猫を起こさないように
年: <span>2022年</span>
年: 2022年

漫画「タコピーの原罪」感想

質問:あけましておめでとうございます。「タコピーの原罪」どうですか?

回答:元・いじめられッ子のバ美肉ロリコンおじさんたちが、イビツな自己投影とオナニー的欲情を次々と表明するのを横目には眺めていました。語っている面々を含めて、エロ漫画の佳作みたいな取り上げられ方だなーと感じました。話題作に乗っかったSNSらしい激賞は多く見かけながら、1話のインパクトが最大で、読み手の受ける衝撃はそこから漸減しているように思います。絵柄でごまかされますが不幸の描き方も類型的であり、個人的にストーリーテラーとしてはまだ評価できる段階にありません。一過性の話題にとどまらないブレイクスルーを期待する一方で、モルカーのようになってしまうーー風刺性が消滅し、キャラだけが残るーー可能性は大いにあるでしょう。いま抱いている印象は以上で、完結するまでは評価を保留します。

質問:タコピーは昨今氾濫する人生やり直し系(ループもの・転生もの)を否定して更新する作品だと思ったんですが大袈裟でしょうか。完結時の感想を楽しみにしてます。

回答:タコピーの原罪、この質問もそうですけど、「賢明な読み手による解釈」が先行していて、その中身が作品の身の丈を越えている気がするんですよね。それに、新井英樹の作品群にもときおり感じる、「2つの可能性がある場合、必ず悪い方の分岐へ話が転がる」という負の予定調和は、作者の意図とは逆に読者へ安心感を与えちゃうんですよね。あ、これも作品を越えた「賢明な読み手による解釈」になってますね。「語りたくなる作品」であることは、間違いないのかもしれません。あらためて、完結までは黙りたいと思います。

 「2つの可能性がある場合、必ず悪い方の分岐へ話が転がる」で真っ先に思いだす作品は、新井英樹のRINなんですけど、「恋人ないし配偶者が自分以外の異性と肉体関係を持つことに興奮する性癖」ってあるじゃないですか。ネットでキャラ付けとして「グフフ、小生NTRは大好物ですぞ」などと発言する方々って、アダルトビデオで同性側に感情移入しない視聴態度を持っているか、元より人生に恋人がいた瞬間が無いため、他人の不幸として溜飲を下げているぐらいのものだと感じるんです。前作のSUGARでは「性格に難がありながら、才能はピカイチのボクサー」を魅力的に描いているのに、続編のRINでは手クセとも言える負の予定調和で、どんどん話が悪い方へ悪い方へと曲がっていくのです。圧巻は想い人との破局の描き方で、男女両性にとってーーえ、ノンバイナリーなので傷ついた? ならペドフィリアも社会的に認知しろ!ーー究極のネトラレとなっていて、これを読んで興奮できる向きをだけ、ただのファッションではない、両親との関係性に起因した「病としての性癖」だと認定しましょう。

質問:タコピーの原罪が最終回を迎えました。感想をお願いします。

回答:忘れてた。読んできた。やはり作品の身の丈を越えて騒がれすぎましたね。ここまで毎週を激賞してきた方々が、タイムラインへ流す感想にどう落としどころをつけるか、四苦八苦しているように見えます。私はてっきり、主人公の母親を登場させるんだと思ってましたよ。なんか似たような読後感の作品あったなー、なんだったかなーと考えていたら、正解するカドだった。こんな凡庸なテーマを語るにしては、不必要に子どもたちを不幸にしすぎだし、「かわいそう」という言葉の裏に少女への嗜虐心というか、性的な興奮が透けているように感じていました。子を殴った親が殴ってから理由を探すようなもので、この漫画の構造そのものが児童虐待と同じになってませんかねえ。俺は好きだなって感想、僕は嫌いだな。

映画「スパイダーマン・ノー・ウェイ・ホーム」感想

 スパイダーマン・ノー・ウェイ・ホームを見てきました。こちらは前作の感想ですが、こういったヒネクレた視点を持つ人物に平手打ちして、ハッと目を覚まさせるような快作でした。ネタバレ厳禁みたいなふれこみに、「どうせ別世界でロバート・ダウニーJr.と再会して、アベンジャーズのリーダーを改めて任されるんやろ?」とかなり斜に構えた態度で見始めたのですが、最初の敵の登場に「あれっ、まさか」と思ったらそのまさかで、あとは2時間半が瞬く間に過ぎ去る大号泣の大冒険。よくぞ思いつき、よくぞ権利をクリアし、よくぞ撮ったと思います。

