うん、カンコレ? ……3海域だけだし、久しぶりに甲勲章ねらえるかもなどと考え、じっさい友軍が来るまえにイー・ツーをすんなりと抜けてしまったのがマズかった。イー・スリーも最終段階にさしかかり、ボスの装甲破壊ギミックに着手するも、なぜか基地防衛の航空優勢がなかなかとれない。調べてみると甲は乙の倍ほど制空値が必要なのだという。なけなしの装備をかき集めてみると、イー・ツーでもらったばかりの局戦の熟練度を最大まで上げれば、ギリギリ航空優勢の制空値に届きそうな感じである。そこで、イー・ワンに戻っての熟練度上げを始めた。
幾度も出撃・撤退を繰り返すが、熟練度は遅々として上がらない。ちょうど二十回目の出撃後ぐらいだろうか、私の脳髄にトカトントンが響き始めた。人生の貴重な時間を、こんな無駄な作業に費やしていていいのか。何か大病をして、人生の残り時間が決まった場合、まっさきに後悔するのは正にこの時間なのではないかーーそう考えると、手が止まった。
それ以来、一週間ほど遠征による資源回復も行わず、放置したままである。もしかすると、本当に引退かもしれない。
カンコレのイベントどうなりましたか、だって? ハハハ、君はこんなバスエ・サイト・マネジャーの昏い趣味にまで気をかけてくれるいいヤツだなあ! あるいは、クリア済みの甲提督が優越感でなぐりに来ているのか、んん? まあ、その気分はわかる。イー・ツー・甲をクリアできないグズどもを見るのは、本当に胸のすく感じだったからな!
あれから、トカトントンが響いていない瞬間は私の人生には無かったことに気づき、なんとか航空優勢のギミック解除にまではこぎつけた。しかし、それがワナだった。すなわち、ビッグ・スワンプの始まりである。大破、撤退、大破、撤退。ボス旗艦を中大破に追い込んでからの夜戦敗退は数知れず。繰り返される虚無と空費は、瞬発的な怒りとは異なった、日常生活では意識することのない、根源的で巨大な感情の存在を顕現させる。表面はしんと静まり返っていて、煮え立ちもしない。
しかしこれこそが、他者の肉に刃物を通し、幻想の肉を火刑にし、肉親の骨を鈍器で砕き、偽りの肉を電気コードで締め上げるときの感情なのだ。私たちの世代が本質的に呪われていることの証左である。受験、就職、結婚、出産、育児、マイカー、マイホーム、昭和の追憶を表面だけトレースしても、決して満たされることはない。こんな玄妙極まる激情を惹起するゲームは、他にないだろう。
そして、ほとんど誤差にしか見えない微細な数値を膨大な時間を費やして積み重ねた先に、かろうじて届く領域がある。これは最高のギャンブルと同じで、技術を突き詰めた究極の先には、純粋に運だけが残る。その場所では、自分は勝てないことを改めて思い知らされた。人生についての苦い学びがあるのは、良いゲームの証拠だ(そういえば、エフエフ・イレブンもそんなゲームだった)。やがてバケツが尽き、アルミが尽き、燃料が尽きた。イベントの終了期限から判断して、難易度を乙に落とす。すると、エス勝利が2回続いて嘘のようにスッとクリアできた。
至高のステージでは敗者にしかなれず、一流にはわずか届かない技術で二流を相手に糊口をしのぐ。つまらない勝ち、達成感のない勝ち、無意味な勝ちだけが積み重なる日々。本イベントは、己の人生をふりかえって自嘲するが如き顛末に終わった。カンコレ、罪なゲームである。
質問:例の国連スピーチ、どう思いました?
