猫を起こさないように
日: <span>2011年1月29日</span>
日: 2011年1月29日

MMGF!(2)

会議が建設的であるための条件はいくつかあるが、構成員の全員が共通の利益を代表していることは、そのうちでも大きなもののひとつだろう。利益を獲得できないことが大きな不利益、あるいは組織の存続に関わるような場合はなおよろしい。そして、会議時間は明確に区切られてあるべきだ。会議の長さを水増しするのは、だいたいにおいて感情的な側面なのだから、それが入りこむ余地をあらかじめ織りこんではいけない。
だから、どう転んでも、この会議は建設的にはなりようがないのであった。
定例の学科長会議は月に一度、全学的に休講の上で、朝から行われる。
名称こそ学科長会議だが、その構成員は原則としてプロテジェを指導できる資格を持つ者、すなわちメンター以上とされた。終了時間は特に定められておらず、アジェンダの記載事項がひと通り報告・審議しつくされるまで続く。
また、ペルガナ市国の行政庁、通称ブラウン・ハットの政策決定に関する諮問委員会を兼ねているため、議題の内容は学園運営や学術報告の範囲に留まらない。資料が前日までに提示されることはきわめてまれであり、原案すら存在しない審議事項も少なくない。人の叡智というよりはむしろ忍耐力を試される場であり、市国唯一の学府とは思えぬ混沌をはらんだ会議である。
すでに開始から四時間は経過していようか。もはや会議の流れについていく気力を失って、ぼくはぼんやりと室内をながめる。
出席者全員が対面するよう、長方形に配置されたテーブル。
学園長やブラウン・ハットの長官を始めとした首脳陣の座る一辺が、慣例的に上座である。そこから遠ざかるほど人物の持つ権威は弱まると考えてよい。
ぼくとキブは学園長から最も遠い場所に、なかよく座っていた。首脳陣と学科長以外の座席は特に定められておらず、なんとなくいつもとなりあって座る。
史学科長、つまりキブの直接的な上司に当たる人物の「第三百四十五次ペルガナ史跡発掘中間報告書」が、(恐ろしいことに)ただそのままレジュメ通り読みあげられるの聞きながら、ぼくは窓の外へ目を向けた。あいもかわらず、とびきりの晴天である。会議室の内側から見る空が、いつもよりずっと青く見えるのはどういう物理現象だろう。
ぼくのななめ前方(より権威に近い)で、きつい目をした痩身の男が、指先にまで神経が通っているように、するどく挙手をした。目には燃えるような意志の力がみなぎっている。苦手なタイプだ。
「議長、発言を許可ください」
「報告が進行中ですが、メンター・スリッド」
議長が許可を与えたと思ったのか、スリッドは決然と立ちあがった。またか、という感じで顔を見合わせる列席者たち。
「史学科長殿は、我々に発掘品の品目を順番に聞く義務があるとお考えか。あるいは、ペルガナ市国の学府に籍を置く我々の誰かが、この資料に書かれた文字を読めぬと疑われているのか。議題は山積している。前回の会議でも申し上げた通り、議長は議題の優先順位をあらかじめ決定し、迅速な議事進行に努めるべきである」
「うちのボスにゆうてもしゃーないがな」
スリッドから目をそらしたまま、キブが小声でつぶやく。
すかさず、学園長から近い位置に座っていた筋肉質の男がぬっと手をあげる。岩のごとく節くれだち、親指が五本ならんでいるような手。体技科長だ。
「いまの発言は、学科の思想的独立性に対する深刻な疑義の提示と考えられる。発言の撤回と、議事録からの削除を願いたい」
気の弱い人が聞いたら、それだけで卒倒しそうな胴間声だ。
「異議なし」
「異議なーし」
間髪をいれず、体技科のメンターたちが唱和する。上背も横幅もぼくの倍くらいあるんじゃないか。
市国警備隊を兼任する体技科は、要するに兵隊さんだ。他国の侵略から学園のみならずペルガナ市国全域を防衛するために、青少年の健全な育成と肉体改造に日々はげんでいる。だが、「遺跡に眠る巨大人型兵器の謎」といったジュブナイルによる消極的イメージ外交の結果なのか、ここ百年でペルガナ市国が外的侵攻を受けたという記録はない。なのに、演習と称して捕獲した魔物と素手で格闘したりするのだ。
彼らがヒグマだとすれば、スリッドは気性の荒いニワトリにすぎない。
「学園長は会議内に恫喝のまかりとおるこの現状をどのようにお考えか!」
だが、痩身を反らせ、猛然といどみかかる。
この間、報告の腰をおられた史学科長は、レジュメの束を手にもったまま、怒りによるものか、はたまた老人性の何かによるものか、ぷるぷるとふるえ続けていた。
