猫を起こさないように
ボブ・ザ・アナリスト
ボブ・ザ・アナリスト

ボブ・ザ・アナリスト

 「あら、ボビー。どうしたの。今日のあなたはとても沈んでみえるわ」
 「(憂鬱そうに顔をあげて)やぁ、ステフ。ちょっと最近夢見が悪くてね」
 「へえ。それはきっと現実がうまくいっていない証拠よ」
 「うん。そうかもしれない。特に昨日のは最悪だった(目を伏せる)」
 「聞かせてくれるかしら。興味あるわ。もしかしたら力になれるかも。なんだったらジョンソン教授にとりついでもいいわよ」
 「ああ、そうか、君は心理学専攻だったな……誰にも言わないって約束しておくれよ。(膝の上で手を組んで目を閉じる)そう、あの夢の中で僕はひとり自室のベッドに寝ていたんだ。月は出ていなかったんだろう、窓からはどんなわずかの明かりも感じられなかった。突然、部屋に黄緑色の不気味な光が射した。次の瞬間、僕は宙に浮かんだ自分自身の身体を感じていた。僕はしびれたように動けなくて、何も考えることができなくて、自然に開いた玄関の扉から自分の身体がふわふわと飛び出すのを他人事のようにぼんやりと見ていた。ふと気がつくと僕はテーブルの上にのせられていたんだ。テーブルという表現は正しくないかな、手術台、そう、手術台のような無機質で冷たい台の上にのせられていた。ぼくはそのときになってようやくその異常な事態に恐怖を感じはじめた。僕が逃げ出そうともがいているうちに、周囲を取り巻く銀色の壁から人型の生き物が何体か現れた。そいつらはちょうどアーモンドのような、顔の半分もあるような大きな黒い目をしていて、身長は、そうだな、君の腰ほどもなかった。そして、それからやつらは、やつらは、おお(顔をおおう)」
 「ボビー、つらかったら無理に言う必要ないわ」
 「いや、聞いてくれ。聞いて欲しいんだ、ステフ……やつらは僕には意味の不明な言葉で二言三言何かささやきあうと、おもむろに僕のジーンズをひきずりおろした。そして巨大な、ちょうど理科の実験でつかうじょうごのような物体を取り出すとぼくの、ア、ア、ア」
 「(両手で口をおおって)おお、ボビー、まさか、まさか」
 「ぼくのアヌスにふかぶかと突き刺したんだ!」
 「ああ、神よ!」
 「それはとても、なんというか、不思議な感覚だった。突き刺されたじょうごから内蔵のすべてが裏返ってとびだしてしまうように思えた。ひんやりとした金属の感触が直腸にあり、その心地よい冷たさに前立腺を刺激され、僕は二度射精した。やつらはかわるがわるじょうごの中をのぞきこみ、カンに障る笑い声のような音をたてた…僕はその最悪の恥辱の中で意識を失ったんだ。気がつくと僕は自室のベッドの上にいた。何事もなかったようにね。ひりつくアヌスの痛みをのぞいては、何も……これがすべてさ(がくりと首を垂れる)」
 「ボビー、でも、でも、それは夢なんでしょう。夢のお話に過ぎないんでしょう?」
 「(小昏い目で見上げて)本当にそう思うかい、ステフ」
 「(あわてて陽気に)ねえ、ボブ、こんないい天気の日に屋内にいるのはもったいないわ。さぁ、外でスカッシュでもして気分を変えましょうよ」
 「待てよ! ほら、見ろ、見るんだ! 目をそむけるな! (おもむろに立ち上がりジーンズをずりおろすとケツを突き出す)これが僕だ! 僕はもう普通の人間じゃないんだ、アンヌ!」
 「いやっ、いやぁぁぁぁっ!」
 「(涙声で)僕はもう普通の人々のようには生きられない。僕はこの世界で一番目立たない人のようなささやかな人生をこそ送りたかったのに。植物のようなおだやかな、高橋陽一の漫画にキャラの描きわけができないために必ず登場する双子や三つ子のような、そんな凡庸な人生をこそ過ごしたかったのに!」
 「ばぶん(爆音とともに窓ガラスを突き破って空のかなたへと消えていく)」
 「(後ろから歩み寄り)アナル・バースト現象」
 「(ふりむいて)ジョンソン教授…」
 「かれはいま、かれの意志にかかわらず手に入れてしまった自分の力にとまどっているんだ。ステファニー、いっしょに来てくれないか。かれを呼び戻さなくてはならない」
 「(うつむいて)私には…私にはかれにかける言葉がありません」
 「今のかれを説得できるのは君だけだ。かれを慰めてやれるのも。我々人類にはかれのアナルが必要なのだ」
 「…私はかれをひどく傷つけてしまったわ。かれの異形のアナルを見て悲鳴をあげて、後ずさって。私はなんていやらしい、品性の下劣な女なんだろう! かれのアナルはまったく問題ではなかったのに! 私はいつもつくり笑顔で友だちのふりをしていただけなんだわ…」
 「ステファニー…」
 「行きましょう、ジョンソン教授。私はかれに会ったらまっさきにひざまずいて、そのアナルに接吻するつもりですわ」
 「(微笑んで)うん、そうするといい」