猫を起こさないように
むこうぶち
むこうぶち

漫画「ノーマーク爆牌党(電子版)」感想

 ノーマーク爆牌党、紙の本も持ってるんですけど、密林焚書で全巻をあらためて購入しました。まず5巻から最終巻までを読み直して、やはり他の漫画では味わえない面白さであることを再確認できました。むこうぶちが「麻雀という賭博をめぐる人間ドラマ」とするなら、ノーマーク爆牌党は「麻雀というゲームをめぐる競技ミステリー」とでも言えるでしょうか。前者が麻雀を知らなくても人間ドラマのみで楽しめるのに対して、後者は少なくとも「麻雀のルールを知っている」、願わくば「麻雀を狂ったように打っていた時期がある」ことが、ストーリーを楽しむための最低条件となっており、少々ハードルは高めです。本作の後半においては、主人公が前半と別の人物にスイッチされて、メジャー大会を9連覇する天才をいかに打倒するかが描かれていくのですが、麻雀における「不敗性」って、もし充分な説得力を持たせられれば、最高の面白さへと昇華するネタなんですよねー。

 将棋やチェスなら、プロが「ルールを知ってるだけの素人」に負けることは、まずもって120%ありえません。そのありえないことが、麻雀ではまま起こりうるからです。しかし、この事実をもってして、ゲームとしての完成度の低さを指摘するのは、間違っています。麻雀というゲームの本質は、「運のパラメータの可視化」にこそあると言えるでしょう。日々「ただ死なない」という事実にさえ薄く消費されていく個人の持ち運の総体を、暗闇でフラッシュを焚くように、一瞬だけ目に見えるものにしてくれる装置なのです。個人的なことを言えば、何か大きな決断を伴う行動があるときなど、ネット麻雀の東風戦を1回だけ打ち、その時点の運の状態を確かめて、指針にすることがあります。オカルトめいた話に聞こえるでしょうが、存外これが馬鹿にならない精度で結果に影響するのです。

 ノーマーク爆牌党に話を戻しますと、なんど手に取ったかわからない最終巻を再び通読して、「人智のみでゲームを支配してきた者が、ゲームの本質を理解した者に敗れる」という展開ーー流れはキミに47ピンをつかませるーーに、かつては気づかなかった深い人生訓を感じました。そして、その余韻を駆って1巻を読みだしたところ、麻雀をディスる残念な容姿に描かれたワンレン・ボディコン女性の顔面を、走ってきた主人公が勢いよくグーで殴るーー殴られた女性は道路を転がっていき、街路樹に激突するーーという見開きのシーンから始まっており、「いやー、忘れてたけど、カタチン作品はこれがあるからなー、一見さんにはハードル高いよなー」と思わずひとりこぼしてしまいました。ちなみに、2話の冒頭はゲーセンでの脱衣麻雀から始まることをお伝えしておきます。いや、本当に面白い作品なんですよ?

漫画「むこうぶち(56巻まで)」感想

 漫画「むこうぶち(20巻まで)」感想

 むこうぶち、既刊56巻まで読了。途中から読み終わるのが惜しくなって、1日1話にペースダウンしたので、ずいぶんと時間がかかってしまいました。こんなすごい漫画を20年も知らずにいたという事実に、古いおたくとしてはただただ申し訳ない気持ちでいっぱいです。舞台だったバブル時代はこの巻で終焉を迎え、いったん物語にはピリオドが打たれた感じですが、作品テーマを語り終えてから主要人物のひとりをキッチリ退場させましたので刃牙シリーズと同じく、ここからはどういう形で作品が途絶しても大往生と呼べるステージに入ったと言えるでしょう。基本的に単話完結なので、優秀な闘牌ブレインさえいれば、延々とバブル期の設定で連載を続けることはできたはずですが、いったん最終回を描いておきたい心境の変化が作者にあったのかもしれません。最後の頂上対決はたったの6話で完結しており、作者インタビューからも感じる、自作にのめりこみ過ぎない距離感に感服しました。アゴの尖った方の作劇なら、6話どころか20年かけて250話くらいに引き伸ばせただろう勝負ですのに!

