猫を起こさないように
虚皇日記 -深淵の追求-
虚皇日記 -深淵の追求-

MMGF!~もうやめて、みんなゴア表現に震えてるわ!~(外典・狂都奈落鏖断阿修羅地獄変)

わたしの名まえは、琴理香(こと・りか)。どこにでもいるふつうの女の子。
でも、わたしにはヒミツがある。小鳥猊下(ことり・げいか)ってハンドルネームで、「ねこをおこさないように」っていう名まえのちょっといけないホームページを運えいしているの。ともだちも知らない、お父さんとお母さんにも言ってない、わたしと、そしてあなただけのヒミツ。
いま、わたしは京都にむかうでん車にのっている。ネットでの知りあいに会うためだ。
かの女の名まえはSMD虎蛮(さめだ・こばん)。ひょんなことから「ねこをおこさないように」にイラストを描いてもらうようになった。いつものことだけど、ネットでしか知らない人とはじめて会うのってドキドキする。いったいどんな子なんだろう。もしかして、わたしたち、ともだちになれるかな?
そんな楽しい空そうにひたっていると、ビートルズのイン・マイ・ライフのイントロが、たんたんたたたたん、とひびいた。
ケイタイの着メロ。あ、虎蛮ちゃんからだ。
「アンタ、いまどこにいんの?」
まえおきもなしの不きげんそうな声に、わたしの体はビクッとなった。まだでん車のなかだよってつたえると、
「ハァ? なにそれ? こっちはもうとっくに着いてんだけど?」
わたしはあわててじぶんのうで時けいを見て、それからでん車のなかの時けいを見た。まちあわせまで、まだ1時間いじょうもある。
すごくきつい口ちょうだったので、もごもごと言いわけみたいなへんじになった。そしたら、ケイタイのむこうがわでハーッと大きなためいきがした。
「これだから、ネット界隈でひきこもってる人種とやらは……」
ちいさな声だったけど、たしかにそう聞こえた。すっごく気にしてるネットひきこもりのことをズバッと言われたので、わたしはなみだがジワッとでてきた。
「あんたさあ、もしかしてイタリアかどっか、日本じゃないとこの出身なわけ? 私の担当編集なら遅くとも2時間前には待ちあわせ場所に来て、背筋のばして正座してるわよ。もう信じらんない!」
30分まえには着くつもりだったのに、虎蛮ちゃんのギョウカイでは2時間まえに着くのが常しきだったなんて! そうぞう力のないじぶんのダメさにガッカリしたら、もうなみだがポロポロととまらなくなった。
「ごめんね、ごめんね、いそぐから、ごめ」
んね、を言いおわらないうちにプツッとつう話がきれた。
わたしはすっかりうろたえて、とおりかかった車しょうさんに、「もっとはやく着きませんか」とたずねたら、「電車ですからねえ。時刻表どおりにしか着きませんねえ」と、にが笑いされた。
さしむかいの席にすわっていた上品そうなおばあさんが、そのやりとりを聞いてホホホと笑った。
わたしはバカなことをたずねてしまったじぶんがはずかしくなって、でん車が京都駅に着くまでまっかになって下をむいていた。
ドアのまえで足ぶみしていたわたしは、でん車がとまるとすぐにみやこじかいそくをとびおりた。はあはあと、いきをきらせて駅のかいだんをかけあがる。
まちあわせばしょは、しんかんせんの改さつがある中おう出口。そこに、わたしとおない年くらいの女の子が立っていた。ツイッターのにがお絵そっくりで、わたしはそれがSMD虎蛮ちゃんだって、すぐにわかった。
「虎蛮ちゃん!」
虎蛮ちゃんにかけよると、わたしは地めんにおでこがつくぐらい、おもいっきりあたまをさげた。
「おくれてごめんなさい!」
きっと、すっごくおこられるんだろうって、かくごしてた。でも、虎蛮ちゃんはいがいそうに、
「へえ、あんた、女の子だったんだ! あんなホームページやってるから、私はてっきり」
どうやら、あんまりおどろいたので、おこってたのをわすれちゃったみたい。
ホッとするとなんだかうれしくなって、わたしは虎蛮ちゃんにまくしたてた。
「うん、はじめて会った人にはよく言われるんだー。わたし、琴理香。リカってよんでね!」
「リカぁ?」
けげんそうな顔。近くだと、たしかににがお絵そっくり。
でも、よくよく見ると目のしたはうっ血してまっくろで、目つきはすさんだ感じをしていて、すこしこわかった。
「あんた、猊下でしょ? 小鳥猊下。ちがうの?」
これもいつものしつもん。
「えっとね、じつは小鳥猊下って、ふたりでつかってるハンドルネームなの。『ねこをおこさないように』ってね、10年まえにネットで知りあったパイソン・ゲイってアメリカ人といっしょにやってるの。かれがギャグたん当で、わたしがリリカルたん当。もう気づいたかしら? コトリゲイカって、コト・リカとゲイのアナグラムなんだよ!」
わたしがみぶり手ぶりでいっしょうけんめいせつ明すると、きびしかった虎蛮ちゃんの表じょうがすこしゆるんできた。
「へえ、ゆでたまご方式ってわけね。ようやくガテンがいったわ。じゃなきゃ、あんな精神分裂みたいなホームページの説明、つかないもん!」
虎蛮ちゃんのことばはとてもするどくて、わたしの心にグサッとつきささった。
(表げんをする人って、みんなこんなかんじなのかな……)
わたしはまたジワッとなみだがでてきたけど、なんどもまばたきをしてごまかした。そして、キズついたことをさとられないよう、できるだけ元気にたずねる。
「ねえ、あなたのこと、SMDちゃんってよぶべき? それとも、虎蛮ちゃんってよぶべき?」
すると虎蛮ちゃんは近くのまるいはしらに背なかをあずけて、ちょ者近えいのときのお気にいりのかっこうみたいなポーズをした。
「そうね、私のことは……ダコバって呼んで」
「だだだ、ダコバぁ?」
思ってもみないへんじにおどろいて、すこしどもってしまう。虎蛮ちゃんの顔はひらべったくて、どう見ても日本人ってかんじだったから。もしかして、いまはやりのドキュンネームってやつかな? 堕枯馬、とか書くのかしら。
そうこう考えているうち、虎蛮ちゃんの顔にみるみる不きげんがもどってきたので、わたしは大あわてでまくしたてた。
「ダコバ! すっごくステキな名前ね! 秋の夕ぐれみたいな! わたし、夕日が麦わらにてりかえすのを想ぞうしちゃった! そういえば、ふんいきもダコタ・ファニングってかんじ?」
虎蛮――いや、ダコバちゃんの小鼻がすこしふくらんだ。この方向でいいみたいだ。
「はじめてあのホームページを見たときから、なんていうの、センス? とにかくあなたはちょっと他の管理人たちとはちがうなって感じてたわ。本当に奇遇なんだけど、SMD虎蛮もね、じつはふたりの共同ペンネームなの」
「えーっ!」
わたしがほんとうにびっくりして声をあげると、ダコバちゃんはすっごくとくいそうな顔をした。うん、やっぱりこの方向でいいみたい。わたしは心のなかで、すこしホッとする。
「アイツ、不法入国者なんでちょっと国の名前はかんべんしてほしいんだけど、中東出身のサメン・アッジーフって男とコンビで漫画やってるの。私がストーリー担当で、かれが作画担当」
「あー、わかった! サメダコバンって、ダコバとサメンのアナグラムだ!」
わたしが胸もとで手のひらをパチンとうちわせると、ダコバちゃんはくちびるのはしをまげてフフッっと笑った。
「ご明察、こわい子ね……。あなたのこと、ただの時間を守れない、社会不適応のだらしないネットひきこもりだって思ってたけど、なかなか頭の回転が速いじゃないの。私たち、なかよくなれそうね。改めてよろしく、リカ」
ダコバちゃんはそう言いながら、右手をさしだしてきた。わたしはまた、ダコバちゃんのするどすぎることばがグサッと胸にささっていた。
わたしはなみだがジワッとでてくるのをがまんしながら、その手をにぎりかえした。ダコバちゃんの手のひらは、ちょっとにちゃっとしていた。
「ねえ、トウキョウから長たびだったでしょう? おなかすいてるんじゃない?」
わたしはまず、ダコバちゃんをお昼につれていくことにした。ダコバちゃんをよろこばせたかったのと、「リカ、人間はおなかがいっぱいのときには不きげんになれないよ」って、おばあちゃんからいつもおそわってたから。いっぱいいっぱい考えて、京都駅ビルのいちばんうえにあるお店を予やくしてあった。
「うわーっ、すごい!」
ふうがわりなビルの外見に、ダコバちゃんが子どもみたいなかん声をあげる。そのようすに、なんだかわたしまで楽しくなってきてしまう。
「これって、リカがホームページに書いてたところよね」
大かいだんをチョコレート、パイナップルって言いながら1だんとばしでのぼっていたダコバちゃんが、ほっぺをまっかにしてふりかえる。
「えーっ、ダコバちゃん、そんなのおぼえてるの?」
「リカの書いたことならなんだっておぼえてるわよ」
ダコバちゃんがいたずらっぽくくちびるのまわりをペロッとなめるのを見て、わたしはなぜかドキッとする。
「たしか、たくさんのガラスがまるで処女膜みたいって書いたのよね!」
わたしはとたん、じぶんがまっかになるのがわかった。
「もうっ、ちがうんだから! あれを書いたのはわたしじゃなくて、パイソンなんだから!」
「がおーっ、ガメラだぞー! ちんぽだぞー!」
ダコバちゃんはすっごく大きな声でさけぶと、ふざけてわたしを追いかけてきた。まわりの人たちがこっちを見てヒソヒソ話をしているのは気になったけど、いまのわたしたちって、とてもいいかんじじゃない?
「もう、ダコバちゃん、やめてよ! はずかしいったら!」
笑いながらふりかえると、大かいだんのまんなかでダコバちゃんが右のわきばらをおさえてうずくまっていた。
「ダコバちゃん、どうしたの!」
わたしの声は悲めいみたいだった。心ぱいに胸がつぶれそうになりながらかけよると、ダコバちゃんの顔は花輪和一の漫画みたいにオッサンになっていた。首をかきむしりながら、うわごとのようになにかつぶやいている。
「うう、手が、手がふるえよる……ワシ、漫画家なんやで。右手一本でかせがなあかんねんで……」
どうしよう、ねっ中しょうかもしれない。
「すずしいところでよこになったら、きっと楽になるわ。がんばって!」
わたしはダコバちゃんにかたをかすと、予やくしていたお店までひきずるようにしてはこんでいった。
お店に着くと、ダコバちゃんはそれまでくるしんでいたのがウソみたいに、じぶんでカウンターまであるいていって、ながれるようにスツールへこしかけた。
それから、すごくナチュラルに生ビールを3はい、ちゅう文した。顔は女の子にもどっていた。
わたしがあっけにとられていると、すぐにしゅわしゅわとアワをたてる金いろのビールがはこばれてきた。わたしののどが、ゴクッとなった。
「1ぱいは私に、1ぱいはあなたに。そしてもう1ぱいは――」
かっこよくグラスをかたむけてゆかにこぼしかけて、
「やっぱり私に」
ダコバちゃんはそのままいきもつかずに、2はいのビールをグーッとあけた。
6月にしては、すごくあつい日だった。わたしはビールにまほうがかかってるみたいにさからえなくなって、ダコバちゃんを追いかけてグラスをグーッとあけた。
ぐ、ぐふぅ。
わたしはそのとき、じぶんが花輪和一の漫画みたいに顔だけオッサンになっているのがわかった。ヒゲをじゃりじゃりいわせながらくちびるのアワをぬぐう。
うふふ、でも平じつの昼からアルコールをのむハイトクカンで、リーサラにとってのビールはますますおいしくなるなんて、自ゆうぎょうのダコバちゃんにはわからないかもね。
なんて考えながらダコバちゃんのほうを見ると、編集王でマンボ好塚が自販機のとなりで酒を飲んでいるときみたいな顔で右手を見つめながら、「へ………へへへ。見てみィ………へへへ……。震え……止まりよったで……」なんてつぶやいているんです。すると、じしん(ふきんしん!)みたいにブルブルしていたダコバちゃんの手のふるえが、みるみるおさまっていったのです。
しろ目のところがきいろくなってるのが見えて、わたしはゾッとして目をそらしました。
「うーん、やっぱり外はあっついわね! ねえ、ダコバちゃん、どこか行きたいところはあるかしら?」
アルコールくさい息で大きくひとつのびをすると、わたしはうきうきしながらダコバちゃんにたずねました。
京都には、お寺とかむかしのものがたーくさんあって、ダコバちゃんといっしょにそういうばしょをかん光できると思うと、なんだかしゅう学りょ行のときみたいでとってもワクワクしたからです。
そのときダコバちゃんの目がするどくなり、なにかだいじなことをおもいだしたみたいな表じょうになりました。
「あるわ。三条河原町まで出るわよ」
「あっ、かわらまちなら地」
下鉄、と言いおわらないうちに、
「ヘイ、タクシーっ!」
ダコバちゃんはサルまんの編集者みたいに、すごくナチュラルにタクシーをとめていた。そ、そうよね。ダコバちゃんはうれっ子なんだから、金せんかんかくがちょっとブッとんでても、すこしもヘンじゃないよね。
ダコバちゃんはながれるようにタクシーへのった。わたしがさいごにタクシーにのったのはお母さんが急びょうのときだったので、すごくドキドキしながらあとにつづいた。
かばんからアイパッドをとりだすと、ダコバちゃんは「ここ。ここ行って」とタクシーのうんてん手さんへ、画めんをカツカツいわせながらゆびさしました。
いっしゅんチラッと見えたアイパッドの画めんには、まっくろなはいけいにデザインかな? いろとりどりの草があしらってありました。でも、どうしてまん中に大きなドクロマークがついてるんだろう?
「元ヤン……学校内ヒエラルキー……ナウシカ……パイオツでかい……幕末や新撰組……手垢のついた題材……あるいは……」
タクシーにのっているあいだ、ダコバちゃんはまどのそとをながめながら、ずっとひとりでブツブツ言っていた。
わたしはなにか単ごが出てくるたびに「うん、そうね、そのとおりね」とあいづちをうったが、りこんすん前のじゅく年ふうふのように、かい話はせい立していなかった。
かも川ぞいをしばらくはしると、タクシーは京都にもこんなばしょがあったのかって思うぐらいすさんだかんじのうらろじにとまりました。
黒ネコがダコバちゃんとわたしを見て、フーッと毛をさかだてながらはしっていきます。お昼なのにかんばんのネオンがぴかぴかするホテルがあって、すぐ目のまえですごくふつうじゃない服そうのカップルがなかへ入っていきました。
「ねえ、なんだかこわいよお」
わたしはダコバちゃんの服のはしっこをつかんで、小さくなってついていきます。
ダコバちゃんははじめての土地なのに、すごく自しんにみちあふれた足どりでよごれたビルのかいだんをのぼっていき、いくつめかのとびらで立ちどまりました。
「ここね」
そこはかんばんもなにもあがってなくて、マンションかアパートのふつうの1室ってかんじです。
「リカ、あなたはここで待ってなさい」
「え、でも」
「いいわね?」
ダコバちゃんはきゅうにわたしをだきよせると、うむをいわせないかんじでおでこにキスをしました。
わたしがボーッとなってるうちに、ろう下の左右に目くばりしてから、うすくあいたとびらのすきまに体をすべりこませました。
いっしゅんチラッと見えたへやのなかのようすは、むかし夜のえい画で見たアヘンくつのようにけむっていました。ガリガリにやせたスキンヘッドの男の人がソファであおむけになって、「ねえさん、このハイゴウ、サイコウやわー」と、ろれつのまわらないようすで言っています。
バタンととびらがしまると、わたしはひとりきりになりました。このビルのかんけい者らしいモヒカンの男の人が、わたしをにらみながらかいだんをのぼっていきます。
わたしはこわいのと心ぼそいので、なみだがジワッとでてきました。
すごく長い時かんをまっていたような気がしましたが、時けいを見ると10分くらいのことでした。ダコバちゃんが草の入ったスーパーのふくろをかた手に出てきました。
「待たせたわね。どうしたの、あなた、泣いているの?」
やさしくだきよせられるとボーッとなって、こわかったのもぜんぶどうでもいいみたいな気もちになりました。
「ダコバちゃん、その草は……」
「ああ、これ? アシスタントへのおみやげ。京野菜らしいわ」
話だいをうちきるように早口で言うと、ダコバちゃんはスーパーのふくろをわたしからかくしたいみたいにカバンのおくへとねじこみました。
「ねえ、せっかくはるばる来てくれたんだし、もっと京都っぽいところをかん光しましょうよ」
わたしはかん光ガイドをとりだしながら言いました。
それに、もうこんなこわいところはたくさんだわ。
「そうね、せっかくあなたとふたりきりの時間なんだしね」
ダコバちゃんがやわらかな表じょうでうなづき、わたしははじめてまともに話を聞いてもらった気がしました。
でも、すぐにそれは気のせいだったことがわかりました。
おたくのせい地・きょうと(狂屠)アニメーション(通しょう・狂アニ)は、各ていしかとまらないふつうの駅のふつうの住たくがいにありました。ピロリンって音が聞こえて、それはダコバちゃんがスマートフォンで狂アニのたて物をさつえいしているところでした。
「ちょっとツイートしてみるわ。『狂アニなう』っと。人生初なうー」
いっしょにお寺をめぐったり、まいこさんの衣しょうを着て写しんをとったり、そういうしゅう学りょ行みたいなのを期たいしていたわたしは、じつはない心ひどくガッカリしていました。
でも、はしゃぐダコバちゃんのすがたを見ると、これはこれでいいかなって気になってきます。でん車にのっているときのダコバちゃんは、ハンターハンターの幻影旅団の団長みたいな人殺しの表情で、「狂アニ……ふむ、狂アニか……少し、興味がわいてきたな……」などと気のないふうでした。なのに、いまは大よろこびですもの。
それにしても――
げいおん(鯨音)!のポスターがはってなければ、ふつうに見のがしてしまっていたかもしれない、ふつうのたて物です。ただ、正めんのかべはピカピカするきいろでぬられていて、わたしは同じいろのきゅう急車を町でみかけたことがあるのを思いだした。
となりのおばさんがうつむいたむす子さんをのせながら、「この子、20年くらい外でてなくって」と、なぜかすごくスッキリした顔で言ってたっけ。
わたしは、狂アニにはってあるポスターをまじまじと見つめました。ネットサーフィンくらいの知しきしかありませんが、女子高生4人ぐみが反ほげいかつ動に青春をささげるアニメで、この冬のげきじょうばんでは、グリーンピース本ぶへゲバぼうでカチコミをかけるのだそうです。
ドカッ、ドカッ。
首をまよこにかしげながら、なぜこんなアニメが大ヒットするのかしらと考えていると、うしろで大きな音がしました。
ふりかえればスマートフォンをにぎりしめたダコバちゃんが、近くの水ぎんとうになんどもなんどもナガブチキックを入れています。キックのたび、水ぎんとうはでんげんの入ったバイブみたいに大きくゆれました。
「やめて、ダコバちゃん!」
わたしがうしろからだきつくと、ダコバちゃんは花輪和一の漫画みたいに顔だけオッサンになっていました。
「4000人もいるくせに、雁首そろえてだんまりかよ! この、おしフォロワーどもめが! 俺がツイートしたら5秒以内に『オッ! SMD先生、ついに狂アニと仕事ですか! やっぱすげえなあ!』くらい気のきいたレスつけるのが礼儀だろ、フツー! 俺がツイートしたら5秒以内に『SMD先生と狂アニのコラボ、濡れちゃいます! 抱いて!』くらいのレスしながら自画撮りマンコの写メ送るだろ、フツー!」
ダコバちゃんのはつ言はまったくふつうどころではありませんでしたが、たしかにツイートしたのにまったくはんのうがないときの、せかいにひとりぼっちのかんじはさい悪です。みんなにサービスしたくってたくさんツイートしたらフォロワーががくんとへったときのことを思いだして、わたしはなみだがジワッとでてきました。
「ダコバちゃん、もうじぶんをキズつけるのはやめて……フォロワーなんて、そう、コクゾウムシだと思えばいいのよ」
「ダイオウグソクムシ?」
「いえ、コクゾウムシ。フォロワーなんて、4000びきのコクゾウムシと思えばいいの。そしてダコバちゃんはお米。お米がないとコクゾウムシは生きていけないのよ!」
わたしは、テキストを中しんとしたホームページをやっているだけあって、気のきいたなぐさめを言うなあと思われてると思って、言いながらすこしとくいになっていた。
でもダコバちゃんは、耳がとおい人のようにすごい大きな声で、
「え、おめこ? おめこどこ?」
とききかえしてきた。このテのおたくたちにはすっかりなれっこですよというかんじの近じょの人たちが、なかばほほえみながらこちらを見ていた。
すっかりはずかしくなったわたしは、花輪和一の漫画みたいに顔だけオッサンになって、「なにがおめこだよ! クンニしろよ、オラァ!」とあらあらしくさけぶと、「あのね、みおたんのTシャツを着て上から自分の乳首をまさぐると、みおたんを犯している気がして興奮する」などと意味不明のうわごとをくりかえすオッサンをでん車にむりくりおしこみました。
「もしジャンプで連載もてたら、五重塔の上で妊婦と神父がバトルする漫画描くわー」
こうふく寺のがらんをさつえいしながら、ダコバちゃんは上きげんでした。わたしは、わがままなこい人にふりまわされる気もちでそのようすをながめていた。
日もくれようとするころ、わたしたちはなぜか奈良にいました。
それにしてもダコバちゃん、なんで奈良にやどをとったんだろう。もしかするとトウキョウの人にとっては京都と奈良と五島れっ島のあいだに、大きなちがいなんてないのかもしれません。
でも、せっかく奈良まで足をのばしたんだし、あしゅらぞうが見たかったわたしはダコバちゃんをこうふく寺へつれていくことにしたのです。でも、それが大きなまちがいだったみたい。
国ほうかんに入るやいなや、みるみるダコバちゃんの表じょうはくもっていき、花輪和一の漫画みたいなオッサンの顔になった。
「なんだよ、このギャラリーフェイク、エロ要素ねーなー」
などとつぶやきながら、パイプいすにすわっているショウワみたいな顔だちをした黒メガネの学げいいんに「あれ、あなた知念さん? 国宝Gメンの?」などとなれなれしく話しかけはじめた。
わたしはなんとかダコバちゃんの気をそらそうとして、
「ねえ、これ地ぞうぼさつよ! ダコバちゃんの大すきなまどか(円広志?)にも出てたんでしょ?」
言いおわるか言いおわらないかのうちに、ダコバちゃんの顔はみるみる特攻の拓に出てくる不良みたいにけわしくなっていった。りゆうはわかりませんが、どうもふれてはいけない話だいみたいでした。
わたしはすっかりうろたえて、「あの、お花をつんでくるね!」と言いのこしてそのばをはなれました。
お手あらいからもどってくると、大あばれしてるかと思っていたダコバちゃんは、ねっ心にみろくにょらいざぞうを見あげていた。わたしはすこしホッとして、
「ミロクさま、ステキなお顔をしてるわよね。ダコバちゃん、気に入ったの? 絵ハガキかう?」
そのときわたしは、ダコバちゃんの右手が、ハンターハンターでネテロ会長が百式観音・零をはなつときみたいに、親ゆびと人さしゆびがわっかをかたちづくり、中ゆびが立ったじょうたいになっているのに気づきました。
口をふさぐいとまもあらばこそ、ダコバちゃんは、
「コイツの左手、なんか手マンみてえ」
とすごい大きな声で言いました。わたしはそくざにもっと大きな声でさけびました。
「そうね、みごとなけまん(華鬘)よね! さあ、もう5時よ! へいかんする時間だわ!」
うしろからヘッドロックぎみに、わたしはダコバちゃんを出口のほうへひきずっていった。
あしゅらぞうのまえをとおるとき、「ヘソの下の肉、すげえエロい」などとうわごとを言いかけたので人中へ1本けんをいれると、ダコバちゃんはえのもとの死体みたくはいいろになった。
けいびいん2人が大またでこっちにあるいてきてたけど、へいかんの追いだしのためかどうかはわかりませんでした。
できるだけこうふく寺からとおいところにと、ならまちの外れにあるお店のこしつまでつれこんだところで、ダコバちゃんはキン肉マンのジェロニモが心ぞうマッサージをするみたいにしてそ生した。
きっとわたしの強いんさが不まんだったのでしょう、ダコバちゃんはしばらくのあいだひと言も口をきかずにくちびるをとがらせていた。
でも、ビールがピッチャーではこばれてくるとたちまち上きげんになって、
「じゃあ、ふたりの出あいにかんぱーい!」
なんて、かんぱいの音どをとってくれました。でも、いっ気にのみほしたあと、つくえにジョッキをたたきつけるようにおくと、編集王でマンボ好塚がホテルに編集者を集めて土下座してからビールを飲んだときの表情で「…旨え。」と言ったので、わたしはゾッとして目をそらしました。
たくさんあせをかいたせいか、ほどなくしてわたしにもよいがまわってきました。
「ねえ、ダコバちゃんはどこまでけいけん、あるのかな?」
ダイタンなしつもんをしてしまったのは、たしかにアルコールが言わせたせいもあるけれど、1日いっしょにあるきまわったのに、まだダコバちゃんのことをなにもしらないような気がして、さみしかったからでした。
ダコバちゃんは首をかしげ、トロンとした目でわたしをみつめかえしてきた。
「わ、わたし? わたしは、び、ビーまでかな」
なんでわたし、はじめて会った子にこんなこと言ってるんだろう。じぶんでも、顔がまっかになるのがわかりました。
じつは1どだけ、ダコバちゃんが描いているマンガを見たことがあった。とってもエッチな内ようだった。あんなマンガを描くぐらいだから、ダコバちゃん、きっと――
「んあ? 敬虔? ああ、なんだ、経験か。おかしなこと聞くのね。ディーよ、ディー」
「ででで、ディぃー?」
わたしは思いがけないこたえにすっかりうろたえてしまった。(もちろんAがキスで……)(……はじめての……チュウ)(君とチュウ)(Bは当然、アレ……)(ペッティング!)(Cって、もちろん)(セ……セックス……!!)(やってやるッ!)(でも、D……?)(頭文字……イニシャル……?)(え、セックスの次って……なに?)(快ッ感ッ)(ドライオーガズム的な?)(……ッッッ!?)わたしのあたまのなかは板垣恵介の格闘漫画で1秒が何分にも感じられる演出がかけめぐりました。
ダコバちゃんはすっかりかたまってしまったわたしをあきれたようにながめて、
「あんたさあ、あんなホームページやってるくせに、ディーも知らないの? 堕胎に決まってんじゃん、ダタイ」
ダコバちゃんは、ダタイにぼう点がついてるみたいにはつ音しました。(ダ…タイ……)(ダタイズム?)(ダタイオサム……的な……?)あたまのなかにかけめぐるわたしの板垣恵介的おどろきをしり目に、なにかスイッチが入ったのか、ダコバちゃんは花輪和一のマンガみたいに顔だけオッサンになると、いっきにまくしたてた。
「なあ、おまえ、いったい俺が何のためにエロ漫画描いてると思ってんだよ。いい女とファックするために決まってんだろ。あんたがしかつめらしくホームページ更新するのだって、そんなご高尚なもんじゃねえ、いい女とファックするためだろ、え? あれだけの奉仕をしてんだから、ファックぐらいの見返りがあって当然じゃねえか。てめえの指で濡らしてからまたがって、アニメ見てる俺がイクまで腰ふって、身ごもったらソッコー、セルフ堕胎パンチであとくされなく身をひくだろ。おまえさあ、いま笑って聞いてるけど、それぐらいやってもらって当然の社会奉仕をしてんだよ、俺たちは。くそ、メスどもが! 身ごもったらソッコー堕胎パンチやろが! 女ぐらいにできることで、俺たちのサービスに匹敵するのは、セルフ堕胎サービス以外ないやろが!」
オッサンの顔をしたダコバちゃんは大きな声でダタイパンチ、ダタイパンチとさけびながら、ボディーブローでだれかのおなかをなぐるマネをしました。
でも、なかいさんがしょうじをスッとあけたしゅん間、ダコバちゃんは元のような女の子の顔にもどった。
「さて、じゃあ酔っぱらっちゃわないうちに例のうちあわせしとこっか」
そう、すっかりわすれかけてたけど、今回ダコバちゃんがわざわざカンサイまで来てくれたのは、じゃっじゃじゃーん、アリアケのコミケトーにふたりで同人しを出すうちあわせのためだったのだー! えへへ、おどろいた?
わたしはすまし顔で、ゆっくりとビジネス手ちょうをとりだすと、とがらせてきたエンピツの先をペロッとなめた。でも、心のなかは、はじめての「うちあわせ」にすっごくドキドキしてた。
ダコバちゃんはいきおいよくぐーんとりょう手をひろげて、
「あんたはバーンと300ページくらい書いて。わたしはドーンと5枚くらい? いや、3枚くらいはイラスト描いたげるから。仲居さん、いちばん高い白ワイン持ってきて! ボトルで!」
うちあわせは8びょうくらいでおわった。わたしの口のなかに、にがいあじがひろがった。さっきなめたエンピツの黒えんがりゆうではないみたいだった。
これがうちあわせ? わたしが期たいしてたのと、なんかちがう……。でも、なにも知らないウブな女と思われるのはイヤだった。
「わかったわ、バーンね」
わたしはまっ白な見ひらきのページに“バーン”と大きく書くと、みけいけんの女の子がはじめてのエッチのあと、それを男の子にさとられたくなくてすぐパンツをひきあげるみたいに、サッとビジネス手ちょうをカバンへしまった。
「あなたのしじってわかりやすくて、すごくてきかくなのね。びっくりしちゃった」
わたしは、みけいけんの女の子がはじめてのエッチのあと、それをさとられたくなくてむかしのエッチとくらべて男の子のテクニックをほめるみたいな言いかたをした。
ダコバちゃんはとたん、小鼻をふくらませて、
「でしょ。あんたが賢い子でよかったわ。シロウトはすぐ勘違いするんだけど、多すぎる言葉って、逆にインスピレーションを阻害するのよね」
高きゅうな白ワインなのに、かけた茶わんにどぶろくをそそぐときみたいにそそぐと、いっ気にあおった。
「くっはー、タダ酒の味はたまんねえぜ!」
ダコバちゃんは花輪和一の漫画みたく、顔だけいっしゅん、ひどいオッサンになった。そしてつづけざま、サイフからとりだした紙まきに火をつける。
「ダコバちゃん、たばこやめたんじゃなかったの?」
わたしはみけいけんの女の子が1かいのエッチでにょうぼうヅラをするときみたいに聞こえないようちゅういしながら、ダコバちゃんをたしなめました。
「ん、煙草? ああ、やめたわよ。タバコはね」
タバコにぼう点がついているみたいにはつ音すると、ダコバちゃんはわたしの顔へふーっとけむりをふきかけた。
もう、やめてよ。わたし、たばこきらいなの。せきこみながらこうぎしようとすると、ダコバちゃんのかばんからスーパーのふくろに入った草がのぞいているのが見えた。
とつぜん、ダコバちゃんのうしろのしょうじがスーッとひらいて、なかいのかっこうをしたピンクのゾウが入ってきた。そして、2ほん足で立ちあがると、「ぱおーんぱおーん! 黎明、黎明、との、殿、れーめーにござる! 電柱ですぞ! どどどどかーん!」みたいなことを富山敬の声でさけびました。
とたん、目のまえがぐるぐるしはじめ、ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンドのアニメみたいないろのこう水がやってきて、わたしは気をうしなった。
気がつくと、わたしは全しんずぶぬれでアスファルトにねていました。くすぐったさに体をよじると、ダコバちゃんがわたしのむねに手をつっこんでいます。
「あ……やめて、こんなところで……」
わたしはかろうじてていこうをしめしましたが、じつはすこしきもちよくて、きもちいいのにどうしてかジワッとなみだがでてきました。
「はは、アオカン願望でもあんの? さすがテキストサイトの管理人、自意識だけは売るほど持ってんのね。でも、あんたは私を選んだつもりでいるけど、私にも選ぶ権利はあるのよ。そこ、忘れないでね」
ダコバちゃんの手には、いつのまにかわたしのサイフがにぎられていました。数まいの万さつをぬきとりながら、
「これは御車代といったところね。あなたもいい勉強になったでしょ。ネットだけの関係で、誰かを頼んじゃいけないってね」
言いながら、ダコバちゃんは力がぬけて立ちあがれないわたしのおでこに、すごくやさしいキスをした。そして、かたごしにかがやくネオンサインを見あげて、
「まあ、御車代というより、こりゃ御花代に消えそうやな! まいったわ、またカカアにしかられてまうがな! おとうちゃん、後生やさかい、おめこはウチでだけにしてや、ってな!」
花輪和一のマンガみたく顔だけオッサンになったダコバちゃんは、声をあげて笑った。ネオンサインには“トップレディー”と書いてあり、トゥハート2のキャラが無だんで転さいされていた。体はつめたいのに、なみだだけがあつかった。
さて、わたしの話はこれでおしまい。え、それからおこったことをもっとくわしく知りたいって? ううん、ごめんなさい、お話したいのはやまやまなんだけど、お医者さまからとめられているの。なんておっしゃったかしら、ぴーてぃーえすでぃー? そういうのがいつまでもなおらないからって。のら犬にでもかまれたと思って、わすれなさいって。
え、イラスト? うん、イラスト。えへ、うふふ、あはは、アハハハハハ。らんらんらららんらんらーん、らんらんらららーん、らんらんらんらららんらんらーん、らららららんらんらーん。

MMGF!(9)

