猫を起こさないように
バーバリアンさん
バーバリアンさん

バーバリアンさん

 「ヒスの女房を抱いた~、股を広げて座らせた~、アゴを反らしもって出した~、WarCry、WarCry、WarCry~」
 「あれ、そのダミ声はもしかして、バーバリアンさんやおまへんか」
 「なんやワレ、何なれなれしく話しかけてきとんねん」
 「相変わらず声、大きいでんなぁ。ホレ、そこの子ども目ェ開いたまま金縛りみたいになっとるがな。ぼくや、この顔見て思い出さへんかな」
 「なんや、自分かいな。えらい久しぶりやな。ここんとこ姿見ぃへんかったけど、どないしとってん。そや、自分なんか宗教やっとってんな」
 「そうなんですわ。ひとり改宗さしたら何万いうて、一時はえらいもうかったんですけど、最近はさっぱりや。こないだも幹部がテレビでつるし上げられましてな。うち、えらいことなってますねん。ぼくの娘、今度6才になんねんけど、小学校入られへん」
 「社会の風潮やな。強いのんの揚げ足とって、コケたら総攻撃や。みんなタマっとんねや。少しでも弱み見せたらはけ口にされる、えらい世の中やで」
 「まったくですわ。バーバリアンさんのほうはどないですのん。最後に会ったときはずいぶん羽振りよさそうやったけど」
 「ワシ、もう最近全然やわ。前は一晩で5、6回はいけたんやけどな。今では1、2回がせいぜいや。ワシ、人がええので売っとるから、誘われたら断れへんやろ。そやから、今では怖うて一人で京橋歩かれへんわ」
 「何の話ですねん」
 「話かわるけど、さっきそこの角であいつに会ったで。名前出てこんがな、ホレ、昔コンパの帰り鴨川で流れた」
 「ああ、あいつでっか。名前出てきまへんけど。あいつ、今どうしてますねんや」
 「ずいぶん調子ええみたいやで。『ぼくに貫通されたらどんな女も欲望の芯に火がつくんや、これもゼロ金利解除のおかげや』ゆうて、ずいぶん息まいとった」
 「うらやましいかぎりですな。ゼロ金利解除でっか。それでうちとこも盛り返しますやろか」
 「知らんわ。ワンカップ安なるんやったらええんやけどな。安なるんか」
 「わかりまへんわ。安なるかも知れませんな。そや、ぼくもさっきそこの角であいつに会ったんでしたわ。名前出てきませんがな、ホレ、昔コンパの帰り神社で石灯籠倒した」
 「ああ、あいつか。名前出てけえへんけど。あいつ、今どうしてんねん。暗いやつやったけど、ちゃんと就職しとんのか」
 「それですわ。就職はしたんですけど、就職したとこがなんと死体を処理する会社なんやて」
 「へえ、そんなんあるんかいな」
 「なんか、孤独死の老人とかの腐った死体を片づけるんや言うてましたわ。『ついこないだまでは競合相手なんかおらんかったから、一体あたりの単価なんてあってないようなもんで、うちのとこで勝手に決めれたんですけどな。タケノコみたいにぽこぽこ同業者が出て来て、今なんかひどいですわ。死体探して営業しますねんやで、おたくで人死にありまへんかァ言うて。こないだなんか腐った卵投げつけられましたんや、出てけェ、この死に神め、ゆわれて。それやなくても実際ブルーなりますって、慣れへんパソコン使うて手作りのチラシに、”死体一体20万、応相談”とか打ち込んでたら。それもこれも孤独死する人間が増えすぎたのが原因なんでしょうなァ』ゆうて、えらいたそがれてましたわ」
 「社会の高齢化と、核家族がさらに細かい個人へと分断された結果やろうな。そら、ええ商売なるわ」
 「あの、バーバリアンさん。ひとつよろしいやろか」
 「なんや自分、急に改まって」
 「うちの、どうしてますやろか。フローリングの床に油まいて火ィつけて、『この離婚届に判押すか、うちといっしょに焼け死ぬか、どっちか選び』ゆうて逃げたうちの女房は、どうしてますやろか」
 「……」
 「なんかゆうて下さいよ。ぼく、ちっともうらんでませんのやで。あっ、待って、待って下さい、バーバリアンさん。アカン、跳んでってもうたがな。昔から都合の悪いことがあるとすぐに逃げるのがあの人の悪いクセや。ああ、マルビル跳びこして行ってもうたがな。あれさえなければ、ホンマええ人なんやけどなぁ」