猫を起こさないように
月: <span>2012年12月</span>
月: 2012年12月

スーパーマン・リターンズ


スーパーマン・リターンズ


三度目の視聴だと思うが、いつもレックス・ルーサーに感情移入してしまう。至弱を率いて至強に相対する日々、勝つことは端から放棄され、いかに損害を少なくした引き分けに持ちこむかばかりを考えるリーマン生活において、無邪気にスーパーマンの完全性を礼賛することはできなくなった。無謬の正義という虚構によって殺されないまま庇護され、ただその権威の確かさを再確認するためだけに挑み続ける道化、最も情けない小悪党。しかし、その姿を誰も笑えまい。昔から、ヒーローを扱ったシリーズもので、悪党側の主観から描かれる回が好きだった。個々人が総身の知恵をふりしぼり、組織はすべての力を結集させる。絶対に勝てないことは、あらかじめ運命づけられているのに。あの敗北は、子どもの目にとって諧謔だった。いまは、胃の腑に重たい現実である。私たちは、だれもヒーローのように勝つことができない。閑話休題。冒頭の飛行機事故から野球場へ至るシークエンスは、スーパーマンの能力とその象徴性を完璧に描ききっており、毎回感動する。せめてあの球場にいる人間になれればなあ、と思う。

小鳥猊下慈愛のようす

 「(小太りの男が贅肉に気管を圧迫された声で)ど、どういうことですか、説明してください。ぼくは確かにテキストサイトの寵児だったはずです。それがどうして、こんなひどいアクセス数に……」
 「(小太りの女、ボンレスハムにかけた紐を想起させるアイパッチで)アンタがホームページを開設してから14年経ってるってことよ。もうこの世界はね、アクセス数の寡多なんかに構ってらんないのよ」
 「(小太りの男、高ぶる感情にフーフー言いながら)そんなの嘘だ! あれから14年も経ったのなら、『猫を起こさないように』はとっくに百万ヒットを達成しているはずですよ! それがなんで……いや、確かにボクは百万ヒットを達成したんだ! 達成したんですよ!」
 「(入道雲状のパーマ先端部へひっかかったキャップのつばを触りながら)小鳥さん……でいいのよね? 冷静に聞いて。nWoはね、もはやかつてのような人気サイトではなくなっているのよ。いえ、それどころか、個人の発信を促すツールとしてのホームページは、今や」
 「(小太り男、聞き取りにくい早口で)もういいよ……nWoファンのみんな、ここだ! (叫びに呼応して四方の壁が内向きに破裂し、くす玉の中身を思わせる色とりどりの紙片が噴出する。小太りの男、満面の笑みで)年末恒例全レス祭り、『小鳥猊下慈愛のようす』はっじめっるよー!」

IN TIME


IN TIME


“You can do a lot in a day.” ガタカ以降、同監督のすべての作品をチェックしてきたが、久しぶりの最新作が、これまた久しぶりのSFということでワクワクしながら視聴を開始した。既存の社会システムに対する批判と思考実験がSFの本領だと信じて疑わない小生にとって、優生学やデザイナーベイビーの問題をテーマとして見事な人間賛歌を歌い上げたガタカは、あれから十余年を経てなお、nWoオールタイム・ベストの五指に入り続けている。今作の意図は、資本主義の問題点を可視化することだということはわかる。もちろん、良作である。SF好きとして、SF作品への評価が不当に厳しくなることを前提に聞いて欲しい。はたして本作がガタカの高みにまで達していたかと言えば、残念ながら疑問を呈さざるを得ない。「俺たちに明日はない」のSFペッパー風味というか、全体の薄味をアクション要素で濃い味付けにしている感じなのだ。アタシね、左手に余命のデジタル表示が夜の海で蛍光色の緑色に輝くのを見たとき、あー、なんかこれ、どっかで見たことあるなー、ってぼんやり考えてたら、その記憶がエヴァ序の直上会戦のときの、初号機の左手だって気づいたの。気づいたとたん、ボロボロと涙がこぼれてきて、どうしてアタシ、こんなになっちゃったんだろうって。アタシ、まえはもっと強かったのにって。

