スモッグが雲を形成する都会の曇天にのぼる広告用アドバルーン。それの見下ろす休日の電気街を足早に行きかう人々。かれらのうちの長身猫背に周辺部に汚れのこびりついたブ厚い眼鏡の青年が振り返り、長年コミュニケーションをまともに行わなかった者の持つ特有の生理的嫌悪感を誘う聞き取りにくいくぐもった声で、
「ははは、HP? ヒューレットパッカードの略ですか?」
突然まきおこる一陣の風。と、ともに現れた一人の大男の回転胴回し蹴りが青年の頸部を的確にとらえる。その威力に引きちぎられた首は唇の上にもはや顔の造作の一部となってしまっている皮肉なひきつれを残したまま焼けたアスファルトと平行に飛んで近くに停車していたゴミ収集車の後部に濡れた音をたてて着地する。残された身体は切断面から突き出た管やら神経やら肉そのものからとめどなく血を噴出しながら二三歩首を探すようによろよろと歩き、ちょうど向かいから来ていた思い詰めた表情の小太りの女性に衝突してひっくり返る。女性、数秒ののちに事態を把握し怪鳥のごとき悲鳴をあげながら腰をぬかし小便をもらして路上へとあとずさる。そこに大型ダンプが走り込んでくる。金属と肉のぶつかるにぶい音。大男、くりぬいた海水パンツから露出したいちもつを風にあわせてぶぅらぶら、少女漫画的な星の輝く瞳から涙をとめどなく流しながら無表情で、
「HPちゅうたらおまえ、”へんたいペニスマン(Hentai Penisman)”のりゃくやないか! よぉおぼえとけ!」
大男、振り返りもせずに走り去る。収集車のゴミを裁断する刃物が回転しはじめる。透明のゴミ袋の上に乗っていた眼鏡の青年の首は一寸刻み五分刻み、やぶれたゴミ袋から出る腐った汁とまみれて野菜炒め状のものへと形をかえていく。刃が眼鏡のフレームを噛んだのだろう高い音がまったく静かになってしまった休日の電気街に響きわたる。
アパートの一室。壁一面にもはや地肌が見えないほどポスターが貼られており天井もその例外ではない。ベッドの上には大きな子どもほどもある枕が置かれており、枕カバーには素養のないものが見たらぎょっとなり後ずさるような身体的特徴を備えた幼児とも成人ともつかない女性の絵柄がプリントされていて、唇・胸元・足のつけ根のそれぞれに明らかに性質のよくないものとわかる染みがべっとりと広がっている。灯りのない部屋に唯一ぼんやりとまたたくモニター。それをのぞきこむ青年の顔は光源の具合かどこかのっぺりとして魚類じみて見える。ひっきりなしに続くクリック音。
「ああッ! ジョセフィーヌちゃん(キャラクター名。生まれつき色素の少ない白子の美少女という設定。肉体的に虚弱であった生い立ちからか知性に優れ感情をめったに表に出さず世の中をはすにかまえて見ている。だが実は寂しがり屋で主人公にだけ心を開いた微笑みをみせる。男の精を定期的に経口摂取しなければ死に至る奇病の持ち主というエロゲー的御都合裏設定あり)が大ピンチだよ! …うへへ、ラヴ度(各女性キャラクターの持つパラメータの一つ。戦闘中に敵の攻撃からかばうなどのオプションで上昇し、MAX状態で愛の交歓シーンへと突入することが可能となる。余談だが、このゲームの宣伝コピーは『マックスでセックス!』だった)をあげるチャンスだぜ! よぉし、ヒットポイント回復の呪文ゼツリーンをジョセフィーヌへ…ん、なんだ…?」
突然モニター中央にひずみが生じる。ジョセフィーヌのステータス画面に表示された顔グラフィックが次第に歪みはじめその歪みが頂点に達したときモニターの映像が暗転、まったく消滅する。次の瞬間、爆発音とともにモニターの画面が破裂し無数のガラス片をはじけさせる。壊れたモニターの中から一人の大男が身を乗り出して出現する。ことさらに顔を接近させていた青年の顔面はガラス片でずたずたに切り裂かれる。中でも特別大きく先のとがった破片が青年のとっさに閉じた瞼を貫通し網膜を破り水晶体にまで達する。両手で顔面を押さえながらごろごろと転げ回り二度とその恩恵にあずかることのない視覚に偏重して発展したおたく文化の粋である様々のアイテムをなぎ倒しながら獣のような悲鳴をあげる。大男、くりぬいた海水パンツから露出したいちもつを風にあわせてぶぅらぶら、少女漫画的な星の輝く瞳から涙をとめどなく流しながら無表情で、
「HPちゅうたらおまえ、”へんたいペニスマン(Hentai Penisman)”のりゃくやないか! よぉおぼえとけ!」」
