猫を起こさないように
ヘブバン
ヘブバン

ゲーム「ヘブバン・Angel Beats!コラボ」感想

 ヘブバンの最新イベントを読む……というより、視聴する。コラボ先のアニメは知りませんでしたが、以前に指摘した「不老不死美少女フィギュアのマインドスプラッタ」は、このライターの性癖であることが確定しました。本編のほうは重要な設定を吐きつくして、今後の展開にはまったく期待できない袋小路のドン詰まりに来ていますが、やはりイベントにおけるギャグパートだけはハチャメチャにおもしろい。作者が関西出身ということもあり、くりだされるギャグとのシンクロ率は120%を優に越えて毎回を大笑いさせられてしまうのですが、この人物の書くシリアスパートがもうとことん肌にあわない。そのあわなさっぷりはシンクロ率ゼロを突き抜けてマイナスに突入するレベルで、今回のシリアスパートが長めの上、2部構成だったのには本当にまいりました。途中からもう画面を正視できなくて、ブラウザをゲームウィンドウーー容量の問題でPC版に移行済みーーにかぶせて「はよ終われ」と念じながらのネットサーフィン(古ッ!)を強いられる始末です。「高校生の想像する人生」や「大学生の思い描く家族」みたいな、社会人経験がまったくない人物の妄想に近いタワ言を一方的に聞かされていると、かつての泣きゲー人気の正味はじっさいこんなものだったのかという気分にさせられます。しかしながら、FGO第7章後半の感想で冗談みたいに書いた「2次元文化の成熟が生む新たなスピリチュアル」は、すでにヘブバンにおいて実現していることがわかりました。美少女動物園で語られる死生観によって成立したこの「美少女新興宗教」は、サイエンスフィクションへ中老年期の人生を仮託する「私小説ロボットアニメ」と同じ、人類の歴史に新しい展望を与える本邦でのみ可能な一大オタクタキュラー(なんじゃ、そりゃ)だと言えるでしょう。

 あと、今回のイベントを読んでつくづく考えさせられたのは、人生も半ばを過ぎるとだれしも「これ以降、もう決して手に入ることはないもの」が見えてきて、それらへの感情は「嫉妬」「執着」「無化」「諦念」のように様々な形で噴出するのだということです。そして、ヘブバンにおいて最も強く表出されている反応は、手に入らなかった対象の究極的な「美化」です。その「美化」の純度はあまりに高すぎて、例えば板垣恵介の作品において「母である以前に女である」が「女である以上に母である」へ反転する瞬間と同じように、ただの子どもに過ぎない少女を無垢無謬の天使の位置へまで称揚してしまっている。さらに言えば、FGOのシナリオ(onlyファンガス)が得意とする「醜いと断じられた存在から生じる美」や「砕かれた悪徳の残骸から惹起する善」の玄妙さと比べると、ヘブバンはあまりに無邪気に世界すべての真善美を「美少女の『個人的な体験』」へと還流させすぎており、「大人の責任」、もっと言えば「男性に課せられた義務」が微塵も、どこにも存在しないのです。しかしながら、この「小児的な無邪気さ」がギャグパートにおける「うんこちんちん」と同質の、狂笑を誘うセンスと骨がらみで表裏になっているのも事実で、これはじつに悩ましい点だと言えましょう。なんとなれば、私にとっての「いちばん好き」と「いちばんキライ」が一作品の中で同居するハメになってしまっているのですから!

 余談ながら、もしFGOとヘブバンに共通する志向性があると仮定するなら、それは「良い人間でありたい」という願いなのかもしれません。もう充分に古い引用になってしまいますが、無印銃夢に損壊した死体の写真、特に子どもの写真を撮りたくて戦場カメラマンになった男が少女を助けるため、銃を持った兵士の気を軽口で引いて近づいて、ついには射殺されてしまうという下りがあります。最近では、我々を駆動するのはこんな、「善への希求」のような強度を持たない、ほとんど突発的な「善への衝動」なのではないかと感じることがあります……オップス、ただのディスレスペクト・テキストなのに、あやうくいい話ふうなテイストでまとめそうになりました! ヘブバン、シラフのときはオヤジギャグでドッカンドッカン笑いをとる軽薄なイケオジなのに、アルコールが入ると激重トーンで反論も離席もゆるさない雰囲気を出しながら、「熱烈な恋愛の果て、愛するオンナと添い遂げるのが最良の人生」という単線の説教をオッぱじめるの、なんとかしてくれないかなー。それってさあ、ぜんぜんキャラクターの話じゃなくない?

