猫を起こさないように
松岡修造
松岡修造

再録「nWo名作ツイート劇場vol.1(2010.9)」

 (胸元の位置にギターを抱えたバーコード状の頭髪で股引姿の中年が、重力を無視して宙空へエビぞりに静止しながら)ロックンロール! 小鳥猊下であれかしッ!

 流暢な英語が無意識に口をつく洋行帰りの性病持ちの俺様であるが、久しぶりに日本に帰ってきていちばん驚いたことといえば、町中の看板に大きく“ディック”と書かれており、その下を女学生たちが歩行していたことです。

 諸君の七曲がりディックのように話がそれかけたが、最近の貴様らはぶッたるんでんじゃねえのか。当初、俺様が利用した公衆トイレの便器さえネットオークションで落札しかねないほどの勢いでリタリンし、ベルファボーレしていた貴様らの、下腹部と心のたるみのことを言っておるのだ。

 ただ感情にまかせて貴様らを怒鳴りつけたいが、それでは貴様らのご父兄が幼少期の貴様らに行ったあの仕打ちと何ら変わらぬ。ここでは、愚者へ賢者の知恵を賢者の理解と同じ深度で伝えるために有効だと民俗学的にも立証されているところの、たとえ話をすることで貴様らの育て直しとしよう。

 (吹き替えボイスで)ウォウ、ついに憧れの外タレが来日した! このご時世に、鍋敷き程度の用途しかない彼のコンパクト・ディスクをすべてそろえているくらいの、大、大、大ファンだ! しかも、本邦独占のライブを一週間ブッ続けで行うという! しかも、入場は無料だって? イーヤッハァ!

 (憔悴した吹き替えボイスで)……最初の興奮は、まだ身体の芯に残っている。しかし、ライブ開始よりすでに72時間が経過した。それなのに、この外タレは眠るどころか、舞台袖にひっこむどころか、ギターをステージへ置く気配すら見せない。

 観客の中には倒れる者も出てきた。舞台の上ではいま、一日目と同じ曲が若干のアレンジを加えただけで演奏されている。声援を送ろうにもとうに喉は潰れ、踏み鳴らしすぎた足は疼痛をうったえ、振り上げた腕はいまや鉛のように重い。

 夜を徹して一週間のライブだなんて、聞いてなかった。いくらなんでも、こいつは気がふれている。それに、三日目にして早くも初日と同じ曲がローテーションしてきている。確かに彼のことは好きだが、ここから先はもう生で見なくても大丈夫じゃないか。

 そうさ、こんなにたくさんの観客がいるんだ、ひとりくらい応援のこぶしを下ろしたところで、誰も気づきはしないし、何も変わりはしない。

 そう考えると、君は振り上げた拳を、そっと下ろした。

 はい今死んだ! 今小鳥猊下死んだ! ステージいっぱいに臓物ぶちまけて小鳥猊下死んだよ!

 いま貴様らの胸にあるそれは、実はジャニス・ジョプリンを殺したのと同じそれであるし、さらに言えばマイケル・ジャクソンを殺したのと同じそれだ。

 いまの貴様らに必要なのは、リトリートではない、リツイートである。ライブはまだ、始まったばかりなのだから。

 (アンプのボリュームを最大に上げながら)貴様ら、この231ツイート目”ポイゾナス・ペアレンツ・ドント・ビー・ファックト・バイ・マイ・ディック”を喰らうがよいわ!(ギターをかき鳴らした瞬間、アンプより発生した爆音のソニックブームにより、外タレ、吹き飛ばされる)

 (観客席上空で歌いながら)『オフィスの営業時間にしかー、誰もツイートしていないー(コーラス:リツイートされたけりゃー、昼間にツイートしろー)、暇にあかせてついツイーティングー、アカデミズムの連中にゃ騙されるなー(コーラス:研究名目の夏休みー、経済不況で俺たちゃドカチンー)』