ぼくにとって太宰治のような、一時期の熱狂がそのまま羞恥ゆえの憎しみに転じ、紐で縛って押入れの奥に放りこんでしまう類の作家だった。放りこむ先が廃品回収や古本屋ではないところが複雑なのだ。創造を生業にする誰かに対する最大の賛辞は、「早く死んで欲しい」だとする文章を読んだことがある。大いに首肯したものだ。己が七転八倒しながら生み出した何かを軽々と飛び越えられる、あるいは己にしかわからない深いところで死ぬほど打ちのめされる、そんな経験をもうさせられなくて済むからだ。欝と加齢とアルコールで短期記憶と長期記憶の連絡が麻痺しているので、きっとすぐにすべて曖昧になってしまうに違いない。だから、いまの気持ちを書きとめておく。
ぼくは、ショックを受け、悲しみ、そして安堵した。
ハロー、偉大なるnWo臣民よ。私だ。小鳥・満太郎・猊下だ。
こちらは、この冷たく不合理なインターネットで暖かさと理性の声を届ける“猫を起こさないように”。
では、ここでひとつ霊的な引用を。小鳥・満太郎・猊下自身が、あなたの心に届けよう。
「萌え画像を送るのは、なぜ送らなかったかを説明するより、簡単だ」。
少し話をしたい。もっと大切なことを話しあうべきだ。
私たちは貧困、欲望、暴力、そして陵辱ゲー発禁の時代を生きている。
そして、中堅テキストサイト“猫を起こさないように”は、いまやネットのトラフィックを増大させる更新頻度の少ないブログにまで成り下がってしまった。
ネットのトラフィックを増大させる更新頻度の少ないブログよ、なぜ“猫を起こさないように”はこうなってしまったのだ。
インターネットで最もアナーキーだったテキストサイトが、ブログ化の果てに死んでいくのを、なぜnWo臣民たちは黙って見ていたのだ。
答えは極めて単純だ。それは、力の喪失だ。最高更新責任者が力を失ったことだ。君たちは、愚か者に管理と更新を預けてしまった。
そこで私は考える。
民主主義の基本は、多数決ではなかったかな?
萌え画像を送られない小鳥・満太郎・猊下は、少女の肢体、媚、愛液と体液の混然となったシズル感、欲しいものをすべて手に入れられなかった。
だから彼は怠け者になった。そうだ、怠惰は更新を生まないのだ。
私は誓う。過去のテキストサイト管理者が犯してきた間違いを繰り返さない。更新できないから閉鎖する、それは愚か者の思考だ。
小鳥・満太郎・猊下が作るテキストサイトは、更新の無いまま長く続いていくテキストサイトだ。餌の無いトラバサミに獲物がかかるのを座して待つ、それが、nWo流だ。
親愛なるnWo臣民よ、君は値しないのか。アングラ時代から密かに支援していた芸人が愚かな一般大衆へ突如認められるとき、奴らの狂奔を尻目に「今更ねえ」と唇の端を歪める優越感を味わう未来に、値しない存在なのか。
私がなにを言いたいのか、賢い君たちは理解していると思う。
しかし、あえて言うならば、最高更新責任者として私はふさわしい萌え画像を得るまで、決して更新を行わない。それを厳粛に、誓うことを宣言する。本当の意味での、放置だ。
親愛なるnWo臣民よ、そろそろお別れだ。待つべき萌え画像が大量にある。そして小鳥・満太郎・猊下は、それまで決して更新を行わない。絶対にだ。
だが、寂しがることはない。
私はnWoの意思だ。私は皆であり、また、君たちも私だ。
では、また会おう。小鳥・満太郎・猊下から、さようなら。
私のために殺すとき、心は痛まない。誰かのために殺すとき、心は痛む。
黒く巨大な影がゆっくりと顔をあげた。誰かの――もしかすると自分の――悲鳴を聞いたように思ったからだ。それは、震える音叉の右と左が否応に伝えるような、剥き出しの、痛覚さえ伴う共鳴だった。
近づいている。私の魂と同じ色をした魂が近づいている。あれは、私が喪失してしまった片翼だろうか。
いや――
あの色合いは似非だ。あれは煤の集積した黒に過ぎぬ。拭えばたちまち黄疸のような、濁った地金を晒すに違いない。一人や二人多く殺したところで何も変わらぬ。家族の血でさえ、私にとって特別ではなかったのだから。
そこまで考えて、心臓と胃壁を細く刺し貫くような違和感に気づく。久しぶりの感覚だった。仁科望美はその正体を知っている。それは、孤独である。悲しみも痛みも超越し、恐怖を己がうつし身とした。しかし、最後に残るのは、やはり孤独なのか。
孤独は心を惑わせる。どんな強靭な精神も孤独に迷う。だが、孤独が他者へと向かう感情ならば、己よりも劣った相手へは生じぬはずだ。人間すべてを殺害できるのならば、行き先を失った孤独は、きっと霧消するに違いない。
最初の少女が殺し続けることに何か理由があるとするならば、まさにこの歪な哲学こそがそれであっただろう。
近づいている、近づいている。
知恵と本能が渾然となった仁科望美の意識は、愉悦をもって目蓋の無い瞳をぐるりと回転させた。
あれを殺害せよ、必ず殺害せよ。あれが私よりも劣っていることを証明しながら、入念に殺害するのだ。
ものを作ることはものを壊すことと同じである。無限のような繰り返しのうち、最初に生じた意味を消滅させることで、それは完成する。ものを作ることの終着にあるのは、完全な無化だ。
――これ以上は無理です!
