猫を起こさないように
少女保護特区(7)
少女保護特区(7)

少女保護特区(7)

 すべては他人事のように感じられて、映画やテレビの向こうのように感じられて、たまらなくイヤだった。
 頬にかかった熱湯に、思わず悲鳴をあげそうになる。指をすべらせればぬるりとした感触がして、手のひらは真っ赤に染まった。噴出する液体はすぐに勢いを失い、床に広がりながらやがて制靴を浸した。
 駆けつけた警官にパスケースの許可証を見せる。反応は劇的だった。青ざめた顔で一歩下がり、半分ほどの年齢の小娘に最敬礼で応じた。無表情を装ったまま、大きく目を見開いて下からのぞきこむ。何かを問うそぶりで、わずかに歯の間から舌先を押しだすと、たちまち真っ赤になって顔から汗をふいた。その狼狽ぶりを忘れない。
 立ち去る背中へ、血のように粘る好奇と欲情が向けられるのがわかった。後悔と、そしてたぶん悲しみを、すぐに軽蔑で塗りつぶす。
 あの瞬間にこそ、私は誕生したのだ。喜びと祝福に満ちた、しかし望まない生の瞬間のようではなく、確かにこの意志を介在させた、人間世界と人間存在にとってのある災厄として。
 大気に満ちた霧雨が十字架をけぶらせ、遠近感をなくしていた。
 教会の入り口で傘をたたむと、コートの表面は水滴をふきつけたように濡れている。重い扉を引いて一歩ふみいれた途端、オルガンの音が足元からせりあがるような質感を伴って鼓膜を揺らし、平衡感覚にゆらぎを生じさせた。
 館内は完全な祝祭の空間を形成している。内なる高貴な精神性にだけ信仰を捧げるこの身でさえ、眼前の明白な秩序をあえて乱そうとは思わぬ。
 祭壇へと続く通路が、整然とならぶ木製のベンチをふたつに割っており、そこに少女殺人者への断罪の光景が広がっていた。黒いワンピースを身にまとった喪主は、蝟集する親族たちから隔てられて、ひとり座っている。
 可視化された正常と異常の狭間を進み、コートを脱ぎながら喪主の隣へ、人ふたり分を空けて腰かける。性質の良くない興味と侮蔑のいりまじった意識が、物好きな、あるいは邪な下心をもった若い後見人へと注がれるのがわかる。古くから慣れ親しんだその感覚に、もはや何の痛痒も感じない。喪主へと向けられる悪意を少しでも軽減できるのならと、意識して胸をそらした。
 うつむいて膝の両手へと視線を落とす横顔は、漆の光沢を持つ黒髪で御簾のようにさえぎられ、表情をうかがえない。いつのまにかオルガンの演奏は止み、神父か牧師か、初老の男性が聖書を朗読する声が響いている。耶蘇の宗派はさっぱりわからぬ。しかし、喪主にとって唯一だった神を葬送するのに、これ以上ふさわしい儀式はないだろう。
 ――なぜなら、この朽ちるものは必ず朽ちないものを着、この死ぬものは必ず死なないものを着ることになるからである。
 自我が永遠に存続することを寿ぐくだりは、いつ聞いても恐怖に身震いがするほどだ。生命の最初期に与えられた望まぬ呪いと、呪いゆえの不完全な意識を清算する術は、あらかじめ奪われている。幾度も幾度も檻の内側へと復活し、世界と己の破滅を等価のごとく秤にかけ続ける永遠。
 生々しい幻視に首を振る。教会の内部は、現世的な枠組みを弱める装置として機能するゆえか。だがそれでは、通路の向こうから曖昧な敵意を向ける人々の説明がつかぬ。
 説教を終えた初老の男性にうながされ、喪主が献花へと立ち上がる。半歩下がって続く。隣あって並べられた棺からのぞく顔は、穏やかな表情に復元されていた。あの夜の光景が脳裏へフラッシュバックし、ご尊父とご母堂の表情が一瞬、凄惨なものへと変わる。片方だけとなった眼球が恨むようにこちらを見るのも、頭蓋の内側にのみ投射された映像である。
 強く閉じた瞼を開けば、やはり横たわるのはふたつの穏やかな顔でしかない。表層と深層の間に横たわる、欺瞞に満ちた隔絶の淵。しかしそれは、多くの精神にとって有効である。死者だけが静かに、現世の喧騒を拒絶している。ようやく訪れたこの至上の安楽を、はたして死者は手放したいと考えるだろうか。死んだ人々のよみがえりを言うことが、誰にとって必要なのだろう。
 低く流れる奏楽の下に、小さなさざめきがある。壇上から何度かうながされるが、誰も喪主に続こうとはしない。ある種の憤りにかられ振り返ると、親族たちの座席から小さな男の子が飛び出して、喪主の足元へと駆け寄ってくるのが見えた。母親らしき人物が金切り声をあげて制止するが、彼の瞳には恐れよりも憧憬があふれている。
 ――おねえちゃん、人を殺したことがあるんだって?
