猫を起こさないように
世界の果て-7
世界の果て-7

MMGF!~見て、みごとなガテン系のファックよ!~(在庫駄駄余解消祈念C80漫遊記・前編)

これはnWo社所属の日系アメリカ人、パイソン・ゲイによる英文レポートをカンボジア人スタッフの協力で日本語へ翻訳したものです。日英のパラフレーズが困難な単語をカタカナで表記したり、一部文意の不明瞭な箇所があることをあらかじめご了承下さい。なお、このレポートに記載された内容に関するご質問・ご要望・ご批判は、弊社広報室宛のメールでのみ受付けております。なお、英語以外の言語には対応できかねますので、あらかじめご了承下さい。
十年来のペンパルであるリカが原因不明のディズィーズに倒れ、ステイツのnWo本社から奈良ブランチ所属のミーにアージェントリィ、至急トキオのコミケトー・エイティに向かえというオーダーNo.66が下りマシタ(当社のプレジデントはシスの暗黒卿そっくりのいけすかない野郎デス)! オーッ、ネオ・トキオ! ミラクルという名のパラダイス! スリー・ツー・ワン・ゴー!
ミーはスーツケースに白青のバーティカル・ストライプのトランクスを押しこみながら(なぜって、ジャパンのギークスの間では、白青のホライゾンタル・ストライプのパンティが大人気と聞きましたカラ!)、胸の高鳴りをプット・アップ・ウィズできなくなっていマシタ! オーッ、サード・トキオ! セカンド・トキオ・ユニバーシティを擁する、エンジェルたちの誘蛾灯! オダワラ防衛線、突破されマシタ! オールモスト寝つけないまま、ミーはバレット・トレイン上のパーソンになったのデシタ!
トキオ・ステーションから意気揚々とキャブに乗り込み、行き先をトキオ・ビッグ・サイトと告げると、初老のドライバーのフェイスが侮蔑的にディストートするのがわかりマシタ! プアーなジャパニーズのフェイシャル・エクスプレシオン(ミーのマザーはフランス系移民なのデース!)とは思えぬほどのディストーションだったので、ミーはひどくサプライズしまマシタ! ジャパンにおけるギークスへのヘイトは、ステイツにおけるジューズ、ユダ公どもへのヘイトとセイム・クオリティであることをペインフルに実感させられたのデス!
トゥエニィ・ミニッツ・レイター、ニードルのむしろを思わせるキャブ内のアトモスフィアーからリリースされた先に、シュガーのランプに群がるアンツの如くくろぐろと、ギークスどもがビッグ・サイトを取り巻くのが見えマシタ! まさにシュガーの粒をネストに持ち帰るワーカー・アンツみたいデース! 会場から出てくるギークスはノー・エクセプション、例外なくモエ・ガールの描かれたブックをホールドしていマス! ストリクトリー・スピーキング、厳密にはブックというよりマガズィーン、ガールというよりはベイビーのようデシタ! モエ・ガールたちの表情はいずれもステイツならノー・ダウト、間違いなく寿命をはるかに超えたセンテンス、刑期を食らいこむだろうペドフィリア感をかもしだしていマス! 加えてギークスどものフェイスに張りついた表情は、いずれもステイツならジュリーズ、陪審員たちが数百年の懲役を求刑することにわずかのヘジテイトも感じないだろうクライム感をかもしだしていマシタ!
オオーッ、あれこそがワールドワイドにノトーリアスな土人誌なのデスネ! ミーを包むディープ・エモーションは、ジャングルの奥地で幻のバタフライを発見したときの昆虫学者のイットに似ていたと思いマス! オップス、本社へのレポートは正確を期さなければなりまセン! 土人というのは、ファースト・ネイションを表すジャパニーズの単語なのデース! ジャパンはポリティシャン(ミーがステイしていたときは、The Demonic Party of Japanとかいうロックンロールな名前のパーティが与党デシタ!)も広言するように、モノ・エシック・グループから成る国家なのデス! 土人誌というネーミングはジャパニーズのプライド・アンド・プレジュディズが混ざりあった複雑なセルフ・コンシャスネス、自意識を体現しているのデショウ!
ゼアフォー、ゆえにミーのようなフォリナーのメイドした土人誌は、ジャパニーズのデフィニション、定義では土人誌とは呼べないのデス! イン・ショート、つまりコミケトーではフランスワインなみの厳しいクオリフィケーション・ジェスティヨン(ワタシのマザーはフランス系移民デース! ラブ・マミー!)、品質管理が行われているというわけなのデス! ステイツならばレイシズムと呼ばれかねない偏狭さ(辺境さ?lol)デスが、マザーがフランス系移民のミーはそのナローさがカルチャーの正体であることを知っていマース! (ファック、マクダーナルズ!)
バット、コントラディクティング、矛盾したことにジャパニーズにおけるコミケトーのサウンドは「混み毛唐」と同じなのデス! ザットイズ、すなわち「外人たちで混みあっている」の意味をもインプライしていることになりマス! 民俗学のオーソリティー、クヒオ・ヤナギダ大佐が存命であれば、さぞやこの難問に頭を悩ませたことデショウ! ミーの推測はこうデス! ジャパニーズとネイティブ・アメリカンは同じアンセスター、先祖を持っているという仮説デス! オーッ、汝「混みあう毛唐ども」よ! ネーミングのセンスが似ているのもうなずけマース!
ギークスのウェイブに流されるままトキオ・ビッグ・サイトに入ると、すさまじいヒートとスメルにノージア、ミーは軽い吐き気とめまいを覚え、思わずシルク製のハンカチーフで口元をカバーしマシタ! すさまじいヒューマン・ガベッジに、もはや進むことも戻ることもままなりマセン! このままではファイナル・デスティネーションにたどりつく前にファイナル・デスティネーションにたどりついてしまいそうデス(訳者注:「最終目的地」と人生の終着である「死」をかけていると思われるが、同名の映画に言及している可能性も否定できない)!
バット、ドント・ウォリー、ノー・プロブレム! リカのビジネス・パートナー、ダコバのエージェント、代理人サメン・アッジーフのセルフォン・ナンバーをあずかってきているからデス! ミーのヴィジットの目的は、リカとダコバの土人誌、MMGF!(Modified Mason Gain Formula? 奇ッ怪極まるタイトルデース!)の販促アクティビティなのデシタ! コミケトーにおける裏技、セラーがバイヤーに優先してバックドアーから入場できるシステムを今こそメイク・ユース・オブ、利用するのデース!