雑文「HEVBUNとFGO、そしてKANCOLLE+α(近況報告2022.12.3)」

 ヘブバンの新イベント進行中。前回の心霊イベントと同じく、うわすべりするシリアスパートが厚めでギャグにキレがない。「剣術免許皆伝で首斬り介錯人の女子中学生、しかしてその剣は非情ならぬ有情」みたいな設定を大まじめに語られても、わたし、こんなときどういう顔をしたらいいかわからないの。まあ、この作品自体が転スラならぬスラ転(スライムが転生したら美少女だった件)なわけで、いまさら目くじらを立ててもしょうがないことは百も承知です。……などとヘラヘラ譲歩を見せていたのに、イベント戦闘がオートで突破できない調整の上に、リトライのたび大幅な巻きもどしをくらうため、「はい、クソー」と叫んでスマホを放り投げて、3度目の引退が決まりました。セガサターン時代のゲーム制作者が、盤外で行われているコンマ1秒単位の可処分時間戦争にまったくセンシティブではない、ノー・アップデートの感性で実作に当たられているのは、端的に言って最悪ですね。

 そういえば、FGOのボックスガチャに併設してあったコンティニュー無し高難易度も、実装キャラの90%以上を持っているにも関わらずメンドくさすぎて、ひとつもクリアせずに終わりました。艦これイベント海域のカリカリにチューンされた甲難度もそうですけど、ゲームにまで求道的な要素を入れてくるのって、我々の国民性に由来してるんでしょうか。その点では、中年おたくがみんな嫌っている原神の「8割ぐらいの育成で、余裕をもってエンドコンテンツをクリアできます。時間と手間とお金をかければさらに強くなりますが、そこは各自の判断でご自由に」というバランス調整は、もはや昨今の世界標準であるような気がしてなりません。ホニャララ「道」という言葉の体現していた、かつては美点だった本邦の特性が、いまや反転して弱点と化してしまっているんじゃないですかねえ。

雑文「ヘブバンとキートン、そして銀英伝(近況報告2022.10.2)」

 ヘブバン、未練の毎日ログインのためだけにスマホへ保持しておくにはあまりに大容量になってきたため、泣く泣くPC版へと移行する。しかしながら、大きな画面に映して良いスピーカーで鳴らすと、見えなかった筆づかいが見え、聞こえなかった音が聞こえるようになり、手間ひまかけて作りこまれたゲームであることを、あらためて認識できました。なのに本編シナリオは……というところへまた愚痴がいきそうなので、最新イベントをイッキ見した話をすることにします。いやー、ヘブバンのギャグパートは肌があうっていうか、やっぱりメチャクチャ好きだなー。執拗な繰り返しでのギャグは、フルボイスならではのスタンダップ・コメディであり、テキストだけで同じことをしたら、きっと連打で読みとばされてしまうことでしょう。その繰り返しの部分も微妙に演技が違う感じで、「否、否、えろ」にはこらえきれず、大爆笑してしまいました。

 お決まりのシリアスな締めも、いつものようなベショベショではなく、今回はカラッとしていて好印象です。見ていて、なぜかマスターキートンの爆弾処理の話を思い出しましたね、有名な「穏やかな死」のほうではなく、バルセロナ五輪で新聞社に爆弾がしかけられる回。「まったく動揺を見せない完全無欠と思われていた人物が、内心では動揺してビビりまくっていた」というプロットが共通していたからでしょうか。ついでに、それこそ20年ぶりくらいにその回を読み返してみたんですけど、ひどく心にしみましたねー。「自分がいちばん上手くできるのはわかっているが、大きな恐怖ーーが大げさなら、億劫さーーを伴う仕事」って、事の大小こそあれ、勤め人ならだれでも持っているんじゃないでしょうか。恐怖や億劫さに負けてそれをだれかに丸投げしたら、失敗した上に時間だけが空費された状態で手元に戻ってきてしまう。この類の仕事を、泣き言はおくびにも出さず、「これはオレの役割だ」とつぶやいて、周囲に気づかれないうちに処理してのけるのが、私にとっての大人のイメージなのかもしれません。

 銀英伝で例えるなら、フィッシャー中将みたいな人。うん? 銀英伝は好きですけど、そんなキャラいましたっけ、だって? (微笑んで)そう、それ、そういうのがいいんです。けれど、いまやこういった仕事のバトンは、社会や組織の中で受けわたされることなく、消えていっていると感じます。ハラスメントという名付けで単色に塗りつぶされてしまったグラデーションの辺縁に、そのテイクオーバー・ゾーンはあったような気がしてなりません。