 喪主はとまどったように両手を胸元へと引き寄せた。わずかに視線をさまよわせた後、まっすぐと見つめ返す。
 ――ええ。
 ――何人くらい殺したの?
 少年はあくまで無邪気だ。記憶をさぐるように、喪主はかるく目をつむった。
 ――二十八人よ。
 ――へえ、ぼくのクラスより多いんだ。すごいや。
 ――でも、もう数えないわ。
 ――どうして?
 屈託のない問いかけに、全身から汗がふく。無意識のうちに、両手を背中に回す。
 ――数えられないの。
 ――ぼく、百まで数えられるよ!
 喪主の口元へ、かすかに微笑が浮かぶ。棺に納められた百合のように静かなやり取りの裏で、母親の懇願はもはや悲鳴と化した。
 両手を頭のうしろへ組むと、何度も喪主をふりかえりながら席へと戻る。とたん、母親が音を立てて平手を打つ。黒を基調とした少女の美に心を残していた男の子は、たまらずバランスを崩してしまう。椅子の背もたれに強くこめかみをぶつけ、ずるずると床へくずれおちる。失神したのだろう。ぐったりとした身体を抱きあげて、母親が泣きだす。取り巻く周囲の人々は今度こそあからさまに、喪主へと敵意のこもった視線を向ける。
 感情に翻弄され、自ら作り出した劇場で演じる人々こそが、よみがえりである。神になりかわり、祝福を与えよう。お前たちは、永遠を生き続けるがいい。
 立ちつくす喪主の細い肩へ軽く手をのせると、わずかに身を震わせるのがわかった。一瞬の間をおいてこちらを見上げた両目には完全な抑制があり、感じたと思った悲しみの波動はすでに消えていた。いや、悲しみは残っていた。いつのまにか胸の深奥へ伝播した悲しみは、いまや痛みで喉元をしめつけている。この関係をこそ、望んだはずではなかったのか。
 喪主とともに死と不死の境界をたどって、元のように腰をおろす。親族たちはようやくのろのろと立ち上がり、少女殺人者とその後見人とを大きく迂回して棺へ向かう。それはまるで、障害物に最短距離をさまたげられた蟻の行軍を俯瞰するような滑稽さだった。もちろん、笑いはしない。この偏狭な世界観が誰かにとっての蟻の行軍でないと、断言はできないからだ。見上げると、ステンドグラスを透過する輝きが、雨天にも関わらず目を細めなくてはならないほどまぶしい。光には人の感覚を麻痺させる何かの力があるようだ――
 握りしめる柔らかな手のひらから、ぬくもりが失われていくのがわかる。ひとつの公立病院とひとつのクリニックが受け入れを拒絶した。少女殺人者であることが理由だったのかどうかは、わからない。すでにいくつかの影が、予と予の少女を遠巻きに観察している。反撃の恐れが完全にないことを、この上ない慎重さで確認しようとしているのだ。上位ランカー相手の警戒は、臆病のそしりを受けるものではない。だから、次に訪れた私立病院が治療を提供してくれていなかったら予の戸籍は消滅し、予の少女の氏名はランキング上で暗転していたに違いない。
 先の医療機関に比して、驚くような慇懃さと厚遇で迎え入れられ、匿名の入院に個室まで供与される。予はただちに解決すべき重要な案件を抱えていたが、予の少女を預けたままの外出さえ心安らかに行うことができた。しかし、好意が過大である場合の含意は、やはり過大な見返りであることを処世術として予期せねばならない。
 強引に設定した整形外科医との面談で、予の少女の玉肌に傷を残さぬよう予が所持する高解像度写真を例示しながら復帰すべき現状を申し述べているところ、今後の治療計画について院長が相談を求めている旨を、背後から近寄ってきた看護師にそっと耳元へ告げられる。渡りに舟とは、まさにこのことである。眼前の不快な表情をした医師の態度が激変する未来を予言視した予は、知性の程度が互いに遠い場合は特に非生産的な対話をたちまち打ち切った。そうして予から知性の離れた者へもっとも有効に機能する鼻薬を手に入れるべく、揚々と院長室へと向かったのである。