ハウエバー、なかなか電話はつながりマセン! ジャパンはセルフォン・デベロップト・カントリーなので、奈良のようなカントリー・サイドのマウンテン・トップでも電話はつながりマス! トキオのようなアーバン・シティで電話がつながらない、こいつはミステリー、エクストリーム不可思議デス!
何度ものトライと長い長いコーリングの後、ファイナリー、ついに不機嫌そうなボイスのガイが電話に出マシタ! オーッ、ユー・マスト・ビー・サメンサーン! ハワユー!
「忙シイカラ要件ヲ手短カニ言エ!」
ドスのきいたボイスは、なぜかミーにハイスクールでのヒエラルキーを思い出させマシタ! ハイッ、手短に言わせていただきマース! リード・ミー・トゥ・バックドアー・プリーズ!
「ハア? テメエドコノ王様ダヨ? 売リ子モシタコトガネエトーシロニ貴重ナサクティケヲ渡セルワケネーダロ! 正面カラダラダラ歩イテ来ヤガレ!」
サドンリー、突然電話は切れてしまいマシタ! きっとビッグ・サイトに固有の電波シチュエーションが原因にちがいありまセーン! それにしても、サクティケとは何なのデショウカ? サクリファイス・ティッツ? ユーギオー的な? 俺はこのたわわな双乳を生贄に捧げて、胸の貧しいアーク・ペドフィリアを召喚するゼ?
そもそもイングリッシュ・ワードではなく、ライスを畑に植える作業、ソー・コールド「作付け」のことにリファーしていた可能性さえ否定できマセン! フロム・エンシェント・タイムス、古来よりジャパンではライスのアマウントが非常にインポータントなミーニングを持ち続けマシタ! コミケトーのバックドアーを使うには、イーチ・ファミリーのガーデンで栽培しているライスを持ってくる必要があったのかもしれまセーン! オーッ、日本の常識世界の非常識! 働かざるもの食う寝る遊ぶ! さすがはワールドに冠たるニート大国デース! ミーは文化の違いにソー・インプレスト、強い感銘を受けつつも、今回のミッションが想像以上に困難なものになることを感じていマシタ(弊社のプレジデントはシディアス卿そっくりのいけすかない野郎デス! アンリミテッド・パワー!)!
ほどなくして、ギークスのウェイブはミーを建物のインサイドへと運んでいきマシタ! ビッグ・サイトの中は、イグザクトリー、ステイツのスラム街を思わせるアウト・ローぶりデス! 壁際でシットダウン(sit down)しているものもいれば、壁際でシットダウン(shit down)しているものもいマス! コミケトーへ参加するために仕事をジャックイン(jack in)したことを公然と自慢するものもいれば、土人誌を片手に公然とジャックオフ(jack off)するものもいマス! 各ブースに掲げられたポスターはクリスタニティをビリーブ・インしているなら、ビッグ・サイトごとヘルファイアに焼き尽くされることを望むほど冒涜的な図画で彩られていマス!
その、サタニズム的な祝祭を体現する見かけとは裏腹に、ギークスたちはキューを乱さずに整然とならんでいるのデス! パスポートを持たないステイツのファンダメンタリストがこの会場を見たならば、あらゆるホーリーとアンホーリーが混在するありさまに、地上へヨハネのアポカリプスがアピアーしたと感じるかもしれマセン!
ハウエバー、フランス系移民の息子であるミーにとってこの程度のエンタルテテ・クンスト(祖父はドイツ系移民デス! ラブ・グランパ!)、退廃芸術はパリの路地裏でエッフェル・タワーの先端を見ながらアルジェリアンにアヌスを突き出して言うファック・シルブプレ、昼下がりのコーヒーブレイクと何ら変わらない平穏なものデース! ミーはギークスどもを持ち前の体格でオーバーフェルムしながら、サメン・アッジーフのブースを目指しマシタ!
バット、なかなか目的のブースを見つけることができマセン! シック・イン・ベッド、病床のリカが手を握るミーへ息も絶え絶えに、「これ……ダコバちゃんの……おっきなポスターにして……はってくれるって、そう、約そくしてくれたの……」と言いながらあずけてくれたイラストを元にブースを探すのデスガ、いっこうに見当たりマセン! ダコバのサークルはウォール・サークル(ウォール・マート? ウォール・ストリート? 意味不明デース!)なのでアット・ワンス、すぐに見つかると聞いていたのデスガ……
イヤ、見つかりマシタ! 会場のウォール沿いへセグリゲートされたエリアに、リカからもらったイラストを発見したのデス! どうりで見つけにくかったはずデス! なぜなら――
二枚の大判のポスターの下に、ひと回り以上小さなサイズで掲示されていたからだ。加えてテーブルの奥、山積みになった在庫の裏側へすっぽりと隠れてしまっており、よほど近くから注意深く見なければ気づかないだろう。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。私は自分の気持ちが急速に冷えていくのを感じていた。地元のだんじり会を軽蔑し、地域の夏祭りを嫌悪する私も、コミケという場でならば祭りの一員になれるかもしれないと信じていた。しかし、待ち望んだ祭りの只中にあって私の胸を満たしているのは、一種の諦念と虚無感である。結局、私はこの人生において「いま」「この場所」に実在することを忌避し続けてきただけのことだったのか――
オオップス! あぶなかったデース! あやうくオサム・ダザイ的なノー・イグジット、出口の無いデプレッションに引きこまれるところデシタ! 気を取り直していつものようにチアフルにいきマース! ハーイ、ディス・イズ・パイソン・ゲイ! ホエア・イズ・サメンサン?


呼びかけに応じて、ウォールを背にしたテーブルの向こうから、ミドル・イースト風の容貌をした男が不機嫌そうにミーをギロリとゲイズしマシタ! その瞬間、ミーの背筋にはハイスクールでの理由なきヒエラルキーの感じと同じ種類の悪寒が走ったことを認めなくてはなりマセン! 口髭にターバン、イエローのアロハという正気をダウトするいでたちのこの男が、リカの言っていたサメン・アッジーフなのデス!
サメンはショルダーズをアングリーさせて隣のブースを占拠するロトン・ガールズ、腐女子ども(これは注釈が必要デショウ! ステイツのゾンビムービーのように身体が腐っているわけではありマセン! 腐っているのはその性根の部分でアリ、精神そのものなのデス! 魯鈍ガールズ、デース!)を押しのけて出てくると、ミーに向けて両手をあわせマシタ! アンドゼン、「あら、アクバル?」みたいなことを言ったのデス!
