な太陽が地平の彼方へと沈んでゆく。大地の輪郭がわずか盛りあがって見えるのは、流民たちが市国へと距離を縮めつつあるせいか。
陽光は空に版図を失い、月光が薄青く天球を塗りかえしつつある。侵攻は明朝に迫っていた。
ぼくはといえば、すべての隊とすべての拠点を己の目でおさめておくために、学園の外壁に沿って散歩をしているところだ。しかし、これを散歩だと考えているのは、どうやらぼくひとりだけだったらしい。
それを証拠に、背後には剣呑な空気を発散する人影がふたつ。
この状況に至るのに、話は少しだけさかのぼる。
「もう少し、置かれた立場を自覚して欲しいものだな」
厳しい声音に思わず首をすくめる。
研究室を抜けだしたところで、スウが待ちかまえていた。
「言語学科のいちメンターとしての、かな?」
「学園の命運を両肩に背負った、重要人物としてのだ」
ぼくの軽口へ、スウが即座に切り返しをする。その表情を見て、反省した。もしかすると、戸口にひかえていたのは、怪人の襲来からぼくを守るためだったのか。
マアナをはじめとして、多くの他力によって支えられているとはいいながら、客観的に考えてぼく抜きにこの作戦は成立しない。ぼくがいなければ、防衛は不可能ではないにせよ、多くの血を見ることになるだろう。
自分にしかできない仕事を人質にして、他人とその感情をふりまわすのは卑劣なやり方だ。さっきの軽口には、意図こそしなかったにせよ、そういう要素が含まれていた。
つくづく、ぼくはダメなヤツだ。
「ごめん、軽率だった。防衛の要所をじっさいに目で見ておきたかったんだ。もしよければ、いっしょについてきてくれないか」
「まったく、最初からそう言えばいいんだ」
スウがわずかに微笑んだ。
そこへ、聞きなじんだ胴間声が言葉をかぶせてくる。
「ようよう若殿が職責を自覚したようなのは、じつに喜ばしいことだぜ」
ぬっと姿を現したのは、やはり体技科長だ。
「おいら、視察を進言に来たのさ。紙や人づてなんてのはダメだ。てめえの目で見たことだけが、最後に信じられる。けどよ、余計なお世話だったみてえだな」
嬉しそうに破顔一笑する。
「でもよ、敵さんの鼻先をかすめてくんだ。もうひとりくらい護衛が必要だろ? な?」
屋上屋を架すとはこのことだ。質問の形をとっているけど、どうもぼくに否を言う権利があるわけじゃなさそうだ。
「この二人がついてりゃ、敵陣の真ン中へでも突入できるぜ」
「逆に、この二人で守れなければ、誰がついても同じことだ」
スウと体技科長が、不敵な表情で互いに視線を交わす。
性別も年齢も体格も、ぜんぶ違うけれど、二人は根っこのところですごく近いのではないかという気がしてきた。
そんなわけで――
今夜の散歩は、戦術構築と士気高揚のための視察と変じたのである。
ぼくより上背のある、ぼくより強い二人を背後につきしたがえてねり歩くのは、なんだかすごく思春期的な匂いがするなあ。虎の威を借るなんとやら、すごくおもはゆい。
しかし、予想に反して、行く先々での関心や歓声は達人たちではなく、ぼくに向けられたのだった。他学科のプロテジェに握手を求められるのには、閉口した。
ここ一両日での現実が、ぼくの認識よりもはるかに速く動いているということだろう。
虚像にはちがいない。しかし、ぼくが皆に求めたのも、この虚像なのだ。生身の実体が、多数の他人から命を預けるほどの信頼を得るには、大がかりなハッタリが不可欠だ。
連動テストは、ぼくの意図通りに、見事その役割を果たしてくれたというわけだ。
「おい。ちったァ、愛想のいい顔をしろや」
「いつもの猫背だ。胸を張った方がいいな」
専属の演出家たちが、左右から小声でささやいてくる。脅迫だよ、これは。
ぼくは後ろに手を組んで胸を張り、できるだけ鷹揚に歩いてみせる。やれやれ、あとですごい自己嫌悪に陥りそうだな。
学園の周縁部に差しかかると、史学科の遺跡へ市民たちが避難してゆくのが見えた。
身ごもった女性、十四歳以下のプロテジェとその母親、家庭を持たない女性、家庭を持った男性、家庭を持たない男性――
生物学科の原案から学園長が決定した避難の順序である。どうやら社会的な地位などは、考慮の対象から外されているようだ。
つまり、ぼくなんかの優先順位は一番低いってわけ。非常に学園らしい、率直なやり方だ。久しぶりにその闊達さを垣間見た気がして、なんだか愉快な気持ちになってくる。
ペルガナ市国は学術研究都市であり、市民のほとんどが学園かその下部組織へ奉職している。なので、成人男性は志願さえすれば、今回の防衛部隊に組み込まれることになっていた。
避難の順序から男性が削除されていないのは、志願が強制ではないことを示す。しかし、ここから見えるのはほとんど女性と子どもばかりだ。
「ここにいる人たちが帰る場所を守らなくちゃな」
改めて、抱えこんでしまったものの重さを確認する。
「まさか全員を路頭に迷わせるわけにはいくまい」