長い尾に身を沈ませていた毛皮の哺乳類が、気配を感じて直立する。その瞳は、あらかじめ与えられた約束が成就するのを待ちきれないように、大きく見開かれている。
大気が帯びた冷気には、ある種の期待感が高まりつつある。水平線の輪郭を光の軌跡が彩り、半身をのぞかせた太陽は宝石の如くきらめく。はるか沖合いから、波濤が陽光をリレーする。それはやがて浜辺へ達し平原へ満ちると、小さな動物たちとの古い約束を果たした。
前傾に両腕を垂らし、虚ろに地面を眺める様子は、まるで無機物のようですらある。永久に名を知られぬ彫刻家の手による塑像が、ある人外の妄執により延々と複製され続けて、地表を埋めてゆく。
市街地からわずかに離れたところへ佇立する古びた建造物を取り囲む黒い一団は、夜明けの清浄さでさえ塗り返すことが適わぬ死の染みだ。
だが皮肉なことに、注がれた陽光は塑像たちを次々と蘇生させてゆく。まるで光と影の境界が、生と死の境界を具現するかのように。
誕生したばかりの陽光が二つの尖塔へ到達すると、学園の最も長い一日が始まった。
学園関係者たちは、便宜上の戦術単位として二十三個の大規模隊と二個の小規模隊に配備された。
戦術単位、などと言えば格好よく聞こえるが、所詮は一日足らずで練りあげた突貫である。内実は、体技科のメンターを中心に据えた寄せ集めで、隊ごとの構成人数もまちまちだ。
各隊は第一理事銅像北隊とか、第十八旧棟便所東隊とか、各個の防衛すべき外壁に最も近い施設の名前をつけられた。
二個の小規模隊は特定の防衛箇所を持たない機動部隊で、遊撃的な役割を与えられる。
体技科長は壁の外側を、スウは壁の内側を担当する隊に組み込まれた。
装備は悲しいほどに不ぞろい。史学科が抱えこんでいた発掘品を大量に放出したが、様式や年代などの統一は望むべくもなかった。直刀に曲刀、長柄に鉤、なんでもござれだ。中には、グラン・ラングの付与を得た本物のアルマもあったようだが、それは幸運な数名の生存率を上げるに過ぎないだろう。
どれもこれも苦肉の策ばかりだ。けれど同時に、学園の資源を最大限に考慮した内容でもある。
何か大きな視点が学園上空から俯瞰したとすれば、奇しくも組織の本質を露にしたかのようなバラバラの見かけに苦笑するに違いない。はたして本気で争いを始める気があるのか、と。
いつのまにか吹きだした汗がじりじりと頬をつたい落ち、その感触が極大へ向けて際限なく飛翔してゆくぼくの意識を中庭へと引き戻した。
マアナはぼくの肩に顔を埋めたまま、じっとしている。この子が学園の命綱であり、最終兵器だなんて言っても、誰も信じないだろうな。
袖口で額をぬぐう。
ペルガナ市国の気候は温暖だが、漁民の言葉を借りるなら「潮の流れと呼応して」変化する。ぼくが生まれた土地ほどではないにせよ、どうやら季節と呼べるものが存在するのだ。
尖塔の屋根に照りかえす陽光のまぶしさに目を細める。どうやら、今日は暑くなりそうだ。
滅びは夏の盛りなり、か。
昔どこかで聞いた言葉が、耳によみがえる。
手に入れていないがゆえに純粋で、何も知らないがゆえに鈍感で、死とは最も遠い世界に住んでいたあの若い日々、ぼくが人間の消失へ向ける夢想はただひたすらに甘かった。死と破滅へコントラストを成すのは、生命と繁栄だろう。
だから、人だけがこの世界から取りのぞかれるとすれば、それはきっと一年で最も暑い日の――
「昼餉の時間でしょうか」
メンター・リンが小首をかしげる。
「いや、正午から日没に至る時間のちょうど真ん中くらいだろう」
思わず釣りこまれて返答するが、まるで思考を読んだみたいじゃないか。
「ところで、ぼくはしゃべったかな」
「はい、覚えてらっしゃらないと思いますが。学園のプロテジェだった五年前、メンターとお話をしました」
そして、間抜けな質問の意図は伝わらなかったらしい。
もとより、天然ぽいというか、思いこみの強い子だ。
行き違いを正そうとして、リンの口調に珍しく熱のようなものが含まれているのに気づいた。ぼくは黙って続きを聞くことにする。
「郊外の史跡でグラン・ラングの実地研修を行っているとき――」
昔からおんなじことやってたんだな、ぼくは。
「メンターは私に目を留めて、おっしゃいました。『発音がきれいだ。才能がある』って。生まれて初めて、人にほめられたんです。あの言葉がきっかけでした。私は、あの言葉に救われた」
いい加減なぼくのことだ。きっと、誰にでもそう言っていたのにちがいない。
だが、ぼくのいい加減な言葉だけを頼みにして、これまでの長い道程を歩みきた少女がいる。
「だから、今度は私がメンターを助ける番です」
ぼくはきっと、メンターなんかになるべきではなかった。
けど、ぼくへ向けられる真摯な視線の分だけは、きっちり仕事をするべきだ。
「もちろんだ。君を抜きにして、この作戦は成立しないからね」
いつもは無表情なリンが、ほんの一瞬だけ、にこりと笑った。
うろたえたときの軽口が、ほとんど反射的に口をつく。
「あのさ、もしかして今日もローブ一枚だけなのかな」
怪訝そうに小首をかしげるリン。
「一度成功した実験の追試に、わざわざ条件を変える必要を認めません」
なるほど。優等生だ。そしてやっぱり、天然だ。
小走りに配置へと駆けてゆくリンの背中に差す陽光を見る。やがて太陽は地をあまねく照らすだろう。
己の死を容認しよう。だが、ペルガナ市国という場に集まった人々の歩みが今日すべて途絶すること、それはとうてい受け入れられない内容だ。
四方の白布を通して、外壁を取り巻く黒い輪が収縮しはじめるのが見えた。
「連中、ようやくおいでなすったぜ」
「防衛が破られた箇所が出たら、指示をくれ。現場へ急行する」
体技科長とスウの声が、すぐ耳元でささやく。
スリッドはどこへ行ったのだろう。いずれかの隊へ組みこまれているのか、それとも郊外へと避難を果たしたのか。
結局、人を動かすのは人でしかない。
正直なところ、日をまたいだ長大な会議が必要ない世界というのは、ほんの少しだけ魅力的だ。例えば、体技科長とスリッドとぼくが何の対立もなく同じように思考する世界は、もしかするとより良い場所なのかもしれない。
けれど、いまならば断言できる。
そこは少なくとも、美しい世界ではない。
大きく深呼吸をする。
マアナの唇が首筋に触れ、ぼくの唇が言葉をつむぐ。
古代より連綿と受け継がれてきた、万物を支配する契約の言葉。
世界を構成する、初源の言葉。
無限の彼方からエネルギーの奔流が螺旋のごとく駆け登り、ぼくを通じてこの世界へと解放される。
衒いは消え、装いは忘れられた。
高まる感情は千々に乱れることなく、ただひとつのゆらぎない名前を持った。
渦巻く言葉は力みなぎる躯幹と完全に合致している。もはや、これから起こることへ何の疑いもない。
ぼくは大声で叫ぶ。
「さあ、学園を守るぞ!」
間髪を入れず、四方から吼えるような唱和が響く。
続いて最初の激突が、大気を震わせた。
学園の防衛網は一人の死者も出さず、流民たちによる最初の一撃を見事に吸収した。
第一に、敵個体能力の測定が正確であったこと。これは斥候の成果であり、スウと体技科長に感謝しなければならない。
第二に、魂の高揚がもたらす恩恵を防衛網の全員が享受していたこと。これは、マアナの存在なくしては不可能だった。
しかし、すべては危うい均衡のはじまりに過ぎない。わずかな要素の変化で、途端に天秤のバランスは大きく傾いてしまうだろう。
いったんエネルギーを付与すれば、ぼくの仕事はそれを維持し、漸減する分をときどき注ぎ足すだけになる。この防衛戦をどう終息させるか、考えなくてはならない。
流民側の基本戦術は、波状攻撃だ。上空から眺めれば、繰り返される攻撃は文字通り、学園の外壁に打ち寄せる黒い波のように見えるはずだ。
お互いが邪魔にならない密度で、第一陣が突撃する。撃退されれば第二陣が攻撃を継続する。こちらが根をあげるまで、それを延々と繰り返すつもりだろう。
単純だが、数の優位を最大に生かせるし、戦線が混乱する心配も少ない。ぼくしか知らない情報を加味して考えるならば、逆に司令塔が存在しないゆえの消去法とも考えられる。
だが、外壁を突破した後はどうするのか。挟撃による防衛網の弱体を企図するならば、内外の連動を抜きには考えられない。そのためには、明確な指揮系統が必要なはずだ。
疑問を解決する機会は、ほどなく訪れる。
「第五隊が一部流民の侵入を許したようだ。真っ直ぐにそちらへ向かっている。本機動部隊は追撃に移る」
スウだ。なるほど、すべてはあらかじめ織りこみ済みってわけか。
ぼくの仮定はこうだ。
一つ目の指令は、防衛網の突破には波状攻撃をもってせよ。
二つ目の指令は、突破を果たした後は各自『世界の中心』を目指せ。
三つ目の指令はおそらく――
ぼくはこめかみに指を当て、スウへと指令を飛ばす。
「第一機動部隊へ。ひとりだけ逃してくれ。確認したいことがある」
「いつもの酔狂ではないだろうな」
三白眼がすぐそこに見えるようだ。だが、あえて無視する。
「復唱は?」
「了解した。ひとりを除いて、侵入した流民を殲滅する」
ため息がすぐそばで聞こえるようだ。
ぼくはつとめて平静な調子で、同僚たちへ話かける。
「第一機動部隊から連絡があった。ひとり逃したそうだ。すぐにここへやってくる。君たちに危害は及ばない。狙いはぼくだ。持ち場を堅守するように」
言い終わるか終わらないかのうちに、東側の白幕下部を切り裂いて、怪人が姿を現す。
ほとんど地面にまで垂れた長い両腕に、肉厚の短刀を提げている。人のようでいて、人のようでない戯画的な外見。初めて目にするその姿に、周囲の同僚メンターたちが思わずといったふうに、おお、と声を上げる。
見事に予想を裏書いてくれた。狙いはマアナだ。
つまり、三つ目の指令は『世界の中心』を破壊せよってことか。
そして北側から、万を持しての二人目が登場する。おいおい、聞いてないぞ。
「すまない、二人逃した。中庭へ急行する」
「こちらは全く問題ない。第五隊の援護へ向かってくれ」
痩せ我慢で余裕を醸成するのは、メンターの得意技だ。
「サンプル数の多さは、実験の信頼性を高める要素だからね」
ここにマアナがいることを、流民たちがあらかじめ知る手段はなかったはずだ。二人がほぼ同時に中庭へ到達したことから逆算すれば、おそらく目標を発見する生体感知の機能を備えているのだろう。いちいち自己嫌悪をかきたてる連中だ。
二人の怪人は周囲の同僚たちへは目もくれず、じりじりとこちらへ歩を詰めてくる。
グラン・ラングをつぶやくと、大気中から指先に熱が集まってくるのを感じる。
その急激な上昇に伴って、中庭はわずかに気温を低下させた。
静寂と静止。高まる緊張は時間さえ止める力を持つようだ。
額から垂れた汗が両目へ流れこみ、一瞬だけ視野を封じる。
回復した視界に怪人の姿は無かった。
上か。二人は、同時に跳躍していた。
可視化された赤い熱線が、弧を描き宙を凪ぐ。
一人が蒸発し、一人が左腕を失う。仕損じた。
落下の勢いを駆った短刀が、眼前に迫り来る。
次の施術が間に合う距離ではない。
だが、ぼくは少しも慌てなかった。
迫り来る氷の矢が、怪人の方を先に貫くと知っていたから。
立ちのぼる黒い煤の向こうで、リンが右腕を掲げている。はだけた肩口がなまめかしい。
「メンター・リン」
「持ち場は離れていません」
憮然とした表情。いや、元々か。
「持ち場を離れて、こっちへ来てくれるかな」
手まねきすると、素直に小走りでやってくる。小さな動物みたいだな。
ただ、ボスのいない言語学科で、グラン・ラングの運用に限れば最も優秀な小動物だということを忘れてはならない。
「いまから、ドミトリへ向かう。その間、付与の維持を任せる。指揮については、防衛網のほつれを両機動部隊に通達するのみで構わない。もし判断に迷うことがあれば、連絡を寄こしてくれ。すぐにもどる」
こっくりとうなづく。先輩メンターの指示だから従うのではない。聡明な瞳の奥でぼくの真意を過不足なく汲んでいるのだ。
「まかせたよ」
ぽんと頭に手をおくと、ぶるりと震える。武者ぶるいってやつかな。
「かならず。かならず」
リンはなぜか、二回繰り返した。
ドミトリを防衛する部隊は存在しない。ここを突破されると、旧棟へも新棟へも簡単に到達することができる重要拠点にも関わらずだ。
理由は単純。この土地は古い盟約に守られ、不落を約束されているからである。
屋根の上からの眺めは壮観だ。流民たちは続々とドミトリへ集結しつつあった。まるで何かに吸い寄せられるように。
のぞきこもうと首を伸ばすマアナの頭を後ろから押さえつける。自覚あんのかな、もう。
ほっそりとしたシルエットが逆光となって浮かびあがる。流民たちは己の敵を認識し、威嚇に吠え猛る。
ただでさえ不安定な足場で風にまかれて、まったく揺らぐ様子もない。おそろしい平衡感覚だ。これもグラン・ラングの盟約が成せる仕業なのか。
たなびく髪は青みがかっており、かすかに花の香りを漂わせている。
ふたつのガラスを通して見る瞳は憂悶を湛えており、ほとんど眼下の状況に退屈しているようにさえ見える。頼もしい限りだ。
「いってきます」
まるで日課の散歩にでも出かけるような口調で、迷いなく宙へ身をおどらせた。
そして、盟約を体現する少女が空から降ってくる。
空中で姿勢を制御するのは至難だ。シシュの落下地点にあやまたず刺し込まれる無数の短刀。
しかし、そこには一本の古びたほうきがたたずむばかりである。完全に物理法則は無視されていた。
あのほうき、アルマだったのか!
信じられないことに、シシュは柄の先端に片足で体勢を保持している。
腕組みをしたまま、つま先で鋭く円を描くと、たちまち八方に衝撃波が広がる。蝟集した流民たちは吹き飛ばされ、敵の只中に空白の橋頭堡を作りだす。
スカートの裾をふくらませながら優雅に着地すると、ほうきの柄に軽く手を添えた。
「洗濯に掃除、まだきょうの仕事を残しております。手短にお願いいたしますわ」
少女を中心とした空白を奪還するべく、流民たちが殺到する。
突き立てたほうきを支柱に見立て、シシュの身体が地面と水平に大きく回転する。最初の一陣が煤と化した。
迫る怪人へ足刀が刺さる。つま先まで蹴りこんだみぞおちを階段代わりに跳躍し、空に逃れる瞬間に膝で顎を粉砕する。
天地逆の姿勢から、ほうきの柄による刺突が五回。
遠心力を充分に乗せた踵が着地地点にあった頭蓋を粉砕し、そこからの速度は目で追えるものではなくなった。
舞いあがる黒い煤を切り裂く軌跡だけが、技の実体を浮かびあがらせる。襲いくる敵が増えれば増えるほど、その動きは速く、その一撃は重くなってゆく。
決死の一人がシシュの首筋に腕をからませ、真後ろに体重をかける。脇腹への肘打ちで拘束は解かれるが、一瞬だけ動きを止めるには充分だった。
インパクトの瞬間、回避不能の刹那に短刀が繰りだされる。肉厚の刃は間違いなくシシュの細い胴を貫いたと見えた。
だが、短刀は直角に折れ曲がっていた。シシュの蹴り足がまるで舞踊のように、真っ直ぐ天へと伸びる。驚愕の表情を張りつかせたまま、怪人は消滅した。
攻めの手段を失った流民たちは、身を呈してシシュの上へ折り重なってゆく。シシュの手数を己たちの人数で上回ろうというのか。おそろしい人海戦術だ。
やがて、少女の姿が折り重なる肉の下へ見えなくなる。
圧死させるつもりだ。たまらず、ぼくはグラン・ラングの施術を開始しようと身を乗りだす。
瞬間――
流民の小山が、内側から爆発した。
巨大な竜巻にでも呑まれたように、宙へ舞いあがる人・人・人。
爆心地には、ほうきを逆さに構えたシシュが仁王立ちに立っていた。ところどころ衣服が破れ、眼鏡は半ばずり落ちている。
「もーッ!」
屋根の上にいるぼくの鼓膜を突き破るかと思わせる絶叫。
すごい地団駄だ。完全に怒っている。
そしてほうきの一閃。滞空していた流民は、たちまち形象を崩壊させる。
同心円状に爆風が広がり、漂う黒い煤を一気に吹き飛ばした。さすが、アルマだけのことはある。
「全員まとめて、ぶっとばす!」
鬼気迫る表情。いまのシシュは、前の寮長にそっくりだ。やっぱり血がつながってるんだなあ。鬼の血脈か。
そして言葉通り、ぼくの横を木の葉のように怪人が飛ばされてゆく。怖すぎる。
ほどなくして、流民たちはたまらず撤退を開始した。もう二度と、ドミトリ側から攻め入ろうとは考えるまい。
絵本の魔女のように、腰かけたほうきで宙を舞い(こんな機能まであるのか)、すまし顔でシシュが戻ってくる。
マアナがものすごい恐怖を示して、ぼくの首にしがみつく。本能的に、身の危険を察しているのかもしれない。
シシュは眼鏡の位置を直しながら、こほん、と咳払いをする。
いまやその瞳に宿るのは憂悶どころではない。隠蔽と狼狽だ。
「あの、わたし、メンターのお役に立てましたでしょうか」
声のトーンが普段よりひとつ高い。
「攻め手は大幅に数を減じました。もうドミトリ側から学園内へ侵入しようとは考えないでしょう。偉大な戦果です」
ぼくはシシュの動揺には気づかないふりで、握手を求める。握りかえしてきた手のひらは、数千の敵を一掃した功労者にしては驚くほどに小さく柔らかく――
そして、少し湿っていた。
体技科長の隊が奇襲をかけて挟撃し撃退する。防衛網にほころびが生じればたちまちスウの隊により修復される。
ドミトリでの要撃で流民側に与えた損害は甚大だったが、物量を頼みにした一辺倒の戦術が変わることはなかった。繰り返される攻撃に、こちらはほとんど損耗していないにも関わらずである。
しかしその単調さは、時が経つにつれて不気味な心理的圧力として機能しはじめた。
「各隊、状況の報告を願う」
「第一隊、損耗軽微」
「第十四隊、重傷者発生。保健部の派遣を乞う」
「第八隊、流民の侵入を一部阻止できず」
「第一機動部隊、ただちに第八隊の防衛網修復へ向かう」
底の見えない物量による波状攻撃は、永久に終わりがないかと思われた。少なくとも、実際に前線を維持している者たちにとって、永久という言葉は例えではなく実感であったろう。
個対個ならば、流民たちと防衛側にある身体能力の差分を補ってやりさえすれば、打ち負かされる要素は少ない。また、士気に高められた自由意志は、グラン・ラングによる補助に負けぬほど、個の能力へ正の影響を与えてくれる。
しかし、それは裏返しに反転する危険性を常にはらんだ上昇分であることを忘れてはならない。
常人に倍する速度で襲いかかる攻め手を、わずかに上回る速度で打ちたおす受け手。刃が怪人へ埋まる瞬間はまるで肉のような手ごたえだが、傷口から噴き出すのは赤い血液ではなく黒い煤だ。そして、直ちに蒸気の如く消滅する。死体は残らない。
この流民たちが、ペルガナ市国の人々と似ていなくてよかった。だからこそ、皆がほとんど痛みを感じずに殺すことができる。
でも、ぼくは知っている。色調をたがえただけの、同じ魂の輝きが双方に宿っていることを。
誰かから何かを奪えると思うとき、争いは起こる。しかし、この流民たちはぼくたちから何も欲しがってはいない。ならば、なぜ死を賭してまで襲ってこなければならないのか。
答えは一人の少女にある。こいつらはたぶん、マアナを殺したがっている。けれど、その死が流民たちにとってどんな利益につながるかがわからない。もしかすると、まだ見えていないものがあるのか。
ぼくは頭をふった。いまはそれを考えるときじゃない。まずはこの戦いを終わらせるんだ。
流民たちの戦術が互いの特性までを考慮に入れたものだとすれば、時間の経過につれてその意図は的中してきていると言わざるをえない。
彼らは個の見かけを持ちながら、総体としての意志が判断を行う。対してぼくたちは、個のそれぞれが意志を持つ。個に判断の余地があることが、ゆらぎへとつながる。無限に続くように思える見かけが疲労をつのらせ、意気をくじき、疑惑を生み、ついには瓦解へと連鎖してゆく。
時間をかければかけるほど、不利になるのはこっちだ。
「一気に押しつぶせるなら、そうするはずだ」
各防衛部隊へ、グラン・ラングを使って呼びかける。
「本営からの俯瞰では、次第に学園を取り巻く流民の層は薄くなってきている。もう一息だ、みんな」
だが、実際のところ、白布に映しだされた光景はぼくの言葉を裏切っていた。
前線で打ち倒され、黒い煤となって蒸発した流民たちは霧のように包囲の外縁へと漂い――
なんと、人の形に再生していた。波状攻撃を選択した根拠は、これだったのか。
だとすれば、ぼくの消耗が限界に達した時点で、この戦いの勝敗は決する。
“魂の高揚”により底上げされた身体能力は、疲労の分だけ漸減してゆく。その減退分をぼくが補充する。マアナを通じて供給されるエネルギーが本当に無限だと仮定しても、それを外へ送り出すぼくという出口は無窮どころではない。
時間の経過につれて、ぼくは水の流れに削られる河口のように己が磨耗してゆくのを感じていた。
リンがときどき、不安そうにこちらを振り返る。もしや気づいているのか。ぼくが倒れた瞬間に、いま現在保たれているように思える優勢の見かけは逆転する。
痩せ我慢は職業がら得意だ。しかし、学園の破滅を天秤にかけた痩せ我慢を強いられることになるとは――
ぼくは少しだけ笑った。まだ笑えることが、ぼくを安心させた。
無論、ただ座して破滅を待つつもりは毛頭ない。
ヒントは、シシュのアルマ。
あのとき、形象を失った流民たちは再生することができなかった。おそらく、再生の瞬間に吹き飛ばされたからだ。
細心の注意で、二つの機動部隊にのみ伝令を送りこむ。ぼくの推測が間違っていれば、学園には衰弱の果ての死と全滅しか残されていない。
「倒した流民の個体が再生しています。包囲の外縁を叩いてください」
他の誰とこれを共有できただろう。
実際に見なければ――いや、実際に見ている者にとってさえ、それは極めて非現実的な光景だった。どれほど言葉を尽くしたところで、スリッドあたりならとうてい信じるまい。
優秀なプロテジェが共通して持つ資質の最たるものは、例え疑問を抱いてもいったんは疑問ごと、すべてを飲み込むところだ。後からできる批判や検証で、いまという純度を薄めない姿勢が彼らを向上させる。人間と、人間が作り出したものを尊重する態度、と言い換えてもいい。
このとき、二人は毫ほども疑問を差しはさまなかった。
「承知した」
「急行する」
体技科長を先頭にした隊が、第五隊との挟撃から流民たちを突き崩し、包囲の外縁へいったん大きく離脱する。騎馬による突撃の力を最大化するためだ。
ひとつの波が防衛隊の前に砕け散り、羽虫のような音を立てて煤が上昇する。まるで黒いカーテンのようだ。
その煙幕を切り裂いて、騎馬が外壁を飛び越える。スウを先頭とした隊が流民の群れへと上空から襲いかかった。不意をつかれた一角はたちまち瓦解し、騎馬の一団は包囲の厚みを切り裂いて外縁へと到達する。
二つの機動部隊が交錯した。あとはリンゴの皮むきの如く。
鋭い二つの刃が、時計回りと反時計回りに包囲の外周を削りとってゆく。
再生も半ばに、形象を崩壊させる怪人たち。飛び散った黒い煤は、今度こそ重さを伴った塵となって地に落ちた。
流民たちは学園の外壁に背を向け、機動部隊を迎撃する構えだ。
「いったん離脱してください」
ぼくの指令を受けて、二つの隊が水面にはねる石のように大きく回避行動を取る。
学園の周辺に見えない境界があるかのように、一定の範囲を越えては追撃を行おうとしない。しばらくすると流民たちは機動部隊を無視して、学園の外壁へと向きなおった。
予想通りの動きだ。
機動部隊が無防備となった背後から再び奇襲をかけ、即座に離脱する。
あとはその繰り返しである。ほんの半刻ほどで、包囲の輪の厚みが減じているのがわかった。
そこからの展開は、掃討戦に近い。
数の減退とともに、局所では明らかな力負けを見せはじめているのに、波状攻撃という戦術に変更は見られず、撤退の気配もない。やはり、あらかじめ組みまれたいくつかの指令を実行しているだけなのだろう。
無限という恐怖から解放され、防衛側の士気は高まる。士気が高まれば疲労は意識されにくくなり、結果ぼくの負担も減ってゆく。
よし、勝てるぞ。
予感が確信に変わったそのとき――
雹が地面を叩くような音が周囲から響いた。
流民たちのすべてが黒い塵と化し、いっせいに地に落ちたのである。
これで終わり?
誰もが呆然と立ち尽くしていた。あれほど待ち焦がれていた終わりが、あまりに簡単に与えられたことを信じられないかのように。
まばらな歓呼が響く。
「ユウド、どうなってやがんだ。全員、消えちまいやがったぜ。まさか、逃げたんじゃねえだろうな」
体技科長は不服げだ。決着を前に、喧嘩相手に逃げられたとでも思っているのかもしれない。
「わかりません。もしかすると――」
答えようとして、中庭の空気が細かく震えているのに気づく。
可聴域ぎりぎりの、耳に痛いほどの甲高い音が大気を満たしてゆく。
旧棟が震えている。ひとつながりの巨大な石が、共鳴する音叉のように震えているのだ。
――見つけた。
ともすれば聞き落としてしまいそうな、ほんの小さなささやき。
突如、周囲に闇が降りた。
まだ日没にはずいぶん早いぞ。日蝕か?
ぼくはハッとして天を振り仰ぎ、絶句した。
「なんてことだ」
灼熱をまとった円柱が轟音とともに、雲を裂いて落ちてくる。
その大きさは少なく見積もって学園の敷地ほどはあろうか。
まさか、こっちが本命だったのか!
皆の安堵へ滑りこむようなタイミングだ。
日常の感覚をはるかに超越する事象に、誰もが自失している。
あの質量があの速度で激突すれば、ひとりとして無事では済むまい。
いや、学園そのものが根こそぎ地上から消滅させられるだろう。
さまざまな思いが瞬時にぼくの中をかけめぐる。
死。全滅。
どうする、どうする。
いや、もうすでに答えは決まっているではないか。
学園と破滅との間に、我が身を差し込むのだ。
グラン・ラングとともに両手を掲げると、上空に皿状の力場が発生した。
マアナのエネルギーでそれを拡大してゆく。この手で受け止めるしかない。
力場の直径を旧棟の上空すべてへと広げた瞬間、円柱が激突した。
激突は衝撃波となってはじけ、東の尖塔を吹き飛ばす。
掌、腕、肩、腰、膝、踵。
直上から直下へと重さが突き抜ける。
身体の中でイヤな音がし、膝が落ちた。まずい、これじゃまだ足りない。
円柱が傾いで横へ流れ、旧棟の一部を削りとる。悲鳴のような甲高い音。
だめだ、支えきれない。
「メンター・ユウドを助けて!」
両手を突きあげながらリンが、あのリンが、感情をむきだしにして叫ぶ。
我に返った同僚たちがリンへ続くと上空の力場は厚みと直径を拡大する。
円柱はわずかに押し戻され、旧棟の屋上すれすれのところで静止した。
車輪に轢かれる蟷螂のように、最初の一撃でぼくが潰されてしまわなかったのは、奇跡的だった。メンター・リンの機転がぼくを救ったのだ。
しかし、上空では巨大な円柱がゆっくりと回転しながら、まるで獣のような低い唸り声を響かせている。
はたして、どこまで持ちこたえられるだろうか。
やがて、中庭にメンターたちが続々と集結しはじめる。指令が途絶えたせいで、状況をはかりかねたのだろう。
その中にはブラウン・ハットの長官や史学科長、学園長もいた。市民たちと一緒に逃げるよう提言したのは、受け入れられなかったのか。腰にしがみついたマアナが、不安げにぼくを見つめてくる。
誰もが天をあおぎ、慨嘆するばかりだ。採るべき方法はひとつしかなく、皆がそれをわかっている。
ただ、誰もがそれを最初に口に出す人間になりたくないだけだ。
ならば、ぼくが言うしかない。すまない。心の中で同僚たちに手を合わせる。
群集の中で立ち尽くすスウと目が合った。駆け寄りたくても、駆け寄れない。その表情は、痛ましいほどだ。
「もう長くは持ちません。ただちに史学科の遺跡から市外へ脱出してください」
言語学科を捨て石にして、逃げろというのだ。皆の良心がそれを承諾できないというのなら、最高責任者が決裁をする他はない。
学園長はぼくへゆっくりとうなづきかけると、中庭に集まった人々へ向きなおった。
「学園の精神は、建物に宿るのではありません。まして、土地に宿るのでもない」
まるで穏やかな朝の訓示のように。
すべてが終わるのではなく、まるでここから新しく始まるかのように。
その言葉の荘重な響きに、状況だけが似つかわしくなかった。
「学園に三十年以上奉職した者」
三分の一ほどのメンターが手を挙げる。
「我々は知恵を結集し、この状況を打開する策をいま少し考えましょう」
「もちろんや。学園がなくなったら、ワシらに行く場所なんかあらへんからな」
史学科長が、皆を代表するかのように学園長の言葉へ賛意を示した。
抗議の声をあげる者はひとりとしていない。歳月に刻まれたものが、彼らの表情を崇高にしていた。
「手を挙げた者以外は、直ちに避難を開始しなさい」
自分たちも残してくれ、と体技科の若いメンターたちが叫ぶ。
「生きることは、死ぬことの何倍も辛い。君たちには使命がある」
学園長は微笑んだ。
「君たちの魂に宿った、学園の精神を存続させなさい」
すすり泣きが広がる。どうやら、大勢は決まったようだ。
ぼくは内心、ホッと胸をなでおろした。学園の全滅をかけた天秤は、さすがに重すぎるからだ。
だがそこで――
「大層な御託を並べておきながら、学園の叡智とやらが一握りのサクリファイスを容認するのでは、寝覚めが悪かろう」
メンターたちをかきわけ現れた声の主は、なんとスリッドだった。逃げたんじゃなかったのか。
「諸君、執行部の判断はまたも誤っている。この重大な局面において、己の意思を放棄し、彼らだけに頼る危険性にそろそろ気がつくべきだ」
おいおい、空気を読めよ。ようやくみんな、逃げる気になったんだ。ここで半日がかりの会議を始める気か。
「私は前回の会議における決定が、運営規則に正しく則ったものだとは考えていない。感情に訴えた扇動、そして稚拙な恫喝。よって、学園長の決裁も正当性を欠いた。それを証拠にいまや、一人の前途あるメンターを見殺しにし、老い先の短い上層部は自死で償いができると、己の迷妄から逃避しようとしている」
「演説はほどほどにしてくれると助かる」
思わず、言っていた。
とたんに鼻血がふき、足元へ垂れる。ああ、もう持たないな、これは。
「はじめて俺に直接反論したな。だが、この緊急時に貴様と議論を行うつもりは毛頭ない。次の学科長会議まで、対決は置くとしよう。実に楽しみだ」
スリッドは不敵に笑う。そして、指先にはさんだ紙片で上空を示した。
「実地検証に必要なものは、感情によらぬ冷静な観察だ。よく見るがいい。最初に受け止めた際の衝撃で、円柱の表面に亀裂が走っているだろう。私の計算通りの力で三箇所からさらなる衝撃を与えれば、あれは五つに分かれるはずだ。質量が分散すれば、吹き飛ばすことも可能になる。できるな、ユウド?」
ぼくはうなづいた。名前で呼びかけられるのはぞっとしないけど、この際、他に方法がない。
「スカアル!」
取り囲むメンターたちから、ひとりが歩み出る。学科長会議でスリッドに公然と反旗を翻した、数秘学科の一員だ。
「私以外の人間による試算が必要だ。よもや、私に協力する気がないとは言うまいな」
スカアルと呼ばれた男は、無愛想にうなづいた。
「無論だ。この頭脳は、いつでも学園のためにある」
体技科長が満面の笑みを浮かべる。嬉しくてしょうがないといった感じだ。
「なるほど、直接ぶん殴るだけってか。おめえさんにしちゃ、珍しくわかりやすい原案じゃねえか」
肩をどやそうとするのを、スリッドは半身でかわす。
「馴れあうつもりはない。だが、共闘が必要な場面で意地だけを通すほど愚かではない」
「かわいくねえなあ」
体技科長は、がりがりと頭をかきまわす。
「まあ、いいさ。賢いお前は頭を使え。俺っちはバカだから、身体を使う。ただどっちも、学園のために使うんだ。そこだけは間違えちゃいけねえ」
もどかしげに、スウが手を挙げた。
「志願させてほしい」
平静に見えるけど、その瞳の奥にあるぼくへの心配は、逆にこっちが苦しくなってくるくらいだ。
しかし、体技科長は首をふる。
「動くものならともかく、止まってンのを殴るのは俺たちの仕事だ。まあ、気持ちはわかるがな。しそこなう気は毛頭ねえさ。だから、あんたはここにいてやんなよ」
体技科長と彼の選抜した二人のメンター、そして連絡役として同行する言語学科の一名が旧棟と新棟の中へ消えてから、永遠が過ぎ去ったかのように思われた。
この状況は、同僚メンターたちには文字通り荷が勝ちすぎた。グラン・ラングを維持できず、ひとり、またひとりと脱落してゆく。その度に、全身へ伝わるプレッシャーがわずかに高まる。
ぼくが立っていられるのは、本来増えたはずの負担をリンが相当度に吸収しているからだ。まったく、若いのに大した才能だ。きっと、末はすごいメンターになるに違いない。
ぼくから学んだプロテジェが、軽々とぼくを追い越してゆくのを見るのは、実に爽快だ。
油断すると重心が流れて、全身の骨がきしみをあげる。時折、胸元にこみあげる熱いもの、それは勇気ではない。視野が狭窄し始めるのは、失血のせいか。いよいよ、まずいことになってきた。

史学科の遺跡にほとんど全員が避難することを受け入れたのは、スリッドの提案のおかげだった。
自殺をしようとしているのではない。みんなが助かる可能性は、逃げる者たちから良心の呵責を和らげるのに充分だった。感情に酔うのではない、理性的な判断を可能にしてくれたことに感謝する。
正直その提案がこれを直接支えている身には、あらゆる楽観を許さない、ほんのわずかの光明でしかないにしても。
だからいま、ぼくをとりかこんで座りこむのは、極めて物好きな連中と言える。
「つきあう必要はないんだ。まだ間に合うよ」
自分の声が驚くほど、か細くかすれるのにびっくりする。
「あほ! あの晩、固く抱きおうて約束したやないか。生まれた場所は違うても、死ぬときはいっしょやて」
涙声のキブが、すごく誤解をまねきそうな言い方をする。
「勘違いしないでもらおう。貴様を信じる信じないが論点ではない。己の演算の正しさを信じている。ただそれだけのことだ」
腕組みをしたまま、スリッドがむっつりと言う。
少し青ざめて見えるのは、やはりこの男でも怖いのか。演算は正しくても、ぼくと体技科のいずれかがその正しい実行を裏切る可能性は十二分にある。
でも、指摘はしなかった。旅行の前日のような、嵐が迫る夜のような、わくわくする連帯感がここにあったから。逆の立場でも、ぼくは彼らと同じ行動を取ったと思う。
己の命より大切なものが、確かにあるのだ。それが嬉しい。
マアナはぼくの胸に顔をうずめたまま、ふたりの方を見ようともしない。本当は逃げて欲しいんだけど、この子がいなくては力場を維持できない。自分の非力が情けない。
スウの姿は見えなかった。よかった、避難してくれたのか。
どうかぼくより長く生きて、いいお嫁さんになってくれ。
記録をたどれば、一千年をさかのぼるペルガナ市国。気の遠くなるようなその継続さえ、いちばんの最初は共同体にも満たないような、人々の寄せ集めから始まった。
少しでも優れた世界を次へ。
少しでも善良な世界を次へ。
その小さな祈りが、莫大な集積としていまに伝わってきている。そう、一度も途絶えることなく。
いま、ぼくの両手にあるのは、その重みだ。ぼくより優秀な次へと受け渡すために、たまたまぼくの両 手のうちにあるに過ぎない。
「配置についたぜ。すぐにぶん殴る」
体技科長の胴間声が耳元で響く。間にあったか。
「三人同時が条件だぞ」
スリッドが念押しをする。わかってる。だが、もう声が出ない。
ぼくの視線を拾ったリンがうなづく。以心伝心とはこのことだ。
「秒読み行います。五秒前から」
「おう、やってくれ」
生か死か。五秒の先に審判は下される。いずれにしても、解放されることには変わりない。
「オオオオォォッ!」
裂帛の呼気が大気を揺らす。グラン・ラングを経由していない。旧棟と新棟の端からだぞ。どんな肺活量だ。
「いまです!」
リンの叫びに合わせて、岩を槌で打つような鈍い音が響いた。
少し遅れて、円柱の表面を五本の亀裂がまっすぐに走り、ぼくの頭上に合流する。
「計算どおりだ!」
拳を握りしめ、スリッドが叫ぶ。
だが、そこまでだった。
円柱は、皺枯れた老婆のような姿に成り果てながら、いまだその命脈を保っていた。
拳を握りしめ、天をあおいだままスリッドが立ち尽くす。
重苦しい沈黙。
何かを言えば、それが現実に影響を与え、事実として確定してしまうのを恐れるかのような。
悲痛な、声にならない叫びがあたりに充満する。
だが、ぼくの胸中は不思議と穏やかだった。やれることはすべてやった。
メンターたちをまとめあげ、流民たちを迎撃し、市国と学園の大半を退避させることに成功した。むしろできすぎなくらいだ。
さらに、己の命までをも求めるのは、求めすぎというものだ。
路傍の石のような人生だった。
何も無く朽ち果てると思っていた。
こんなに求められたことは、なかった。
まるでぼくが、この世界の中心かのように。
惜しむらくは、生きるべき人々を巻きこむこと。
ああ――
楽しかったな。
「我が視力の透徹なるは星をもとらえ」
声がした。
「我が拳の精強なるは金剛石をも粉砕する」
死を求める安寧を切り裂いて。
「我が知恵の深甚なるは世界の深奥へ至り」
死を救済と仰ぐ怠惰を貫いて。
「そして、我が剣技の精妙なるは全ての物質の形状をあまねく規定する」
夢想から我に帰ると、あわてて周囲を見回した。
白布にはっきりとスウの姿が映しだされている。
抜き身をひっさげ、西の尖塔に佇立するその姿。
「我が剣の意思にそむくものは――」
スウの足元が輝き、尖塔の屋根を覆う瓦が宙に散る。
少女は、誰よりも高く跳躍していた。
「己を非存在と心得よ!」
逆手に構えた刀へ、全体重を乗せて落下する。
大気が鳴動し、石柱はぶるりと身を震わせた。
救いを求めるが如き甲高い共鳴音が響き渡る。
衝撃は亀裂を上書きし――
たまらず、五裂。
「いまや、吹き飛ばせ!」
キブが叫ぶ。
だが、ほんの一瞬でも生をあきらめたことが、この両腕から死をはね返す力を奪っていた。
両脚は地へ埋まるほどに重く、どこまでも沈んでゆくようだ。
ひび割れた力場が、質量とエネルギーの拮抗を失ってゆくのがわかる。
焦燥を諦念が上回ったその刹那――
マアナがぼくの二の腕へ、ここぞと激しく噛みついた。
いッてえ!
尖った牙のようなマアナの八重歯はじっさい跳びあがるほど痛かった。
瞬間、ぼくの全身から間欠泉のように無形の力が吹き上がり、まるで重量が無いもののように石柱を吹き飛ばしていた。
それが注ぎこまれた新たなエネルギーのせいだったのか、跳びあがった勢いのせいだったのか、ぼくにはわからなかった。
このとき、もしはるか上空から俯瞰する誰かがいたとすれば、五つの扇状となった石柱は学園の周囲へ広がる花弁と見えたことだろう。
遠くから声が聞こえた。
――我々の目的は成された。黎明王女が統治する地には、いましばらくの平穏を。
頭蓋の内側へ響くようなその声は、すぐに遠ざかり――
歓声が爆発する。狂ったような喜びの中、空から人影が降りてくる。
エネルギーの余波に揺られながら、グラン・ラングに風をまかせて。
ふわりふわりと綿毛のように、折れた刀を提げた少女はぼくのすぐそばへ着地する。
地面に両膝をついたぼくは、もう半身を支えきれなくて、前のめりにスウの胸へと倒れこんだ。
見れば、革靴の先端はふたつに裂け、右膝は火傷に赤くただれている。
「君を守ってくれると言ったのに、結果は逆になったね」
我ながら情けないほどに、力の無い声だった。
「いいえ」
決然とした口調。
「私は、それを失えば生きていられないほどの、大切なものを守ることができました」
泣いているのかな。学園を守れたことが、嬉しいんだろうか。
「メンター・ユウド、あなたは確かに私を守ってくれた」
今度こそ、休んでいいよな。
見上げた空が雲にさえ覆われず青かったので、ぼくは柔らかなものに包まれたまま、意識を失った。