オーッ! ソレ、知ってマス、知っていマース! ミーはたちまちマイセルフがフルフェイスの笑顔になるのがわかりマシタ! ソウ、これはファースト・ガンダムからの引用に間違いありマセン! ミーはギークスとして試され、合格したのデース! ハートのボトムからハッピーな気持ちになったミーは、サメンのショルダーをバンバンどやしながら「アックバル兄サーン! アックバル兄サーン!」と連呼しマシタ! すると、サメンのフェイスはなぜかたちまち険しさをインクリースし、ミーはハイスクールでの理由なきヒエラルキーの感じをアゲイン、思い出しマシタ!
サメンは再びロトン・ガールズをかきわけテーブルの裏側へと戻っていきマス! ミーは両手でアス・ホールをカバーしながら、サメンとミーを見てウケとかセメとか(ハレとかケのような民俗学用語に違いありマセン!)ひそひそ話をする魯鈍ガールズと視線を合わさないようにしてブースに入りマシタ!
インサイドから見るとスーサイダルな狭さで、在庫のバレーに二人の売り子がひしめいていマス! 一人はエクストリーム猫背のヤングマンで、リアルをゲイズする時間よりもスマートフォンの画面をゲイズする時間の方が明らかに上回っていマシタ! 聞けば、このヤングマンもサメンのブースを間借りして土人誌を販売しているとのことデス! オーッ、フェローシップ・オブ・ザ・コミケトー! ホワッツ・ユア・ネイム?
ミーの問いかけに、ヤングマンはコリア製のペドフィリアだかセクスフォビアだかいうスマートフォンから一秒も目を離さないまま、リプライしマシタ! そのボイスにはミュートとブラーがかかっており、ジャパン在住歴三十余年のミーにとって久しぶりにリスニング力を試される良いオポチュニティーとなったのデス! ヤングマンの名前はオットマン・ゲイリー、栄枯盛衰みたいな名前のマガズィーンに、ソワカ反吐みたいなタイトルのカートゥーンを連載しているとのことデス! ジャパンのコミック・アーティストの多さはルーモア、噂には聞いていマシタが、すでにこのシット狭いブースだけで漫画家占有率は50%を越えていマス! オーッ、まさに「狂うジャパン(ギーク・カルチャーを推進するガバメントの標語)」デスネ!
そしてもう一人はシャドーの薄いカレッジ・ステューデントで、ティピカル・ジャパニーズがオーフンするところのネックをチルトさせるだけのインギン・ブレイなおじぎでレスポンドしてくれマシタ! 苦虫をイートしたような顔でサメンが言うには、このカレッジ・ステューデントがリカとダコバの土人誌をエディット、編集したとのことデス! オーッ、アナタが――
漫画と小説の余白設定を勘違いし、文字密度の高い、極めて読みにくい紙面を作り上げた張本人なのか。生涯に一度とまで思い詰め、本業に影響を生じるほど睡眠時間を削った校正の一部を反映させないまま製本に出した張本人なのか。売れるほどに赤が膨らむ、採算度外視の同人誌を、家人に使途を明かせぬまま土下座して捻出した虎の子の金子による同人誌を、不満の残る形で世に出さざるを得ない状況を作った張本人なのか。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。一瞬、板垣恵介の格闘漫画の如く顔面の中央が陥没するほど右拳をねじこんでやりたい衝動にかられたが、そうしなかったのは単純に怒りを諦念が上回っただけのこと。私の人生に馴染み深い、消極的な惰性による問題の回避だった。
オオオップス! ステイツ・オブ・デプレッション・アゲイン! いまのは本当に危なかったデース! 気を取り直していつも通りチアフルにいきマショウ! ミーはエクストリーム愛想よくシャイシャイとハンドクラップしながら、「ヘイ、ボーイズ! ミーが来たからにはもうダイジョブヨー! 売って、売って、売りまくるネー!」とシャウトしマシタ! ハウエバー、返ってきたのはジャージャー・ビンクスを見るときの古参スターウォーズマニアと同じ中身の視線デシタ! ミーはたちまちマイセルフのフェイスがシリアスになるのを感じマシタ!
オーッ、アウェイ! すさまじいアウェイ感デース! ミーはヘルプを求めてサメンを見マシタが、「オイ、ボサット突ッ立ッテンジャネエヨ。狭イブースニデクノボーヲ入レテオクスペースハネエンダ」とアンチ・ソーシャルなピクチャーの土人誌が山積みされているテーブルへとミーを激しくプッシュしたのデス!
確かに、ミーに売り子の経験はありまセン! ハウエバー、ミーはガイシ(骸死)系企業にふきあれたリストラクチャリング・ストームを生来のチアフルネスのみで切り抜けたほどのガイなのデス! 売り子? プロバブリー、売女の親戚みたいなものに違いありまセン! ミーは肩幅に足を開くと、アスホールをワイドに構えマシタ! サア、ムカイ、どこからでもかかってきなサーイ! ミーの耳元では「帝王V!」の連呼が実際に聞こえるようデシタ!
バット、マイセルフのチークにキアイの平手を打ちつけながら顔を上げると、そこには生気の欠落した目をしたリビングデッドの群れが、内臓疾患を疑わせる土気色をした無表情で棒立ちにスタンドしていたのデス! そして、ケイオスそのものの見かけといでたちをしたギークスが、整然とした二列のキューでコスモスそのものを体現するかのように並んでいるのデス! サド性向を持つデブ専ホモのネクロフィリアならば、あるいは両手をクラップして大喜びするかもしれない光景デス! ハウエバー、いずれの性癖にも該当しないミーはそのとき、ベジタリアンが人食い族の村をヴィジットしたとき感じるだろうディープでマッシブなカルチャー・ギャップに、マイセルフのアスホールがきゅっとシュリンクするのを感じていたのデシタ……!!