叫び声が、予を思索から現実へと引き戻した。
ローター音の下で、操縦士の声はほとんど悲鳴である。無理からぬことか。ランキング二位の少女殺人者を一位の元へ同道する仕事なのだ。孕みきれず結露した死が眼前へ滴り落ち、複数の死を一時に求めえぬ人の身は、汚辱を伴った残虐さが支払いの代わりになることを否応に予期するのだろう。
――もう少し近づいてください。姿の見えるところまで。
精気の無い声。振り返れば、予の少女が日本刀を膝へ横抱きにして座っていた。視線はまっすぐ前を見つめているが、その実どこにも焦点がない。
しかし、操縦士に湧き上がった感情は、予とは異なるものであったらしい。とたんに背筋を張り、操縦桿を握る指の関節は白くなった。
ヘリは、次第に密度を濃くするようにさえ思える大気を裂いて、大和川上空を通過する。一年前の予は、少女殺人者とこれに乗る未来を予想していただろうか。青少年育成特区における観察対象、すなわち少女殺人者の動向を探るために導入された対少女哨戒機である。特区の成立に際して国から格安で払い下げられたが、メンテナンスにかかる費用は地方自治体の収入でまかなわれており、いまや相当度に老朽化していた。
仁科望美を殺し、青少年育成特区を終わらせる。予と予の少女が得た結論には、一種の高揚感があった。だが、その感情的な側面は一人の少女にとっての最善を曇らせてはしまわなかったか。そして、予は本当にこれを望んでいるのか。
成体までの被支配の歳月が、自立というよりは支配を求める人間の基本的な性向を決定する。最良の支配者、究極の王政が常に民主政を上回るように思えるのは、初源の不可避的な無力状態に起因している。人類がイデオロギーの呪縛より逃れるためには、まず何より幼年期の時間を消滅させる必要があるのだが、生物学的な事実がそれを妨げる。ゆえに、社会は個人に先行できない。個人の世界観は幼少期の感情生活によって致命的に影響され、それは成長して以後の価値判断を予め決定してしまうからである。卵と鶏の議論よりも明白な結論だ。この意味で予は運命論者にならざるを得ない。
しかし、これは人の歴史が抱え続けてきた大前提を確認するに過ぎず、改めて指摘すべき内容とも思われぬ。近代の抱える新しい問題とは、かつてなら養育する者とされる者の間へ侵入して運命をゆらがせた外的な要因が薄まり拡散してしまったことにある。幸福は家族に矮小化され、不幸は世界へと巨大化する。
家族へ背をむけ、世界を破壊する。仁科望美の殺害は象徴なのだ。これは、時代に向けてする予の復讐である。
たどりついた結論を打ち消すために、予はかぶりを振って窓の外を眺める。眼下の大和川に、以前仮居していた橋桁が見えた。河原では、やはり何者かが炊事の煙を上げている。あれは自分か、自分はあれか。視界が倍率を上げるような没入の感じがあり、続いて自己が二重になる錯覚が生じた。茫洋とした、特徴に乏しい人影が立ち上がり、こちらへ手をかざす。この距離で視線が交錯するはずはない。しかし一瞬、痛ましい輝きを宿す瞳を覗き込んだ気がした。
現実を直接手触りするときのざらついた感じに嫌悪感を覚え、予はそれを避けるように予の子飼いを眼前へと掲げた。思えばビデオカメラとは、意識の不滅へ捧げる信仰に近い。対象が消滅した後も、己の意識は存続しているという確信がなければ、撮影を行う意味がない。現在という熱を過去へ冷却し、対象の実際を越えることを願う。すなわち、撮ることの本質とは対象の消滅を祈願することである。
予はそれの消滅を強く願いながら、録画ボタンを押す。RECの赤い文字が点滅すると、炊事の煙だけを残して橋桁はすぐに無人となった。
付近の山林より、それは出現する。予の認識は最初、縮尺が狂っているのだと判断した。前傾した姿勢で、すでに電線へ届くほどの大きさである。しかし、両手が膝頭の付近にまで垂れていることをのぞけば、滑らかな曲線で構成された肢体は、未成熟の少女そのものであった。最初にして最強の少女殺人者、青少年育成特区の生まれいづる処――仁科望美である。
ヘリの接近に気づいたのか、ふいにこちらへと顔を向けた。柔らかな卵型の輪郭の内側で、目蓋と唇だけが無い。予にとってこれは二度目の邂逅になるが、前回は宵闇のうちであった。すべての魔術を解く真昼の陽光の下で、なお仁科望美の異様さは少しも減じるところがない。