スリッドの発言が武と文を分離することの有用性へおよびはじめた頃、会議室の扉がノックされる。
「失礼します」
聞く者をふりむかせる、凛とした声。スウだ。
「メンター・ユウドに解決をお願いする案件が発生しました」
ぼくは助かったとばかりに立ちあがり、早足になって内心を悟られぬようゆっくりと出口へ向かう。スウの顔が、このときほど愛らしく見えたことはない。
「あの、いちおう手順ですから」
穏やかに、諭すような声。おっと、忘れるところだった。ぼくは咳払いをひとつして、ゆるんだ表情を引き締しめるとふりかえる。
「中座を許可下さい。案件を処理次第、直ちに議場へ復帰いたします」
白髭の学園長がうなずき、うらめしそうなキブの視線を尻目に、ぼくは完全に解放されたのだった。

廊下へ出て、うつむき気味の数時間に曲がった背中をのばすと、ぽきぽき骨が鳴る。
もう歳かなあ。さほど広くない会議室でのひといきれは、よっぽど空気をよどませていたんだろう。ただ息を吸いこむことがいやに心地いい。こういうとき、幸せとは不幸のない状態をさすのだな、としみじみ思う。
「メンター・ユウド」
とがめるような声にぼくは首をすくめる。少し覚悟をしてふりかえって、笑ってしまった。スウが、飼い主に額をたたかれた犬のような、情けない顔をしている。
「マアナかい」
「マアナです」
わずか一週間ほど保護者をつとめただけなのに、ぼくたちふたりの呼吸はもうぴったりだ。おもむろにスウが制服の袖をまくり、ぼくの鼓動を少し速める。二の腕には、きれいに歯型がついていた。
「噛みぐせがなおらないなあ」
自分で言っておきながら、ほとんどペットに対する口調だな。
「散歩につれていくために服を着せようとしたら、暴れだして……」
「そりゃあ、まあ、いやがるよなあ」
例えば、よろいかぶとの常時着用が義務づけられた文明圏に生活する事態におちいれば、最初はぼくでも抵抗を示すにちがいない。
「でも、女の子に裸で外を歩かせるわけにはいきません」
言いながら、なんだか変なことを話しているなという困った表情になるのが面白い。
「それで、むりやり押さえつけたら噛みついて、逃げ出しました」
「つまり現在、裸の少女が学園内を徘徊しているということだね」
「しかも噛みつきます」
スウが強調する。今日が会議日でよかった。学園内に残っているのは、一部のまじめなドミトリ組だけだろう。だいたいが町で遊び歩いているはずである。
ぼくとスウが話しているのは、遺跡から連れ帰った女の子のことだ。
人形のように整った顔立ちに気おくれがしたのは、最初の眠りから覚めるまで。いまでは遠い昔のことに思える。食事は手づかみする、服はやぶいて脱ぐ、夜中に起きて暴れだす、気にくわないと噛みつく、怒るとつばをはく、おまけにトイレ……いや、これは言うまい。
とにかく、見た目から想像する中身との落差が壮絶なのである。狼か何か、人類ではない生き物に育てられた野人が、マアナなのだ。この名前は、彼女が怒ったときに叫ぶ声がそんなふうに聞こえたので、とりあえず呼んでいるうち、ぼくたちの間で定着してしまった。
「メンター・ユウド、ちょっとマアナは私の手には負えません」
ここ一週間、満足に眠れていないスウは、育児疲れとしか形容できないものを表情に漂わせている。
「ぼくの子どもだと思って、落ちつき先が決まるまでもう少したのむよ」
我ながら、ずるいやり方だよなあ。頼りすぎていることは自覚している。けど、他に方法を思いつかない。キブに預けることも考えたけど、下手すると腑分けとかされそうだ。水晶から産出したものは人じゃなくてインクルージョンだと言い張ってるからな。
しばらく歩いて、スウがついてきていないことに気づく。ふりかえると、完全に固まっている。
「おーい、どうしたんだい」
スウの目の前で手のひらをふってみせる。
「な、なんでもありません。それより、マアナを見つけないと」
顔を真っ赤にしたスウが足早に追いこしていく。
あれ。何か悪いこと、言ったかな。年齢的にも思春期だしな。
若者の心を忘れてしまった大人の苦悩をかみしめながら、ぼくはずんずんと遠ざかる赤い馬の尻尾を追いかけた。
学園は新棟と旧棟に分かれていて、それぞれ木造と石造りである。教室やドミトリなどプロテジェが中心にかかわる施設は新棟に、研究棟や会議室などメンターが中心にかかわる施設は旧棟に集中している。
スウを追いかけて新棟を通りぬけるとき、ドミトリの玄関でそうじをしている女の子がぼくに会釈をしてくれる。寮長だ。思わずぼくも頭を下げる。