 アメイジング2の感想を読み返すと、かなり辛辣にこきおろしていますが、ラスト直前で落下していくヒロインへ必死に追いすがり、地面から数十センチのところで彼女の胴体を糸でつかまえるも、引き上げる衝撃で海老反りとなって後頭部をしたたかに打ちつけ、死ぬ。このシーンを真横からのカメラで見せつけられたのが長年のトラウマになっていたことに、今日ようやく気づきました。手を伸ばすトム・ホランドが敵の攻撃に吹きとばされ、「ああ、また!」と脳裏にあのビジュアルがまざまざと再生された次の瞬間、颯爽と現れたアンドリュー・ガーフィールドが追いすがり、ついに8年越しの無念をはらしたのです! 救出直後の彼の表情にとても強くシンクロしてしまい、知らず多量の涙がマスクの上にまでほとばしり出ました。トラウマの存在を自覚したと同時に、それがそのままスーッと消滅していく体験であり、「憑き物が落ちる」とはまさにこのことでしょう。

 そして、怒りに支配されるトム・ホランドがあわや人殺しとなるのを、すんでのところでトビー・マグワイアが食い止めた場面は、憤怒の演技がヘイゼン・クリステンセンそっくりだったせいか、「ジェダイ聖堂でアナキンの殺戮を阻止できたオビワン」を連想して胸が熱くなったのは、自分でも驚きでした。それにしてもトビー・マグワイア、相変わらず童顔ですけど、いい年の取り方をしましたね。口元のはにかみ方が若い頃のままで、すごくいい。

 ノー・ウェイ・ホーム、少年が喪失を乗り越えて大人になる話であると同時に、スパイダーマンという作品を本来あった場所へと戻す話でもありました。アベンジャーズは東映まんがまつりのヒーロー大集合に過ぎないのに、各主人公の本編を乗っ取っていく感じが気に食わなかったのですが、今後の展開がどうなるかはいったん置くとして、本作でかなりその溜飲が下がりました。シンエヴァも、シンジがアスカを鳥葬から助けて日本に四季が戻るぐらいの展開でよかったんですよ、本当に。また愚痴になってしまいましたが、ともあれ、「スパイダーマン8部作」という新たな概念が誕生したことに、ブラヴォの拍手を送りたいと思います。

 余談ながら、3人のかけあいがどれも楽しくて、特にトビー・マグワイアが「君はアメイジング」とアオりまくり、アンドリュー・ガーフィールドが「オレなんて」と自己卑下しまくるのには、大笑いしました。当時はあんなに悪しざまに言って、ごめんね。いまさらながら、アメイジング3を撮らせてあげてほしいなあ。内容に期待はしてないけど、9部作のほうが収まりがいいからね(ひどい)!

映画「スパイダーマン・ファー・フロム・ホーム」感想

 ここ数日、スパイダーマン・ノー・ウェイ・ホームの大絶賛がタイムラインに続々と流れてくるので、もうマーベルのヒーロー物は見るまいと思っていたんだけど、ネトフリで前作のファー・フロム・ホームーーこちらもずいぶんと評判がいいーーを視聴する。あのさあ、キミたち、サム・ライミにはあれだけ辛辣で、アメイジングも2作で中絶させたくせに、アベンジャーズに組み込まれた途端、評価基準がダダ甘になってない? コロナ以前を強く感じさせるヨーロッパ観光地巡りみたいな中身で、「よーし、エンドゲームも公開されたし、スタッフの慰安旅行をかねて、軽くもう1本撮影すっか!」みたいなノリでカメラ回してません? やっぱり、私にとってのピーターは幼少期を孤児院で過ごした(サイダー・ハウス・ルールと混同)トビー・マグワイアだし、私にとってのMJは顔面アファーマティブ・アクション女優のキルスティン・ダンスト(一目で処女ではないとわかるド迫力)なのです。

 シネマティック・ユニバースとやらに組み込まれちゃうと、映画単体で主人公の運命が決まらないからどこか緊張感に欠けるし、現代社会に対する批評性が消滅してコミック世界の内側へと閉じてしまうような感覚があります。

 あと、金髪碧眼少女とアジア人のおたくデブが恋仲になるみたいな挿話だけど、ちょっとあからさまにポリコラれすぎてて、逆にバカにされてる気になりません?

