猫を起こさないように
日: <span>1999年4月20日</span>
日: 1999年4月20日

モジャ公

 「(全身を覆う体毛に櫛をつかいながら)あいた、あいた。なんでワシの体毛はこんな一本のうちで先から根本までワカメみたく幅が一定でなかったり波うってたりするんや。いたたたた、いたい、いたい」
 「ぼき」
 「ありゃ、また櫛ダメになってもうたがな。毎月のストレートパーマ代も馬鹿にならんで、しかし。(煙草に火をつける)フーッ…手持ちも寂しなってきたし、そろそろまた二三人宇宙マフィアにメスガキをさばかんならんな。魔羅夫に言うて連れてきてもらうか…」
 「おぉうい、モジャ公、モジャ公~」
 「(煙草をもみ消して)おう、ちょうどええところに来た。魔羅夫、おまえの友だちの女の子を紹介してくれへんか。なぁに、二三人でええんや」
 「ええっ、またかい。先週紹介したばかりじゃないか」
 「ええやんけ。友だちはいくらおっても困ることはあらへん。それに俺、地球人となかよなりたいんや。国際化なんてもう古いで、これからは宇宙と交流する時代や。そう言うて頭の弱いのをな。な」
 「そうだ、それどころじゃないんだ、たいへんなんだよ、SFクラブ(少し不倫クラブ)存続の危機なんだ。唯一の部員だった未来ちゃんが部活動の一環としてはじめた数学科の水口先生とのちょっとした火遊びに本気で燃え上がってしまったんだ。どうしよう、モジャ公」
 「(煙草に火をつけて)なんや、つまらん。そりゃおまえのチンポに魅力が無かったいうだけのことやで。あきらめ、あきらめえ」
 「わかってる、わかってるよ、そのくらいのことは。うう、ぼくはなんて無力なんだ。ぼくのチンポはなぜ他のクラスメートと違う形状をしているんだ(つっぷしてむせび泣く)」
 「しょうもないのぉ…おい、俺の目を見てみい」
 「(魔羅夫、涙に濡れた顔をあげる。そこには不気味な色に明滅する光を宿したモジャ公の両目がある)な、なに…あ、頭が…視界が狭窄する…脳味噌の右半分が冷たくなって…血の気が引いた両手足が痺れる…頭が痛い…頭が割れるように痛い…うげ、げえええ(嘔吐する)」
 「どや、気分は」
 「(吐瀉物の中であおむけになって)最悪…最悪だよ…現実が遠い…もうなんでもいい…全部どうでもいい…なんなの、これ…」
 「おまえの脳味噌は特殊な出来上がりなんや。脳波の矩形が一般人と違うんや」
 「それってぼくの頭がおかしいってことじゃないのか…チ、チンポだけじゃなかったなんて…」
 「違う。おまえは選ばれたんや。おまえは選ばれた人間なんや」
 「ぼくが…?」
 「そや。『ぼくは選ばれた人間です』、繰り返してみい」
 「(弱々しく)ぼくは…選ばれた人間です」
 「もっと強くや」
 「ぼくは、選ばれた人間です」
 「もっと、もっとや! もっと強く言うてみい!」
 「ぼくは選ばれた人間です! ぼくは選ばれた人間です! ぼくは選ばれた人間です!」
 「どや。どんな感じや」
 「不思議だ…ぼくは今までなんでこんな下等種の群の中で自分をつまらぬものと劣等感を抱いてきたんだろう…ぼくは優れている、ぼくにはやつらの上に行使することのできるあらゆる権利がある。なぜならぼくは選ばれた人間だからだ! ハハハ、ハハハハハハハ(気狂いの目で哄笑する)」
 「おいおい、どこ行くねん」
 「なぁに、あの”枯れ枝”水口から未来を引き剥がしにいくのさ。(戸口に手をかけたまま唇の端を歪めて振り返り)未来には俺の本当の価値を見抜けなかった罰として痛い目をみてもらうつもりだ。やつが馬鹿にした俺の男性自身で存分にね!」
 「ほどほどにしとけよ。あ、それとおまえの女友だちをな」
 「わかってる、わかってる。二三人なんて眠たいこと言うなよ、五十人も連れて帰ってやるぜ。楽しみにチンポおっ立てて待ってな(階段を降りる音がする。入れ替わりに女性が部屋に入ってくる)」
 「なんだったのかしら、今の魔羅夫、ようすがおかしかったわ。大丈夫かしら」
 「(あわてて煙草をもみ消し、灰皿を後ろに隠す)あっ、奥さん、えらいすんまへん」
 「ねえ、モジャ公、魔羅夫がどうしたのか知らないかしら?」
 「いやぁ、なんて言うんでしょう、かれも男の子ですさかいに。いろいろな肉体的要因から猛々しい気持ちになることもあるんやないでしょうか」
 「(頬に手をあてて)そういうものかしら。母親ってこういうときに弱いわよね…」
 「そんな深刻に考えんほうがええんちゃいますやろか。時期やと思います」
 「そうね。そうよね。(うるんだ瞳で)…モジャ公、いつもありがとうね」
 「(身体の前で両手をふって)何をおっしゃいますやら! この無駄飯喰いには過ぎたお言葉ですわ! ボクも奥さんの助けになれるなら嬉しいなぁていつも思っとります!」
 「うふふ、ありがとう。物騒な世の中だからモジャ公のような頼れる下宿人がいると安心するわ。先月も魔羅夫の通ってる小学校の女の子が二人失踪したんですって。これで十人よ。女の子ばかり…うちは男の子だからいいけど、どうにもぞっとしないわ…」
 「(胸を反らせて)安心して下さい、奥さん。ボクがおりますから。たとえ何が来てもおいかえしてやりますよ(空中をパンチで叩く真似をする)」
 「うん、そうね。(顔を近づけて囁くように)それじゃ、今夜…ね? 待ってるわ…(部屋から出ていく)」
 「(煙草を取り出して火をつける)フーッ…それにしてもなんでワシの体毛はこんな一本のうちで先から根本までワカメみたく幅が一定でなかったり波うってたりするんやろ。なんでや…」