「数学に魅せられて、科学を見失う」読了。みずからを「何も生み出していない世代」と自虐する女性物理学者が、理論物理学の歴史を素人にもわかりやすく噛みくだいて俯瞰しながら、いかに自分がこの分野に失望しているかをグチグチグチグチ語ったり、各地の権威者を訪問してはネチネチネチネチとウザがらみしたり、端的に言って、ここ10年で読んだ中で最高のノンフィクションでした。サイモン・シンの「フェルマーの最終定理」が大好きで、今でもときどき読み返すんですけど、本書は物理学にテーマを移したそのネガティブ版って感じですねー。まあ、あっちと違って証明も結論も無いので、尻切れトンボ感はすごいんですけどね!
しかしながら、「量子力学は醜く不快なもので、物理学者はみんな嫌っている」とか、自分が知らない専門分野に携わる人々の「感情」を読めるのは、本当にすばらしいことです。「1970年代から半世紀近く、私たちは何も発見しておらず、何ひとつ標準模型に付け加えられていない」という苦悩の独白には、本当にゾクゾクさせられます。そして、たぶん私は「文章の美しさに魅せられて、物語を見失った」人なので、筆者の感じていることはとてもよく理解できる気がするのです。文系人間なんて、自分の身体が物理(物理!)的に稼働する40年ほどをどうやり過ごすかくらいで日々を生きているのに、理系の選ばれた知的エリートにとって、自分が何の根拠もない研究分野に数十年を費やしたかもしれないことは、この上ない絶望なのでしょう。
あと本作には、女性だからこそ可能な男性社会への冷めた鳥瞰ーーマウンティングに知を使うか暴を使うかの違いーーという読み方もできるのではないでしょうか。それと、経済学者が使う数学を物理学者の視点からボロクソに言うのはフィジクス暗黒要塞(なんや、それ)って感じで、「争え…もっと争え…」と愉悦にひたりました。