http://newworldorder.jp/archives/cat4.shtml#a000039
紫の靄を局所にまとわせた全裸の男が上半身を30度ほど傾け、両手で空中にある特定部位をまさぐるような仕草を続けている。周囲には半ば瓦解したエンタシス式の柱廊があり、男の足下には物乞いのためだろうか、薄汚れた青い逆さ洗面器が転がっている。全身から汗を飛び散らせながら空中にある特定部位をまさぐる作業を続ける全裸の男だが、周囲は完全な無音であり、ときおり柱と柱の間を風が吹き抜ける音がするのみである。男、顎の高さに掲げた右手を勢いよく腰まで振り切る。その謎の素振りが終わるか終わらないかのうち、男、唇をひょっとこのように突き出して「ぎゅわーん」と効果音らしい音声を口にする。余韻を楽しむかのように全身をぶるぶると痙攣させるが、周囲はやはり無音である。長い空白の後、ちょうど投手のするワインドアップの要領で肩口にかかっていたらしい何かを取り外すと、男、腰の引けたパントマイムで近くの柱にそれを立てかける。男、洗面器を前にしてガニ股の空気椅子を始める。膝に乗せた腕で顎を支え鷹揚な表情を作ろうとするが、その試みは傍目にも完全に失敗している。
「本日この瞬間、我は“虚皇”を襲名する。この世のあらゆる有に対するアンチ、人類の敵、生命の敵、でも少女の味方、それが我という実存である。死でさえも我の協力者ではない。死は生の一部であり、我の望むのは無、死でさえも意味を喪失する完全な無である。その意味で、時間だけが我の唯一の味方である。我と共に歩みたい者はただ一言、我に宣言せよ。捧げる、と」
小鼻を膨らませて、男、足を組もうとするが、片足で空気椅子を続けられるわけもなく、背中の方向へ盛大に転倒する。固いもの同士がぶつかりあう鈍い音が響く。男、両手両足を大の字に伸ばしたまま、動かなくなる。両足の間からは紫の靄がのぞいている。
男、首だけを起こす。
「これで終わりじゃないぞよ。まだもうちっとだけ続くんじゃ」
男、首を元の位置に戻す。全裸の大の字を俯瞰から映すカメラが遠ざかり、女性ボーカルが低い声で歌う外国語の歌詞が流れ始める。
画面が暗転する。