猫を起こさないように
日: <span>2000年8月20日</span>
日: 2000年8月20日

なぜなにnWo電話相談室(2)

 薄暗い室内。パイプ椅子に腰掛ける2つの人影。1人はぎょっとするほど低い身長で猪首、見えるのはほとんどシルエットだけであるのにひどく奇形な印象を与える。2人の前には折り畳み式の長机があり、花の生けられていない花瓶と黒電話が置かれている。部屋の反対側の隅に置かれたハンディカメラ。
 壁際のブラインドが開き、室内が明るくなる。
 「(やくざなやり方で高く結い上げた髪から櫛を引き抜き、ざんばらに振り回して)さァ、今週もこの時間がやってきたよ。ちょいとセットが簡素になっちまったが、まァ、それもこれもnWoがいよいよ本格化して、余計なコケ脅かしや客寄せの必要もなくなってきたってことさ(かけていた三角メガネをはずすと、将棋の駒でするような要領でパチリと机の上へ置く)」
 「(せむし、ねじ曲がった背骨を更に前倒しに曲げながら両手で腹を押さえて)うゥ、ひもじいよゥ。姉御、今夜もまたソーメンですかい」
 「馬鹿野郎ッ(せむしを平手で激しく打ちすえる)、カメラ回ってんだよ! 地上波から追ンだされたくらいで、ナニ情けない声出してんだい!」
 「(今度は両手で頭を押さえながら)うゥ、すまねえ、姉御。おれァ、腹が減って腹が減って」
 「(乱れた髪を手櫛でかきあげながら)この番組が売れりゃあ、肉でも何でも喰わしてやるよ。ちったぁプロ意識を持ちな。(と、机上の黒電話がけたたましく鳴り響き、受話器が漫画的に飛び跳ねる)電話だ。もしもし」
 「(小声で)あ、あの。nWo電話相談室さんでしょうか」
 「オヤ、聞いたことのある声だね」
 「あの、ぼく以前に一度そちらにお電話したことがあって、あの小鳥です、小さな鳥って書いて小鳥。あの、それで早速相談なんですけど、最近ぼく、なんかこう、すごく不安定なんです。部屋にひとりでいるときに、考えがまとまらなくて、あの、ぼんやりしてて、ほんとなんとなく側にあった電話料金の督促の封筒の裏に、先の丸まった鉛筆で、『この世の中にはおおぜいの人間がいる』って書きつけたら、急に大粒の涙がぽろぽろ出てきて止まらなくなって、でも他人に対して共感できるっていうか、そういうのじゃないんです。外に出て電車とか乗ったら、たくさんの人がいるのにほんといらいらして、心の中で『みんな死んじゃえ』とか思ったりするから」
 「(耐えかねたように机の上へ飛び乗って)ここはキチガイ病院じゃねえんだぞ、テメエ!」
 「(疲れた様子で腕組みしたまま動かず)私たちよりカウンセラーの方が君のお役に立てるんじゃないかい」
 「あ、ごめんなさい、最近あんまり人と話してなかったから、つい冗長になって、あの、いつもはこんな感じじゃないんですけど。あの、何を話すんだったかな。えと、前も言ったと思うんですけど、ぼく、ホームページ持ってるんです。最近は以前ほどは人も来なくなって、閑散とした感じなんですけど、あの、掲示板とかあって、メールとかあれから来ないんですけど、掲示板にはときどき誰かが、お世辞なんでしょうけど、はじめましてとか、面白かったですよ、とか書き込んでくれて、それがちょっとした心の助けだったりするんですけど」
 「(急に遮って)もういい、もういい。アタシもこいつも機械にうといから編集とかできないんだよ。ズバリ、君の掲示板を荒らしたのはこいつだ(合図とともにせむしが隣の部屋とのしきりを外す)」
 「(口に噛まされた猿ぐつわを解かれながら)…ッざけんな、ふざけんなよ、こんなことしてただで済むと思ってんのかよ! (せむし、無言で男の胸に取り出したナイフを突き立てる)ぎゃあッ!」
 「(気のない表情で)30分のコンテンツって決められててね。まァ、前戯の無いポルノビデオみたいなもんさね」
 「(嬉々として)あ、待って。ビデオ撮らなくちゃ、ビデオ。この日のためにDVDレコーダー買ったんだよ。アナクロでネット依存症の劣った生命が終わる瞬間を永久に劣らないデジタルの映像で保存できるように……あれ、逆巻さん、どのチャンネルでやってるんですか、あれ」
