猫を起こさないように
ジョジョ・ラビット
ジョジョ・ラビット

映画「ジョジョ・ラビット」感想

 ナチスとヒトラーをあつかった先行作品はすでに山ほど存在しており、それぞれがデリケートな題材に対して何か特別な視点や切り口を与えようと苦慮していた。ひるがえって本作はと言えば新しいアイデアは皆無であり、この題材に改めて挑戦した意義を感じることはできなかった。昔からの監督のファンだったりとか、スター・ウォーズ周辺の噂が気になる向きでなければ、ナチス政権下の市井を知るためにわざわざこの作品を選ぶ必要はないだろう。スーパーマリオのような天地人の横から構図、オブリビオンのごときバストアップを交互に切り返す会話、そして鮮やかな(ときにドぎつい)色づかい、この3つがかろうじて監督の持ち味と呼べるもので、脚本にいたっては映画業界を目指す少し意識の高い学生が書きそうな中身で小賢しさにあふれており、同テーマの作品群に比べてもひどく薄味である。オープニングがビートルズ・ナンバーで、私などのオールド・ファンはゲット・バックとか同バンドの楽曲を展開にからめるのではないかと一瞬だけ期待させられたが、ヒトラーへの熱狂をビートルズへのそれと重ねあわせて、サラリと大衆批判を行うための小道具に終わっていた。これは一例に過ぎず、指摘しだすとキリがないが、全編にわたって底の浅い意図によるしゃらくさい演出に満ちあふれているのである。監督自身が演じているイマジナリー・フレンドのアドルフもあとからとってつけた感が強くストーリーから浮いていて、狂言回しにすらなっていない。あと、アベンジャーズ女優から脱却したいスカーレット・ヨハンソンの、演技派をねらったわざとらしい演技もひどく鼻につく。暖炉の炭を顔に塗って出征中の父親のふりをする場面なんて、痛々しくて画面を正視できなかったほどだ。ただ、ふだんまったく映画を見ないようなライト層や、アメリとか好きな頭の弱い女子がベタ褒めしそうな雰囲気だけは漂っていると思いました(もちろん、アメリは傑作ですよ)。しかしながら、この作品に本当に必要だったのはそんなファッション感ではなく、ファッショ感だったのではないでしょうか……ドヤッ!

 え、タイカ・ワイティティ、スター・ウォーズ新シリーズの監督に決まったの? すいません、ライアン・ジョンソンのときと同じく、私にはもうすでに惨劇の未来しか見えません。そして、デ銭の好む監督像も明らかになってきたように思います。絵作りは個性的だけど作家性は薄く、いくらでも後から味付けを変更させてくれる人物です。脚本にクチバシをつっこんでも絵作りに触らなければ文句いわなそうな本作の監督がまさにそれ。どんなにヘタクソでもイビツでも、他者によるわずかの改変をも絶対的に拒絶するのが作家性で、ハゲの御大とかカントク(Cunt-Q)とか、目の前で自分の作品を「正しく」修正なんかされようものなら、即座に全力で殺しにいくという確信があります。ジョージ・ルーカスもまさにそれ。