ぼくのつぶやきに、スウが冗談ぽく返事をする。もしかすると、気を遣ってくれているのかな。
沈黙が降りた。それぞれが学園を守るための理由に、思いをはせていたのかもしれない。
ぼくはもっと実感を持つべきなのだろう。もし失敗した場合に、失うものへの実感を。
微温的な学究生活の中で、喪失を実感することは多くない。ひとりのプロテジェのことを思い出す。いまでも胸が痛むのは、他の誰でもない、ぼくが責任を負うべき喪失だからだ。もうあんなことは二度と繰り返したくない。
一人の少年が母親の手をふりはらって列を離れ、こちらへと走ってくるのが見えた。シャイだ。身体全体をつかって、つんのめるように走る様子は、まるで子犬のようだ。
足元まで駆けてくると、両膝に手をあて、あえぐようにしぼりだす。
「みんな、言ってます、メンター、ユウドが、学園を守るために、じ、じんりょくなさっている、って」
息を切らせながら、疑うことを知らぬ眼差しでぼくだけを見つめてくる。
胸に走る痛み。あこがれを得たものは、それに応える責任がある。
「ほんとうに、ぼくはくやしい。子どもなのがくやしい。メンター・ユウドのそばにいて、力になることができたら。力になることが無理でも、せめてこの身体を盾にして、メンター・ユウドを守ることができたらッ」
かつての光景が脳裏によみがえる。
目に涙をためたシャイの表情が、別の誰かと二重写しのようになる。
「ぼくは、メンター・ユウドのためなら……ッ」
言いかけるシャイの口を手のひらでふさぐ。その先を言わせてはいけないと思ったからだ。
ぼくにだって、何か確信があるわけじゃない。いつだって、自分のことを疑っている。
けれど、喉まででかかった「ぼくは君が考えているような立派な人間じゃない」という言葉をかろうじて飲み込んだ。
大人が子どもを失望させてはいけない。シャイが見たいと思うぼく、なりたいと思うぼくを演じきることが、ぼくの責任だ。
ようやく心の底からそう思える自分に安堵する。ならば、果てのない紆余曲折の中で、少しは先に進むことができたのだ。
グラン・ラングの研究にせよ、今回の作戦における守勢の提案にせよ、ぼくはいつだって受身にこの人生へ対処してきた。この世界をよりよい場所にしたいとは思い続けてきたが、それが本当に達成されるだなんて、信じた瞬間はあったろうか。
ぼくには何もない。ぼくには何もできない。
ただ、次の世代への責任だけは果たそうと思う。大人になったシャイ少年の見る世界が、いまと変わらず美しいものであるように。
シャイのあこがれに、ぼくは負っている。シャイの視線が、ぼくをぼく以上のものにさせ、怠惰でどうしようもないこの身を突き動かすのだ。
「シャイ・プロテジェ」
できるだけ、声に強い威厳の調子をこめようとする。
「はいッ」
はっとした表情で背筋を伸ばすと、シャイはゆるくなった袖口でごしごしと両目をぬぐった。
「案じてもらうまでもない。君をそばに置くことが、体技科長とスウ・プロテジェの護衛より有効だとは感じない。君は家族と、君自身の生命を最優先に守れ」
「はいッ。出すぎたマネを、申し訳ありませんでした」
地面に額がつかんばかりに、深々と頭を下げる。
「それともうひとつ。非常事態であることを理由に、課題の進捗を怠ることがないように。次回の講義で提出してもらうからね」
軽く片目をつむってみせる。
シャイはたちまち笑顔となって、大きな声でひとつ返事をすると、母親の元へ駆けていった。
頭巾をかぶった婦人が、こちらへ会釈をする。シャイの容姿が整っている理由がわかったな。
「立派な態度だったぜ」
体技科長が背中をどやす。たちまち咳きこむぼく。もう少し手加減してほしい。
「『危機が人を選び、状況が人を鍛える』ってのは、本当のことだな」
満面の笑みで、実に愉快そうだ。
「俺ァ、若い連中の覇気の無さにゃ、ほとほと愛想が尽きてたンだよ。ときどき活きのいいヤツがいてもよ、テメエの理屈ばッかりで、まわりのことをちいとも考えねえ。でも、ちょっと安心したぜ。もしかすると、俺たち年寄りがフタになってただけなのかもしんねえな」
「何を言っているのかわかりませんよ」
喉をおさえながら、尋ねる。
「つまりよ、若い力の台頭に、老兵はようよう勇退できるってわけさ」
何か言う暇もあらばこそ、体技科長はぼくとスウをまとめてその広大な胸のうちへひっつかみ、ぎゅうぎゅう抱きしめた。
スウの身体の柔らかい部分がなければ、ぼくはそのまま圧死していたに違いない。
冷たい風に頬を撫でられて、ぼくは本から目を離した。遠くから、かすかに虫の鳴き声がする。気づかぬうちに、すっかり夜も更けたようだ。こうやってドミトリの自室に腰かけていると、今日一日の大さわぎがまるですべて幻だったかのような錯覚に陥る。
ベッドの上に長く伸びたマアナが、ときどきひどく歯ぎしりをする。まるで猫のようだ。いったい、どんな夢を見ているのだろう。
