猫を起こさないように
マンダロリアン・アンド・グローグー
マンダロリアン・アンド・グローグー

映画「マンダロリアン・アンド・グローグー」感想

 マンダロリアン・アンド・グローグーを愛最大・三次元で見る。もはや初代アバターを視聴するためだけの古代遺物と化した本技術は、3Dを意識した構図で撮影されていない場合、画面の彩度がわずかに下がるデメリットのみなので積極的に選択することはないのですが、複数の家人と都合のつく上映時間にうながされる形となりました。「スターウォーズ未履修者が最初に見る作品が決まった」などの、人気作にありがちなネットバスだけを意識した、トンチンカンな言説が巷間にあふれかえっているため、より正確な評価をおのれのテキストで残しておこうと思った次第です。以下は、スターウォーズ・シリーズでもっとも好きなのは3、もっとも嫌いなのはで、ライアン・ジョンソンの情婦であるキャスリーンへの強い反発から、ディズニーには一銭もはらいたくないため、ドラマ版はまったく見ておらず、初期トリロジーにはそれほど思い入れのない人物による感想となります。まず、「スターウォーズを見たことがなくても大丈夫」というのは大ウソで、主人公2人とハット族の造形からどういう背景を持つキャラクターなのかを説明なしに理解ーー本当になにひとつ説明しませんーーできることは、本作を楽しむための最低要件でしょう。もしかすると、アメリカ本国では本邦の青ダヌキやアンコ顔面のように、幼少期から全国民の意識に無条件で刷りこまれるレベルのIPなのかもしれませんが、地上波での放送がとんと途絶えた現在、我が国の若い世代に同じレベルの教養があるとは思えません。個人的なことを言えば、家人たちの成長とともに劇場へ足を運んだ123へ強い思い入れがあり、スターウォーズのスピンオフがいまだに半世紀も前の456をベースに作られ続けるのには、まったく納得がいっておりません。

 ファントム・メナスーーおなじみ、腰抜け田吾作邦題ーーの公開をめぐるファンとの騒動をフィルムにおさめたピープルVSジョージ・ルーカスを見てもわかるように、初期トリロジー愛好家は発達偏向のロコモーション・オタクと同じ特性を持っており、蒸気機関車が好きすぎるあまり新幹線を列車と認めないような、はたから見て病的なまでの執着へといたっている人々なのです(暴言)。国家間の紛争に個人で武力介入できるレベルのジェダイがゴロゴロしていた、明るく豪華絢爛な都市が惑星の地表をうめつくすプリクエルを「カエサル時代のローマ帝国」とするならば、戦えるジェダイはルークとベイダーぐらいしかおらず、辺境の砂漠と治安の乱れた薄暗いスラムばかりの初期トリロジーは「ローマ崩壊後の暗黒の中世」とでも表現できるでしょう。プリクエルは、マニアたちの”おもてたんとちがう”のかもしれませんが、毎作品、世界観から映像表現からキャラクターにいたるまで、確実に新しいものを見せてくれました。シークエルへの批判に、「すべての場面が既視感に満ち、スターウォーズ世界へなにひとつ新しいものを加えなかった」という言説がありますが、初期トリロジーを下敷きにしたディズニー傘下のスピンオフ作品の多くにも、同じくあてはまるように思います。これは本作においてもそうで、やっかいなファンの脳内に存在するスターウォーズ教科書a.k.a.不磨の大典を完全に読みこんでから作劇していることが、ある種の窮屈さとなって画面から伝わってくるのです。都市部はどんなに栄えていてもつねに薄暗く、計器はアナクロで解像度の低いデジタルのまま、操作系はタッチパネルを廃したボタンにレバーとくると、「もうええっちゅうねん」という気にさせられます。つまり、「おもしろいかどうか」「見ばえがいいかどうか」よりも、「不磨の大典に忠実かどうか」が優先されて作られており、プリクエルびいきは「帝国が滅んだんだから、いい加減、共和国時代の文明レベルにもどせよ」と、文句のひとつも言いたくなるわけです。

 ここまではすべてガワの話で、ようやくマンダロリアン・アンド・グローグーの中身についてふれていきますと、映画というより1時間のドラマを2本つなげたような構成になっていて、アクションこそ多めではありながら、全体としては起伏に欠ける印象を持ちました。”ジェダイ”の語源が”時代劇”なのは有名な話ですが、「スターウォーズを作るさいは、昭和のクロサワ周辺を下敷きにせよ」という教科書に記載されている製造ルールを厳密に遵守し、本作では「子連れ狼」や「てなもんや三度笠」(たぶん、ちがう)が参照されております。ここまでゴチャゴチャとプリクエル好きの恨み節を書いてきましたが、この映画を評価するにあたっての本質的な部分はほぼプラグマタと同じであり、すなわち、ベイビー・ヨーダたるグローグーに対する印象の好悪が、そのままダイレクトに加点要素へつながると言えるでしょう。マンドーが大蛇の毒にたおれたあと、ダーククリスタル的なパペット操演とVFXのハイブリッドであろう小人族との冒険行を、「はじめてのおつかい」としてハラハラドキドキ見まもるのは新鮮な体験で、ひさしぶりにスターウォーズ関連のグッズがほしいと思わされました。やっかいなオールドファンのうずまくこの巨大IPにおいて、新たなキャラクターが商品として定着するのはきわめてむずかしく、に初登場したBB8はかなりいいセンいっていたと思うのですが、8によるスターウォーズ・スキームの盛大なブッこわしに激怒したファンの暴動から、泣く泣く過剰な原点回帰をせまられた結果、9ではまたぞろC3POとR2D2を前面に押しだすこととなり、愛されるべきだった新たなイコンは完全に銀河の塵と消えたのです(またぞろ、シークエルへの批判がエッキスで再燃しながら、だれもBB8の話をしないことが、これを証明しています)。

 あと、御年76歳のシガニー・ウィーバーが劇中では俳優としてブッちぎりの格上すぎて、ジャバ・ザ・ハットの息子さえしのぐ存在感をかもしだしており、「Xウイングを持ちだすまでもなく、マザー・エイリアンをブチころがしたアナタの手腕なら、ハット族の砦ぐらい単騎で壊滅できるのでは?」と考えてしまったのは、作品世界を堪能する上でのかなりなノイズとなったことをお伝えしておきます。ともあれ、マンダロリアン・アンド・グローグー、ベイビー・ヨーダがなんらかの形で再撮影のウワサされる789の本編にからんでくれることを期待しつつ、虚構審美集団nWoによる採点は、100億とんで60点としておきます。