突然、操縦士が許可を得ぬまま、ヘリの高度を下げ始めた。真っ赤になった両目と青ざめた頬が絶望のコントラストを成す。もはや背後からの圧力よりも、眼前の怪物から来るほとんど有形の恐怖に屈したのである。予は予の不快を伝えようと操縦士へと向き直った。
――だいじょうぶです。もう、いけますから。
だが、予の少女は静かに予を制止する。不快の正体は、操縦士の動物的な本能が予の少女よりも仁科望美の力を大きく見積もったところにある。予は不承不承うなづくと、足元の荷を接近する道路へと投げ下ろす。続いて、予と予の少女は、ホバリングに空中静止する哨戒機から共に飛び降りた。転倒する予を尻目に、予の少女は重さのない羽毛のように着地する。瞬間、足元が黒い影に覆われた。
人の姿をした、人ではない何かが、上空より急速に予の視界へと迫る。目蓋の無い錆び色の瞳。甲殻類にも似た、生命からの共感を拒絶する濡れた質感。削げ落ちた唇は、赤黒い乱杭歯を隠さない。脳頂から差し込まれた恐怖が、すぐに諦念となって全身を呪縛する。狩られる者が狩る者に対して身を開くときの、あの麻痺だった。
しかし、予の少女もまた、狩る者である。左手で荷をすくいあげながら、その勢いのまま予の腹へと右肩を差し入れ、跳躍する。巨大な少女は飛び立ちつつあった哨戒機を荒々しい陵辱のように両脚で挟み込むと、地面へと叩き伏せた。落下の衝撃と単純な質量へ耐えかねたフレームは、玩具のようにひしゃげる。
一秒を引きのばす長い静止と、爆発。遅れてやってきた爆風が予の少女の陣幕をはためかせ、背後に吹き上がる炎は小柄なほっそりとしたシルエットを際立たせる。その表情はすでに、これから起こる殺害を疑わない少女殺人者の冷徹を湛えていた。予の少女は、何をすべきか迷わない。足元の荷を素早くほどくと、幾振りかの日本刀を取り出す。予の政治力が日本刀町に現存する業物のうちから最良の七本を蒐集したのだ。これらは、仁科望美を殺害するために準備された凶器である。
予の少女は鞘を払うと、七本の刀を順に道路へと突き立ててゆく。少しも力を込めていないようなのに、抜き身はまるで熱したナイフのバタを裂くが如く、やすやすとアスファルトへ突き刺さる。やがて、予の少女の背を取り巻くように、刃の青白い半円が形成された。
黒煙の中から現れた最強の少女が、天を仰いで咆哮する。火傷ひとつ無い。炎では、その肉を焼くのに冷たすぎたのだ。赤子の泣き声を逆回転でスロー再生したような、重く低い叫びが大気を震わせる。叫び声は音波となり、音波は物理的な衝撃波と転じて、左右に立ち並ぶ民家の窓ガラスを粉砕しながらこちらへと迫る。
しかし、抜き身を片手にした予の少女は微動だにせぬ。まさか受け止めるつもりか。いや、背後に予が控えているせいで、回避できないのだ。正眼へ構えた日本刀が、衝撃波を左右に分かつ。予と予の少女が立脚するのは、さながら氾濫した激流の最中に残る中州だ。
澄んだ音を立てて鋼鉄の刃が折れると同時に、激流は途絶える。四足に身を屈めた仁科望美が、長い前腕を地面に叩きつけて移動を開始したのだ。その速度は、見かけからは想像できぬほどに速い。
予の少女が予を見、予はこめられた意図を感じとる。この戦いに、予は足手まといだ。だが、南北の街路へ東西に壁の如く差し渡す巨大な少女を前に、避ける場所などあるはずがない。予の思考は停止する。しかし、予の少女は判断を迷わなかった。新たな抜き身を口にくわえ、さらなる二本を左右へつかむと、東の民家へと駆け出す。目蓋の無い眼球が予の少女を追う。それは、フェイクだった。
次瞬、ブロック塀を蹴って間逆へと跳躍した予の少女は、仁科望美に生じた死角へと身を投じた。二本の刀を交叉させると、右の手のひらをアスファルトへ縫いつける。突然に支点を得て、おそろしく巨大な臀部が回転しながら滑り、いくつかの家屋をなぎ払うように粉砕する。
そこへ砂煙を裂いて、茶色に塗装された消防車が猛然と飛び出してくる。瞬間、予の身体は浮き上がった。軽い衝撃を感じた後、予はランブラーの屋根に横たわる己を発見したのである。傍らでは、死体処理用の手鉤をかつぎ、やくざに紫煙をくゆらすツナギ姿の妙齢女性が予を見下ろしている。
――やあ、アンタだったのかい。死体を釣り上げたかと思ったよ、あたしゃ。
予が予の少女の観察員となって間もない頃、予の少女によって行われたいくつかの少女殺人に立ち会った清掃局の職員である。一年以上を経てなお、予を予と認識できたのは、よほど予の発する何かが特別であるのに違いない。
――まさか、二人とも生きてるとは思わなかった。まったく、あれから何人殺したのやら。