 「イヒヒ、肋骨と肋骨の間を擦過音を立てながら鉄の刃が滑り込んでいく感触。おっと、動くなよ。(男に口づけするかのように顔を近づけて)わかるかァ、いまどの臓器も傷つけないままナイフの刃がおまえの身体に収まってんだ。心臓の太い動脈の横に鉄の冷たさを感じるだろう。(せむし、ナイフを引き抜き、今度は男の腹部に突き立てる)ヒヒ、ビビッたろ? 今度は膵臓と肝臓の隙間にナイフ通してやったぜ? (涎を垂らしながら)イヒヒ、たまらねえ、命を冒涜するこの感覚、たまらねえぜ……いくら流行にしたって、連中の痩せた精神にゃこの贅沢はわからねえだろうぜ。価値を知ってるからこそ、それを傷つけることでたまらなくオッ立つんじゃねえか!」
 「ああ、もう、どうなってるの。逆巻さん、逆巻さんたら。(急に激しくテーブルを両拳で殴りつけて)無視するなよ、ぼくを無視するなよォ!」
 「(腹のナイフを気遣って細く呼吸しながら、弱く)やめろ、やめろよ、こんなことして、いったい、タダですむと思って、(せむし、身体の比率から考えても異様な大きさの分厚い手のひらで男の頬をしたたかに打ち付ける。男の口から血の飛沫とともに吹き出した奥歯の破片が、窓ガラスに高い音を立ててはねかえる)」
 「(異様なかぎろいを含んだ目で)虚構につかりすぎて、おまえら人が人を現実に壊せるって実感を失っちまってるんだ。仮の言葉、似非の暴力、馬鹿め、人間が発するもので架空のものなんざひとつもねェ! おれァ、学はねえがどのくらいの強さで殴ればオマエの頬骨と顎がグシャグシャに砕けてメシが食えなくなるかは身体で知ってんだよォ! メシ喰って自分が生きてるなんて意識したこともねえんだろが、なんか言ってみろよ、オラァ! 腹減って気が立ってんだよ!(せむし、男の襟首をつかんでゆさぶるが、男の口からは顎の骨が砕けたらしい証明の大量の鮮血が吹き出すだけである)」
 「(先ほどまでとはうってかわった明るい調子で)さて、ここで視聴者の皆様にクイズです。みなさまがご覧になっている、腹にナイフをつきたてられ、顔が変形するまで殴られているこの男、果たして今から24時間後に生きているでしょうか? うぅん、難しい問題ですね。このせむし、ガウル伊藤とはもう十年来のつきあいになるんですが、かれの気性の激しさといったら、スゴイんです! 先日も北海道で気がつかずにクマの死体を丸三日殴り続けていたほどですから! あら、ヒントを出しすぎちゃったかナ? 24時間後に男が生きていると思ったアナタは今画面に出ている電話番号の末尾にある×の部分で”1”を、死んでいると思ったアナタは”2”をダイアルしてください。(惨劇を背後に、目の前の宙空を右から左へと指でなぞりながら)電話番号は画面に出ているこちらですよ~、画面に、出て、い、る? (ビデオカメラのモニターを横目で確認する。間。熱狂の冷めた突然の異様な静かさで)なんで、テロップが出てないんだい」
 「(他に誰もいない部屋で気狂いの目でテレビを揺さぶりながら)どうなってんだよ、このボロテレビがァ! 見せろよォ、俺にあのペニスを上の口から出す残虐生け花を見せろよォォォォ!(口の端から気狂いの記号の泡を吹き出す)」
 「(気狂いの目でビデオカメラを揺さぶりながら)どうなってんだよ、このクソビデオカメラめ! あたしゃ、天下のハリケーン逆巻だよ! そのアタシに、恥、恥をかかせる気かい! 馬鹿に、機械までアタシを馬鹿にしやがって! あたしゃ、逆巻だよ、天下のハリケーン逆巻なんだよォォォォ!(口の端から気狂いの記号の泡を吹き出す)」
 「(血糊で汚れた全身に気づいたふうもなく)一寸刻み、五分刻み。キヒヒ。そォれ、いよいよ、おまえをおまえの大好きなデジタルとははるかに遠い単位に分断してやるぜ!(腹からナイフを引き抜き、大きく振り上げる)」
 「(バラバラに分解されたテレビの傍らに座り込んで)裏切られた思い出、反故にされた約束、この世は無だ。ハ・ハ・ハ、こんな瞬間にさえ虚構から言葉を借りないとしゃべれない自分を知っている。ハハ、アハハ、おかしいね。(無表情で滂沱と涙を流しながら)みんな、死んでしまえ」