猫を起こさないように
小鳥尻ゲイカ
小鳥尻ゲイカ

小鳥尻ゲイカ

――今日のゲストは、女優の小鳥尻ゲイカさんです。
 小鳥尻(以下、尻):(仏頂面で)どもー。
――さっそくですが、今回なぜあのような更新をなさったのですか? そこに至る心理状況といいますか、経緯をお聞かせ願えますでしょうか?
 尻:(そっぽを向いて)別に……。
――何か、昔からのファンへの裏切りだとか、そういう声も聞かれますが……
 尻:(激昂して)ウルセエよ! うちあわせと内容がちがうじゃねえか! そのことには触れないんじゃなかったのかよ! オイ、カメラとめろ!
――落ち着いてください、生放送中ですから。ファンへの謝罪の言葉はないのですか?
 尻:なま……(小声で)ちくしょう、いつもアタシをそうやって罠にハメやがんだ……(沈黙。ふるえる手で前髪をかきあげながら)オタどもの喜ぶようなものを書こうと思ったんだよ。奇抜な名前で精神遅滞のガキがする情緒たっぷりの世迷言や、神話の世界観を借用した奥行きのゾッとするような遠浅ぶりや、自動化された物語のする白痴的精神愛撫をオタどもにブチこんでやりたかったんだよ!(無理に笑い声をたてる)
――ごうごうたる非難を聞けば、その試みは少なくとも成功したとは言えないと思いますが?
 尻:(びくり、と身体をふるわせて)も、萌えやら、ね、熱血やら、オマエらがオッ立つ要素はなんでも入ってんだろがよ! ぜんぶタダで読んどいて文句言うなんてよ、不法侵入の上で狼藉・乱暴しながら戸締りについて説教する強盗と変わらねえよ! ちがうかよ!
――(さえぎって)読者の方から一通のメッセージが届いていますので、読みあげさせていただきたいと思います。『私たちが変わってしまっても、貴方だけは変わらないでと、そう思うのは私たちのエゴなのでしょうか』。いかがですか? 真摯なファンの姿勢に、少しでも反省の気持ちは生まれませんか?
 尻:ケッ、ソープに沈んだ昔のオンナにかけるブンケイの寝言じゃねえか。テメエが身請けしてやらねえから、生活のために仕方なくお客とってンだろ? それ、「ぼくには経済力がなく、そしてきみには処女膜がない」って意味でしょオ? ちがうのオ?(馬鹿笑いする)
 画面の外でサングラスの男が「もっと挑発して」と書かれたカンペを掲げる。目の端でそれを見るインタビュアー。
――では、私の感想を述べさせてもらいますと、しかし重度の萌え不自由でしたね(笑)。
 尻:(頭髪の薄い男があの単語を言われたように、顔面を硬直させる。何か言おうとして、泣き出す)ひっく、ひっく……ひどいじゃないの……わかっててアタシにそれを言うなんて……なにさ、かってにキレキャラみたいにあつかってさ……きょうだって、アタシがあばれだすのをみんなニヤニヤしながら待ってんでしょう? アタシ、女優なのよ……ネット界のおさわがせである前に、女優なの。でも、いまじゃ女優だからキレるのをゆるしてもらってるんじゃなくて、キレるから女優をやらせてもらってるみたい……こんなのって、ないわ……ないわよ……(両手に顔をうずめると、すすり泣く)」
 インタビュアー、当惑してサングラスの男を見る。サングラスの男、身体の前で両腕をクロスさせながら、口パクで「つかえない」と言う。
――小鳥尻さん、ご自分で招いた結果です。泣いたってしょうがないでしょう。ほら、これ使って。
 尻:ありがと……(ティッシュで鼻をかむ)バカだね、アタシ。オンナが泣くのって、サイテーだね。なんだか、ゆるしてくれって甘えてるみたいでさ……。
――落ち着かれましたか? みなさん、小鳥尻さんの言葉を待ってますよ。
 尻:(前髪をかきあげる。鼻の頭が真っ赤である)あー、なんか、昔のこと思い出しちゃったわ。中学のときさ、ちょっとからかうと、ムキになってキモい反応するデブがクラスにいてさあ。イジメ、だったのかな、あれ。みんな、ソイツになら、なに言ってもいいってフンイキだったワケ。んでさ、国語の時間にウザいセンセーがさ、クラスの前で作文とか読ませんのよ。はは、ムナゲってあだ名だったわ、そういや。中身は忘れたけど、将来の夢とか希望とか、きっとそういう漠然と前向きなヤツ。みんなジブンの番が心配だからさ、まばらな拍手とか、ユルい冷やかしとかに終始すんの。もっと正直に意見を交換していいんだぞって、ムナゲがさ。公立だったし、ただ同じ地元だってだけで集まってる連中が、おたがいに深いとこまで通じるハナシなんて、そもそもできっこないじゃん。オカマバーにノンケをつれてってゲイの話をさせるって例えなら、だれだってムリだってわかんのにサ。でもまあ、ガッコってそういうトコだしね。でさ、毎時間、何人かずつ発表してってさ、ついにソイツの番になったワケ。ナニしゃべってたのかは忘れたけど、その日はみんなでしめしあわせてさ、黙って下向いてたの。クラス全員で。発表が終わっても顔あげずに、ただヒジでつつきあったり、クスクス笑ったり。そんで、これは一番うしろに座ってたアタシの役目だったんだけど、頃合いにとびきり大きなため息をついたわけ。ハーッ、って。そしたらさあ、ソイツ、いままでになかったくらい、ものスゴイ逆上しちゃってさあ。教卓を蹴りたおして、アタシのほうめがけて突進してくんの。さいわい、他の男子がとりおさえたけど、まえに座ってた女の子がひとり、倒れた教卓でおデコをケガしちゃってさ。結局、ソイツひとりだけ停学くらうことになるワケ。なんであんな怒ったんだろ。あれは、あと味わるかったわ……(内側へ沈み込むように、小声で)なんであんなに、怒ったんだろ……」
 サングラスの男、空中をチョップする真似をしながら、口パクで「切って切って」と言う。インタビュアー、細かくうなずく。
――(わざとらしく腕時計に目を落としながら)えー、時間も残りわずかとなってきたようです。最後にファンへ一言だけ、お願いできますか?