MMGF!(DOON)

 制服の袖が気に入らず、いらいらと歯でしごくのをいさめながら、旧棟の一角へと向かう。変形した岩や、表皮をむきだしの丸太があちこちに転がっている。
 地面にあぐらをかいた屈強な数人が、一斉にこちらを見る。いずれも、歪なほどに膨れあがった上半身を露にしている。気の弱い者なら、もうこれだけで謝って逃げ帰りそうだ。
 けれど、ぼくの姿を認めた途端、たちまち皆が相好を崩した。いまや、ちょっとした有名人あつかいだ。
見覚えのある顔が近づいてくる。
 「ご無沙汰です。挨拶に上がりたかったんですが、どうも入れ替わりの入院だったみてえで。傷の方はもう大丈夫なんですかい?」
 愛想たっぷりな筋肉質の大男を、あまり気持ちのいい眺めとして感じないのは、おそらくぼくの偏見だろう。
 「看病が良くてね」
 何しろ、五人がかりだ。そのうちひとりが暴れまわるのを止めるのに、いつもひとりが忙殺されていたから、実質は三人がかりだったけど。
 「そうでしょう。学園を救った人物を死なせるわけにはいきませんや」
 どうやら、正確には伝わらなかったらしい。
 「親爺さんはいるかな」
 「朝からお待ちかねでさ。さ、どうぞこちらへ」
 屈強な見かけに可能な限りのうやうやしさで、奥へと案内される。
 無理に押し入ろうとする部外者あらば、たちまち打ち倒してしまうだろう若いプロテジェたちが、直立したままでぼくに敬意を表している。その目に映るメンター・ユウドは、虚実ないまぜに水ぶくれしたものに違いない。
 こういうのは、すごく苦手だ。
 ノックをする拳が扉を破らなければいいがと、いらぬ心配をする。制服の袖は、ほつれはじめている。今朝おろしたばかりなのに。
 「メンター・ユウドをお連れしました」
 「おう、入れ」
 なつかしい胴間声。その響きへ安らぎを覚えるのに驚いた。ぼくはこの安心に飢えていたのだ。自分以上の人物を演じるのは、たとえ必要であっても神経を使うから。
 部屋に入ると、床は足の踏み場もないほど本で散乱していた。四方の壁にしつらえた、実用一辺倒の頑丈そうな本棚は天井まで届き、すべてが本で埋まっている。
 机に積み上げられた本の谷間から、気むずかしい表情がのぞく。
 そのいかつい顔に、恐ろしく小さく見える鼻眼鏡がちょんと乗っているのを見て、ぼくは思わずふきだしてしまった。
 「なんでえ、そんなにおかしいかよ」
 子猫でもつまむみたいに、太い指で鼻眼鏡をもぎとりながら、体技科長は少し赤くなった。
 「まあ、なんだ。劣等感の裏返しってやつよ。俺ァ、バカだからな」
 言いながら、無造作に本の山を手ではらいのけ、ぼくたちの場所を確保すると、飼い主の命令を待つ忠実な犬のように戸口で背筋を伸ばすメンターへ、手をふって人払いを命じる。
 久しぶりに差し向かいで対峙するが、なんだか言いたいことが多すぎて言葉にならない。それは、体技科長も同じだったのだろう。儀礼的な挨拶を交わすと、すぐに沈黙が降りた。
 「おめえのとこに、編入させるんだってな」
 会話の接ぎ穂はマアナだった。
 「ええ。来月から、年少組であずかります」
 制服の袖を口にふくんだままの頭に、そっと手をおく。マアナはきょとんとした表情で、ぼくと体技科長を見比べる。
 「いいことだ。どんな子どもも、日常ってのにもどしてやる必要がある」
 プロテジェを見るときの優しい微笑み。やはりこの人は、根っからメンターなのだ。
 そして――
 「俺は、今日限りで引退することに決めたよ」
 いつかはやってくることだと知っていた。しかし、それは漠然とした予感に過ぎなかった。
 「まだ学園長にも言ってねえ。おめえさんに、最初に伝えとこうと思ってな」
 「あなたがいなくなったら、いったい誰が学園を守るんですか」
 思わず、言っていた。いったん口に出したことをこの人が引っこめるとは思わない。だとすれば、引き止める言葉は体技科長を辛くするだけだ。それでも言わずにいられなかった。
 「おまえがいるじゃねえか。スリッドもいる。うちの若いのもいる」
 「ぼくだけでは無理でした。あなたがいなければ、今頃は学園も無かった」
 「そりゃ、買いかぶりすぎってもんだ。俺たちは究極、殴りっこで負けないことだけを信条にしてんだ。 遠大な作戦なんてのとは、無縁の存在だぜ。それによ、うちの若い連中がおめえに向ける視線を見ろ。一度でもみんなの期待に応えたやつにゃ、応え続ける義務がある」
 「いつかその期待が、学園を破滅させるとしてもですか。重すぎて、到底ぼくだけでは背負いきれません」
 体技科長は浅く座りなおすと身を乗りだして、まっすぐにぼくを見つめた。まるで、聞き分けのないプロテジェを我慢強くたしなめるときのように。
 「背負うとか、背負わないとか、そんな難しい問題じゃねえ。ただ、決して手を離さないことを決めるんだ。そして、死なないように生きればいい。生真面目なおまえさんにゃ、それだけで十分だよ」
 「ぼくは、あなたからもっと多くを学びたい。なぜ今日なんですか」
 プロテジェ時代、聞き分けのなさでは人後に落ちなかったぼくは、さらに言いつのる。
 それが、すでに甘えであるとはわかっていた。
 「スリッド、な。ありゃあ偏屈だが、言ってることはおおむね正しい。今回、俺は独断専行的にやりすぎた。その責任を取らなくちゃならねえ」
 「学園を守るためでした」
 「そう、学園を守るためだった」
 節くれだった手で眼鏡をもてあそびながら、体技科長は少し黙った。
 「あのときな」
 眼前の年老いたメンターは、ふっと短く息を吐いた。
 「殴りつける瞬間、失敗がわかった。ほんのわずかに、力が足りなかった。予測を誤ったのか、打撃が衰えたのか。あらかじめ頭の中に描いた像を身体が完全に追う。そうすりゃ、この世に壊せないものなんてなかったのによ」
 他の二人のことには、触れようともしない。この人は、そういう人だ。どこどこまでも、己に責任を求め続ける。
 「すまなかった。この通りだ」
 机上に額をすりつけるようにして、体技科長が頭を下げた。
 この臆病で、死にたがりで、いつも責任を投げ出す相手を探している、弱虫メンターに。
 「謝るだなんて」
 ぼくは胸が詰まって、何も言えなくなる。
 「思い通りに身体を動かせなくなったら、それがいつだろうと引き際だと決めてきた。動けない体技科メンターなんざ、クソの役にも立たねえ。そうなったら、俺がいることで誰かが入れなくなってる場所を、きっと譲ろうってな。余力を残して、と思うかもしれねえ。迷惑をかけた分を死ぬまでつぐなえ、と責めるかもしれねえ。けど、これは俺のかっこつけだ。俺のわがままなんだよ。どうか許してくれ。他の誰かじゃねえ、おまえに許してほしいんだ、ユウド」
 この人にそれを言われて、どうして断れるだろう。
 想いを口に出せば、いい年をして泣いてしまいそうだった。ぼくは黙ったまま、ゆっくりとうなづく。
 「ほっとしたぜ。なんせ、学園長以上の難敵をまず攻略できたんだからよ」
 体技科長は、晴れ晴れとした笑顔で言った。
 「安心しな。おまえさんが呼んでくれりゃ、いつでも助けにくる。義理堅いところだけがとりえでよ。俺ァこのさき、メンター・ユウドから永久に貸りてるんだ」
 もし、斥候が行われなかったなら。
 もし、議場の発言がなかったなら。
 もし、リンの才能がなかったなら。
 もし、シシュが敵を減らさなかったら。
 もし、スリッドの計算がなかったなら。
 もし、スウが跳躍していなかったなら。
 もし、マアナが噛みつかなかったなら。
 結局、ぼくひとりでは何ひとつ達成できなかったのだ。
 マアナがぼくの右手をがりがりと齧っている。はげまそうとしての甘噛みなのか、本気で人間を食べてやろうとしているのか。
 手のひらの感覚すらわからないほど、呆然としながら歩いた。どうやら、無意識にドミトリへ戻ろうとはしたらしい。
 「あいかわらず、薄ぼんやりと生きてるみたいだな」
 大きなお世話だよ。声のする方へ振り返って、仰天する。指先にまで染みこんでいた呆然自失が、血とともに逆流して脳天から飛びだしていった。
 とたん、右手が痛む。この娘、本気で食べるつもりだったらしい。
 「帰られていたとは、存知あげませんでした」
 ぼくの身体は油の切れた蝶番のような動きで、ぼくの首を追った。
 声の主は腕組みをしたまま、山のように積み上げた荷物に腰かけ(どうやって登ったのか)、実に不機嫌そうだ。
 「いま着いたんだよ。あいかわらず、とっぽい男だ。その調子だと、先回りをして迎えに来たってわけじゃなさそうだな」
 上下を包む真っ赤な衣服は、少なくとも旅装って感じじゃない。けど、金髪碧眼の中性的な顔立ちには、おそろしく似合う配色だ。
 「近々に遊学を終えられるという情報は、ありませんでしたもので」
「ちぇっ」
 ボスは子どもみたいに、露骨に舌打ちをした。実際、その外見はシャイの兄と言っても通じそうなくらいだ。
 言語学科は実力第一主義である。能力が具現化するのだから、これほど序列がつけやすいことはない。極端な話、たとえ三つの子どもだとしても、能力さえ示せば明日から学科長になれる。
しかし、実は史学科長と同期だとか(これはキブの話)、地獄で悪魔を手玉にとって不老不死を得たとか、グラン・ラングで光の屈曲率を変えて幻覚を纏っているのだとか、とかく奇妙な方の噂が絶えない怪人物なのだ。
 「せっかくおまえのことを心配して帰ってきてやったのに、どうにも官僚的な受け答えじゃないか。ちょっと留守にしてる間に、学園の自由な気風は失われてしまったみたいだな。それに言語学科のはしくれなら、グラン・ラングでちょいちょいと未来予知くらいはしてみせろよなー」
 誰もできません、そんなの。もしかして、この人ならできるのか。
 「まあ、でも、楽しいことはまだ残っているみたいだな」
 ボスはわずかに目を細めて、値踏みするようにぼくとマアナ見下ろした。背筋をかけあがるのは、快感というよりむしろ悪寒だ。
 「それに、少しは使うようになったみたいじゃないか。まだまだ、学科長様の半分くらいだけどな」
ということは、永遠の四分の一くらいを踏破できたというわけだ。この短期間で嘘みたいな大進歩じゃないか。
 「けど、ふつうのメンターのくせに調子にのるなよな。学科長はえらいんだぞ。こんなこともできるんだぞ」
 上に立つ人間のくせに、部下の成長を喜べない。負けず嫌いが玉に瑕――いや、玉はもはや元の表面を残さないくらいに瑕だらけだ。
 ボスは両手の親指と人差し指で四角を作ると、崩れ落ちた東の尖塔へ向けてグラン・ラングをつぶやきはじめた。
 その施術の正確さと、何より美しさにぼくは目を見張る。以前はさっぱりだったのが、くやしいことにボスの見立て通り、いまや半分くらいは意味がわかる。
 半ば本気で、口の悪い金髪少年くらいに思ってた。こんなにすごい人だったのか。
 音曲にも似たグラン・ラングの響きが、風に消える。
 そして、時間を高速で逆回しにするかのように、吹き飛んだはずの尖塔が元通りの姿へ復元したのである。
 驚愕に口を開けっぱなしにするぼくを見て、ボスは満足そうに「ふふん」と鼻で笑った。
 「ざっとこんなもんだ。でも、過去の実像を投影しているだけだから、あそこに入ると大変なことになる。なにしろ、時間の流れが違うんだからな」
 確かにすごい。すごいけど、いったい誰の得になるんだ、この施術は。学園に偏在する不思議スポットや怪奇現象の多くは、もしかするとこの人から発しているのかもしれない。
 そして、間髪を入れず、
 「わからないけどなっ」
 出た、決め台詞だ。頭痛がやってくる前兆を薄く感じる。
 言いながら、ボスは荷物の山から飛び降りる。間近で見れば、憎らしいくらい秀麗な横顔だ。
 「とりあえず、学園長にただいまを言ってくる。それと、今夜はおかえりなさいパーティをするから、メンターとプロテジェを集めといてくれ。参加できないメンターの給与査定はゼロ、プロテジェには必修科目に及第点をやらないから、ちゃんと併せて伝えておくように」
 こんなわがまま人間が戻ってきたというのに、どこかほっとしているのに気づいて、自己嫌悪に陥った。
 つくづく自信のない、依存型の人間なのだ、ぼくは。
 金色の後れ毛を風になぶらせながら、言語学科長は颯爽と歩み去った。
 残されたのは冴えないメンターと、腹を空かせた少女と、荷物の山。
 やっぱりこれは、ぼくが運べってことなんだろうな。
 持ち上げた手近の旅行カバンは、いったい何が詰まってるんだというくらいに重い。その重さは、再び日常がはじまったことを改めて教えたのだった。
 偉大なる永遠の補佐官、またの名を万年ナンバー2、メンター・ユウドの修行時代が再びここに幕を開けた。
 いや、幕は閉じられたのかな。とほほ。
<了>

MMGF!~見て、みごとなガテン系のファックよ!~(在庫駄駄余解消祈念C80漫遊記・前編)

これはnWo社所属の日系アメリカ人、パイソン・ゲイによる英文レポートをカンボジア人スタッフの協力で日本語へ翻訳したものです。日英のパラフレーズが困難な単語をカタカナで表記したり、一部文意の不明瞭な箇所があることをあらかじめご了承下さい。なお、このレポートに記載された内容に関するご質問・ご要望・ご批判は、弊社広報室宛のメールでのみ受付けております。なお、英語以外の言語には対応できかねますので、あらかじめご了承下さい。
十年来のペンパルであるリカが原因不明のディズィーズに倒れ、ステイツのnWo本社から奈良ブランチ所属のミーにアージェントリィ、至急トキオのコミケトー・エイティに向かえというオーダーNo.66が下りマシタ(当社のプレジデントはシスの暗黒卿そっくりのいけすかない野郎デス)! オーッ、ネオ・トキオ! ミラクルという名のパラダイス! スリー・ツー・ワン・ゴー!
ミーはスーツケースに白青のバーティカル・ストライプのトランクスを押しこみながら(なぜって、ジャパンのギークスの間では、白青のホライゾンタル・ストライプのパンティが大人気と聞きましたカラ!)、胸の高鳴りをプット・アップ・ウィズできなくなっていマシタ! オーッ、サード・トキオ! セカンド・トキオ・ユニバーシティを擁する、エンジェルたちの誘蛾灯! オダワラ防衛線、突破されマシタ! オールモスト寝つけないまま、ミーはバレット・トレイン上のパーソンになったのデシタ!
トキオ・ステーションから意気揚々とキャブに乗り込み、行き先をトキオ・ビッグ・サイトと告げると、初老のドライバーのフェイスが侮蔑的にディストートするのがわかりマシタ! プアーなジャパニーズのフェイシャル・エクスプレシオン(ミーのマザーはフランス系移民なのデース!)とは思えぬほどのディストーションだったので、ミーはひどくサプライズしまマシタ! ジャパンにおけるギークスへのヘイトは、ステイツにおけるジューズ、ユダ公どもへのヘイトとセイム・クオリティであることをペインフルに実感させられたのデス!
トゥエニィ・ミニッツ・レイター、ニードルのむしろを思わせるキャブ内のアトモスフィアーからリリースされた先に、シュガーのランプに群がるアンツの如くくろぐろと、ギークスどもがビッグ・サイトを取り巻くのが見えマシタ! まさにシュガーの粒をネストに持ち帰るワーカー・アンツみたいデース! 会場から出てくるギークスはノー・エクセプション、例外なくモエ・ガールの描かれたブックをホールドしていマス! ストリクトリー・スピーキング、厳密にはブックというよりマガズィーン、ガールというよりはベイビーのようデシタ! モエ・ガールたちの表情はいずれもステイツならノー・ダウト、間違いなく寿命をはるかに超えたセンテンス、刑期を食らいこむだろうペドフィリア感をかもしだしていマス! 加えてギークスどものフェイスに張りついた表情は、いずれもステイツならジュリーズ、陪審員たちが数百年の懲役を求刑することにわずかのヘジテイトも感じないだろうクライム感をかもしだしていマシタ!
オオーッ、あれこそがワールドワイドにノトーリアスな土人誌なのデスネ! ミーを包むディープ・エモーションは、ジャングルの奥地で幻のバタフライを発見したときの昆虫学者のイットに似ていたと思いマス! オップス、本社へのレポートは正確を期さなければなりまセン! 土人というのは、ファースト・ネイションを表すジャパニーズの単語なのデース! ジャパンはポリティシャン(ミーがステイしていたときは、The Demonic Party of Japanとかいうロックンロールな名前のパーティが与党デシタ!)も広言するように、モノ・エシック・グループから成る国家なのデス! 土人誌というネーミングはジャパニーズのプライド・アンド・プレジュディズが混ざりあった複雑なセルフ・コンシャスネス、自意識を体現しているのデショウ!
ゼアフォー、ゆえにミーのようなフォリナーのメイドした土人誌は、ジャパニーズのデフィニション、定義では土人誌とは呼べないのデス! イン・ショート、つまりコミケトーではフランスワインなみの厳しいクオリフィケーション・ジェスティヨン(ワタシのマザーはフランス系移民デース! ラブ・マミー!)、品質管理が行われているというわけなのデス! ステイツならばレイシズムと呼ばれかねない偏狭さ(辺境さ?lol)デスが、マザーがフランス系移民のミーはそのナローさがカルチャーの正体であることを知っていマース! (ファック、マクダーナルズ!)
バット、コントラディクティング、矛盾したことにジャパニーズにおけるコミケトーのサウンドは「混み毛唐」と同じなのデス! ザットイズ、すなわち「外人たちで混みあっている」の意味をもインプライしていることになりマス! 民俗学のオーソリティー、クヒオ・ヤナギダ大佐が存命であれば、さぞやこの難問に頭を悩ませたことデショウ! ミーの推測はこうデス! ジャパニーズとネイティブ・アメリカンは同じアンセスター、先祖を持っているという仮説デス! オーッ、汝「混みあう毛唐ども」よ! ネーミングのセンスが似ているのもうなずけマース!
ギークスのウェイブに流されるままトキオ・ビッグ・サイトに入ると、すさまじいヒートとスメルにノージア、ミーは軽い吐き気とめまいを覚え、思わずシルク製のハンカチーフで口元をカバーしマシタ! すさまじいヒューマン・ガベッジに、もはや進むことも戻ることもままなりマセン! このままではファイナル・デスティネーションにたどりつく前にファイナル・デスティネーションにたどりついてしまいそうデス(訳者注:「最終目的地」と人生の終着である「死」をかけていると思われるが、同名の映画に言及している可能性も否定できない)!
バット、ドント・ウォリー、ノー・プロブレム! リカのビジネス・パートナー、ダコバのエージェント、代理人サメン・アッジーフのセルフォン・ナンバーをあずかってきているからデス! ミーのヴィジットの目的は、リカとダコバの土人誌、MMGF!(Modified Mason Gain Formula? 奇ッ怪極まるタイトルデース!)の販促アクティビティなのデシタ! コミケトーにおける裏技、セラーがバイヤーに優先してバックドアーから入場できるシステムを今こそメイク・ユース・オブ、利用するのデース!
ハウエバー、なかなか電話はつながりマセン! ジャパンはセルフォン・デベロップト・カントリーなので、奈良のようなカントリー・サイドのマウンテン・トップでも電話はつながりマス! トキオのようなアーバン・シティで電話がつながらない、こいつはミステリー、エクストリーム不可思議デス!
何度ものトライと長い長いコーリングの後、ファイナリー、ついに不機嫌そうなボイスのガイが電話に出マシタ! オーッ、ユー・マスト・ビー・サメンサーン! ハワユー!
「忙シイカラ要件ヲ手短カニ言エ!」
ドスのきいたボイスは、なぜかミーにハイスクールでのヒエラルキーを思い出させマシタ! ハイッ、手短に言わせていただきマース! リード・ミー・トゥ・バックドアー・プリーズ!
「ハア? テメエドコノ王様ダヨ? 売リ子モシタコトガネエトーシロニ貴重ナサクティケヲ渡セルワケネーダロ! 正面カラダラダラ歩イテ来ヤガレ!」
サドンリー、突然電話は切れてしまいマシタ! きっとビッグ・サイトに固有の電波シチュエーションが原因にちがいありまセーン! それにしても、サクティケとは何なのデショウカ? サクリファイス・ティッツ? ユーギオー的な? 俺はこのたわわな双乳を生贄に捧げて、胸の貧しいアーク・ペドフィリアを召喚するゼ?
そもそもイングリッシュ・ワードではなく、ライスを畑に植える作業、ソー・コールド「作付け」のことにリファーしていた可能性さえ否定できマセン! フロム・エンシェント・タイムス、古来よりジャパンではライスのアマウントが非常にインポータントなミーニングを持ち続けマシタ! コミケトーのバックドアーを使うには、イーチ・ファミリーのガーデンで栽培しているライスを持ってくる必要があったのかもしれまセーン! オーッ、日本の常識世界の非常識! 働かざるもの食う寝る遊ぶ! さすがはワールドに冠たるニート大国デース! ミーは文化の違いにソー・インプレスト、強い感銘を受けつつも、今回のミッションが想像以上に困難なものになることを感じていマシタ(弊社のプレジデントはシディアス卿そっくりのいけすかない野郎デス! アンリミテッド・パワー!)!
ほどなくして、ギークスのウェイブはミーを建物のインサイドへと運んでいきマシタ! ビッグ・サイトの中は、イグザクトリー、ステイツのスラム街を思わせるアウト・ローぶりデス! 壁際でシットダウン(sit down)しているものもいれば、壁際でシットダウン(shit down)しているものもいマス! コミケトーへ参加するために仕事をジャックイン(jack in)したことを公然と自慢するものもいれば、土人誌を片手に公然とジャックオフ(jack off)するものもいマス! 各ブースに掲げられたポスターはクリスタニティをビリーブ・インしているなら、ビッグ・サイトごとヘルファイアに焼き尽くされることを望むほど冒涜的な図画で彩られていマス!
その、サタニズム的な祝祭を体現する見かけとは裏腹に、ギークスたちはキューを乱さずに整然とならんでいるのデス! パスポートを持たないステイツのファンダメンタリストがこの会場を見たならば、あらゆるホーリーとアンホーリーが混在するありさまに、地上へヨハネのアポカリプスがアピアーしたと感じるかもしれマセン!
ハウエバー、フランス系移民の息子であるミーにとってこの程度のエンタルテテ・クンスト(祖父はドイツ系移民デス! ラブ・グランパ!)、退廃芸術はパリの路地裏でエッフェル・タワーの先端を見ながらアルジェリアンにアヌスを突き出して言うファック・シルブプレ、昼下がりのコーヒーブレイクと何ら変わらない平穏なものデース! ミーはギークスどもを持ち前の体格でオーバーフェルムしながら、サメン・アッジーフのブースを目指しマシタ!
バット、なかなか目的のブースを見つけることができマセン! シック・イン・ベッド、病床のリカが手を握るミーへ息も絶え絶えに、「これ……ダコバちゃんの……おっきなポスターにして……はってくれるって、そう、約そくしてくれたの……」と言いながらあずけてくれたイラストを元にブースを探すのデスガ、いっこうに見当たりマセン! ダコバのサークルはウォール・サークル(ウォール・マート? ウォール・ストリート? 意味不明デース!)なのでアット・ワンス、すぐに見つかると聞いていたのデスガ……
イヤ、見つかりマシタ! 会場のウォール沿いへセグリゲートされたエリアに、リカからもらったイラストを発見したのデス! どうりで見つけにくかったはずデス! なぜなら――
二枚の大判のポスターの下に、ひと回り以上小さなサイズで掲示されていたからだ。加えてテーブルの奥、山積みになった在庫の裏側へすっぽりと隠れてしまっており、よほど近くから注意深く見なければ気づかないだろう。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。私は自分の気持ちが急速に冷えていくのを感じていた。地元のだんじり会を軽蔑し、地域の夏祭りを嫌悪する私も、コミケという場でならば祭りの一員になれるかもしれないと信じていた。しかし、待ち望んだ祭りの只中にあって私の胸を満たしているのは、一種の諦念と虚無感である。結局、私はこの人生において「いま」「この場所」に実在することを忌避し続けてきただけのことだったのか――
オオップス! あぶなかったデース! あやうくオサム・ダザイ的なノー・イグジット、出口の無いデプレッションに引きこまれるところデシタ! 気を取り直していつものようにチアフルにいきマース! ハーイ、ディス・イズ・パイソン・ゲイ! ホエア・イズ・サメンサン?


呼びかけに応じて、ウォールを背にしたテーブルの向こうから、ミドル・イースト風の容貌をした男が不機嫌そうにミーをギロリとゲイズしマシタ! その瞬間、ミーの背筋にはハイスクールでの理由なきヒエラルキーの感じと同じ種類の悪寒が走ったことを認めなくてはなりマセン! 口髭にターバン、イエローのアロハという正気をダウトするいでたちのこの男が、リカの言っていたサメン・アッジーフなのデス!
サメンはショルダーズをアングリーさせて隣のブースを占拠するロトン・ガールズ、腐女子ども(これは注釈が必要デショウ! ステイツのゾンビムービーのように身体が腐っているわけではありマセン! 腐っているのはその性根の部分でアリ、精神そのものなのデス! 魯鈍ガールズ、デース!)を押しのけて出てくると、ミーに向けて両手をあわせマシタ! アンドゼン、「あら、アクバル?」みたいなことを言ったのデス!
オーッ! ソレ、知ってマス、知っていマース! ミーはたちまちマイセルフがフルフェイスの笑顔になるのがわかりマシタ! ソウ、これはファースト・ガンダムからの引用に間違いありマセン! ミーはギークスとして試され、合格したのデース! ハートのボトムからハッピーな気持ちになったミーは、サメンのショルダーをバンバンどやしながら「アックバル兄サーン! アックバル兄サーン!」と連呼しマシタ! すると、サメンのフェイスはなぜかたちまち険しさをインクリースし、ミーはハイスクールでの理由なきヒエラルキーの感じをアゲイン、思い出しマシタ!
サメンは再びロトン・ガールズをかきわけテーブルの裏側へと戻っていきマス! ミーは両手でアス・ホールをカバーしながら、サメンとミーを見てウケとかセメとか(ハレとかケのような民俗学用語に違いありマセン!)ひそひそ話をする魯鈍ガールズと視線を合わさないようにしてブースに入りマシタ!
インサイドから見るとスーサイダルな狭さで、在庫のバレーに二人の売り子がひしめいていマス! 一人はエクストリーム猫背のヤングマンで、リアルをゲイズする時間よりもスマートフォンの画面をゲイズする時間の方が明らかに上回っていマシタ! 聞けば、このヤングマンもサメンのブースを間借りして土人誌を販売しているとのことデス! オーッ、フェローシップ・オブ・ザ・コミケトー! ホワッツ・ユア・ネイム?
ミーの問いかけに、ヤングマンはコリア製のペドフィリアだかセクスフォビアだかいうスマートフォンから一秒も目を離さないまま、リプライしマシタ! そのボイスにはミュートとブラーがかかっており、ジャパン在住歴三十余年のミーにとって久しぶりにリスニング力を試される良いオポチュニティーとなったのデス! ヤングマンの名前はオットマン・ゲイリー、栄枯盛衰みたいな名前のマガズィーンに、ソワカ反吐みたいなタイトルのカートゥーンを連載しているとのことデス! ジャパンのコミック・アーティストの多さはルーモア、噂には聞いていマシタが、すでにこのシット狭いブースだけで漫画家占有率は50%を越えていマス! オーッ、まさに「狂うジャパン(ギーク・カルチャーを推進するガバメントの標語)」デスネ!
そしてもう一人はシャドーの薄いカレッジ・ステューデントで、ティピカル・ジャパニーズがオーフンするところのネックをチルトさせるだけのインギン・ブレイなおじぎでレスポンドしてくれマシタ! 苦虫をイートしたような顔でサメンが言うには、このカレッジ・ステューデントがリカとダコバの土人誌をエディット、編集したとのことデス! オーッ、アナタが――
漫画と小説の余白設定を勘違いし、文字密度の高い、極めて読みにくい紙面を作り上げた張本人なのか。生涯に一度とまで思い詰め、本業に影響を生じるほど睡眠時間を削った校正の一部を反映させないまま製本に出した張本人なのか。売れるほどに赤が膨らむ、採算度外視の同人誌を、家人に使途を明かせぬまま土下座して捻出した虎の子の金子による同人誌を、不満の残る形で世に出さざるを得ない状況を作った張本人なのか。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。一瞬、板垣恵介の格闘漫画の如く顔面の中央が陥没するほど右拳をねじこんでやりたい衝動にかられたが、そうしなかったのは単純に怒りを諦念が上回っただけのこと。私の人生に馴染み深い、消極的な惰性による問題の回避だった。
オオオップス! ステイツ・オブ・デプレッション・アゲイン! いまのは本当に危なかったデース! 気を取り直していつも通りチアフルにいきマショウ! ミーはエクストリーム愛想よくシャイシャイとハンドクラップしながら、「ヘイ、ボーイズ! ミーが来たからにはもうダイジョブヨー! 売って、売って、売りまくるネー!」とシャウトしマシタ! ハウエバー、返ってきたのはジャージャー・ビンクスを見るときの古参スターウォーズマニアと同じ中身の視線デシタ! ミーはたちまちマイセルフのフェイスがシリアスになるのを感じマシタ!
オーッ、アウェイ! すさまじいアウェイ感デース! ミーはヘルプを求めてサメンを見マシタが、「オイ、ボサット突ッ立ッテンジャネエヨ。狭イブースニデクノボーヲ入レテオクスペースハネエンダ」とアンチ・ソーシャルなピクチャーの土人誌が山積みされているテーブルへとミーを激しくプッシュしたのデス!
確かに、ミーに売り子の経験はありまセン! ハウエバー、ミーはガイシ(骸死)系企業にふきあれたリストラクチャリング・ストームを生来のチアフルネスのみで切り抜けたほどのガイなのデス! 売り子? プロバブリー、売女の親戚みたいなものに違いありまセン! ミーは肩幅に足を開くと、アスホールをワイドに構えマシタ! サア、ムカイ、どこからでもかかってきなサーイ! ミーの耳元では「帝王V!」の連呼が実際に聞こえるようデシタ!
バット、マイセルフのチークにキアイの平手を打ちつけながら顔を上げると、そこには生気の欠落した目をしたリビングデッドの群れが、内臓疾患を疑わせる土気色をした無表情で棒立ちにスタンドしていたのデス! そして、ケイオスそのものの見かけといでたちをしたギークスが、整然とした二列のキューでコスモスそのものを体現するかのように並んでいるのデス! サド性向を持つデブ専ホモのネクロフィリアならば、あるいは両手をクラップして大喜びするかもしれない光景デス! ハウエバー、いずれの性癖にも該当しないミーはそのとき、ベジタリアンが人食い族の村をヴィジットしたとき感じるだろうディープでマッシブなカルチャー・ギャップに、マイセルフのアスホールがきゅっとシュリンクするのを感じていたのデシタ……!!
To be continued…

MMGF!~見て、みごとなガテン系のファックよ!~(在庫駄駄余解消祈念C80漫遊記・中編)

前回までのあらすじ:亀頭と包皮を結ぶ紐状の生体組織で、別名を陰茎小帯と言う。ボブは敏感なその部分を嫌がるマギーの口元へあてがった。「ウッ、むグッ」、キッと一文字に結ばれたピンクの唇をボブのうらすじが強引に割って――
ミーがアスホールのイグジット(ロトン・ガールズにとってはエントランスでショウカ?lol)を引き締めると同時に、テーブル越しに立つ土気色をしたリビングデッドが、「なかいいですか?」と発話したのデス! ミーは一瞬、ソー・コンフューズド、何を尋ねられているのかわからず、ひどく混乱してしまいマシタ! 言語には文化的なギャップによって、シンプルなワードがまったく別の意味を持ってしまうケースがありマス! フォー・イグザンポー、例えばエクストリーム一般的な「持つ」という他動詞さえ、ジャパニーズとイングリッシュの間には違いがあるのデス! オブジェクトをラック、目的語を欠落させて自動詞的に用いた場合がソレに当たりマス! ジャパニーズで「持ってる」と表現すれば、それは運か才能を持っていることを意味しマス! オン・ジ・アザー・ハンド、一方イングリッシュで「ドゥー・ユー・ハブ?」と表現すれば、それはレリジャス、信仰の有無を訊いているのデス! 異国の地の、さらにコミケトーという異境では「なかいいですか?」という単純な問いかけにイエスと答えることが、実は肛門性愛へのアグリーメント、合意を表してしまう場合さえテイク・イントゥ・コンシダレーション、考慮に入れなくてはなりマセン! ミーのチークに緊張のあまり一筋のスウェット、汗が伝い落ちマス! 小売業のセラーがバイヤーにここまで追い詰められるなんて、ステイツでは考えられない事態デス!
「カスタマー・イズ・ゴッド」が持つ真の意味をミーがペインフルに体感していると、隣にスタンドしていたサメンが「ア、ドゾドゾー、遠慮ナク見テッテ下サーイ」と陽気に返答しマシタ! そのアブノーマルなまでのインギンさは先ほどまでミーにスクール・カーストの存在をリマインド・オブさせていたのと同一人物とは思われないほどデス! ギークス風にエクスプレスするなら、「コイツら、自在にインギン力を変化させやがる」デス!
サメンの言葉に応じて、眼前の土気色リビングデッドはゾンビらしからぬクイックネスで土人誌のパイルから一冊を取り上げると、しばしパラパラとコンテンツを確認しマシタ! アンドゼン、「ありがとうございました」 の言葉とともに、元のパイル上へ無造作に土人誌をスロー・バック、投げ戻したのデス!
エクストリームリー・ショックト、ミーはデルビッシュ有、この悪魔的な慣習にひどく衝撃を受けマシタ! ミーは土人誌のオーサー、作者がファンへダイレクトに販売を行うという手弁当感がコミケトーの魅力だと考えていたのデスガ、いまミーの眼前で生じたフェノメノン、現象にはミーが想像していたようなハートフルさは少しも含まれていませんデシタ! 作り手のすぐ目の前で作品を品定めした後、その購入を好きにリジェクトできるというシステムは、ミーが奈良のカントリー・サイドで日々エクスペリエンスしているジャパニーズのバーチュ、美徳とはほど遠いものデス! フォー・インスタンス、例えるならばストリートにスタンディングする売女に、「膣内(なか)いいですか?」とアスクした後、背後で休憩中のオットマンがコリアのセクスペリアへしきりとするフィンガー・ジェスチャーで公衆の面前にその膣口をクパチーノしてからやはり買春しないことを大声で宣言するような、人倫を外れた背徳の仕組みデス!
「他人のために最も怒れ」――ミーのファーザーは家訓としてそう言い続けてきマシタ! このときミーは、土人作家に与えられる侮辱に対して行き場の無い怒りを感じていたのデス! ところが義憤にかられるミーの隣でサメンはヘラヘラと愛想をふりまいていマス! ミドル・イーストではこのくらいのことは屈辱でも何でもないのかもしれマセン! 絶え間なく噴出するオイルに比べれば、しぼり出す妄想の価値など何ほどでも無いと思っているのかもしれマセン! イフ・ユー・ゴー・イントゥ・ゴー・オベイ・ゴー、郷に入っては郷に従え、ミーはとっさにジャパニーズ特有のベイグネスに満ちたスマイルを浮かべマシタ! その瞬間、これまでの三十余年で見てきたジャパニーズの曖昧な微笑みの裏にはサポージング、もしかしすると活火山のような憤怒があったのではないかと思い至って戦慄を覚えたのデス!
ミーのインサイドでうずまく葛藤をよそに、土人誌のパイルはその高さをデクリースさせてゆきマス! アット・ラスト、ついにリカの土人誌のラスト・イシュー、最後の一冊が売れマシタ! ワオーッ! ソールド・アウト、ソールド・アウトデース! ミーは病室で言を左右し続けたリカがファイナリー、「あの……わたしは10さつくらいって言ったんだけど……ダコバちゃんが……ぜったいだいじょうぶだからって……あの……500さつ……」と大粒の涙をポロポロと流して告白したのを思い出していマシタ!
「リカ、ダイジョーブ! ぜんぶミーにまかせるネー! ガイシ(骸死)系の営業部長の肩書きはダテじゃないヨー!」
ミーの空約束に泣き笑いでうなずいたリカの消え入りそうな表情! リカの墓前にようやくいい報告ができマース!
「オイ、ボサット突立ッテネエデ、ホンヲ追加シネエカ! マダ何箱モアルンダ! 早ク積マネエト、客ガ逃ゲチマウゼ!」
両手を突き上げてディライトネス、歓喜の中にいるミーの背中へ険しい声が飛びマシタ! サメンがカッターで切り裂いた大きな箱の中には、みっしりとリカの土人誌が詰め込まれていたのデス! ダヨネー! ミーの鼻段ボールが湿気を増し、一瞬のデプレッションがとばりのように心へ降りかけマシタガ、ミーは一流選手が強い自己暗示によって失敗をノーマルの状態としてとらえるメンタル・スイッチング技術を利用しマシタ! ダヨネー、ミーやリカみたいにネットでの声は大きいくせにリアルではチキンで何の知名度も無い連中の土人誌が、いきなり500冊も売れるワケないヨネー! 鼻段ボールは乾き、両のマナコは濡れ、ミーはたちまち平常心を取り戻していマシタ!