ドミトリには長くお世話になった。より正確には、まだお世話になっている。他国からの留学組に提供される学生寮で、年齢の若いものは相部屋からはじまり、成長に従って個室が与えられる。入居の規約は、じつにこと細かい。しかし、退居に冠する条項はただひとつ「プロテジェの身分を喪失したとき」だけ。広義に解釈すれば、学科長以外は指導を受ける上位者が常にいるわけで、プロテジェと定義できないこともない。ペルガナ学園の良いところは、現存するルールの適用については厳密なのに、ルールがおのずから持つ抜け道をふさぎにはかからないおおらかさにある。メンターとプロテジェは謙虚なぼくにとって対立概念ではなく、いまだに若者たちにまぎれて、ドミトリの一室を占拠しているのだった。
つい先日、世代交代が行われた。規則に違反したならば、体技科所属のプロテジェであっても腕力で屈服させた旧・寮長だったが、別れの場面では信じられないくらいにおいおい泣いた。花束を用意したのが、まずかったのかもしれない。涙と鼻水の洪水に聞きとりは極めて困難だったが、「たくさん殴ったが、若者の将来を思ってのことだった。娘が後を継ぐから、安心してほしい。私に似て気立てのよい子だ」という内容をお話しになられた。絶妙に空気を読むドミトリ組たちは、微妙な表情で顔を見あわせる。そのとき、居合わせた全員が、丸太のようなものすごい猛女を想像していた。
予想に反して、やってきたのは小柄な眼鏡の女の子である。しかも、かつての猛女との共通点は、目が二つあり鼻が一つあり口が一つあることだけ。動転したプロテジェたちはドミトリの長老へ、この裏にある国家的な陰謀は何かと意見を求めにきたが、「ううむ、隔世遺伝」と唸るのが精一杯であった。とりあえずいまのところ黒幕は存在しないようである。もちろん、経過観察を怠ってはならない。
「寮長、このへんで子どもを見かけませんでしたか」
我ながら、不自然な質問だ。ドミトリは六歳から入寮できるのだから、朝から晩まで見かけてるに決まってる。寮長にはマアナのことを伏せているから、やましさが歯に分厚い絹をかぶせたのかもしれない。
「さっき、そちらのプロテジェさんと楽しそうにじゃれあっている女の子なら見ましたわ。金髪の」
スウが妙な表情を浮かべている。それはちょうど二の腕に噛みつかれている場面のはずだ。世の中を善意でとらえれば、じゃれあっているという表現になるのかもしれない。
寮長の丸眼鏡が陽光を反射し、視線が読めなくなる。
「何日か前からいらっしゃいますわね」
ばれてる。
「ぼくの姪っ子なんです」
完全に自然なタイミングで嘘が出る自分は、いつしか汚れた大人になってしまっていたのだな。
もちろん、すまし顔でうなづく隣のプロテジェも共犯だ。
「ごきょうだいがいらっしゃったとは、初耳ですわ」
人差し指を頬にあてて、小首をかしげる。愛らしさと恐怖が結婚したようなすさまじさに、ぼくは背中へ汗がにじむのを感じた。どこまで知ってるんだろう、この人は。
スウがうろたえたようにこっちを見、ぼくの嘘の完全な傍証となった。こら、こっち見ちゃダメだろ。
嘘が次の嘘を生むダイナミズムは、いつ味わっても胃が痛む。しかし、どう言葉をつぐべきか考えるぼくに助け舟が出された。
「もちろん、書面さえ出していただければ、規則的には何の問題もありませんわ」
完璧に抑制された、隙のない微笑み。
詮索しすぎないが、職分の範囲で言うべきことは言う。若いのにしっかりしてんだよな、この娘。
「必ず」
真面目くさってうなづくと、両手を胸にひきよせて動揺のショウ・アンド・テル教材と化して視線を泳がせるスウの腕をつかみ、足早にその場を離れる。たちまち赤くなるのは強くつかみすぎたせいか。腕のぶんの血流が、顔にあがったのだろう。
新棟をぐるっと回っても、マアナは見つからない。
「いないなあ」
「いないですねえ」
まだ、頬に赤みが残っている。
「もういちど旧棟を探してみようか」
「賛成です」
ぼくたちは再び、ならんで歩き出した。
旧棟はペルガナ市国でも数少ない、二階より上がある建物のひとつだ。石造りとひとくちに言っても、レンガを積み重ねたようなものとはわけがちがう。ぼくも最初に聞いたときは信じられなかったけど、いっさいの接ぎ目がないそうだ。おそろしく巨大な一枚岩から切り出されたかのように、すべてひとつながりでできている。古代の建物に手を加えずそのまま現代へ流用するのは、ペルガナ市国のお家芸である。横着ここに極まれりという感じだが、中にいるものたちを厳粛な気持ちにさせる効果はあるようだ。心を澄ませば、個人ではない連続が時間を越える大きなひとつを創りだしたことに気づくのだから。