背後に気配を感じて、ふりかえる。薄く開いた扉から、ほっそりとした人影がのぞいていた。
 「眠れないんですか」
ぼくはゆっくりと本を閉じる。
「すいません、お邪魔をしたみたいで」
「いや、読んだところで頭に入ってないんだ」
夜更けにページをくるこの平穏が、二度と訪れないかもしれないことを惜しんでいた、などとは口が裂けても言えない。
窓から差す月光が室内で膨れあがり、文字を追うのに灯りは必要なかったほどだ。
扉から向こうへは光が届いておらず、ちょうど少女の立つあたりが境界となっている。
胸元から上が闇に沈んでいて、表情はうかがえない。
少女の中にある二つの人格。はたして、どちらのスウがそこにいるのか。
「どうしたんだい。健全なプロテジェなら、とうにベッドへ入っている時間だよ」
ぼくの問いかけに、スウはかすかに身をふるわせた。
そして逡巡するような間をおいて、
「身体を重ねますか」
何を言っているのかわからなかった。
が、すぐに意味と血流が頭のほうへ上がってきた。室内を満たしているのが陽光でなくて幸いだった。倍ほどの年齢をしたメンターをうろたえさせることができると気づかせるのは、プロテジェへの教育指導上よろしくない。
ぼくは黙りこんだ。本当は、次に言うべき言葉が思い浮かばなかっただけだが、沈黙に耐え切れずにスウが身をよじるのが見えた。
精神が安定を取り戻し、主客は再び逆転する。やれやれ、いまのはあぶなかった。
「理事にそう言えと教わったのかい?」
「ご不快でしたでしょうか」
声が震えている。少し意地の悪い返答だったかな。ぼくはずっと、彼女の気持ちを知っていたのだから。
「唐突だっただけさ。ぼくは君のことが嫌いじゃないからね。けど――」
言葉を切る。
「それじゃ、まるで死ににいくみたいじゃないか」
はたして、信じていたか。この瞬間まで、生きて帰れることを信じていたか。学園の存続を信じていたか。
「誰も死なせない。学園は残る」
不思議なことだ。自分をさえずっと信じられなかった誰かが、いまやもっと大きなものを信じている。
「そうだ、忘れてた」
ぼくは机の引きだしに手をかけた。
「君に渡したいものがあったんだ」
中に収まっていたのは、ひとそろいの小さな革靴。
「いつか言ったろ。本気を出しても破れないのをプレゼントするってさ。受けとってくれるかな?」
「も、もちろんだ」
そう言いながら、部屋の中に入ってこようとはしない。ぼくは革靴を指にひっかけて、スウに歩み寄る。
ぼくを近づけまいとしてか、扉の向こうから両手をいっぱいに伸ばしてこわごわと受けとった。
そのとき、少しだけ触れた指先が、少女の動揺を伝えた。
「ちょっとグラン・ラングで細工をしていおいた。いざというときに、君を守ってくれるはずだ」
愛しげに革靴を胸元へ抱くスウ。
その仕草に含まれる純粋な喜び――もっと言えば、神聖ものを抱く感じに、ぼくは胸はまた、おかしなふうに高鳴った。
何か気のきいた軽口にでも気持ちをまぎらせてしまおうと、唇を湿したところへ――
どさり。
見れば、鈍い音の正体はベッドから転落したマアナだ。やれやれ。
「さあ、君も寝た方がいい。夜明けと同時に、大仕事が待っている」
苦笑しながら床から抱きあげるが、目を覚ます気配はまったくない。
「長く存在したものにまつわる腐臭と妄念は、何かをなしとげようとする意志を阻喪するのに充分だった。学園のために、という言葉は私にとって純粋ではなさすぎる。私はずっと、自分が汚れていると感じてきたから」
マアナへ毛布をかけてやりながら、その声に含まれる調子に違和感を覚える。
「メンター・ユウド、私はあなたのために死力を尽くそう」
あわてて振り返るが、すでに少女の姿はそこになかった。

MMGF!(7)

「人の営むあらゆる事象は法に照らされ、その成否を判断されなければならない。具体的な事例を見てから対症療法的にルールを変更すれば、すべての法に存在の理由はなくなる。事象が法に先んじて法を曲げるとするならば、我々は文明を放棄し、弱肉強食を是とする野獣の群れへと還ることになろう。今回のケースを想定したルールをあらかじめ学園の運営規則へ組み込んでおかなかったブラウン・ハットと歴代の執行部を問責する動議の採択を要請する。現在、学園が数万の流民の侵入を前に立ち往生しているそもそもの原因を作ったのは誰か、それをまず明らかにしていただきたい。我々メンターの協力を乞うとすれば、何より手順が逆ではないか」
スリッドの声には独特の張りがあり、一切の迷いがない。まるであらかじめ台詞を入れられた役者のようだ。しかしその応答は変幻自在で、すべて彼の内面からわきでていることがわかる。利害関係を度外視するならば、まったく大したヤツだ。
しかし、今回の学科長会議において、スリッドは打ち崩すべき最大の障壁なのだ。胃の辺りに重い塊を感じる。会議の前には確かにあったはずの確信が、みるみる拡散してゆくのがわかる。