To be continued…

MMGF!~見て、みごとなガテン系のファックよ!~(在庫駄駄余解消祈念C80漫遊記・中編)

前回までのあらすじ:亀頭と包皮を結ぶ紐状の生体組織で、別名を陰茎小帯と言う。ボブは敏感なその部分を嫌がるマギーの口元へあてがった。「ウッ、むグッ」、キッと一文字に結ばれたピンクの唇をボブのうらすじが強引に割って――
ミーがアスホールのイグジット(ロトン・ガールズにとってはエントランスでショウカ?lol)を引き締めると同時に、テーブル越しに立つ土気色をしたリビングデッドが、「なかいいですか?」と発話したのデス! ミーは一瞬、ソー・コンフューズド、何を尋ねられているのかわからず、ひどく混乱してしまいマシタ! 言語には文化的なギャップによって、シンプルなワードがまったく別の意味を持ってしまうケースがありマス! フォー・イグザンポー、例えばエクストリーム一般的な「持つ」という他動詞さえ、ジャパニーズとイングリッシュの間には違いがあるのデス! オブジェクトをラック、目的語を欠落させて自動詞的に用いた場合がソレに当たりマス! ジャパニーズで「持ってる」と表現すれば、それは運か才能を持っていることを意味しマス! オン・ジ・アザー・ハンド、一方イングリッシュで「ドゥー・ユー・ハブ?」と表現すれば、それはレリジャス、信仰の有無を訊いているのデス! 異国の地の、さらにコミケトーという異境では「なかいいですか?」という単純な問いかけにイエスと答えることが、実は肛門性愛へのアグリーメント、合意を表してしまう場合さえテイク・イントゥ・コンシダレーション、考慮に入れなくてはなりマセン! ミーのチークに緊張のあまり一筋のスウェット、汗が伝い落ちマス! 小売業のセラーがバイヤーにここまで追い詰められるなんて、ステイツでは考えられない事態デス!
「カスタマー・イズ・ゴッド」が持つ真の意味をミーがペインフルに体感していると、隣にスタンドしていたサメンが「ア、ドゾドゾー、遠慮ナク見テッテ下サーイ」と陽気に返答しマシタ! そのアブノーマルなまでのインギンさは先ほどまでミーにスクール・カーストの存在をリマインド・オブさせていたのと同一人物とは思われないほどデス! ギークス風にエクスプレスするなら、「コイツら、自在にインギン力を変化させやがる」デス!
サメンの言葉に応じて、眼前の土気色リビングデッドはゾンビらしからぬクイックネスで土人誌のパイルから一冊を取り上げると、しばしパラパラとコンテンツを確認しマシタ! アンドゼン、「ありがとうございました」 の言葉とともに、元のパイル上へ無造作に土人誌をスロー・バック、投げ戻したのデス!
エクストリームリー・ショックト、ミーはデルビッシュ有、この悪魔的な慣習にひどく衝撃を受けマシタ! ミーは土人誌のオーサー、作者がファンへダイレクトに販売を行うという手弁当感がコミケトーの魅力だと考えていたのデスガ、いまミーの眼前で生じたフェノメノン、現象にはミーが想像していたようなハートフルさは少しも含まれていませんデシタ! 作り手のすぐ目の前で作品を品定めした後、その購入を好きにリジェクトできるというシステムは、ミーが奈良のカントリー・サイドで日々エクスペリエンスしているジャパニーズのバーチュ、美徳とはほど遠いものデス! フォー・インスタンス、例えるならばストリートにスタンディングする売女に、「膣内(なか)いいですか?」とアスクした後、背後で休憩中のオットマンがコリアのセクスペリアへしきりとするフィンガー・ジェスチャーで公衆の面前にその膣口をクパチーノしてからやはり買春しないことを大声で宣言するような、人倫を外れた背徳の仕組みデス!
「他人のために最も怒れ」――ミーのファーザーは家訓としてそう言い続けてきマシタ! このときミーは、土人作家に与えられる侮辱に対して行き場の無い怒りを感じていたのデス! ところが義憤にかられるミーの隣でサメンはヘラヘラと愛想をふりまいていマス! ミドル・イーストではこのくらいのことは屈辱でも何でもないのかもしれマセン! 絶え間なく噴出するオイルに比べれば、しぼり出す妄想の価値など何ほどでも無いと思っているのかもしれマセン! イフ・ユー・ゴー・イントゥ・ゴー・オベイ・ゴー、郷に入っては郷に従え、ミーはとっさにジャパニーズ特有のベイグネスに満ちたスマイルを浮かべマシタ! その瞬間、これまでの三十余年で見てきたジャパニーズの曖昧な微笑みの裏にはサポージング、もしかしすると活火山のような憤怒があったのではないかと思い至って戦慄を覚えたのデス!
ミーのインサイドでうずまく葛藤をよそに、土人誌のパイルはその高さをデクリースさせてゆきマス! アット・ラスト、ついにリカの土人誌のラスト・イシュー、最後の一冊が売れマシタ! ワオーッ! ソールド・アウト、ソールド・アウトデース! ミーは病室で言を左右し続けたリカがファイナリー、「あの……わたしは10さつくらいって言ったんだけど……ダコバちゃんが……ぜったいだいじょうぶだからって……あの……500さつ……」と大粒の涙をポロポロと流して告白したのを思い出していマシタ!
「リカ、ダイジョーブ! ぜんぶミーにまかせるネー! ガイシ(骸死)系の営業部長の肩書きはダテじゃないヨー!」
ミーの空約束に泣き笑いでうなずいたリカの消え入りそうな表情! リカの墓前にようやくいい報告ができマース!
「オイ、ボサット突立ッテネエデ、ホンヲ追加シネエカ! マダ何箱モアルンダ! 早ク積マネエト、客ガ逃ゲチマウゼ!」
両手を突き上げてディライトネス、歓喜の中にいるミーの背中へ険しい声が飛びマシタ! サメンがカッターで切り裂いた大きな箱の中には、みっしりとリカの土人誌が詰め込まれていたのデス! ダヨネー! ミーの鼻段ボールが湿気を増し、一瞬のデプレッションがとばりのように心へ降りかけマシタガ、ミーは一流選手が強い自己暗示によって失敗をノーマルの状態としてとらえるメンタル・スイッチング技術を利用しマシタ! ダヨネー、ミーやリカみたいにネットでの声は大きいくせにリアルではチキンで何の知名度も無い連中の土人誌が、いきなり500冊も売れるワケないヨネー! 鼻段ボールは乾き、両のマナコは濡れ、ミーはたちまち平常心を取り戻していマシタ!