家屋の残骸から、巨大な少女が立ち上がりつつある。左手から滴った血が下水へと流れこんでゆくのが見えた。殺せる。この生き物は、人類が殺せるのだ。
仁科望美がうろうろと周囲を見回す。敵を見失ったのだろう。その背後に、抜き身を片手に電柱の上へ直立する予の少女がいる。半円を描くようにゆっくりと刀を正眼へと戻す。終わりだ。
――けどね、今回ばかりは相手が悪すぎるよ。
吸い口を噛み潰しながら、清掃局員は厳しく目を細める。何を言っているのだ。いま、勝利は正に達成されつつあるではないか。
音もなく宙に身を躍らせる予の少女。呼応するように、仁科望美が振り返った。唇の無い口腔が歪む。笑っている。知っていたのか。回避行動の取れない空中へ、狡猾な演技で標的を誘い出したのだ。
頬が膨らみ、右腕が鞭のようにしなる。群がる蝿に牛の尻尾がするような、無造作な一撃。しかしそれは、蝿にとって致命的である。
予の少女はたちまちアスファルトへと激突し、大きく跳ねた。そして、動かなくなる。予は、接触の瞬間に予の少女が身を屈めるのを見た。衝撃は吸収されたはずである。ただ、信じるのだ。殺戮の日々が積み上げた予の少女の強さを信じるのだ。
――あー、こりゃ死んだかもね。
霊柩車にもたれかかりながら紫煙をくゆらせていた清掃局員は、煙を吐き出すのと同じような無感動でつぶやく。言葉に状況を確定させまいと息を潜めていた予にとって、その発言の無神経さは容認しがたかった。予は清掃局員をにらみつける。こめかみに白い切片を貼り付けた妙齢の女性は軽く首をかしげ、目を細めた。
――出歯亀ぐらいに観察員なんて名前をつけて、全く連中どもはいけすかないが、その目を見る限り、もしかするとあんたは少し違うのかもしれないね。増岡ってんだ。紀の川水系を担当してる。あと数分ばかりのつきあいだろうが、よろしく頼むよ。
皺がれた片手が差し出された。予は無言のままとりあわず、予の少女へ向けて再びビデオカメラを構える。予の少女は地面に倒れ伏したまま、微動だにしない。
――嫌われたね、こりゃ。まあ、お互いにするべき仕事をするだけさ。
増岡は、わざとらしくため息をつく。その間にも、仁科望美は腰を屈めるようにして、予の少女へと近づいてゆく。偽死を警戒しているのか。小柄な両肩はもはや上下しておらず、折れた刀をつかんだ右手は力なく垂れている。ノイズのような眩暈。撮影することは、対象の消滅を願うことである。ならばいったい、この行為が何を引き起こすことを望んでいるのだろう。
ゆっくりと振り上げられた右足の影は、予の少女をすっぽり覆ってしまうほどに巨大だった。それが小さな身体を圧し潰さんとする正にその瞬間、予の少女は劇的に横回転して危地を脱する。そして、アスファルトを鞘にした抜刀術で、抜きざま右足へと斬りつける。しかし、狙いが充分ではなかった。分厚い爪に阻まれ、わずかばかり肉へ切り込んだところで刃はふたつに折れる。
予の少女は新たに刀を引き抜くと、大きく後ろへと跳びすさった。仁科望美に訪れた変化が、次なる攻撃を躊躇わせたのだ。
――二度も傷つけられた。あの化け物の自己愛にゃ、充分すぎる打撃だろうね。
つぶやいた増岡の横顔には、軽口の様子からは遠い深刻さが浮かんでいる。
――あの身体に肺呼吸じゃ、実際、動くのもままならんわね。ここからがアンタたちにとっての本番ってわけさ。
それは、極めて生理的嫌悪に満ちた変化だった。肩口から背中の上面が波打ち、隆起する。少女が、少女の持つ柔らかさと滑らかさをそのままに、正体不明の皮膚病に侵されていくのを早回しにするような眺めである。
――さしずめ、エンジンを積み替えてるってところか。
やがて仁科望美の上半身へフジツボ状の突起がびっしりと並んだ。外観とは似合わぬ柔軟さで、それらは収縮を繰り返している。肥大した上半身は細身の下半身と異様なバランスを成し、突起に押される形で首は地面と水平に曲がっている。これが、殺し続けてた者の本性なのか。それはもはや、人の戯画へと堕していた。
かつて少女殺人者だったものの成れの果て――人類に仇為す巨獣である。
その背中に、小型の竜巻のような気流が発生する。肩越しの景色が陽炎の如くゆらいだかと思うと、突起からゆらゆらと褐色の気体が立ち上り始める。清浄な吸気は、糜爛した呼気へ。緩と急、二つの動作をあわせて、それは呼吸しているのだ。予は息苦しさが増した気がして、思わず喉元へ手をやった。
