「あ、宅急便。暑い中えらいご苦労さんです。ハンコおまへんねやけど、サインでよろしいですか」
「あなたが注文購入したのが某有名RPGの最新作でなくて幸いでした。もしそうなら、なんとひとりよがりな、もはや比喩表現による婉曲的な揶揄の意味ですらない”一本道”RPGを愛好する輩と、泣きじゃくって許しを乞うまで、玄関先であなたをキツくキツく殴りつけてしまっていたかもしれませんからね」
「サクラさん、素敵ですわ」
「兄さん、真顔でえろう怖いこと言いますなあ。そんなガタイとサングラスで言われたら冗談に聞こえへんわ。サインでよろしいですな? あ、なんやなんや。ハンコ無い言うとるやないか。いま嫁さん外に出とって」
「ステキな玩具だ……わたしに遊ばせなさい」
「サクラさん、素敵ですわ」
「それ、嫁さんが買ったプレステ2やから絶対触ったらアカンで。わしも勝手には、ってちゃうがな。勝手に人ン家あがりこむなや。ハンコ嫁さんが銀行持ってっとんのや。聞こえとんのか。せめて靴脱げや。おい、そこはトイレやぞ。トイレにハンコなんかあるかいな」
「人体というものはね、何かを排泄するときはすべからく気持ちのいいものです。小便、大便、精液、反吐、汗。オナニー好きのわたしはね、ことに精液を人の20倍膣外に排泄してきた」
「サクラさん、素敵ですわ」
「なに悠然と人ン家のトイレ使ってんねん。ええ加減にせんと、あ、こら。ゴミ箱にハンコ隠したりするかいな。おい、なにを嗅いどるねん」
「相変わらず安物の同人アンソロジーばかりでマスをかいているようですね」
「サクラさん、素敵ですわ」
「ほっとけや。嫁さん腹ボテなんじゃ」
「ティッシュに残されたスパームの濃度と匂い、量から判断すると、おかずに使用した同人誌の含む性嗜好は、ペド60近親相姦30放尿10のブレンド…見えた! 良き同人誌です」
「サクラさん、素敵ですわ」
「すごいな。そんなとこまでわかるんか。ってちゃうがな。なに感心しとるねん、わし」
「君たちは非童貞であるという現実に目がくらみ、童貞のわたしよりもチンポが見えていない。マスをかくという行為に真剣ではない。マスをかく行為がなっちゃいない。膣で得られる感触に安心してしまい、真の精神的屈従を脳が捕らえない」
「サクラさん、素敵ですわ」
「なんや兄ちゃん、童貞なんか。まさかそれがいまこんなことしとる理由とちゃうやろな。よ、嫁はんも娘も出払っとっておれへんぞ」
「だが、哀しみがない――日本橋の同人ショップで見つけたというこの本にではなく、読み手の君にだ」
「サクラさん、素敵ですわ」
「話そらすなよ。おい、待て、それどっから見つけてきてん。あ、このガキやな。返せや、おい。貴重品やねんぞ。こら、極太マッキー取りだしてどうする気や」
「職業漫画家でなくても絵は描けます。チンポの角度とティッシュのスレ音が世俗的な倫理観へのアンチとしての背徳の分量を、家人の露骨な嫌悪の表情がその背徳を社会的な許容の範囲に止めさせる判断基準となる――できた!」
「サクラさん、素敵ですわ」
「できた、やあらへんがな。返せ、返さんかい。あ~あ、ばかでかいおめこマーク描きやがって。何しに来てん、おまえら。何がしたいねん。ええ加減にせんと警察呼ぶぞ。おまえら二人とも家宅侵入罪やぞ」
「誰が決めたのかね。他人の家に土足で侵入しちゃいけないと、いったい誰が決めたかを尋いているのだよ」
「サクラさん、素敵ですわ」
「警察や。警察が決めとんのや。はりたおすど」
「ワァ~オ」
「サクラさん、素敵ですわ」
「バカにしくさって。わしは本気やからな。ほれ、もうダイヤルするで。出ていくんやったらいまのうちやど。あ。あいた、痛いがな。ちょお、これシャレならんって。強盗やがな。ここまでやったら強盗、あいた、痛い痛い。やめてくれ」
「ママの味わった苦しみ、あなたも知りなさい。息子がおたくで、もうじき30にもなろうかというのに定職にもつかずふらふらしているという現実から受ける社会的痛み、あなたも知るのです」
「サクラさん、素敵ですわ」
「わけがわからん。勘弁してくれ。痛い痛いよう。そ、そこの引き出しや。カネはそこの引き出しの中にある煎餅の空き缶に入っとる。全部持ってけ」
「与えちゃいけないッッ! いいですか、わたしに現金を与えられるのはまっとうな社会的生産性を持つ労働だけ。あなたは資本家じゃないでしょ」
「サクラさん、素敵ですわ」
「もうどないして欲しいねん。わけがわからんわ。いた、痛い。死ぬがな、死んでまうて。げほげほ。ごほ。死ぬかと思た。おい待て、なんやかんや言うといて、カネ持っていくんかいな」
「宅急便の配達夫などという、他人に与えられた人足まがいの仕事に甘んじることなく、奪うことで猶予期間の持つ鬱屈からの脱出を完璧にした。幸福だ」
「サクラさん、素敵ですわ」
「うわあ、最近流行りのモラトリアム犯罪やがな。どうりで理屈がわからんと、おい、なんやその手つき。今度はなに優しく触っとんねん」
「君の手が温かい…」
「サクラさん、素敵ですわ」
「だ、男色やがな! あ、おい、なにカメラ回してんのや。それネタにゆする気か。貸せ、このガキ。あ。耳元で息ふきかけるのやめえ。あ、こら、マジか。ズボンを、ぎゃあ、ぎゃああ」
「サクラさん、素敵ですわ」