 「長期連載はどこかの段階で必ず作者の人生や思想と骨がらみになり、大御所になっていく過程で編集者も口を出せなくなるため、歪みが修正されず大きくなってどんどん狂っていく」というのが私の持論だったのですが、むこうぶちは見事なまでにこれへ当てはまりません。あのね、強調しておきますけど、作画・ストーリー・キャラクターが20年の連載で少しも狂わないというのは、空前絶後の驚異的なバランス感覚ですよ! さらに主人公を「無人格の狂言回し」に置いたまま、最後まで正体を明かさなかったのも非常にポイントが高いです。本作は「人生で最高の漫画を10本あげよ」と言われたら、必ず入る一作となりました(もう一本は「ラーメン発見伝」シリーズ)。

 どの話もよくできてるんですけど、56巻478話のうちでもっとも印象的な回を2つ挙げるとしたら、まずは「石川さんの戦い」でしょう。軽度の知的障害を持つ工員が、作中はじめて御無礼の人にオーラスで振り込ませてトップを取るという展開に、いたく感動しました。他の作品だったら「聖なる白痴」みたいな描き方の女子高生とか出してきそうなところに、短躯でロンパリのオッサンを持ってくるのがすごい。そして、振り込んだときの御無礼の人の「信じられない」という表情が、とてもいい。これまでの何百話にわたる無敗があるからこその衝撃で、1分ほどまじまじとそのコマを眺めちゃいましたよ。もうひとつは事実上の最終話「バブルの終わり・完」で、御無礼の人がはじめて対戦相手の名前を呼ぶところです。これも475話の積み重ねがあっての名シーンで、いったんその台詞でページを繰るのを止めて、しばし虚空を見つめて感慨に浸りましたからね。勝手な投影ではありますが、麻雀を通じてしか他人と関われない奇形、そのディスコミュニケーションの極地が「思わず」ほどけた瞬間のように見えたのです。この作品を読むと、書き割りではない生身の人間が生き生きと描かれていて、いかに近年の虚構群が「記号によるキャラ化」で作られているかを対比的に痛感させられます。

 そして、エログロやギャンブルといった出自を持つ物語が高い普遍性を持ちながら、本邦では人口へ膾炙していく段階で、ある閾値を超えられないという現実は、じつにくちおしいことです。みんなもっと学校や職場や町内会やマンションの自治会で「ランス10」や「むこうぶち」を宣伝しよう!(無茶ぶり)

質問:麻雀出来ないので、麻雀漫画をスルーしてきた人生なのですが先日漫画家さんから麻雀漫画は麻雀を知らなくても面白いと言われ勧められたのがむこうぶちでした。猊下も推しとの事でしたら何を差し置いても読んでみようと思います!

回答:貴君の画業に間違いなくプラスの影響があることを確信しながら、「何を差し置いても」読むとの宣言には懊悩の微笑を浮かべる始末であります。むこうぶちの持つ美点として、男性の登場人物がじつに多彩であることが挙げられるでしょう。近年の虚構における男性はどれも、「イケメン」「イケオジ」「ブサメン」「キモデブ」ぐらいの単語を骨格に肉付けしてある感じといいましょうか、美醜と老若という2つのスライダーしか持たないキャラメイクになってると思うんですよねー。むこうぶちは基本的に単話完結になっていて、毎回ゲストキャラが入れ替わるのですが、外見を含めてひとりとして同じ造形の男性がいないのです。職業にもよると思いますが、現実でも日々交流がある人たちって、けっこう均質じゃないですか。そして年齢を重ねると、ますますその均質性は高まっていく。むこうぶちはフィクションなのに、「ああ、現実ってこんなにも多様だったんだ」とどこか気づかされる感じがあるのは、すごいなあと思っています。おススメである「石川さんの戦い」までは、ぜひ読んでほしいです。この人物をフィクションに登場させて、どの団体からも非難や抗議を受ける隙がないというのは、よく考えればとんでもない脚本力です。

ゲーム「真・女神転生5」感想(完全版)

序盤の感想

 真・女神転生5をサクッとディー・エルし、序盤をプレイ。(スッと挙手して)わたくし、このシリーズにはあまりくわしくないのですが、感想よろしいでしょうか。端的に言えば、はじめての「オープンワールド・女神転生」。プレイフィールとしては、ゼノブレイドクロスのフィールドでポケモンソードのワイルドエリアをやってる感じ。正直なところ、最初の2時間の印象は最悪で、プレイを止めてしまう可能性もあったと思います。ひさしぶりの据え置き機によるリリースということで、ナラフォルニアの邸宅に備えられたシアターでプレイを開始したのですが、ジャギジャギの画質は大画面への引き伸ばしに耐えず、音質も高級アンプを通してさえくぐもって聞こえ、おまけにサラウンド対応していない。主人公のモデリングはほとんどプレステ2時代のそれだし、さらには両腕を広げてアラレちゃん走りするし、イケボで「キーン」とか言ってそう(ゲームの評価と関係ない)。加えて、背後から追いかけるカメラの位置と動きも悪くて、画面全体をやや把握しづらい。3Ⅾマップそのものも、次の瞬間ポリゴンの隙間にハマって異次元に永久落下しそうなドキドキ感を提供する、なつかしくも疎で粗な仕上がりになってます。

