ただ聞き手に何の感興も起こさせないことをだけ目的に作られたバックミュージックのためのバックミュージックが軽々しく流れる中、応接間を想定したのだろう、奇妙に生活感の欠如したセットの中央に男女が差し向かいに座っている。女性、カメラに対して深々とおじぎをする。
「みなさん、こんばんは。nWoの部屋の時間がやってまいりました。わたくし、今回より新たにホステスをつとめさせていただきます宵待薫子でございます。さて、本日はゲストに、いま400万本のミリオンヒットで話題沸騰中の”トラ喰え7”、そのシナリオ作家であられるホーリー遊児さんをお招きしました。(向き直り)ホーリーさん、今日はどうぞよろしくお願いします」
「(慇懃に)いや、こちらこそよろしく。前回来たときは逆巻さんがホステスやってたんだよ。彼女、どうかしたの?」
「(少し困った表情でスタッフに助けを求める視線を送る)ええと、逆巻さんもお忙しい方で、あの、スケジュールの方の都合がつかなくなってしまって」
「(含み笑いを口元に浮かべながら)スケジュールの方、ね。業界の事情ってヤツかな。まァ、ぼくもそういうのがわからない人間じゃないから、詮索するつもりはありませんよ(卓上のジュースを取り上げる)」
「(スタッフのする話題を変えろという手真似を見て)ええっと、前回いらしたときは”トラ喰え7”はまだ発売していなかったわけなんですが、ついに”トラ喰え7”発売を迎えて、その後心境の変化などはございますでしょうか」
「ぼくは所詮、(声音に自負を含ませ)シナリオ屋に過ぎませんから、シナリオが脱稿した時点でぼくの中の”トラ喰え7”は終わってしまっていると言っていいでしょうね。ゲームをプレイしているみなさんにとってはまさに”トラ喰え7”は旬であり、現在のことなんだろうけど、ぼくとってはもうすでにはるか過去のことなんですよ(サングラスの位置を神経な様子で直す)」
「なるほど。(膝上の台本に目をやりながら)では、もうすでにホーリーさんの目は次回作に向けられているということですか」
「そういうことだね。ぼくのここには、(人差し指をかぎ爪形に曲げて、こめかみをコツコツと叩いてみせながら)次回作の構想が半ば以上すでに構築されているんですよ」
「(新人の功名心に思わず身を乗り出して)それは、いったいどのようなものになるのでしょうか」
「(ずるい笑みを口元に浮かべ)おっと、これ以上は勘弁して欲しいな。ぼくくらいのシナリオ作家になると口にするほんのわずかの情報さえ、株式などの経済の流れに影響を与えかねないからね。誰もが文字通りの千金の千倍をぼくの前に積んでも手に入れたいと思うそれを、(鼻で笑って)こんな場所でおいそれと公開するわけにはいかないよね。(うつむいた下から見上げるようにして)ま、もっとも、今のは一経済人としての立場からの発言であって、一シナリオ作家としての立場からならシナリオの一端ぐらいを語って聞かせることは可能なわけだが……」
「(空港で芸能レポーターを振り切るときもかくや、というような勢いで甲高く)今回のゲストはあのホーリー遊児さんだということも手伝いまして、さまざまな意見や励まし、ご質問のお便りを当番組へたくさんいただいております。今日はそれらの声にお答えねがうという形で進めさせていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか(おびえたようにホーリーを見る)」
「(不服そうに)ま、好きにしたらいいんじゃないの。(そっぽを向き、小声で)テレビ屋風情めが」
「(ホッとした様子で)ありがとうございます。では、今日はじめてホーリーさんの出演を知った方もいらっしゃいますでしょうし、今からメールと当番組の掲示板でもホーリーさんへのお声を受けつけ」