巨獣は突如、予の少女へと風を巻いて襲いかかる。小動物の敏捷性を備えた鯨を思わせる、ほとんど物理法則を無視するような動きだ。長い前腕を鞭の如くしならせる一撃が発する轟音は、それがもはや音の壁を越える速度へと達したことを知らせる。触れれば、この世のあらゆる形象は崩壊するだろう。
だが、単純に速度を比べあうならば、予の少女が遅れをとるはずはない。巨獣の攻撃は、次々と紙一重にかわされる。同時に、予の少女を包む陣幕は次第に切り裂かれてゆく。
大きく蜻蛉を切って距離を取ると、予の少女は引き剥ぐように陣幕を脱ぎ去った。その下には、極めて精緻に肌へと密着した体操着がある。予の政治力が日本刀町以外の場所で特注させた逸品である。達人同士の戦いでは、いかに肌へ近い位置で攻撃を見切るかが決め手となる。繰り出される攻撃にこそ、最大の隙が存在するからだ。陣幕を脱ぎ去る暇もあればこそ、追いすがる巨獣の追撃は予の少女へと突き刺さった。しかし、それは残像である。予の少女はすでに前腕の内側にいた。巨獣の肩にある突起物のひとつが逆袈裟に切り裂かれ、赤黒い粘液が噴出した。仁科望美と同じく、予の少女もまたエンジンを積み替えたのである。
ふたりの攻防は、影を追うのも困難な高速の戦いへと変貌した。巨獣の攻撃は、もはや予の少女をつかまえることができない。だが、攻撃が引き戻される隙をついた予の少女の反撃も皮一枚を裂くのがやっとである。傍目には激しい攻防にうつるが、その実は互いに決め手を欠いた、極めて静的な消耗戦なのだ。
そして、永遠に続くと思われた均衡は、思いもかけぬところから崩れた。巨獣のひと振りに破砕された電柱が、瓦礫ごとランブラーへと飛来したのである。電柱は無人の運転席を貫いたのみだったが、予の少女はなぜか動揺を見せる。視線がこちらへと逸れる瞬間を、仁科望美は見逃さなかった。
嘲笑、そして一撃。
咄嗟の防御に差し入れた刀の峰はやすやすと破壊される。予の少女は地面と平行に長く滑空し、家屋の壁へ叩きつけられた。予の子飼いが倍率を上げると、予の少女の口の端から赤い泡が吹き、鼻から血が流れるのを写した。どこかで不滅を信じていた。信じる強さが足りなかったのか。まさか、死ぬ。世界の中心であったはずの、予の少女が死ぬ。
――さあて、仕事の時間だ。
増岡が手鉤をつかんだところへ、予は立ちはだかる。
――相手が違うんじゃないかね。
苦笑しながら、その女性はまっすぐに予を見た。
――いいかい。いくら他人を殺したところで、一発殴り返されなきゃ、命が何かなんてわからないのさ。あんたの世界も、私の世界も、あの子たちの世界も、ぜんぶ自己愛から成り立っているからね。自分の命がどういう形をしてるかわからなけりゃ、他人なんざどこまでいってもただの書割りさ。一方的に殺してきたから、自分を生み出した長い営みの正体について、何ひとつ理解することができないでいる。どっちもね……ところでさ。
鼻から細く煙を噴き出すと、吸いさしの煙草を人差し指で宙へはじいた。
――いつまでそこへ突っ立ってるつもりなんだい。いまならまだ、あの子の人生に関わることができるんじゃないのかい。
関わる。ただ少女の語り部であることで、少女と世界を連絡させてきた一観察員が、少女の人生に関わる。突然に来たしたパラダイムの転換に、思わず掲げていたビデオカメラを下ろした。視界からノイズが消えると、鼻腔へ鉄錆のような血の匂いが混じった。
――この年になると、おせっかいが身上みたいになっちまう。まあ、いま動かなけりゃ、なんにもならないわね。
殺害を確信した巨獣の吼え声が住宅街へこだまする。ビデオカメラが手のひらから滑り落ちる。レンズの割れる音が合図になって、駆け出した。あらゆる理性は頭から吹き飛び、ただ大の字に両手足を広げて、巨獣の前へ立ちはだかる。
――殺させないぞ、馬鹿野郎。やれるもんならやってみろ。
歯の根が鳴り、涙が出る。
家族や、社会や、歴史や、世界や、ぜんぶくそくらえだ。本当のことは、この手の届く範囲だけが大切で、他はみんな消えてしまって構わないということ。けど、なんでいまさらなんだ。
曲がった首は相手の行動に対する不審を表明しているようにも見える。闘牛が地面を掻くのにも似た動作でアスファルトの感触を確かめると、巨獣は身を屈めた。まばたきひとつほどの時間だったに違いない。それは、爆発的な速度でぐんぐんと視界へ拡大した。
皮肉なものだ。説き伏せるのに有効な言葉を持たず、殺すのに有効な暴力を持たず、長く体験し続けてきた世界との対峙の構図を、この状況は余すところなく体現している。