ソウソウ! ミーのコミケトー来訪は、本社へのジャパニーズ・カルチャーに関するレポートを兼ねていたのデス! 土人誌の販売はゲストとしての片手間に過ぎないのデシタ! ケアフリー、注意深く観察を重ねると土人誌がうず高く積まれたテーブルには大きなビニル袋が貼りつけられていマス! リビングデッドが支払った紙幣はゴミクズをダストビンへするときと同じ所作で次々に放り込まれていきマス! ステイツにいた頃ならその様子を見ても何も感じなかったデショウ! それはジャパン在住歴三十余年でなければ感じなかったようなかすかな違和感デシタ! サドンリー、突然ミーのインサイド・ブレイン、脳内にいる栗色の髪をした新聞記者の女性が寿司屋のカウンターでいきおいよく立ち上がり、「お金なのにもらって捨てる動作が汚らしいのよ!」とシャウトし、ミーの違和感はアイスメルティング、氷解しマシタ! こんなふうにマネーが扱われるのを見たのは釜ヶ崎のチンチロ賭場でコンビニ袋へ紙くずのように丸められた札が詰め込まれるのを見たとき以来デス!
「勝負が終わるまでァ、こんなナァ鼻ッ紙でもネェのサ」
ミーは勝ち頭の労務者が酒焼けした鼻を手のひらですすりながらボヤく場面をまざまざと思いだしていマシタ! ジャパンではアニメはシーズン毎に大量生産されマス! それは本当にサプライジングなクアンティティで生産され、この国ではアニメは湯水以下の価値でマーケットに供給され続けるのデス! ジャパニーズのブルーワーカーにとってアニメは日常の退屈をまぎらわすための、ハシシより安価で手軽なドラッグの一種なのデス! ジャパンの土人誌オーサーたちは無数のアニメからそのシーズンのヘゲモニー・アニメ(訳者註:ヘゲモニーとは覇権の意味だが、アニメを修飾する語としては不適切。誤字か?)がどれになるかをチョイスしマス! そのチョイス次第で土人誌の売上は一桁ほど変わってくるのデス! 土人誌オーサーたちにとって土人誌メイクは、釜ヶ崎の労務者と同じギャンブルなのかもしれマセン! だとすれば、売上の確定するコミケ三日目の終了時まではマネーを紙クズのように扱うのは至極当然と言えマース!
サドンリー、ミーは土人誌のプライス設定が五百円刻みであることをファインドしマシタ! ジャパンは生活必需品にまでタックスを課すことで有名なエコノミック・アニマル・ガバメントを有していマス! フォリナーにとっては、コンビニでスモール・チェンジを要求されるのは実にイリテイティング、イライラさせられる体験デス! 土人誌のコンサンプション・タックスはどこで課されるのデショウカ?
「ヘイ、サメン! 土人誌のタックスの仕組みはどうなっていマスカ? それともコミケはエアポートのようにデューティ・フリーなのデスカ?」
ミーが持ち前のボトムレス、底抜けな素朴さで尋ねると、とたんにサメンは満面の笑顔を浮かべマシタ! 次の瞬間、眉間で火花がスパークし、ミーの意識はダークネスへとフォールしていったのデス!
テン・ミニッツ・レイター、鼻に血のにじんだティッシュを挿し込み、すべての疑問をオブリビオン、忘却の彼方へと消し去ったミーの元気な青タン姿がそこにありマシタ!
疑問を封じるというのはブレイン・ウォッシュのファースト・ステップ、第一歩デス! ミーはいまや1984年のようなマナコで売り子ワークへ従事していマシタ!
「ヘイ、テメエニ客ガ来テルゼ」
苦虫を噛み潰したようなフェイスでサメンがミーに言いマス! まるで日雇い労働者にトイレ休憩さえやりたくない現場監督みたいデス! ロトン・ガールズの間へ身をねじこんでブースの外へ出ると、そこにはニット帽を目深にウェアした青年が思いつめた表情でスタンディングしていマシタ!
「小鳥猊下ですよね! ぼくです、ポロリです!」
フー・アー・ユー? バット、ザ・モーメント・ヒー・セッド、言うや否や、青年は抱きつかんばかりのディスタンスにまで間合いを詰めてきマシタ! ステイツやヨーロッパに在住する狩猟ピープルは他人と世界に対して深い猜疑心を抱いていマス! 初対面での過剰になれなれしいビヘイビアーはジャパニーズ特有で、それは基本的に他人と世界が自分に危害を加えないことを信頼する農耕ピープルのものデス! ミーはたちまち警戒心をマキシマム・レベルにインクリースさせマス!
エスペシャリー、特にミーの出身であるステイツでは、パブリック・プレイスでニット帽をかぶったりマスクをしたりするのは、心に後ろ暗い部分を持っていることの表明、変質者の証デス! 公然とニット帽をかぶりマスクをするのは、ステイツではマイケル・ジャクソンくらいしかいマセン!
「本当に感激です、猊下とお会いできて」
クネクネと両腕をもみしぼりながら熱狂に目を潤ませるポロリの様子は、インギンな語り口とあいまって、ノンケでも喰っちまう、決してヘテロではない感じを濃く醸しだしていマス! バット、セクシャルなテンデンシーだけではない、メンタルに潜むディズィーズを、ミーはこの青年のうちに見出していマシタ!
「オーッ、イグザクトリー、その通りヨー! ミーが小鳥猊下ネー!」
ミーは内面に生じたさざなみをハイドするスマイルを浮かべて大げさに青年の問いかけを肯定しマシタ! トゥ・テル・ザ・トゥルース、小鳥猊下はミーとリカとのユニット名なのでいささかアキュレイシー、正確さをラックした返答デシタガ、この種のメンタルヘルス青年はいったん思い込んだ情報を外部からコレクトされると途端にアプセット、逆上するという傾向がありマス! ミーは適当にあいづちをうつことで穏便にこの場を切り抜けることにしマシタ! バット、メンタルポロリはミーにアクセプトされたと思ったのか、とたんに饒舌に語り始めマシタ!
「猊下の文章すごい好きなんですけど、今回のMMGF!ですか、あれはぜんぜん感心しなかったな。なんか説明がくどくて、八十年代のラノベみたいで。もっともっと説明を減らさなくちゃ。物語なんだから」
同心円状のクレイジーを記号化した目で一方的にまくしたてながら、メンタルポロリはじりじりとミーとの間合いを詰めてきマシタ! それぞれの民族は、適正な文化的距離というものを持っていマス! どこまで接近されると不安感や不快感をいだくかというのは、イーチ・カルチャー、文化ごとに異なっているのデス! ジェネラリー・スピーキング、一般的に言って北米出身のミーは日本出身のメンタルポロリより近い位置までのアプローチをアラウ、許容できるはずデス! ハウエバー、メンタルポロリのアプローチはミーを不安にさせるほど近かったのデス!