 本作を大画面で体験する意味はきわめて薄いことがわかったので、自室のモニターにスitchyをつなぎなおして、先週ゲットしたZODルーンでヌーブをシャークしてやろうとPCでDiablo2のトレードチャンネルを開いて、ブツクサ言いながらプレイを続けたんです。それがですね、東京タワーを過ぎたあたりからやれることが増えてきて、俄然おもしろくなってくんの。まあ、プレスターンと悪魔合体のシステムは3の段階で完成しているんだから、新しい要素が邪魔さえしなければ、おもしろいに決まってます。ただ、フィールドについてはオープンワールド初期の本当に古いタイプの作りになっていて、ウィッチャー3などを経過して目の肥えたファンにとっては、やはり物足りない造形でしょう。極端な高低差で行動を制限するマップを最初にドンと作って、後からスカスカのエリアを埋めるために闇鍋式でバラバラの要素を放りこんだ感じと言えば伝わるでしょうか。ベセスダあたりがウレションしそうな文明崩壊後のトーキョーという最高のネタを仕入れておきながら、「大トロをじっくりコトコト煮込んで、砂糖と醤油で甘辛く仕上げてから、キッチンシンクへ鍋の中身をぶちまける」みたいになってます(わかりにくい例え)。

 そして、本作に登場する悪魔は過去作のデザインをすべて3Ⅾで作り直しており、その労力には頭が下がるのですが、個々のクオリティにかなりの差を感じました。例えば、ネコ好きを憤死させかねないケットシーのクソいい加減なモデリングと動きに対して、マーメイドといったら湿った肌の質感から、貝殻におおわれた薄い胸のたたずまいから、脇腹に浮いたあばら骨のエロチックさから、固有技を出すときの上半身のなよめいたモーションから、まさに「指先まで神経のかよった」仕上がりで、思わず「公私混同すなーッ!」と例のポーズで叫んでしまいました。まあ、昔からひそかに根強い人気悪魔で、何を隠そう私も前作では、ランダマイザとかコンセントレイトとかメギドラオンとかを継承で突っ込みまくったステータスマックスの最強マーメイドを作ったくらいですので、アナタの気持ちはわからないではありません。(サムズアップして)グッジョブ!

 あと、よく見るとマーメイドの顔って、どこか御無礼の人に似てるなー。タバコ吸いながら「人に魚と書いて、人魚と呼ばれています」とか自己紹介してそう(してない)。それと、3からの「強い主人公をサポートするための仲魔」って構図は、女神転生シリーズの解釈違いだとずっと思ってます。「いつ裏切るかわからない悪魔さえ、利用せざるをえない非力な人間」という2までの世界観が本筋だと思うので。個人的には、仲魔のレベル固定とマグネタイト制の復活を希望です。え、肝心のストーリーはどうですかって? 学園に戻ったくらいの進行状況だけど、ストーリーはダメそう。

コンテナヤードでの落下

 真・女神転生5、2つ目のマップに入ったら、いよいよ「ノーマルジャンプしかないマリオ64」みたいなゲーム性になってきた。コンテナを落ちては登る作業に終始イッライラさせられんだけど、副産物の御霊レベリングで明らかにエリアと見合わないほど強くなってくんの。そしたら、主人公の連撃とヨシツネの八艘跳びで敵にターンが渡らなくなり、ゲームとしてはほとんど破綻してしまっているのに、だんだん愉快な気持ちになってくるのが我ながらおもしろい。昔からバランスの壊れたゲームが大好きで、ディアブロ2への偏愛も同作の破綻した部分に依っているのかもしれません。エフエフ(ファイファン派は死ね)でいちばん好きなのはファミコン版の2で、初期の町から一歩も離れず、パーティアタックやチェンジの魔法で延々と育成を行ったことを思い出します。