本当に、だいじょうぶかな。誠に失礼ながら、『自分より頭の良い人間が間違っているときに、その過ちや狂気を果たして立証できるのか?』というあの命題が想起された。
ぼくは隣で腕組みをする体技科長をちらりとうかがう。反対側には、組んだ両手に顎を乗せた学園長が居並ぶメンターたちを静かに見つめている。
いつもとは違う席に座っていることは、なんだかひどく居心地の悪いものだ。ここにいるだけで、ぼくは何らかの意思を表明していることになる。スリッドが仮構する体制と反体制という区分けが、この位置からはまるで形を伴った実在として目に見えるようだ。
執行部へ向けられたスリッドの猛烈な詰問へ、しかし学園長は穏やかに切り返した。
「ご指摘の事項については汗顔の至り、すべてごもっともだと思います。しかし、明日にも市国の外壁を乗り越えかねない流民たちへの対処という最優先案件を脇において、過去へと責任の所在を遡及する時間が残されていないことも事実でしょう。その動議を論理的な帰結へ導くために必要な資料の準備も十分ではありません」
「時間がない、時間がない! 執行部たちがする、お決まりの戦術だ! 時間をなくさせたのは、いったい誰だと思っているんですか!」
おまえだよ、という無言の回答が沈黙を守る列席者から発せられるかのようだ。自分の不利はおくびにも出さないのが、この男の徹底したところである。少なくとも今回の件において、スリッドの提案が時間を空費させたことは否めない。だが、いったん投票による議決を経た以上、それは全員が負うべき責任なのだ。
「状況は逼迫し、一刻の猶予もならない。そんなことは執行部のお歴々にご説法いただくまでもなく、我々全員が大前提として理解している。私が問題としているのは、事態の緊急性に乗ずる形で学園運営の諸原則を反故にする提案をしておきながら、いっこうに悪びれないその態度だ。法を記す文言が人の言葉を超えぬ以上、法の解釈は過去の事例に大きく依拠してしまうことは指摘するまでもない。今日この場で悪しき前例を作ってしまうことが、子々孫々に至るまでの害悪とならないと誰に断言できようか」
「おい、ええかげんにせえよ。今日を生きのびてはじめて、明日のことを言えるんやろが」
たまりかねた、といった様子で史学科長が身を乗りだした。
スリッドは、小馬鹿にしたように鼻をならす。
「詭弁だ。心臓を取らぬ代わりに両腕を差しだせと迫る竜の逸話と何ら変わりがない」
「ものわかりの悪いやっちゃな。ワシは原理原則のために死ぬ気はないゆうとんのや。なんやったら、この議論を続けるかどうか、みんなに投票で決めてもらおやないか。運営規則にものっとったやり方やろ」
猛然と拳で卓を打ちつけ、スリッドが立ちあがる。
「学園と破滅を天秤にかけて、誠実なメンターたちへ決断を強要する! そうやって本来は存在しない亀裂を目に見える形で演出するのが、執行部のやり方なのか!」
「おっしゃることはよくわかりました」
穏やかに、しかしはっきりと学園長はスリッドをさえぎる。最高責任者の視線にうながされて、史学科長は背もたれへと身体を戻した。
「しかし、このままでは議論は平行線をたどるでしょう。まず、今回の件に関する我々の対応策をお伝えし、その後に改めて意見をいただければと考えます」
「あくまで提案の成否を判断するために、という点を外さないなら認めましょう」
意気を外されたスリッドの声音は、明らかにトーンダウンしていた。
「よろしい。では、メンター・ユウド、お願いします」
ぼくと目があうと、学園長は穏やかな表情でゆっくりとうなづいた。それは、たぶん信頼だった。ぼくにとっては、いつだって大きすぎる何かだ。
立ちあがりながら、かすかに膝頭が震えているのに気づいた。えい、情けないヤツめ。ぼくは無理にも自分をふるいたたせようとする。
「現在、学科長が不在のため、代行をおおせつかっています。以後の発言は私個人のものではなく、言語学科を代表しての中身であるとお考え下さい」
必要な口上ではあるが、責任回避的な言い訳に響かないこともない。スリッドの視線を痛いほどに感じる。ぼくが体現する何かを(あるいはぼくの裏切りを)、にらみつけているのだろう。
「ご存じのように、ペルガナ学園は膨大に広がる地下遺跡の一角として存在します。史学科の調査よれば、いくつかは市国の外まで通じているものもあるとのことです」
口の中が渇いて、声が裏返りそうになる。
「今夜中に、全市民を学園の敷地内へ待避させます。次に、流民の侵攻にあわせて、地下遺跡を通じた市外への誘導を開始します。その間、全学科の総力をあげて流民たちを学園へ釘付けにし、必要な時間をかせぎます」
ぼくはここでいったん言葉を切った。スリッドが猛然と挙手したからだ。