不安感に耐えかねてミーがわずかに下がると、メンタルポロリはミーが下がった分だけ間合いを詰めてきマス! ミーは長大なコリダー、廊下をラテン民族に握手を求められた北欧民族が延々とリトリート、後退していくというあのジョークを思い出していマシタ! ファイナリー、気がつけばミーは壁ぎわへと追いつめられていマシタ! メンタルポロリはスティル、まだじりじりと間合いを詰めることをやめマセン!
「あ、でもこないだのオフレポはすごい面白かったです。ジュブナイルやるなら、あの文体で書けばいいのに。なんでああいうふうに書かないんですか」
内容のルードさを除けば穏やかな語り口デスガ、狂気と正気の間にあるのはア・シート・オブ・ペイパーだと言いマス! ミーのアスホールが恐怖にきゅっとシュリンクしマシタ! 北米出身のビッグなミーが、日本出身のスモールゲイ(訳者註:ガイの誤字か?)に追いつめられ、いまや貞操の危機さえ感じているのデス!
「あの、小鳥猊下でいらっしゃいますか?」
ミーの危機をレスキューしたのは、やはりインギンな口調の声かけデシタ! 中肉中背でグラッスィーズをウェアしたその男は、ティピカルなジャパニーズビジネスマンといった様子デス! カンパニーにエンプロイされているという事実は一定のサニティを保証しマス! ミーは不自然にならないよう注意しながらメンタルポロリをかわして、ビジネスマンにシェイクハンドの右手を差し出しマシタ!
「オー、イエス! アイアムゲイカコトリ、ネー! ウェルカム・トゥ・マイブース!」
ジャパン在住暦三十余年のミーはフルーエントなイングリッシュでリプライしながらネームカードを取り出しマス!
「わ、わたくし、キムラと申します。えっと、あの、そ、そうだったんですか」
アルファベットの並んだネームカードとミーの鼻段ボールへ交互に視線をやりながら、キムラはあきらかな挙動不審のステイトに陥っていきマシタ! 知ってマス、これ知ってマース! ジャパニーズに特有のフォリナー、外人に対するこのレスポンスは実は珍しいことではありマセン! ワールド・ウォー・トゥーで連合軍へノー・パーフェクト・スキン、完膚なきまでにたたきのめされてからこちら、ジャパンは深刻なフォリナー・フォビア、ガイジン恐怖症に罹患しているのデス! エンド・オブ・ウォーからモアザン半世紀、ノウ、時間が経過すればするほどオールモスト遺伝的な情報としてジャパニーズのインサイドにフォリナー・フォビアは書き込まれていっているようデス! そのモスト典型的な症状が、いまのキムラが見せている状態デス! ゴールデン・ヘアー・グリーン・アイのイングリッシュ・ユーザーであるミーに、理由もなくあからさまな気後れを表していマス! もはやこれは高所やコックローチへの恐怖にも似て、本能のレベルにまで昇華されていると言っても過言ではないデショウ! アンド、ジャパニーズのこのフォビアはジャパンに学歴も能力も低いフォリナーがライク・モス、蛾のように集まってくる理由にもなっていマス! なぜって、マザー・タン、母国語の読み書きができるだけで現人神のように崇められ、本国で従事する単純労働よりはるかにましなペイメントが期待できるカラデス! ジャパンは実のところ、不良ガイジンの格好のプール、溜まり場になっていマス! ジャパニーズだけがそれに気づいていマセン! オフ・コース、ミーはエグゼクティブなので違いますヨー!
「ヘーイ、キムラ! ウェイク・アップ! ソレはジョーク名刺ネー!」
フォリナー・フォビアに思考を奪われた状態になっているキムラの目の前でミーは親指と人差し指を数回スナップさせマシタ! イン・ファクト、キムラに渡したネームカードはジャパンの商習慣にあわせたカムフラージュ、記載された情報はすべてデタラメなものデス! ステイツ生まれでパリ育ちのミーは、コミケトーのような反社会的プレイスでマイセルフのプライベート・インフォメーションを開示するほどピース・ボケしてはいないのデス! 路上でチュニジアンに話しかけられてもインギンな返答をしながらも決して足は止めないといったような生得の警戒心、ワールドへのディープな猜疑心を処世のネセシティ、必須として持ちあわせているのデス!
ハウエバー、ミーのような毛唐ピープルに特有のディフェンシブなスマイルも、ベーシカリー異質の存在しないジャパニーズ・カルチャーで生育してきたキムラにとって、緊張をメルトさせるに充分なものだったようデス! キムラはオールレディ、すでにリカの土人誌を購入しており、ミーは会話の糸口として感想を尋ねることにしマシタ! ミーはそれをすぐに後悔することになりマス! なぜなら――
木村裕之は私の問いかけに対して、購入したばかりなのでまだ読んでいないと答えたからだ。今回の同人誌はネットで大部分を先行して公開し、その完結編を収録するという手順を経ている。初めての同人誌販売であるから、少しでも売上を伸ばしたいという苦肉の策だ。その旨を伝え、さらに木村裕之に問い詰めると、わざとらしくページを繰りながら「え」とか「あ」とか母音を繰り返すだけの状態になった。夏のコミケを目指して一月から更新を行なっていたから、木村裕之は少なくとも半年は私のホームページを閲覧していない計算になる。十年来のファンと称し、わざわざコミケのブースに足を運ぼうと思う人間でさえ、こうなのだ。最も熱心なファン層でさえ、この程度の執着なのだ。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。私は自分の気持ちが急速に冷えていくのを感じていた。いつまで経っても商業に回収されない最古参のテキストサイト運営者が、完全な持ち出しで苦手分野に媚びた同人誌を作成したところで、彼が望む深さの受け手は世界中のどこにもいないのだ――
オオオオオップス! ワーニング、ワーニング! 我、まさにフォール・イントゥ・デプレッションせんとス! コミケトーはフル・オブ・トラップ、罠がいっぱいデス!
「ヘーイ、ポロリー、キムラハヒドイヤツネー! ナントカ言ッテヤッテヨー!」
深刻なアンガーをジョークにまぎらわせようとして話をふると、ミーとキムラのチアフル・トークの横でメンタルポロリはそわそわと、あからさまに挙動不審のステイトに陥っていマシタ!
「ヘーイ、ポロリサーン、ドウシタノ? 顔色悪イヨ?」
ミーのジェントルな声かけにメンタルポロリはビクリと肩を震わせると、深夜の空き地でのレイプ未遂を通行人にファインドされたような顔をしマシタ! 「じ、じゃあ、ボクはこのへんで」と小声の早口で言い、さっきまでの執拗なインファイトぶりはどこへやら、アウトボクサーのステップで会場の人ごみへまぎれ去っていこうとしマス!