 話を戻しますが、本作のマハタルカジャやマハスクカジャって魔法、またまたシリーズの解釈違いだなー、って感じました。メガテンの醍醐味って派手な大技や攻撃魔法ではなく、ギリギリのバトルで単体アタッカーに託すタルカジャやスクカジャだと思うんですよねー。長い長いダンジョンを抜けた果て、疲弊した仲魔たちと挑むボス戦、毎ターン壊滅ギリギリの攻撃をヒーラーで耐えながら、タルカジャやスクカジャを複数回かけることで辛くも通るアタッカーの攻撃をジリジリと、薄く薄く積み重ねていく。やがて回復手段も底をつき、最後の最後で南無三と繰り出した一撃がボスを倒したときの、得も言われぬ高揚感といったら! 近年の同シリーズがリソース管理の煩雑さとトレードオフにしたものの中に、作品としての本質が含まれていたような気がしてなりません……お、ようやっと中ボスのおでましやないけ。シリーズ初登場のラフムゆうてアンタ、若手スタッフがFGOの影響を受けまくっとるんちゃいまっか。ほれ、マハタルカジャ、マハスクカジャ、八艘跳びからの至高の魔弾どーん! らっくしょー! この一方的に蹂躙する爽快感、やめらんねー!

アキハバラでの落下

 真・女神転生5、きょうはアキハバラに来ています。けどここ、ちっとも秋葉原じゃありません。アキハバラ電脳組ぐらいの無関係さです。もはやテキトーに作った3Ⅾ迷路に、東京の地名をテキトーに選んでつけているだけです。ちょうど3つ目のエリアになるのですが、高低差はますます激しくなり、NPCのメッセージに「元の場所に戻るのタイヘンだから、落下しないように気をつけて!」なんてものがあるほど、制作側もひどさには自覚的なようです。でもこれ、強打者を迎えたピッチャーに対して「人類のまだ見ぬ変化球を投げろ」とサインを送るキャッチャーとほとんど同じで、クソの役にも立ちません。このエリア、さらに例えるなら「ハイジャンプの存在しないジャンピングフラッシュ」みたいなもので、正解ルートを探るために登っては落ち、登っては落ちを延々と繰り返すハメになります。おかげで、早くも主人公のレベルはカンストしました。固有技に強い物理攻撃があるのと、全属性の攻撃アイテムが買えてしまうので、本作のステータス振りは力速が正解のような気がします。定番の魔速で育成してしまいましたが、このクソマップをイチからやり直す気力は、もはやありません。もう早くクリアして、ディアブロ2に戻りたい気持ちでいっぱいです。

 そして2時間ほどをかけて、ほうほうの体で目的地へたどりついたら、ほんの短いやりとりの後、マップの反対側にある障害物を除去するアイテムをもらって終わりという、ファミコン時代のおつかいRPGみたいな展開にめまいがしました。ここまでの体感として、プレイ時間の10%が雑魚とのバトル、10%が悪魔合体、80%が道に迷ってるというバランスです。本編である「真シリーズ」は、いまやペルソナに軒下を貸して母屋を乗っ取られた状態ですので、ベセスダかCD ProjektあたりにIPごと売却して、フォールアウトサイバーパンクのチームに、崩壊後の東京を実際の地図ベースでシュミレートした内容へと作り直してもらうのがいいんじゃないでしょうか。え、英語版のタイトル? オー・マイ・ゴッデス・オブ・リインカネーションとか?(ダサい)

風雲! 魔王城

 真・女神転生5、きょうは魔王城に来ています。またぞろコンテナのときみたいなジャンプゲーが始まって、心底ゲンナリする。この城に入ってから、ずっと「クソマップ・オブ・ザ・イヤー」と声に出して連呼しながらプレイ、いや、登っては落下してる。マリオ64が「高い身体能力を駆使して、様々なルートを発見する楽しさ」なのに対して、魔王城は「低い身体能力に制約されて、唯一の正解ルートを探す苦しみ」になってます。自由に動けるアナログ空間で、ゼロイチのデジタル解答を求められる苦痛ったらありません。監督チャンさあ、この扇風機のギミックだけど、ちゃんと吟味した上で面白いと思って入れてんの? ひとりがハッスルして作っちゃったのをバランス調整せず丸まま採用って、どこに監督チャンのディレクション要素があるわけ? 何の能力に対して給料もらってんのか、いちどちゃんと考えたほうがいいよ?

 話を戻しますと、レベルもとうの昔にカンストしており、雑魚との接敵も時間のロス以外のなにものでもありません。え、御霊レベリングはメガテンに慣れていない人への救済措置のようなもので、ふつうにプレイするときには自分で縛るものですよ、だって? だまれ、令和ベイビーズ(3さい)めが! ファミコン世代にとってのゲームってのはなァ、絶対にクリアさせまいと本気で殺しにかかってくる制作者との闘争そのものなんだよ! クリアできればプレイヤーの勝ち、できなければ制作者の勝ち、その瞬間に持っている全身全霊と全知力を注いで取り組むのがゲームをするという行為であり、ヤツらがウッカリこちらに有利なバグなど残していようものなら、それを利用することに一瞬の躊躇さえしてはいけない、そういう世界なんだよ! デジタルデビルストーリー女神転生の最終パーティが、ガネーシャ、ウォンロン、クリシュナ以外はありえないように、視界に入った御霊はすべて狩り尽くすのが、昭和ベイビーズたちのジャスティスなんだよ!