しかし、ぼくの感慨をさえぎったのは、もっと矮小な何かだ。地面へ無造作に脱ぎ捨てられた靴下。つまみあげてみると、手のひらも入りそうにないほど小さい。

「マアナのかな」
「あそこにもありますよ」
スウが指差した先に、もう片方があった。どうやら、容疑者はすぐ近くに潜伏しているみたいだな。旧棟を回りこんで、中庭に出る。
等間隔に樹が植えられていて、建物に切り取られた空が四角いという面白さ。人工と自然の調和という言葉がぴったりのこの場所を、ぼくはたいそう気に入っている。
だが、平和を体現するはずの空間に漂う空気は、いまや不穏に満たされているのだった。無残にも胸元で引き裂かれたワンピースが枝に引っかかり、下ばきが植え込みに投げ捨てられているせいだ。公共の場にある女児の下ばきがこんなにも心さわがせるものだとは知らなかった。真っ赤になったスウがとんでゆき、おおあわてで証拠物件を回収する。
「ドミトリから新しいの、持ってきますね」
胸元に衣類をかかえたスウが小走りにかけてゆく。ああいう生活感が妙ににあうなあ。よいお嫁さんになることだろう。
棟に沿ってならぶ緑に囲まれた正方形の中央には、ひときわ大きな樹木が生えている。この位置は学園設立の当初、あらゆる周縁から等距離にあったそうだ。もっともそれは設立された最初期にまでさかのぼればのこと。新棟を含めた建て増しに次ぐ建て増しで、いまやここは辺境である。
空からハミングが聞こえる。小鳥のさえずりとは違う。これは、グラン・ラングだ。歌っているのが誰かは、もうわかっている。
はるか昔にこの世界から消えた言葉のネイティブ・スピーカー、遺跡の少女・マアナの母語はグラン・ラングである。
この衝撃がぼくにとってどれほどだったか、とうてい語りつくせない。この子ひとりの存在で、これまでグラン・ラングの研究に費やされてきた莫大な時間をかるがると一足跳びにできる。それは、微に入り細に入りすぎてもはや誰も全体像を見渡せなくなったこの分野全体を統御し、かつまとめて底上げするようなものすごい可能性だ。
そしてこれはスウやシャイや他のプロテジェたちには内緒だけど、コミュニケーションを試みたぼくのグラン・ラングはマアナにまったく通じなかった。この衝撃がぼくにとってどれほどだったかも、やはりとうてい語りつくせないのであった。若手の研究者たちの間では一頭地を抜いた存在であると密かに自負していたぼくは、高くなっていた鼻をぽっきりとへし折られたのだ。実地検証を年長のプロテジェに言い続けてきたことがさかさまになって、はねかえってきた形である。もう一生涯、机上の空論という言葉は使うまい。
重なりあった枝葉の隙間から陽光がさして、風が吹くたびに違う輝きを見せる。大きくさしのばされた枝に、裸の女の子が座っていた。
「おーい、あぶないから降りておいで」
マアナは一瞬だけこちらを見て、すぐにハミングを再開した。「私が可愛いってことは知っているわ」とでも言いたげである。実際、噛みついたり暴れたりしないときのマアナは、とびきり造作の整った女の子だ。それをわかっていて、相手が本気では怒れないと確信しているふうにさえ思える。
将来、どれほど多くの男たちがこの毒牙の犠牲になるのだろうか。保護者としては、いまのうちにこの芽をつんでおかなくてはいけない。意を決して息を吸い込むと、背後に人の気配がした。
「いつまで駄々をこねているのだッ!」
つんざく怒号が響きわたり、ぼくとマアナは首の半ばまでを肩にうめてふりかえる。
怖いほうのお姉さんが戻ってきていた。
早足で近づくと、そのまま地面と平行に滑空するような前蹴りで、樹木に革靴をねじこんだ。樹齢幾百年を思わせる太い幹である。それが、びっくりするほど大きく揺れて、大量の葉っぱと数匹の昆虫とひとりの女の子がバラバラと落ちてくる。
ぼくはあわててマアナの落下地点に手をさしのべる。ナイスキャッチ。
「この一週間の歯がゆいことといったらない。そいつは、機嫌をとればとるだけ増長する生き物だ」
腕組みしたお姉さんが、眉を片方だけあげてにらみつけている。マアナは完全にふるえあがり、両腕と両足でぼくの首と腰をがっちりホールドする。ぼくは安心させるために背中をなでてやるが、温かかった。遺跡で受け止めたときは、氷で冷やした魚のようだったのに。
「まあまあ、ふつうの子どもじゃないんだから、少しは大目に見てやらないと」
父母の役割が逆転している気がする。
「それを親バカというのだッ!」
少し観点がズレているのが面白いが、笑ったりすると上半身と下半身が別々になってしまうので、口元をヘの字にゆがめるにとどめることにした。