がしゃん。
粗なガラス細工が破裂する音が体の中から響き、視界がアクロバットのように回転する。家々の屋根と巨獣の背中が見えた。少女の姿はない。懐かしい感覚。そういえば、昔は落ちる夢ばかり見ていた。うつぶせとあおむけ、アスファルトへ二回、大きくバウンドする。
私――の目の前に広がるのは広々とした青空だった。ひとつながりの熱が全身を包んでいる。指一本動かない。痛みは不思議と無かった。
私は、内側にあった私より大きなものが、私と同じ大きさへ収縮してゆくのを感じた。二人の少女の顛末はどうなったろう。重力に身を預けて、ようよう首を転がす。
敵を見失った巨獣の背面へ、蜻蛉を切る少女。その手にある刀は、最後の一振り。
ああ――
いまこそ、この世の真実に気づく。
私は、私たちは、子どもたちに、隣人たちに、そして見知らぬ誰かに、この世界へ充満する死と死、破滅と破滅との間隙で、わずかの生を与えるために存在している。
そして、時に愛されたその究極の人物は――
神速の斬撃は音もなく巨獣の首を通過する。刀身が、澄んだ音を立てて割れた。音叉が共鳴するような静寂と、時が吸い込まれるような静止。
――人類を救済する仕事をするのだ。
激しい血流が八方へ噴き、弾けるようにすべてが動きはじめる。巨獣の首は血の噴水に乗り、電線を超え、家々を超え、尾根を超え、入道雲を超えて上昇してゆく。
その日、列島の各地から成層圏へと昇ってゆく生首が見られた。街頭で、市場で、公園で、学校で、会社で、病院で――ある者は泣いているように見えたと言い、ある者は笑っているように見えたと言った。ある者は両手を組みあわせ、ある者は眉を潜め、ある者は忌々しげに唾を吐き、ある者はただ好奇にカメラを向けた。
最初の少女の葬送を偶然に目撃した人々へ共通するのは、誰も無関心のうちには見送らなかった、ということである。
衛星軌道に乗った少女の生首が引く血の筋は、やがて土星の如く地球を環状に取り巻いた。夜空を見上げるとき、誰かが思い出すことを願ったのだろうか。
名乗りでた唯一の係累は、米国航空宇宙局の支援を得た壮大な首実検を経て、それが確かに妹であることを確認した。頭髪に白いものの目立つ、柔和な面持ちをした初老の男性だった。
このときの様子は感動の対面劇として、いささか過剰な演出を伴って生中継された。
――妹さんの変わり果てた姿を見て、いまどんなお気持ちでしょうか。
レポーター群から成される質問は、いずれ良識のある者ならば背筋の凍るような内容ばかりだった。
――変わっていませんよ。
しかし、その男性はどの問いかけにも、激さず、黙せず、ただ静かに答えた。
――あの頃のままです。内気で、繊細で、寂しがりやで、この世の誰よりも優しい。少しも変わっていません。
愛おしげに、つい、といったふうで生首の映るモニターへ這わせた右手は、人差し指を欠いていた。
この瞬間、いずれの局も大慌てで番組をCMへと切り替えた。それまで申し訳程度のモザイクで損壊した死体を放映しており、倫理規定の運用が極めて恣意的であることが露呈したのである。
男性は遺骨の回収を願い出たが、却下された。単純に、これだけの大質量を持ち帰るだけの技術を人類が持たなかったからだ。
そして、仁科望美は天から地上を見守る存在となった。
私は人工衛星に乗せられた、あの犬の話を思い出す。文字通り、真空のような孤独。宇宙塵に粉々に粉砕されるか、暖かい星の抱擁にからめとられるまで、最初の少女はあらゆる生命から離れて、ずっと一人きりでいることを許される。愛する誰かを遠く見守りながら。
私は想像する。たぶん、私自身の幸せのために。もしかすると、仁科望美は最後に願いを叶えることができたのかもしれない。
さて、地に残された人々の話を少しばかりしなくてはなるまい。
幸いなことに私の怪我は、全身の打撲といくつかの単純骨折で済んだ。少女は私よりもよほど軽症であったが、病院側が融通をきかせたらしい、いくつかの精密検査が退院を長引かせた。
白い壁に囲まれた穏やかで、何も無い日々。ふたりでたくさん話をした。全国を旅して回ったというのに、こんなに話をしたことはなかった。
退院の日、ふたりで川沿いを歩いた。春の日差しに川辺から綿ぼうしが舞い上がる。偶然にふれあった指先から、お互いの手のひらをからめた。橋を渡る途中、ふと気になって欄干から身を乗り出す。ブリキの鍋がひとつ転がっているだけで、そこにはもう誰もいなかった。