 ……というのは、話を面白くするためにワザとする吹き上がりで、実際は「すべてのエンディングを見るために3周はするから、1周目は引き継ぎ要素であろう悪魔全書の完成が最優先。すなわち主人公のレベル99はゴールではなく、単なる前提。御霊縛りの難易度ハードは2周目から」と考えての行動でした。しかしながら、メガテン本来のゲーム性とは何の関係もない、このクソマップ・オブ・ザ・イヤーを周回する時間も気力もありませんので、シリーズではじめてのトゥルー・エンドを動画で見る作品になりそうです。

マンコの神殿から至高天へ

 真・女神転生5、きょうはマンコの神殿に来ています。魔王城の息が詰まるようなキツキツさに対して、歩道と車道ぐらいの段差と時間停止のギミックが完全に死んでいる、ユルユルのマンコです。え、表記は万古だから読み方はバンコじゃないですか、だって? たわけが! 「シニアカーだと死にやカーに聞こえるから商品名はセニアカーにしよう」みたいな態度が言語を歪めるのだろうが! このバカバカマンコ!

 続くラストダンジョンも分岐の無い一本道で、あわせて1時間くらいアラレちゃん走りしていたら、あっさりクリアできてしまいました。たぶんカオスルートだったと思うんですけど、どんなエンディングかワクワクしていたら、新しい世界の顛末をなんとナレーションだけでぜんぶ説明して終わりでした。そこはルートを代表するNPCと主人公のかけあいとか、がんばってちゃんとビジュアルで見せてよ……まあ、マンコの神殿以降の出来を見るにつけ、発売を急ぐため開発に巻きが入ったのかもしれません。主人公が右から左にゆっくり歩いていくだけのスタッフロール、なんか既視感あるなー、なんだったかなーと考えていたら、俺屍2だった。

 クエストと悪魔の取りこぼしは回収するかもしれませんが、周回はしないでしょう。本作が低機能のスitchy専売なのは、後の完全版商法をあらかじめ見込んでいるためで、高画質高解像度、高フレームレート、サラウンド対応、ストーリー補完、新規悪魔およびマップ追加のFINALバージョンがPC/PS5で発売されることは、ほとんど確定しているみたいなもんです。なので、トゥルー・エンドでのクリアはそれを待ってからにいたします。

 よっしゃ、おつとめゴクローさん! これで晴れてシャバ(モーモー牧場)に復帰や! お、いきなりOHMポロリとは幸先いいやないけ! ハイルーン1個のドロップとメガテン30時間の楽しさは、ワイにとって等価みたいなもんや! ディアブロ2最高や! これぞゲームの至高天やで!

修正パッチに寄せて

 真・女神転生5、魔王城の修正パッチくるんですってね。あらためて、ネット社会における小鳥猊下の影響力を実感しました(範馬勇次郎が正拳で地震を止めたときの表情で)。んで、パッチノート読みにいったら、「連続ジャンプのギミック数削減」って書いてある。

 監督チャンさあ、オレの金言(オウゴン)のどこをどう読んだらそうなるワケ? 「ロケーションを嵐の海から凪の海に変更しました」って、あのさあ、オレらが不平をもらしてるのは、そこじゃねえのヨ! オレらプロの泳ぎ手たちは、「両手両足を縛られたまま海に突き落とされる」ことに文句つけてんのヨ! 「ダッシュジャンプに慣性をつけて飛距離を伸ばしました」とか「空中で姿勢制御が可能な2段ジャンプを追加しました」とかが、「顧客の本当に求めていたもの」じゃねえの? わかる、わかるよ、監督チャン、そんなことしたら全マップで挙動の確認と見直しが必要になるもんな? ナーフ中心で調整したほうが、修正後のチェック項目が少なくて楽だもんな? 100%のステータスでボス戦のバランス調整してから50%にキャラの能力を減じて、残りの50%を集めるべき装備品にパラメータとして撒いたほうが、チェック工程を最少にできて管理しやすいもんな?