ホワット・ア・カワード! これはジャパニーズに特有の神経症、タイジン・キョウフショウ・シンプトムの表れデショウカ! ミーは持ち前のヒロイック、英雄的な気質を前面にプッシュして、メンタルポロリを引き止めると、ふたりにセルフ・イントロデュースをうながしマシタ!
「ヘイ、ポロリ、キムラ! キムラ、ポロリ!」
ミーのジェネラスなスマイルにうながされて、ふたりはようやく鏡あわせのように後頭部へ手をやりながら互いに会釈をしマシタ! 人間関係こそが仕事にとって最大のキャピタル、資本であることをモットーとするミーはその様子にグラティフィケーション、強い満足感を得ていマシタ! バット、このときのディシィジョン、決断をミーは後になって死ぬほどにレグレット、後悔することになるのデス! なぜなら――
後日、仲介者である私を抜きにして、この二人が急速に親交を深める様をツイッター上で発見することになるからだ。二人で飲みに行き、すっかり意気投合したらしい。おまけに、互いのビジネスにとって互いが有益な関係であることを確認したようだ。もちろんコミケ後、この二人から私への音信は全く途絶えていた。私はそのやりとりを半ば呆然と眺めながら、分厚いガラス越しにヒロインが悪漢にレイプされるのを見せつけられている主人公のような気持ちになった。エッフェル塔を見ながらのファック・シルブプレにチュニジア人が乱入し、下半身を露出した私を差し置いてアルジェリア人とよろしく始めてしまったのを指をくわえて眺めるような感じ。正に、慟哭ゲーである。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが――
ウオァァァァァッ! レポートのくせにクロノロジカル・オーダー、時系列がめちゃくちゃデス! そんな未来のことを現在のミーが知る由もありマセン! イフ知っていたらいま気弱げに会釈を交わすふたりの後頭部をわしづかみにして二つの頭が一つになるほど打ちつけた後、持ち前の体格を利用した地獄レスリングで金輪際アリアケでコミケトーが開催できなくなるほどの陰惨な流血ショーを演じたに違いありマセンカラ!
ふたりが作成したという土人ソフト(訳者註:softの表記。土人誌の一種か)をスーベニア、みやげに受け取りながら、このときのミーの胸中はブッディズムのハイプリーストほどかくやというほどに穏やかデシタ!
グリーティングを済ませた後も二人はサプライジングリー寡弁で、ミーの提供するトピックが少しもデベロップしマセン! これはさらなるアイスブレイキングが必要デス! インファントとさえ小一時間はカンバセーションを継続できるコミュニケーション力を使って、ミーは場をウォームしていきマス! 人と人との間に通底するのは不信だと考えているミーのようなフォリナーが、人と人との間に通底するのは信頼だと考えているジャパニーズより、こういった際のスキルに長けているのは実に示唆的デスネ!
グラデュアリー、次第に緊張がほどけると、二人ともミーのことを絶賛しはじめマシタ! アンド、どちらがより多く小鳥猊下を褒め称えることができるかのコンテストの如き様相を場は呈していきマス! 知らぬがブッダ、やがて訪れる未来を未だ知らない愚かなミーは、まんざらでもないとスモール・ノーズ、小鼻を膨らませて悦に入っていたのデス!
二人に関する断片化したインフォメーションをミーの高機能ブレインでデフラグしたところ、ポロリは年齢制限の必要なダウンロード専売ゲームのシナリオを、キムラはソーシャル・ゲーム(奇妙なネーミングデス! ソーシャル・ウィンドウ?lol)の製作をプロフェッション、生業にしているとのことデス! オーッ、これはリカを売り込むチャンスデース! キムラサーン、ポロリサーン、ユーたちがスロートからハンドが出るほど欲しがっている人材をミーは知っているネー!
「え、いや、それはちょっと」
先ほどまでの調子のいいほめ殺しぶりはどこへやら、キムラはとたんに口ごもりマシタ! アンドゼン、メンタルポロリが目深にかぶったニット帽の下からジットリとミーを見上げながら、唇の端を歪めて言いマシタ!
「いや、そこはほら、わかりましょうよ。キムラさん、困ってるじゃないですか。仕事なんだから、やっぱり実績が無い人にはお願いしにくいですよ」
アウッ、ポロリのインギンな低姿勢はオール子羊のパフォーマンスだったのデス! その表情には、既得権を持つ者の優越が隠しようもなくにじんでいマシタ! 先ほどまでのぎくしゃくとした関係はどこへやら、キムラとポロリは互いに顔を見あわせてニヤリと、長年の共犯者のスマイルを笑ったのデス!
オーッ、ジャパニーズ・コマーシャル・カスタム、日本の商習慣は文筆のようなエリアにまで及んでいたのデス! ミーはデザインのフィールドに関わるガイシ(骸死)系企業にいマスガ、過去の実績の有無がデザイナーの採用に最も大きく影響を与える日本の商習慣がリセッション、不況によりエンフォースされて新人の食いこむ隙間が無くなっているのデス! 実績によるリスクの回避というエントリー・バリアー、参入障壁がデザイナーの平均年齢を高齢化させた結果、既得権の維持がいまや業界そのもののシュリンクへとつながっていマス! シリアスな不況による相対的な発注量のリダクションが、最もクリエイティブの必要とされるはずのフィールドでカンパニーとそのデザイナーたちにビューロクラティック、官僚的なふるまいをさせている状況に、営業担当のミーはいささかの滑稽さを感じていたところデシタ!
アンドゼン、高い識字率を誇るジャパンにおいては同じ理由がファー・レス・クリエイティブな文筆産業に従事する者たちにさえ、アンコンシャス、無意識のうちに官僚的なアグリー・スマイルを浮かべさせているのデス! 高度成長のみを前提にしてきた日本経済の歪みを目の当たりにし、そのダーク・アビス、薄暗い深淵にミーは心底からスケアード、ゾッとさせられたのデシタ!
ミーはサドンリー、突然ふたりにフェアウェルを告げなければならない気分になりマシタ! オフ・コース、ブース越しにミーたちへ向けられるサメンの視線が中東でテラーのプランニングをしていたときのように険しくなり始めたこととは全く関係がありマセン! ミーに対する先ほどまでの陰湿な共謀ぶりはどこへやら、ミーとのカンバセーションが終わってしまうことを二人はひどく残念がりマシタ! ポロリが熱に浮かされたように言いマス!