「二点。ひとつ、この提案は市国民の退避を主目的とした我々への殉職行為の強要なのか。ふたつ、流民たちが学園の占拠を目的とした攻撃を行うという主張に根拠はあるのか」
かかった。唇を唾で湿す。
動揺を見せるな。平静を装え。
「議長、本会議へあらたに二名を召喚することを求めます」
「それは、学科長会議の構成員以外、という意味ですか」
「はい」
スリッドが半身を乗りだすところへ、
「メンター・スリッドの疑義は、まず明らかにされるべき重要な部分と考えます。そのための要請です」
憮然とした表情ながら、スリッドは背もたれへと身をあずけた。
おそらく、議長にとっては予想外の要請だ。彼は助けを求めるように学園長を見た。
「よろしい、許可します」
ぼくは内心、ホッと胸をなでおろす。なんとかこれで、一つ目の関門をクリアしたというわけだ。
「では」
ぼくは戸口の席に控えていたキブに合図する。扉が開き、二人の少女が議場へと入ってくる。
緊張した面持ちのスウ。大勢の視線にさらされて脅えた様子のマアナ。少しの間だけ、我慢しておくれ。
「言語学科の研究対象であるグラン・ラングは、この世界を構成する基です。正確に用いれば、あらゆる事物へ物理的な干渉を行うことができると言われています」
「プロテジェ向けの、教本レベルの知識だ」
腕組みしたままスリッドは小声で不機嫌そうに、しかしぼくが聞きとるには充分な大きさでつぶやく。おそらくぼくを揺さぶるための発言だ。ほんと、いちいちアタマにくるな、この男は。
ぼくは聞こえないふりで、あらかじめ用意しておいた小石をポケットから取り出すと、手のひらへ乗せる。
「我々の言語からは、もはや物質への直接的な影響力は取り除かれています」
小さくグラン・ラングをつぶやく。たちまち小石はその形象を崩壊させ、細かな塵となって指の隙間からこぼれおちた。かすかに驚きの声があがる。
無理もない。グラン・ラングによる施術の実演は、その実現の不可能性から手品や大道芸とかわらぬ扱いを受けてきた。専門の研究者にとってさえ、事情はほとんど変わらない。すっぱいブドウってやつだ。
でも、いまやぼくにとって、この程度は施術とさえ呼べない児戯の類に過ぎない。ほんの数日前までには考えられなかったことだ。これさえも、仕組まれたことだっていうのか。
スリッドの厳しい表情が、ぼくを現実へと立ち返らせた。そうだ、いまはそれを考えるときじゃない。
ぼくは咳払いをし、言葉を続けた。
「しかし、物質へ影響を与えるからと言って、グラン・ラングの本質は言語の根本を疑うものではありません。その影響力は、ふたつの生命が意志を通わせようと思うとき、最大化されるのです」
嘘だ。いまぼくがでっちあげた。が、抽象度は高ければ高いほどいい。
ぼくとスウの視線が交錯する。スウはかすかにおとがいを上下させた。
圧倒的に。そう、何の疑義も残さないほど、圧倒的にやる必要がある。
いずれ避けられない決断ならば、己をだますに必要な幻想を与えよう。
グラン・ラングの低い詠唱は、青い輝きと波長を重ねつつ高まりゆく。
“魂の高揚”はかつてない高みへと達し、奔流となった輝きはいまにも器を乗り越え、決壊を迎えそうだ。
瞬間――
スウの姿が消滅する。列席者は一陣の風を感じたはずだ。
ざわめく皆の頭ごしに、ぼくはつとめてゆっくりと片手をあげ、議場の後方を指さした。
「人は人によってのみ練磨される。これは、かくあれかしという願望的な金言ではありません」
はたしてぼくの示した先には、スウが立っていた。刹那にも満たない時間を爆発的に高められた速度で移動しただけなのだが、列席するメンターたちにはその内実以上のものとして受け止められたはずだ。
「言語学科ではこれを“魂の高揚”と称しています。意志を持つ生命すべてに有効なことは確認済みです。さらに、しかるべき補助を得れば、効果の及ぶ範囲を拡大することもできる。こちらはまだ、あくまで理論上は、ですが――」
ぼくはわざと語尾を濁してみせた。
そして、これも嘘。効果は固体選択的なもの。険しい表情は変わらないが、スリッドから発言の気配は消えている。
「私の力では、学園の敷地を覆うぐらいがせいぜいでしょう。しかし、流民たちの持つ超人的な身体能力と我々のそれとの差を埋め、専守へ徹するには充分だと考えます」
過大な効果を謙遜しているように聞こえただろうか。
しかし、これもまた嘘。あらかじめ想定した作戦へ、皆の意識を誘導するための方便だ。
ぼくは、議場の入口に立つマアナを見た。そう、しかるべき補助を得れば、おそらく制約は絶無となるだろう。
剣術のような挙手。スリッドだ。
「お見せいただいたトリックの真偽について、学科の思想的独立を尊重する観点から考えて、私は論評する立場にはない。だが、いま行われたパフォーマンスを回答と仮定したとして、我々が充分な内容を得られたとは言いがたい。メンター・ユウドには、流民たちの目的が正に侵攻であることを立証いただきたい」
おや?