回答:男性原理の支配したこの世界では、一人の少女が突如として託宣の巫女に選ばれることがある。大人になるまでのわずかな時間、時々の政治の潮流を批判し、相対化するメッセージを、原理の外側から伝えるためだ(不思議なことに、少年がこの役割を果たしたことはない)。
しかしながら、彼女はその試しとなるはずのスピーチに失敗した。ひとつ前の巫女であるマラ×2のスピーチが好対照だ。穏やかな語り口で対立を煽らず、「ワン・ティーチャー、ワン・ペン、ワン・ブック」みたいな、だれもが切り取りやすい知的で簡潔な、印象に残るフレーズが織り込まれていた。
それに比べて、みんなのうらみはと言えば、米・ビッグ頭領に対する憎悪に満ちたやぶにらみとハウ・デアくらいしか印象に残らないというていたらくである。世の裏側にいるオーソリティたちは、カミさんに叱られているときみたいな口ごたえを許されない感じに、イヤな気分にさせられたに違いない。
このスピーチを境として、線は引かれなかった。少し期待していただけに、じつに残念だ。私は、次の少女の到来を待ちたい。
諸君、アインシュテュルツェンデ(崩壊、の意)! 小鳥猊下です。
先のツイーティングで著名人にとってのツイッターを鋭く分析しながら、諸君のような一般ピーポー(救急車、の意)へ言及しなかったのは、全くの片手落ち(右手ないし左手に先天的あるいは後天的な器質の欠損がある、の意)であったことを深く反省している。
小生があまりにネット上で著名すぎるための見落としには違いない。しかし、言い訳をさせてもらうならば、今回の状況は諸君が蟻を踏み潰したのに気づかぬのと同様であるし、アスファルトに転がる蝉の遺骸が諸君の接近に伴い飛び立ったときの驚愕と同様である。
小生の著名さを表す逸話として、雨戸で閉めきった四畳半で平日の昼日中に「今や小鳥猊下はキリストよりも有名だ」とつぶやき、全国各地の耶蘇教を信奉する施設から抗議の電話が殺到しなかったことは、諸君もよく知るところだと思う。
閑話休題、なんとなれば、nWoは諸君のような名も無き無辜の市民の盲(右目ないし左目、あるいはその両方に先天的もしくは後天的な器質の欠損がある、の意)をとくために前世紀から(前世紀から!)存在しているのだから、あえて今回の御幸に恐縮することはない。
結論から提示するならば、諸君のような一般ピーポーにとって、ツイッターが有効に機能するために必要なエレメント(リュック・ベッソン、の意)は、人格ないし幻想の共有である。
例えば、現実に面識・交流があれば、「大便でした」等の意味不明の妄言的ツイートであっても、小学生時代、かの君が調理実習中に行った排便を想起して、たちまち文脈を立体化できる。
例えば、同じ萌えゲーを愛していれば、「君子ちゃんマジ君子」等の意味不明の妄言的ツイートであっても、冠位十二階の制を題材にしたあの美少女ゲームのことだなと、たちまち文脈を再構築できる。
そして、諸君とnWoはあらゆる現実を共有していない。連続性のあるツイートによって再三、小生が文脈構築を試みるのは、この事実を認識するがゆえだ。
さらに言うと、就職すれば職場の愚痴、結婚すれば家庭の愚痴のような、肉の養生に魂の独立を絡めとられているストレイト・ツイーティングを嫌うゆえであり、いかに現世から遊離した架空に浮き足立てるか、嘘と猥褻とアレを追求できるかに挑み続けたいがゆえである。
アレが何を指すのかはあえて伏せるが、まったく今回の文脈から乖離した豆知識としてツイーティングするが、回教徒の結婚および性交可能年齢は開祖の言行録に照らして、女子において9歳であることを付け加えておく。
では諸君、ノイバウテン(バウテン、ノイ。ではなく、再建、の意)!
