猫を起こさないように
大阪オフ始末書
大阪オフ始末書

大阪オフ始末書

 私はつねづね思ってきた。ホームページ所持者たちが現実に会合を行いその様子を報告としてアップするような場合、なぜあのような過剰に躁的な、過剰に荒唐無稽な、過剰に虚偽に満ちた――たとえば自宅からもってきたマシンガンで列席者を虐殺とか(銃刀法により厳しく民間への武器の流出を制限しているこの国においてホームページを作る程度の積極性をしか持たない彼ないし彼女がそのようなものを入手できる可能性は限りなくゼロに近いし、よしんばそれが本当のことであるにしても、大量殺人を行った彼ないし彼女が世界に名だたる我が国の警察の包囲の目を逃れ無事自宅にたどり着きパソコンを使ってのうのうとホームページを更新できるなど、まったく絵空事でしかない)、身長5メートルもあるような巨体の大男に(生物学的見地からもこのような骨格の直立歩行生物がこの惑星の重力下において発生できる確率を私は信じない)トイレで肛門を陵辱されたとか(ネット上において散見するホモセクシャリティについてはコンピュータ人口における男女比率の問題を想起させるが、実際のところこれは心理学的にみて肛門期に問題を有しておる青年が彼らの母親に本来の対象を持つ憎悪が女性一般に転移した結果の事象ではないかと推測する。これについては近々誌上に論文を発表するつもりだ)の記述がそれだ――ものになるのだろうか。その理由はどんな種類の真実にもためらわず目を向ける真摯さをわずかにでも持つ者には明白である。なぜならば、ホームページとは現実に存在する様々な負の要因の反作用として生まれてくるものだからである。つまりそれらは、彼ないし彼女の中で本来的に相容れないものとして処理されている自身の現実と自身の虚構がせめぎあう結果として生まれてくるひずみであると推定することができる。
 私は私の中にある妄想や、本当の自分はこうあって欲しいといった願望が、現実にこのようにある私という実存と切り離して考えることのできるものでは決してないことをすでに知っている。私のホームページがここにこうしてあるのも、私という惨めで不完全な人間がこの無慈悲な荒々しい現実の中で、個人の側からの何の入力も受けつけないように見える現実の中で、真に肉体的な意味で生きているからこそであることを私は実感しているのだ。だから私は現実を、起こったことをありのままに彫刻することを恐れない。それは私の連綿と続く意味のないように思える人生の先端において、その連続の結果として発生した事件であるからだ。私は一切の虚飾を廃し、事実のみを記そうと思う。 さて、では諸君にこのレポートのフォーマットについての理解を最初に与えたい。テレビに代表される様々のメディアが一秒の隙間もなく映像や音声を流し続ける現代に顕著な精神症に沈黙状態への脅迫的な忌避があげられるだろう。現代の対人関係において確かに存在するが、具体的な言及の難しいそれについて私は今回のレポートにおいて大胆に迫ろうと思う。以下私が”…”と表記した場合、それは現実的に5秒以内の沈黙が存在したことを意味する。以下私が”……”と表記した場合、それは現実的に6秒以上10秒以内の沈黙が存在したことを意味する。さて、では次の場合はどうだろうか。A「あ………」B「私は」。これは発話者Aの”あ”という母音の発声直後から発話者Bの発話まで10秒以上15秒以内の沈黙の時間が経過したことを意味している。これを理解されたい。
 用意はよろしいか? それでは始めよう。
  大阪駅中央口噴水前。
 A「………………」
 B「………………」
 A「………………」
 B「………………」
 A「あ……………」
 B「………………」
 A「あの…………」
 B「…はい?」
 A「あ、いや…」
 B「……×××さん、ですか?」
 A「はい! ぼくが、が(咳きこむ)、×××です」
 B「ぼく、××」
 A「…えっと……」
 B「………」
 A「…こちらの方は?」
 B「ぼく、のサイトのファンの女性です」
 C「どうも」
 A「あっ…………どうも」
 B「………………」
 A「………………」
 B「………………」
 A「………………」
 C「ふぁ(あくび)」
 A「あ。ど、どこか移動しましょうか」
 B「そうですね」
 A「…あ…どこにしましょう」
 B「ぼく、あんまり大阪知らないんですよ」
 A「あ、そうか、あ、そうか……えっと…」
 C「ふぁ(あくび)」