ソウソウ! ミーのコミケトー来訪は、本社へのジャパニーズ・カルチャーに関するレポートを兼ねていたのデス! 土人誌の販売はゲストとしての片手間に過ぎないのデシタ! ケアフリー、注意深く観察を重ねると土人誌がうず高く積まれたテーブルには大きなビニル袋が貼りつけられていマス! リビングデッドが支払った紙幣はゴミクズをダストビンへするときと同じ所作で次々に放り込まれていきマス! ステイツにいた頃ならその様子を見ても何も感じなかったデショウ! それはジャパン在住歴三十余年でなければ感じなかったようなかすかな違和感デシタ! サドンリー、突然ミーのインサイド・ブレイン、脳内にいる栗色の髪をした新聞記者の女性が寿司屋のカウンターでいきおいよく立ち上がり、「お金なのにもらって捨てる動作が汚らしいのよ!」とシャウトし、ミーの違和感はアイスメルティング、氷解しマシタ! こんなふうにマネーが扱われるのを見たのは釜ヶ崎のチンチロ賭場でコンビニ袋へ紙くずのように丸められた札が詰め込まれるのを見たとき以来デス!
「勝負が終わるまでァ、こんなナァ鼻ッ紙でもネェのサ」
ミーは勝ち頭の労務者が酒焼けした鼻を手のひらですすりながらボヤく場面をまざまざと思いだしていマシタ! ジャパンではアニメはシーズン毎に大量生産されマス! それは本当にサプライジングなクアンティティで生産され、この国ではアニメは湯水以下の価値でマーケットに供給され続けるのデス! ジャパニーズのブルーワーカーにとってアニメは日常の退屈をまぎらわすための、ハシシより安価で手軽なドラッグの一種なのデス! ジャパンの土人誌オーサーたちは無数のアニメからそのシーズンのヘゲモニー・アニメ(訳者註:ヘゲモニーとは覇権の意味だが、アニメを修飾する語としては不適切。誤字か?)がどれになるかをチョイスしマス! そのチョイス次第で土人誌の売上は一桁ほど変わってくるのデス! 土人誌オーサーたちにとって土人誌メイクは、釜ヶ崎の労務者と同じギャンブルなのかもしれマセン! だとすれば、売上の確定するコミケ三日目の終了時まではマネーを紙クズのように扱うのは至極当然と言えマース!
サドンリー、ミーは土人誌のプライス設定が五百円刻みであることをファインドしマシタ! ジャパンは生活必需品にまでタックスを課すことで有名なエコノミック・アニマル・ガバメントを有していマス! フォリナーにとっては、コンビニでスモール・チェンジを要求されるのは実にイリテイティング、イライラさせられる体験デス! 土人誌のコンサンプション・タックスはどこで課されるのデショウカ?
「ヘイ、サメン! 土人誌のタックスの仕組みはどうなっていマスカ? それともコミケはエアポートのようにデューティ・フリーなのデスカ?」
ミーが持ち前のボトムレス、底抜けな素朴さで尋ねると、とたんにサメンは満面の笑顔を浮かべマシタ! 次の瞬間、眉間で火花がスパークし、ミーの意識はダークネスへとフォールしていったのデス!
テン・ミニッツ・レイター、鼻に血のにじんだティッシュを挿し込み、すべての疑問をオブリビオン、忘却の彼方へと消し去ったミーの元気な青タン姿がそこにありマシタ!
疑問を封じるというのはブレイン・ウォッシュのファースト・ステップ、第一歩デス! ミーはいまや1984年のようなマナコで売り子ワークへ従事していマシタ!
「ヘイ、テメエニ客ガ来テルゼ」
苦虫を噛み潰したようなフェイスでサメンがミーに言いマス! まるで日雇い労働者にトイレ休憩さえやりたくない現場監督みたいデス! ロトン・ガールズの間へ身をねじこんでブースの外へ出ると、そこにはニット帽を目深にウェアした青年が思いつめた表情でスタンディングしていマシタ!
「小鳥猊下ですよね! ぼくです、ポロリです!」
フー・アー・ユー? バット、ザ・モーメント・ヒー・セッド、言うや否や、青年は抱きつかんばかりのディスタンスにまで間合いを詰めてきマシタ! ステイツやヨーロッパに在住する狩猟ピープルは他人と世界に対して深い猜疑心を抱いていマス! 初対面での過剰になれなれしいビヘイビアーはジャパニーズ特有で、それは基本的に他人と世界が自分に危害を加えないことを信頼する農耕ピープルのものデス! ミーはたちまち警戒心をマキシマム・レベルにインクリースさせマス!
エスペシャリー、特にミーの出身であるステイツでは、パブリック・プレイスでニット帽をかぶったりマスクをしたりするのは、心に後ろ暗い部分を持っていることの表明、変質者の証デス! 公然とニット帽をかぶりマスクをするのは、ステイツではマイケル・ジャクソンくらいしかいマセン!
「本当に感激です、猊下とお会いできて」
クネクネと両腕をもみしぼりながら熱狂に目を潤ませるポロリの様子は、インギンな語り口とあいまって、ノンケでも喰っちまう、決してヘテロではない感じを濃く醸しだしていマス! バット、セクシャルなテンデンシーだけではない、メンタルに潜むディズィーズを、ミーはこの青年のうちに見出していマシタ!
「オーッ、イグザクトリー、その通りヨー! ミーが小鳥猊下ネー!」
ミーは内面に生じたさざなみをハイドするスマイルを浮かべて大げさに青年の問いかけを肯定しマシタ! トゥ・テル・ザ・トゥルース、小鳥猊下はミーとリカとのユニット名なのでいささかアキュレイシー、正確さをラックした返答デシタガ、この種のメンタルヘルス青年はいったん思い込んだ情報を外部からコレクトされると途端にアプセット、逆上するという傾向がありマス! ミーは適当にあいづちをうつことで穏便にこの場を切り抜けることにしマシタ! バット、メンタルポロリはミーにアクセプトされたと思ったのか、とたんに饒舌に語り始めマシタ!
「猊下の文章すごい好きなんですけど、今回のMMGF!ですか、あれはぜんぜん感心しなかったな。なんか説明がくどくて、八十年代のラノベみたいで。もっともっと説明を減らさなくちゃ。物語なんだから」
同心円状のクレイジーを記号化した目で一方的にまくしたてながら、メンタルポロリはじりじりとミーとの間合いを詰めてきマシタ! それぞれの民族は、適正な文化的距離というものを持っていマス! どこまで接近されると不安感や不快感をいだくかというのは、イーチ・カルチャー、文化ごとに異なっているのデス! ジェネラリー・スピーキング、一般的に言って北米出身のミーは日本出身のメンタルポロリより近い位置までのアプローチをアラウ、許容できるはずデス! ハウエバー、メンタルポロリのアプローチはミーを不安にさせるほど近かったのデス!
不安感に耐えかねてミーがわずかに下がると、メンタルポロリはミーが下がった分だけ間合いを詰めてきマス! ミーは長大なコリダー、廊下をラテン民族に握手を求められた北欧民族が延々とリトリート、後退していくというあのジョークを思い出していマシタ! ファイナリー、気がつけばミーは壁ぎわへと追いつめられていマシタ! メンタルポロリはスティル、まだじりじりと間合いを詰めることをやめマセン!
「あ、でもこないだのオフレポはすごい面白かったです。ジュブナイルやるなら、あの文体で書けばいいのに。なんでああいうふうに書かないんですか」
内容のルードさを除けば穏やかな語り口デスガ、狂気と正気の間にあるのはア・シート・オブ・ペイパーだと言いマス! ミーのアスホールが恐怖にきゅっとシュリンクしマシタ! 北米出身のビッグなミーが、日本出身のスモールゲイ(訳者註:ガイの誤字か?)に追いつめられ、いまや貞操の危機さえ感じているのデス!
「あの、小鳥猊下でいらっしゃいますか?」
ミーの危機をレスキューしたのは、やはりインギンな口調の声かけデシタ! 中肉中背でグラッスィーズをウェアしたその男は、ティピカルなジャパニーズビジネスマンといった様子デス! カンパニーにエンプロイされているという事実は一定のサニティを保証しマス! ミーは不自然にならないよう注意しながらメンタルポロリをかわして、ビジネスマンにシェイクハンドの右手を差し出しマシタ!
「オー、イエス! アイアムゲイカコトリ、ネー! ウェルカム・トゥ・マイブース!」
ジャパン在住暦三十余年のミーはフルーエントなイングリッシュでリプライしながらネームカードを取り出しマス!
「わ、わたくし、キムラと申します。えっと、あの、そ、そうだったんですか」
アルファベットの並んだネームカードとミーの鼻段ボールへ交互に視線をやりながら、キムラはあきらかな挙動不審のステイトに陥っていきマシタ! 知ってマス、これ知ってマース! ジャパニーズに特有のフォリナー、外人に対するこのレスポンスは実は珍しいことではありマセン! ワールド・ウォー・トゥーで連合軍へノー・パーフェクト・スキン、完膚なきまでにたたきのめされてからこちら、ジャパンは深刻なフォリナー・フォビア、ガイジン恐怖症に罹患しているのデス! エンド・オブ・ウォーからモアザン半世紀、ノウ、時間が経過すればするほどオールモスト遺伝的な情報としてジャパニーズのインサイドにフォリナー・フォビアは書き込まれていっているようデス! そのモスト典型的な症状が、いまのキムラが見せている状態デス! ゴールデン・ヘアー・グリーン・アイのイングリッシュ・ユーザーであるミーに、理由もなくあからさまな気後れを表していマス! もはやこれは高所やコックローチへの恐怖にも似て、本能のレベルにまで昇華されていると言っても過言ではないデショウ! アンド、ジャパニーズのこのフォビアはジャパンに学歴も能力も低いフォリナーがライク・モス、蛾のように集まってくる理由にもなっていマス! なぜって、マザー・タン、母国語の読み書きができるだけで現人神のように崇められ、本国で従事する単純労働よりはるかにましなペイメントが期待できるカラデス! ジャパンは実のところ、不良ガイジンの格好のプール、溜まり場になっていマス! ジャパニーズだけがそれに気づいていマセン! オフ・コース、ミーはエグゼクティブなので違いますヨー!
「ヘーイ、キムラ! ウェイク・アップ! ソレはジョーク名刺ネー!」
フォリナー・フォビアに思考を奪われた状態になっているキムラの目の前でミーは親指と人差し指を数回スナップさせマシタ! イン・ファクト、キムラに渡したネームカードはジャパンの商習慣にあわせたカムフラージュ、記載された情報はすべてデタラメなものデス! ステイツ生まれでパリ育ちのミーは、コミケトーのような反社会的プレイスでマイセルフのプライベート・インフォメーションを開示するほどピース・ボケしてはいないのデス! 路上でチュニジアンに話しかけられてもインギンな返答をしながらも決して足は止めないといったような生得の警戒心、ワールドへのディープな猜疑心を処世のネセシティ、必須として持ちあわせているのデス!
ハウエバー、ミーのような毛唐ピープルに特有のディフェンシブなスマイルも、ベーシカリー異質の存在しないジャパニーズ・カルチャーで生育してきたキムラにとって、緊張をメルトさせるに充分なものだったようデス! キムラはオールレディ、すでにリカの土人誌を購入しており、ミーは会話の糸口として感想を尋ねることにしマシタ! ミーはそれをすぐに後悔することになりマス! なぜなら――
木村裕之は私の問いかけに対して、購入したばかりなのでまだ読んでいないと答えたからだ。今回の同人誌はネットで大部分を先行して公開し、その完結編を収録するという手順を経ている。初めての同人誌販売であるから、少しでも売上を伸ばしたいという苦肉の策だ。その旨を伝え、さらに木村裕之に問い詰めると、わざとらしくページを繰りながら「え」とか「あ」とか母音を繰り返すだけの状態になった。夏のコミケを目指して一月から更新を行なっていたから、木村裕之は少なくとも半年は私のホームページを閲覧していない計算になる。十年来のファンと称し、わざわざコミケのブースに足を運ぼうと思う人間でさえ、こうなのだ。最も熱心なファン層でさえ、この程度の執着なのだ。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。私は自分の気持ちが急速に冷えていくのを感じていた。いつまで経っても商業に回収されない最古参のテキストサイト運営者が、完全な持ち出しで苦手分野に媚びた同人誌を作成したところで、彼が望む深さの受け手は世界中のどこにもいないのだ――
オオオオオップス! ワーニング、ワーニング! 我、まさにフォール・イントゥ・デプレッションせんとス! コミケトーはフル・オブ・トラップ、罠がいっぱいデス!
「ヘーイ、ポロリー、キムラハヒドイヤツネー! ナントカ言ッテヤッテヨー!」
深刻なアンガーをジョークにまぎらわせようとして話をふると、ミーとキムラのチアフル・トークの横でメンタルポロリはそわそわと、あからさまに挙動不審のステイトに陥っていマシタ!
「ヘーイ、ポロリサーン、ドウシタノ? 顔色悪イヨ?」
ミーのジェントルな声かけにメンタルポロリはビクリと肩を震わせると、深夜の空き地でのレイプ未遂を通行人にファインドされたような顔をしマシタ! 「じ、じゃあ、ボクはこのへんで」と小声の早口で言い、さっきまでの執拗なインファイトぶりはどこへやら、アウトボクサーのステップで会場の人ごみへまぎれ去っていこうとしマス!
ホワット・ア・カワード! これはジャパニーズに特有の神経症、タイジン・キョウフショウ・シンプトムの表れデショウカ! ミーは持ち前のヒロイック、英雄的な気質を前面にプッシュして、メンタルポロリを引き止めると、ふたりにセルフ・イントロデュースをうながしマシタ!
「ヘイ、ポロリ、キムラ! キムラ、ポロリ!」
ミーのジェネラスなスマイルにうながされて、ふたりはようやく鏡あわせのように後頭部へ手をやりながら互いに会釈をしマシタ! 人間関係こそが仕事にとって最大のキャピタル、資本であることをモットーとするミーはその様子にグラティフィケーション、強い満足感を得ていマシタ! バット、このときのディシィジョン、決断をミーは後になって死ぬほどにレグレット、後悔することになるのデス! なぜなら――
後日、仲介者である私を抜きにして、この二人が急速に親交を深める様をツイッター上で発見することになるからだ。二人で飲みに行き、すっかり意気投合したらしい。おまけに、互いのビジネスにとって互いが有益な関係であることを確認したようだ。もちろんコミケ後、この二人から私への音信は全く途絶えていた。私はそのやりとりを半ば呆然と眺めながら、分厚いガラス越しにヒロインが悪漢にレイプされるのを見せつけられている主人公のような気持ちになった。エッフェル塔を見ながらのファック・シルブプレにチュニジア人が乱入し、下半身を露出した私を差し置いてアルジェリア人とよろしく始めてしまったのを指をくわえて眺めるような感じ。正に、慟哭ゲーである。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが――
ウオァァァァァッ! レポートのくせにクロノロジカル・オーダー、時系列がめちゃくちゃデス! そんな未来のことを現在のミーが知る由もありマセン! イフ知っていたらいま気弱げに会釈を交わすふたりの後頭部をわしづかみにして二つの頭が一つになるほど打ちつけた後、持ち前の体格を利用した地獄レスリングで金輪際アリアケでコミケトーが開催できなくなるほどの陰惨な流血ショーを演じたに違いありマセンカラ!
ふたりが作成したという土人ソフト(訳者註:softの表記。土人誌の一種か)をスーベニア、みやげに受け取りながら、このときのミーの胸中はブッディズムのハイプリーストほどかくやというほどに穏やかデシタ!
グリーティングを済ませた後も二人はサプライジングリー寡弁で、ミーの提供するトピックが少しもデベロップしマセン! これはさらなるアイスブレイキングが必要デス! インファントとさえ小一時間はカンバセーションを継続できるコミュニケーション力を使って、ミーは場をウォームしていきマス! 人と人との間に通底するのは不信だと考えているミーのようなフォリナーが、人と人との間に通底するのは信頼だと考えているジャパニーズより、こういった際のスキルに長けているのは実に示唆的デスネ!
グラデュアリー、次第に緊張がほどけると、二人ともミーのことを絶賛しはじめマシタ! アンド、どちらがより多く小鳥猊下を褒め称えることができるかのコンテストの如き様相を場は呈していきマス! 知らぬがブッダ、やがて訪れる未来を未だ知らない愚かなミーは、まんざらでもないとスモール・ノーズ、小鼻を膨らませて悦に入っていたのデス!
二人に関する断片化したインフォメーションをミーの高機能ブレインでデフラグしたところ、ポロリは年齢制限の必要なダウンロード専売ゲームのシナリオを、キムラはソーシャル・ゲーム(奇妙なネーミングデス! ソーシャル・ウィンドウ?lol)の製作をプロフェッション、生業にしているとのことデス! オーッ、これはリカを売り込むチャンスデース! キムラサーン、ポロリサーン、ユーたちがスロートからハンドが出るほど欲しがっている人材をミーは知っているネー!
「え、いや、それはちょっと」
先ほどまでの調子のいいほめ殺しぶりはどこへやら、キムラはとたんに口ごもりマシタ! アンドゼン、メンタルポロリが目深にかぶったニット帽の下からジットリとミーを見上げながら、唇の端を歪めて言いマシタ!
「いや、そこはほら、わかりましょうよ。キムラさん、困ってるじゃないですか。仕事なんだから、やっぱり実績が無い人にはお願いしにくいですよ」
アウッ、ポロリのインギンな低姿勢はオール子羊のパフォーマンスだったのデス! その表情には、既得権を持つ者の優越が隠しようもなくにじんでいマシタ! 先ほどまでのぎくしゃくとした関係はどこへやら、キムラとポロリは互いに顔を見あわせてニヤリと、長年の共犯者のスマイルを笑ったのデス!
オーッ、ジャパニーズ・コマーシャル・カスタム、日本の商習慣は文筆のようなエリアにまで及んでいたのデス! ミーはデザインのフィールドに関わるガイシ(骸死)系企業にいマスガ、過去の実績の有無がデザイナーの採用に最も大きく影響を与える日本の商習慣がリセッション、不況によりエンフォースされて新人の食いこむ隙間が無くなっているのデス! 実績によるリスクの回避というエントリー・バリアー、参入障壁がデザイナーの平均年齢を高齢化させた結果、既得権の維持がいまや業界そのもののシュリンクへとつながっていマス! シリアスな不況による相対的な発注量のリダクションが、最もクリエイティブの必要とされるはずのフィールドでカンパニーとそのデザイナーたちにビューロクラティック、官僚的なふるまいをさせている状況に、営業担当のミーはいささかの滑稽さを感じていたところデシタ!
アンドゼン、高い識字率を誇るジャパンにおいては同じ理由がファー・レス・クリエイティブな文筆産業に従事する者たちにさえ、アンコンシャス、無意識のうちに官僚的なアグリー・スマイルを浮かべさせているのデス! 高度成長のみを前提にしてきた日本経済の歪みを目の当たりにし、そのダーク・アビス、薄暗い深淵にミーは心底からスケアード、ゾッとさせられたのデシタ!
ミーはサドンリー、突然ふたりにフェアウェルを告げなければならない気分になりマシタ! オフ・コース、ブース越しにミーたちへ向けられるサメンの視線が中東でテラーのプランニングをしていたときのように険しくなり始めたこととは全く関係がありマセン! ミーに対する先ほどまでの陰湿な共謀ぶりはどこへやら、ミーとのカンバセーションが終わってしまうことを二人はひどく残念がりマシタ! ポロリが熱に浮かされたように言いマス!
「ボク、実家が関西なんです。猊下も関西に住んでらっしゃるんですよね。年内は仕事で難しいですけど、年明けに帰省する予定なんで、そのときは必ず連絡します!」
「オーッ、モチロンネー! マタ会エルノヲ楽シミニシテルヨー!」
イメディエットリー、即座にミーはその申し出を快諾しマシタ! ネット上では気難しいキャラ作りデスガ、その様をフィクショナル・ダイアリー、虚構日記と称しているのだからリアルのミーが話し好きで気さくなパーソナリティであることは容易に推測できるデショウ! このとき、ミーは求められる快楽にすっかり上機嫌デシタ! ビコーズ、この段階では桜が散り始める時期になってもアポイントどころか連絡のひとつも無いなんて思いもよらなかったカラデス!
ポロリに負けじと、リーマンヘアーのキムラが新人研修で秋葉原の通行人に自己紹介をしていたときのようなシャウトをしマス!
「必ず感想書きますから! 必ず!」
この男、失地を挽回しようと必死デース! コミケトー終了からワン・ウィーク・アフター、サラリーマンらしいデッドラインへの誠実さでキムラはリカの土人誌の感想を送ってきマシタ! この男のビジネスが成功することをミーは確信していマス! リーセントリー、ツイッターをななめ読みするに、最近のキムラはシェアハウスとやらにハマッているようデス! 独身のヤングマンが集まり、地縁的つながりのロストしたアーバンシティで新たなコミュニティをクリエイトする試みデス! ハウエバー、それを読んだとき、ミーのヘッドにはクエスチョンマークが乱舞しマシタ! 婚姻と育児を前提とせずにそれは持続的なコミュニティと呼べるのデショウカ? 宗教を前提としないコミュニティにはジャパン在住歴三十余年でようやく慣れたつもりデシタガ、あいかわらずジャパニーズ・カルチャーは世界の最先端を独走していマスネ!
ブースに戻ったミーがシット暑いブースで土人誌をリビングデッドに手渡すライン工に再び従事していると「オイ、マタオマエニ客ダ」、サメンが実に苦々しげな表情を浮かべて、ブースの外へ出るようミーをアゴで促しマシタ! ゲストとして来場したはずなのにサメンはミーのことを時間給のレイバー、労働者としてとらえ始めているようデス! ミーをブースの外へやることで時間あたりの労働対価がインクリースすると本気で考えているキャピタリスト、資本家のように見えマシタ!
ミーは生来のオプティミストなので先ほどの憂鬱な自称ファンどもとのやりとりはオールレディ意識のアウトサイドにあり、オールモストうきうきとした気持ちデシタ! ガイシ(骸死)系企業の営業部長であるミーは、人と会って話をすることがスリー・ミールズ・ア・デイ、三度の飯より大好きなのデス! イン・アディション、リカのファンには女性が多いと聞いていマシタ! 野郎が二回も続いたのデス! スタティスティクス、統計的に判断して、今度こそ女性に違いありマセン!
シュア・イナフ、まるで白魚で作った魚肉ソーセージのような指にリカの土人誌を抱えて立っていたのは、はたしてジャパン・ギークスの完全なる中央値で形成されたティピカルなおたく野郎デシタ! シィット、アゲイン! ミーは心の底からのディスアポイントメントを完全にシール、秘し隠して「アー、ヨク来テクレマシタネー、アリガトー、スゴイウレシイナー、ヨロシクネー」と張りのあるバリトンボイスで歓待しマシタ!
「いやー、これは思いつかなかったなー。すごいデブの中年おたくか、すごい引きこもりのウラナリか、すごい深窓の美少女かのどれかとは思ってたけど、こんな人を殴りそうなタイプだとは夢にも思わなかったなー」
視聴中のアニメをタイムラインで実況するときのような、出すべきではない心の声をあらわにしてそのギークは自己完結的に発話しマシタ! エスペシャリー、美少女の下りでは言いながら自分の言葉に失笑しやがったのデス! ミーは表面上、あくまでポライトネスをキープしましたが、こめかみには血管のクロスが青く浮かんでいたはずデス!
「あ、いや、わたしですか。ゴトウと申します。いやー、それにしてもほんと意外だったなー、これは」
そう、このギークスのティピカル中央値こそあの、独身おたくの自虐ネタで一世を風靡し、いまや数千万のアクセス数を叩きだす有名人気ホームページの管理人なのデス! ミーはシェイクハンドのために右手を差し出しながら、「十年前、ホームページを開設したばかりのユーからリンクの依頼をされたことをリメンバーしてマス! あれをアクセプトしなかったのは、ミーのネット人生の中でも最大のリグレットのひとつネー!」 努めて陽気な社交辞令として発話したつもりデシタ! しかし――
いったん口にすると改めて自分がそのことをひどく後悔している事実に気付かされてしまった。聞けば、ゴトウ氏はパソコン関連の商業誌に愉快なおたく4コマ漫画を連載しており、近々単行本化される見込みだと言う。それに引き換え、我が身がひねり出す文章は未だに一文にもならない、誰からも顧みられない、ネット上のアーカイブにのみしんしんと蓄積されていくクラップに過ぎないのだ。
あのとき、この男と相互リンクの関係を築いておきさえすれば、こんな惨めな現在ではなかったかもしれないのに! 深刻な後悔が後から後からやってきて、私のひざがしらをふるわせた。
「いやー、あの頃のテキストサイトの管理人たち、みんな有名になっちゃいましたからねー。☓☓☓さんとか、○○○さんとか……」
そう、一見は平等な参加を約束しておきながら、本当に才覚のある者たちはネットの外から見出され、あるいは自分の力でテキストサイトという過渡期的なカテゴリを離れていった。
この十年というもの、私は現実での立場を作るために時間を使いすぎた。小鳥猊下という名前のもう一人の私は、日々の生活の中でより重要ではない一隅へ追いやられ、その存在を希薄化していった。
自分のことを「透明な存在」と評したのは、いったい誰だったろう。いま、小鳥猊下としてここに立っている私は、本当に何者でもない、透明な存在だった。
「いやー、ぼくなんか全然っすよ。△△△さんとか覚えてます? あの人、もう成功しすぎちゃって……」
どの業界でも、成功者ほど腰が低い。ゴトウ氏が低姿勢でへりくだればへりくだるほど、傲慢を売りにしてきた私は結局のところ、自分の非才を認められないがゆえにそうしてきたことへ気づかされる。私はネットに出自を持つ偉大な成功者の一人を前にして、恥ずかしさに耳朶が染まるのを感じた。
「でも、本当に書いてないんですか? どこにも?」
商業誌など、金銭の発生する場で文章を発表しているかどうかという意味の問いだろう。もちろん、書いていない。もし書いていれば、コミケで持ち出しの同人誌を販売などするはずがない。本当に他意なく、不思議そうに聞いてくるその様子がかえってグサリと胸に刺さった。私は視線をそらしながら、口元をひきつらせて「書いてません」とだけ答えた。声がかすれないようにするのに必死だった。耳に届いた自分の言葉が、自分の心を切り裂く音を確かに聞いた。
「いやー、信じられないなー。本当かなー」
腕組みをしながら、愛嬌のあるいたずらっぽい視線で見つめてくる。悪意はないのだろう。しかしいまや私は動揺を見透かされないよう、わずかに首を横へ振るのが精一杯だった。
ゴトウ氏と私の間に横たわっている目に見えない何か。これが、これこそが、格なのだ。十年経っても数十万ヒットそこそこのサイトと、数千万ヒットを軽々と越えていくサイトの違いなのだ。一流ホームページと二流ホームページの違いなのだ。誰が見ても明らかな、圧倒的ヒエラルキーなのだ。
ずたずたの自尊心は、私に思わぬ言葉を口走らせた。
「あの、百万ヒットを達成したら、サイトを閉鎖しようと思ってます」
この瞬間ゴトウ氏の顔に浮かんだ、困惑と嘲笑と憐憫が入り混じった表情を私は一生忘れないだろう。きちがいを見る視線と、あざけりに半笑いの口元を、とまどいが結びつけた表情だった。
「はあ? いまは2011年ですよ? まだアクセス数とか言ってんですか?」
それは童貞を捨てた者が、童貞にコンプレックスを抱く誰かにかける言葉と似た響きを持っていた。手に入れば、価値を無くしてしまう何か。そして、それを焦げるように求める誰かがいることへの想像力は永久に失われる。
私はもう恥ずかしさに死にそうになって、ゴトウ氏から自分の同人誌を取り上げて、有明の海へ投げ捨ててしまいたいような気持ちに駆られた。ただ、表紙に描かれたイラストがそれを止めた。自分を貶めるのはいい。だが、このイラストを描いてくれた人を貶めてはいけない。
それが、私にかろうじて矜持を保たせた。
そこからどうやってブースに戻ったのかはよく覚えていない。
何度も出入りしてんじゃねえよ。ブースに戻る際、フリルのついた服を着た三十がらみの女性たちが嫌悪に満ちた視線を私へ投げたのはわかった。
「おう、遅かったじゃねえか」
中東出身の――いや、この男は服装こそ少々奇抜だが、ただ彫りの深いだけで外人ではない。猫背の青年と眼鏡をかけた大学生がちらりとこちらを見る。特に何の感情も伴っていない視線だった。コミケが終わりさえすれば二度と会うこともない人物に、どんな気持ちも抱きようがない。たとえば、旅先の電車で隣に座った誰か。人の中にいるがゆえのあの孤独が、胸へ迫る。私は曖昧に微笑むと二人に、 「売り子、かわりますよ」と言ってテーブルの前に立った。
「なかいいですか」「ええ、どうぞ」――それにしても暑い。
単調なやりとりを繰り返すうち、昔なじんだあの感覚が身内に戻ってくるのがわかった。背後から、もうひとりの私が私を見下ろしている感じ。機械のように日常のルーチンを繰り返すうち、自分という主体が消えてなくなる、あの感じ。
頭皮から伝い落ちた汗が、鼻に貼りつけた段ボールへ浸潤していく。頭の芯がぼうっとして、天と地の場所ももうわからないのに、釣り銭をわたす作業が少しも滞らないのを不思議な気持ちで眺めた。
周囲で歓声が上がり、拍手の音が鳴り響く。その騒ぎで、私はようやく我に帰った。どうやら終了の時間が来たらしい。待ち構えていたかのように会場に小さなトラックが入って来、椅子と長机を積み込んでいく。
はやくも祭りの後の寂しさが漂いはじめ、鼻の奥がつんとする。
ああ、まただ。いまを楽しむということを拒否し続けてきた私は、終わりの瞬間にいつもそれを後悔する。楽しむことで、愛することでより大きくなる喪失が怖いのだ。
こうして、私のコミケ初参加は幕を閉じた。
鼻腔をくすぐる風に塩気を感じるのは、海が近いせいか。縁石に腰掛け、来場者たちが三々五々、帰路につく様子を眺める。同人誌のたくさん詰まった荷物を手に、彼らの表情からは幸福感と満足感が伝わってくる。
結局のところ、私はあちら側の人間でもこちら側の人間でもないのだ。残ったのは疲労感と、在庫の山。私は両手に顔をうずめた。家人にどう借金の言い訳をしよう。私の心には、明日から再びはじまる終わりのない日常がすでに忍びよっていた。
「ここにいたのかよ」
彫りの深い男が座っている私に声をかけた。
「知り合いの編集にもおまえのホン、何冊かさばいといたぜ。まあ、ヤツら、読みゃしねえんだがな」
言いながら、豪放に笑う。やめてくれ。鼻に貼りつけた段ボールは汗と湿気を含んで変色し重くなり、セロテープは端から剥がれ始めている。
返事もしないまま力なくうつむく私に、男はあきれたふうだ。
「なんだ、在庫のこと気にしてんのかよ。ハハ、尻に敷かれてやがんな。俺も人のことは言えねえがよ」
ペットボトルを傾けながらの優しい軽口。もう、やめてくれ。私にそんな価値は無いんだ。
「心配すんな。俺たちのコミケはまだ終わっちゃいないぜ。あれを見ろよ」
私はのろのろと顔を上げる。そのとき、一陣の海風が強く吹き、濡れた鼻段ボールを一瞬のうちに乾かした。そこには果たして――
グルーサム、陰惨な風貌の男たちが五人、ロード・オブ・ザ・リングに登場するナズグルのようなたたずまいで路上にギャザリング、蝟集していマシタ!
「オレノ知リ合イノエロ漫画家連中ダヨ。コノ後、コミケノ“打チ上ゲ”ニ“ヤカタブネ”デナイトクルージングッテ趣向ダ」
打チ上ゲ? 割礼済みの下半身をエクスポーズしながらロケット状のサムシングに縛られたミーの周囲を、黒い肌をした土人がファイヤーダンスで取り巻くビジュアルが一瞬脳裏をよぎりマシタ! コミケトーの終了後に行われるセレモニーの一種らしいことは理解できマシタガ、それにしても、ヤカタブゥネとは何デショウカ? ジャパンにおいてヤカタとは血縁関係で結ばれた集団のリーダーを表していマス! そしてブゥネとはオフコース、あの大悪魔にして地獄の軍団を率いるデューク、ソロモンの魔神の一柱を示しているのに違いありマセン!
「イッタン乗セチマエバ、二時間ハ逃ゲラレネエ。アトハオマエノウデ次第ジャネエカ。サバイチマエヨ……在庫ヲ……アイツラニナ……!!」
中東出身のサメンの顔には、偃月刀を片手に洞窟で仲間とテラーの計画を練っていたときにそうだったろうと思わせる、歯を剥き出しにした凄絶な笑みが浮かんでいマシタ! ファウストを誘惑するメフィストフェレスが如く、ミーが破滅を宣言するのを待っているかのようデス! エターニティとイコールのサイレンスが流れ、ミーはスローリー、ゆっくりと、それがディステニーだったかのようにサメンへうなづき返しマシタ!
「ソウ来ルト思ッタゼ。売リ子ダケヤッテ、トットト帰ロウナンテタマジャネエッテナ! ココカラガ本当ノコミケッテワケダ!」
夏の夕空に響き渡るサメンの哄笑を聞きながら、ミーは武者震いにマイセルフのアスホールがきゅっとシュリンクする音を確かに聞いたのデシタ……!!
To be continued…

廣井王子(4)