スウはマアナの鼻先へひとさし指をつきつける。たちまち悲鳴をあげ(たぶん、グラン・ラングで)、両腕と両足はますます強くぼくの首と腰をしめつける。かなり苦しい。
「おまえはユウドの温情に生かしてもらっているのだから、ユウドの言うことはなんでも黙って聞け。いいな?」
この三白眼で迫られては、遺跡の魔物だって逆らえない。少なくとも、ぼくには無理だ。グラン・ラングを母語とするマアナは、わからないはずの言葉にぶんぶんと首を縦にふった。人の理性というよりは、動物の本能が内容を察知させたのだろう。やっぱり、教育は気迫だよな。
その日の午後、新しい服を着せられたマアナは、スカートをばたばたしたり全身をぼりぼりかいたり襟首に両手をつっこんでひっぱったりしていた。けれど、部屋の戸口でスウがずっと匕首を切ったり戻したりしていたので、ついに寝床に入るまで露出の癖を敢行することはなかった。
また一歩、人間に近づいたのである。
当面の問題を解決したぼくは仕方がなく会議室へもどったが、なんと体技科とスリッドの論争はいまだに続いていたのだった。
「よかったやん。クライマックスには間におうたで」
キブが目線を資料に落としたまま、席についたぼくを肘でつついた。
その日の学科長会議は、日付が変わるまで続いた。一日の三分の二ほどを会議していた計算である。しかし、アジェンダは半分も消費されておらず、臨時学科長会議招集の日付が議事録の末尾に記載されて散会となった。
会議室を出たぼくとキブは、真面目くさった顔でしばらく並んで歩いてから、旧棟を離れたところで抱きあい背中を叩いて、お互いの忍耐をたたえあった。
ドミトリの自室に戻ると、二人の女の子が毛布にくるまってベッドを占領している。そばまで椅子を引き寄せて、腰を下ろす。座るときにかけ声がもれるのは、もう若くない証拠だな。窓からの月あかりに照らされた二つの愛らしい寝顔に、しばし心癒される。
マアナのことは早急に解決すべき案件だ。発掘品をリストアップした史学科の目録には「人型土偶」として記載してあるから、公的な処理は終わっているといえば終わっている。老齢の学科長に代わり、報告書の作成は実質キブがすべて代行しているからこそできたことだ。何より、これは過去になかったケースである。報告書の様式なんてものも、存在しようがない。
当然、研究者としての倫理を遵守しようとするなら、マアナの存在はすぐにでも公開するべきだ。グラン・ラングの母語話者というのも、実はぼくひとりの思いこみだってこともありえる。祖に極めて近いことに疑いはないが、派生した別の系に連なる言語ではないと断言する材料を、ぼくは持ち合わせていないからだ。真の客観性は、大勢の主観が集まらないと生まれない。
しかし一方で、マアナは小さな女の子だ。大勢の興味の中に投げこんでから、その大勢のひとりとして接することができるだろうか。正直、これまでのぼくに研究以外の優先事項はなかった。研究の業績が人類へ残すだろうものの大きさに比べれば、人がふつう生活で作り出すものには、何の興味もわかなかった。
けれど、それはたぶん、自分を守るためのポーズだったのだ。誤解を恐れずに言うなら、マアナといるときにぼくが感じているのは、おそらく父性である。娘を研究の具に差しだして省みない、マッド・リサーチャーの思いきりがぼくになかったことは確かだ。
そして、残ったひとつ。最大のひとつ。
ぼくの晴れない疑念は、こう表現できる。
もしかしてマアナは、ぼくたちがいま見ているような姿からは、遠いのではないか。
マアナと唇を重ねたあの瞬間にぼくが見た光景を、言葉にしてわかってもらえるか自信がない。
常人ならば、魂が収まる座となるべき場所に、無辺大の広がりを持つ上下のない空間があった。人の魂を器に入った水だと例えるなら、マアナのそれは天と地をひとつにして満たされる虚空。その莫大な感覚に、ぼくの心はもっていかれかけた。永遠を直視して、なお正常でいられる人間がいるはずがない。
砕ける砂のように、意識が漂白されてゆくその瞬間。首のつけ根に衝撃を感じ、視界は反転して黒く変わる。気絶したのだ。あとからキブに教えてもらったが、スウが刀の柄を思いきりねじこんだのだった。ひどいやり方だが、結果としてスウはぼくの恩人である。しかし、感謝を述べるぼくへの返答はにべもない。
「かわせたはずだ。邪念があったんだろうが」
一言もない。赤い唇が迫ってくるとき、逡巡があったのは確かだ。
生産性に限って言えば疑問符のつく会議で綿のようになった頭では、一週間考えて見つからなかった解決策を発見できるはずもなかった。隣室のプロテジェに部屋の片隅と寝具を借りようと立ち上がって、ぼくはかすかな胸さわぎを覚える。ちゃんと順序立てて説明できるようなものではない。
