猫を起こさないように
ガッデムさん(1)
ガッデムさん(1)

ガッデムさん(1)

 「なんや、なんやねん、おまえ。何見とんねん。見んなや。こっち見んなや」
 「あの、人違いやったらほんますいませんやけど、もしかしてガッデムさんとちゃいますか」
 「あ…ああ? なんで、なんで知ってんねん。わしは確かにガッデムやけど」
 「ほら、ぼくですわ。おぼえてまへんやろか。あの頃とは髪型とか変えてもうたからなぁ。おぼえてまへんやろか」
 「ああ、思い出したで。なんや、自分やったんかいな。それやったらいつまでもじっと見てんと、はよそう言えや。変なとこ見られてもうたがな」
 「あっ、そんなん、ガッデムさん、ぼくが火ィつけますわ」
 「すまんの」
 「ゴールデンバットでっか。ええ香りや。なつかしいですなぁ。なんやいっぺんに昔に戻ったみたいですわ」
 「感傷を言いな。もう戻れへんのや」
 「わかってますわ。わかってます」
 「ところで自分、いま何してんねん。まだロボット乗ってんのか」
 「いや、もうやめてひさしいですわ。いまは、なんや言うのはずかしいねんけど、技術屋やってまんのや」
 「ほぉ。そりゃ、親父さんと同じやな」
 「そうですねん。あんだけ親父のこと嫌うてたはずやのに、因果なことですわ」
 「誰にもわからんもんや。で、どんなんつくってんのや」
 「はぁ、アクセラレーターちゅうてわかりますやろか。簡単に言うたら、ロボットの性能をあげる装置みたいなもんですわ」
 「へぇ、すごいやんけ」
 「でも最近は変な客が多てこまりますわ。こないだもなんかうちの製品が壊れとるゆうて電話してきやったんですわ。あんま腹立ったんでどなりつけてやったら、『いいんですか、この電話録音してますよ』言うてけつかるねん」
 「えらいことや。どうしてん」
 「しょせんよくあるキチガイの電話や。企業ゴロのまねごとや。二度とこないな電話してこんようにさんざん脅したあと、叩き切ったりましたわ」
 「最近はなんかえらいみんな過敏になっとるから注意しいや、自分」
 「ぼく、あんなんゆるせませんねん。立場もわきまえんと鬼の首とったみたいに電話してきて、そんなんいろいろ造っとるほうがえらいに決まってますやないか。享楽乞食の、利便乞食の物乞いや」
 「自分、あんま乞食乞食言いなや」
 「あっ、すんません。つい感情的になってもうて。そうや。これ今度ぼくがつくった試作品ですねん。試作品ゆうても、今度の会議で製品化されることがほとんど決まっとるんですけどな。ガッデムさん、つこてみませんか。今の五倍ははよなりまっせ」
 「そんなん買う金があったらわしワンカップ買うわ」
 「何言うてますのん。ぼくがガッデムさんから金とるわけないやないですか。水くさいなぁ。ぼく、ガッデムさんにはほんまいろいろお世話になりましたから。モニターっちゅうことでどうかもらってくれまへんやろか。ぼくの顔を立てる思て」
 「いらんわ。わしもう引退して長いねん。ただのポンコツや。連邦の白いの言うて恐れられとったあの頃とは話がちゃうわ」
 「そんな悲しいこと言わんとって下さいよ。ぼくにとってガッデムさんは青春そのものなんや。おぼえてますか、ふたりで対抗組織の宇宙本部に出入りに行ったときのこと。あのときのガッデムさんはほんま輝いとった」
 「ああ、そんなこともあったかいな。ちょお待てよ。よぉ考えたら自分、あのときわしのこと置いてったやんけ。わし、首もげてヒィヒィゆうとったのに」
 「あれは、あの、あとでちゃんとむかえに来ましたやんか。古いことですわ。ほんま昔のことですわ」
 「調子のええやっちゃ。いまやから言うけどな、自分とコンビ解消したんは自分のそんなとこが気にくわんかったからやで」