「(さえぎって)ダメだ」
「(スタッフの出す指示から目を離し、きょとんと見返して)は?」
「(紳士的な見せかけの下にある野獣の本性で、ぎらぎらと)購入したハガキをポストへ投函しに行くといった程度の能動性もないままに発信が可能な媒体なんぞで送られてくる意見にロクなもんはねえ。(本当にその顔が見えているかのような強さで虚空をにらんで)やつらはその手軽さの分しか推敲しねえし、その手軽さの分しか考えねえ。ネット経由の意見は全部破棄するんだ。(有無を言わせぬ強さでスタッフをも同時ににらみつつ)いいな?」
「(泣きそうになって)あ、あの、でも」
「(全身をぶるぶるとふるわせながら)世界という手の届かぬ至高の悪女を、誰とでも寝る安宿の淫売におとしめた電子回線なんぞに用は無いってぼくは言ってるんですよ、宵待さん……(モニターを目の端に確認すると、急にテーブルをひっくり返さんばかりの勢いで立ち上がり、振り上げた右足を卓上に音高く打ちつけて)メールアドレスのテロップ消せや、コラアッ! それともおまえから先に消されてえのか!」
「(腰を抜かしてテーブルの下へずり落ちながら、必死に封筒のひとつをつかんで)わ、わかりました、あの、では、さっそく封書で来たこちらを読ませていただきたいと思います。(泣き笑いで)あの、いまテロップ出てたかと思いますけど、そのアドレスにはメール送っちゃダメ。絶対送っちゃダメですから! ほ、『ホーリーさん、はじめまして。みんなこんなふうに書き出すんでしょうけど、ぼくは”トラ喰え1”のころからの、ホーリー遊児の大大大ファンなのです! 今回の”トラ喰え”もまたすばらしいテキストの連続で、ずっとティッシュの箱を横に置いてプレイしています。でも、ちょっと困ってることがあります。ぼくは”トラ喰え1”のころからのファンなので全然気にならないんですが、この前”トラ喰え”を一度もプレイしたことがない友だちにすすめたら、グラフィックがショボいからやる気がおきないって言われたんです。確かに最近の実写と見紛うばかりの他社のゲームと比べるとそんなふうに思えるのかもしれませんが、ぼくは”トラ喰え”の持つ昔から変わらない、職人芸的な味のあるグラフィックがとても好きです。どうぞ、このことについてのホーリーさんのお考えをお聞かせ願えませんか』……(おびえるように、ハガキから目線を上げないまま)あ、あの」
「(ソファに深く腰掛けたまま、両手を腹の上でゆるく組んで、半眼で)ふむ、その君はなかなかいい切り口を提出してくれたと思うね。なぜなら、それはいま、”トラ喰え”のみならずすべてのゲームが直面している根元的な問題であるからだ。つまり、”リアルさを追求していけばいくほどゲームは我々の現実へと際限なく近づいていき、ついにはその存在理由を自ら殺さざるを得なくなってしまう”というジレンマだよ。他社の同規模の作品に比べ、”トラ喰え”の表現は記号的だと表されることが多い。例えば、ゲーム中のキャラクターが死ぬときに、”ぐふっ”という発話をした後、明滅を繰り返して消えるといった表現がそれに当たるんだけど、これは家庭用ゲーム黎明期の、マシンのスペックの低さによる苦肉の策だと思われているようだが、実際のところ全然そうではないんだ。すべて、ぼくの指示による意図的なものなんだよ。”機械の限界による表現の制約がゲームをゲームの形たらしめ、メディアとして成立させている”という、最近になって皆がようやく気がつきはじめてきた、その鬼子的な存在の発生理由に、ぼくは最も初めから気がついていたというだけのことなんだ。つまり、ゲームは、”魔物に受けた背中の爪あとから赤い血液と緑の毒液をとめどなくしたたらせながら、徐々に体温を失って冷たくなっていく兵士の末期”を視覚的に、リアルに彫刻してはいけない。ゲームがゲームであり続けるためにね。ある場所にタブーが存在するのには、それがどんなに我々の持つところの近代的自我からしてばかばかしく思えるような場合でも、必ず何かの意味がある。そして、ゲームにとってのタブーをぼくはただ侵さないようにしているだけなのさ(キザに人差し指でサングラスの位置を指でなおし、斜めからポーズを作ってカメラ目線で見上げる)」
