ここは神の子羊たちが集う人里離れた衆道院。今日の彼らはどんな騒ぎを巻き起こしてくれるやら。
「やばいよ、ブラザー三島。謝っちゃおうよ、ねえ」
「ほほほ、友達の忠告は聞くものよ。あなたがこの便所の床に額をすりつけて『私が悪うございました。二度とファーザーグレゴリウスを誘惑するような真似はいたしません』とさえ言えば、私たちにもゆるす用意が無いわけではないのよ」
「(毅然と)人間の心は常に自由であるべきです! 私がファーザーグレゴリウスを慕わしく思う気持ちも。あなたたちのような最低の暴力に屈する気はありません!」
「(色めきたって)なんだと、このガキ」
「(青ざめて)ぶ、ブラザー三島」
「(低いドスのきいた声で)まぁ待ったれや、おまえたち…立派やないか。だが口だけでおきれいな理念を語るのはどこの白痴にでもできるこっちゃ。いったん口から出たことにはちゃぁんと責任を取らなあかん。それが大人っちゅうもんや。おまえの覚悟がホンモノかどうか試したろ…(ブリーフから刃物を取り出す)」
「きゃあっ」
「こいつはカミソリの刃二枚の間に一円玉をはさみこんだ代物や。(刃物を舌で舐めながら)こいつで切られたらちょっと切ないめにあうでぇ。数ミリの幅で平行に走る二本の傷跡は縫うこともでけん、一生もぐら穴のような傷が顔面に残ることになるんや。こいつの前ではどんな人間も演技をやめて、惨めで臆病な本当の姿を見せてくれる…(ドスのきいた声で)ちょっと踏めるツラしてるからてええ気になってるんやないで! さぁ、ワビ入れるなら今のうちや。最後通告やで、兄ちゃん」
「(泣きながら)ブラザー三島、ブラザー三島ぁ」
「あら、聞こえなかったんですの。私はあなたたちのような下劣な畜生にあけわたすプライドは持ち合わせていません!」
「(後ろに控えていた手下に合図して)おい、こっち引っ張ってこい」
「押忍」
「(葉巻に火をつけさせながら)まったく馬鹿が多くて困るわ。俺もできればこんなことはしとうないんやがな…」
「ぎゃああああっ」「ち、ちくしょう、こいつ、やりやがった!」
「な、なんや、何事や」
「(弁髪の先端に装着した鎖がまを振り回しながら)どうやら喧嘩を売る相手を間違えたみたいやな、おっさんら」
「その口調、おまえはいったい…」
「八州衆道連合二代目総長・三島逝夫とは俺のことよ!」
「ば、馬鹿な。あの伝説のヘッドがこんな片田舎の衆道院に収まっているはずが…!!」
「フカシや、フカシに決もとる。たとえほんまやとしても数ではこっちが勝っとるんや! やれ、いてもうたれ!」
「弱い犬ほど牙を見せたがる…(凄惨な目で睨んで)この始末、おまえらの命だけで済むと思うなや! (飛びかかろうとする寸前、便所の床に薔薇が突き刺さる)むっ」
「双方そこまで。聖アヌス衆道院規則第28条4項「院内デノ暴力沙汰ハ直腸ノ人為的閉鎖ヲ以テ是ヲ処罰スル」(白いスモークの向こうから顔を赤いマスクで覆い隠した全裸の男が薔薇を背負いながら馬にまたがって登場する)」
「アァ? なんだイカれた野郎は。邪魔するんじゃねえ!(手下の一人が馬上の男に襲いかかる。が、その間に青いマスクをつけた全裸の男が立ちはだかり自在に動く弁髪で手下の首を締め上げる)」
「ぐえええ」
「そのへんにしておあげ(青いマスクの男その場にひざまずく)」
「は、はわぁ、青い従者をしたがえ薔薇とともにあらわれる、あの男はまさか」
「どうした、ブラザー山本。何か知ってるのか」
「おまえもその名前は聞いたことがあるやろ、院内の風紀乱れるときその男はあらわれる、聖アヌス衆道院の実質的支配者…」
「ま、まさか……綱紀粛正委員会!」
「あれはその実行部隊の長に間違いないわ…なんで、なんでこんなこぜりあいに委員会が動くんや!?」
「わからねえよ! 逃げるんだ、とにかく逃げるんだ!」
「あ、待ってくれぇ!(全員が蜘蛛の子を散らすように逃げていく)」
「(ブラザー三島の後ろに隠れて)ど、どうしよう」
「怪我は無いようですね」
「どうして私たちをを助けてくれたんです?」
「あなたを、です。あなたはとても興味深い人材だ、ブラザー三島」
「何をおっしゃっているのかわかりかねます」
「(肩をすくめて)ふふ、あなたのチンポに惚れた、とでも言っておきましょうか。また会うこともあるでしょう…(馬の首を返す)」
「あっ、待ってください。せめてお名前だけでも」
「(肩越しに)名乗るほどのものでもありませんが、人は私をこう呼びます、”男色男爵”。はいやーっ!(馬の尻に鞭を入れる)」
「ぱからぱから(遠ざかる蹄の音)」
「(その場にへたりこむ)た、助かったぁ」
「(つぶやいて)男色男爵様…とても懐かしいような…どこかで一度会っているような…かれはいったい何者なのかしら…」