 映画「スパイダーマン・ノー・ウェイ・ホーム」感想

漫画「むこうぶち(56巻まで)」感想

 漫画「むこうぶち(20巻まで)」感想

 むこうぶち、既刊56巻まで読了。途中から読み終わるのが惜しくなって、1日1話にペースダウンしたので、ずいぶんと時間がかかってしまいました。こんなすごい漫画を20年も知らずにいたという事実に、古いおたくとしてはただただ申し訳ない気持ちでいっぱいです。舞台だったバブル時代はこの巻で終焉を迎え、いったん物語にはピリオドが打たれた感じですが、作品テーマを語り終えてから主要人物のひとりをキッチリ退場させましたので刃牙シリーズと同じく、ここからはどういう形で作品が途絶しても大往生と呼べるステージに入ったと言えるでしょう。基本的に単話完結なので、優秀な闘牌ブレインさえいれば、延々とバブル期の設定で連載を続けることはできたはずですが、いったん最終回を描いておきたい心境の変化が作者にあったのかもしれません。最後の頂上対決はたったの6話で完結しており、作者インタビューからも感じる、自作にのめりこみ過ぎない距離感に感服しました。アゴの尖った方の作劇なら、6話どころか20年かけて250話くらいに引き伸ばせただろう勝負ですのに!

 「長期連載はどこかの段階で必ず作者の人生や思想と骨がらみになり、大御所になっていく過程で編集者も口を出せなくなるため、歪みが修正されず大きくなってどんどん狂っていく」というのが私の持論だったのですが、むこうぶちは見事なまでにこれへ当てはまりません。あのね、強調しておきますけど、作画・ストーリー・キャラクターが20年の連載で少しも狂わないというのは、空前絶後の驚異的なバランス感覚ですよ! さらに主人公を「無人格の狂言回し」に置いたまま、最後まで正体を明かさなかったのも非常にポイントが高いです。本作は「人生で最高の漫画を10本あげよ」と言われたら、必ず入る一作となりました(もう一本は「ラーメン発見伝」シリーズ)。

 どの話もよくできてるんですけど、56巻478話のうちでもっとも印象的な回を2つ挙げるとしたら、まずは「石川さんの戦い」でしょう。軽度の知的障害を持つ工員が、作中はじめて御無礼の人にオーラスで振り込ませてトップを取るという展開に、いたく感動しました。他の作品だったら「聖なる白痴」みたいな描き方の女子高生とか出してきそうなところに、短躯でロンパリのオッサンを持ってくるのがすごい。そして、振り込んだときの御無礼の人の「信じられない」という表情が、とてもいい。これまでの何百話にわたる無敗があるからこその衝撃で、1分ほどまじまじとそのコマを眺めちゃいましたよ。もうひとつは事実上の最終話「バブルの終わり・完」で、御無礼の人がはじめて対戦相手の名前を呼ぶところです。これも475話の積み重ねがあっての名シーンで、いったんその台詞でページを繰るのを止めて、しばし虚空を見つめて感慨に浸りましたからね。勝手な投影ではありますが、麻雀を通じてしか他人と関われない奇形、そのディスコミュニケーションの極地が「思わず」ほどけた瞬間のように見えたのです。この作品を読むと、書き割りではない生身の人間が生き生きと描かれていて、いかに近年の虚構群が「記号によるキャラ化」で作られているかを対比的に痛感させられます。

 そして、エログロやギャンブルといった出自を持つ物語が高い普遍性を持ちながら、本邦では人口へ膾炙していく段階で、ある閾値を超えられないという現実は、じつにくちおしいことです。みんなもっと学校や職場や町内会やマンションの自治会で「ランス10」や「むこうぶち」を宣伝しよう!(無茶ぶり)

質問:麻雀出来ないので、麻雀漫画をスルーしてきた人生なのですが先日漫画家さんから麻雀漫画は麻雀を知らなくても面白いと言われ勧められたのがむこうぶちでした。猊下も推しとの事でしたら何を差し置いても読んでみようと思います!

回答:貴君の画業に間違いなくプラスの影響があることを確信しながら、「何を差し置いても」読むとの宣言には懊悩の微笑を浮かべる始末であります。むこうぶちの持つ美点として、男性の登場人物がじつに多彩であることが挙げられるでしょう。近年の虚構における男性はどれも、「イケメン」「イケオジ」「ブサメン」「キモデブ」ぐらいの単語を骨格に肉付けしてある感じといいましょうか、美醜と老若という2つのスライダーしか持たないキャラメイクになってると思うんですよねー。むこうぶちは基本的に単話完結になっていて、毎回ゲストキャラが入れ替わるのですが、外見を含めてひとりとして同じ造形の男性がいないのです。職業にもよると思いますが、現実でも日々交流がある人たちって、けっこう均質じゃないですか。そして年齢を重ねると、ますますその均質性は高まっていく。むこうぶちはフィクションなのに、「ああ、現実ってこんなにも多様だったんだ」とどこか気づかされる感じがあるのは、すごいなあと思っています。おススメである「石川さんの戦い」までは、ぜひ読んでほしいです。この人物をフィクションに登場させて、どの団体からも非難や抗議を受ける隙がないというのは、よく考えればとんでもない脚本力です。