 ハハハ、わかる、わかるよ……このクソたわけが! 勃起角度と最大膨張ばかりを気にする、女不在のフニャチン童貞野郎めが! ゲームってのは引き算じゃねえ、足し算で作るもんなんだよ! プレイヤーをてめえらの想定の内側に置くことだけに窮々としやがって! どれだけ工程を減らして作業量を抑制するかみたいな思考で、クリエイティブがつとまるかよ! プレイの可能性をどんどん拡張する、バフまたバフのビッグバン調整こそがゲーム制作の本懐だろうが! 過去作を丸コピして何体か萌え悪魔を追加した秘伝のシステム部分に比して、マップ部分の設計思想があまりにそのメガテン本来の自由度の高さを裏切ってることに、みなさん怒ってらっしゃるんだよ! 「なんか評判わるいみたいだから修正しときましたー」って、アリンコみたいなクソ修正を得々と自慢してんじゃねえ! 鎮火しかかってるプレイヤーの怒りにわざわざ油を注ぎにきやがって、オマエはシン・エヴァンゲリオン劇場版かよ! アヤナミ(ひとつ前のバージョンに費やしたカネと時間)を、返せッ!

 あのさあ、すげえイヤな顔して聞いてっけど、これぜんぶ監督チャンのためを思って言ってんのヨ? オレ、いまからエミリーと焼肉いってくっから、完全版の作業、進めといてくれよナ? マップの縮尺はマリオやゼルダじゃなくてフォールアウトと同じにして、ジャンプとアクションのバリエーションをガッツリ増やすんだゼ? ガッデムビッグ(中指を立てる)、ガッデムファスト(腰を振る)、ガッデムセクシー(胸をもむ)、これこそがゲーム本来の調整ってもんサ! おッ、この牛、LOルーンをポロリしよったで! よっしゃよっしゃ、これでgreifとfortitudeを完備した最強ワールウインド・バーバリアンの完成や! (金髪美女とドル札風呂で焼肉しながら)ディアブロ2、最高やないけ!

トゥルーエンドに寄せて

 真・女神転生5、周回せずにトゥルーエンドへ到達できるという情報を得たので、一週間ぶり?くらいにプレイを再開。クエストをクリアして順にフラグを立てていくんだけど、シヴァとの戦闘で序盤以来、2回目の全滅を経験する。もうアッタマきて、主人公は無反吸の完全耐性に仕上げ、仲魔もレベル99にして香と経典をブチこみまくって再戦するんだけど、ここまでやってようやく戦況が均衡するくらいの感じ。プレイヤー側の完全耐性を見越した万能属性の全体攻撃と、倒しても倒しても無限に続く手下悪魔の召喚にゲンナリする。これ以上は強くしようがない状態で、回復アイテムが枯渇するかしないかでHPを削りきれるよう調整されてて、一度でもディアラマが来たらジリ貧になって負けがほぼ確定する。何度かやりなおしたら無事に撃破できましたけど、ちっとも楽しくありません。ラスボスまでは旧来のシステムとパラメータを踏襲しているーーと言えば聞こえはいいけど、もうだれも怖くて触れないーーから、ちゃんと積み上げ式のバランスになってるのに、シヴァだけ強さの作り方が異質なんですよ。前も少し言いましたけど、プレイヤー側の成長限界から引き算で作った性能になってるんです。なので、ここだけゲームジャンルがRPGというより、パズルになってしまっている。しかも運要素がからむもんだから、単純に試行回数の勝負になって、倒せたところで達成感がない。

 某MMORPGにもそれを感じて、イヤだなって思って離れたところあるんですけど、こっちは勇者・バーサス・魔王ゴッコがやりたいと思ってプレイしてるのに、最近のゲームは最終的にバーサス・クリエイターの意図になってしまうものが多くて、その構図がメタ的に俯瞰できた瞬間、冷めちゃうんですよね。なあんだ、これ、よく見たらツクリモノじゃんって。シヴァ戦がまさに「それ」で、戦ってませんがDLCの人修羅もさらに「それ」なのでしょう。そんな冷めた気分のまま、強化ルシファーを一蹴ーーシヴァ打倒が条件なのに、シヴァよりはるかに弱いってどうなのーーして、トゥルーエンドを見ました。本作をプレイして改めて気づいたのは、メガテンは強い作家性の複合からできているゲームであり、オリジナルスタッフ不在のまま存続可能なプロダクトへ寄せようとしすぎると、ゾンビの登場するメタルギアみたいになってしまう危険性をはらんでいるということです。個人的に、真シリーズを真シリーズたらしめてきたのは、「今日的な問題と作品テーマのリンク」だと思うんですけど、今回は過去シリーズへの強い意識ばかりが先行していて、最後までそれを感じられませんでした。