 米国のスラムを思わせる街並み。稲光。カメラの端を巨大なドブネズミが走り去る。カメラは雑居ビルの階段を上昇してゆく。いくつかの踊り場を過ぎ、“ワイドプリンス・プロダクション”の表札がかかった扉の前で停止する。室内には本や雑誌、書類などの紙類が散乱しており、床が見えないほどである。脳卒中を疑わせる重低音のいびき。ソファの上に、文庫本を顔に乗せた中年男が寝そべっている。やがて、廊下から慌ただしい物音。
 「(デブとチビ、二人の男が息を切らせて駆けこんでくる)廣井さん! 廣井さんはいますか!」
 「(いびきが止まり、廣井と呼ばれた男の顔から文庫本がずり落ちる)ンだよ、うるせえなあ。明け方まで仕事して、ようやく寝かかったってとこなのによ」
 「(デブ、ぶるぶると肩を震わせながら)なに、悠長なこと言ってるんですか! 大事件になってますよ! こ、これは、これは本当のことですか!(手に持ったスポーツ新聞の束を廣井の足元へ叩きつける)」
 「ああン? (スポーツ新聞の一つを手にとりながら)最近は老眼が進んじまって、細かい字が見にくくっていけねえよ」
 「(デブ、荒々しくテレビのリモコンを取り上げ、震える手でボタンを押す)……あの超人気アイドルグループ、悪罵四六時中(略称:AKB46)のリーダーである顎門罪科(あぎとざいか)さんの自宅マンションから、昨日の早朝、中年の男が出てくるのが目撃されました! こちらがその、衝撃のスクープ映像です! (残念な造作の女がジャージ姿の廣井をドアの隙間から見送る写真が映し出される)この冴えない男、名前を廣井王子と言いまして、この冬、罪科さんが主役を演じる予定のミュージカルの演出を任されているとか。一部では枕営業の噂も?(デブ、テレビを切る)」
 「(チビ、青ざめた顔で)アンタは、アンタは、やっちゃいけないことをしちまったんだ!(激昂して廣井に殴りかかろうとする)」
 「(デブ、チビを後ろから羽交い締めにして)やめろ! まだそうと決まったわけじゃない! まずは廣井さんの話を聞くんだ!」
 「(心底めんどくさそうに)チッ、童貞どもが浮き足立ちやがって。なんで俺がお前らに話をすると思うんだよ。てめえんとこの両親は、昨日セックスしたかどうか朝食の席で尋ねたら、朗らかに教えてくれたのか? とんでもねえ家庭だな!(馬鹿笑いする)」
 「(チビ、デブを振りほどこうと身をよじりながら涙ぐんで)ぼ、ぼくの罪科ちゃんに指一本でも触れててみろ! 社長だからってただじゃおかないぞ!」
 「(両手をかかげて大仰に)おお、怖い。もちろん、指なんて触れてませんよ」
 「(チビとデブ、明らかな安堵に表情を緩めて)ほ、ほんとうだな」「ほ、ほんとうですか」
 「(真剣な苦悩の表情で)この国のメディアの未成熟ぶりには目を覆うものがあるね。男女が一晩同じ部屋にいたら、必ずセックスをするはずだなんて、無理にでもゴシップを、つまりは自分たちの飯のタネを作らんがためだけの、下衆の勘ぐりにもほどがある。まったく、『下男の目には英雄なし』の金言は、真理であるということを実感したよ。もちろん、指で触るなんて、(突如立ち上がり、邪悪に顔を歪めて)そんな童貞くさいことするわけねえだろ! 俺のポケットモンスターが風邪であんまり寒がるもんだからよ、罪科ちゃんのいちばん深くてあったけえ部分に頭からずっぽりと潜り込ませてやったのよ! こんな具合にな!(近年逝去した黒人整形ダンサーを想起させる動きで腰を前後に動かす)」
 「(チビ、顔の筋肉が消失したような虚脱の表情を浮かべ、その場に崩れ落ちる。デブ、呆然と)そ、そんな……」
 「だがよ、童貞ども、安心しな。俺も遊び人の端くれだ、とうの昔にパイプは切断済みよ! 年食った非処女ちゃんの人生を背負う可能性は、まだお前たち一般人男性どもの上へ残されてんだからな!(馬鹿笑いする)」
 「(デブとチビ、巨大な蛾が登場する怪獣映画の双子のように手をとりあって)ひどい、ひどすぎる! あーん、あんあん、罪科ちゃん、罪科ちゃぁん!」
 「(ゆっくりとソファに腰を下ろして煙草に火をつける)……まあ、最初はほんとに舞台の稽古をつけてやるくらいの話だったんだぜ。ついつい興が乗っちまってさ。おまえにゃ色気が足りねえって、気がつきゃ下半身と下半身のぶつかり稽古よ。(スポーツ新聞を取り上げて目を細める)まあ、この報道ぶりじゃ、二番はねえかな」
 「(チビ、もはや話を聞いているふうもなくすすり泣いて)うう、罪科ちゃん、ぼくの罪科ちゃんが汚されてしまった……」
 「(デブ、チビの背中をさすりながら)馬鹿、こんなときこそファンの俺たちがしっかりしなくてどうするんだ。一番辛いのは、(涙に声をつまらせて)罪科ちゃんなんだぞ」
 「(呆れたように)いま、お前らの様子を見るまで実感なかったけど、悪罵四六時中ってのは、やっぱすげえ商売だな! ゲームがらみで長いこと声優業界に関わってきたから、わかってたつもりだったけどよ、おたくどもの心根を冷徹に分析した、見事なシステムだわ。まず、この不況下で最も活発な消費活動を行うのは、独身のおたくだってこと。次に、おたくは美人の非処女より、多少ブスでも処女が好きだってこと。芸能界なんて場末で美人を探すのは骨が折れるが、ブスならいくらでも虫みてえに集まってくるしな。そして、木を隠すなら森、ブスを隠すならブスの集団ってわけだ。くっそ、考えれば考えるほどに完璧じゃねえか! どうして声優転がしでおたく様どもからカネを巻き上げるのが得意だった俺が、これに気づけなかったかな……」
 「(チビ、真っ赤に泣き腫らした目で)ぼ、ぼくは、それでも罪科ちゃんを愛し続けます! 今までも! これからも!」
 「(デブ、涙声で)うん、うん。それでこそ罪科ちゃんのファンだ」
 「(呆れ顔で二人のやりとりを眺めて)まあ、よっぽど気をつけてやらないと、おたくの自意識に立てられた砂上の楼閣だ、簡単に土台ごと崩れちまうがな。たぶんプロデューサーの野郎、恋愛禁止ぐらいのことしかメンバーに言ってなかったんだろうさ。メンバー全員に最初ッから、ちゃんとこのシステムの成り立ちを詳しく説明しとくべきだったな。強すぎるおたくの猜疑心にかかりゃ、すぐに他のメンバーにも非処女の疑惑は飛び火するだろうよ。まさに蟻の一穴ってわけだ。もっとも、その一穴は罪科の処女膜に開いてんだがな!(馬鹿笑いする)」
 「(チビ、勢いよく立ち上がって)よ、呼び捨てにするな! ぼくの罪科ちゃんを呼び捨てにするなよ!」
 「おっ、元気あんじゃん。(ニヤニヤ笑って卑猥に腰を振りながら)まずはそのふざけた処女幻想をぶちこわすぅ~」
 「(チビ、膝から床に崩れ落ちて)ううっ、財科ちゃん、こんなヒヒ親爺に汚されたって、ぼくは君のことを愛し続けるよ……」
 「(肩をすくめて)おまえさァ、そろそろ冷静になって、誰に給料もらってるか思い出したほうがいいんじゃねえの? 安心しろよ、あんな女のこと、すぐに忘れるさ。芸能界にゃ、他にもたァくさん、若い処女がごろごろしてるからな。女アイドルの仕事ってさ、忘れられることも込みだからよ。まあ、長くて一週間ってところかな」
 「(チビ、膝の上でぶるぶるとこぶしを震わせて)侮辱するな! ぼくの純粋な恋心を侮辱するなよ!」
 「(背もたれに両腕を投げ出し、天井を向いて)女ってのは、つくづく大変だよなあ。若い処女もすぐに非処女になってさあ、じきに若くもなくなってさ、子どもができたらカアチャンになってさあ、容色も衰えていってさ、しまいにゃ、生理までアガッちまう。人生にたどるべき明確なステージがあって、まあ、肉体の変化が先行するせいだけどよ、同時に心もメタモルフォーゼさせないといけなくてさ、失敗すると羽根が伸びきらない蝶々みたいな奇形か、さもなきゃ怪物になっちまう。その点、男ってのは楽でいいよなあ。セックスしたって、たとえ子どもができたって、死ぬまで少年漫画読んでりゃいいんだからさあ。(目を伏せ、小声で)まあ、ガキでもいれば、それが長すぎる人生の時計ぐらいにゃ、なるんだろうがよ」
 「(デブ、たまりかねたふうに)いったい廣井さんは何が言いたいんですか!」
 「(チビ、加勢して)そうだそうだ! 何が言いたいんだ!」
 「(目を細めてチビを見て)おまえ、愛するって言ったけどさ、愛するってのは、女が歩むそのすべての階梯をいっしょに寄り添うってことだよ。若くて処女の罪科ちゃんが好きだったおまえが、処女でもなく、若くもなくなった彼女の何を愛せるんだ? 少年漫画を読む以外のことをしたくなくて、現実から俺の事務所に逃げこんできたおまえがさあ? なあ、もう一度言ってみろよ、罪科ちゃんを愛していますってさ」
 「(チビ、嗚咽とともに床に顔を伏せる。デブ、チビの背中をさすりながら)ど、どうして廣井さんはミュージカルの演出なんか引き受けたんですか。柘榴vs.禅(ざくろたいぜん)からこっち、ゲーム制作に関わろうともしない。お言葉ですがそんなミュージカル、演出のことなんか何もわかりゃしないおたくたちが、悪罵四六時中のメンバーを観に来るだけの、半年も経たないうちにすべて消えてしまう泡沫じゃないですか。貴方の才能はゲーム制作でこそ、最大に輝くはずなのに、それをどうして……」
 「(目を細めて)そして、舞台にかかわらなきゃ、顎門罪科の処女を散らされることもなかったと言いたいわけだ」
 「そ、それは……」
 「はは、おまえら本当に純粋だな。なんで俺とヤるまで顎門罪科が処女だったって前提なわけ? 非処女だったよ、当たり前じゃねえか(床に突っ伏したチビの嗚咽がいっそうに高まる)。で、なんだっけ? 俺がゲーム作らずに舞台演出やってる理由か? 簡単だよ。才能がある者は公の場で認められたいと思う。俺には才能がある。そして、ゲームは公の場じゃない。どれだけギャルゲー作ったって、世間は俺を尊敬してくれねえのよ。五十がらみのオッサンが、ゲーム作るときにだけその才能が輝くって、どういう罰ゲームだ、こりゃ? ……俺のカアチャン、九十近くってさ、すげえ田舎に住んでんだよ。メディアといや、テレビとラジオと新聞でさ、やめろって言ってんのに、まだ俺に仕送りしてくんだよ。ゲーム制作で名を上げて、もうカネにゃ何の不自由もない五十がらみのオッサンにさ。俺ってさ、こんなに成功してるのに、この世にいないも同然なの。ゲーム作ってんのが、心底恥ずかしいの。それが俺の理由(窓の外へ視線をそらす)」
 「(デブ、その横顔を見つめて)廣井さん……」
 「(事務所の電話が鳴る。顔を見合わせる三人。廣井、顎でデブに促す。おそるおそる受話器を取り上げるデブ)はい、ワイドプリンス・プロダクションでございます。え、廣井ですか? (廣井に視線を向ける。廣井、無言で首を振る)少々お待ちください。いま廣井にかわりますので(子機を差し出す)」
 「(三白眼で睨んで)テメエ、社長をマスゴミどもへ売ろうってのかよ」
 「(微笑んで)お母さんからですよ」
 「(毒気の抜けた表情で子機をひったくり、部屋の隅へ行く)あ、カアチャン、ひさしぶり。ゴメン、ずっと電話できなくて。あ、テレビ見た。え、取材来たの? ごめん、なんか騒がせちゃって。言ったろ、おれ、有名人だって。カアチャン、ぜんぜん信じてくれねえんだもん。仕送りいらねえって言ってんのに……ほんと、ゴメン。うん、俺はだいじょうぶだから。うん、うん。近いうちに顔出すよ。うん、じゃ、切るね(子機の切ボタンを押す。無言)」
 「(デブとチビ、二人で)廣井さん……」
 「(振り向かないまま袖で顔をぬぐって)あー、なんかすっきりしたわー。お前ら、ごめん! たったいま、事務所たたむことに決めた。ごめんな、なんかずっと、つまんねえことにつきあわせちまって」
 雑居ビルの外。ロングコートにサングラスの女がビルを見上げている。やがて意を決したように一歩を踏み出し、階段を登ってゆく。引いてゆくカメラ。米国のスラムを思わせる街並みに、雲間から射し込む一条の陽光。

痴人への愛(3)

 痛んだ傘を折りたたむのにてまどって、ちょっとぬれてしまう。舗装の悪い道路には、雨が何か所も水たまりを作っていて、いくども足をとられかけた。
 その店は、目ぬき通りからすこし路地裏へ入ったところにあった。どぎつく明滅するネオンサインを水たまりが照りかえし、コーデリアはなんだか異国の地に迷いこんでしまったような気がして、かるいめまいをおぼえた。
 やせぎすのからだをあずけるようにして重いスチールの扉を開けると、手すりのないひどく急な階段が地下へとつづいている。
 せまいおどり場にあるさびた傘たてには、すでに傘が何本か入れられている。そのうちのひとつに、見おぼえがあった。「背の高い人用」と書かれた購入時のラベルがそのまま柄に貼られている。
 コーデリアが、小鳥尻の誕生日に贈ったものだった。
 小鳥尻は傘を持つことをきらっていた。どんな大ぶりでも、コートひとつで出かけていき、海の底を散歩してきたみたいになって帰ってくる。
「なんか雨にうたれてると、すこしだけ気もちが楽になるの」
 なぜ傘を持たないのか、いちどたずねたことがある。さいしょ、小鳥尻はじっと黙ったままだった。その反応はとくだん珍しいことではなかったので、コーデリアもそれきり黙ったまま、つくろいものをはじめた。
 ゆうに五分は経ったろうか、そう小鳥尻が答えたのである。
「どうして楽になるの?」
 小鳥尻の両目が一瞬、遠くを見るようにさまよって、やさしくゆるんだ。
「私ね、子どものころ、悪いことをするとよくお母さんに家の外へ追いだされてね。そんなときはなぜか決まって雨が降ってたわ」
 コーデリアはいちど、小鳥尻の母親に会ったことがある。
 このたびは、うちの娘がたいへんなご迷惑をおかけしまして――
 病室の敷居にきっちりとつま先をそろえ、定規をあてたような深いお辞儀をする姿をおぼえている。示談の話しあいにきたのらしかった。ぜんぶ両親が対応したので、コーデリアは二言三言を交わすきりだった。
 印象は悪くなかった。すこしやせすぎのきらいはあったけれど、品のいい、知的な女性だったと思う。
 いっしょに暮らすようになったさいしょのころ、小鳥尻が母親のことを悪しざまに言うのを何度か聞いたことがある。それはあまりに病室での印象とちがっていて、コーデリアが「冗談でしょう」とか「思いちがいじゃないの」とか相づちをうつうちに、いつしか小鳥尻は母親の話をもちださなくなった。
「雨の音ってやさしいでしょ。知ってる? 雨ってね、あったかいのよ。家のなかはうるさくて冷たくて、雨にうたれてるほうが、ずっとよかったわ」
 コーデリアには、小鳥尻がなにを言っているのかわからなかった。それどころか、すこし意地わるく、「ちょっと悲劇ぶってるわ」と考えたりもした。
「でも、雨にぬれると風邪をひくでしょ。もう子どもじゃないんだから、雨の日は傘をさしてね。こんど、プレゼントしてあげるから」
 コーデリアの言葉に、小鳥尻は悲しそうにほほえむきりだった。
 玄関の傘が二本になり、この話題はそれきりとなった。
 壁に手をつきながら、すべらないように一段一段をふみしめる。階段のつきたすぐ右手が、喫茶店のようになっていた。できるだけめだたないよう、すみのテーブルに腰をおろす。
 すわったことにホッとすると、人心地がもどってくる。
 コーデリアは、前かけにサンダルをつっかけているじぶんに気づいた。大またに前を行く背なかを見うしなわないようにするあまり、気がまわらなかった。はずかしさに顔があつくなる。
 いすの背もたれは毛羽がたっていて、なにかの液体がかわいたようにゴワゴワしていた。手をふれたテーブルの表面はわずかにねばっている。いまさらながら、ひどく場ちがいなところにいる気がした。
 口ひげをはやした小太りの店員が、水をもって近づいてくる。コーデリアは手ぐしに髪をなでつけた。
「ご注文は?」
 あわてて前かけのかくしをさぐると、がまぐちに指がふれる。すっかり紙のくたびれたメニューをひらくと、よくわからないカタカナがならんでいた。アルコールのたぐいらしい。
「あの、ウーロン茶をください」
 一週間分の食費と同じ値段だった。店員が失笑めいた鼻息をもらしたような気がして、コーデリアは思わずうつむいた。
 それでも注文をすませてしまうと、居場所をえたような気もちになった。
 まわりには、すでに何人かの客がすわっている。奥にひとつ高くなったところがあり、左右にカーテンのようなものが下げてあって、どうやらかんたんな舞台になっているらしい。
 ウーロン茶がはこばれてくると照明がさらにしぼられ、カーテンのそでからだれかがあらわれた。かん高い声の、ふたり組の女性だった。
 すぐにかけあいがはじまる。漫才のようだ。言葉が多すぎて、どんな内容なのかコーデリアの頭にはまったくはいってこなかった。あたりを見まわしても、客たちはだれも舞台を見ていない。どういうお店なのだろう。
 すぐ目の前のテーブルに、若い男がひとりですわっている。ゲーム機なのか携帯電話なのかよくわからないもので、アニメを見ていた。画面の中では、馬に乗った制服姿の少女が刀をふりまわしている。場面が変わるたび、ちがった色の光が横がおにうつりこむ。
 なんだかコーデリアは、ひどく正しくない、ふつうではないことが行われているような気がした。
 まばらな拍手に、はっと我へかえる。ふたり組の女性は大きく一礼して、舞台のそでへとひっこんでいった。
 入れかわりに、セーターに巻きスカートの女性が、グラスとビンを片手でひっつかみ、小さなテーブルをひきひきあらわれる。
 とたん、コーデリアの心臓ははねあがり、あたまの芯にはしゃきっとしたものがもどってきた。小鳥尻だ。
 すでにひどく酔っているようで、足もとはふらつき、目は赤く充血している。
「飲めば飲むほどおもしろく、ってわけにはいかないけど、しらふでできる芸でもないのよね」
 卓上にグラスを置き、こはく色の液体をそそぐ。
「とりあえず、きょうの出会いに乾杯」
 客たちへむけてグラスをかかげると、いっきにあおった。とたんせきこんで、ほとんどを床にこぼしてしまう。長身をおりまげてせきこみ続けるようすに、コーデリアはそばへかけよりたい衝動にかられる。
 やがて口もとをぬぐいながら、
「それじゃあ、はじめましょうか」
 小鳥尻が巻きスカートをはぎとり、客席へと投げる。それはだれにも触れられることなく床に落ちた。肌色のタイツには、股間のところに亀の子タワシがはりつけられていた。
 「わたしのタワシ、気持ちいーでー、わたしのタワシ、気持ちいーでー」
 芸をはじめたとたん、酔いに正体をうしなっていた小鳥尻の声がぴんと張った。家でのぼそぼそと聞きとりにくい話し方とはまったく違っていて、コーデリアはファンとして観客席にいた昔を思い出して、胸がつまるような気もちになった。
 「なーなー、わたしのタワシ、気持ちいーでー、わたしのタワシ、気持ちいーでー」
 がにまたで上半身をそらせ、いくどもタワシをこすりあげる。やはりだれも舞台を見ようとはしない。ただひとり、目の前のテーブルの若い男だけが、アニメから目を離し、食い入るように小鳥尻を見つめていた。
「うるせえぞ!」
 さけび声とともに、客席から舞台へグラスがとぶ。酔っぱらい相手の舞台には、よくあることなのだろう。
 けれどこのとき、運の悪いことにそのグラスは小鳥尻のこめかみを直撃した。たまらず長身を折りまげ、卓に手をつく。こめかみを押さえた手のすきまから赤いものがしたたり、小鳥尻の両目はむきだしの、凄惨なものをたたえていた。
 思わず、コーデリアは席を蹴って立ちあがった。椅子の背もたれが床にたたきつけられて、大きな音をたてる。まわりの客から、いぶかしげな視線が向けられた。
「いってーなー、おい! いってーなー、おい!」
 ことさらな大声が、みなの視線を舞台へともどす。小鳥尻は背中で床をそうじするみたいなオーバーアクションでおどけて、のたうちまわっていた。その表情は、すでに芸人のそれにもどっている。
 観客から笑い声があがる。たちの悪い笑い声だった。
 コーデリアはもう見ていられなくなって、狭い階段をかけあがるようにして店を出た。
「傘、忘れてるわよ」
 看板のネオンが消えると、背の高い人かげが細い路地から出てくる。傘をさしだすコーデリアを肩ごしにちらりと見ると、そのまま何も言わず歩きだす。
「ねえ、傷はだいじょうぶなの」
 うしろをついていきながら、声をかける。小鳥尻は、猫背に首をうめるように両肩をもちあげて、話しかけられるのをこばんでいる。コーデリアは一瞬、ひどく悲しくなった。しかしすぐにそれは、むかむかとした怒りにとってかわられた。
「こんなに心配してるのに、その態度はなによ!」
 じぶんでもびっくりするほど大きな声だった。
 その剣幕におどろいたのか、小鳥尻は足をとめてふりかえる。こめかみにはガーゼが雑にはりつけてあった。
「仕事のときはくるなって言ったじゃない。それに、あんなのいつものことだから、心配なんていらないわ」
 先ほどの舞台とは別人のように、ぼそぼそとした言いわけだった。それがますます、コーデリアをいらだたせる。
「わたしをなんだと思ってるのよ! 猫のせわ係じゃないんだから! わたしにだって、心配する権利くらいあるんだから! こわいんだからね! わたし、怒ったらこわいんだから!」
 むちゃくちゃを言っているなと思ったが、もうとまらなかった。
 体はおおきいくせに、小鳥尻にはひどく気のよわいところがある。このときもうろたえたふうにコーデリアから目をそらして、「これはわたしのことだから」とつぶやいた。「ぜんぶ、わたしひとりで証明しなくちゃいけないのよ」
「だれに証明するのよ! なにを証明したいのよ! だれも見てない舞台で、みんなわすれた芸をして、どうやって証明できるのよ!」
 小鳥尻が大またに近よってきて、手をふりあげた。これだけ言われれば、そうするしかないのはわかっていた。山のように大きくてまっ黒なものがおおいかぶさってくる。
 わたしは逃げない。逃げてたまるもんか。
 コーデリアは小鳥尻を受けとめるように、両手をいっぱいに広げた。いつかまえにもこんなことがあった、と考えながら。
 のけぞるあまり、ふんばった足がぬれた地面にすべった。
 ネオンにふちどられた空が見えたかと思うと、すぐにあたりはまっくらになった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 目をあけるとコーデリアのかたわらに、ぬれるのもかまわずすわりこんで、小鳥尻がすすり泣いていた。
「私、きょうね、本当はね、すごくうれしかったの。はじめて、家族が舞台を見にきてくれたから」
 体には力がはいらず、頭のうしろは割れるように痛んだ。小鳥尻を心配させまいと、コーデリアはなんとかあいづちをうつ。
「昔、なんども行ったじゃないの」
「あれはファンとしてでしょ!」
 口をとがらせるようすがひどく幼く見え、コーデリアの胸はしめつけられるように苦しくなった。視界がじわりとにじむ。
「どっか痛むの?」
 具合のわるい親を心配するときの子どものような、あどけない表情。コーデリアはなぜか、カッコウの托卵のはなしを思いだした。
「ううん、だいじょうぶよ。ねえ、さっきの話、くわしく聞かせてくれる? だれに証明したかったの?」
 恋人どうしのはずなのに、対等ではない気がしていた。ずっと一方通行なかんじがしていた。それはきっと、小鳥尻の想いが、親を求める子の想いと同じものだったからだ。
 のどの奥にうまれた氷のような嗚咽のかたまりを飲みくだすと、コーデリアはやさしくたずねた。
 小鳥尻は視線をさまよわせて、しばらく考えるそぶりをみせた。
「やっぱり、パパ、かな」
「お父さん?」
 意外な答えだった。父親のことを聞くのは、これがはじめてかもしれない。
「うん。わたしのパパ、すごいのよ。……の社長でね」
 だれでも聞いたことのある、少し大きな会社の名前だった。
 小鳥尻はどこか浮世ばなれしていて、芸人なのに、生活によごれた感じがなかった。良くも悪くも、お金に頓着がない。それは裕福な家庭に育ったことが理由なのかもしれないと、コーデリアは思った。
「小さいころからずっと、パパのこと、自慢だったなあ。でもね、わたし、勘当されちゃったの」
 小鳥尻の口もとが、泣くのをがまんする子どもみたいに、への字にまがった。
「お母さんが、わたしがこうなのは、こころの病気のせいだって。育て方とかじゃなくて、病気なのが悪いんだって。プロだから、わかるんだって。わたしのことでパパとケンカするとき、いつもそう言ってた。病気なんかじゃないのに」
 頭は熱いのに、手足が冷えてきて、みぞおちのあたりには吐き気があった。小鳥尻は気づいたふうもない。
「プロって、なんのプロ?」
 かろうじて、そううながす。わたしはいつでも聞き役だわ、とコーデリアは思った。
「私のお母さん、こころのお医者さんだったの。パパと結婚してから、働くのはやめたみたいだけど。じぶんの生まれた家はケッソンカテイだったって、いつも言ってた。ねえ、知ってる? そういう壊れた家庭にそだつと、子どものころの失敗をとりかえそうとして、大きくなってからも同じ環境を作ろうとするんだって。絶対にうまくいかない人間関係を、のぞんで作ろうとするんだって」
 ああ――
 小鳥尻は、いまじぶんが話していることがどういう意味なのか、わかっているのだろうか。
「わたしずっとヘンだなって。子どもだったから、言葉にできなかったけど、病気の人が病気の人の病気をみるってすごいヘンだなあ、って思ってた。お医者さんになるために病気になるみたいで、すごいヘン」
 小鳥尻の母親はきっと、成功しないことに成功したのだ。呪いを、次へと手わたして。
「わかったわ。お母さんの言ってたことがまちがいだったって、お父さんに証明したいのね」
「そうそう!」
 うまく伝えられない話を大人が先回りしてくれたときの子どものような、とびきりの笑顔だった。
「ねえ」
「なあに?」
 コーデリアはあらためて、この一方通行な関係を悲しく思いながら、言った。
「これだけは信じてほしいの。わたしはあなたを本当に助けたいと思っている。しあわせになってほしいと思っている」
 小鳥尻をまっすぐに見つめる。
「わたしは、あなたのことが好き。でもね、すこしだけ、つかれちゃった」
 まぶたを閉じると、とたんに全身が重くなって、背中から地面にすいこまれるような感じがした。小鳥尻の泣き声が遠のいていくのを心地よく思うじぶんにぞっとしながら、コーデリアは意識を手ばなした。

MMGF!!(0)

 プロローグ
 思えば、世界に倦んでいたのではなく、未知に倦んでいたのだろう。
 過去を語る老人は、未だ成さざる者にとって、白紙の課題と同義だった。
 達成される前には重荷で、達成されれば無と同じになる、人生という名の課題。
 はたして、この世界を美しいと思い、愛せる瞬間など本当に訪れるのだろうか。
 その人は、ぼくの諦念へやってきたのだ。
 端正な横顔は少年のようでもあり、少女のようでもある。
 黄金色のくせ毛は、陽光に輝く秋の麦畑のように豊かで、
 ほそく通った鼻筋は、冬に冠雪した尾根のように冷厳で、
 春の若芽のように柔らかな唇は、触れるものを溶かすほどに甘い。
 夏の陽射しを思わせて燃える瞳がうつす表情は、
 ときに賢者の白髪のように老獪で、
 赤子のうぶ毛のようにあどけなく、
 そして、あらゆる光を絶望させるほどに、その深淵には底が無い。
 憧憬を得た者だけが、我が苦しみを知る。
 ぼくの苦しみを、他のだれが理解しよう。
 未だ憧れの熱狂も醒めぬこの身で、かつて魂すら捧げた崇拝を砕かねばならぬ、我が苦しみを。耳朶に残る熱さは、あの人が触れたせいか、憧れが燃え残るせいか。
 鈴のような忍び笑い。虚ろな心に反響して、虜にする。
 では、こうしようか――
 時が経巡り、経巡った時が循環の果てにお前の掌へと還ったその日、
 もし世界が醜いままで、可愛いお前の憎悪にしか値しないとすれば、
 そのときは、乱暴な子どもへ与える玩具のように、この身をお前の恣にさせよう。
 時が経巡り、経巡った時が循環の果てにお前の掌へと還ったその日、
 もし世界が美しく優しさに満ち、お前の愛を捧げるに足るとすれば、
 そのときは、最良の主人を持つ奴隷の幸福の如く、お前の生命を私に捧げるのだ。
 では、手始めに――
 この世界すべての栄華と叡智を順に、お前の卓へ饗することにしよう。

MMGF!~もう時効だろ?滅法愚劣なフッカーめ!~(在庫駄駄余解消断念C80漫遊記・後編)

