猫を起こさないように
寺沢武一
寺沢武一

雑文「FGO第2部終章・ファンガス最新インタビューに寄せて」(近況報告2025.9.13)

 小鳥猊下は、更新頻度の間遠さに比して、かなり頻繁にエゴサをする人物です。たとえエアリプ的なものであっても、過去テキストに言及されるとうれしくなって、何度もおのれの書いたものを読みかえすほどで、その行為は人工知能への学習命令に近い効果となり、ますます言葉の自家中毒を深めていきます。ですので、「こういう方向のテキストを、もっと書いてほしい」や、「この作品や、あの作品の感想を聞きたい」などの要望がある場合は、間接的にも小鳥猊下宛だとわかるように書けば、彼は必ずやそれを見つけだして、未来のテキストに積極的な影響をおよぼすでしょう。このたび、FGO第2部完結へむけたファンガスの最新インタビューについて、nWoの過去テキストにからめたメンションが複数あったので、少し感想をのべておこうと思いたった次第です。ファンガスは、「型月世界の内側」という強い制約の下、みずからの生活感情や思想信条だけでなく、進行形の「”いま”と”世界”の実相」を、大きな物語として編むことのできる異能の持ち主だと言えるでしょう。とばっちりながら、その唯一無二性をさらに浮かびあがらせるため、氏の代表作の前日譚を乞うて執筆させてもらった、エロゲー業界という同じ出自を持つボイド・ブラックに、まずはふれていくこととします。文筆家の祖父を持つ彼は、言語運用能力に多少の遺伝的要素があることを鑑みれば、まさに「テキスト界のサラブレッド的存在」です。じっさい、その仕事は年齢制限のあるゲームにとどまらず、小説からアニメや特撮の脚本まで、ファンガスとは比べものにならないほど、多くの分野とジャンルにおよびます。ボイド・ブラックとファンガスのあいだにある決定的なちがいは、彼の書くものにはどこか「人間への軽蔑」が混ざりこみ、作中へ「一方的に断罪してかまわない存在」を、まま生じさせるところでしょう。

 ひとつ例をあげると、テレビ版のまどかマギカにおける「電車内で少女にからむホスト」がまさにその典型で、ムダに気むずかしい小鳥猊下は、この種の他者への蔑視を感じた瞬間、対象の物語に対する心の連絡路を完全に遮断して、感情移入しながら鑑賞することをやめてしまうほどです。その一方で、10年を1日のログイン中断もなしに追いつづけたFGOにおけるファンガスの筆ーー他のライターは全然ダメですよ、念為ーーには、ついに一文も、一語たりとも、「人間存在へのあなどり」があらわれることはありませんでした。「美しいものを書きたい」というファンガスの希求が、ただの題目や放言でないことは、彼の書くものをていねいに読みつづければ、自然と伝わってくるものですし、もし伝わらないとすれば、彼のファンを名のる資格はありません。この、世界そのものへの圧倒的な信頼がどこから生じているかと問えば、まったく文章で食っていけない不遇時代に、彼の才能を信じて生活費のすべてを支援し、書くことに専念させたという、型月社長との関係においてでしょう。あなた、いま半笑いでこのくだりを読んでおられますけど、これまでのあなたの人生に、そんな存在はいったいいましたか? あなたがそんな無償の愛をささげるだれかを、ひとりでも思いうかべることはできますか? それは、nWoお気に入りのたとえである「スーパーマン・リターンズのスタジアム」や「アップル・コアのルーフトップ・コンサート」を目撃した人々のように、仮に残りの人生が失敗に塗れたみじめなものであってさえ、世界そのものを心から肯定できる「美しい、無私の献身」だったのにちがいありません。

 ようやく、第2部終章へむけたインタビューに話をもどしますと、ファンガスの中の人は、相当度に天然の”虚構至上主義者”のようで、過去にも「我々の世代はロボットアニメを見て育っているので、平和の大切さと戦争の悲惨さが骨身にしみてわかっている。若い世代はもっとロボットアニメを見るべき」みたいな発言があって、今回の国家に関するストレートな言及も、むべなるかなといったところでしょう。ツイッター時代には、彼の匿名アカウントも存在したようで、うかつな発言のわりに炎上しないのは、ただただ作品のおもしろさだけを信奉するファンたちの、たとえば晩年における寺沢武一のネット奇行を見てみぬフリでとおし、死去のあともけっして蒸しかえさない姿勢と同様の、よくよく”訓練された”心情ゆえかもしれません。これは推測にすぎませんが、書きたいメッセージやテーマを明確に持っており、それを高い純度で作品に落としこめる創作者ほど、活動の晩年へと進むにしたがって、「わざわざ物語で出力すること」の迂遠さに、隔靴掻痒の感が身中へと強まっていくのではないでしょうか。そして、「有名小説家が泡沫政党から選挙に出馬する」のを極北とした、さまざまの「ダイレクトな表現形式」がリアルに噴出するようになってくる。これは作風から判断するに、おそらくボイド・ブラックにとって無用の心配ですが、ファンガスはちょっと危険性あるなーと思ってます(まあ、仮にトチくるったとして、社長が拘束衣とギャグボールで制圧したのち、フロム・ソフトウェアを処方して沈静させるにちがいないという、謎の信頼感はあります)。いずれにせよ、テキストはおもしろいのに物語を持っていない人物から言わせれば、たぐいまれなる才能を「現世のよしなしごと」などというつまらぬものに費やさず、ファンガスにはコピ・ルアクのごとき極上の虚構排泄にだけ、これからも邁進してほしいところです。ホヨバとタッグを組んだFGOのリメイク、期待していますよ!