ゲーム「ヘブン・バーンズ・レッド」感想

ゲーム開始直後

 テトリスの長い棒みたくやたらタイムラインを下ってくる「ヘブバン」なるが気になり、ダウンロードしてさわりだけプレイ。フルプライスの大作エロゲーからエロを抜いたような内容で、これを集金のためにパッケージではなくスマホアプリでリリースしなければならないところに、ひどく時代を感じました。

 女性だけが集められた学園イコール軍隊(美少女動物園!)で、中身がオッサンの乳袋美少女たちがボケとツッコミだけで話を進めていく序盤はまさにいにしえのエロゲーのノリで、あまりのなつかしさに脳が時間感覚を失って、哲学的なめまいさえ覚えます。関西人で昭和のほうの私は「あほ」とか「くるくるぱー」に、いちいちゲラゲラ笑わされてしまうわけですが、常識人で令和のほうの私はあまりの価値観のアップデートされていなさに、いちまつの不安を感じてしまったこともまた事実です。かつての「ぬすめ!たいやきくん」と同じく、限られた人々の中で面白さが最大化される類のニッチな嗜好品だと思うので、SNSを利用した絨毯爆撃広報が裏目となって、最近の「くさやがくさい」みたいな批判をするインターネットに発見されないことを心から願っています。

 おそらく序盤の軽いノリと終盤のシリアスで落差を生じさせ、その位置エネルギーで情動をゆさぶる系の作劇だと思うので、買い切りノベルゲーのつもりで1日1DAYぐらいをゆっくり読み進めていく予定です。

第1章クリア後

 ヘブバン、第1章クリア。うーん、シリアスパートになると急にテキストが薄くなって、ギャグパートであれだけ魅力的だったキャラの個性が消滅しちゃうのはなんでかなー(特に諜報員と殺人鬼が完全に消える)。まるで鬱病の本体が立ち上がってくる感じとでも言いましょうか、8日目くらいまでの内容が「鬱で会社を休んでる先輩とひさしぶりに外で会ったけど、なんだかテンション高めで楽しかったな。もう大丈夫なのかも?」だったのではないかという怖さを覚えました。

 イベントシナリオもちょろっと読んでみましたけど、話の展開が唐突でキャラの言動に納得感がありません。今後の期間限定イベントも、「レイプファンタジーのレイプ部分にフォーカスした美少女たちの精神的外傷紹介」に終始するのではないかというイヤな予感がします。こっちは動物園の管理運営とその裏にある秘密を知りたいだけで、「このミツユビナマケモノの指が2本しかないのは、過去に悲しいできごとがあってね……」とか老飼育員が語るのを聞きたいわけではないなー。世界でキャラを語るのではなく、キャラで世界を語ってほしいなー。

 システム部分では「レベルマックスからの転生によるステータス引き上げ」とか、スマホゲーのエゲツない周回に対応してる気配はあるんですけど、肝心かなめのストーリー部分が年単位の運営に耐える作りになってないのではないかという不安が残ります。基本的に、課金はクリエイターへの投げ銭だと考えているのですが、第2章クリアまでは保留することといたします。

第2章クリア前

 え、ヘブバンはどうなりましたかって? テレビCMでけっこう大きめのネタバレっぽい映像を見て、「ああ、やっぱりそうなるのかー」と思いながら、その場面にいたるのがイヤで2章23日目で足踏みしたまま、ダンジョンにもぐったりオートでレベルをあげたり各キャラの交流シナリオを読んだりしてます。本作の日常パートを「寒い」と思う向きもあるようですが、たぶん書き手と世代が近いせいでしょうか、私は大好きなノリなんですよねー。ほんと油断してると、声をだして笑っちゃうくらい。進行をためらってる理由としては「虚構内の死の描き方」への不安が大きくて、けっこうクリエイターの倫理観とか誠実さーーあるいは、不誠実さーーがモロに出る側面があると思うんですよ。

 またエヴァの話しますけど、Qでアスカがシンジと再会する際に、「この世界はもう、人ひとりの生き死にへ関わっていられない」みたいなことを言うんですよね。これ、ブンダー外の状況を観客に提示する目的で置かれた説明のためのセリフで、アスカというキャラクターの持つテレビ版から一貫した人格が壊された場面であり、また新劇の意志であった「無辜の市民が営む守るべき日常」へのまなざしを失って、エヴァが空疎な作りごとへと褪色した瞬間でもありました。

