猫を起こさないように
日: <span>1999年1月21日</span>
日: 1999年1月21日

新撰組血風録

 「沖田、おまえ…」
 「葛城さん、あなたにはわからないんですよ。あなたにはわからない。性格のほどよい味付けになる、社会に容認され得る程度の不道徳でアウトサイダーを気取っているあなたのモラトリアムふうの動きが、前から私は気にくわなかったんだ」
 「沖田、おまえ…」
 「葛城さん、あなたにはわからないんですよ。あなたにはわからない。重度の少女愛好趣味者の私が、この時代ロリータ本などという気の利いたものも出版されておらず、どれほどの苦渋を嘗めてきたかあなたにわかるはずがないんだ」
 「沖田、おまえ…」
 「葛城さん、あなたにはわからないんですよ。あなたにはわからない。十歳の頃は十歳の娘が好きだったのが、二十歳になってもまだ十歳の娘が好きな自分に気づいたときの衝撃が、あなたにわかるはずはないんだ」
 「沖田、おまえ…」
 「葛城さん、あなたにはわからないんですよ。あなたにはわからない。懇意になった、私を見てもおびえず笑いかけてくれるまでになった近所の娘をある日路地裏に連れ込み、うっかり強くなってしまった剣の腕を利用して無邪気に私を信じるその後頭部を一撃して昏倒させ、さすがに新撰組という世間的な地位があるから一線を越えてしまう勇気もなく、おあずけを喰らった皮膚病の赤犬のように娘を裸に剥くにとどめ、この時代カメラなどという気のきいたものはまだ発明されていないから懐紙に筆でその瑞々しい裸体を路地の外の往来を終始気にしながら震える手で必死になって書き写し、逃げるように帰り着いた長屋で見るだにヘッタクソなそれを甘んじて使わなければならなかった私の気持ちが、あなたにわかるはずがないんだ」
 「沖田、おまえ…」
 「そして、使用後に先端に付着した液体をぬぐいながら惨めな自分の気持ちを盛り上げようと、『ああ、これが正真正銘の自給自足だなぁ』と明るく言ってみたのに何故か涙が止まらなくなり、薄い壁の長屋のこと隣の住人に聞こえないよう一晩中布団の中で嗚咽を堪えなければならなかった私の気持ちが、あなたにわかるはずがないんだ」
 「沖田、おまえ…」
 「次の日出会ったその娘が私を見るなり泣きながら逃げだしていったときの私の、自分が悪いはずなのに捨てられた犬のように感じたあの気持ちが、あなたにわかるはずがないんだ」
 「沖田、そんなまわりくどいことをしなくても、この時代少女売春はまだ法規制されていないはずだ」
 「葛城さん、あなたにはわからないんですよ。あなたにはわからない。コンビニに平然と平積みされているエロ本を手に取ることさえ人目をはばかりできないような、ひどく世間体を気にする童貞の私にそんなことできようはずがないじゃないですか」
 「沖田、おまえ…」
 「葛城さん、あなたにはわからないんですよ。あなたにはわからない。そうやって日々増えていく少女たちの絵に、最近はずいぶん私の描き様も達者になり、それがまた惨めさをいや増すんですが、順番にナンバーを打ちファイリングし、『ああ、こりゃ一大コレクションだな』とわざとに大きな声で言ってみて、なぜか不覚にこぼれ落ちた涙の意味があなたにわかるはずはないんだ」
 「沖田、おまえ…」
 「葛城さん、あなたにはわからないんですよ。あなたにはわからない。先日の台風で気づかぬうちに少女絵コレクションを隠した押入に浸水しており、すべて墨が流れてだめになってしまったのを発見したときに私の口から知らず漏れた獣のようなうめきの意味が、あなたにわかるはずはないんだ」
 「沖田、おまえ…」
 「葛城さん、あなたにはわからないんですよ。あなたにはわからない。そういった日々の憂悶を剣術にぶつけるうちに、ついうっかりたいへん強くなって名前が売れてしまい、『沖田総司の打ち込みは鬼神のようじゃ』と囁かれるのにむかって、『そんな上等なものではなくてただのロリコンです』とつい真顔で訂正しそうになるときに腋を伝い落ちる冷たい汗の意味が、あなたにわかるはずはないんだ」
 「沖田、おまえ…」
 「葛城さん、あなたにはわからないんですよ。あなたにはわからない。この女顔のせいでたくさんの不純なやおい少女たちに描かれるところの実際そうである私が、ある朝かわやで用を足していると尿道にするどい痛みを感じ、何事かと思って手をやるとそこには透明な液が付着しており、その液の表面に無数の梅毒スピロヘータのうごめきを発見してしまったときに感じた、『まだ一度も婦女とまぐわってないのに』という無念とくちおしさが、あなたにわかるはずはないんだ」
 「沖田、おまえ…」