「付与」と「維持」を専門とするぼくは、現状の把握に対してとても敏感である。一般人とは、はかりの精度が違うのだ。現実に対して付け足された余剰を把握できなければ、それを維持することもできない。付け足した分は管理されなければならないし、管理しないならば元のように取りのぞく必要がある。難しい言い方になるが、人為が管理されないまま自然の中に残されると、必ず悪い結果を招くのである。
ぼくの胸さわぎは、つい数分前までの現実といまの現実とは等価でないと感じたことが原因である。おそらく、学園内に何か異物がまぎれこんだのだろう。
そういえば、以前もこんなことがあった。遺跡の魔物が敷地内に迷い込んだのである。いつも暗い場所にいる魔物は夜行性(正確な表現ではないけど)なので、陽が落ちた地上を遺跡の続きと勘違いして出てきてしまうことがある。普段は人を襲うことはないが、遺跡の中にいると思いこんでいる魔物にとっては、こっちが侵入者だ。
深夜にも関わらず、ぼくの通報へまっさきにかけつけたのは、体技科長だった。相手は直立した狼みたいなヤツで、ずんぐりした体技科長の倍ほどもあった。薄闇に光る両手足の爪は、ひとつひとつが刃物のように尖っている。ぼくはすっかり動転して、人を呼びに走ろうとしたが、
「間に合あわねェよ」
体技科長が低くつぶやくのと魔物がとびかかるのは、ほぼ同時だった。
その後の光景は忘れもしない。なんと、あっというまにぶちのめしてしまったのである。
しかも、素手で。
魔物が、まるで子犬のような悲鳴をあげて地面に崩れるのを、ぼくは確かに見た。
「俺っちはこいつを住処に戻してくらァ。おめえさんは早く寝ちまいな。明日も講義があるだろがよ」
容積でいうなら三倍はありそうな巨躯を軽々と抱え上げ、体技科長は悠然と歩み去っていった。
だが、今回の違和感はそのときとはちがう。魔物ではないとすれば、いったい何だろう。スウが目を開き、ベッドから身体を起こす。毛布の下に刀を抱いている。
「何か入ったな」
まったく眠っていなかったように、はっきりとした声だ。スウがそう感じるのなら、間違いないだろう。
「ちょっと見てこようと思うんだけど」
語尾をにごすのはずるいやり方だと思う。しかし、メンターとしてプロテジェに危険を強要する発言ははばかられた。もしかすると男としての矜持なんていう、前時代的な錯誤が働いたかもしれない。
「ついていこう。自称・頭脳派のメンターをひとりで行かせるわけにはいかんからな」
スウは気づかないふりだ。拒絶したって、ついてくるに決まってる。実に情けないことだが、過去、スウの助力なしにはどうにもならなかった事件がいくつかあった。名実ともに、彼女はぼくの保護者なのである。
夜の旧棟は人気がなく、しんと静まりかえっている。ついさっきまで大勢のメンターたちが喧々諤々、議論を交わしていたのが嘘のようだ。
もともと何かがあったところから何かが無くなると、ある種の虚が生みだされる。それは、ただの不在よりもいっそう濃い喪失だ。お祭りなんかで、集まった大勢がいなくなるときの寂しさが独特なのは、そういったわけである。
「付与」と「維持」を専門とするメンターは、誰へともなく頭の中でそんな講義を行う。隣を歩くスウはたいへん緊張した面持ちで、ぼくの話を聞いてくれそうになかったから。
曲がり角や階段を通るたび、スウがぼくを見て、ぼくはスウにうなづく。ぼくは異物に対する人間感知器のようなもので、スウは己が察知したことを確認するためにぼくをつかうのだ。
やがて、スウが立ち止まる。
「ここの上ではないかと思うが」
スウが誰かに意見を求めるのは、極めてめずらしいことだ。何を参照することもできない一瞬に、真空のような自力で判断を下すことが、スウの強さの拠っている理由だから。そこには、一種の威厳とさえ言える何かがある。一貫した行動が作り出す暗黙の威厳。他人に向けられるとき、それは重大な信頼だ。ぼくが体技科長に感じるものも同質である。
ぼくは目をつぶると、神経を集中する。ちょうど頭上に、意識の透過を妨げる何かがある。本来、この学園にはなかった紙魚のような異質だ。
「いるね」
ぼくの答えは簡潔だ。スウが求めるものを理解しているから。
「一歩だけさがって、ついてきてくれるか」
右手を軽く束におき、つま先立ちにやや前傾した姿勢で階段に足をかける。スウからは肌に痛いような気配が発散している。
完全な臨戦態勢だ。