「(よくのみこめていない表情で、言葉だけで)なるほど、なるほど。(何かを恐れるように矢継ぎばやに)では、次のお便りです。『みなさん”トラ喰え”のことをほめますけど、私にはどこがいいのかわかりません。20時間ほどプレイしたんですけど、それ以上続けることは断念しました。だって、あまりにシナリオが女性蔑視的なんですもの。旧態依然とした家父長制の中で、ほとんど身売りに近いような形で結婚させられる女性の話とか、しばらくは我慢してたんですけど、もううんざりしてやめてしまった。特に、”たくさん子どもを生まなくっちゃ”という女性の台詞は無神経に過ぎます。みなさん、どこがいいんですか、本当にいいんですか、”トラ喰え”?』……(しまったという表情で全身をこわばらせながら、ハガキから顔を上げることができずに)い、いかがでしょうか」
「(静かに)ビチグソだな」
「(自分の耳を疑うように、見上げて)は?」
「(一音一音区切るように)ビ・チ・グ・ソだって言ってんだよ。生まれつきの不出来な顔面を性格の歪みがさらに歪ませて、両親と親戚からの無言の重圧に打ちのめされて弱り切って、その反動ですべての女性性への発言へ攻撃的になった30女ってとこじゃねえのか。もしくは自分の女性性を否定するようないでたちと言動を好んでする肛門性愛万歳三唱のおたく女かだ。ファンタジーってのは、”男が男であり、女が女であった”世界のことを描く方策なんだよ。資本主義と西洋文化に塗り替えられた哀れな近代人としての自分の脳みそを、人類の歴史の流れの中で対象化することもできないほどの知能で、自分の持つ女性性の一部を否定されたから、あるいは無視されたからというだけの個人的な理由で、すべての男性性を逆に取り込もうと必死になってんのが、こいつの似非フェミニズムの正体なんだよ……(激高して)ビチグソめらがッ! おまえらはおまえらだけに隷属する、おまえらにだけ気持ちのいい一様な価値観の言葉が聞きたいだけなんだよ! ムービーの合間に戦闘が数十回だけあるような公称RPGか、チンポの想像できないような美形の男が耳に心地よい言葉だけでおまえにオナニーの種を提供する腐れ疑似恋愛ゲームでも永遠にやってろ! ”トラ喰え”はチンケな物語どころじゃねえ、世界そのものなんだよ! おまえを不快にさせるような人間のいる、おまえを不安定にさせるような他人の幸せのある、ひとつの完成した世界なんだよ! それを受け止めることもできねえようなパパの陰嚢の中の未成熟さで、歴史から断絶された偏狭な現代的意識だけで、おれの”トラ喰え”をプレイしてんじゃねえ! クソがッ!(大理石のテーブルをかかと落としでまっぷたつにする)」
「(椅子の下で両手で頭を押さえて)ひいいッ。ごめんなさい、ごめんなさぁい」
「チッ、(血の混じった唾を吐いて)謝るくらいなら最初からそんなハガキ読むんじゃねえよ。(スタッフが割れた大理石のテーブルを運び出し、代わりに木製の長テーブルを持ってくる)で、どうなんだよ、もう終わりか、(凄まじい目でにらんで)ああ?」