どちらから言ったわけでもない。足は自然に少女の生家へと向かっていた。門扉に手をかけると、わずかに鉄のきしる音がした。すべてはここから始まったのだ。
――いま、帰ったよ。
透き通った声が、玄関にこだまする。主を失った家屋はがらんとして、返事があろうはずもなかった。背後から差し込む陽光に舞う埃が、喪失の感じを強くする。私は座敷へ上がると、少女へと向き直り、声音を作った。
――おかえりなさい。さぞかし、疲れたでしょう。
少女は大きく両目を開いて驚いたように私を見つめると、泣き顔とも笑顔ともつかない表情を浮かべる。そして、意を決したように私の両腕の間へと身を投げた。少女の両親が死んだ日と同じように。
布一枚の向こうにあるしなやかさを通して、少女の傷の形がありありと見える。家族や、社会や、歴史や、世界や、そんなものはぜんぶくそくらえだ。
私は少女の背中に両腕を回すと、強く抱きしめた。せめて、この手の届く範囲のものだけは逃さないように。
唇が重なると、呪うべきか、寿ぐべきか、すべては正しくなった。
血のついた脱脂綿をジッパーつきのビニルに収める。少女はわずかに身を震わせて放心しているようだったが、毛布をかけて頭に手を置いてやるとすぐに眠った。
私はベッドサイドの明かりだけを頼りに、幾枚もカーボンの写しが付いた書類を埋めてゆく。膨大な量である。実際にすべての記入が終わったのは、少女が起きだし、また眠り、そしてもう一度起きてきてからのことだった。
翌日、私と少女は最寄の役場へと向かった。整理番号が印字された紙片を渡し、用件を告げる。丸眼鏡をかけて黒い肘あてをした職員は、いぶかしむように上目遣いで私と少女を見た。そして、整理棚の奥へと消える。
長い時間が経った。少女が不安に私の袖を引く。すると、分厚いファイルを抱えた職員が戻ってくる。事務机にファイルを置くと、表紙に浮いた埃をひと吹きした。そして、眼鏡をぬぐいながら、「なにぶん、初めての申請でしてね。わかりませんよ」と小声で言った。
その日、無数のAvenger Licenseのうちの一枚が初めて国へと返却され、ひとりの少女が少女殺人者であることを止めた。
「予の少女」は永久に消滅したのである。
もう一度くらいエンクレイヴ・ラジオネタでいこうかと思っていたが、労力のわりにレスが一向につかないので普通に書くことにした。全く貴様らは「望みが絶たれた!」や「ハハッ、ゲイリー!」くらいの軽妙な返しをさえできない、瞬発力に欠けたネット耽溺者どもである。
さて、長らくnWo更新への障壁となり続けていた少女保護特区であるが、あとひとつエピローグ的な話をアップすればおしまいである。納得のいかない向きも多かろうが、今回の更新の大部分は二年前にすでに書いてあった。その結論を覆すだけの反応が無かったというのが実際のところである。反応の無さで言うならば、かけた労力に全く見合わぬ更新群であり、むしろ少女保護特区が更新されると来場者が減るくらいの勢いだったので、半ばくらいから本当に嫌気がさしていた。もっと早く終わらせることもできたはずだが、ここまで長引いたのは、ひとえに君たちの無言の行のおかげである。これからは、もう少し積極的に不平不満を表明してよい。付け加えるまでもないが、そのメールに萌え画像を代表とする貢物が添付されていなければ、扱いはスパムと同様になる。もしかすると諸君は今回の寄贈画を見、nWoへする貢物のハードルがイシンバエワほども上がったと考えているのだろうが、ここでひとつ霊的な引用を。「いかなる萌え画像も決してnWoを汚さない。だが、時として諸君の躊躇いがnWoを汚す」。
少女保護特区後の更新について、例えば“閉経おばあさまへ”を見たいとかパロディ短編が読みたいとかの希望を諸君は表明してよい。意見が少なければ、萌え萌えのライトな学園ファンタジーを大長編で更新し続けることを約束する。それもまた、世界の選択か。では、また会おう。インターネットの片隅から、さようなら。
ニューオーリンズ・トライアル
裁判員制度の導入に際して、諸君が行動のモデルケースとして倣うべき主人公である。召集令状が届いたならば、最低これくらいは激しくやってもらわねばなるまい。ところで話は全く変わるが、ダスティ・ホフマンを見るとき小生はなぜかいつも武田鉄矢を想起する。両者の演技に通底する何かを感じとるからだが、その中身をうまく言えた試しがない。胸やけ度?