ぼくはうなづき、ちょうど一歩分の距離をあけて後ろをついてゆく。こうなったスウに言葉は不要だ。言葉は遅すぎて、一語たりともその行動を追いこせない。
すべては一瞬で始まり、一瞬で終わるはずだ。
旧棟の廊下は部屋の面積に対して、ずいぶんと広いスペースが与えられている。それはつまり、古代人の公共への感覚をそのまま反映していると言える。扉に区切られた空間よりも、誰もが行き来する場所の方が重要だったのである。しかし、その崇高な遺志をあざ笑うかのごとく、いまや物置や展示場と化している一画も少なくない。
最初、芸術学科が陳列するオブジェと見分けがつかなかったのは、あまりに人が持つ固有の気配と遠かったからだろう。フードを目深にかぶり、床に届くほどのマントで全身を覆っていたにも関わらず、その見かけは確かに人だった。
ぼくたちへ向けられた音声は、確かに言語と定義できる規則性を持っていた。
不安を生じさせるほど大きな抑揚。
対話を前提としない高圧的な連続。
聞きとりの困難なその音階を文字に写すとすれば、こうなるだろうか。
「ウイハフ・アヒュウ・トゥシイ・ジクエイ・フザット・クオブエ・キャンビ・ナジイフ・イアポテ・ロウワズ・ンシャル・ディテク・スレット・テッドアラ・フォドォンチャ・ウンドジス・イルド・リイジョン」
グラン・ラングとの類似性は見出せる。しかし、世界に現存するすべての言語は祖から派生したいずれかの系に連なるクレオール語(劣化ゆえだ)と言えるため、何も発見していないに等しい。
フードがはねのけられる。
青い眼、尖った耳、深く刻まれた皺。風のない屋内でたなびく赤い髪。人のようであり人のようでないその造作は、ペルガナ市国の人々をひどく誇張して描いているともとれる。わきあがる不快感はそのせいか。
その魂は、沸騰する岩を思わせる濁った輝きを放っていた。すでに付与が施された痕跡がある。維持は必要ない。なぜなら、魂は永久に変更を上書きされているから。
生命を縮め身体能力だけを向上させる類の冒涜。
暴力が知恵の儚さを摘むことを是とする世界観。
ぼくは全身を嫌悪感が包むのを抑えきれない。なぜって、それはずっと自分自身に向けてきた批判と同じものだったから。軽々とぼくの葛藤を飛びこえて、生命の有り様がデザインされるのを目の当たりにする衝撃。
これは、人間存在の戯画だ。
そしてあれはぼくでもある。
だが、不思議な既視感を伴った――
自失を縫うように、爆発的にマントがひらめく。
月光の照り返しをしか視認できないそれは、床面すれすれを滑空し、伸び上がるように真下からぼくへ迫る。
鼻先に冷たいものを感じたと思った瞬間――
鈍い金属音が爆ぜる。
柄の無い短刀が床に突き刺さり、震える。
「思索はあとにしろ」
抜刀をすませたスウが、ぼくと敵との軸線上に歩を進める。
半月状に開いた口腔には、乱杭のように大作りな黄色い歯が並んでいる。
見開かれた眼が訴えるのは、驚愕のようでも喜悦のようでもある。
マントをからませて両腕を広げた姿は、さながら猛禽を思わせる。その内側へ、夜の闇を言うには不自然な黒い空間が広がっていた。
応じるように、スウが身をかがめる。獲物を前にした肉食獣のようだ。
飛翔。違う。疾走。
その速度は人外の。
スウが駆け出す。
確実な死へ。
赤子のような信頼。
ぼくが何とかすると疑わない。
間に合うか。
青い光輝。清澄なる人間の証明。つかまえた。
砂時計が重力を無視するイメージ。
ふたつの人影が交錯する。
スウと同調する視界。没入の深度を調整できず、客観性がふきとんだのだ。
短刀をつかんだ腕が鞭のようにしなって、首筋をねらう。
上体を沈ませたのは回避のためだけではない。
攻防一体。
同時に放たれた袈裟切りが胸元を薙ぐ。
だが、浅い。まだ、動いている。短刀が振りあげられる。
斬撃の勢いをそのまま殺さぬ、独楽のごとき急激な回転。
そして間髪を入れず、低い体勢から逆袈裟に斬りあげる。
体を入れかえるほどの躊躇ない踏みこみは、完全に対象を静止させた。
スウから視界を取りもどしたぼくは、思わずその場にへたりこむ。遅れてやってきた極度の緊張と弛緩が、どっと通り抜けていったのだ。あぶないところだった。あと少し判断が遅れていたら、切り伏せられているのは逆だったろう。
ゆっくりと刀を鞘に納めながら、スウが戻ってくる。太い眉を寄せたその顔は、なんだかすごく不機嫌そうだ。
「毎回思うことだけど」
ぼくは肩で息をしているのを悟られぬよう、軽口に紛らわせてしまおうとする。
「もう少しブリーフィングの時間が欲しいね」
不機嫌な表情を少しもゆるめぬまま、スウはぬっとぼくの目の前に右足を突きだした。親しき仲にも礼儀あり、メンターに対するプロテジェのあるべき姿を説こうとすると、