前回までのあらすじ:同人誌ゎ売れなかった……こわぃ家人がまってる……でも……もぅっかれちゃった……でも……ぁきらめるのゎょくなぃって……パィソンゎ……ぉもって……ゃかたぶねで……がんばる……でも……原価……われて……ィタィょ……ゴメン……200冊もぁまった……でも……パィソンとサメンゎ……ズッ友だょ……!!
夕闇にリングレイスと映ったものは、ギャザーするロトン・ガールズの見間違いデシタ! ソー・コールド戦利品をロードにブチまけてエンジョイしているところを「通行の邪魔になりますからー」とガードマンに追い払われていマシタ! アヌス・スキピオ・魯鈍・ガールズどもめ、ルック・アット・ザマ、ざまを見ろデス!
アンド、サプラーイズ! バック・ドアー・チケットのプロバイドを渋ったサメンが、ミーにホテル・ルームをプリペアーしていたことをコンフェス、告白してきマシタ!
「ジツハヨウ、オマエノ名前デ、ホテルノ部屋ヲ用意シテルンダ。ヤカタブネノ出航マデマダ時間ガアル。少シソコデ休憩シヨウゼ」
ミーが感激のあまりサメンにハグしようとすると「ヨセヤイ、男ト抱キアウ趣味ハネーゼ。モチロン、払イハ全部オマエダカラヨ」と鼻の頭をかきながら頬を染めて言いマシタ! ホワット・ア・ツンデレ・イラキ・パーソン・ヒー・イズ! そのプリティな仕草にミーはキュン死しそうになりマシタガ、ロトン・ガールズが付近に潜んでいるポシビリティをビッグサイト周辺ではオールウェイズ疑っておく必要がありマス! ミーは努めてビューロクラティックに「サンキュー・フォー・ユア・カインドネス」と述べるにとどめマシタ!
ホテルにアライブ・アットし、サメンと二人でラブラブ・ファッキン・チェッキンを済ませてルーム・ドアーをオープンすると、突如ノーウェア、どこからともなくアピアーした異臭(isyuu)を放つギークスどもが土人誌のイシュー(issue)を抱えて室内に続々と蝟集(isyuu)し、フロアーへダイレクトにシット(shit)しはじめたのデス! こましなスイートだったミーのホテル・ルームは、たちまちガレー船のボトムのようになりマシタ!
驚きと臭気にゴールデンフィッシュの如くマウスをパクパクさせるミーに向かってサメンは、「コイツラハ、今日ノ打チ上ゲノ参加者タチダ。悪イガ、シバラク居サセテヤッテクレ。ソレジャ、俺ハシャワーヲアビテクルゼ」とワン・ウェイに言い残して去っていきマシタ! オフコース、ミーはこのギークスどもとノーバディ面識がありマセン! オーッ、サメンサーン、それジャパニーズ・コメディアンが言うところのムチャ振りネー!
ミーは借りてきたキャットのようにベッドの端にそっと腰掛けると、うつむいたままワンハンドレッド・エイトあるフェイバリット遊戯のうちのひとつ、手の皺カウントを始めマシタ! サドンリー、突然ワンノブゼム、ギークスどものひとりが「あー、あちーな」とアター、発話しマシタ! ボスのフェイス・カラーをうかがうアビリティのみで社内ポリティクスを泳ぎきり、あの壮絶なリストラクチャリング・ウェイブを乗り切ったミーは、そのフォー・レター・ワーズ(イッツ・ホット・イズント・イット?)から、ギークスどもがドリンクを婉曲的に所望しているアトモスフィアーを察知したのデス! ミーはバックヘッド、後頭部へライト・ハンドを当てることで敵意の無さをインディケイトしながら、「オー、それじゃ、ミーがドリンクを買ってくるネー!」とベッグされてもいないのに勢い良くアピールしマシタ! それもこれも、エクストラ土人誌ズをソールド・アウトにリードするためデス! 営業のベースはプライドをダストビンにスロー・アウェイするところから始まると教わりマシタ!
ゼン、そのうちのエクストリーム・ギーク・ルッキングをしたベガー(後にシャアウフプとターンアウトする男デス!)が「なんや、案外ホームページよりは腰が低いやないか」とツイーティングしたのを、ミーはオーバーヒアーしませんデシタ!
段ボール製のつけ鼻を貼りつけたセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。十数年来の人間関係がすでに出来上がった面々の中にひとり部外者として座っている事実に、喉元へ孤独感が痛いほどこみあげた。続けて、エロ同人を制作しているぐらいの情報しかない連中を一切紹介することなく、いきなりの放置プレイへ至ったことに対して、憤りにも近い感情が芽生えた。先ほどのつぶやきから察するに、このうちの一人はどうやら私の運営しているホームページの正体を知っているようだ。だが、連中全員が私を誰と認識しているのかは、わからない。本当は、話題に入れない気まずさ、嘲りを含んだ値踏みの視線から一時でも逃れるために、私は飲み物を買いに出ることを志願したのだ――
ドント・レット・ミー・ダウン! ノーバディ・エバー・ディスレスペクト・ミー・ライク・ユー、デース! ドント・リック・ミー、ミーをナメんなデース!
ベッドから腰を浮かせたミーは、親指と人差し指をすりあわせるジェスチャーでギークス・アズ・ベガーどもへドリンクを購入するためのマネーを要求しマシタ! バット、連中はミーをイグノア―しながら「おれ、晴海時代からコミケ参加してるからさー」などと内輪のトピックで盛り上がってやがりマス! カインド・オブ・敗北感を味わいながらルームを出ようとすると、アット・ザ・セイム・タイム、ベガーどもは異口異音にそれぞれが所望するドリンクの銘柄をミーに告げマシタ! さっきまではアイコンタクトさえなかった連中がナウ、ミーを見てニヤニヤ笑っていマス! 知ってマス、これ知ってマース! 自分のマネーでドリンクを買いに行かされたあげく、銘柄がひとつでも間違っていたらナックルでボコられるやつデース! スクール・カーストの頂点のオポジットに君臨していたミーには、この手のブリイングの手法はワン・ハンドレッドも承知なのデース! ミーを苛烈な受験ウォーズにウィンさせた膨大な暗記力をナメてもらっては困りマース! オーケー、ミーにまかせておいてヨー!
「ダイエット・コーク、十六茶、午後の紅茶、ミネラル・ウォーター」などと小声で繰り返しながらエレベーターの中を小走りにローリングしていると、後から入ってきた一般ピープルがぶしつけにミーをルック・アットしてきマシタ! 闘拳コミックを愛好していた頃の激しいゲイズでにらみ返すと、たちまち目をそらして見なかったふりデス! ホワット・ア・カワード! ミーの胸中をたちまちプライドが満たしマシタ! スクール・カーストはブリーするサイドとブリーされるサイドに分かれマス! ニーザ―・サイド、そのどちらにも加担しない、ある意味もっともクルーエルなヘラヘラ笑いのトーテム像だっただろう一般ステューデンツに、ミーがキアイで負けるわけがないのデス!
みんなー、お待たセー! ダブル・アーム・スープレックス、両腕いっぱいにドリンクを抱えてリターンすると、ミーはベガーどもに所望のドリンクを手渡していきマス! すると、ブリイング・ギークスどもは互いに顔を見合わせると小さく舌打ちをしマシタ! ミーの買い物がパーフェクトだったことを確認したようデス! ゼン、ギークスのうちの一人がミーに婦女子のイラストが描かれたネーム・カードを差し出しマシタ! オーッ、ジャパンのフェイマス・コマーシャル・トラディションであるところのメイシ・ゴウカンネー! ミーは腰を90度に折り曲げてカンパニー・ネームの入ったメイシを差し出しマシタ! このときミーはアクセプトされる喜びにうちふるえたのデス!
そこへステテコ一丁で首にタオルを巻きつけたサメンが、ソープの香りを発しながらアピアーしマシタ! 「フッ、コノ気ムズカシイ連中ヲハヤクモ手ナヅケチマウトハ……ヤハリ、俺ガ見込ンダトオリノ漢ダッタヨウダナ……」とツイーティングし、先ほどのサメンの行動が一刻も早くスウェットを流したいからではなく、ミーの実力をイグザミンするためにしたことがわかったのデス! ヤッパリネー、サメンのこと信じてたヨー!
「ソウソウ、オマエラニ言イ忘レテイタガ……」
ふいにボイス・トーンをチェンジすると、サメンは人差し指と中指の間に親指をはさみこんだジェスチャーを誇示しながらギークスどもにデクレアー、宣言したのデス!
「今日ハ来ルゼ、ナヲンガ! ソレモ、二人ダ……!!」
とたんにルーム内のギークスたちは色めき立ちマシタ! オブ・ゾウズ・ギークス、中でも晴海からコミケトーに参加しているという古強者ギークがエスペシャリー大きなリアクションを見せたのデス!
「な、何? いまお前はナヲンって言ったのか? そ、それはまさかヲンナ、女のことか? もしかして、本物の女のことを言っているのか? 二次元じゃない方の女のことを言っているのか? 本物の女ってそれ、都市伝説じゃなかったのか? やばいだろー、それ、やばいだろー」
トゥー・ショックト、ベテラン・ギークはよほど衝撃を受けたのか、アフター・ズィス、しばらくの間「やばいだろー」を連呼するだけのステイトに陥ってしまいマシタ! サメンのアクウェインタンスの土人オーサーが売り子ヘルパー(マネーでタイムとボディを提供する売女みたいなものデス!)を帯同してくるとのことデス! 知ってマス、それ知ってマース! プライベートな場からパブリックな場へ売女とやってくるコト、ソー・コールド、同伴出勤ネー! ミーが大きな声で「カッパン・インサツ、ドウハン・シュッキン!」と言うと同時に、サメンのナックルがミーの眉間に火花を散らしマシタ!
コンシャスネスがバックすると、ミーはタクシーのインサイドでドアーにリーン・アゲインストしていマシタ! 同乗者はサメンとオットマンのようデス! サメンがまとうバイオレンスな気配へのフィアーから、ミーはこのヤングマンをカンバセーションの相手に選ぶことにしマシタ! ヘイ、ボーイ、しばらくミーとお話ししようヨー! オットマンはここで初めて、セクスペリアから視線を上げたのデス! ゃだ……このコ……すごぃきれぃな目……してる……!!
クリエイター・フェローズとルームを共有して住んでいるコト(今日はシェアハウス・レートが高いデスネ!)、少年誌の連載をフィニッシュしたが(ソワカ反吐、とかいうタイトルデシタ!)持ち出しばかりでエロ・カートゥン時代のセービングを逆にデクリースさせてしまったコト、トウキョウ・ステーションでクソビッチ(ビチグソの聞き間違いだったかもしれマセン!)のメタル・アクセサリーに商売道具のフィンガーをデストロイされたコト、アンド・ソー・オン、いろいろなトピックをフランクに語ってくれマス! 話しぶりも好印象でセクスペリアを愛撫するだけの感じ悪い青年かと思っていたマイセルフが恥ずかしくなりマシタ! 聞けば今回のコミケトー参加にもサメンが尽力してくれたとのことデス! オットマンがサメンへの感謝を口にし始めると、助手席で黙っていたサメンが口を開きマシタ!
「俺タチハ究極、アウトサイダーナンダ。国ナンザ少シモ頼ミニナラネエ、組織ナンザ元ヨリドウ搾取シヨウカバカリ考エテヤガル。困ッタ時ニハ互イヲ助ケ合ウ、ソレガ俺タチニトッテ唯一守ルベキJINGIナノサ」
ゃだ……すごぃ……ぉとこまぇ……! オットマンがインプレスト、感じいったように深くうなづきマス! メイビー、もしかするとエロ・カートゥン業界の出稼ぎフォリナーにとって、このサメン・アッジーフという男は元締め的な存在なのかもしれマセン! バイ・ザ・ウェイ、ミーは二人のリレーションにア・リトル、すこしセクシャルなものを嗅ぎ取りマシタ! ロトン・ガールズならばウケ・オア・セメという言葉で表現したことデショウ!
タクシーを降りた先のバス乗り場でサドンリー、突然、土人誌の配給が始まりマシタ!
「――体調が悪くて今日来れないから、××さんがみんなによろしくって、これ」
もしかするとトウキョウではサルベーション・アーミーの炊き出しぐらいの、当たり前の光景なのかもしれマセン! ミーはそのアブセント・パーソンにとってパーフェクト・ストレンジャーだったのデスガ、ものほしげな上目遣いフェイスで人差し指の第二関節までをマウスに突っ込んでチュパチュパいわせていると、土人誌をゲットすることができマシタ! イン・アディション、しかもページ数に比してトゥー・エクスペンシブな冊子をフォー・フリーでデース! ワーイ、ヤッター! キョウト・プリフェクチャーならイメディエットリーお縄を頂戴(荒縄で全身をキッコー縛りすることデス!)するような年齢のポルノグラフィが満載ダヨー!
バスを降りるとそこがヤカタブネの乗り場デシタ! 生粋のパリジャンであるミーは、セーヌ・フラーヴをバトービュスでクルーズするのが日常だったのデス! ジャパンのバトービュスはどんな外観をしているのデショウカ? ワクワクしながらバージをルックするとジャパニーズ・ヒラヤ・ハウスを木造のシップにアッドしただけという、ベリーいい加減な乗り物が頼りなげにフロートしていマシタ! オオサカ・キャッスルの上にデビルがまたがっているビジュアルのメイフラワー、豪華客船を想像していたミーはベリー・ディスアポインティッド、たいそうガックリさせられたのデス!
ヤカタブネの中は少しでも平方メートル辺りの利益率を上げたいのデショウ、陸地ならば消防法にタッチ、抵触するほどのデンスリー・ポピュレイティッド、人口過密ぶりデシタ! オーッ、これがかの有名なジャパニーズ・トラディション、スシ詰めネー! ミーとサメンを含めた6人の野郎どもがフェイス・トゥ・フェイスになり、通路を挟んだテーブルに細面の優男とルーモア、うわさの売り子ガールズどもが座りマシタ!
ヘイヘイ、初対面のウタゲ・フェスティバルではテレコに座るのがコモン・センス、常識デショウ! ファースト・ハンド、初手から知り合いだけ固まってどうするんデスカ! セールス・マネジャーのスピリットが一瞬ネックをもたげマシタガ、ミーはここではパーフェクト・ストレンジャーなのデス! コンパニオン的ビヘイビアーとは遠く、ケータイ遊びにアブソーブド・インするフィーメイルたちにはベテラン・ギークもガックリきたようで、あからさまなディスアポイントメントにショルダーズをドロップさせていマス! シンパサイズ・ユー、その気持ち、痛いほどわかるヨー!
それにしても、ブルブル! 夜のリバーからウィンドウを吹き抜けるウインドはサマーだというのに冷たく、スキニーなミーはガタガタとふるえだしマシタ! イッツ・ソー・コールド! ヘイ、クルーのブラザー! こっちにアツカン、ジャパニーズ・サキをアツカンでプリーズ!
「えー、申し訳ありません。本船には缶ビールと缶チューハイしか積んでおりません」
ワ、ワット? 寒風ふきすさぶ中、よく冷えたビアーしか置いていないというのデスカ? 加えて重度のアルコール・アディクションであるミーにとって、ビアーぐらいで酔うことなんてできマセン! ミーのハンドがブルブルとふるえだしたのは、寒さではなく離脱症状によるものデス! 赤ら顔のロシア人なら「シュトービスカザーリ? ビールはアルコールじゃないだろ? コストコでも清涼飲料水のコーナーで売ってるぜ? コストコはロシア資本だろ? なんたって値札がぜんぶロシア語で書いてあるからな! ハラショー、サンボ!」と答えて四十過ぎで死ぬところデス!
オーケー、アルコールの種類が少ないことにはクローズ・マイ・アイズ、目をつぶりマショウ! こと酒類のフィールドでジャパンは二等国なのデスカラ! ハウエバー、食材への深い造詣とUMAMIに精通した日本食は、舌の肥えた欧米の食通をもうならせると聞きマス! アンド、生ガキとフォワグラ・ソバージュを常食としてたミーの舌は、生半可の食通に劣らないと自負していマス!
バット、出てきたディッシュはミーの想像をはるかに越えていマシタ! それはボールいっぱいのゲロ状のゲル、あるいはゲル状のゲロだったのデス! ヒロシマ焼きだかドテ焼きだか言うそうデスガ、なんでトウキョウくんだりまで来てヒロシマの名物を食わなあかんネン! オフコース・ユー・ドゥー、利益率を高めるためデース! シップに食わせるギャスが値上がりし続ける中、客に食わせるミールの単価をボールいっぱいのゲロで抑えるのは理の必然デス! ホワット・アン・エコノミック・アニマル・ゼイ・アー! 慄然たるエコノミック・アニマルどもデス!
オールライト、オールライト! アルコールや食事のクオリティはこのウタゲ・フェスティバルには全く関係ありまセン! 今日はタレントあふれる土人オーサーたちとのカンバセーションのクオリティを楽しむために、ミーは来たのデスカラ!
はしけを離れてからほどなくして、テーブルを満たすのは土手焼きの具材がジリジリと鉄板の上に焦げる音だけになった。携帯電話の画面を見つめ続ける者、腕組みをして虚空を眺める者、手持ちぶさたに具材をコテでつつき回す者――私は気まずさに耐えられなくなって、早くも3本目の缶ビールを注文した。背後では浴衣を着た若い女子が嬌声をあげている。合コンだろうか、実に楽しそうだ。ひるがえって、誰も話題を振りさえしないこの会合は何なのか。宴席の幹事としての活躍だけで社内の地位を固めた身にとって、実に気をもむ状況だ。まさか、ゲスト未満の部外者が場を仕切るわけにもいくまい。鉄板のジリジリいう音が内心の焦燥の擬音化のように聞こえ始めたそのとき――
「マア、ネットジャ良ク話ヲスル面々ダガヨ、コウヤッテリアルデ会ウノハ初メテッテ連中モイルダロウ。コイツガ焼ケチマウマデ、マダ時間モアルコトダ。ドウダイ、堅ッ苦シイノハ申シ訳ネエガ、ヒトツ自己紹介ッテノハ」
サメン・アッジーフ! アウア・セイビアーはやはりこの男デシタ! 気まずさをリムーブすると同時に、アウトサイダーであるミーが発言するのに自然なシチュエーションを作ってくれたのデス! ハーイ、ハイ、ハーイ! ミーはエナジェティックにハンズ・アップしマシタ! ミーが最初にセルフ・イントロデュースするネー! ミーはナラ・プリフェクチャーから来たパイソン・ゲイだヨー! ニュー・ワールド・オーダー・フォー・グッド・メンっていうテキストサイトを十年ほど前から運営してるんだケド、みんな知ってるかナー?
「知ってる」
女のうちのひとりがケータイの画面から目を離さないままボソッと、吐き捨てるように私の言葉へかぶせてくるのが耳に入り、無理にも奮い立たせていた感情は一気に冷えた。 アタシたちは優男のファンなんだから、おまえの暑苦しい自己紹介なんざどうでもいいんだよ。そう言っているように聞こえた。この女は、私がこの瞬間に川へ飛びこんだとしても、携帯の画面から顔さえ上げないだろうと確信できた。女を連れてきた色白の優男は涼しげな微笑を浮かべたまま、ツレの無礼をたしなめることも、私の方へ視線をやることもしなかった。愛情の反対は憎悪ではなく無関心――マザー・テレサの有名な言葉がふと浮かんだ。
ほとんど泣きそうになりながら、しどろもどろで尻すぼみの自己紹介を終える。伏せた顔から涙がこぼれ、鉄板の上でジュッと音を立てた。


ウオァァァァッ! これ、テキストサイトのオフレポやねんで! 現実に負けてどうすんのや! もっとウソ・エイト・ハンドレッドで、狂い踊らなアカンがな!
ライク・ア・ローリング・ストーン、さすがコミケトーで一枚看板を張る烈士たちの集まり、ただのセルフ・イントロデュースにさえ緊張で思わずハンド・スウェットを握りマス! この後の人物紹介は、グラップラー刃牙最強トーナメントのイットを思い出してもらえば、ピッタリのシチュエーションをインサイド・ブレインに再現できると思いマス!
ミーの隣に座るのはセクスペリアのオットマン、その隣りがイラク人のサメン・アッジーフ、この二人についてはもうエクスプラネーションは不要デショウ!
ミーのトイメンにいる「俺って典型的な酒の飲めない日本人だな」という風貌をした、このソース&オイリーなメンツの中でオールモスト・ゲット・ロストしている青年は、コウヤヒジリだかシモツキ(ミーはウエツキの方が好みですケドネ!lol)だかいうペンネームでイラストを描いたり、アニメの絵を動かす(大道芸の類デショウカ? よくわかりマセン!)ことをプロフェッションにしているそうデス! ホワット? ゲンガー? ポキモンの一種デショウカ? ウェル、どんなアニメの絵を動かして(?)いるんデスカー?
「あの、有名なとこでいうと電脳コイルとか」
とたん、エブリバディがどよめくのがわかりマシタ! どうやらビッグ・ネームのようデス! だとすればジャパンのギーク・カルチャーに造詣のディープなミーが知らないはずはありマセン! ウォーッ、思い出せ、思い出すのデース! 思い出しマシタ、ライトナウ、ソレ思い出しマシタ! ミーはうれしくなって叫びマス!
「ワーオ、裸神活殺拳ネ! 脱げば脱ぐほど強くなるネー!」
アイ・ドン・ノウ・ワイ、なぜかエブリバディのリアクションは悪かったデスガ、それはきっとミーがジャパニーズ・エモーションの起伏を読み取れなかっただけのことデショウ!
シモツキの隣にいるのがハルミ・エラからコミケトーでブイブイゆわせていたという古参ギークデス! ホワッツ・ユア・ネイム? アー、どうもイングリッシュ・ワードのようですがヒアリングできマセン! ジャパニーズのプロナウンスは平板すぎマス! 何度か聞きかえして、この古強者のペンネームがシャアウフプであることがわかりマシタ! シュアリー、ハンターハンターのトガシ先生をリスペクトしているに違いアリマセン! 「手淫すげえよ!」(これも元はイングリッシュ・ワードのようデス!)みたいなタイトルのゲームでアクセサリーとかのデザインをしていたそうデス! スリー・ディメンションへの絶望のせいかメディケーションのせいか、なかなかテンションが上がりマセン! ホテルではミーへのブリイングの火種となった人物デシタガ、このウタゲ・フェスティバルで小学生が大好きと知りマシタ! ミーがビリーブするセイイングは「子ども好きに悪人はいない」デース! 見直したヨー! オウ、これがシャアウフプの作成した土人誌デスカ? レット・ミー・ハブ・ア・ルック! ガッ、マイガッ! ユー・アー・アンダー・アレスト! ゴー・トゥー・ジェイル、ユー・ブラッディ・アス・ホール!
ソリー、思わず取り乱してしまいマシタ、スイマセン! クリミナルの隣には、「ナントカ村」という名字の人がよくやる、カタカナのムを突き出た鼻、ラを開いた口に見立てた自画像のようなフェイスのパーソンが座っていマス! トゥ・テル・ザ・トゥルース、実のところこの人物に関してわかっていることはあまり多くありマセン! ジェネラリー・スピーキング、一般的に言って俯角に設定されることの多いウェブカメラを仰角に設置しているということだけデス! なぜ俯角ではなく仰角なのデショウカ……オオップス、コレ以上は勘弁してくだサイ! ア・フュー・モア・ワーズ、アイ・ウィル・ビー・キルド! ペンネームを聞きそびれたので個人的にホニャ村と呼ぶことにしマス! どうやらホニャ村はマス・オーヤリなる人物をレスペクトしているようデシタ! フー・イズ・ヒー? キョクシン・カラテのファウンダー、創始者のことデショウカ? ミーがザ・疑問を口にすると「マア、オマエハ、飲ンデロヨ」とサメンがミーに新しい缶ビールをプッシュしてきマシタ! 「違うんデスカ? ビッグ・ファック先生じゃないんデスカ?」と重ねてアスクするとホニャ村の表情マッスルがひきつり、サメンはシリアス・フェイスで「バカ、ヤメロ」とミーをたしなめたのデス! 実在の人物かどうかさえわかりませんデシタガ、マス・オーヤリの話はどうもこの席ではビッグ・タブーのようデシタ! フォックスにつままれるとは正にこのことデス! エロ・カートゥン業界ではヤスタカ・ツツイの小説に登場するフーマンチュウ博士みたいな位置づけのパーソンなのかもしれマセン!
アンド、通路をアクロスしたテーブルでハーレムを形成しているのはファインド・ウォーリーかカズオ・ウメズのようなストライプト・奇抜・ファッションをした優男デース! ヘイ、レット・ミー・リマインド・オブ・ユア・ネイム! ボーボボボ・ボボーボボボ? 何回聞いても、ボの回数がわかりマセーン! 少年ジャンプ愛読者からキヨシ・ヤマシタをレスペクトしている可能性までありマース! ジャパンのカルチャーは多様すぎるネー! ミーは個人的にズィス・ガイをウォーリーと呼ぶことにしマシタ! オウ、これがウォーリーの作成した土人誌デスカ? レット・ミー・ハブ・ア・ルック! ガッ、マイガッ! ファティ・メルティ・ウェイスト・ウィズ・ボミッティング・ストレンジ・ヒュージ・ティッツ! 人を見た目でジャッジしてはいけないとよくマムはミーに言いマシタガ、このときほどマムの言葉が実感を伴ったことはありマセン!
ザッツ・イット、これだけの多士済々なのデスカラ、ドッカンドッカンおもしろトークが次から次へエクスプロードしそうデス! これぞトウキョウまで出張してきたかいがあるというモノ、エクストリームリー楽しみデース!
鉄板の周囲には幾たびかの沈黙が降りている。ホニャ村がスッと挙手する。皆の視線が集まる。「今まで隠していたことがあります。私、サメンさんと同じ雑誌で描いていたことがあります」と発言する。誰も拾えないボールだった。話を振られた当の本人も「アア、ソウナノ?」と困惑気味の応対で話題の種火はたちまち消滅した。船上ではトイレを理由に中座して、そのままフケることもできない。窓から川に飛び込むことを本気で思案し始めたとき――
「アア、コノ土手ハ素晴ラシイモリマンダネー、恥丘ノ神秘ヲ表シテイルンダネー」
パーハプス、もしかしてレオ・モリモトが乗船しているのデスカ? ノー・ヒー・ダズント、やはりこれもサメン・アッジーフの仕業だったのデス! 土手の外壁をコテで成形しながら、サメンはさらに続けマス!
「柔ラカナ土手ノ内側ニ満タサレテイルノハ愛ノジュースナンダネー。緑ノ滓ヲ浮キ沈ミサセナガラ白ク泡ダッテ、ホラ、今ニモコボレソウダネー。剥キ海老ノ白サハ、ソウ、包皮ヲ剥イタアノ甘イ豆ノヨウダネー」
サハラの熱い風を意味する族長名・アッジーフを冠したサメンの語りは、冷え切ったプレイスをたちまちウォームしていきマス! ホワット・ア・シェイム! ミーはアウェイを理由に保身に満ちたサイレンスのインサイドで自己憐憫にひたっていたことを恥ずかしく思いマシタ! ポジションなんて関係ありマセン! ワン・ミーティング・ア・ライフ、一度の出会いがハウ・レアかを思い、そのミーティングに全力をかけられるかがインポータントなのデス! ミーはマイセルフをおおっていたエッグシェルがクラックするサウンドを確かに聞きマシタ! サンキュー、サメン! 今こそプライドのセルからレスキューしてくれたユーへのJINGIを、ミーが果たすときデス!
「ヘーイ、みんな知ってマスカー? ナラの仏像さんはめっちゃエロいのネー! それを証拠に頭はケマン、喘ぎはアハン、左手はテマン、居るのはネハン、股間はたちまち濡れそぼり、ニルヌルニルヌル、ニルヴァーナ!」
ミーは大ハッスルでサメンの暖めたステージにとびこみマシタ! ホワット・ア・ミステリー! なんということデショウ! 場の空気が急激にクール・ダウンしていくのを感じマス! オットマンだけがミーの隣で、「サメンさんとパイソンさんのやりとり、すごい面白いです」と両手をクラップして大喜びデシタ! ジャパンの若者の中央値としては考えにくい青年のチアフルネスにエンカレッジされ、ミーは最後のデンジャーなギャンブルにうって出マシタ!
「ダイインシン、チュウインシン、ショウインシーン! チュウナゴンはいるのに、なぜチュウインシンだけありマセンカー? チュウのインシン王にカツレイされたからデスカー? カツカレーイ!」
絶叫が虚空に消えると、テーブルにはしんとした静寂が残された。そして、いつの間にか背後の席からは一切の声が聞こえなくなっていた。はしけに船体が当たり、船全体が少し揺れた。日本人の顔になったサメンが伝票を取り上げながら、「えー、三千円通しでお願いします。端数はいいっすよ」と言った。三々五々、船を降りてゆき、私はテーブルにひとり残された。
「あーっ、だれか携帯電話忘れてるよー」
黄色い声にふりかえると、私のアイフォンを浴衣姿の可愛らしいお嬢さんがひろいあげるところだった。
「あ、それ、ぼくのです」
言うや否やあからさまに怯えた表情になり、汚いものにでも触ったかのように私にアイフォンを投げよこした。グループの他の女子が集まってきて「だいじょうぶー?」「なにもされてないー?」と口々に声をかける。私は黙って船を降りた。
帰りのバスは混み合っていたが、私の隣には誰も座らなかった。頭の芯まで恐ろしいほどにシラフで覚醒しきっていたが、酔ったフリで目を閉じた。
またやってしまった。ふだん社会性でがんじがらめにさせられている誰かにとって、酒の席は反社会的な部分を少し解放してやることで、共感を得られる場になる。勝手な推測に過ぎないが、たぶん今日の酒席はその逆だったのだ。私は貯蓄とか、住宅ローンとか、フィットネスとかの話をするべきだったのだ。
しかし、すべてはもう遅かった。宴席で関係を築き、大量に余った在庫を押し付けよう、あわよくば彼らの知り合いに同人誌を紹介してもらおうという甘い見通しは、粉々に砕け散ったのだ。
ホテルのロビーに戻ると、なぜかホニャ村が話しかけてきた。自分は三十歳を過ぎてから絵を描き始めてここまできた、頑張れば遅すぎるということはない、などとアドバイスを受けた。サメンの弟子か何かと勘違いし、たぶん、私を励まそうとしたのだろう。先ほどの宴席で自ら話題をふったことといい、実はかなりいいヤツなのかもしれない。しかし、私の望みはイラストのスキルを向上させることではない。己のテキストをより広範な形で世に問いたいという一点なのだ。ホニャ村の励ましに心温まるものを感じながらも、このディスコミュニケーションこそが今回のすべてを象徴しているな、と思った。
互いに名残を惜しむサメンとその同人仲間たちを尻目に、私は黙って自室へと引き返した。いろいろな意味で、終わったな、と感じながら。一刻も早くひとりになりたかった。
灯りもつけず、服も着替えないままベッドに倒れこむ。空調か何かのぶーんという音が部屋の中に充満していた。何も考えずただ頭を空っぽにしていたかった私は、そのぶーんという音に意識を同調させていった。最後まで読み通すと発狂するというあの小説のことが、ふと頭に浮かんだ。
どのくらいそうしていただろうか。ふいに部屋のドアがノックされる。ルームサービスは頼んでいない。しばらくすると、再びノック。ノロノロと立ち上がり、覗き穴も見ずに部屋のドアを開ける。そこにははたして――
「アンナンジャ、オマエハ飲ミ足リネエダロ? サシデ飲ミ直シトイコウヤ」
なんとノックの主はサメンだったのデス! ホワイト・ワインのビンをかかげながら、ルームに入ってきマス! ミーは人差し指でノーズの下をこする仕草で涙を隠しながら「も、もちろんネー!」とアンサーしマシタ! そしてミーとサメンのセカンド・ウタゲ・フェスティバルが始まったのデス!
ムーディな間接照明の下に洗面所のグラスでイーチ・アザー、差しつ差されつを繰り返していると、ジャパンにエロ・カートゥン・オーサーとして生きるアフガニスタン人の苦しみを、サメンはポツリポツリと吐露し始めマス! 浅黒いフェイス・カラーに濃いヒゲで、酔っているのかどうかはわからなかったデスガ、ホワット・イズ・コールド、ガイジンとしてのシンパシーが互いを満たしていることだけは確信できたのデシタ!
今日一日のエブリシングはオールライト、ウォーターに流そう、そう考えているところへサメンが言ったのデス!
「マァ、ホレ、今回ハサ、オマエニ気ヲツカイスギチマッタトコロガアルカラヨ」
ノーズの頭をかきながら照れくさそうにサメンは言いマシタ! ホワット・ディド・ユー・セイ? 気をつかう? ユーズ・気・オーラ? ライク・太極拳? ミーのヘッドにはクエスチョン・マークが乱舞していマシタ! サメンの様子をうかがうと、どうやら日本語ディクショナリーのデフィニション通りの意味で言ったようデス! ミーのブレイン・バック、脳裏には今日一日のベアリアスなシーンがクロッシング、よぎりマシタ! 罵倒、殴打、ネグレクト――どれひとつとしてミーの中では気をつかうの定義に当てはまりマセン! プロバブリー、おそらくバズーカをミーの顔面にブチかまさなかったり、ロケットランチャーをミーのアス・ホールにブチかまさなかったり、売り子をヘルプしているミーのスロートを背後からサバイバルナイフで掻き切らなかったことを指しているのデショウ! おそろしいまでの彼我の認識の差異、カルチャー・ギャップに、ミーは世界から戦争が無くならないリーズンの深淵をのぞきこんだ気がしたのデシタ! サメンはそんなミーの動揺にも気づかず、コミック・オーサーとは思えぬほどゴツゴツしたナックルをミーの眼前へヌッと突き出して、「モシ次ガアッタラ、今度ハ手加減無シダゼ?」と言ったのデス!
シュアリー、間違いなくサメンの本気とはSATUGAIした後、生命を失ったボディを前に、死体こそアイドルであり偶像崇拝のタブーに値すると絶叫しながら、エー・ケー・ビー・フォーティ・エイトならぬエー・ケー・フォーティ・セブンで原型を留めぬほどミンチにするようなタイプのものに違いありマセン! 犬歯を剥き出しにしたその笑顔は、クルセイダーを血塗れの偃月刀で殺害しながら性的絶頂に達する獣たちの末裔、正に快楽天ビーストの凄惨さをエクスプレスしており、ミーのキドニー、腎臓はシティング・ピー、座り小便を危うくマイセルフにアラウしてしまうところデシタ! でも……ミーとサメンゎ……ヌッ友だょ……!!
「オット、モウコンナ時間ジャネエカ。俺ハ、一足先ニ寝カセテモラウゼ」
ミーのレスポンスを待つワン・モーメントの隙間も無く、サメンは大あくびをしながら大股にルームを出ていきマシタ! クロックを見ればまだ0時を回ったところデス! 昼夜のリバースしたコミック・オーサーをノーマルなものとして想定していたミーにとって、そのヘルシーすぎるライフ・スタイルはデルビッシュ有な風貌を裏切っているように思えマシタ! マーダラーのイノセンスという言葉をミーはなぜか思い出したのデス!
ボトルに半分以上残ったホワイト・ワインをMOTTAINAIのスピリットでラッパ・ドリンクしたライト・アフター、ミーの意識はバニッシュしマシタ! 体感にしてフュー・セカンズ、数秒したぐらいでルームのテレフォンがけたたましい音をたてたのデス!
「オウ、ナンダ。マダ寝テタノカ。アンマリ遅エカラ、ビッグサイトノ回リヲ5周ホド走ッテキチマッタゼ」
なんというビガー、精力デショウ! ミーはこれを聞いて、サメンの創作パワーのソース、源泉をディスカバーする思いがしたのデス! このミドル・イーストからの出稼ぎコミック・オーサーはネバー、決して夢見がちなチェリー・ボーイどもの妄想をフルフィルするためにエロ・カートゥンを描いているのではありマセン! ローカル・タウンをジョギングし、バイスィクルで数十キロを走破し、リアル・ワイフにカムショットし、ベッド・メイトにカムショットし、フッカーにカムショットし、まだカムショットし足りない分でペイメントの発じるマガズィーンのマヌスクリプトを描き、それでも余っているビガーを発散するために土人誌にエロ・カートゥンを描いているのデス! これぐらいのパワーを持ったパーソナリティで無ければペンニス1本(訳注:当該部分が何かで汚れており、penかpenisか判読不能なため、このように表記した)でチンチン代謝(訳注:原文はshinchinの表記。タイプミスか)の早いエロ業界でサバイブしていくことなどインポッシブルなのデス!
階下のダイナーでブレックファストを共にした後、サメンがミーをアキハバラまで送ってくれることになりマシタ! オーッ、知ってマース、ソコ知ってマース! アニマ・ムンディがアポカリプティックにサクガ・ホウカイしたところデスネー! サメンはミーのワーズを完全にイグノア―すると、荒々しくアクセルをフロアーまで踏みこんでホテルのパーキングをリーブしたのデス!
オーッ、レインボー・ブリッジ、レインボー・ブリッジデース! ホワイ・ノット、今日はなぜか封鎖されていまセーン! ウィンドウにフェイスを押しつけてチャイルドのようにユージ・オダを探すミーをサメンがネグレクトし続ける最中、事件はカンファレンス・ルームではない場所で起こりマシタ! 大型のゴミ収集車がスピルバーグ監督の「激突!」を思わせる動きでヌッと車線変更してきたのデス! サメン・アッジーフは今こそ中東でテラーを行使してきた凶悪なネイチャーをエクスプロードさせ、「アオッテンジャネエ! コノEdda避妊ドモガ!」と大声でイェルしながらナックルでクラクションをガンガン殴りましたマシタ! ミーゎしょうじきびびった……でも……こわがるのょくなぃって……ミーゎ……ぉもって……がんばった……ミーとサメンゎ……ヌッ友だょ……!!
ウェル、ところで、エッダ? エンシェント・ノルドのポエムのことデショウカ? Edda避妊というシャウトはどうもフォー・レター・ワーズ、ののしり言葉のようデシタが、アンダーグラウンド・カルチャーにうといミーにはその意味がよくわかりませんデシタ! フィアーに満たされながら横目で隣を見ると、サメンは目を真っ赤にしてさめざめ(lol)と泣いていマス!
「アイツラ、午前中ダケ三時間ホドゴミヲ集メテ、午後ハ飲ンダクレテル。ソレナノニ、オレノ倍以上ハ金ヲモラッテルンダ。コナイダ役所ニ行ッテアノ仕事ヲ回シテ欲シイッテ言ッタラ、『申シ訳アリマセンガ、アレハ生マレツキノ権利ナノデ……トコロデ、外国人登録証明書ヲゴ提示イタダケマスカ?』、ダトサ! 知ッテタカ? インディア並ミノカースト制度ガ、コノ日本ニハ実在シテルンダヨ! アンナヤツラガイル一方デ、オレハ一日十六時間エロマンガヲ描イテ、国ニ残シテキタボウズトカカアヲ養ッテルンダ! ナア、ヒドイ話ダト思ワネエカ! コレジャ、現地妻ヲ作ルヒマモネエ! 現地妻ヲ作ルヒマサエネエンダヨ……!!」
サメンはハンドルへ身をあずけるようにして、いまや滂沱と涙を流していた。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。俺たちは現実から逃げ出して、二次元の安らぎにやってきた。だが、俺はその場所からも逃げた。結局また現実へと戻ってきて、もうどこへも逃げられない中で、日々の鬱屈をなんとか無知と酒でしのいでいる。
だが、この男は違う。俺は二度も逃げたが、この男は一度しか逃げなかった。そして己の居場所を維持するために、未だに最前線で戦い続けている。私は鼻につけた段ボールに手をかけると、一息に引き剥がした。何がパイソン・ゲイだ。おまえはいい年をした、何者にもなれなかった凡人じゃないか。本当に好きなものなんて何ひとつない、日々を空費するだけの凡人じゃないか。
古書のまちをぬけると、大きなビルの林立する電気街に到着した。降りるときに、ふたりで握手を交わした。励ましでもなく、友情でもなく、約束でもない、そんな握手だった。車が走り去るのを見送ると、近くのゴミ箱に握っていた段ボール片を放りこんだ。
もはや早朝とは呼べない時間なのに、店のシャッターの多くは下りたままだった。街全体がまだ、昨日の夢をまどろんでいるように見えた。
さあ、これからどうしようか。ゲーセンで時間でもつぶしてから、同人ショップにでも寄ってみようか。メイド喫茶に入ってみてもいいし、たしかAKB劇場もこのあたりにあったはずだ――
だが、私はそのどれに対しても心が平たく閉じているのを感じた。
まっすぐ駅にむかい、東京までの切符を買う。改札の前でふりかえり、秋葉原の街にむかって深々と頭を下げた。それはおたくを象徴する場所への、この十余年の謝罪をこめた一礼だった。
ぼくはずっと、君たちおたくがうらやましかった。ぼくはずっと、おたくになりたかった。ぼくにとってのおたくは、身を包むブランドのようなものにすぎない。他人に自分をどう見せたいかの飾りで、なくして困るようなものでは全然なかった。
もう一度言う。ぼくは、おたくになりたかった。骨がらみの、それを引き剥がせば失血して死んでしまうような、ひどいおたくになりたかった。いまや現実のぼくは、君たちを断罪し、粛清する側に立ってさえいる。君たちをとりまく人々のいちばん外側から、石を投げるふりさえしている。
どうか、こんなぼくをゆるしてくれ。ぼくはずっと、君たちみたいに純粋に生きたかった。ぼくは、本当は、おたくになりたかったんだ。
よい大人のnWo 第一部完

