猫を起こさないように
小鳥猊下呪殺のようす
小鳥猊下呪殺のようす

小鳥猊下呪殺のようす

 薄い頭痛に目を覚ます。身体を起こそうとして、両肩に鉄の板を差し渡したような凝りにうめく。仕事のせいというより、内臓から来ているのに違いない。ここのところ飲みすぎだ。締め切った雨戸から差し込むわずかの光線が、室内に埃を舞わせているような錯覚に陥る。どこからでも染み入る陽光が、心底恨めしい。起きぬけにパソコンを起動するのは習い性だが、最近めっきりと寒くなった。暖房器具としての意味合いもある。かじかんだ両手をすりあわせつつ、ゴミの山から灰皿をひっぱりだすと、煙草に火をつける。この古いCRTモニターが映像を写すのには、本体の起動より時間がかかるのだ。じわじわと滲むようにデスクトップ画面が出現すると、すかさずnWoへアクセスする。更新をして、しばらく経つ。メール、掲示板、web拍手、mixiと順に巡るが、未だに何の反応も無い。ブログ世代の速読力と読解力という言い訳へ、アルコールを多めに追加して己をごまかしてきたが、もはや堪忍と肝臓の限界だ。字面を追えど、中身は伝わらぬ。膨大な情報を恣意のみで取捨選択し、己の主観に対する批判的な視点は絶無である。現代の生んだ、より位相の深い文盲どもはまとめて呪殺だ。強く噛みすぎた臍から流れ落ちる血の生暖かさに我へ帰る。ほとんど吸わぬまま短くなった煙草を灰皿に押し付け、食卓へと向かった。家人が外出中だったのは、幸いである。誰とも話さぬ生活を続けると、感情の境界と対象が曖昧になる。ネットに由来する怒り現実へぶつけて、元より良いとは言えぬ関係を更に悪化させることもあるまい。口蓋と歯の裏にこびりついたニコチンをバターの如く食パンでこそげつつ、食す。古くなったパンは、ただただ口中の水気を吸い上げるばかりで、精液のように不快に粘った。その感覚がまた、怒りを加速させる。上半期のアンケートでは、萌え画像の送付を5名が約束したはずだ。手元に届いたのは2枚であり、どうにも計算が合わぬ。俺の更新の頻度か品質かに対する、無言の批判に違いあるまい。その想像に、「目の前が赤くなる」が比喩でないほど瞬間的にカッとなる。呪殺。途端、胸に差込みが来、頭がくらむ。食卓に上体を預けたまま、しばらく獣のように荒く息をする。近年の高血圧と生来の気性の激しさとの結婚は、俺にとって時に致命的だ。萌え画像到着を遅延させ、わずかの感想を書き込まぬことで、奴らは俺を合法的に殺人しようとしているのだ。なんという狡猾な連中だろうか。呪殺、そう呪殺だ。どこまで行っても匿名という安全圏のネット世界で、俺のファンを自認するのならば、「ラッセラッセと斬殺ワロスwww」くらいの気軽な感想がなぜ書き込めぬ。もしくは人気ブログなどで積極的に紹介し、砂漠への灌漑の如く涸れたアクセス数と同時に俺の心を潤そうとは思わないのか。テキストサイトとやらの黎明期にnWoを開設し、はや10年。他の大手サイトがこの忌々しい弱小メディアを軽々と踏み台にしていったのに対し、これだけ長い歳月をかけて未だ100万ヒット到達すら適わない。呪殺――いえ、本当に呪い殺したいのは、この私。才能もカリスマ性も無いのに、ネットだからこそ許される過激な文言のストリップで、他人の関心を乞食のように得たいだけの私を、呪い殺してしまいたい。愛らしい北欧系の白人少女にメタモルフォーゼした高血圧で脂性の俺は食卓に伏したまま、いつしか泣きつかれて眠ってしまったのでした。おやすみ、小鳥猊下。家人の怒号が君を夢の楽園から連れ出すまで、ゆっくりとおやすみ……