大男、ポスターの貼りめぐらされた薄い壁にディズニー的な人型の穴を開けて隣の部屋へと移動する。隣の部屋に一人留守番していた小さな男の子、突然の闖入者に驚きその進路上に硬直して動けないでいる。大男、気にとめたふうもなく進み小さな男の子の頭の上からゆっくりと足をふりおろす。数分後、室内には少量の血にまみれた肉塊から四本の手足が垂直に突出した奇怪なオブジェがただ残される。
照りつける真夏の陽光。興奮極まり手にしたビールを高々と頭上に振り上げ観客席に足を打ちならす人々。怒号がうねりとなってスタジアムの中央に底流する。グランドには、精神の尋常さを疑わせる絶えることのない笑顔で、異様に等身の高い選手たちが立っている。試合中であるというのに頻繁に体力を消費する目的であるとしか思えない大声で『…バサくん!』『ミ…キくん!』などと呼ばわりあっている。その日本的ホモセクシャリティの表出を見ながらぎりぎりと歯がみをして短く刈り込んだ金髪頭の青年が仲間に向かって大声を張り上げる。
「いいか! 名門ハンブルグ・ファランクスが日本などというサッカー後進国の一チームに敗北するわけにはいかないんだ! わかって…アアッ!?」
突然まきおこる一陣の風。太陽を背景にあらわれた現れた人影がまたたくまにボールをうばうと信じられないような速度で日本のゴールへ突進する。『12人目だ! 反則だ!』『かまいはしないさ! 誰であろうとグランドに立つ者は俺たちのライバルだ!』『よく言った、…バサ!』『おおっと、審判もこの反則を流しています! 試合の流れを重視するためのまさに名ジャッジでと言えましょう!』などという勢いにまかせた不合理なやりとりが現実時間を無視した劇中時間で瞬間的になされる。『顔面ブロックだ!』ラグビーでもないのに下半身に上半身で当たるマゾヒスティックなブロックをいがぐり頭の少年が試みるも、かれは永遠にブロックするための顔面を喪失することになる。赤く染まる芝生。眼前にくりひろげられる非日常に熱狂をましてゆく観客。打ちならされる足の音はもはや地鳴りである。口角泡とばし連呼される言葉は、『殺せ! 殺せ!』。『ワシが相手タイ!』キャラクター書き分けのために与えられたもはやどこの方言なのかわからない言葉を発話しながら巨漢がたちふさがる。大男のボールを保持してないほうの足がゆっくりとあがり前向きに突き出される。巨漢の腹に漫画的な五本の指がすべて数えられる向こうまで見通せる足形がぽっかりと空く。しばしの空白の後、その穴に臓物と血液が殺到し勢いよく噴出をはじめる。はじめて根拠のない自信に満ちた笑顔を失い泣きじゃくりながら流れ出る自らの臓物をかきあつめて元へ戻そうとする巨漢の背中をさらにふみつけにし、ゴールへの行進を再開する大男。もはやボールをうばう気概もなく泣きながら観客席へと逃げ込もうとする主人公格のふたり。熱狂した観客はしかしそれをゆるさない。ビール瓶で殴打され、小便をかけられ、二人はグランドへと押し戻される。キーパーが気丈にもゴールのまえから離れずにいるのはただ腰を抜かしているだけだ。キーパーの前に生まれる黒い影。見上げるその先には果たして例の大男が立っている。鼻水とよだれを垂らした白痴的な恩情哀願の笑顔はもはやそれまでの笑顔とは性質を異にしている。大男の振り上げた足がキーパーの顔面をとらえ、振りぬく。眼球や上顎の骨などキーパーの顔面だった破片がゴールネットにこびりつく。主人公格の二人、泣きに泣きながら互いに互いを大男のほうへと押しやり少しでも長く自分が助かろうとする。大男、悠然と近づき暴れまわる二人の後頭部にてのひらをあてがうと観客席直下の壁面へと押しつける。短い、風船のはぜるような音。
そして壁面に残された無意識のアート。大男、くりぬいた海水パンツから露出したいちもつを風にあわせてぶぅらぶら、少女漫画的な星の輝く瞳から涙をとめどなく流しながら無表情で、
「HPちゅうたらおまえ、”へんたいペニスマン(Hentai Penisman)”のりゃくやないか! よぉおぼえとけ!」
大男、観客席によじのぼると熱狂しとびかかってくる観客たちを片ッ端から撲殺しながら歩み去る。グランドに残されたハンブルグ・ファランクスの面々。死屍累々たるスタジアムにチームの中の一人が発作的に笑いはじめる。伝播する狂気の波動。夕闇に浮かび上がるいくつかのシルエットと耳を聾せんばかりにふくれあがっていく奇声。