 ヘブバン、1章終盤や期間限定イベントの内容からシリアスの描写にまだ身をあずけきれない感じがあり、シンエヴァのようにキャラの尊厳がストーリーや感動に隷属するみたいな展開だったらどうしようと、好きになったものを嫌いになりたくない一心で、クリアを先延ばしにしておる次第です。でも、3章も公開されたみたいだし、そろそろ進めないとなー、どうしよっかなー。ヘブバン、嫌いになりたくないなー。

第2章クリア後

 ヘブバン、第2章クリア。予想通りの結末となりましたが、その描き方にはありていに言って心をゆさぶられました。交流イベントを数こなしていたので、あだ名の伏線はちょっと強引だなとか、猫語尾の人物に対しては、気持ちよりもキャラ優先なんだとか、細かい部分は気になりながら、総体としては戦士の死を通じて世界観の深い部分までをほのめかしていて、とてもよかったです。せめてパッケージ分だけは、課金させていただくことにしました。

 なるほどなー、キャンサーにとってのガン細胞が人間で、彼らの行為は殺戮ではなく治療なんだなー。そして治療された人間は記憶と感情を失って、トラウマや苦しみから解放された彼岸の生命体に置換されると。みんな大好きガイア理論とか、エフエフのライフストリームがネタの下じきなのかしらん。最終話では主人公がマクロスよろしく歌を通じて、トラウマと苦しみまでを含めた記憶と感情こそが人間そのものであることをキャンサーへ伝えて異知性間コミュニケーションを成立させ、人類の「在り方」を救済する展開になるんだろうなー。やっべ、また勝手な妄想で感動して涙が出てきた。

 話を戻すと、ヘブバンは演出を含めてテレビ版・旧劇・序破までの正しいエヴァンゲリオン・フォロワー作品であるとも感じます。このクリエイターは「旧エヴァに影響を受けて創作活動を始めたが、公でシンエヴァには一言も触れていない商業作家」の一人であるような気がしますので、今後の本作が新劇当初の志を正しく翻案したSF的アンサーを提示する快作へと化けてくれることを強く期待しております。私事ながら2章最終盤の流れに、この2年間というもの一度も葬儀に参列できていない事実を突きつけられて、愕然としました。もはや実在する人間よりも、ゲーム内のキャラクターの方が敬意をもって扱われる時代になってしまったのですね。

 あと、けっこうな時間をレベル上げに使ってきたはずなのに、レア度の低いキャラがボス戦でまったく役に立たないのには、まいりました。1ユニットが破壊されるとゲームオーバーになるシステムで、最高レアを6体ならべることを前提としてバランス調整が成されているようです。どうやら、エゲツない集金の要素が見えてきましたねー。

第3章クリア後

 ヘブバン、第3章をようやくクリア。「無課金勢がコンティニューやオートバトルでクリアできない戦闘があるスマホゲーはプレイ禁止」を家訓とする名家の女児なので、21日目の終盤で放置せざるをえなかったのです。このラストバトル、「敵がターン毎にする行動を綿密に記録し、1つのミスもせず最適行動を選択し続け、残った運要素について天に祈る」中身になってて、なんとか倒したと思ったら強化版の第二形態が現れたので、「はい、クソー」と叫んでスマホを放り投げて、そのまま数ヶ月が経過していたのでした。このたび第4章の追加に伴う難易度緩和で、ついにオートバトルでのこれの突破へ成功し、ようやく家訓の縛りをまぬがれてプレイを再開できたというわけです。以前に「年単位の運営へ耐える作りになっているか不安」と書いたことが的中しつつあり、難易度の上げ方はリリースからわずか半年にもかかわらず、すでに5年くらい経過したアプリゲーみたくなっているので、そろそろ全何章の予定かは教えてほしいものです。

 んで、第3章の最後まで読みましたけど、シリアスパートは我々が冷笑的に「エロゲーのリアリティライン」と他作品をディスるとき想定する内容そのもので、シナボン(BCSの影響)の上へ生クリームを山盛りにしぼってから大量の黒砂糖をまぶすような怒濤の胸やけ泣かせ展開に、目を白黒させられました。第2章の最後にも感じましたが、隊員の死に伴う彼岸の描写にコニー・ウィリスの「航路」っぽさがあるのは、書き手の闘病体験を反映しているせいでしょうか。それにしてもあれですね、13歳から18歳までの少女が、30歳から80歳までの男性がようやく手に入れる熟練を、過程をスッとばして付与されてる(リコリス・リコイル!)の、最高に美少女動物園って感じですね!

