呪術廻戦モジュロ全3巻を、温泉と漫画喫茶が複合したような施設にて読了。本編のその後を描く短期集中連載で、わざわざ作画担当を別に立ててのぞむというのだから、事前の期待はかなり高まっていました。結論から申せば、「設定を作るのが好きで、描きたいシーンはあれど、ストーリーテリングが下手」という薄々は感じていた作者の弱点を、赤裸々に露呈した作品になっています。冨樫義博に影響を受けて、本筋とは関係ないサブキャラをつっこんでくる手クセも健在で、致命的なのはコピー元とちがって、それらに主役を食うような魅力がまったくないことです。じっさい、サメのカブリモノをした呪術師が登場した瞬間、どうでもよすぎるあまりいったん単行本を閉じて、汗を流しにサウナへと向かったほどでした。思いかえせば、本編も五条悟のキャラ造形だけが突出していて、サブキャラのバトルはけっこう読みとばしがちでした(高羽史彦は例外)。また、これまではかろうじて臭みにいたっていなかった「政治や世相にモノ申したい」「おのれの思想信条を語りたい」「大上段から一方的な高説を垂れたい」という気持ちが、本作ではビックリするほどダダ漏れになっていて、この作者はファンガスのフォロワーでもあると聞きおよびましたが、そんな悪癖の部分をマネしなくていいのにと思いました。そもそも設定の大元が「宗教による民族対立」「移民難民への差別」「エネルギー資源の枯渇」などの社会問題を、宇宙人と謎パワーにあずけて語る目的で立てられていて、作劇としてはほとんど「はじめに、説教ありき」になっており、前作の続きを期待するファンにとっては本末転倒もいいところでしょう。5万人を収容できるモノリス型宇宙船も、謎の鉱石から設計図もなしにマジカル呪力錬成で一瞬(ひとコマ)のうちに完成するし、恒星間航行を可能にする推進力はまったくの不明で、そのあいだの衣食住をどうまかなったのかにはいっさい言及がなく、そもそも5万人を収容しているスケール感を作画のウソでごまかしきれていません。
新キャラである「三つ目がとおる!」も最初のバトルでの開眼でオッと思わせたのが最高潮で、そのあとはギミックとして完全に消滅します(なんで涙を流すの? 重力操作じゃなかったの?)。そして、なんら伏線も脈絡もなく脳腫瘍におかされている設定をつっこんできたかと思えば、意識が混濁した状態の女子を車椅子ごと飛行機から放りだしたのもビックリで、そこにいたる組み立てが下手クソすぎるため、「ウナゲリオン降下と同じ構図が描きたかった」以外の理由を見つけることはできません。とにかく徹頭徹尾、虚構を虚構として成立させるためのビルドアップが雑なせいで、印象的になるはずの数々のシーンが、どれもウソくさいものになっているのです。ビッシリと紙面を埋めるネームの多くは、登場人物のセリフに仮託した作者のウンチクーーキャッチボールの説明、いる?ーーか説教で、わずか3巻なのに遅々としてストーリーは前に進まないばかりか、次第にどの方向が”前”なのかもわからなくなってくる始末です。新世代のキャラたちの魅力を充分に表現することができないまま、物語をまとめるためだけに旧作の最強キャラ2名を引っぱりだしてきたのには、思わず「ワレ、なにがしたいんや」のツッコミがもれました。純粋に後日譚として見ても、孫子の代まで時間をスッとばし、前作の腫瘍、じゃなかった主要キャラはのきなみ死んでいるかジジババになっていて、主人公だけが不老不死の「さまよえるオランダ人」として生きさらばえているのに、はたしてファンのみなさんは納得しておられるのでしょうか。あまつさえ、その口から特級呪物・イコール・両面宿儺と同じ存在になるだなんて言いだして、「有限の者たちによる継承と、巨悪をうがつ市井の小さな善意」というFGOを彷彿とさせる前作のテーマと結論を、すべて台無しにしてしまうのです。
じつは、世界球蹴り合戦を気のないフリで7大会ほど横目に見てきているのですが、「個人を越えた継承による集団の成長」をこれほど強く実感させられるイベントはありません。だれひとりボールを足下でキープできず、わずかのプレッシャーでバックパスに次ぐバックパス、撃つシュート撃つシュートすべて枠を外れた宇宙開発、中央を突破できないからサイドで縦ポンするほかなく、コーナーキックからの偶発的な事故でしかゴールは期待できず、1点先制されたらどれだけ時間が残っていてもたちまち終戦ムード、技術は低くプライドは高くチームの雰囲気はつねにギスギス、往年の名選手に「私なら両脚にギプスをはめていても決めることができる!」とまで言わせたキュー・ビー・ケー、専属のカメラマンに撮影させるためのトラベラーによるフィールド寝ころがりなど、数々の茶番をリアルタイムで苦々しく見てきたからこそ、本大会におぼえる感慨はいっそう強いものとなっております。突然のサッカー方向への脱線でなにが言いたいかといえば、シンジさんの孫たちと宇宙難民をさしおいて、物語のシメに「未来永劫にわたり存在し続ける虎杖悠仁」をお出しするのは、ファンサを越えた本編への冒瀆と作者の自己満足であり、チームプレイをガン無視してボールの供給だけを求めるロートル・ストライカーみたいな醜悪さであると感じたということです(げいかくんのごういんなイグザンプル!)。あと、ジェネリック・ファンガスであるがゆえの疾病だろうと推察しますが、そろそろ「フィクションが世界を救う」という妄想ーーもちろん、個人を救うことはありますーーから距離をおいたほうがいいとアドバイスして、この低級テキスト呪物を閉じたいと思います。