「あッ、街頭で春をひさぐ女性のメイクをした小鳥猊下が両手で相手を拒絶する仕草を作りながら、爪先から臀部の直下までを固めたギプスで地面をカツカツいわせながら、汚れた下履きを誇示しつつ紙ずもうの力士に似た動きで延々と後退してゆくぞ」
「(アヒル口で)ストライキ・ビッチーズ!」
「挑発しているのよ! 彼の脳内にしか生息していない、仮想敵どもを激しく挑発しているのよ!」
「(アヒル口で)ストライキ・ビッチーズ!」
(遊女が窓辺でうなじを見せながら)悲シクハアリマセン。悲シミナンテ、モウドコカヘ行ツテシマツタ。フオロワーガ増エテモリツイートノ増エナイ悲シミナンテ、ゼイタクナ甘ツタレデス。
ダケド、夜パソコンノ前ヘ座ツテ、昔ノヨウニスグ更新ヤツイートスルコトガデキナイノハ、タシカニ悲シイ習慣デス。頭ガ重ク、背中ヤ腰ガ痛ク、ソシテ心ガ痛ムノデス。
考エテモ更新ヤツイートデキナイノヲ、ドウシテモ繰返シ考エテイル、一番重ツタイ、エヌダブユオウノ時間デス。
『何ガアンナツイートヲサセルノ』フオロワードモガカナラズ聞キマス。『オマエタチノ無関心ノセイダヨ』カナラズ答エルコトニシテイマス。
幾通リモ作ツテアル、ツイート用人格ノヒトツヲ演ジナガラ、フオロワーノ失笑ヤ馬鹿笑イニ、憎々シサガコミアゲテ眼ヲソラシマス。
一度本気ニナツテ、ホントウノコトヲリプライシカケタコトガアリマシタ。ソノフオロワーハ、トドノヨウニ太イ腹ヲシテイマシタ。エロゲーガ好キナ人デシタ。『君ノツイーテイングハ、悲シミガコオリツイタヨウダ』トカ言ツテイマシタ。
ダケド、ソンナフオロワーハ、メツタニダイレクトメツセージシマセン。筋書ノキマツタツイートヲスラスラタドリナガラ、ホカノコトヲ考エテイル毎夜デス。
(遊女が窓辺でうなじを見せながら)悲シクアリマセン。
令呪(れいわ)! 小鳥猊下であるッ!
最近ではもっぱら、グリムドーンをプレイしている。ディアブロ2の良い部分をディアブロ3のシステムで再構築した感じで、プレイフィールがたいへんによろしい。正直なところ、ラダーとかシーズンとか、充分なプレイ時間が確保できない社畜にとって、先頭集団に追いつかねばと気ばかり急かされる辛い要素でしかない。それがないだけで、たいへんに心やすまる。世間的には周回遅れであろうと、自分のペースでポツポツ進めることができるのは、ありがたい。
「気ばかり急かされる」つながりで言及しておくと、今回のエフジーオーのイベントと恒例のエイプリルフール限定アプリを順に体験し、私はなんともそら恐ろしい気分にさせられた。プログラマの技術力よりファンガスの思い描く設計が優越する暗転まみれの大奥に、数ヶ月にわたる制作の労を24時間でご破算にするFGOクエスト。そもそもエフジーオーにもっともカネを落とす年齢層が、年度初めの平日にドラクエ1と同規模のゲームをコンプリートできるはずがない。ファンガスはそれをわかっている。わかっていて、かくあるべしという己の想いを優先しているのだ。クリエイターとしてのこの傲慢さは例えるなら、庵野秀明が描いた緻密な軍艦の絵を、夜間だからの理由ですべて黒塗りに演出した高畑勲の領域にさえ到達している。
予言しよう。現在進行中の第2部が終われば、どれほどの収益があろうとも、どれほど皆が哀願しようとも、エフジーオーが二度と起動できなくなる未来を。そう、まさにエイプリルフール限定のアプリのように。
私は、ファンガスのそんな傲慢さを愛する。逆にそうならなければ、彼を軽蔑するだろう。だからこそ、いずれは無に帰すこの沼へ、カネを注ぎ続けるのである。
え、今回はどのくらい注いだんですか、だって? 一千万プレイヤーかつクリスチャンの俺様にとっては、十分の一税にも満たぬビー・ケー・シーに過ぎぬわ!
ヘイ、ユー! 話題のエヴァ・アプリはもうインストールしたかい? 最初にヴィレ(笑)かネルフ(キリッ)かの所属を選ばされ、いったん決めると二度と変更することができない、ゴキゲンのクール仕様なんだ! イングレスじゃあるまいし、情報アプリでなぜ陣営を選ぶのか!