過去の日記を見返したのだが、前作については何も触れていないようだ。しかし、今回は言わずにはおれない。ネットの片隅で細々と書き継がれておる少女保護特区という更新は、旧作が与えた命題を極めて私的な形で解消したいという願望に端を発している。十余年を繰り返していれば、圧倒された体験は時間へ風化するし、同時に己の、主に精神面での力量が向上するため、完全にそれを無化する段階に達したと、直近の更新では感じることができた。読み手の感想はおくとして、個人的には確かにある種の克服にたどり着いたと思った。しかし、実のところ、またしても先回りされていたのだ。少女保護特区最新の更新で提示された、世界よりも手の届く一人の少女を、という構図である。誰にも求められないという点で究極に内的な作業を経て同じ場所にたどり着いていた、同時代性への嗅覚を内輪褒めする気には到底なれない。なぜなら、相手方のそれは結論ではなく、未だ途上に過ぎないからだ。そして、旧作で最後までもつれた個人の内面を精算する段階を早々と終えて、物語は世界の謎へと飛躍してゆきそうな気配である。追い越したと思えば、また先にいる、実体を伴う蜃気楼の如き、時代を象徴する化け物としか形容できない作品である。少女保護特区のエピローグを更新しようとしていた手が完全に止まったことは事実だ。無論、蟻が象へ向ける執着との指摘に反論する言葉はない。だが、少なくとも私にとって、少女保護特区は旧作と完全に等価だったことだけは記しておきたい。
日記的な蛇足を少々。第17話から第19話までの流れがコンマ秒刻みで身体に染み付いているため、後半、旧作と同じ構図の絵が多用されるあたりで、生理的な違和感が没入を妨げる格好になった。そして、Quickeningは胎動初感の意であり、次回予告に知的な背負い投げを感じて驚いた。あと、次はアカペラバージョンになると予想した。
帝政ローマの下水道を思わせる石組みの莫大な空間を、一艘のいかだが流されてゆく。空間はわずかに傾斜しており、行き先は黒く霞んで見えない。
いかだの中央には和装の老婆が正座をしている。いずこからともなく老婆を中心に照らすスポットライト状の明かりが、唯一の光源である。
――蛆虫、飯粒、塵芥、蛆虫、飯粒、塵芥……
老婆、喪失した歯に窄まった口をもごもごと動かし、何事かを呟いている。形容するならば、男声と女声によるホーミーを思わせる声色である。だが、空間を満たす「ごーっ」という水音に、ほとんど掻き消されている。
老婆、突如括目して喉をそらし、絶叫する。
――蛆虫!
――おまえは道化だ。
老婆の左後方から、声がする。背後に誰か立っているようだが、年恰好や性別は判然としない。この暗闇に、両脚をシルエットとして確認するのがやっとである。
老婆が再び絶叫する。莫大な空間を己の音声のみで満たそうとしているのか。それは絶望的なまでに滑稽な試みであった。
――飯粒!
シルエットがみじろぎするように、わずか立ち位置を変える。
――おまえは人間ではない。
老婆の右後方から、声がする。投げられた言葉へ呼応するように、老婆の喉元から鳩尾にかけて刃物で切り開いたような裂け目が生じる。内側から、発光する極彩色のビー玉が次々に零れ落ちる。かちかちと音を立てながらはずむと、いかだの進行方向とは逆に転がってゆく。だが、背後の人影へもたどりつかないうちに、みるみる褪色し、形象を喪失し、灰色の粉となって風に吹き散らされる。
――塵芥!
――おまえは善人だ。
失笑のような気配を残して、背後の人影は消えた。老婆は気づかない。あるいは、知らないのか。その音声はますます高まってゆくが、伝達は生じない。
ゆえに、意味もまた生じない。
老婆の胸元からは、発光する極彩色のビー玉が零れ落ち続けている。もはや明らかに、老婆自身の容積を超える量である。
帝政ローマの下水道を思わせる石組みの莫大な空間を、一艘のいかだが流されてゆく。空間はわずかに傾斜しており、流れの行き先は見えない。老婆を中心に照らすスポットライト状の明かりは、いまや切れかけた電球のように不快なタイミングで明滅を繰り返している。
――蛆虫、飯粒、塵芥、蛆虫、飯粒、塵芥……
水の流れは、わずかに速まってゆくようである。「ごーっ」という水音は、もはや耳を聾せんばかりだ。
瀑布が近づいているのか。すべてを呑みこむ、あの瀑布が。
ファニーゲームスU.S.A.
映画に娯楽以上の要素を求めてしまう貴兄は、必ず見るべきでしょう。また、「機械じかけのオレンジ」が好きな貴兄も見ておくべきでしょう。明言は避けますが、何らか点で究極を極めた作品です。しかし、貴兄はたぶんこれを見返そうとは思いません。なぜなら、この映画を視聴するという行為が、一回性の体験へと昇華されるからです。個人的には、会話劇が大好きということもありますが、冒頭近くの卵を借りるシーンが度外れて秀逸でぞっとしました。