猫を起こさないように
日: <span>1999年3月25日</span>
日: 1999年3月25日

聖アヌス衆道院

 ここは神の子羊たちが集う人里離れた衆道院。今日の彼らはどんな騒ぎを巻き起こしてくれるやら。
 「おはようございます、ブラザー山本」
 「おはようございます、ブラザー橋本。あら、今日のあなたの弁髪、とても素敵だわ」
 「(頬を赤らめながら)おわかりになるのね。少し今までと結いかたを変えてみたの」
 「うらやましいわ。あなたはお顔の形が良いから弁髪がとてもお似合いになる。私なんて、ほら、こんな馬ヅラでしょう? どんなに工夫してもおさまりが悪くって」
 「ええ、本当ね」
 「(低いドスのきいた声で)なんだと、この野郎」
 「あっ、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
 「おほほほほ。冗談よ、冗談。ブラザー橋本ったらすぐ本気にお取りになるんだから」
 「まぁ! ブラザー山本ったらにくらしい! おほほほほ…あらっ。(食堂の入り口に目をやって)ご覧になって、ブラザー山本」
 「ああ、あれはブラザー坂井じゃないの。かれがどうかして?」
 「(声をひそめて)ここだけの話ですわよ。他言なさらないでね。かれ、ファーザーグレゴリウスとできてるらしいのよ」
 「ええっ! それは初耳だわ。でも、それが本当だとしたら、私、嫉妬で狂ってしまいそう」
 「(野太い声で)まったくだ。あんなひ弱なボウヤがファーザーグレゴリウスのチンポを独占してるかと思うとたまらねえぜ」
 「ブラザー橋本」
 「あら、あたしとしたことがはしたない。おほほほほ…こっちに来るわよ」
 「(側を通り過ぎながら会釈して)ごきげんよう、ブラザー山本、ブラザー橋本」
 「(つくり笑顔で)ごきげんよう、ブラザー坂井」
 「(ブラザー坂井が後ろの席に着くのを確認して)ねえ、ご覧になった?」
 「ええ、ええ。ブラザー坂井のあのお顔! おしろいの下から髭が突き出していたわ。きっと昨日の晩から今までファーザーグレゴリウスのお部屋で楽しんでいたに違いないわ。くやしい(ナプキンを噛む)」
 「しっ。ファーザーグレゴリウスがいらっしゃったわよ」
 「(背景に薔薇を背負って)みなさん、おはようございます。今日も私たちはこのように豊かな朝を迎えることができた。この幸福を私は神に感謝したい」
 「(うっとりした顔で)ああ…越中ふんどしの白と赤銅色の上腕三頭筋のコントラスト…素敵…」
 「(うっとりした顔で)ああ…私は今日もあなたに会えたことを感謝したいですわ…」
 「ときにブラザー山本」
 「(はじかれたように立ち上がり)はっ、はい。なんでしょう、ファーザーグレゴリウス」
 「(穏やかに目を細めて)サオがスープにつかっていますよ」
 「(顔を真っ赤にして)ま、まぁっ! 私としたことがはしたない。(サオをスープから取り出して水気をはらう)ぴっぴっ」
 「うらやましいですわ。ファーザーグレゴリウスにお声を頂けるなんて」
 「おからかいにならないで。私、恥ずかしくてもう死んでしまいたい(顔を両手で覆う)」
 「ときにブラザー橋本」
 「(はじかれたように立ち上がり)はっ、はい。なんでしょう、ファーザーグレゴリウス」
 「(穏やかに目を細めて)タマがスープにつかっていますよ」
 「(顔を真っ赤にして)ま、まぁっ! 私としたことがはしたない。(タマをスープから取り出して水気をはらう)ぴっぴっ」
 「さて、それでは食事の前にみなでこの恵みを感謝して祈りましょう……」

 「(赤毛の弁髪をふりまわしながら)遅刻遅刻遅刻~ッ!」
 「(中庭から食堂棟を見て)まずいよ、ブラザー三島! もう朝のお祈りはじまっちゃってるよ!」
 「大丈夫、お祈りが終わるまでに席についていればいいのよ! ついてらっしゃい!(弁髪をヘリコプターのように回転させて中庭を横断し、食堂へ飛び立つ)」
 「あ~ん、待ってよぅ(弁髪をヘリコプターのように回転させて中庭を横断し、食堂へ飛び立つ)」

 「……アーメン」
 「がっしゃ~ん(両手両足を丸めるようにして窓ガラスを柵ごと破壊、空中で前転しながら自分の席につく)」
 「がっしゃ~ん(両手両足を丸めるようにして窓ガラスを柵ごと破壊、空中で前転しながら自分の席につく)」
 「それではみなさん、いただきましょう。神への感謝の気持ちを忘れずに」
 「(さりげなく弁髪についたガラスの破片を指で払いながら)どうやら気づかれなかったみたいね」
 「もう、ブラザー三島ったらめちゃくちゃするんだから。私ひやひやしたわよ」
 「ときにブラザー三島」
 「(はじかれたように立ち上がり)は、はいっ! なんでしょうか、ファーザーグレゴリウス」
 「(頭を抱えて)やっぱり気づかれてたんだわ」
 「(穏やかに目を細めて)アヌスがスープにつかってますよ」
 「(顔を真っ赤にして)ま、まぁっ! 私としたことがはしたない! (アヌスをスープから取り出して水気をはらう)ぴっぴっ…でもこのことで、どうぞ私のことをはしたない男だなんて思わないで下さいましね、ファーザーグレゴリウス」
 「(組んだ手の上にアゴをのせて)ええ、もちろんですよ、ブラザー三島。私はあなたのそんな元気なところがとても好きですね。ただ、今度からは遅れても窓からじゃなくちゃんと扉から入ってきて下さい(にっこり微笑む)」
 「あちゃ~っ」
 「気づいてらっしゃったんですね。失敗失敗(舌を出す)」

 「今のお聞きになった、ブラザー山本」
 「ええ、ええ。ブラザー三島のことをファーザーが好きとおっしゃったわ」
 「(野太い声で)ちくしょう、あのガキ、新参者のくせしていい気になりやがって。今度廊下で会ったら顔面にチョウパン五発もぶちこんでやるぜ」
 「ブラザー橋本」
 「おほほほほ。失敬。でも、ブラザー坂井には今の発言心中穏やかならないところじゃないかしら(ブラザー坂井のほうに目をやる)」
 「そうね。いずれにしても一波乱ありそうね…(ブラザー坂井のほうに目をやる。ブラザー坂井、表情を変えず弁髪を左手で押さえながら完璧な作法でスープを口に運んでいる)」