 「すんません、あのときはほんま気持ちが高ぶっとって、ガッデムさんのことを置いてくなんてどうかしとったんですわ。でも、これだけは言わせて下さい、あれからいろんなんとコンビ組みましたけど、やっぱりガッデムさんが最高でしたわ。ほんまにそう思てますんや」
 「わかった、わかった。泣きなや自分。中年男が泣いても目に汚いだけやわ」
 「すんません、ほんますんません。あ、こりゃハンカチ。えろうすんません。ところでガッデムさんはいま何してますのや」
 「いろいろや。今の時代ただ喰うていこ思てもたいへんやわ。求人情報誌見てもハローワーク行ってもわしみたいなんが応募でけるのはひとつもあらへん」
 「そら、ガッデムさんはロボットですさかいな」
 「まぁ、そうやねんけどな。ところで自分、羽毛ふとん欲しないか」
 「羽毛ふとんですか」
 「そりゃもう天国みたいな極上の寝心地やで。ゆうてみれば、ガッデムグッドな品物やね。ほんまやったら五十はすんねんけど、昔のよしみやし四十五でええわ。そこの角のリヤカーに乗してあんねんけど、取ってこぉか」
 「いや、遠慮しときますわ。じつは先月五人目が生まれましてな、うちピィピィですねん」
 「なんや自分、結婚しとったんかいな。初耳やわ」
 「ガッデムさんと別れてからのことですさかいに」
 「あ、わかったで。あのいれあげとったインド人の娘やろ。わしあれだけやめとけゆうたのに」
 「ちゃいますわ。あの娘はガッデムさんが先に喰うてもうて、ボテ腹かかえて鉄道自殺しましたやん」
 「そうやったかいな。そないなことあったかいな」
 「調子のええ物忘れですわ。いまやから言うけど、ぼくガッデムさんのそんなとこが昔から鼻についとったんや」
 「さよか。そやったらお互いさまやな」
 「そうですわ。ぼくたちのコンビは解消するべくして解消したんですわ」
 「もう戻れへんのかいな」
 「もう戻れませんわ」
 「誰の上にも時は流れるのやな。わし、もう行くわ。これから寒うなるし、自分身体に気ィつけや」
 「ぼくはせまいけど家あるし、ガッデムさんこそもう年なんやから」
 「あほぬかせ。わしはロボットやぞ。おまえくらいに心配されたらおしまいやわ。それに羽毛ふとんもたくさんあるしな」
 「ぼくたち、また会えますやろか」
 「そんなんわからんわ。会うようになっとったら会うやろ。ほな、これで本当にお別れや。達者でな」
 「ガッデムさんこそ」
 「ぱぁんぱぁん」
 「ああっ。ガッデムさん、ガッデムさぁん」
 「あつ、いた、痛いわ。何がどうなってんねん。あいた、痛いわ。ちょお洒落ならんで、これ。痛い、痛い」
 「いまの拳銃持った男は誰ですねんや。なんぞ恨み買った覚えはありまへんのか」
 「知らん、知らん。痛、痛い、ごっつう痛いわ」
 「ほら、動いたらあきませんよ。えらいこっちゃ、タマが腹を貫通してるわ。なんかで止血せな、止血。血ィ? 血ィやて? ガッデムさん、あんたまさかほんまはロボットと」
 「待て、それ以上口にしたらあかん。ええか、どんなに親しい関係で、どんなに明らかに思えることでも、もうお互いに感づいとるやろなゆうようなことでも、いったんそれを口に出してしもたらもうその関係は終わりやゆう言葉はあるんや。だから、それ以上口にしたらあかん」
 「わかったわ、ガッデムさん、わかったからもうしゃべらんといてや。救急車呼ぶからここで動いたらあかんで。じっとしとるんやんで」
 「あほ、言われんでも動かれへんわ」

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