 油断すると茶化してるみたいになりますけど、ヘブバンの日常ギャグパートが本当に大好きで、特にサイキッカーがハイヤーセルフにつながろうするのををゲテモノ・グルメで邪魔する話なんて、断続的に「ヒーッ!」って引き笑いしながら、床をこぶしでドンドン叩くみたいにして面白がったくらいです。虚構の鉱脈がすべて掘りつくされたかに見えるこの令和の御世で、「声優による美少女スタンダップ・コメディ」ってメチャクチャ新しいし、オタク市場の需要あると思うんですよ! え、すでにバーチャル美少女ユーチューバーがそれに近いものを提供してますよ、だって? ちがうちがう、そういうシロウトの若さとナマっぽさがウリみたいのじゃなくて、プロのテキスト書きによる台本で、プロのベテラン声優がかけあい漫才するのを見たいの! 「パパ活の隆盛でキャバクラが衰退してる」みたいな話もタイムラインに流れてくるし、本当にだれもプロの技術にカネをはらわなくなりましたね……。カネっていうのは本来、言うことを聞かせる腕力の誇示じゃなくて、相手の経験に対する敬意の表明なんですよ……。

第4章1日目クリア後

 ヘブバン第4章1日目を読了。えぇ……(ドン引き)。これまで積み上げた世界とキャラをグッチャグチャに壊して修復不能にしちゃったけど、不老フィギュア美少女のマインド・スプラッタって、この書き手の性癖か何かなの? 「おいしそうな懐石弁当!」と思ってハシをつけようとしたら、「ちょっと待って!」と料理人に手首をつかまれて、いぶかしむいとまもあらばこそ、オカズの仕切りを外してフタをしたかと思うと、目の前で猛烈にシェイクし始めたのを唖然として眺めている感じ。おまけにフタを開けてから真ッ赤なソースをドボドボかけられて、「よくかきまぜて食べてね!」とハシを取り上げられてスプーンを渡される始末で、しかも料理人は寸分の悪意もない満面の笑みなんですよ! ネットミームとしての「ぬすめ!たいやき君」と「クラナんとかは人生」は知ってるけど、まともに読むのは本作が初めてなので、もしかすると古い馴染みの客たちが「うーん、この味この味! 大将、変わらないねえ!」とか内輪ボメするのに囲まれた観光客みたいな存在になってしまっているのでしょうか。すいません、どうも私はこの店の客じゃなかったみたいで……失礼しました(暖簾をくぐって、FGO方面へと去る)。

第4章2日目クリア前

 ヘブバン、第4章2日目を読もうとアプリを立ち上げては落とすのを繰り返してる。また愚痴りますけど、繊細なタッチで水彩画がキャンバスに描かれてゆくのを眺めていたら、おもむろに画家がドぎついピンクのペンキ缶にブ厚いハケをつっこんだかと思うと、後ろからはがいじめにするいとまもあらばこそ、その上からキャンバスをショッキングピンクに一色に塗りあげて、「バーカ、最初から抽象画じゃーい!」と叫んだみたいなもんですよ、これ。「女の股から産まれていない者」たち(ネタバレ)に家族や友情へまつわる泣きゲー的トークをさせてたって、これあれですか、最近タイムラインへ頻繁に流れてくる「気のくるったシングル40代」による「エス・エヌ・エスを用いた人生の偽装」をフィクション上で再現しようとしたってことでしょうか。まあ、「語りたい筋書きにキャラを強引に沿わせる書き手だなー」とは薄々ながら感じていましたけど、この展開を「衝撃の真実」として、読み手が肯定的に受け止めてくれると考えたのだとしたら、やはり正気から遠いとしか言いようがありません。