 アオガミとの訣別をWHO女史への目くばせタップリに描いてから、オープニングのムービーをちょろっと改変したのを見せられて、「それは大宇宙の意志だけが知っている」みたいなナレーションで終わり。オマエさあ、唐突に「大宇宙の意志」ってどないやねん。FGOの抑止力からの影響か知らんけど、文脈から浮きすぎて、なんや新興宗教みたいになっとるで。ラフムといいフィン・マックールといい、ちょっとFGOの影響を受けすぎとちゃいまっか? これ、あの偉大なメガテンの本編、言わば正史のほうでっせ? 「メガテンに影響を受けた英霊システムに影響を受けたメガテン」という、ゲームの歴史が充分に長くなったがゆえの顛末に世代交代の感慨はありますが、嬉しいのはファンガス本人だけでしょう(いや、こんな劣化コピーみたいなレスペクトは喜ばないかもしれません)。

 あと、本作で追加された悪魔のほとんどが美女か美少女かイケメンで、「悪魔を造形する」のがいかに特異な才能であったのかを再確認できました。SNSでもてはやされる類の絵のうまさが、要素として作品にそのまま流れこんでいる点にだけ「時代とのリンク」が見られるのは、じつに皮肉なことです。

 というわけで、完全版を待たずして、私の冒険はここで終わりました(ざんねん! きみのぼうけんはここでおわってしまった!)。そして、モーモー牧場へと出もどったわけですが、休日返上で100周しても何ひとつ出ません。マックス品にこだわりがない(メリケンどもは異様にこだわる)ので、装備の更新はずっとプラトー状態が続いており、貴重な人生の時間をただ空費している事実に、ひどく気持ちが沈みます。おッ、LO……なんやIOルーンかいな、まぎらわしい。ディアブロ2、最低や!

後日談

 ディアブロ2、メフィスト・ランでのソーサレス突発死とキーボードの損壊率が強い相関関係にあることへ気づいたため、いよいよCall to Armsの作成を決意する。毎月のキーボード代がバカにならないし、何より両のこぶしに包帯を巻いて得意先を訪問する営業担当なぞ、剣呑以外の何者でもないからだ。このCall to Arms、HP・MP・防御力を飛躍的に向上させるバーバリアン専用スキルを全クラスへと解放する超級アイテムなのだが、いかんせん可変値の幅が大きすぎるため、ズルズルと実作を先のばしにしていたのだった。近所にある神社の境内で全裸水垢離をすませ、「神様仏様、664とは申しません。443、いや、332くらいで構いませんから、なにとぞ!」と祈りながら使用ルーンをカバンに並べていきます。100回くらいルーン名と使用する順番を指差喚呼した後、世紀末覇者の顔でマウスボタンを「ぬん! ぬん!」と強く圧迫して念を込めながら、ベースアイテムのフレイルへとはめこんでいきます。するとどうでしょう、できあがったのはなんと211、可変値最低のCall to Armsだったのです! 「もう1回つくれるドドドドドドドン!」などと衝動的に叫びながら無呼吸連打で4Kモニターを破壊しそうになったため、「アラ、メガテン5に視野角調整のパッチが来ているわね」とオネエ言葉で怒りの発作をリセットし、クリア直前のデータで冒険を再開しました。

 「若干カメラが引いたところで、クソマップに変わりはねーな!」などとずっとボヤきながらプレイしていたら、気がつけばミマンを200体すべて発見し、サブクエストをすべてクリアし、人修羅以外の魔人をすべて撃破して、2周目ハードでの「美少女ロリコン悪魔とゆく魔界転生」へ突入していました。あれ、もしかしてオレ、このゲームのこと好きなんじゃ……(トで始まる例の擬音)。ち、ちがうんだから、こんなゾンビの出るメタルギアみたいな続編、ちっとも好きじゃないんだから!

最強デビル・ロリコン軍団

 就職氷河期世代がアイスエイジをマーメイドに継承させなければならないという残酷物語! 小鳥猊下であるッ!

 真・女神転生5、周回で地形を覚えてしまうとマップへのストレスが低減し、前作までで完成している育成システムの楽しさが前面に出てきた。最強デビル・ロリコン軍団の筆頭であるステータス・マックスのアリスを作るため、まず「つはもの誕生」の恩恵を最大化させるのに合成素材の悪魔4体をレベル99にして、その前に必要なスキルをそれぞれの素体に継承させる合体をあらかじめ行なって、そのスキル継承の元素材も念のためレベル99にして……みたいな作業の入れ子細工ループに入りつつある。完成したところでゲーム内に活躍できる場面は皆無なのだが、黙々と取り組んでしまう。