平成最後のテキストサイト100人オフ顛末書

 レースのカーテンごしから注がれる暖かな午後の陽の光で目を覚ます。
 意識が覚醒し、自分がだれであるかが戻ってくるまでの、一秒にも満たない瞬間――
 その一瞬だけが、いまのわたしにとってのやすらぎだった。
 インストールされるみたいに自我がおりてきて、そして、あの日の光景がフラッシュバックする。
 やすらぎはたちまちに去り、わたしは寄る辺ない幼子のように両肩をかきいだくと、さめざめと泣いた。
 どうして、あんな場所に行こうと思ってしまったんだろう。
 あの日以来、まるで浜辺に寄せる波のように、後悔が尽きることはない。
 わたしはいけないとわかっていながら、舌でふれてしまう口内炎のように、もう幾度目だろう、あの日の記憶を反すうしはじめた……
 わたしの名まえは、琴理香(こと・りか)。どこにでもいるふつうの女の子。
 でも、わたしにはヒミツがある。小鳥猊下(ことり・げいか)ってハンドルネームで、「ねこをおこさないように」っていう名まえのちょっといけないホームページを運えいしているの。ともだちも知らない、お父さんとお母さんにも言ってない、わたしと、そしてあなただけのヒミツ。
 いま、わたしは東京にむかう新かん線にのっている。新じゅくでおこなわれる、テキストサイト100人オフ会に参かするためだ。
 ながいあいだ会っていない管り人、はじめて会う管り人、そしてなんてったってわたしのアイドル、ウガニクのホームページがやってくる!
 これからおこるだろうできごとを想ぞうするだけで、自ぜんと笑みがこぼれた。
 わたしがほほ笑むと、新かんせんの窓ガラスにうつった気もちわるいオッサンの顔も楽しそうに笑った。
 でも、ここまでくるのは本とうに大へんだった――
 わたしはかん西の中小きぎょうの営ぎょうたん当で、オフ会の当じつ、大きなプレゼンをまかされていた。でも、プレゼンが終わってすぐに出ぱつすれば、いち時かんくらいの遅こくでまにあうはず。
 鉄どう検さくで何ども「かくにん!よかった」して、一かげつまえから同りょうにおかしをくばったり、何ども何どもこの日は早たいするって、根まわしした。ブラックきぎょうのへい社では、半きゅうをとるだけでも大へんなのだ。
 でも、いちばん大へんだったのは――
 「ハア? このクソいそがしい時期に、こともあろうか私用で有給申請ってどういうこと?」
 こめかみにしっ布のカケラをはりつけたおんな上しの大ごえに、ビクッとなる。
 「あの、でも、有きゅうは理ゆうを書かなくてもいいって……労どう基じゅん法にかいて……」
 「なに、アンタ! まさか労基にでも駆けこむつもりなの!」
 おんな上しがヒステリックにさけぶ。
 「あの、そんなつもりは……」
 土よう日なのに……本とうは、休じつ出きんなのに……。しゅう職氷が期のせいで、こんなブラックきぎょうにしかじぶんのい場しょがないことに、なみだがジワッとでてきた。
 「私用とやらのせいでプレゼン失敗したら、アンタのクビくらいじゃすまないからね!」
 強れつなば倒に身がちぢんだけど、労どう基じゅん法という単ごがきいたのか、有きゅう届けはなんとか受りされた。
 当じつのプレゼンは、大せいこうだった。満じょうのはく手を受けながら、わたしははや足で会じょう出ぐちへむかう。おんな上しは出ぐちで腕ぐみして、こちらをにらみつけてきた。業むに感じょうをゆう先させるタイプで、きょうも会しゃのそん失よりも、わたしの失ぱいをねがっていたにちがいない。
 「失れいします」
 かるく会しゃくすると、小ばしりにかの女の前を通りすぎた。
 せ中にことばがとんでくる。
 「いいご身分ねえ! みんなはまだ働いてるっていうのにさあ!」
 なみだがジワッとでてきた。けれど、ふりかえらずに駅まではしった。
 電しゃを2つのりついで、新大さか駅にとう着する。駅のこう内をい動するとき、券ばい機できっぷをかうとき、何ども、何ども、うしろをふりかえった。バカげているかもしれないけど、おんな上しがわたしをつれもどすために、鬼のぎょうそうで追いかけてくるような気がして、しょうがなかった。
 発しゃのアナウンスがあって、新かん線のとびらがはい後でしまったとき、とうとう逃げきれたことに、本とうに心のそこからホッとした。このしゅん間まで、オフ会に参加できると自ぶんでもしんじていなかったみたい。
 自ゆう席の窓がわに腰をおろすと、ずいぶんかんじたことのなかった、うきうき、ワクワクする気もちが全しんをみたしているのに気づいた。ブラック労どうでよく圧されていた、心の自ゆうをとりもどせた気ぶんがした。
 どう中、ずっとそのしあわせな気ぶんはつづいた。とつ然シンナーしゅうがするとおもったら、となりの席のじょ性がネイルをはじめていたりとか、「シューマイ臭せェ」「あ、ホント……」「だれか温めるシューマイやったんじゃないのォ」「うおォン」とか、自ゆう席なので、じょう客の民どはさい悪だったけど、ぜんぶゆるせた。
 でも、新よこ浜をすぎたあたりで、ひさしぶりのオフ会だし、ちょっと身なりを気にしてみようかな……なんて思ったのがよくなかった。
 連けつ部の洗めん台で、髪の毛にディップをつけてアッパーな印しょうをつくろうとしたら、うまくいかない。何どもくりかえすうちに、顔しゃモノのアダルトビデオで大りょうにせい液をかけられたみたいな、絶ぼうてきなし上がりになった。
 ほどなく、乗りかえ駅の品がわにとう着し、顔しゃモノのアダルトビデオで大りょうにせい液をかけられたみたいな髪がたで、新かん線のかい札をでた。
 奈良の田なか者には広すぎる駅で、山手せんのホームがわからずウロウロとしばらく歩きまわるはめになった。顔しゃモノのアダルトビデオで大りょうにせい液をかけられたみたいな髪がたのこともあって、とおりすぎるみんながわたしを笑っているような気がして、なみだがジワッとでてきた。
 しょうがなく駅いんさんに、顔しゃモノのアダルトビデオで大りょうにせい液をかけられたみたいな髪がたのまま、「やまてせんはどこですか」とたずねた。そうしたら駅いんさんは、田なか者への軽べつがふくまれた表じょうで、「やまてせん? やまのてせんなら、50メートルほど行ったところですね」と答えた。
 電しゃにのったあとも、みんなが顔しゃモノのアダルトビデオで大りょうにせい液をかけられたみたいな髪がたを笑っている気がして、わたしはずっと下をむいていた。
 新じゅく駅のホームにおりると、突ぜん知らない人が、「これからどこに行くんですか?(髪の毛に精液がついていますよ)」と話しかけてきた。あれふ?みたいな、こわいしゅう教のかんゆうかもしれない。わたしは首をちぢめて、し線をあわさないようして、足ばやにその場をはなれた。
 東ぐちをでると、外はどしゃぶりの雨だった。おかげで髪の毛についたディップ(せい液)は流れおちたけど、気ぶんはもうさい悪だった。
 オフ会の会じょうダーツビー・バー? ダーツバー・ビー? バーツビー・ダー?は予そうもしてなかった、地下のお店だった。わたしは幼しょう期に段ボールで施せつのまえにおかれていたトラウマから、へい所恐ふしょうだった。
 わたしはごくりとつばをのみこむ。最しょの一だんに足をかけようとしても、黒ぐろとした四かくいやみが、段ボールの中から見あげたくもり空を思いださせて、ほんの一ぽをふみだすことができない。
 そうこうするうち、気もちが急そくにさめていくのがわかった。
 もう帰っちゃおうかな。わたしひとり来なくても、だれも気がつかないんじゃないかな。
 ううん、わたしがいたら、むしろみんな迷わくかも。
 子ども時だいの気もちがよみがえって、ジワッとなみだがでてくる。
 そのとき――
 わたしの内がわで大きなこ動がきこえた。実さいに、血のながれがはやくなって、視かいが大きくゆれた。
 だめ、パイソン、いま出てきちゃ。わたしは、琴理香としてみんなに会いたいの……!!
 ねがいもむなしく、わたしは意しきを手ばなしてしまう。
*これより先は、弊社のスタッフであるロシアクォーターの米国人パイソン・ゲイのレポートを、シリア人スタッフがアラビア語を経由して日本語に再翻訳し、それをメガネのチ……もとい、視野および垂直方向にチャレンジされているボランティアスタッフが雨だれ式のタイピングでネット用に整形したものです。一部文意の通らない部分、政治的・倫理的に不適切な部分、タイプミスおよびミススペル等がありますが、当時の瞋恚状況を考慮してそのまま掲載させていただいております。あらかじめご理解賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。Sorry, this page is Japanese only!
(切り忘れたマイクから響く怒号)いいご身分よねえ! 日本語しか話せないくせに上級市民きどりなんだからさあ!
 ウォアアアアーーッ! しみったれたネット界隈のギークどもになんでオレサマが気を使う、ユーズ・キ・オーラせなアカンねん! ワンハンドレッドミーター先で御幸のようすを察知して、入り口まで全員でお迎えに上がるのがサブジェクツ・マナー、臣下の礼儀やろガ! リカのウィーク・イナフ、脆弱なセルフ・コンシャスネスからパーフェクトリィにメタモルフォーゼしたミーは、フェイスカラーをよく見せるスカーレットの勝負ネクタイを締め、アズール色をしたイタリアン生地の高級スーツに身を包み、メイド・イン・ブリテンの革靴でステアー、階段を音高くカツカツいわせながら、ビーツバー・ダーにエンター、入場したのデス! 後からこのパーリィにはミズショウバイ・ステイトのフィーメイルが何人か参加していたと知りマシタ! ハウエバー、ナン・オブ・ゼム、だれからも 声をかけられることはありませんデシタ!  ミーのフェイスとイデタチを見てビッグ・スペンダー、太い客だとわからぬようなクモリ・ステイトのマナコ・アイズではさぞかしメイク・リビングにディフィカリティを感じているだろうコト、ご推察申し上げマス!
 レセプション、受付にはトゥー・メイルズ・アンド・ワン・フィーメイルがスタンド・バイしていまシタ! ヘイ・ユー・ガイズ、ゲイカ・コトリがいじましいネット・スカムどものミーティングにアッド・グレイス、花を添えに来てやったヨー! ミーが勢いよくオドオド・ステイト(状態)でそう告げると、イイチコ・キングダムのエクス・マネジャーであるイワクラと、名も知らぬフィーメイルは、
 「本当に実在したんですね」
 「猊下はテキストサイト界のレジェンドだから」
 「何人か、猊下が来ているか受付で聞いていきましたよ」
 などどオール・アウト、全力でミーをフラッタリング、褒めまくりマシタ! 先ほどまでのデプレッションはどこへやら、すっかり気をよくしたミーは、ファイブ・サウザンド・イェンというトゥー・エクスペンシブなエントランス・フィーをイワクラのフェイスに「テイク・ザット・ユー・フィーンド!」とアターしながら叩きつけると、「よい大人のnWo(猫を起こさないように)小鳥猊下」と書かれたドッグタグ、犬の鑑札をぶらさげてイキヨウヨウ・ステイトでステップ・イン、会場に足を踏み入れたのデス!
 ハウエバー、イイチコ・キングダムの言葉をビトレイアル、裏切るようにノー・ワン・カムズ・ニアー、だれもミーのことにアウェアー、気がつきマセン! メイド・イン・スイスの高級クロックをグランスアットすると、オールレディ開会からワン・ナワー、一時間が経過していマシタ! ダンス・フロアーのスメリー・ギーク・ルッキング・ガイどもは、ノー・ソバー・オール・ドランクン、すっかり出来上がっていたのデス!
 段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。私は自分の気持ちが急速に冷えていくのを感じていた。会場はすでにいくつかのグループに分かれ、互いに旧知の面々が談笑するという状況が出来上がっていた。無理もない。開始から、一時間も経過しているのだ。手もち無沙汰にツイッターでテキストサイト100人オフを検索すると、「テレホーダイ!」という乾杯の音頭でオフ会が始まった旨が楽しそうに書かれていた。私は、またもや自分が遅れてきたことを知ったのだ。私の人生はいつでも間に合わない。最適の瞬間を逃し続け、チャンスの後ろ姿を見送る後悔ばかりだ。もうだれとも話さずに会場を去ってしまおうかと考え始めたそのとき――
「小鳥猊下じゃないですか! お久しぶりです、テルです」
 ルックバック、声の主をふりかえると、グラッスィーズのスリムマン、優男がミーにシェイクハンズを求めてきていたのデス! ミーはモア・エクスペンシブなミーのグラッスィーズを誇示しながら言いマシタ! オーッ、テルさーん、ロング・タイム・ノー・シー、久しぶりなのネー!
 できる限りのチアフルネスでグリーティング、挨拶を交わしマシタガ、マイ・メモリーをいくらサーチしても、ミーにはこのスリムマンと会った記憶がありマセン! アンビギュアス、曖昧な気配を察知したのデショウ、「やだなー、前に大阪で会ってるじゃないですかー」とテルを名乗るキティ・ガイ、子猫ちゃんは言葉をかぶせてきマス! アルコールでブレイン・セルのロング・ターム・メモリー、長期記憶がデストロイされているボケ・ステイトのミーには、フロム・タイム・トゥ・タイム、ときどきこういうことがありマス!
 バット、テルを名乗るスリムマンにもミーのバッド・メモリーに対するレスポンシビリティ、責任はあるのデス! とかく古いテキストサイト界隈のハビタット、住人どものうち、特にスカしたテキストをディスクライブする連中は、テルとかニゴとかゴレとか、書いたテキストの方がリーディング・ロール、主役であると言わんばかりに、トゥー・シンプル、簡潔すぎるハンドル・ネームをつけるテンデンシー、傾向がありマス! イッツ・トゥー・ハード・トゥ・リメンバー、ジャパニーズ非ネイティブのラシアン・ハーフのミーには覚えにくいことこの上なしデス! イン・アディション、加えてネット・サーチにはアット・オール、まったく引っかかりマセン! ミーとリカのユニット名「小鳥猊下」はモア・ザン・エニシング、何よりもエゴ・サーチに特化したネーミングなのデス! アプルーバル・デザイアー、承認欲求をフルフィルするためのエゴサにつぐエゴサへ耐える強度を持ったハンドル・ネーム、それが小鳥猊下なのデス! イン・ザット・レスペクト、その点でウガニクというハンドル・ネームはオールモスト・パーフェクト、ほぼ完璧デス! この珍奇なイントネーションはワンス・ユー・ヒアー、一度聞いたらネバー・フォーゲット、忘れることがありマセン!
 オーッ、アイ・オールモスト・ファーゴット・アバウト・イット、あやうく忘れるところデシタ! このオフ会に参加したパーパス、目的はウガニクのホームページに会うことデス! ミーはテルにホエア・ウガニク・イズ、ウガニクがどこにいるか息まいてアスクしマシタ!
 「ああ、ウガニクさんならあちらの隅におられますよ」
 テルがポイント・アウト、指さした先にはワイアードなアトモスフィアーをかもすグループがいマシタ! サンクス、テル! ミーはテルに腰の引けた熱いハグをギブすると、ハート・ビート・ファスト、胸が高鳴るのを感じながら、トゥエニイ・イアーズ、二十年をかけてたどりついたラスト・フュー・ステップス・トゥ・ウガニク、ウガニクに向けた最後の数歩を歩いたのデス! ライク・エターニティ、それは周囲の光景がスロー・ダウンするような、長い長い一瞬デシタ!
 ヘイ、ウガニク・サン、ミーが小鳥猊下ヨー! ミーはできる限りのポライトネス、慇懃さでベンド・ダウン、腰をフォーティ・ファイブ・デグリーに曲げながらビジネスカード(ジョーク)を差し出しマシタ!
 「ああ、貴方が小鳥猊下ですか。ようやく会えましたね。ウガニクです」
 言いながら、そのジェントルマンはビジネスカード(リアル)をミーとエクスチェンジ、交換したのデス! そこにはマネージング・ディレクターの肩書と、ウガニクのリアル・ネームが書かれていマシタ!
 「実はね、猊下の質問箱にウガニクが来るって書きこんだの、私なんです」
 なんというソウシソウアイ・ステイトでショウカ! ミスチービアスリー、いたずらっぽく告げるその言葉に、ミーの目頭はゲットホット、熱くなりマシタ! そしてボウダ・ステイトの涙を流しながらマイ・ヒーローとシェイク・ハンズ、握手を交わしたのデス!
 「小鳥猊下のことは、スヰスの川井俊夫さんの周辺だと思っていたので、私のファンだというのには、正直びっくりしました」
 出た、出マシタ、トシオ・カワイ! ミーはス・ステイトにリターン、戻りマシタ! これを言われる・オア・言われているのを見るのはもう何度目かわかりマセン! なぜテキストサイト・ギョウカイのクロウラーどもは、ミーとトシオ・カワイをセイム・カテゴリに入れたがるのデショウ! トシオ・カワイは書くテキストとヒズ人生が不可分に融合した、深海魚のようなモノホンのモンスター、別格デス! トシオ・カワイに比べれば、ミーはニセアカギにすぎマセン! ナラ・プリフェクチャー在住のミーにとってライク・ディス、このようなトキオでのオフ会参加よりはるかに会うハードルは低いはずデスガ、フィルド・ウィズ・フィアー、怖くて偶然にも会いたいとはワン・ミリミーター、1ミリも思いマセン!
 レッツ・リターン・トゥ・メイン・サブジェクト、話題をウガニクに戻しマショウ! アンド・モア・サプライジングリー、さらに驚くことにウガニクはトゥー・ラスカルズ、二人の実ジャリをアカンパニイング、連れてきていたのデス! オーッ、キッズの相手は得意デース! ミーはサイトが示すように根っからの子ども好きなのネー! ノット・アンダーハート・バット・ピュアハートなミーは、ロウアー・エレメンタリー・ステューデントの方のジョージィ(女児の意か?)へチアフルに話しかけマシタ!
 ヘイ、ミーはユア・ファーザーのビッグ・ファンなのヨー! ユーはユア・ファーザーが本当はフーか知っていマスカ? ユーはユーのファーザーが書いたテキストをプロナウンス、音読したことがありマスカ? 我ながらひどい質問デス! バット、ジョージィはカバンから「教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書」を取り出し、「これ読んだ」と言うのデス! プリティーなその仕草を眺めるウガニクの表情は確かにファーザーのイットであり、モア・オーバー、さらに言えばドーターを持つプレイボーイのファーザーのメランコリー、憂悶をたたえていマシタ! フィーメイルに向けたかつてのマイ・バリューズ、価値観が他のメイルよりドーターにも向けられるポシビリティ、可能性をイマジンするときに訪れるペインフルネスはミーにも覚えがありマス! ミーはナラ・プリフェクチャーでドカチンをする身デスガ、ステイツにはトゥー・ドーターズ、二人の娘を残してきているファーザーでもあるのデスカラ! イン・アザー・ワーズ、すなわちウガニクのサファリングはミーのサファリングと同じイットなのデス! ゃだ……ぁたし……すごぃゎかる……ゎかりみ……すごぃょ……!!
 ミーの感慨をプリベント、さえぎるようにジョージィを不審なミドル・エイジ・パーソンが抱き上げマシタ! すわ、キッドナッピング・ユース、未成年略取誘拐の現行犯デショウカ! ミーはヒズ・フェイスへのボクサー仕込みのパンチングでウガニクズ・ドーターを救出せねばと身構えマシタガ、トーのウガニクは気に留めた様子もありマセン! 聞けばこの男、ワールド・ナイン・ワンのナガタという人物で、ウガニクのアクウェインタンス、知り合いのようデシタ! ミーはふりあげたフィストをダウンしマシタガ、ベリー・ハードなジョージィへのタッチングを見るにつけ、ナガタへのエル・ジー・ビー・ティー・ピー・ゼット・エヌ疑惑は深まりマス! ミーのフィアー、危惧をよそに酸による回転数増加?みたいな名前のサイト・マネジャーであるトモミチが、いつでも通報できる程度の距離感でウォームリィ、生暖かくそのクンズホグレツ・ステイトを見守っていマシタ! さすが、ヤンオデ周辺デス!
 オフ・レポート・ベガー、安全圏からゲンバのスィート・シズル感をデザイアー、渇望するオフレポ乞食どもはテキストサイト界のレジェンドであるウガニクのさらなるインフォメーション、情報を求めているのデショウ! オーケー、イットにアンサーするにはアッパー・エレメンタリー・ステューデントのウガニクズ・サンの容姿をディスクライブすればグッド・イナフ、よろしいデショウ! スツールに腰かけたこのボーイ、ユキオ・ミシマに見初められていた頃のアキヒロ・ミワをシリアスリー彷彿とさせるグッド・ルッキング・チャイルドなのデス! ゃだ……もぅ、みっめなぃで……ぁたし、ぬれちゃぅ……!
 「ほめられてるんだよ、わかる?」
 ホワット・ア・グッド・ファーザー・ヒー・イズ! なんというよい父親ぶりデショウ! ジェントルなその眼差しと横顔からは、ノー・アソシエイション・オブ・ギコハハ・アンド・ヒギィなのデス!
 サドンリー、ミーはウガニクのネイムカードにパブリッシャー、出版社の名前が書かれていることにノーティス、気づいたのデス! ミーのビジネス・バッグには7年前にリカと作った同人誌――SMD虎蛮へのひどいドゲザ歓待で数枚のイラストレーション、挿し絵を描いてもらいマシタ!――が忍ばせてありマス! ソウシソウアイ・ステイトをテイク・アドバンテージ、利用してエクスプロージョン・アンド・デス、大爆死をとげた同人小説をリアル・パブリッシングにつなげる布石をストライクするのデス! アザワイズ、でなければリカがノット・フロート、浮かばれマセン!
 ヘイ、ウガニク・サン、ミーはトゥエニイ・イアーズ、二十年間ミーをイグノアし続けてきたリアル・パブリッシャーどもに恨みがあるのヨー! バイ・ザ・ウェイ、ところでここにミーがセブン・イアーズ・アゴーにメイクした同人誌が――
 言いかけて、静かな圧に息を呑む。柔和な父親の印象をそのままに、目だけが笑っていなかった。それは、生き馬の目を抜く厳しい業界で三十五年を生き延びてきた出版社の、常務取締役の目だった。私は言いかけた言葉を引っ込め、不自然にならぬよう別の話題へと移った。逆の立場を考えれば、当たり前のことだ。実力も素性もわからないだれかが突然、売り込みに社を訪れたとして、私は内心の軽蔑を抑え、表面上は飽くまで慇懃に追い返すだろう。岡田は、そんな私の内面を知らぬふうで会話を続ける。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。私は自分の気持ちが急速に冷えていくのを感じていた。コミュニケーション能力がおありですね――少しも褒められている気がせず、背筋に冷たい汗が流れる。フェイスブック、やってらっしゃらないんですか――やっていない。そもそも関西の中小企業に務める一営業に、開帳に足る恥ずかしくない個人情報などあるわけがない。また、ネットでもからんできてくださいね?――私は二十年ほど前、カナダに短期留学したとき、ホストマザーが別れ際につぶやいた言葉を思い出していた。必ずまた帰ってくると言った私に、ホストマザーは寂しげにこう言ったのだ、”It never happens.”と。
 「すいません、ちょっと飲み物を取ってきます」
 私は逃げるようにバーカウンターへ向かうと手酌でビールをつぎ、二杯、三杯と飲み干した。サフランライスと鶏肉の煮込みをガツガツと嚥下し、四杯、五杯と手酌のビールを飲み干す。酩酊という救いが脳を満たし、例えようのない負の感情はやがて虚空へと消えた。
 ウォアアアアーーッ! なんでトーキョーまで来てワークプレイス、職場と同じ気持ちをテイスト、味わわなアカンねん! ミーはシチュエーションを仕切り直すべく、グラスを片手にパーティシパント、参加者どものドッグタグをゲイズしはじめマシタ! アンドゼン、フロアーにいるヒューマンどものトゥー・サーズ、下手をするとフォー・フィフスのサイト名をまったく知らないことに気づいたのデス! これはタクティクス、作戦を練らなければなりマセン!
 サドンリー、突如ミーの頭上にライトバルブ、電球がピコーンと光りマシタ! ジャパンはエンシェント・チャイナから儒教精神を道徳としてヘリテッジ、受け継いだカントリーなのデス! 儒教精神をリプレゼントするフェイマス・ワーズがありマス! チャイルド・キャント・ギブ・バース・トゥ・ペアレント、「子は親を産めない」デス! イット・ミーンズ・ザット、それはつまり、マザーズ・チツ、母親の膣から一秒でも早くアウトサイドへ這いずり出たほうがよりグレートであるという思想デス! ミーのエヌ・ダブユ・オーは1999年のジャニュアリーに開設されマシタ! かのノトーリアス、悪名高いツー・チャンネル(現在ではファイブ・チャンネル)よりも早くインターネットにイグジスト、存在したのデス! 1997年開設のウガニクのホームページをのぞけば、この会場にミーのエヌ・ダブユ・オーに勝てるテキストサイトはいないのデス! なんというマーベラスな気づきなのデショウ! ムーブ・ウィズ・ヘイスト、善は急げ、暑苦しいポジティブネス、積極性で就職アイス・エイジ・エラ以降をサバイブしてきたミーは、このスプレンディドなアイデアをすぐさま実行に移しマシタ!
 ヘーイ、ミーのサイトは1999年にオープンしマシタガ、ユーのサイトは何年に開設したのデスカ? 効果はテキメン、ミーに話しかけられたボーイズ・アンド・ガールズ、エスペシャリー、ガールズはミーからオウイツするアウラに気圧されたのデショウ、半笑いでミーから遠ざかっていきマス! 次々とジャクショウ・ステイトのザコ・マネジャーどもがキックト・アウト、蹴散らされていく中、ひとり悠然とグラスをチルト、傾けるシュッとした金髪がいマシタ! ウィズ・ノー・フィアー、恐れを知らぬヤング・ルッキング・マンのドッグタグをゲイズするとロジカル・パライソと書かれていマス! パライソ・サ・イクダ……!! ミーはインサイド・ブレインのテキストサイト名鑑を高速でサーチしマシタ! ロジカル・パライソの開設年月日は1999年1月20日、エヌ・ダブユ・オーは同年1月17日……!! 男子スリー・デイズ会わざれば汝刮目アイズ、きわどい勝負デシタガ、残念だったなカイバ! ミーの勝ちデス!
 ヘーイ、ワタナベ・サン! ミーよ、ミーがエヌ・ダブユ・オーのゲイカ・コトリなのヨー!
 「ああ、知ってますよ」
 オーッ、オールモスト・トゥー・ハンドレッド・ミリオン・ヒットのテキストサイトに、ゼロ・ポイント・セブン・ミリオン・ヒットのミーがリコジナイズド、認識されていマシタ! テキストサイトにとってモスト・インポータントなのがバース・イヤー、開設年なのはゆらぎませんが、セカンド・モスト? サード・モスト? ノンノン、フォース・モストぐらいにはアクセス数にも意味はありマス! ミーはうれしくなって、たたみかけマシタ! エヌ・ダブユ・オー、読んでマスカ? どの更新がモスト・フェイバリットなのデショウカ? ミーの問いかけにワタナベはリップを侮蔑的にディストート、歪めマシタ! 
 「アハハ、読んでません」
 一瞬のためらいもない即答だった。満面の笑顔の中で、目だけが笑っていなかった。本当に、心の底から目の前の人間をどうでもいいと考える人間にだけ可能な、殺人鬼の目だった。この男は、私が目の前で生きたまま解体されたとして、何の痛痒も感じずに私の臓物を肴にグラスを傾け続けることだろう。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。私は自分の気持ちが急速に冷えていくのを感じていた。沈黙のうちに渡辺のファンを称する女性が現れ、彼の意識はそちらへ移った。そして、眼前のいじましい存在は、彼の人生の中から永久に葬り去られたのである。
 私はグラスを持ったまま、フラフラと壁際まで歩いていき、背中を預けた。すっかり気持ちが萎えて、立っていられないような状態だったからだ。
 そんな私のすぐ目の前をどこかで見覚えのある、白いTシャツにジーンズの大男が勢いよく通り過ぎていった。後ろ姿が会場の奥へ消えるのを見送って、思い出す。テキストサイトの商業化に成功した会社のメンバーだった。マリオのペットみたいなハンドル・ネームの男で、ネットで見かける柔和で剽軽な印象とかけ離れた、やぶにらみの恐ろしい凶相だった。かつてムラの住人だった土建屋社長の久しぶりの帰郷に、村人たちは寂れたムラへの投資を求める。彼は言い放つ。このムラ出身であることはどうしようもない事実だが、お前たちに俺のカネはいっさいやらない。やがて、おのれのアイデンティティに苦悩する彼は、ついに生家ごとムラをダムの底へと沈める決断を下す――そういった性質の凶相だったのに違いない。
 気づくと隣には、グラス片手の巨漢が私と同じく所在なげに、呆然と立ち尽くしていた(ように見えた)。犬の鑑札を提示しながら期待せずに弱々しく「知っていますか」と聞くと、勢いよく「知っています!」という。
 オーッ、エヌ・ダブユ・オーの威光はこんなバスエ・サイトのマネジャーにまで及んでいたのデスネ! ミーはすっかりうれしくなって喜びの歓声をスクリームしマシタ! 観測できないけれど宇宙の大半を占めるエレメント?みたいな名前のサイトを運営していたダク(またカタカナ2文字デス!)であるとのセルフ・イントロデュース、自己紹介デシタ! 確かザンテツケン?的なやつデスヨネ! ミーの言葉にダクは曖昧な表情を浮かべマシタ!
 リザレクション、復活した自意識をフルフィル、満たすために一方的なマシンガン・トークをダクに浴びせているとミーは突如サースティ、喉の渇きを覚えマシタ! ミーはダクとのカンバセーションをカット・アップ、切り上げると、アナザー・パイント・オブ・ビアーを求めてバー・カウンターへとリターンしマシタ! アゲイン・アンド・アゲイン、またまた手酌のビールを勢いよく飲み干してルックバック、振り返るとそこにはダクがいるのデス! ミーはマイセルフのアヌス、ツーケのナーアがきゅっとシュリンクするのを感じマシタ! クラスの冴えない男子にグリーティングしたらザ・ネクスト・デイ、翌日からストーキングが始まった美少女のディスガスティングな気持ちデス!
 イフ・マイ・フレンド・シー・ミー・ウィズ・ユー・イッツ・クワイト・ア・シェイム・フォー・ミー、ミーはダクにアヌスを、すぐ近くのブラック・ティー・シャート・マンにピーニスを向けマシタ! イフ・ボイン・ルック・アット・ウエスト・ヒップ・ウィル・ルック・アット・イースト作戦デス!
 ヘイ、ユー! ミーは1999年オープンのエヌ・ダブユ・オーというレジェンドなのデスガ、フー・アー・ユー? フードをテンコ・マウンテン、てんこ盛りにしたマン・イン・ブラックは、マンガみたいに食べカスを口元につけたまま、「ああ、小鳥猊下ですよね、知ってますよ」と朗らかにアンサーしマシタ! ワンサイズ小さいパツパツ・ステイトのティー・シャートに身を包んだこのメイルはブラザーズ・マンションズ・ブラザー、アニキの館のアニキとかいう回文みたいな名前のパーソン、人物デシタ! ストレンジリー、奇妙に親しみやすいアトモスフィアーのグッド・ガイなのデス!  ミーはその心の壁の低い有様にアマエ・ステイトで話かけマス! ネー、聞いてヨー、みんなドイヒーなのヨー! わざわざ関西ディストリクトからイキヨウヨウ・ステイトでトキオまでクンダリ来たのに、だれもミーに会いたいと思っていないのヨー!
 「いやあ、猊下なら会いたい人はたくさんいると思いますよ。それに比べてうちなんか、背景筋肉だったし、ホモゲームの紹介とかひどい企画ばっかりやってたし」
 ミーはこのセリフを聞いてアヌス、ツーケのナーアをきゅっとシュリンクさせマシタ! シリコダマ・ボールが大腸の奥へと後退していくのをフィール、感じながらミーはガタイのわりに異様にジェントリーなこの男のジェントルネスの正体にガテンがいった(ダブルミーニングデス!)のデス! ゲイ・ステイトのパーソンはたぎるセクシャル・デザイアー、性欲とそれに伴うデストラクション・インパルス、破壊衝動をノンケ・ステイトの好みのメイルに悟られぬよう、オン・ザ・サーフィス、表面上は異様に人当たりのよいホトケ・ステイトをキープすることがありマス! ミーゎ……すっかりこゎくなて……ぃしゅくしたちんぽぉ……りょぉまたにまきこんで……はんゎらぃでそのばぉはなれた……ゃだ、ぁのひとずっとこっちみてる……とぅきょぅ……こゎぃょ……!!
 アヌスをガードするためのザリガニ・ムーブメントで会場を後退していくとミーのピーチ、臀部がサムシング、何かと接触しマシタ! ひゃあん! 思わず漏れたミーの本来のシー・ブイであるところのクギミヤ・ボイスをごまかすために、ミーはことさらストロング、強くそのガイのドッグタグをねじりあげマシタ! オウオウ、貴様ナニしてバイト・マイ・アス、ケツカットンネン! ホワット・アイランド、どこのシマのもんジャイ! ンン、外見への影響があるハンディキャップを持って生まれた赤ン坊みたいな名前のサイトのサイト・マネジャーじゃネエカ? テメエ、エヌ・ダブユ・オーとイヤゴト・サンから影響を受けてエクストリーム・アンナチュラル、極めて不自然な日本語を書くヤツだろう、エエ! ミーが問い詰めると黒づくめのその男は、「えっ、ぼくのこと知ってるんですか!」と嬉しそうに言いマシタ! アドレッセンス、思春期がまだ継続中のようなイデタチのこのパーソンはどうやらエヌ・ダブユ・オー・フォロワーのようデス! オーッ、キケイジ・サン、カンボジア人が辞書を引きながらハシシきめて書いたみたいな不自然な日本語をディスクライブしていたカラ、てっきりジャパニーズじゃないと思ってたヨー! これだけワン・ウェイ、一方的なアビュース、罵倒を受けながらニヤニヤと妙に嬉しそうなのは根っからのエム・ステイトなのに違いありマセン! 「猊下、おひとつ!」なんて言いながら、同席のフィーメイルと争うようにして顔射モノのアダルトビデオで我先にペニスをグイグイ押し付ける男優もかくやという勢いで、ミーのグラスに2本のビール瓶の口を突っ込んできマシタ! ゃだ……ぁふれちゃぅ……ミーゎりぃさらなので……らべるゎぅぇにしてそそぃでほしかたょ……!!
 ミーとキケイジとワン・フィーメイルのクンズホグレツ・ステイトをエンヴィアスリー、フィンガーをシグルイみたいにチュパチュパいわせて見ている男がいマシタ! ドッグタグを見ると百から一を引いた髪みたいなサイト名のミヤモトと書かれていマシタ! ミーはインサイド・ブレインのテキストサイト開設年名鑑をわずかゼロ・コンマ・ゼロ・ファイブ・セカンドでサーチしマス! ミヤモトのサイトは2000年にオープンしており、エヌ・ダブユ・オーには遠く及ばぬシンザンモノ・ステイトであることが判明しマシタ! ミーはハマキをくゆらすプレジデント・ステイトでミヤモトに応対しマス! イヤー、ミヤモト・クン、最近調子はどうナノ? ミヤモトは「じつはまだサイト更新してるんですよねー」なんて言うのでミーはカッとなってイエロー乱杭歯をむき出しにして「ミーも2016年までは更新してマシタ!」とパツイチ、カウンターを食らわせてやりマシタ!
 「みなさん、ご無沙汰しています」
 オール・オブ・ア・サドン、突如アフロにサングラスをかけた男が一段高いところからマイクで会場に語りかけはじめたのデス! ディス・イズ・ザ・ファースト・タイム・アイ・メット・ヒム! 初対面なのにご無沙汰と話しかけてくるのはエクスペンシブ・ツボの販売か宗教勧誘しかありマセン! ミーは臀部に力をいれてアヌスをシュリンクさせマシタ! ウェイト、ウェイト! このガイ、ネットで見覚えがありマス! ブシドーソウルみたいな名前のサイトを2001年に開設した、アクセス数だのみの新参者デス! ミーやウガニクをさしおいて、エム・シーを行うとはいったいどういう了見デショウ!
 「えー、実家に先行者のフィギュアが余ってまして、今日はこれをかけてジャンケン大会をしたいと思います。先行者フィギュア欲しい人、手をあげて!」
 特に企画は行わないアナウンスメントのあったオフ・ミーティングにおいて、なんというロウゼキ・ステイトなのデショウ! ミーのアンガー、憤りをよそに会場のほとんど全員がプット・アップ・ゼア・ハンズ、手をあげているのデス! キコツ・ステイトのサイト・マネジャーたちのミーティングだったはずの会場は、もはや新興宗教がバックについた有機野菜販売にむらがるチホウ・ステイトのオールド・ガイズと同レベルの群れへとフォール、堕しマシタ! ミーはディスプリーズド、渋面のまま会場の隅に移動するとジャンケン・トーナメントを拒絶するためにフォールド・マイ・アームズ、腕組みをしマシタ! ウガニクの方を見るとグラサンアフロに背中を向けて、このケンソウ・ステイトとは何の関係もないといった風情でキッズをあやしていマス! この会場においてミーとウガニクの二人だけがアクセス数だのみの新参テキストサイト運営者によるセンオウ・ステイトを拒絶していたのデス! 俯瞰したカメラから見れば、それはまるでミーとウガニクにだけセレスティアル、天上のスポットライトがあたっているような光景だったことデショウ!
 健によるジャンケン大会はほどなくして終わり、会場は元のようなグループに分かれての歓談の場へと戻った。しかし、先ほどの輪に入れなかったことで、テキストサイト系と呼ばれるこの集団を構成する要素に、おのれが含まれていないことを私は痛感していた。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。私は自分の気持ちが急速に冷えていくのを感じていた。どうして臆面もなく現実の知り合いが一人もいないオフ会に顔を出そうなどと思ってしまったのか。終了までまだ少しあるが、こっそり抜けだしてもだれも気づくまい。出口へと足を向かわせようとしたそのとき――
 「まさか、小鳥猊下ですよね」
 「いやー、ほんとにいたんだ」
 ルックバック、振り返るとそこには背格好も異なり年齢も離れているハズなのにストレンジリー、奇妙に似通ったトゥー・ガイズがスタンドしていマス! ミーはたちまちキショクマンメン・ステイトになってスマイリー、笑顔で応対しマシタ! イエス、イエス! ミーがゲイカ・コトリなのヨー! ユーたちはエヌ・ダブユ・オーのこと知っているのデスカ?