 丁寧な口調で予の味わった艱難をねぎらいながら時代がかった人払いを命じると、院長はごく自然な動作で扉に鍵をかける。予の洞察力はこれから訪れるだろう政治的なかけひきへの即応性を予の内側へ構築した。まずは先制点を獲得したことで、予は意気を強める。それにしても、相当な老齢である。垂れ下がった顔の皺が柔和な微笑みのような印象を作り出しており、声の調子は対する者の警戒を解かせるのに充分なほど穏やかで確信に満ちている。ブラインドが調節され、床が陽に満ちる。予に対面の椅子をすすめながら、院長は窓を背に座った。反射する陽光に目を細めねばならず、その表情は陰となって判別しにくい。いま思えば、意図された舞台装置であったのかも知れぬ。
 ――お連れの方は順調に回復しておられます。あと一週間もすれば寛解するでしょう。医は仁術と申します。しかし退院なさる前に、治療のお代について話を通しておく必要があると考えまして。現世のよしなしごとが心わずらわせるのは、好む好まざるへ関わらず避けられぬものです。
 穏やかに言葉がつむがれると、黒い空洞が見え隠れする。歯茎にのぞく白いものはまばらで、粘膜の色合いは灰色に近い。相手というよりは陽光に幻惑されたせいだろう、治療費に足るだけの持ち合わせのない旨を傲然と告げる予の声はくぐもった。
 ――然り然り。医は仁術と申します。少女殺人者とその随伴へ求める対価は心得ておるつもりです。血刀に刃物傷のお二人が当院をくぐられるのを見ましたとき、野戦病院の昔を思い出して久しぶりに心おどったことは確かですからな!
 院長が両手を広げると、ブラインドから差し込む光線が弦のようにはじかれ、予の視界を明滅させる。黒い穴からは擦れた音が断続的に漏れている。笑っているのやもしれぬ。
 ――医は仁術と申します。しかし、ある戦争状態に対して「世界は平和であるべきだ」と批評を行うことに、はたして意味がありましょうか。当事者だけが述べることを許される言葉は多いはずですが、誰もが等価に世界の不幸へ関与できるとお考えの向きも、最近ではかなりおられるようで。心の闇だとか組織の闇だとかそういった名づけは、第三者にとって見えないゆえに暗いというだけのことでしょう。物体の表面へそそぐ光線の有無が、物体そのものの性質を変えることがありましょうや。当院は宿坊や家庭ではございません。まして我々が保護者の代理であろうはずはない。いらだたしいのですよ。
 周縁から円心へ回転するような物言いに相手の意図をはかりかね、生来の剛毅が生む率直さから予は真意をただす。院長のたるんだ目蓋が持ち上がると、両目は老木のうろを思わせる虚無を湛えていた。
 ――院内で、一件の少女殺人が発生することを望んでおります。
 予の心へ空白が生まれる。この申し出は、何ら意想外ではないことに気づいたからだ。青少年育成特区というシステムの中で唯一の不確定は、少女の心である。遠隔的にであれ、それを操作できる目算を持てるならば、すべての殺人は合法となるだろう。だが、病院側が手に入れる利益が事の後に訪れる現世的な大騒ぎを差し引いて、なお正であるとは考えにくい。
 ――確かに、治療費だけでは充分な対価とは申せませんな。ただ生を長らえるだけで、現世のしがらみは身体の奥底へ澱のように沈んで参ります。その身動きのとれなさはわずらわしいものですが、ときに大きな助けともなりえます。いずれの公的機関にせよ、私の一筆や口ぞえは、あなたが少女殺人者の傍らで拒絶し続ける社会的な価値を多く含んでいると言えましょうな。