 A「じゃ、あの、適当な喫茶店でも、あの、行きましょう」
  大阪駅付近の喫茶店。
 A「………………」
 B「(鞄の口を開いて)これ、ぼくが持っ」
 店員「ご注文はおきまりですかぁ?」
 A「ええっと……(二人を見る)」
 C「(煙草を取り出しながら)ブレンド」
 A「あ……ぼくもそれで」
 B「……あの……ぼく、お金無い…」
 A「え…………」
 店員「…(しきりと靴底をコツコツいわせる)」
 C「ふぁ(あくび)」
 A「あ……ぼくが……あの…払います…」
 B「え…………ありがとうございます」
 A「……いや」
 C「ふぁ(あくび)」
 店員「…(無言で立ち去る)」
 A「………………」
 B「………………」
 A「………………」
 B「あ、おみやげ(鞄から取り出す)」
 A「あ、(中身を見て困ったような顔で)…ありがとう」
 B「いや、そんな」
 A「………………」
 B「………………」
 C「ふぁ(あくび)」
 店員「…(無言でコーヒーを置く)」
 A「…(救われた表情でコーヒーに手をのばす)」
 B「……熱ッ………」
 C「…(煙草に火をつける)」
 A「………………」
 B「………………」
 A「…(椅子から尻を持ち上げて聞こえないように放屁する)」
 B「………………」
 C「ふぁ(あくび)」
 A「(音を立ててカップをおいて)あの!」
 B「(びくりと身体をふるわせて)…なんでしょう?」
 A「あの、(異常な早口で)あなたのサイトはとても面白いと思う」
 B「……ごめん、ちょっと聞こえなかった」
 A「(真っ赤になって)あ、なんでも……」
 B「………………」
 A「………………」
 B「…(空になったカップにスプーンで砂糖を移す作業に没頭)」
 C「ふぁ(あくび)」
 A「あの!」
 B「(びくりと身体をふるわせて)…なんでしょう?」
 A「…出ませんか?」
 C「…(荷物を取り上げるとさっさと店をでる)」
 B「(泣きそうな顔で)あ……そうですね」
 A「(あわてて)出ましょう、出ましょう」
 店員「お客さん!」
 A「(びくりと身体をふるわせて)…なんですか?」
 店員「(不機嫌な様子で)お金」
 A「あれ、あ、(独り言のように)そうか……そうだよね」
 B「………………」
 C「…(店の外で煙草をふかしている)」
  観覧車下広場。
 A「……えっと。どうしましょう」
 B「……ぼく、大阪のこと知らないから……」
 A「あれ、あ、(独り言のように)そうか……そうだよね」
 B「………………」
 A「………………」
 C「ふぁ(あくび)」
 A「あ、あ! 歩きましょう!」
 B「……歩く……んですか?」
 A「(泣きそうな顔で)はい、歩くんです」
 B「………………」
 C「はぁ(ため息)」
 A「じゃ…………」
 B「………………」
  大阪駅周辺。
 A「………………」
 B「………………」
 A「………………」
 B「………………」
 C「…(煙草に火をつける)」
 A「………………」
 B「………………」
 A「………………」
 B「………………」
 C「ふぁ(あくび)」
 A「あ、あの!」
 B「(びくりと身体をふるわせて)…なんでしょう?」
 A「(早口で)××さんはどうしてサイトを作ろうと思ったんですか」
 B「……え……と……寂しかったから…」
 A「(困った顔で)あ、あ、奇遇だなぁ! ぼくも、も(咳きこむ)、そうなんです」
 C「…(煙草を取り出しながら顔を露骨にしかめる)」
 B「……へえ……」
 A「………………」
 B「………………」
 A「………あ……(独り言のように)大阪駅」
 C「…(舌打ちする)」
  大阪駅東口。
 A「……今日は……あの……会えて嬉しかったです」
 B「(びっくりした顔で)え、あ、もう…ですか?」
 A「(半笑いで)え、あ、まだ…ですか?」
 B「(うつむいて目をそらして)…ぼくも、嬉しかったです…」
 C「…最低(低くつぶやいて肩を怒らせながら雑踏の中に消える)」
 B「(泣きそうな顔で)あ、ああっ……」
 A「………………」
 B「………………」
 A「………………」
 B「………………」
 A「………………」
 B「………………」
 A「……あの、じゃ」
 B「(気の抜けた声で)…じゃ」
 A「(遠ざかる背中に)あの! ネットで!」
 B「…(振り返らず無言で立ち去る)」
 A「………………」
 4月25日の全できごと終了。