猫を起こさないように
日: <span>2006年2月5日</span>
日: 2006年2月5日

甲虫の牢獄(4)

 「障害者――特に、知的障害者を身内に持った人間は」
 高天原が話し始めたとたん、その場所に漂う気配が、わずかに変化するのを感じた。ぼくは、屋根裏の物置へと続く収納式の階段に置かれたノートから顔を上げる。
 天井の低い和室。
 開け放たれた縁側。
 前庭をかけまわる鶏。
 風景をゆらがせる夏の日差し。
 卓袱台の上のノートパソコンで仕事をする者、昔ながらの低い鏡台の上で窮屈そうにペンを走らせる者、湿った畳に紙を広げて神経そうに何事か書き込んでいく者、そして、何をするでもなくただ縁側に腰掛けて足をぶらぶらさせている者――そこには年齢も、外見も、ぼくたちを知らず分けるあの固有の雰囲気さえも同じくしない人々がいた。
 高天原が話し始めたとたん、ぼくを除けば誰ひとり作業をやめず、誰ひとり顔を上げるものさえいなかったにもかかわらず、皆が高天原の話を聞いていることがわかった。それはときに他愛の無い世間話だったり、いま行われている仕事の進行状況の確認だったりしたが、その内容の如何に関わらず、皆が高天原の言葉を確かに意味のある、更に言ってよければおそらく、重大なものとしてとらえていた。
 ここに集まった雑多な人間たちにもし共通点があるとすれば、まさに高天原へのそういう感情だったのだろうと思う。
 世間話であれ、仕事の話であれ、高天原の言葉の始まりは、いつも唐突だった。
 ぼくはその唐突さに虚を突かれ、そうするとあとは目眩のするような奔流に流されていくしかなくなってしまう。
 「人生に対して、より正確に言うなら知性に対して、真摯にならざるを得なくなる。つまり、ふたり分を負って知性に正対しているんだ。きっと両親が言ったわけではないんだろうが、妹の欠落は明らかに私の責任だった。妹の持ち物を私の強欲が余分に奪ってしまったことが、彼女の欠落の原因だったのだ。それが幼い私の現実理解だった。世界観と呼んでもかまわないほどに、私を支配していた感覚だった。私にとって、知性はいつだって深刻かつ重大で、私が何かを考えることは、私の罪状が告知されているのと同じ意味を持っていた。同時にそれを無価値な塵芥と断じて、踏みつけにしてしまいたい気持ちもあったが、宗教的な禁忌と同様に、私は理性を越えたところで呪縛されていて、それは思う端から常に他ならぬ私自身によって完全に否認された。私は中身の知れない祠を背中に立つ守り人のようなもので、実体が何であるかを少しも知らされていないにも関わらず、それの聖性を頑なに信じこんでいた。誰が強制するわけでもない、放埒と虚無の中間のような名状しがたいその感覚は、私の人生の最初の段階に濃く取り巻いている。そして私は、思考と心の核をそこに呪縛されて、一歩も動くことができなくなった。杭を見つめるつながれた牛にとって、長い時間の間に杭はきっと実在ではなくなってゆくんだろう。つながれた私は、じっと一つの想念に凝っていった。周囲はあまりに深刻すぎて、あるいは当の問題に対してあまりに回避的すぎた。こういう際、子どもにとってはひどく陽気に、というわけにはいかないらしい」
 高天原は自身の側頭部を指さした。
 そこには頭髪の生えていない、部分的な断裂のようなものがうっすらと長くあった。
 「私の場合は例外なく、自分の脳髄を取りだして、妹に喰わせることを考えた。哀れなほどに子どもだったんだろうね。苦しみはふたり分だったが、心はひとつしかない。知性の欠落した恐ろしい肉が日常の底にいて、いつも無邪気に私へ微笑みかけている。その圧倒的な実在感は当時の私にとって、何か崇高な象徴ですらあったと思う。私はそれを見るとき、いつも思った。牛のような、あるいは虫のような、悲鳴を上げることのできない存在こそが、世界で最も苦しんでいるのだろうと。私が想像したのは、莫大な空間につり下げられた細くて長い紐の結び目だった。心を持たないがゆえに、発狂という安息を取り上げられ、時空間に偶然発生した自我という名前の結び目を、永遠の客観性の中で凝視し続けるという苦しみ。そう、私が妹を観察して得た最大の恐怖は、心を持たないはずの彼女にも、自我は存在するのだという恐怖だった。悲鳴を上げることができなかったのは、私でもあり、妹でもあった。妹に私の脳髄を喰わせることがついにかなわなかったように、私が理解したのは、どんなに絶望的に願ったとしても、心を持たない者に、知性を伝えることはできない、ということだった」