ぼくはこのときなぜか、スリッドはもしかして前回の会議における発言を悔やんでいるのかもしれないと感じた。
この男の出方は非常に攻撃的だし、ひとところに留めた論点を死守する。その態度は論理的なようでいて、会議において有効な結論を得ることが極めて少ないやり方だ。
ただ、己の存在感というか、面目を保つには有効である。
ならば、彼の発言によって会議が有意義な方向へ決定した、という形を作ってやりさえすればいいのではないか。
いずれにせよ、次の第二関門を突破する必要がある。マアナへ手招きすると、巣穴から飛びだして天敵の群れの中を走りぬける小動物のように、一直線にぼくの腹へと頭から飛びこんできた。
うーん、いい頭突きじゃないか。一瞬、食べたものが喉元へ逆流してくるが、すんでのところで飲みこんだ。あやうく、ここまでの演出が水の泡になるところだ。
スリッドの眉毛が吊りあがる。いつから議場は託児所の機能を兼ねるようになったのか。そんな台詞が実際に聞こえるようだ。
「この少女が、二人目の召喚者となります」
テーブルの下から両目だけをのぞかせる、小さなマアナを抱えあげる。多くのメンターたちから向けられるいぶかしげな視線と、一人のメンターの攻撃的な視線に脅えて、ぼくの首にしがみついてくる。ごめんよ、少しだけ我慢しておくれ。
 「彼女は見かけこそ人の形をしていますが、その魂の有り様は我々とは遠いものです。ですから、厳密を求めるならば、“これ”はおそらく、古代人が残したレガシーの一種であると推測できます」
胸に刺すような痛みが走った。いまの発言に嘘が含まれていない事実に、ショックを受けているのだ。マアナがぼくたちの言葉を理解できなくてよかった。もしそうでなければ、きっと自分を許せなくなってしまうだろう。
声がかすれそうになり、咳払いをする。
「先日、史学科の調査へ同道した際、郊外の遺跡において接収しました。過去に報告の例を思い出せないほど巨大なローズクォーツの内側に納められていたのです」
体技科長が史学科長へ視線を走らせ、かすかに首を振った史学科長がキブへその視線を送り、キブは半眼で床を見つめながら向けられた無言の問いかけに気づかないふりをした。学園長だけが両手に顎を乗せたまま、微動だにしない。
「先日と言われたが、正確には何日前のことか」
スリッドが腕組みをしたまま詰問する。議長は発言に挙手を求めろよな。もはや議場はふたりのショウダウンの様相を呈している。
「そうですね」
ぼくは親指と人差し指で顎をつまんで、しばし考えるふりをする。即答を避けたのには理由がある。先ほどの発言に仕組まれたトラップを踏ませるためだ。
「二週間ほど前になるでしょうか」
スリッドが勝ち誇った笑みを浮かべる。周囲のメンターたちへ同意を求めるように、芝居がかった仕草で両手を広げた。
「まず、その女児がレガシーであるとの仮定を受け入れよう。この場では立証の余地はないが、最も公正を求められる学科長会議において後に虚偽と判明するかもしれない発言を、いやしくも学科長を代理する人間が行うはずはないからだ。しかし、私とて状況の切迫は理解する。諸賢の抱くこの疑念をあえて看過することで、議論を先へと進めよう」
まったく、もったいぶった言い方だ。スウや体技科長は、さぞかし気をもんでいるに違いない。
しかし、流民たちがこれからどう動くかを知っているぼくは、あえて神妙にスリッドの発言へ聞き入るそぶりをみせた。
「私の記憶が間違っていなければ、この二週間で臨時のものを含めて四度の学科長会議が開かれたはずだ。メンター・ユウドの言葉を借りるならば、過去に報告の例を思い出せないほどの大発見をご存知の方がこの中におられるだろうか」
芝居がかった大仰さで、列席のメンターたちに訴えかける。
「情報秘匿は、調査研究に従事する者の基本義務に違反する。この学園が真に闊達な学際的発展を維持するために、言語学科と史学科の共謀による今回の隠蔽は決して看過できるものではない。もし何か弁解があるならば、お聞きしよう」
よくもまあ、これだけ巨大な問題を作りあげることができるものだ。ぼくはあきれ半分、感心半分でスリッドを見る。けれど爛々と輝く両目は真剣そのもので、どうやら冗談ごとを言っているのではないらしい。
気がつくと議場は痛いような沈黙に包まれており、メンターたちの視線はすべてぼくの上に注がれていた。やれやれ。
「議長」
「は。何でしょうか」
議長が議長であることを思い出し、間抜けな声を出す。
「発言の許可を」
「あなたの発言を待っています」
議長は議長の職務について忘れてしまったようだ。ったく、もう。
ぼくは議場の入口を指差した。キブが澄ました顔で挙手している。
「メンター・スリッド、メンター・キブの発言を許可しますか」
おいおい、何だよそれ。議長は、学科長会議の運営原則についても忘れてしまったようだ。
議長の不規則発言へ、スリッドが苦々しげに答える。