 尻:(聞こえていない様子で、ひとり言のように)アタシさあ、前にダンナに不倫されて殺すとこまでいっちゃう役やったことあんだけど、最近なんかそのことばっか考えるっていうか、すごいよくわかんだわ。内助の功ってえの? 影で支えてたダンナがさ、どんどん社会的に立派になってってさ、気がついたら築いた地位を利用して別の若いオンナつれてんの。当時は、なにこのうすっぺらなハナシって思ってたけど、いまは想像するだけで目の前が真っ赤になる感じがする。日の当たらない場所で耐えてきたアタシはどうなんのって。アンタは表の顔だけして生きてるけど、アタシがアンタの下着まで洗ってんだって。アタシがアンタの汚い部分をぜんぶ引き受けてきたから、いまのアンタのきれいな成功があるんだろって。だから、nWoの閉鎖が決まったりしたらアタシ――(臍を噛んで、三白眼で)きっと殺すと思うな……」
 サングラスの男が台本を放り投げると、スタッフが撤収を始める。セットから順番に照明が落ち始める。インタビュアー、ソファへぐったりと身体を投げ出す。
――(興味を失った様子で)だいじょうぶですよ、たぶん、どうでも。
 尻:(険のとれた表情で)あー、泣いて愚痴ったらスッキリした。なんだって出すとスッキリするのは、動物らしくてイイね。(立ち上がり)ゲイカ、次からはいつもどおりがんばります。みんな、心配かけてゴメンナサイ、てへっ(頭を下げ、舌を出す)。
――(失笑して)がんばるって、萌えを、ですか?
 尻:(瞬間的に血涙が吹く)ブワッハッハーのハー!! けっきょく、アンタたちはアタシのこれが見たいだけなんだね!!
 小鳥尻、インタビュアーの胸ぐらをつかむと、ともえ投げに投げ捨てる。テレビカメラは激突したインタビュアーごと倒壊し、画面は大音響とともに横倒しになる。サングラスの男、小さくガッツポーズをとると、スタッフに指示を出す。セットに照明がもどる。しらけた雰囲気から一変、にわかに活況を呈する現場。
 お茶の間のテレビ画面。ガラスのテーブルにヒールで仁王立ちになり、何事かを宙空に向けて絶叫している小鳥尻ゲイカの口から、炎のCGエフェクトが発している。かぶせるように、怪獣の鳴き声。流れる血涙は、水色に塗りかえられている。BGMにはドリフのコントでオチに用いられる、例のスラップスティックな曲が流れている。大爆笑のお茶の間。
 「ああ、よかった! メンタルヘルスみたいな告白を始めたときにはどうなるかと思ってドキドキしたけど、やっぱりゲイカ様ね! いつだって最後の最後には、私たちの期待どおりまとめてくれるわ!」
 「(あからさまに戯画的な白人が流暢な日本語で、しかし英単語だけは極めて英語的な発音で)おっと、そこの君! そうそう、顔の造作に問題がないとは誰にも断言できない、ふくよかな脂肪の、そこの君のことだよ! もしかして、nWoがまた、死なない程度のヘルシー・リストカット、予定調和の大暴れで、従来の自閉路線に戻ったと安心してるんじゃないのかな? ノンノン、nWoの未来はいまだにたゆたっている……(雑木林が風になびくときのような擬音)。このウェブ2.0時代にいつまでも昔ながらのテキストサイト的運営じゃ、(そうでないことを確信する口調で)取り残されてしまうからね! 今回、nWoは来訪者のみんなへ向けたアンケートを実施することにしたよ! ホームページはインタラクティブ性が重要だからね、LDゲームのようなね! もちろんキミの匿名は完全に守られるので、「こんな下品なのが好きなんて、私ってやっぱりエッチなのかな?」と性に臆病な女性読者もひと安心だ! nWoの今後の方向性について、忌憚のない意見を聞かせてくれたまえ! なんの権威による裏づけもない、こんな場末の泡沫サイト、どっちに転んだところで人類は滅亡しないって寸法さ(腹を抱えて爆笑する)! (目尻の涙をぬぐいながら、真顔で)アンケート回答者が規定数に達しない場合は、ノーコンテスト。(暗い声で)そのときは、閉鎖します」