「靴がやぶけてしまった」
見れば、つま先に穴のあいた靴底から親指をぴこぴこと動かしている。さっきの回転で、摩擦に耐えられず擦り切れたんだろう。ぼくは思わず吹きだしてしまう。
「笑いごとではない。少し本気をだすとこうなるからイヤなんだ」
スウは頬をふくらませて不服そうだ。裏を返せば、それほどきわどい勝負だったということ。ほんの紙一重で死を切り抜けたことを、スウは気づかせまいとしているのだ。
ぼくは真顔でスウを見る。
「新しい革靴をプレゼントするよ。今度は、破れないのを」
スウは一瞬、元のような表情になったが、すぐに顔をそむけて、
「当然だな」
かわいくない。
「立てるか?」
手をさしのべてくる。かわいい。
「メンター・ユウドには、いつものように実地検分をお願いしなくてはな」
いつものように、という部分に皮肉がこめられている気がする。
「実地検分こそがメンターの仕事だよ」
ひとまわりほども小さい手のひらを握り返す。どこにあれだけの力が秘められているのか、いつもぼくは不思議に思う。
床に盛り上がるフードとマントは、生命の残滓すら感じさせない。それはただの物体だ。何よりあれだけ深く斬りこまれ、一滴の流血すらないのだ。
少し難しい、専門的な話になる。ぼくの見る魂とは、肉体を制御する中枢、機甲学科ふうに言えば駆動系である。駆動系=魂は長く人にしか存在しないと思われてきた。例えば昆虫に駆動系はない。昆虫の魂は、高揚しないのである。しかし、昆虫が生命活動そのものには支障を持つわけではない。ここから考えて、魂の実在が肉体の制御にだけ関わるものでないことは、明らかだ。
ある海洋生物に魂が発見されたとき、言語を統御する言語系が予言された。両者を結ぶ共通項は、環境への単純反射ではない意志伝達を行うところにある。言語を持つことが特定の実在を他の実在から切り離して特別にする証拠であり、グラン・ラングの深奥に迫る大きな問題提起だった。だが、言語という枠内で思考する我々が、その外側から己の枠組を知覚する方法があるのか。ときに言語系は、永遠のファンタジーと揶揄されるゆえんである。無論、ぼくはこの観点からのアプローチをあきらめていない。
魂を知覚でき、かつ言語を持つこの物体は、間違いなく人であるための最低要件を満たしている。異形ではあるにせよだ。ぼくはしゃがみこんで、フードの表面に軽く触れる。途端、煤のような黒い飛沫が舞い上がった。羽虫を思わせる音を立てて宙空を漂うと、やがて完全に消滅する。床に残されたフードとマントは、もはや人の形を失っていた。
「検分は終わっていたのか?」
スウが若干の侮蔑をふくんだ(ように聞こえる)声でぼくに問う。
「もちろんさ」
ぼくとて、毎回をだしぬかれているわけではない。スウに向けてかざした小瓶の中では、煤が生きているかのように旋回している。
「これを史学科か生物学科で調査してもらえば――」
言葉を途中で切ったのは、持ち前の弱気ゆえではない。新たな気配を感じたからである。それはスウも同じだった。背筋を伸ばし、まるで石壁を透視できるかのように遠くを見る。
「ドミトリの方だ」「ドミトリだな」
検証の回数こそ少ないが、ぼくとスウの意見が一致したときの精度はほぼ100%だ。マアナことが脳裏をよぎった。もしかすると、こっちが陽動だったのか。
ふたりは同時に駆けだす。階段を跳びおり、中庭を走りぬける。スウがときどき振り返りながら「もっと早く」と言いたげな視線を投げてくる。
加齢による基礎体力の低下がうらめしい。置いていってくれ、とも言えない。さきほどと同じ力量の相手だとすれば、どちらが欠けても退けることは困難だ。
全速力で新棟の前を駆け抜けると、ドミトリの玄関にふたつの人影がある。
うごめく赤い髪と尖った両耳。
対峙するのは、丸眼鏡の寮長。
横たわるのは、絶望的な距離。
注意をそむけるために大声をあげるいとまもあらばこそ、赤毛の怪人は可憐なる我らが寮長へと飛びかかった。
ぼくの数歩先を走るスウの刀が、むなしく空を薙ぐ。
鈍い破裂音。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
怪人の後頭部へ、足の甲を巻きつけるような上段蹴りがヒットしたのである。
続いて、くずおれるその水月へ、超々至近距離からの正拳突きが、文字通り背中へと突き抜けた。
羽虫の音をたてて黒い気体と化す怪人の向こうに姿を現したのは――
寮長だった。
「あら、おかえりなさい。門限後の外出に関する規則、ご存知ですよね?」