ノア
ラッセル・クロウが主役に配されている段階で史実なんてガン無視するし、原作なんて完膚なきまでに破壊するとあらかじめ宣言しているようなものだ。また、二度と見返したくない映画の十指に入る「レクイエム・フォー・ドリーム」の監督がメガホンを握っている時点で、爽快感絶無の鬱展開になることは火を見るより明らかである。予告にだまされて、ハリウッドのアクション大作と思い込んで視聴した向きには、同情を禁じ得ない。人類滅亡を祈念するばかりか積極的な行動から種の根絶を達成しようとする預言者と、方舟という密室でみどり児の殺害を虎視眈々とねらう舅の狂った視線に怯える若妻という構図は、さすがダーレン・アロノフスキーとしか言い様がなく、ラッセル・クロウの怪演とあいまって凄まじい緊張感を醸成している。洪水を生き延びた人々の末裔がこれを視聴している以上、ラストが予定調和にならざるを得ないのはどうしようもないが、その結末を覆すために血刀を提げたラッセル・クロウが各家庭・各映画館の扉を蹴破って今この瞬間にも我々を殺しに来るのではないかと、最後まで恐ろしかった。それにしてもキリスト教というのはおかしな宗教である。この創世記の設定から人類が生んで増やして地に満ちるためには、現在の同宗教が禁忌としている近親相姦や重婚を繰り返す以外の方法はなく、とうてい現実的な話とは言えない。己が立脚する正統性をゆらがせる虚構を、それが真実であるとして彼らが声高に喧伝し続けるのは、やはり度重なる近親交配による先天異常ゆえだろうか。