 思えばダークソウル・シリーズも、ゲームバランス的には1と3を絶賛しながらも、最も長時間プレイしたのは不出来な2だった。通称オジェイ・マラソンにて無限にソウルを稼ぐことができるため、止めどきを失って延々と周回レベリングしたからである。この偏執狂的なプレイスタイルの初源を探れば、FC版ウィザードリィへとさかのぼるだろう。定番のグレーターデーモン養殖から連写パッドを使ったマーフィーズゴースト自動狩りまで行い、ゲーム的にはまったく無用の強さを持つレベル1000のニンジャなどを作成しては悦に入ったものだった。

 ……などと、いにしえの時代をなつかしんでいるうちに、必要スキルを仕込んだ素材悪魔4体がレベル99に到達しました。コイツらを4身特殊合体すると、ホラ、この通り! 魔力150総ステータス500越えのハイパー・アリス誕生です! ではさっそく、そこの赤い御霊を試し切りしてみましょう! 呪殺プレロマと呪殺ギガプレロマと、貫く闘気(小声)かーらーのー、「死んでくれる?」! キッヒッ、死ぬ死ぬぅ! このジト目からの即死ダメージ、たまんねえ! まあ、固有スキルに貫通がついていないせいで、使い勝手は最悪なんですけどね! さて、あとは香でステータスをカンストさせるだけ……あれ、これ200が上限じゃないな……もしかして、999めざしてオダイバ・マラソンで香あつめしろ、ってコト?

 アトラスはん、なんちゅう、なんちゅう御褒美を用意してくれたんや……時間をかけたらかけただけ報われる金髪白皙碧眼美少女へする奉仕活動に比べたら、有色人種のオッサン・オバハンと数十時間を無為に過ごすブリザードはんのディアブロ2はカスや!

漫画「むこうぶち(20巻まで)」感想

 無限焚書のセールで購入していた「御無礼」の漫画をボツボツ読んでる。あまりの面白さに何度か電車を乗り過ごしたため、最近では業務に影響の出ない仕事帰りに読んでる。これだけ面白いのに、麻雀を知らないと本当の意味では楽しめないのが、なんとも歯がゆい。麻雀漫画の名作って、エロゲーのそれと同じ宿命を持ってると思うんですよね。口コミでの広がりを期待しにくく、一般の客へ向けた伝播もある程度までで天井がついてしまう感じ。本当に熱狂的なファンだけが声高に宣伝していて、「すごく好き」くらいまでの客は反社や変態と思われたくないので、おとなしく黙ってる感じ。まあ、小鳥猊下が置かれてる状況もまさにこれなんですけどね! 本シリーズの感想をいろいろ眺めていると、「主人公の正体は、いつ明かされるのか?」みたいなのがあって、そのモンモウ教徒ぶりに心底ビックリして、腰が抜けました。あのね、この主人公は物語を動かすための無人格的な装置であって、だからこそ彼に翻弄される人々のドラマが際立つんじゃないですか。もっとも、借金などの窮状に陥った人物の独白から、主観カメラで雀卓に座る黒服の彼が映される展開は、繰り返されるうちにほとんどギャグの領域ーー脳内に響く「デデーン、アウトー」の音声ーーに突入していくのですが!

 他の麻雀漫画で言えば、不朽の名作であるノーマーク爆牌党も、物語後半の闘牌において「爆岡が何を考えているのか」を明かさなかったからこそ、そのミステリアスな戦術をめぐって高いドラマ性を保つことができたのです。「何を考えているかわからない主人公」つながりで、ザ・ワールド・イズ・マインのことをいま思い出しました。総体としては空前絶後の傑作だという前提で話を聞いてほしいのですが、最終回付近でモンの生育史を詳細に語ったあげく、ジョン・レノンを模した「虐げられる側」のアイコンにしてしまったのは、ストーリーを終わらせるためとは言いながら、まずい展開だったと感じています。一貫して「物語を駆動する、正体不明の無人格な何か」であり続けたモンの正体が、「幼少期のトラウマから殺人とアオカンへの指向を植えつけられた、傷ついた子ども」だったというのは、ありきたりでドッちらけな種明かしでした。もちろん、それを含んでさえ、人類を絶滅させることで作中に繰り広げられた数々の殺人を相対的に無化するという結末は、人が持つ宿業の解決として未だに圧倒的なことは認めざるをえません。

 最後に話を「御無礼」へと戻します。まだ20巻ぐらいまでしか読めてないのですが、長期連載の果てにネタ切れして、主人公の過去編へと手を出すようになる前に終わっていることを心から願っています。

 漫画「むこうぶち(56巻まで)」感想