Q Queerness 奇妙な態度、同性の相手に性的に惹かれること

 『アベックが見に行くのも宮崎さんのアニメぐらいですから。デートに誘って恥をかくような映画はこれからダメになる。これからはデートに行っても外さない映画が生き残るんでしょうね』

 (スリガラス越しでもわかる入道雲パーマ。むせび泣き)草食系っていうんでしょうか、おとなしくてマジメな人だと思っていました。特にこれといった趣味もなくて、休みの日には横になってテレビを見るばかりで、何かはじめてみたらって言ってもうわの空の生返事で。そんな無気力のかたまりみたいな夫が、めずらしくわたしを映画にさそってきたんです。なにか有名なアニメの映画みたいで、いっしょに見に行こうって、ぜったいおもしろいからって。めずらしく積極的で、熱っぽくて。わたし、本当は大人になってアニメを見るような、オタクっていうんですか? 学生時代から大っきらいだったんですけど、いつも受け身の夫がさそってくれたのがうれしくって、ついオーケーしてしまったんです。上機嫌の夫とは反対に、びくびくしながら映画館に行ってみたら、わたしたちと同じくらいの年代のカップルが多くって、ひとりで来てるちょっとオタクみたいな人もいたけど、あんがいふつうの映画なのかなあって、すこしホッとしました。照明が落ちてしばらくしたら、ジブリのロゴが出て、わたしすっかり安心して、ああ、この人ったら本当はわたしと外出する口実がほしかっただけなんだわって、うきうきと話しかけようとしたら、夫が家では見たこともないようなすごい形相でスクリーンを凝視してるんです。わたし、なんだかこわくなって、イヤな予感がして。そしたらとつぜん、精神病みたいなアニメの声で頭のおかしいモノローグが流れはじめて。でも、アニメじゃないんです、どんどん爆発して町が壊れていくだけみたいな、そんな、病気みたいな映像なんです。おそるおそる夫の顔を見たら、うっすらと楽しそうに笑ってて、夫がまったく知らない人みたいになってて。気持ちの悪いモノローグと爆発が終わったと思ったら、次にはじまったのは、昔、クラスに気味の悪いオタクの子がいて、友だちと「あのコ、きっとこんなアニメ見て喜んでんのよ、キモーイ!」って話してたとき、みんなで冗談で言いあってた想像のアニメとまったく同じような内容でした。とつぜんキツイ生理がはじまったみたいに、じぶんでも顔から血の気がひいていくのがわかりました。夫の腕にすがって、「もう出よう、これ、気持ち悪い」って言ったら、これまでケンカもしたことがなかった夫が低い声で「うるさい、だまれ。さわるな」って言ったんです。「さわるな」って。わたし、膝に手つかずのままだったポップコーンを床にばらましながら席を立って、トイレの個室にかけこむと、吐きました。そして、便座に顔をふせたまま、わんわん泣いたんです。どのくらいたったのか、ケイタイにメールの着信があったんです。じかに床に座ってたせいで、下半身はすっかり冷たくなってました。メールは夫からでした。わたしうれしくなって、さっきのことあやまってくれるんだってメールを開いたら、「ごめん、気がつけなくて。さっきの、旧劇のアスカの台詞だよね? キミも好きなんじゃん(笑)」って、うわごとみたいな文が書いてあって。わたし、全身の毛がゾッとさかだって、衝動的にケイタイを便器に投げこむと、力まかせに水洗レバーを蹴りつけました。ケイタイが便器にあたってカラカラいう音を聞きながら劇場をとびだしました。そのまま実家に帰って、それから夫とはいちども会ってません。いちども(むせび泣き。やがて、肩をふるわせての号泣)

 『「キャベツ畑」や「コウノトリ」を信じている可愛い女のコに無修正のポルノをつきつける時を想像する様な下卑た快感さ』