猫を起こさないように
ガッデムさん(2)
ガッデムさん(2)

ガッデムさん(2)

 「いやァ、うれしわァ。私、子どもの頃からずうッとガッデムさんのファンやってん」
 「さよか。そら、おおきに」
 「主題歌かて、まだそらで歌えますよ。非道ォー、せぇんしィ、ガぁッデムぅ、ガぁッデム、君よォー、パシれー」
 「自分、看護士のくせして相部屋で大声だしなや。向かいのベッドのニイちゃん、にらんどるで」
 「あの人は誰に対してもあんなふうなんですよォ。ここだけの話、ガッデムさんの前にもふたり、オバアチャンが入っとったんやけど、ふたりともなんや気味悪いゆうて部屋かわってますねん」
 「ぶるぶるぶるぶるッ。なら、ワシは三人目かいな」
 「まァ、ガッデムさんは戦争にも行ったことあるロボットやし、だいじょうぶかなァ、おもて」
 「じぶん、傷くつわ、それ。鋼鉄の中身は繊細なハートでできとんねんで」
 「またまたァ。これ、入院のための書類やからサインだけしてもらえますか」
 「えらい細かい字やなァ。老眼で読まれへんわ。それにしても向かいのニイちゃん、顔色も目つきもだいぶ悪いで。なんで外科病棟なんかに入院しとるんや。ぱッと見ィ、どっこもイワしてへんけど」
 「本人は精神病やゆうて信じてるみたいやけど、先生の見立ては大腸炎ですわ。切るかもしらんからここに入れてるんやて」
 「へえ」
 「なんでも地元で有名な髪結いのオバアチャンが身内におって、テレビにも出たことあるらしいねんけど、そのオバアチャンがなんかするたび親戚中ふりまわされるねんて。こんどの都知事選にも出馬するゆうて、だいぶ親族会議でもめたらしいわ」
 「そら、美談どころの話やあらへんな。しかし自分、ひとの個人情報をあんまベラベラしゃべらんほうがええんとちゃうか。最近どないもこないもうるさいで」
 「なに水くさいことゆうてんのん。ガッデムさんはどんな年とっても私のアイドルやさかい、特別やがな。ほら、早うサインしてしもてや」
 「君がずっと邪魔しとんのやがな。ハラ撃たれてからこっち、どうにも手に力が入らんのや……ほれみい、せかすから書き損じてしもたやないか」
 「歯ァ、食いしばれ。そんな書き損じ修正してやる」
 「アラ、この子くちきいたわ。めずらしなァ。やっぱりガッデムさんの人柄ゆうか、人徳やねえ」
 「あほ、もうただの中年ロボットや。あちこちボロッとるわ」
 「冴えてはるわー、ガッデムさん」
 「ニイちゃん、わざわざすまんな……おっと、いま自分、服に白いのついたで。はよとらな」
 「わかるまい。戦争を遊びにしている者には、この俺の体を通してでる力が」
 「どう見たって修正液やがな。なんや、はやりのプチ右翼かいな」
 「ガッデムさん、着替えの装甲もってきましたよ」
 「何から何まで迷惑かけるなァ。おっと、このアクセラレーターはもらわれへんゆうたやないか」
 「ぼくの気持ちやから。黙って紙袋にしまっといてくださいよ、ガッデムさん」
 「あらッ。もしかしてこの人」
 「ほれ、サインでけたで。自分おるとややこしいから、仕事もどれや。さっきからナースコール鳴りっぱなしやで。隣のベッドのオッサン、土気色やないか」
 「もうッ、女心がわからないんだから。何かあったらぜったい私を指名してや」
 「キャバクラちゃうねんど。もう呼ばへんわ」
 「あッ、コイツ、ガッデムさんのいとことコンビ組んでたヤツですやん」
 「ホンマかいな。そら気づかんかったわ」
 「そや、間違いないわ。髪ピンク色に染めたごっついオバハンをヤクザと取り合いして、それから蒸発してしもてたんですわ」
 「や、ヤクザやて」
 「ガッデムさんをねろうとる組とは関係ありませんよ。すごい黄色のストライプのスーツ着て、ふはははは、ゆうて笑うインテリ風のヤクザやったさかい」
 「おどかすなや。あれからワシ、ドアとか開くたびにビクッてなるねん」
 「病院の中は安全ですやろ。コイツもホンマはそのクチで逃げこんどるんとちゃいますか」
 「自分、その袖口のてんてん、どないしてん」
 「これは、あの、なんでもあらしまへんわ」
 「ワシを病院にかつぎこむときに付いた血ィやな。ホンマ、自分にはいろいろと悪いことやったわ」
 「なにゆうてますのん、ガッデムさんはぼくのために腕もげたことありますやん。こんなん、なんでもあらへん」
 「大きな星がついたり消えたりしている」
 「うわ、なんやいきなり。あほが、修正液で服の染みが消えるかいな。後ろにも目ェつけとけ、われ」
 「男の証明を手に入れたかったんだ」
 「意味がわからんで。頭おかしなっとんのか」
 「いや、案外見かけより狡猾なヤツかもしれへんで。ヤクザに訴えられたときのこと考えて、今からあほのふりしとんのや」

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