「う、うふ。(泣き出しかけるが、自分を勇気づけるように背中を張って)つ、次のお便りです。と、『”トラ喰え”、もう売っちゃいました。6800円だったかな、売値。なんか全体的に、シナリオとか古くありません? フラグ立てるのにあっちこっちで話聞かなくちゃならないの面倒だし。最後まで感情移入できなかったな。クリアしなかったけど(笑)』……(読み終わった途端にハガキを放り出し、椅子の後ろに隠れる)すいません、すいませぇん」
「(恐ろしい穏やかさで、膝の上に両手を組んだまま微動だにせず))”トラ喰え”が意図しているテーマは数あるが、そのうちで最も根元的なものは”父と子の対決”であると言っていいだろう。近年”父と子の対決”を当初のテーマとして打ち出しておきながら、物語が進むにつれて制作者の中にある問題が実は父親ではなく母親との関係であることを露呈していった映像作品があったが、あれは”トラ喰え”と非常に好い対照を為していると思う。息子が切断的別離を強行した後に父との和解を迎えるというのが、聖書の昔からの父子対決の構図なんだが、”トラ喰え”のメインストーリーはそれを忠実に踏襲していると言える。加えて、象徴的に言うなら、ゲームをクリアーするために歩まなければならない不可避なストーリーの流れを構成するテキストが、人を見ぬ先へと有無を言わせぬ強さで駆り立てるもの、すなわち父性を象徴し、逆にプレイヤーの意志において触れても触れなくてもかまわないが、どちらを選ぶにせよ常に変わらずそこへ在り続ける世界の住人たちの上へ与えられたテキストが、決してゆるがず受け止めるもの、すなわち母性を象徴しているんだよ。(震える声で)それを、(突然激しく立ち上がり、テーブルを手刀でまっぷたつにする)したり顔の、腐れおたく共がッ! 母性に取り込まれる程度の弱い自我しか持てねえ、父性と対決する段階にまで成長できてねえクソおたく共がッ! ”トラ喰え”はなァ、ちゃんと父子の対決を済ませた、まっとうな社会参画を済ませた、精神的にも肉体的にも真に成熟した大人のための、あるいはそうなるための強さをあらかじめ持った未来の子どもたちへする、人間賛歌のゲームなんだよ! どこの誰がおまえたちみたいな母性とヌルヌルの、日なた水のボウフラどもに当ててメッセージを送ると思えんだよ! 父との問題にたどりついてすらいない、未分化の卵子風情のおまえらぐらいに、おれのシナリオの持つ高い人間的成熟がわかるはずがあるかよ!他人が持つ価値観や世界理解が自分のそれより高いものであるかもしれないことを感じとるどころか想像すらもできない、ほとんど向こうを見通せる薄皮一枚の差が永遠の差と等価であることへの悟りに絶望したこともない、大自然のゆぅるいゆぅるい水気の排泄物共が!(後ろ手に応接用の巨大なソファをつかむと、セットの外、スタジオに向けて巴投げの要領で放り投げる。支柱をヘシ折られ、撮影台がクルーごとセットの中へ倒れこんでくる)」
「(もうもうたる土煙の中から這いずるように身を起こして)そ、それではこちら、時間的にも最後のお便りになるかと思います。ど、『どうでもいいけど、あのムービーはヤバイんじゃねえの?』……もういや、いやあっ!(脱兎の如くスタジオの外へと向けて駆け出す。それに呼応するように、スタッフたちも機材を放り出し、次々と走り去っていく)」
「(横倒しになったカメラからの、怪獣特撮でやる踏みつぶされた街のアングルで)クソがぁぁぁぁぁッ! 俺の至高の作品を、誰があんな”おもしろポリゴン四コマ”としか形容できないおチンポ映像で台無しにしろって言ったよ! (絶叫が喉を裂いたのだろう、血煙が混じった咆吼で)クソがッ、クソがッ、クソがぁぁぁぁぁッ!」
「(つまづきつつ、まろびつつ、必死の逃走に乱れた衣服で)本日の、ゲストは、ホーリー、遊児さんでした。これで、nWoの部屋を(画面を斜めに走るノイズが次第にひどくなり、唐突に画面がかき消える)」