 高天原は人差し指で、滑り落ちてきたサングラスの位置を直した。
 「とても特殊な例外をのぞいては、知性は常に絶海の牢獄のように、切り離されている。例えばインターネットというメディアは、心をそこに置かないままに知性だけを伝播させようとする点で非常に象徴的だ。そこにいる人々は知性を階層的にではなく、並列的に判断しようとしている。リンクをたどるようにだ。階層的とは、人類の歴史の時系列と考えてもらってかまわない。つまり、ネットワーク上に自我を顕在化させたかれらは、心をそこに置かないがゆえに、何かの巨大な連続としては自身の存在を定義できないんだろうと思う。彼らは人類の歴史という流れから完全に切り離された、文字通り単独の個体なんだ。いのちの蓄積からではなく、たったひとりから始め、たったひとりで人類の数千年の知性を一から積み上げようともがいている。長い時間をかけてではなく、一瞬間に手に入れようといつも焦れている。それは苦しみどころではないだろう。彼らは自身の負う苦しみに気づかないがための、魂の芯を麻痺させる麻薬を欲している。我々の仕事は、つまり、それさ」
 高天原は窓の外へ顔を向けた。
 サングラスを外し、目を細める。
 「私は、この世界のすべてが砕け散り、終わりを迎えたとしても、きっと自分があそこへ戻ってゆくことを知っているんだ」
 ほとんど放心しているように、そう言った。
 高天原の話した内容を理解したとは、到底思えない。
 しかし、高天原の話した内容というよりも、彼の声の調子や彼がただそこに座っていることが、ぼくの現実認識を揺さぶった。
 人は知性そのものにではなく、知性を持った心がそこにあることに屈服するのだ。この感覚は理不尽だが、理不尽であるがゆえにあらがうことができない。ぼくはここに来るまで、それを知らなかった。ぼくの世界への関わりが、間接的なものだということに気づいてすらいなかったのだ。
 高天原が縁側の向こうに広がる空を見た。太陽は空の半ばをとうに過ぎている。
 「そろそろ、食事にしようか」
 皆が作業をやめ、身の回りを片づけ始める。元山宵子が無言のまま縁側から立ち上がり、土間へ降りていったかと思うと、大きな飯櫃を抱えて戻ってくる。呆然と座っているうちに、次々と食事の用意が運ばれて来、やがて卓の上は皿で埋め尽くされた。
 汁、焼き魚、お浸し、漬け物。
 卓の真ん中にあるいくつかの大きな鉢には、芋などの煮つけが盛り上げてある。
 筮竹のようにぎっしりと箸の詰まった箸立てから、皆が箸を抜いてゆく。
 横から、湯気の立つ白い飯の茶碗が手渡された。
 見ると、頭頂部のはげ上がった小太りの男が座っている。
 「いきわたったかな。それでは――」
 高天原の言葉に、場のざわめきが消えた。
 みな、これまでの来し方を振り返るかのように、思い思いの方向へ視線を向けている。じっと目を閉じる者もいる。
 すでに日は大きく傾き、外は薄暮の様相を呈していた。
 自身の羽根に首を埋めて眠る鶏。
 草葉の陰にチリチリと鳴る虫の声。
 そして、過ごした今日と同じ長さをした、長い静寂。
 「いただこうか」
 しかし、それは時間にしてみれば、ほんの数秒のことに過ぎなかった。
 場がざわめきを取り戻し、食事が始められる。
 ぼくは、不思議な感覚にとらわれたまま、白い飯の上に立つ湯気を眺めていた。
 横に座った小太りの男が、ちらりとこちらを見た。
 そして、低い声でこうつぶやいた。
 「君はきっと、長い間こういう食事をして来なかったんだな」
 何か他人の言葉の孫引きなんだろう、とぼくは考えた。
 ぼくは長い間こんな食事をしてこなかったんじゃない。これまでに一度もこんな食事をしたことは無かっただけだ。この男は、ぼくのことを何一つ理解しているわけではない。
 けれど、その言葉はひどく胸に落ちた。 それは、暗くなってゆく外の景色に比べて、この部屋の灯りがあまりに煌々と明るいせいかもしれなかった。
 懐かしさを感じるわけはなかった。なぜならぼくの人生のうちに、こんなことは一度だって、無かったのだから。
 ひとりで冷たいテーブルに座る子どもの映像と、冷えた飯の無機質なこわばった舌触りが一瞬脳裏をかすめた。
 男はもはや興味を失ったかのように、ひとり背中を丸めて、器用に焼き魚の身を骨からはがしている。
 ぼくは湯気の立つ茶碗を取り上げて、白い飯を口に運んだ。
 それは、不思議な感覚だった。
 知らず、頬を涙が伝い落ちた。