夏イベント感想

 ヘブバン、ギャグパートがあまりに好きすぎるので、第4章2日目で足踏みしながら、ぐじぐじと未練たらしくログインボーナスだけは受け取っている。そうしたら先日、夏イベントが配信されたので、なんとなく読みはじめましたけれど、FGOと比べるとかなり見劣りがしますねえ。まず、イベントのタイトルがセンスゼロのダサさーー「夏だ!Aだ!Bだ!」の昭和構文ーーで、ロゴのデザインはアマチュアレベル、発出時にエフェクトもジングルもなく、開発の人材およびリソース不足を強く感じさせるものでした。超高校級のエースピッチャーとその恋女房だけで無理やり抑えにかかっていて、前々から指摘しているように、この体制では長くもちそうにありません。水着キャラは3体しか実装されず、シナリオもフルボイスで1時間もあれば読了できるひかえめなボリュームなのですが、トロピカルギャグだけで終わるのかと思いきや、予期しない方向へどんどん話が曲がっていったのには、正直まいりました。

 このライターのインタビューを読みましたが、成功率のきわめて低い大きな手術を経験していて、「ここで生き残ったのは、貴方に何か使命が残されているからだ」と医者に言われたという内容でした。そのせいなのでしょうか、作品全体のシリアスな部分がリンボ的な死生観に彩られてしまっているのです。言葉にすれば、「親も子もない、過去も未来もない。でもいま、ここに私と貴方がいて、音楽がある」といった感じで、登場人物ひとりの人生観にとどまるなら、まったく結構なことなのですが、作品の持つ世界観の基調にこの通底音が大文字のイエスという言葉とともに流れ続けているのです。

 話はそれますが、三体第2部を少しずつ読み進めており、いまちょうど作者のアバターである大学教授が、自分の脳内にいる理想の少女を現実で探しだして、史アニキに別荘へと連行させたあたりです。栗本薫が読んだら「キミは一人娘を拉致された両親(以下略)」と大激怒ーーいや、ノースコリアのそれに「劇的な人生でうらやましい」とのたまい、大炎上した女史なので、スルーしたかもーーしそうな、男性作家ならではの最高にキモチワルイ展開で、「ホウ、いまはなつかしいセカイ系ですか」などと渋川翁の顔で油断していたら突如、「親不孝の最大は、子をつくらないことだ」という孟子の言葉がズバッと引用され、不意打ちでガツンと後頭部を殴られました。ヘブバンに代表される「ロスジェネ末代の自分語り」である本邦のフィクションとは大きく異なった、複数の価値観が激突しながら並走ーーそして、いずれも脱線しないーーする大陸の強靭さを、まざまざと見せつけられた気分で、少し落ちこんだ次第です。まあ、孟子と同レベルの偉人としてヤン・ウェンリーの台詞が引用されるのに、またすぐのけぞるハメになるのですが……。

映画イベント感想

 ヘブバンの新しいイベント読了。オートで放っておけばアニメのように順に再生されていき、1時間ほどで終わるのは、可処分時間をあらゆるエンタメがコンマ秒単位で争う現代社会において、すばらしい仕様ですね。ソウルハッカーズ2の魂の迷宮?がダダッぴろすぎる上に、「棒を振る」「NPCに話す」以外の行動が存在せず、「ゲームをしてるのにヒマ」な状態が続くため、このイベントには大いに助けられたことを付記しておきます。

 やっぱり、サイキッカーの関西弁ツッコミ、大好きだなあ。ツッコミの本質って、「何かヘンに感じるところがあれば、どうしても口に出して言いたくなる」性向のことだと思うんですよ。京都の方々が口の端を歪めて冷笑し、東京の方々が知っていながら黙りこむ状況で、「言語化して、場を救う」優しさの積極的な表出がツッコミなのです。私がいまの時代には流行らない、批判的な視点たっぷりの虚構時評をやめられないでいるのも、自分が関西人だからなんだなあと、あらためて実感させられました。

 でもね、毎回ラストは泣かせ展開にするの、もういいんじゃないでしょうか。ギャグパートが本当に生き生きと自然に描かれているのに、シリアスパートはすごく窮屈で感情も不自然に感じるのです。それに本編のせいで、「老化も成長もないアメーバ状の生き物に、家族や人生を語られてもな……」とどうしても思ってしまう。「失われる今」を失った物語のシリアスに価値を感じることは、もはや私にはできません(第4章は2日目で止まったままです)。時限イベントだからこそ可能な、「全編オールギャグ」に取り組んでいただくことを、切に願っております。

先輩イベント感想

 雑文「ヘブバンとキートン、そして銀英伝(近況報告2022.10.2)」

剣士イベント感想

 雑文「HEVBUNとFGO、そしてKANCOLLE+α(近況報告2022.12.3)

Angel Beats!コラボ感想

 ゲーム「ヘブバン・Angel Beats!コラボ」感想