 返ってきた答えは予の問いかけを正しく理解した内容ではなかったが、院長自身が差し引きを正ととらえていることだけは了解できた。渇いた口腔を唾で湿してから、予は勘違いを指摘する。黒い穴から間歇的に擦過音が漏れる。
 ――さきほど申し上げたではありませんか、野戦病院を思い出して興奮したと! 殺したことのない者は信用できませんからな! 命を奪う者と奪われる者、この当事者の感覚だけが命の真実です。こういう話をできる友人も、年々少なくなりまして。孫などを抱くともういけませんな。あの切り立った崖、世界の最突端から落下の恐れがない場所まで転進してしまうのです。あなたが磐石の何かとして想定し対抗するこの社会は、傷の上に形成された瘡蓋のような、ほんの一時的なものにすぎません。私はあなたのお立場に同情し、共感をさえ覚えているのですよ。私はわずかだけ瘡蓋の端を引き剥がして、予期される出血から傷が癒えていないことを確認したいだけなのです。医は仁術と申します。しかし、少なくとも私の心が痛まぬ命が存在し、この個人的な妄執を満たすのに心が痛まぬほうの命を供物として、かつ当院の実利にも貢献できるというのなら、どこに与えられた好機を看過する選択がありましょうや!
 光が下からやってくるこの空間は、惑星の表皮に進化を続けた結果の現実認識を不安定にさせ、揺さぶる効果があるようだ。平衡感覚はゆらぎ、数日前に行われた予の少女の後見人をめぐるやり取りが脳裏にリフレインする。
 ――親族の方々は、軒並み拒否の姿勢ですね。あのモンスターは、もう二十七人も殺していますから、無理もありませんわ。お話をうかがいましたが、未成年被後見人が貴方を選んだという点が極めて疑わしいですな。最近では“少女殺人者の人権を守る会”なんていうネット発の、本末転倒な団体もありまして。事件が起こるとすぐに、いくつか連絡が来るんですわ。つまり、推薦名簿に候補者はあふれておりまして、両親の遺書もなく、被後見人からの請求も証明できない以上、家裁があなたを優先的に選任する理由はどこにもない。妙な下心を持った連中も多いんでしょうが、少なくとも社会的立場はしっかりしていますしね。まあ、逆に不利なぐらいですよ、あなたは……
 枕を腰に当てて、霧のような雨にけぶる窓の外を見ている。気づいているはずだが、ふりむこうとはしない。長い髪の流れる小さな背中へ、医師とのやりとりや、今日あったことや、とりとめのない日常の気づきを報告する。返事はないが、確かに話を聞いている気配はあった。治療代の話はできなかった。沈黙がおり、それが充分に長くなると退室の合図だ。去り際に、未成年後見人の話をする。受け入れる気がないならこの場で断ってほしいと伝える。黒髪がわずかにゆれたようにみえたが、沈黙がやぶられることはなかった。扉を閉める最後の瞬間まで、隙間からのぞく後ろ姿は窓の外を見ていた。
 廊下で何人かの患者たちとすれちがう。いったんは拒絶したはずのものたちが、再び周囲をとりまき、その包囲を縮めていくのがわかる。山に老婆を遺棄して帰宅すると老婆が笑って出迎えてくれるような、循環する恐怖。階段を下りると、待合いは人でごったがえしていた。なんとなく出かける気をなくして、空いている長椅子へ腰かける。左には赤ん坊の背中をさする母親がおり、右には杖に額を乗せて荒い息の下で祈るような格好の老人がいる。真ん中にいるのは、いったい誰なのだろう。山頂のほこらに老婆をおさめて扉を閉めたときの気持ちを思い出す。重荷がなくなったことが足取りを軽くした帰りの山道での気持ちを思い出す。だが、帰宅して土間から仏壇の老婆を見たときの気持ちは、はたして恐怖だったか。人間世界で最も古い職業は娼婦である。ならば、最も古い虚構は、死者のよみがえりではないのか。
