階段状の観客席が六角形に取り囲み、すり鉢状になっている底で全裸の男が少女の遺体に腰掛け、両手に顔をうずめている。
男、気配を感じて顔を上げると、そこには少女が立っている。彼が腰掛けにしている少女とは似つかぬ容姿なのだが、おそろしく似通った雰囲気を感じさせる。
男、再び両手で顔をおおう。
「いつになったらぼくは君たちから解放されるんだろう。いつまで君たちはぼくに執着し続けるんだろう」
「答えは自明なのに、口にされた言葉を改めて聞かないと納得できないのね」
少女、老婆のような深く長いため息をつく。
「ずっとよ。私は、私たちはあなたの無意識から生まれてくるのだから、ずっとよ。あなたが死ぬまで、ずっと」
男、老人のようなしゃがれた声でつぶやく。
「それは、それは。本当に、修辞的ですらない、地獄のような恋慕だな」
少女、口元に冷笑を浮かべる。
「あなたにしては気の利いた言葉だけど、何かからの引用かしら」
男、笑顔のように口元を歪めて顔を上げる。
「ずいぶんと無意味な質問をするもんだ。ぼくたちの言葉はすべて、引用からできている。巨大な歴史が順繰りに言葉をしらみつぶしにしていった結果、ぼくたちの言葉はすべて引用になってしまった。歴史がその処女野を蹂躙しつくした言葉を、ただむなしい引用として、中年夫婦の諦観と希薄さでぼくたちは発話する――」
男、ゆっくりと立ち上がると通路の奥へと去っていこうとする。
少女、一瞬、何かの感情をこらえるかのように口を引き結ぶと、それをすべて呑み込んで、大声を出す。
「ねえ!」
男、振り返る。その瞳は灰色に彩色されており、虚ろである。
「なんだい」
少女、消え入りそうな声で問う。
「これで、終わりなの?」
男、悪魔のように哄笑する。
「ハ、ハ、ハ。これもやはりエヴァンゲリオンからの引用なんだがね……『わかるもんか』」