猫を起こさないように
うる星やつら
うる星やつら

アニメ「新版・うる星やつら」感想(第1話)

  うる星やつらの新版アニメ、第1話を見る。やっぱりラムちゃんって、じつにアイコニックな不朽のキャラクター造形だなあと、改めて感じます(本作のデザイン、SMD虎蛮ぽくない?)。初登場シーンに一瞬だけ「ラムのラブソング」が流れかかるのは、スターウォーズ7での「ダースベイダーのテーマ」のあつかいを彷彿とさせて、あふれでるラスボス感に笑ってしまいました。旧版のアニメがマモルさんによるアレだったので、今度こそ原作を忠実になぞっていく意図のリブートだと思うんですが、スマホやSNSの登場するスタイリッシュな令和のオープニングに対して、黒電話で連絡し突然の暴力が頻発し不適切発言の横行する昭和の本編をどうすりあわせていくのか気にかかります(メタとか夢オチとかで昭和から令和に遷移したりすれば、旧版アニメと同じになっちゃうし……)。

 自分の中の価値観が変化ーーアップデートとは言わないーーしたのに気づかされたのは、主人公の母親が繰り返す「産まなきゃよかった」というセリフが、かつては笑えるギャグだったはずなのに、いまではあまりにセンシティブに聞こえてしまったことです。他にも公衆の面前でブラジャーをはぎとる展開も、知っているのにギョッとしてしまいましたし、原作に忠実であればあるほど、今後こういった違和感はどんどん増していくのでしょう。「令和と昭和に横たわる価値観の隔絶をどう料理していくのか?」を楽しみ半分、怖さ半分で見届けたいと思います。

アニメ「リコリス・リコイル」感想(12話まで)

 みんな大好き女子高生の武器トッピング、リコリス・リコイルを12話まで見る。いやー、惜しい! 全体的にものすごく駆け足だし、この規模のストーリーとキャラクターを描くには、あまりに話数が足りなさすぎる! 全39話で季節イベント回とか、喫茶店常連の日常回とか、従業員女性の婚活パーティ回とか、幼い主人公とあしながおじさんの動物園回とか、サブシナリオで「失われる日常」を愛おしく映すからこそ、メインストーリーの追いかけるテーマが生きてくるのに! 旧版のうる星やつらで、主人公の母親の「日常とよろめき」だけを追った回があって、たぶん一度しか見ていないのに、いまだにディテールまで覚えてるんだけど、最近の1クール完結の作品では、そんな遊びを入れる余地がどこにもない。すべてのアニメに2クール以上が必要とは思いませんが、本作の語ろうとしている中身に対しては、あまりに話数が少なすぎると感じます。近年のもので言えば、オッドタクシーはまさに1クール用に研ぎ澄まされた脚本ーー余談ながら、イン・ザ・ウッズは完全なる蛇足ーーでみごとにまとめましたが、リコリス・リコイルを全13話でやっちゃダメでしょ。主人公のメインストーリーと脇役のサブシナリオをうまく構成すれば、題材(性癖?)はやや特殊ながら、令和のカウボーイビバップになれる可能性があったのに、本当にもったいない!

 個人的に、おたく向けの作品としてうまいなーと思ったのは、年上の男性へ向けた主人公の思慕の取り扱いですね。思春期にかけての少女へ、男女の成長速度の落差が大きいため、特に父親不在の場合に濃く現れるこの感情は、一過性の「必ず失われるもの」であるがゆえに、まぶしく美しいものです。しかし、純潔主義の男性おたくにとって、それはエヌ・ティー・アールと隣接した危険なものでもあります。リコリス・セコハンなんて、見たくもないですからね! その危うい均衡を、年上の男性がホモセクシャルだったとして脱したばかりか、ゴツイ黒人をお相手にすることでWHO女史とポリコレからの要請にさえ、同時に応えているのです! いやー、本当に惜しい! せめて全26話だったら、この2人の関係性をもっと掘り下げることができたのに! これじゃまるで、頭蓋骨と背骨と肋骨しかない骨格標本みたいじゃないですか! リコリス・リコイルのもったいなさを嘆くこの気持ち、まさかこれが「リコ的な感情」?(ちがう)