「その質問は私が何か、煽動をでも行っているとの誤解を与えかねない。議長は円滑な議事進行のみを旨とした、中立な発言を心がけていただきたい。無論、学科長会議ではその地位の如何に関わらず、何人も発言を妨げられることはない」
ぼくは周囲にさとられないよう、キブと一瞬だけ視線を交わした。頼んだよ。
「史学科への誹謗につながりかねない事実誤認を訂正さしあげたく」
キブのすました顔と、よそおった言葉。本気で怒っている証拠だ。
「誹謗という言葉の意味をはきちがえては――」
「第三百四十五次ペルガナ史跡発掘中間報告書」
さえぎるように、手元の資料を読みあげる。
「ちょうど二週間前の学科長会議において、メンター・スリッドの疑義によって中断を余儀なくされた報告書です。添付された目録には、発掘品の詳細が記されていました。一部を読み上げます。『分類、人型土偶。三十二號遺跡内奥、天辺付近薔薇水晶依リ接収。表皮極メテ精巧也。生命、或ハ其ノ擬似反応有リ。他学科ノ検証ヲ要ス』」
スリッドがはじめて、しまったという表情を見せる。
「まさか、このペルガナ市国の学府に籍を置く者が、この資料に書かれた文字を読めないなどと、疑う気持ちもありませんでした」
事前の打ちあわせ内容を大きく逸脱した嫌味たっぷりの口調で、キブは発言をしめくくった。まさに己の発言が学科間の交流を妨げる結果を招いたのだから、それこそ自分の言葉に逆襲された形だ。さすがのスリッドも、これには黙りこむしかなかった。
「今度からは人の話をよく聞くこっちゃな」
史学科長が追いうちをかける。おいおい、あんまり調子にのって追いつめないでくれよ。口げんかに勝つことが目的じゃないんだ。
「この少女の発見と流民たちの出現は符号します。事実として指摘できるのは二点です。どちらも我々とは異なった魂の有り様をしているということ。そして、この両者は私たちの言葉を解さないが、グラン・ラングによる意志の疎通は可能だということ」
正確には、流民たちの一人ひとりが使うグラン・ラングは、相当度にクレオール化しているように見受けられた。さらに、魂の有り様で言うならば、マアナよりも流民たちの方がぼくたちによっぽど近い。
しかし、この場で欲しい結論はひとつだけだ。余計な情報でメンターたちの判断を混乱させる必要はない。
「久しく絶えていた言語を母語とする者たちが、わずかの時期をたがえて学園へ現れたのです。そのふたつが互いに全く関係のない、偶発的な事象だということが考えられるでしょうか」
「偶然だ」
スリッドが即答する。あれくらいじゃ、懲りないってわけか。
だが、予想通りでもある。さあ、論理的には最も正しい帰結を、君の口から聞かせてくれ。
「私はそう考える。しかし、互いに立証できないという意味では、同じことだ。そこで私から提案したい」
ぼくはマアナを抱きあげた。
青ざめて泣きそうなその顔が、会議室の誰からもよく見えるように。
「人型土偶を流民たちへ引き渡す。もしメンター・ユウドの推論が正しければ、我々は戦闘を回避できるやもしれない。もし私が正しかったとして、何ら状況は悪化しない。現状で可能な、最善の一手ではないか」
メンターたちがざわめく。無理もない。この人型土偶は、あまりにも人の子どもに似すぎている。
本来ならば、ぼくの口から発せられるべき内容だ。でも、ぼくは逃げた。この提案にたどりつくだろうとわかって、スリッドを利用した。ぼくは卑怯者だ。
だが、この選択は提示されなければならない。すべての疑心を廃して全員が結束できなければ、今回の要撃作戦はおぼつかなくなる。
けれど、何よりも――
ペルガナ学園が真に守るべき価値のある場所であることを証明したかったのだ。ただぼくの、個人的なわがままのために。
「えー、議決を伴う審議事項として考えてよろしいのでしょうか」
会議室のざわめきを収束できないまま、議長が誰へともなく問いかける。
「待ちなさい」
静かに瞑目するふうだった学園長が、ゆっくりと顔を上げる。
「ここにいる人々の良識を疑うわけではありません。しかし、人命の与奪を投票の具にすることは決して許されない」
「その通りや」
学園長の言葉に、史学科長が深くうなづいた。
「我がが助かるためにプロテジェを犠牲にはでけへん。なあ、もっぺんみんなで確認しようやないか。ワシらはいったい、何のためにペルガナ学園へ職を奉じたんや。プロテジェたちへ未来を預けるためやったんとちゃうんか。研究へ邁進するのさえ、よりええものを預けるのを願ってこそやろうが」
スリッドが鼻で笑う。
「お得意のやり方だ。情に訴えて議題の焦点を曖昧にする。これは教育論ではない。ペルガナ市国数万の同胞と異邦人の子、どちらを我々が取るべきかという話だ。議長、採決を!」
「聞いていなかったのですか」
ぼくは声音にふくまれた何かにうたれ、学園長を見た。その身体から、気炎のようなものが大きく吹きあがるのを、確かに感じた。