(ガッツポーズで上を向いて)これは、回答結果によって続編の展開が決まるのに違いない! やった、ポッと出のヴィレに数で負けるわけもなく、ネルフの圧勝で破の続きが決定だ!
(突然うなだれて下を向いて)よく見ると、ヴィレのロゴがネルフより少し上に配置してあるな……おまけにネルフのロゴはQで使われた文字化けアイコンになってる……これはQの続きであることがもはや確定的に明らか……
(ガッツポーズで上を向いて)いやいや、あのエヴァのこと! 他のアニメと差別化するための物量作戦でどちらの続編も作ってあり、劇場数を倍増して2つの結末を同時公開くらいはやるに違いない! 旧ファンよし、新ファンよし、作り手よし、まさに三方一両得、ウィン・ウィン・ウィンじゃないか!
(突然うなだれて下を向いて)でも、カントクは悩んだけどヴィレを選んだって書いてある……これはやはり、Qの続編だというメッセージに違いない……
(ガッツポーズで上を向いて)いや待て、作曲家のツイート画像には2冊の脚本が写っている! これは間違いなく2種類の続編が作られていることを裏づける証拠じゃないか!
(突然うなだれて下を向いて)でも、参加声優のツイートにはBパートまでしかアフレコが終わってないってあるな……公開までの期間を考えれば、やはり作られているのは1つだけ……Qの続編である可能性が濃厚……
(ベロを長く突き出した入道雲パーマ、異様に長細い両腕をぐるぐる回転させながら)キモッ!! キーモキモキモキモキモキモキモ、キモォッ!!
おもろないときは、わざわざおもろないといわんでええ。だまっときなはれ。いうたびにてきをつくるし、なによりあんたのくちびるがへる。
ただな、おもろかったら、そのおもろかったひゃくばいほどほめてやりなはれ。それはひとをそだてるし、いざゆうときみかたもできる。それがじんりん、ゆうもんでっせ。てれびはどぎついことばっかやりよるから、なんやみんな、いけずのわるばっかりかとおもうけど、よのなかしょうみのとこ、100のうち93くらいはじんりんなんやで。
あんたのすきなかるぴす、ありますやろ。もとのえきがいけずのわるで、みずがじんりんや。あじほどに、もとのえきはおおないんや。よのなか、かるぴすとおなじやで。よーお、おぼえときや。つまりな、あんたのまわりがしんとしづかなんは、じんりんをはずさん“じぇんとるめん”ばっかりがあんたをみとるゆうことや。あんたのこりくつほどにむずかしいことはあらしまへんで、たんにあんたのげいがおもろないゆうことや。
ありゃあ、なんでやろ、きゅうにいんでまいたくなったわ。ああ、くるし、ああくるし。くう。
おわり(制作・著作 NWO)
発売されたことに1ヶ月近くも気づいていなかった。なんとなれば、私のアクセスするエス・エヌ・エスでは誰からの言及も無かったからである。「もーっ、みんななんで教えてくれないのよー! あたしが鈴木裕、大好きなの知ってんじゃんよー!」などと一人でモニターに向かってオドケながらダウンロードし、三時間ほどプレイして真顔になった。
グラフィックがアレなのは、キックスターター発のインディーズゲームと考えれば、ご愛敬の範囲。アジアとクンフーのオープンワールドという点も、いまだ新鮮に映ります。何が問題かと言えば、プレイフィールがほぼそのまんま初代シェンムーなこと。
モッサリとしたレスポンスに、スキップできない上に不気味なぐらい無感情で棒読みの会話、くるぶしほどの段差さえ越えられない移動制限だらけのフィールド。初見殺しのシビアすぎるQTEに、少し走っただけでfalloutのサバイバルモードなみに減りまくる腹イコール体力、さらにオマケどころではないプレイ必須で攻略性の薄いミニゲーム群。シラミつぶしの会話によるフラグ立てに、セーブの仕方さえ教えようとしない不親切なチュートリアル、かてて加えてブツ切りに入りまくるローディング。土間から座敷に上がるとき、靴を脱ぐムービーを見せるために二回ロードが入ったのには乾いた笑いが出た。
