猫を起こさないように
小説
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掌編「ドラゴンクエスト10のある日常」

 仕事を終えて、四畳半のアパートに戻る。ネクタイの結び目に指を入れながら、電気のヒモを引く。流しに残されたレトルト食品の残骸と、朝出かけるときのままに乱れたシーツが目に入る。

 上着を脱いでベッドに掛けると、タバコに火をつけた。スマホで冒険者の広場を確認すると、分身である魔法使いのステータスには万単位の経験値と千単位のゴールドが計上されていた。今日も誰かに雇われ、順調に責務をこなしていたようだった。現実の俺とは大違いだ。笑みは自然、自嘲的なものになる。

 薄く煙を吐きながら何度か広場を更新すると、つど経験値とゴールドがわずかに増えていく。いまの時間から、半ば寝ながらプレイするより、見知らぬ旅人へ預けておいたほうがよほど効率がいい。アストルティアでの冒険は、今日もおあずけというわけだ。冒険者の広場で確認する元気チャージは、すでに200時間を超えていた。これはきっと、現実世界で奪われた活力――意味の無い部署間の調整に身をやつした分だ――がチャージされているのに違いない。

 底の見えない灰皿にタバコを押しつけると通勤カバンから3DSをとりだし、冒険者の便利ツールを立ち上げる。今日もすれちがいゼロ。この一週間、誰ともすれちがっていない。ハーフミリオンは、関西の僻地では充分に多い数とは言えないだろう。

 ふと、胸にさしこむような孤独を感じた。無人島ならば、きっと感じないような孤独だった。それはほとんど痛みを伴っていて、思わずフローリングの床にうずくまる。疲労はとうにピークを越えていた。もはや何かを胃に入れようという気さえ起こらない。のろのろと立ち上がり、ステテコ一枚になるとベッドに身を横たえる。

 救急車のサイレンが遠くに聞こえて、湿った敷布を全身にまきつけた。夢うつつに見たのは、スーツ姿のエルフがメタルスライムに暴走メラミを唱える光景だった。

 ああ、ここでもか。死と同じ救済――安らかな忘我が訪れたのは、そのすぐあとだった。

 『ドラクエ たのしいね!』