 「猫を起こさないように、超有名じゃないっすか。読んでましたよ、レジェンドっすよ」
 「いやー、でもこんな人だったとはなー、てっきりデブか美少女だと思ってましたよ」
 サカイとカズヤと名乗った二人はコメディアンのようにチアフルで、ミーへのフラッタリングも息ピッタリデス!
 「それにしても、本とか出してないんですか」
 「そうそう、どっかで書いてないんですか」
 オフ会のたびにワン・ハンドレッド・タイムスほど聞かれるこのクエスチョンにアバウト・トゥ・クライ、ミーは泣きそうになりマシタ! オーッ、ショウギョウ・ステイトでは出してマセンガ、ドウジン・ステイトでは一冊出してマスヨー! セブン・イヤーズ・アゴー、7年前にコミケトーで販売もしマシタガ、テキストサイト・ムラで買いにきてくれたのはファースト・クラス・ホームページだけだったヨー!
 「ああ、ゴトウ来てますよ、一流ホームページ。呼んできますよ」
 アス・スーン・アズ・ヒー・セッド、言うやいなやサカイはゴトウをひっぱってきマシタ! ゴトウは7年前と同じく匂いたつようなオタク野郎デシタガ、この会場でただ一人ビー・アクウェインテッド、面識のある(テル? ソリー、アイ・ディドント・リメンバー・ヒム!)パーソンなのデス! ミーはマイ・テキストにこの会場で唯一カネを払ってくれたゴトウへのタイコモチ・ステイトから、オサム・ダザイばりの我が身をカット・アップする決死のサービスをエグゼキュート、実行しマシタ!
 ネー、サカイ、カズヤ、聞いてヨー! トゥエニイ・イアーズ・アゴー、ミーはクリラバに相互リンクを断られた腹いせに、ゴトウからの相互リンク依頼をイグノアー、無視したのヨー! そうしたら、ゴトウのホームページはどんどん一流になっていってエヌ・ダブユ・オーのアクセス数をあれよあれよと追い越していったのヨー! エヌ・ダブユ・オーは閉鎖したケド、ミーのサイト・マネジャー・ライフの大きな後悔はゴトウと相互リンクしなかったことデス!
 感心しながらミーのテキストサイトサイト・ヒストリーを聞くサカイとカズヤに対して、ミーと面識のあるゴトウは「またその話ですか」といったあからさまに迷惑そうなアトモスフィアーをかもしていマシタ! いまやゴトウがベジータならミーはサイバイマンみたいなものヨー! 得意のオドケ・ステイト、道化状態でゴトウをフラッタリングしていると、いつの間にかブシドーブレード?のケンが同じテーブルにいマシタ! ノー・アフロ・アンド・グラサン・ステイトだったのでドッグタグがなければ見逃すところデシタ!
 ウォアアアアーーッ! この新参者の先行者にテキストサイト界のビック・パイセンとしてパツイチ・モノ申しておかなければなりマセン! ヘイ、ケン! ユーのご職業は何か、もし差し支えなけれな教えていただけませんデショウカ? ビック・パイセンからの強烈なストライク、一撃にケンはドウドウ・ステイトで答えマス!
 「いまは実家の稼業を継いでまして。業種は勘弁して下さい」
 イット・ミーンズ・ザット、ユーはプレジデント、社長ということデスネ! ヨッ、シャチョー、にくいネ! ミーのタイコモチ・ステイトにもケンはゆらぐ様子がありマセン!
 「いやいや。社長っていっても中小企業ですし、何人かの徒競走で選ばれたみたいなもので――」
 穏やかに話すこのガイからは少しもダークネス、闇を感じマセン! なんらかのフグ・ステイトを抱えた人々の群れにパーフェクトリィ、完全に健やかな人物がやってくれば勝負はスタートラインにスタンドする前から決まっていマス! サムライスピリッツ?の正体は、係員に歯痛を申告したらなぜかパラリンピアンと競技をさせられたオリンピアンだったのデス! ひるがえってゴトウに目をやると、全身からオタク・ダークネスがオウイツしてイマス! ミーとケンのカンバセーション、会話を聞いていたゴトウが突然、スットンキョウ・ボイスをあげマシタ!
 「え、猊下、結婚してるんですか? 子どもまでいる? 今日いちばんのショックだー!」
 どういう意味やネン! 前回のオフレポに登場しながら、ステイツにトゥー・ドーターズを残してナラ・プリフェクチャーへドカチンに来た米国人というミーの設定が頭に入ってないゴトウに、ミーはシンイ・ステイトになりマシタ!
 「でも、ぼくもちゃんと婚活してるんですよ。ホラ」
 ゴトウが見せてくれたスマホ・ディスプレイにはスノウやらの画像加工ソフトでモリモリ・ステイトになったアヒル・マウスのヤング・フィーメイルが映っていマシタ! ミーはその写真を見てス・ステイト、真顔になりマシタ! ゃだ……ゴトウ……っっもたせ……きぉっけて……!!
 「猊下でも結婚できるのに、ショックだー!」
 言いながらテーブルにお道化て倒れこむというオサム・ダザイばりのサービスを演じるゴトウの両目は、インシデンタリー・トンチンカンのヌケサク・ティーチャーのようなシェイプと剽軽さをタタエながらバット、黒目は少しも笑っていないのデス! ベリード・アライブ・イン・ザ・モエゲーを書いたミーにはゴトウの気持ちがわかりマス! この男は二次元のグラビティにソウルを引かれた本物のオタク、自涜による単体生殖ですべてを完結できるモンスターであり、三次元のフィーメイルなどその深奥のダークネスをハイド、隠すためのアクセサリーに過ぎないのデス!
 ゴトウをイン、ケンをヤンとした陰陽ドー・ステイト状態のそのテーブルには、他にもスリー・フィーメイルズ、3人の女性がいマシタガ、オール・オブ・ゼム、全員が「もっとケンさんと話したいのに、一方的にしゃべってるこのデカイのは何? どっか行ってほしいけど、何か言ってからまれてもうっとおしいな」とでも言いたげなアイマイ・ステイトの微笑を浮かべ続けていマシタ! フォー・レター・ワーズ! 呪殺、貴様らあとで呪殺デス!
 ソウコウしているうちに、ドナルド・トランプとシージンピンを足して2で割ったようなルッキングの人物によるクロージング・ステートメントが始まりマシタ! フー・イズ・ヒー? だれか尋ねると今回のオフ会を企画した一人であるカンチョウ(浣腸? 間諜?)とのことデシタ! ミーは初めて見るそのフェイスに向けて、客席からゆっくりとサムズ・アップしたのデス! サンキュー・フォー・ディス・プレシャス・タイム、カンチョウ!
 ワンハンドレッド・サイト・マネジャーズはスリー・スリー・ファイブ・ファイブ、三々五々帰りはじめマシタ! ミーはミーをこのバスエ・バーにキャリー、運んだ原因であるところのウガニクにフェアウェル、別れのアイサツをするために近寄りマシタ! ワールド・ナイン・ワンのナガタがウガニクズ・ドーターにピーまがいのタッチングをリピートするカタワラで、アキヒロ・ミワのフェイスをしたヒズ・サンに見守られながら、ラスト・ワード、最後の言葉を交わしたのデス!
 「猊下のエヴァQ評を読んで、見なくちゃと思ってエヴァQ見ましたよ。私は楽しめましたけど」
 オーッ、ミーはウガニクにエヴァー・キューを視聴させたという一点においてヒストリー、歴史に名を残す可能性がありマス! テキストサイト・レジェンドのウガニクが認めたとしてもエヴァー・キューがタワーリング・シット、そびえたつクソであることに変わりはありマセン! シン・エヴァが破の続きから作られたら、ミーのシビア・クリティシズムを撤回しマスと伝えマシタ!
 「ほんと、またネットでもからんできてくださいね」
 オフコース、イエス! アフター・ディス・パーティ、ミーとユーはアナ・キョウダイヨー!
 アイ・ウィル・マリー・ハー・イフ・アイ・キャン・ゴー・ホーム・アライブと同じレベルのデス・フラグに目頭をゲット・ホットさせながらミーとウガニクはエターナル・フェアウェル、永久の別れを別れたのデシタ!
 ハウエバー、ウガニク、くれぐれもナガタには気をつけてクダサイ! シー・エス・エーのモア・ザン・ナインティ・パーセントはキッズに近づくことがナチュラルな身内によるものなのデスカラ……!!
 人であふれていた会場は次第に閑散とし始め、私は自分の過ちを知る。このオフ会は旧知の仲が、その旧交を温めるためのものであって、これまで一度も現実に姿を表さなかっただれかが新しい人間関係を作るような場では、決して無かったのだ。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。私は自分の気持ちが急速に冷えていくのを感じていた。この場にいた全員は一国の主、王様だった。絶対君主が他の僭王の支配を認めるはずもない。つまり私の行為は、すべて逆逆だったのである。常に正しくない方を選択し続けてきた私は、小鳥猊下としての最後の舞台でもまた間違ってしまったのかーー
 ノオオオオオオーーーーッ! ドント・レット・ミー・ダウン! ミーにオウイツするダース・ベイダーもかくやというフォース・パワーはバーカウンターにならぶビール瓶をガタガタはさせませんデシタ! モア・オーバー、ビア・サーバーの蛇口をねじ切り、大量のビアーをブラッドのように噴出させたという事実も決して観測はされなかったのデス!
 ウガニクズ・ファミリーを見送ったミーはアフター・パーティ、二次会に向かういくつかのグループをイグザミン、吟味しはじめマシタ! ミーのブランド・バッグに忍ばせたリカの同人誌をリアル・パブリッシングにつなげるべく現世のオーソリティに押し付けねばなりマセン! サドンリー、スリー・フィーメイルズがミーをサラウンド、取り囲みマシタ!
 「猊下! あたしタカハシ! 同人誌送ってもらった!」
 ワン・オブ・ザ・フィーメイルズがブレイン・ランゲージ・センターへのダメージを疑わせるスモール・ボキャブラリーでミーに話しかけてきマシタ! あまりに距離感が近くミーはのけぞりぎみに「アア、ソウナノ?」とレスポンス、応答しマシタ! 
 「ほら、猊下の同人誌も持ってきてる!」
 言いながらミーに文庫本を提示してきマス! ブックカバーの下にあるSMD虎蛮のイラストレーションはシュアリー、ミーとリカの同人誌デシタ! アプルーバル・デザイアー、承認欲求を満たされることに弱いミーはたちまちソウゴウを崩しマシタ! オーッ、ユーがディー・エム経由で同人誌のフリー送付をウィッシュした、関西ゴリラガラスみたいなサイト・マネジャーのワイフであるタカハシなのデスネ! アンドゼン、ショウワ・エラのイデタチをしたアナザー・フィーメイルがミーにオズオズ・ステイトで話しかけてきマス!
 「あの、ずっとファンでした。DJフッドがすごい好きで」
 ホ、ホワッツ? アー・ユー・リアル・ファン・オブ・ミー? ミーはDJフードを書きマシタガ、DJフッドは書いた覚えがありマセン! そもそもFOODのスペリングはフードとしか読めマセン! フッドと読むならならHOODとスペリングするはずデショウ! ミーがオズオズ・ステイトで指摘するとトマホーク・ブーメランみたいなサイトのマネジャーであったフィーメイルはターン・レッド、赤面しマシタ!
 ウェイト・ア・ミニット! アー・ユー・ゴレ・サン? オーッ、いまインターネットでレイテスト、最も新しい小鳥猊下へのリファー、言及はユーのツイーティングによるものデス!
 「あの、それ違う人……」
 アリガトオッ、アリガトオッ! ミーはゴレの両手をにぎってブンまわしましたが、なぜかゴレはアンビギュス、曖昧な微笑で反応が悪いのデス! ジャパニーズのエモーションは読みとりにくいこと、この上ありマセン!
 「ええっと、こちらの方は漫画家なんですよ」
 サドンリー、ゴレはミーとはまったく関係のない、脚本に書かれていないことを即興でやる?みたいな名前のカートゥニストを紹介してきマシタ! パブリッシング・バージンのミーに対するマウンティングなのデショウカ! ミーはそのフィーメイル・カートゥニストに対してイエロー乱杭歯をむき出しにしてキャメルの如く唾液を撒き散らしながら、「ミーは1999年オープンのテキストサイト運営者デシタ! いまはただのリーサラデス! リーサラ・ウェポン!」とシャウト・アットしマシタ! そのカートゥニストはあからさまに怯えた表情になり、不思議なことにアフター・パーティではミーの前に姿を現しませんデシタ!
 「猊下、このあとどうするの? 二次会いく?」
 タカハシがウワメヅカイ・ステイトでミーをセデュース、ユウワクしてきマス! ここはゴー・トゥ・フォーティーン・オア・アライブ、重要な分岐点かもしれマセン! 聞いたこともない弱小サイトの運営者バット、ミーの同人誌を持参するほどのビッグ・ファンを選ぶべきデショウカ? オア、現世のオーソリティに近いアクセス数を持ったビッグ・サイトのアフター・パーティに参加すべきデショウカ? 聞けばこのフィーメイルたちが向かうイザカヤ・ストアにはゴトウをはじめとしたミリオン・アクセスのビッグ・サイト・マネジャーたちもギャザー、集結するとのことデス! これはキル・トゥ・バーズ・ウィズ・ワン・ストーン、一石二鳥デス! タカハシ、キミに決メタ! この決断をミーはレイター、後悔することになるのデスガ、それはまだア・リトル先の話デス! シラヌガホトケ・ステイトのミーはタカハシとショウワ・エラのゴレに挟まれるようにして、ダーバツー・ビー?をゲット・アウト、後にしたのデス!
 「いやあ、楽しいオフ会でしたねえ」
 店の外に出るとミーの隣にスタンドしたミーと視線がホライゾンタル、水平に合うほどのビッグ・ガイがシミジミ・ステイトで言いマシタ! ミーは本当にこの男と同じミーティングに参加していたのか疑わしい気持ちになりマシタ! ミーと同じく仕事帰りなのデショウ、ミーとはテン・タイムスほど値段が違うだろうノット・オーダーメイド・バット・ツルシ・ステイトのスーツに身を包んだこの男からは、テキストサイト・マネジャーが否応に抱えるイービルネス、邪気がありマセン!
 「ほんと、わざわざ福岡から来たかいがありましたよー」
 ワ、ワッツ? ディッド・ユー・セイ・フクオカ? パーハップス、おそらくミーの聞き間違い・オア・トキオにあるまったく同じ地名のシティから来たに違いありマセン! こんなバスエ・ステイトのいじましい会合にわざわざフクオカ・プリフェクチャーから参加するなんて、スロー・ユア・マネー・イントゥ・ザ・ドレイン、カネをドブに捨てるようなものデス! ユーはそのエア代を使ってもっといいスーツを買うべきデス!
 ミーとビッグ・ガイのビーエル・ステイトに嫉妬を感じたのデショウ、タカハシが割りこんできマシタ!
 「猊下、本当に本とか出してないの? 編集者の知り合いいるけど、猊下の同人誌送っていい?」
 オーッ、ラブリー・クレバー・タカハシ! ホワット・ア・テキカク・ワード・ユー・セッド! なんという的確なくすぐり文句デショウ! こんなア・グッド・フォー・ナッシング・フェローの人生を気にかけている場合ではありませんデシタ! ヘイ、タカハシ、センド・イット・アサップ、いますぐそこのレッド・ポストに放り込んでクダサイ!
 「ねえ、本当にどこにも書いてないの? 賞とか出さないの?」
 ホワット・ア・クルーエル・ワーズ・ユー・セッド! オフ会のたびに聞かれるワン・ハンドレッド・ワン・タイム目のこのクエスチョンにアバウト・トゥ・クライ・アゲイン、ミーはまたまた泣きそうになりマシタ!
 ショートリィ・アフター、ミーとトゥー・フィーメイルズのいるグループは、ゴトウのいるグループからはぐれてしまったのデス! ちょうどゴールデン街のサインが見えるあたりの、ディープ・イン・シンジュクで道に迷うという恐怖体験にミーのニーはガクガク・ステイトになりマシタ! サイドにアダルト・アドバタイズメントがデカデカ・ステイトで掲載されたトレーラーが道路を走っていきマス! ミーたちのアラウンドには明らかにカタギ・ステイトとは遠いイデタチの呼び込みが距離を詰めてきていマス! ミーはフランスでフォリナーをねらった窃盗団とおぼしきグループが背後から獲物を追い込むウルフ・パックのように迫ってきたときのことをマザマザ・ステイトでリメンバー、思い出していマシタ! ミーにとってトキオの知識はメインリー、主にメガミテンセイとリュウガゴトクでラーンしたものでしかありマセン! インセキュアー、高まるミーの不安をよそにアラウンドのトウの立ったボーイズ・アンド・ガールズはまったく動じた様子がありマセン! ユウゼン・ステイトでポキモン・ゴーをプレイしたり、ミーたちのグループにデジカメを向けたりしていマス! ワッツ! ミーはリップス、唇からシュッと息を吐くとカメラのフラッシュを危機一髪、ジョジョ・ステイトの上半身でアヴォイド、かわしマシタ!
 ヘイ、ユー! テイク・ピクチャーは相手の許可をとってカラというオフ会ルールを読んでいないのデスカ! ミーはリゼントメント、憤慨してカマキリ顔の男につめよりマシタ!
 「ネットに上げたりしませんよ……」
 ミーのケンマクに男はモゴモゴ・ステイトでエクスキューズ、言い訳をしマシタガ、テキストサイトを運営しているようなストレンジャーにパーソナル・インフォメーション、個人情報を渡せるはずがありマセン! イン・アディション、おまけにスマートフォン全盛のこの時代にわざわざデジカメを使うようなフシン・パーソンをどうして信用できマショウカ!
 ミーたちのグループはすでにア・フュー・ミニッツ、数分はセイム・プレイス、同じ場所にとどまり続けていマス! ヤクザ・ステイトの呼び込みがジリジリと近寄ってきマス! ヘルプを求めてタカハシを見ると、息子のクラム・スクール・ティーチャーと電話をしている最中デス! ヘルプを求めてショウワ・エラのフィーメイル(ゴレ?ニゴ?)を見ると、濡れ濡れとした子鹿の目でミーを見つめかえしてきマシタ! ゃだ……このこ……すごぃめきれぃ……!!
 「とりあえずツイッターでつぶやいてみますねー」
 アウチ! エス・エヌ・エスのこれほど間違えた使い方は聞いたことがありマセン! ほどなくしてアフター・パーティの会場はミーたちのプレイスからほんの数メートル先にあることがターン・アウト、判明したのデス! テイウカ、すぐ目の前に見えとるガナ!  ユー・ドント・ハブ・パワー・トゥ・リブ・アト・オール! 生きづらさにメイビー、ノーティスさえしていない頭ハピネスのセカンド・グループは、ファースト・グループから遅れることトゥエニィ・ミニッツ、セイリュウにアライブ・アット、到着したのデス!
 オフレポの舞台は新宿ゴールデン街の側、テキストサイト管理人行きつけであるところの清瀧に移った。突然だが、弟の話をしなければいけない気持ちになった。なぜ、突然そんな気持ちになったのかはわからない。弟は私とまったく似ていない。眉目秀麗、長身痩躯の私とちがって、弟は短躯で小太り、最近では前髪の後退によりゴツゴツと形の悪い額があらわになって、見苦しいことこの上ない。結婚はしているが、長く子宝に恵まれず、三十も半ばを過ぎてから第一子を授かった。子育ては体力勝負だ。四十を越え、衰えるばかりの体力で、はたして息子が成人するまでの十年以上を耐えることができるのか。インターネット黎明期を知る私にとって、十年は人々の考え方や生活の仕組みが根こそぎ変わるのに充分な時間だという実感がある。弟の幸せを望みながらも、彼の抱えていくだろう不確かさと苦しみについて思いをはせずにはおれない。弟の話を終える。
 後藤を含めた大手テキストサイト運営者たちは、すでに奥座敷に陣取って飲み始めているようだった。アクセス数に劣る出がらしのようなこの集団こそが、私に残された居場所なのだった。なぜ私を含めた彼らがアクセス数に劣るのか。その理由はここまでの道中で、痛いほど感じることができた。場をしきる者はだれもおらず、全員がなんとなく空いている席に腰を下ろす。
 私の目の前にはゴレを名乗る昭和の風情を漂わせた女性、ハンサミストを自称する松本なる男性、そしてナフ周辺を名乗るベネディクト・カンバーバッチと同じアゴの輪郭をした男性が座っていた。私たちには何の共通点もない。明日には街で出会っても、互いのことを認識することさえできないだろう。
 隣のテーブルに座ったグループには、しかし共通点があるようだ。カンバーバッチに言わせるとあの集団もナフの竹田周辺なのだという。ナフ? イナフのナフだろうか? ナーフのナフだろうか? カンバーバッチの説明に、私はすっかり混乱してしまった。しばらく隣のグループとカンバーバッチを交互に観察すると、外見に共通点を発見することができた。ディップ(精液?)で無造作に固めた髪型に、カマキリのような細面がそれだ。ナフ周辺の咬合力を天内悠だとするなら、私はジャック・ハンマーとさえ言えるだろう。聞こえてくる話し声に耳を傾けるが、私には彼らの話題どころか、文法からして全くわからない。
 理解をあきらめ、昭和の風情をした女性に声をかける。nWoのファンを自称するくらいだから、二十年の孤独を慰撫する言葉が聞けるかもしれない。
 「あの、カルメン伊藤さんにお会いしたことがあります」
 意外な共通の知り合い。FGOつながりですかと尋ねると、ニンジャスレイヤーつながりだという。なぜか、九十九式の宮本の顔が浮かんだ。しばらく会話をしてから、私はニンジャスレイヤーについての理解をあきらめた。そして、nWoについての質問をする。どの更新が一番好きですか。印象に残っている文章は何ですか。ファンなら当たり前に答られるだろう質問を投げかけるが、何ひとつとしてはっきりとした回答は無かった。
 「ねえ、二年も前に閉鎖したサイトなんでしょ? そんなの覚えてるわけないじゃないですか」
 助け舟をと考えたのか、ハンサミストの松本が会話に割り込んでくる。その通りだ。莫大な情報が日々流れ続ける近代のインターネットで二年という年月は、ほとんど言語そのものが変質するような気の遠くなる時間だ。
 聞けば松本は、ナタリーだかナンシーだかルーシーだかいう漫画批評サイトの編集者なのだという。
 漫画、か。私は内心密かに落胆する。小説批評サイトなら私の同人誌を預けるのだが、そんなサイトが商業的に成り立つわけもない。松本はパトレンジャーについて書いた文章が五万人以上に読まれた話をしてくれたり、森田まさのりに送った荒木飛呂彦のメールの写真を見せてくれたり、いつの間にかいなくなったカンバーバッチと、ボーイズ・ラブの話題――といっても、真夜中の天使を知らなかった――以外は黙りがちなゴレの隙間を埋めるかのように、淡々と場をつないだ。マウンティングのつもりがないのは口調でわかったが、華やかな彼の現在に私の心は沈んだ。
 途中、マトリックスのセラフを少し太らせたみたいな外見の男が、進行方向だけをにらみつけるようにそばを通り過ぎていった。聞けば、テキストサイトの商業化に成功した会社の管理職なのだという。確かに俺たちはテキストサイト出身かもしれないが、お前たちに俺たちの金は一切やらない――通り過ぎる彼の後ろ姿からは、その強い意思を感じた。
 「猊下の横にはあたしが座るから!」
 突然、長く席を外していた高橋が現れ、だれも私の隣に座ろうとはしないのに、なぜか周囲に宣言してから通路への出口をふさぐ形で私の真横に陣取った。女性と二人きりで話すときは部屋の扉を開けておくよう教育されてきた私は、男女の性別は真逆ながらおのれの置かれている状況にかすかな恐怖を感じた。
 「ねえ、猊下。さっきの編集者の知り合いに同人誌を送る話だけど、ほんとに送っていいの?」
 オーッ、ラブリー・スゥィート・タカハシ! ナフもタケダもオモコロもトゥ・テル・ザ・トゥルース、正直なところファッキンどうでもいいデス! オフコース・イエス、モチのロンに決まってマス! さっきからミーは繰り返しそう言ってるじゃないデスカ! センド・イット・ライト・アウェイ!
 「どこがいいの? シンチョウ? カドカワ? どのくらい編集の言うこと聞けるの?」
 オーッ、ノット・トゥー・ビッグ・ディール、ミーの同人誌をシュアリー、確実に印刷してくれるサイズのカンパニーがベストなのデス! アンド、ジ・アンサー・イズ、オール・オブ・イット、リアル・パブリッシングのためならなんでも言うこと聞きマスヨー! バイ・ザ・ウェイ、ところでミーの同人誌のどこが良かったデスカ?
 アイ・ドント・ノウ・ホワイ、ディス・シンプル・クエスチョンに熱くミーを見つめていたタカハシの目はなぜかスイム、泳ぎマシタ! アイ・ハブ・ア・バッド・フィーリング・アバウト・ディス! ユーはミーのツイートを読んでいマスカ?
 「あたし、猊下のツイッターアカウントなんて知らないし」
 オーケー、ならどうやってミーにディー・エムを送ったのデスカ?
 「え、あれ? そうそう、――の管理人が亡くなったの知らなかったってホント?」
 ミーに少しでも関心があるならば、エヌ・ダブユ・オーにとって最も重要なできごとを知らなかったのかなどと、インセンシティブに問いかけられるハズはありマセン! ミーは垂れこめるブラック・クラウドのようなギシンアンキ・ステイトにおちいっていきマシタ! エディターにイントロデュース、紹介しようと思うくらいナラ、必ず気に入ったポイントがあるはずデス! ユーはミーの同人誌のホエア、どこが良いと思ったのデスカ?
 ディーズ・ピュア・クエスチョンズに、いよいよタカハシは目をそらしマシタ! ミーはさらに問い詰めマス! どの場面が気に入りマシタカ? どのキャラクターが好きデスカ? どの文章に感銘を覚えマシタカ? アンサーズ、返事のすべてが要領を得マセン! グラデュアリー、次第にタカハシは黒目の内側にうずまきを浮かべたアウアウ・ステイトにドロップ、陥りはじめマシタ! ファイナリー、しまいには素のステイトをネイキッド、丸出しで本音をトークし始めたのデス!
 「あのさ、なんか全体的にむずかしくない? 単語とか表現とか。なんか伝わらないっていうか、感情移入しにくいっていうか。あたしカポーティとか読むけど、冒頭におじさんの話とかあって入りやすいっていうか。あとマルケスとかも読むけど、百年の孤独も家族の話でわかりやすいっていうか」
 ビー・トラップト、ミーはここにいたってワナにハメられたことにノーティス、気づきマシタ! ヘンシュウ、シュッパンというマジカル・ワードをダシに、ウブなパブリッシング・バージンのミーはフィーメイル・アント・ライオン、女蟻地獄のすり鉢のボトム、底へとキャプチャード、とらえられてしまっていたのデス! ホワット・ア・海外ブンガク系サブカルクソ女・シー・イズ! 血と汗と涙でひねりだしたテキストたちを気軽なジュエリー・オーナメントぐらいに考え、トッカエヒッカエ・ステイトでウブ・ステイトのサイト・マネジャーどもをカント(もちろん、哲学者の名前ですよ、やだなあ)・バイト、九郎判官してきたに違いありマセン!
 「あとこれ、センセイの話だよね? ちがう? あたしセンセイなんかしたことないから何のことかよくわかんない。やっぱ家族の話とかのほうがフツウは入りやすいっていうか」
 シャット・アップ・ユア・フェイス・アンクル・ファッカー! このアマ、フィクションを全否定しやがりマシタ! アット・ザット・タイム、ミーのこめかみには血管のクロスが浮いていたに違いありマセン! この発言をサイエンス・フィクションのビッグ・ファンであるという関西ゴリラガラスのサイト・マネジャーが聞いたらどう感じるデショウカ! デフィニットリー、間違いなく「エデュケーション(教育)!」とシャウトしながらヒズ・ナックルをハー・ノーズが高さを失うほどねじこむに違いありマセン!
 ミーはタカハシ・アズ・ノウン・アズ海外文学系サブカルクソ女の話をペイシェントリー、我慢強く聞きながら(シュッパンというニンジンのためデス)現存する最古のテキストサイト・マネジャーであるキョウト・ユニバーシティのプロフェッサー・モチヅキが、ボン・ユニバーシティのプロフェッサー・ショルツから宇宙際タイヒミュラー理論へのクリティシズムを聞いているときのようなイライラ・ステイトにおちいっていきマシタ!
 イエス! イエス! オフコース、アイ・コンプリートリー・アグリー・ザット・ザ・ノベル・ユー・アー・ディスカッシング・イズ・コンプリートリー・アブサード・アンド・ミーニングレス、バット・ザット・ノベル・イズ・コンプリートリー・ディファレント・フロム・エムエムジーエフ!
 タカハシによる明確なハラスメント・ステイトに対して、目の前に座る子鹿の目をしたゴレ?ニゴ?はフェイスをわずかにチルト、傾けてスマイルするだけで何の援護もしようとしマセン! その頭蓋のインサイド、内側ではミーとマツモトのビー・エル妄想が膨らんでいるのデショウカ! そのマツモトはと言えば、スマホにディスプレイされたマッスルマン?のコミックに対してピーを思わせるシツヨウ・ステイトのタッチングを繰り返すばかりデス!
 段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。私は自分の気持ちが急速に冷えていくのを感じていた。高橋の弁明を聞きながら、改めてぼんやりと周囲を眺める。参加者の多くは四十の声を聞いているだろう。なのにだれ一人として、こんなプライバシーも守られない、接客もなっていない、言わば大学生向けの居酒屋で飲食をすることに抵抗を感じている様子はない。私は、就職氷河期が私たちに失わせたものへ思いをはせた。いつまでも二十くらいの精神状態で、大人になることもなく、社会へ責任を果たすこともなく、みんな昆虫みたいに死んでいくのだ。
 ねえ、高橋。出版社や編集者に紹介したいほど、私の同人誌を気に入ってくれたのなら、何か理由があって然るべきではないですか。答えを得られないまま繰り返される、虚しく宙空に消えていくその問いは、たぶん、私にとって切実なものだった。二十年間、ずっと言葉が欲しかった。私の更新は下劣だったかもしれない。私の更新は拙かったかもしれない。ただ、その時々に必死だった私の生き方を肯定してくれる言葉が欲しかったのだ。
 もはや目を合わせようとしない高橋の横顔をじっと見つめたまま、私は壊れたレコードのように同じ問いを問いかけ続ける。
 やがて高橋は大きなため息をつくと、あきれたように言った。
 「ねえ、なんでそんなにほめてほしいの?」
 ほめてほしいわけじゃない。ただ理解が欲しい。肉親にだけ可能なような、濃密な理解が。
 「悪いけど、あたしはアンタの母親じゃない」
 しかし、小鳥猊下としての二十年をまさに終えようとするこの瞬間にも、求めていた答えが返ってくることはなかった。
 「ごめん、少しだけトイレ行ってくるね」
 白けた様子でそう言いおくと、高橋は席を立ち、そうして二度と戻ってくることはなかった。
 出版の話と、たぶんnWoは、こうして終わったのだった。新宿の場末の酒場で、だれにも看取られることなく、ひっそりと。
 沈黙が降りた。私が口を閉じれば、もはやだれも自分から話そうとする者はいなかった。
 「このテーブル、なんなんすかね?」
 やがて、松本がため息とともに吐き出す。
 「小鳥猊下周辺、かな?」
 女は視線をさまよわせながら、聞こえるか聞こえないかの声で言う。
 狂騒的なおしゃべりが途絶えたあとに残る、いつもの気まずい沈黙。
 眼の前に座る、もはや名前を思い出すことさえできない昭和のいでたちをした女は、濡れた子鹿のような目で私を見るばかりで、何もしゃべろうとはしない。
 二十年近くを思い続けてきたと自称するファンが、私の書いたテキストの一行さえそらんじることなく、ほんの半時間を感想や称賛でもたせることができない。この状況こそが、nWoの二十年間を象徴的に表していた。
 「――さん!」
 突然、その昭和の女を後ろから抱きすくめるようにして、別の女が現れる。私のファンだと名乗った女は、別の女にひっぱられるようにして、席を立った。行きかけて、気づいたように自分のグラスを取りにもどる。瞬間、上目遣いにこちらを見た彼女の視線が忘れられない。
 そこには、二度と戻ってくることがないという意思がたたえられていた。
 そして、私は松本とふたり取り残される。松本は沈黙を気まずいと思っているふうもなく、スマホを触り続けている。
 当然だ。酒席におとなしいサルやチンパンジーが同席していたとして、彼らに気まずさを感じることはないだろう。
 私はひさしぶりに、大学のゼミの飲み会を思い出していた。最初のひと騒ぎが終わると、だれもこちらに興味を残さない。ビールのジョッキに浮いた水滴をながめる他はなく、ただぽつねんと、からっぽのままひとりで座っている感じ。
 あのときのように、私はだれにも気づかれないようカバンを取り上げ、ひっそりと店を出ようとした。ワリカンの際にだって、だれも私がいたことには気がつくまい。
 「松本さん、ひさしぶり」
 しかし、突然あらわれた大男が通路をふさぐようにとなりへ無遠慮に座り、私の計画は妨げられたのだった。
 どうやら、松本の古い知り合いのようだった。オッパッピーみたいなハンドル・ネームの男で、ずいぶん昔からネット界隈に棲息する古株らしかった。
 この男には、オフ会での唯一の拠り所であった開設年マウントは通じない。私はおのれの席でますます小さくなった。
 「1994年はパソコン通信が始まった頃で、自分が立ち上げたサーバーに掲載した情報が、数日かけて全国に広まっていくのを見るのが面白かった。ぼくたちのひとつ上の世代は筒井康隆さんで、ASAHIネットの大騒ぎを横目に見てて――」
 どういう素性だろうか、すべての話題を時系列に話すクセがあった。
 男がよどみなく昔話をし、松本がそれにうなづく。この場で確かなことは、男も松本も私の書いたテキスト、私の来歴、私の存在にまったく興味がないということだ。
 後藤がいるだろう奥座敷から楽しそうな笑い声が聞こえる。
 ぶぅん、ぶぅん。
 頭の中にドグラ・マグラのような羽音が響きはじめ、自分の体が自分のものではないような、離人症の感覚が私を満たしはじめた。水のようにせり上がってくるこの感覚は、やがて喉元へと達し、私を窒息させるだろう。
 「松本さん、最近なんか面白い漫画ないの?」
 「ありますよ。この一コマを見ただけで、絶対に続きが読みたくなります」
 「え、どんなの? ……ハハハ、ベンキマンとカレクックだ」
 意味を持つことを否定した、底なしの、徹底的な虚無のような会話。
 ぶーん、ぶーん、ぶーん。
 脳髄を満たした羽音はますます高まり、この瞬間にも頭蓋を破壊して、外にあふれだしそうだ。
 たまらず席を立とうと腰を浮かしたところで、私は気づいた。
 天井と壁の間にある薄い薄い隙間から、少年の体躯をした全裸の美輪明宏がじっとこちらを見ていることに。
 ウガニクだ!
 私は泣き出したいような気持ちになった。この二十年間、私が気づかないときにも、ウガニクはああやって、ずっと私を見守ってくれていたのだ。
 感極まって声をあげようとする私を、ウガニクは唇に人差し指を当てて制した。
 ウガニクは人差し指と親指をピストルの形にすると、松本の後頭部へ向けた。
 「ばぁん」
 小さな囁き声とともに、松本の顔面に穴が空いた。
 「ハハハ、ブラックホールだ」
 だ、の発声と同時に、男の頭部が内側からはぜる。
 天井にまで届く真っ赤なその噴水を浴びながら、私は立ち上がり、ウガニクに心からの喝采を送っていた。
 そうだ、ウガニク。いまのインターネットはすべて偽物の、まがい物だ。テキストが魔法として機能した神代のインターネットは1999年まで、それ以降はただの言葉の下水道じゃないか。
 きみの汚い言葉は最高にきれいだった。ぼくの下劣な言葉は最高に美しかった。ぼくたちのテキストサイトには、確かなキュレーションがあった、審美眼があった。
 それがどうだ。回線は馬鹿みたいに速く安くなったけれど、いまや恐ろしい分量の美しい言葉ばかりが下品に乱雑に、かつて美術館であり博物館であった場所の床へ足の踏み場もないほどに、ただ放置されている。
 さあ、ウガニク。君のあとから来たまがい物どもを、ぜんぶ、ぜんぶ殺しつくしてくれ。
 ウガニクをさしおいて、アクセス数だのみのアフログラサンの先行者も。
 「ばぁん」
 ウガニクをさしおいて、テキストサイト最長更新記録を標榜する金髪も。
 「ばぁん」
 ウガニクをさしおいて、ホームページ作成が一流だと誇るオタク野郎も。
 「ばぁん」
 ウガニクをさしおいて、テキストサイトをマネタイズする拝金主義者も。
 「ばぁん」「ばぁん」
 ウガニクをさしおいて、小鳥猊下の御幸を晒し上げした不敬の輩どもも。
 「ばぁん」「ばぁん」
 ウガニクをさしおいて、他の運営者たちに色目を遣うロンパリ女どもも。
 「ばぁん」「ばぁん」「ばぁん」「ばぁん」
 「ひぎぃ」「ひぎぃ」「ひぎぃ」「ひぎぃ」
 あとに残されたのは、清瀧とは名ばかりの血と汚濁の残骸だった。
 天井にはりついていた美輪明宏そっくりのウガニクは、きょとんとした表情で頭部をくるりと一回転させると「ギコハハ……」と鳴いて、そのまま煙のように消えてしまった。
 ありがとう、ウガニク。あなたはいつでもテキストサイトを守護ってくれる、永遠のチャンピオンだ。
 すっかり満足した私は、ネジで締める式の入口扉をタックルにて破壊し、店外へとまろび出た。
 先端に鎌のついた弁髪を振り回して、夜の新宿をひと通り飛翔したあと、両足で屋根を突き破る方法にてタクシーへ乗車する。
 「お客さん、どこまで?」
 魔界都市・新宿のドライバーは、アバンギャルドな乗車方法を気に留める風もない。
 「そうだな、とりあえず半蔵門までやってもらおうか」
 車が走り出すと、やわらかなGが体を押す。それに抵抗せず、腹を満たされた肉食獣の笑みでシートに身を預けた。
 ああ、ウガニク、いまなら何だってできそうだ。
 ポケットからおもむろに黒電話を取り出すと――
 おんな上しからの着しんがびっしりと画めんをうめていて、わたしは一しゅんビクッとなった。かい外では、休み中のぶ下にでん話をすることはきん止されているのに……そう考えると、なさけなさでジワッとなみだがでてきた。あ、ごめんね、現じつなんてつまんないよね。虚こうで現じつをぬりかえるのが、虚こう日記の主しだったよね。わたし、ひっこむね。
 ――ポケットからおもむろに黒電話を取り出すと、ジーコッ、ジーコッとダイヤルを回す。
 トゥルルルッ、トゥルルルッ。数回のコールで電話がつながる。
 「ヘイ、総理大臣官邸かい。今から一時間後、首相をブチ殺しにいくぜ」
 よい大人のnWo 第二部~めぐりあい・邂逅編~完