この二十年、オープンワールドタイプのゲームがコツコツと積み上げてきたノウハウとかテクニックをガン無視して、二十年前の不便・不満・不都合をそのままに引き継いだのが本作なのだ。何年か前にファミコンのゲームが三十年ぶりに発売されるみたいなニュースを見たが、鈴木御大はそれと同じ制作姿勢で当たられたのだろうと思う。感性の摩耗とか、進取の喪失とか、そういった安易な批判をしてはいけません。正当進化ではない、かといって退化でもない、初代そのままのゲームをこの令和の御代に作ることを決め、実際そうされたのだ。初代ファンには恍惚の体験をもたらす仕上がりなのかもしれないが、一見さんにお勧めできる要素は絶無である。残念ながら、本当に、何ひとつ、ない。
そして何より気になったのは、全8部作とブチ上げた初代・第二作から、二十年ぶりのシリーズ第三弾であるにも関わらず、ストーリーが1ミリも進まない点である。いよいよシェンムーシリーズも本作をもって、作者の死が物語の終わりとイコールになる例の作品群に繰り込まれたようだ。
何度も引き合いに出して申し訳ないが、オールドクリエイターの諸氏はランス10の潔さを見習って欲しい。
艦これのイベントは、仕事にそっくりだ。
前のイベントのダメージから完全には回復しないまま次のイベントが始まってしまうところなんか、仕事にそっくりだ。
一隻の大破で連合艦隊を撤退させるとき、チーム力は最も弱い者のレベルになるというマネジメントを思い出させるところなんか、仕事にそっくりだ。
敵の旗艦をあと一撃にまで追い詰めながら撃沈を逃したとき、部下のミスで大きな契約を逃したことを思い出させるところなんか、仕事にそっくりだ。
イベントの終了時期と残り資源から逆算して難易度を下げるとき、納期と天秤で質へ目をつぶる決裁を思い出させるところなんか、仕事にそっくりだ。
イベント海域をクリアしたときの「もうプレイしなくていい」という解放感は、オフィスで迎える納品後の朝の虚脱感を思わせて、仕事にそっくりだ。
そして毎回、「もう辞めよう、もうこれで終わりにしよう」と思うのに辞められないところなんか、仕事にそっくりだ。
艦これのイベントは、仕事にそっくりだ。
(何らかの激情に駆られて握ったこぶしを激しく交互にキーボードへ叩きつけながら)ウオアアアアーーッッ!! 小鳥猊下a.k.a.キーボードクラッシャーであるッ!
社畜には、イベント開始と同時に攻略へ取りかかることは、ほとんど不可能である。時間も資源も圧倒的に足りず、試行錯誤の余地はあらかじめ奪われている。なので、先行者のクリア編成と装備を丸々コピーすることからイベントが始まる。慢性の鬱病で、音と光がとてもつらい。特にキンキンした若い女性の声が耳にさわる。モニターの明るさをできるだけ低減し、音声設定からBGMとVoiceをあらかじめ殺しておく。SEを切らないのは、戦闘終了とギミック解除の音を聞き逃さないためだ。なぜなら量子力学の観測問題ーー注視しながらプレイすると必ず道中大破し、ボスにはカットインせず撃破を逃す現象ーーを回避するため、攻略中は画面を他のウィンドウで覆って見えないようにするからだ。つまり私にとって、クリアまでの行程はセガサターンのリアルサウンドとほとんど変わらないのである。リアルイベントにもいっさい興味はないし、なぜプレイを続けているのか自分でもわからない。たぶん、アルコールと同じ類の耽溺なのではないかと思う。
たったいま、甲甲乙乙乙乙でクリアしたお……もう年内はプレイしなくてすむお……ほんとうに、ほんとうにうれしいお……不幸のない状態を幸福と呼ぶんだお……(バスタオルに顔を埋める)