「我々は、ひとりの子どもを見捨てない」
その鋭い眼光が居並ぶメンターの未熟さ、日和見、優柔不断を威厳で射抜く。
「異議は認めません。これは、学園長としての決裁です」
スリッドはほんの一瞬だけ、ひるんだ表情を見せた。でも、これですべてを撤回できるくらいなら、最初から妥当な譲歩へと流れていたはずだ。
「学園長は我々非力なるメンターから、声までも奪うおつもりか!」
スリッドの気性は権威による圧殺へ最も強く反応する。なんとか懐柔できるなんて、傲慢な思い上がりだった。理解していることと、実践することは天と地ほども違うのだ。所詮、ぼくくらいでは彼のプライドに落としどころを作ってやるなんてマネが、できるはずもなかった。
会議の前に準備したことは、これですべて出し尽くした。もう手がない。
「諸君、見ただろう! 我々の抱いてきた長い懸念が、学園というシステムの不備が、今日ここに顕在化してしまった! 瑣末の議事に判断を留保し続けた最高権力者が、学園の存亡をかけたこの重大な局面において、その意味もわからぬまま抜いてはならぬ宝刀を抜いてしまったのだ! いまこそこの暴虐に対して、我々は結束するべきではないか! おのが生命の帰結を、一個の独裁的な権力へほしいままにさせるわけにはいかないッ!」
「おい、学園長の決裁だぜ。正しい手順じゃねえか」
腕組みをしたまま、体技科長が低くつぶやく。抑制されてはいるが、気の弱い者なら聞いただけで身ぶるいするような圧力がふくまれている。
「馬鹿な! たった一人でする決裁が、万の人間の破滅を天秤にしてなじむと思うのか!」
体技科長が沈黙を守っていたのは、学科間の対立という構図をスリッドが持ち出すことを嫌ったためだろう。そうなれば、冷静な話しあいは不可能になる。
「さあ、ユウド。作戦の詳細に進め。準備も考えりゃ、もう時間は残ってねえ」
そして口を開いた上は、どちらかが退く以外の結論はない。
「場所をわきまえてもらおうか! 一介の学科長が最高意志決定機関の議事を無視していいとでも――」
「いい加減、黙らねえかッ! ユウドが話せねえだろうがよッ!」
獅子の吼えるがごとき大喝。会議室の空気がビリビリと震え、ほとんど物理的な影響を伴った圧が、列席者をのけぞらせる。
体技科長は腕組みを解くと、その場にいるメンターたち全員をねめまわした。
「生きるか死ぬかってときに、言葉遊びはやめにしようぜ。俺ァ、コイツを全面的に信頼してる。もしこの作戦に乗る気がないなら、いますぐここから出ていってくれ。誰も残らなくとも、ユウドと俺と、体技科の連中でやる」
実際のところ、ぼくはこの会議に末席を置くただの下っ端にすぎない。人望どころか、ぼくを知らないメンターのほうが多いはずだ。
だが、体技科長の言葉が醸成した空気は、またたく間に会議の構成員すべてへと伝播してゆく。冷ややかに議場を支配していた、明らかな不信と懐疑が塗りかえられてゆく。
皆、知っているのだ。この体技科長がいつだって、いちばん辛い局面で、いちばん辛い役割を率先して担ってきたことを。誰に誇るでもない、彼はただ黙って苦難の先頭に立ち続け、皆に背中を見せてきたのだ。
その信任は、何よりも重い。
機甲学科のメンターがひとり、立ちあがった。もしかすると、備品を壊したことをまだ恨みに思っているのかもしれない。肝が冷えた。
「機甲学科のムングだ。微力ながら、今回の作戦に協力させてもらう」
そして、またひとり。数秘学科の所属だ。まさか、スリッドへ加勢するつもりか。
神経そうに眼鏡のつるへ指をかけながら、言った。
「数秘学科、スカアル。メンター・スリッドとは見解を相違する」
その二人が呼び水となり、メンターたちは雪崩をうつがごとく賛意を表明して、次々に立ち上がる。
気がつけば、列席者のほぼ全員が起立していた。
蒼白になったスリッドは、荒々しく席を蹴って議場を去る。彼の性格を考えれば、他の選択肢はない。
ぼくは痛ましい思いでその背中を見送った。スリッドの存在なくしては、ほとんど満場一致のようなこの状況は得られなかっただろう。
「どうやら、結論は出たようやな」
「メンター・ユウド、それでは続きを」
史学科長がうなづき、学園長が穏やかにうながす。
皆がぼくへ向ける視線の熱量が、明らかに増しているのがわかった。
そこで、ぼくはハッと気づく。もしかして? もし、執行部がこの顛末をすべて計算していたのだとしたら――
学園の命運を、ずっとひとりで抱えこんでいたような気でいたぼくは、一種の熱い気持ちに満たされながら、しわがれた彼らの顔をあらためて眺めた。
「どうした? みんな、おめえの言葉を待ってるぜ」
親爺たちめ、大したタマだ。
ぼくは震える両手を悟られないよう卓上へ置くと、会議室の全員と順に目線を交わす。
視界の端で、スウがはげますようにゆっくりとうなづくのが見えた。
「それでは、今回の作戦の概要について説明します」