 相部屋のベッドから、天井を見上げる。腸炎で絶食中とのふれこみで、治療を終えるまで間借りできることになっている。カーテンの向こうに人の気配がし、車輪のきしる音は部屋の外へと移動する。足元の非常灯だけが照らす廊下で、点滴を引きながら人影はトイレへと消えた。まちがいない。足早に追いかける。個室へ入ろうとするところを後ろから回した左腕で顎ごと便器へ押さえつけ、喉元にあてた刃物を一気に引く。背後の扉を片足で押さえながら、大便用の水流で物音を消す。持ち上げた片手を便座にかけたのが、示された唯一の抵抗だった。内側からの施錠を確認し、目に見える血をぬぐったトイレットペーパーを流すと、懸垂の要領で個室の外へと出る。洗面台で両手と刃物をすすいで顔を上げると、鏡の人物には血の飛沫がそばかすのように散っている。乱暴に顔を洗う。トイレを出た両足は自然、個室へと向かっていた。細心の注意を払ってわずかに隙間を開くと、身体をすべりこませる。ベッドのふくらみは規則正しく上下しており、それを眺めるうちに両足が震えはじめて、そのまま床へ座り込む。両膝を引き寄せると顔を埋める。小学生のとき以来だった。
 あまりにもあっけない。あまりの脆弱さが、もはやせんのない疑念を生む。いったい、これに値するような罪だったのか。得体の知れない人影が乱舞する。その顔はこれまでに出会った誰のようでもある。全身を伝う汗に目を覚ますと、窓の外は明るくなりはじめている。院内はまだ静寂を保っているようだった。いぶかるのをうながして荷物をまとめ、時間外受付で退院の手続きを済ませると、面会者出入口へと向かう。驚いたことにすでにタクシーが停車しており、院長室へと招きいれた看護師がその脇に控えていた。
 ――これを渡せとおおせつかっております。
 差し出された封筒には、カードと便箋が二枚入っている。金釘文字で、こう書いてあった。
 「おふたりが出立した後に、報道各社へ連絡を行うよう申し伝えてあります。私の感謝を伝えるためにハイヤーをとも考えましたが、素性を思えばやはり目立つやり方を避けるのが賢明でしょう。
 ご首尾、お見事でした。命を奪う者と奪われる者、この当事者の感覚だけが命の真実です。瘡蓋の端が持ち上がるのは、見えましたでしょうか。
 どうぞ良い旅を、ご同類!」
 二度ばかり目を通すと、看護師に便箋を返す。提示された正体の知れない感情を咀嚼できず、受け取るという形を作ることに抵抗があったからだ。少なくとも午後になっての報道を確認するまでは、その真意をはかりかねた。
 ――本日未明、市内の私立病院で、病院長が何者かに喉を切られて死亡しているのが発見されました。入院者リストに少女殺人者の名前があり、警察は関連を調べています。
 斎場で、聖別された水が棺にふりかけられるのを見る。奇妙な眺めだ。耶蘇教の埋葬は、すべて土葬なのだと思っていた。地中に収められる棺に遺族が一握りずつ土をかける場面を思い出したからだが、それらはすべて映画の中の光景ばかりだったと気づく。
 火葬の完了を待つ間、親族のつどう控え室に喪主と後見人の居場所はない。施設の周囲をぐるり歩いても、時間は停止したように動かない。互いに語ることをなくしたふたりが、どちらからともなく見上げる煙突に黒煙はのぼらない。いまや、飾りなのだそうだ。
 炎は制御の下に無煙化され、肉を焼く臭気は周到に除去される。飛散しない自意識、管理された死。聖書の一節が思い浮かぶ。はたしてこれは、それと同じものだろうか。
 ――我はよみがえりなり、命なり。我を信ずる者は死すとも生きん。また、生きて我を信ずる者はとこしえに死なざるべし。
 左手に日本刀をさげ、黒いワンピースに身をつつんだ細い姿態。その表情に差す翳りは超越者の憂悶であったことが、いまならばわかる。
 確かに、二十八人と言った。この少女殺人者は、誰も寄せつけぬほど強くなるだろう。