「ボク、実家が関西なんです。猊下も関西に住んでらっしゃるんですよね。年内は仕事で難しいですけど、年明けに帰省する予定なんで、そのときは必ず連絡します!」
「オーッ、モチロンネー! マタ会エルノヲ楽シミニシテルヨー!」
イメディエットリー、即座にミーはその申し出を快諾しマシタ! ネット上では気難しいキャラ作りデスガ、その様をフィクショナル・ダイアリー、虚構日記と称しているのだからリアルのミーが話し好きで気さくなパーソナリティであることは容易に推測できるデショウ! このとき、ミーは求められる快楽にすっかり上機嫌デシタ! ビコーズ、この段階では桜が散り始める時期になってもアポイントどころか連絡のひとつも無いなんて思いもよらなかったカラデス!
ポロリに負けじと、リーマンヘアーのキムラが新人研修で秋葉原の通行人に自己紹介をしていたときのようなシャウトをしマス!
「必ず感想書きますから! 必ず!」
この男、失地を挽回しようと必死デース! コミケトー終了からワン・ウィーク・アフター、サラリーマンらしいデッドラインへの誠実さでキムラはリカの土人誌の感想を送ってきマシタ! この男のビジネスが成功することをミーは確信していマス! リーセントリー、ツイッターをななめ読みするに、最近のキムラはシェアハウスとやらにハマッているようデス! 独身のヤングマンが集まり、地縁的つながりのロストしたアーバンシティで新たなコミュニティをクリエイトする試みデス! ハウエバー、それを読んだとき、ミーのヘッドにはクエスチョンマークが乱舞しマシタ! 婚姻と育児を前提とせずにそれは持続的なコミュニティと呼べるのデショウカ? 宗教を前提としないコミュニティにはジャパン在住歴三十余年でようやく慣れたつもりデシタガ、あいかわらずジャパニーズ・カルチャーは世界の最先端を独走していマスネ!
ブースに戻ったミーがシット暑いブースで土人誌をリビングデッドに手渡すライン工に再び従事していると「オイ、マタオマエニ客ダ」、サメンが実に苦々しげな表情を浮かべて、ブースの外へ出るようミーをアゴで促しマシタ! ゲストとして来場したはずなのにサメンはミーのことを時間給のレイバー、労働者としてとらえ始めているようデス! ミーをブースの外へやることで時間あたりの労働対価がインクリースすると本気で考えているキャピタリスト、資本家のように見えマシタ!
ミーは生来のオプティミストなので先ほどの憂鬱な自称ファンどもとのやりとりはオールレディ意識のアウトサイドにあり、オールモストうきうきとした気持ちデシタ! ガイシ(骸死)系企業の営業部長であるミーは、人と会って話をすることがスリー・ミールズ・ア・デイ、三度の飯より大好きなのデス! イン・アディション、リカのファンには女性が多いと聞いていマシタ! 野郎が二回も続いたのデス! スタティスティクス、統計的に判断して、今度こそ女性に違いありマセン!
シュア・イナフ、まるで白魚で作った魚肉ソーセージのような指にリカの土人誌を抱えて立っていたのは、はたしてジャパン・ギークスの完全なる中央値で形成されたティピカルなおたく野郎デシタ! シィット、アゲイン! ミーは心の底からのディスアポイントメントを完全にシール、秘し隠して「アー、ヨク来テクレマシタネー、アリガトー、スゴイウレシイナー、ヨロシクネー」と張りのあるバリトンボイスで歓待しマシタ!
「いやー、これは思いつかなかったなー。すごいデブの中年おたくか、すごい引きこもりのウラナリか、すごい深窓の美少女かのどれかとは思ってたけど、こんな人を殴りそうなタイプだとは夢にも思わなかったなー」
視聴中のアニメをタイムラインで実況するときのような、出すべきではない心の声をあらわにしてそのギークは自己完結的に発話しマシタ! エスペシャリー、美少女の下りでは言いながら自分の言葉に失笑しやがったのデス! ミーは表面上、あくまでポライトネスをキープしましたが、こめかみには血管のクロスが青く浮かんでいたはずデス!
「あ、いや、わたしですか。ゴトウと申します。いやー、それにしてもほんと意外だったなー、これは」
そう、このギークスのティピカル中央値こそあの、独身おたくの自虐ネタで一世を風靡し、いまや数千万のアクセス数を叩きだす有名人気ホームページの管理人なのデス! ミーはシェイクハンドのために右手を差し出しながら、「十年前、ホームページを開設したばかりのユーからリンクの依頼をされたことをリメンバーしてマス! あれをアクセプトしなかったのは、ミーのネット人生の中でも最大のリグレットのひとつネー!」 努めて陽気な社交辞令として発話したつもりデシタ! しかし――
いったん口にすると改めて自分がそのことをひどく後悔している事実に気付かされてしまった。聞けば、ゴトウ氏はパソコン関連の商業誌に愉快なおたく4コマ漫画を連載しており、近々単行本化される見込みだと言う。それに引き換え、我が身がひねり出す文章は未だに一文にもならない、誰からも顧みられない、ネット上のアーカイブにのみしんしんと蓄積されていくクラップに過ぎないのだ。
あのとき、この男と相互リンクの関係を築いておきさえすれば、こんな惨めな現在ではなかったかもしれないのに! 深刻な後悔が後から後からやってきて、私のひざがしらをふるわせた。
「いやー、あの頃のテキストサイトの管理人たち、みんな有名になっちゃいましたからねー。☓☓☓さんとか、○○○さんとか……」
そう、一見は平等な参加を約束しておきながら、本当に才覚のある者たちはネットの外から見出され、あるいは自分の力でテキストサイトという過渡期的なカテゴリを離れていった。
この十年というもの、私は現実での立場を作るために時間を使いすぎた。小鳥猊下という名前のもう一人の私は、日々の生活の中でより重要ではない一隅へ追いやられ、その存在を希薄化していった。
自分のことを「透明な存在」と評したのは、いったい誰だったろう。いま、小鳥猊下としてここに立っている私は、本当に何者でもない、透明な存在だった。
「いやー、ぼくなんか全然っすよ。△△△さんとか覚えてます? あの人、もう成功しすぎちゃって……」
どの業界でも、成功者ほど腰が低い。ゴトウ氏が低姿勢でへりくだればへりくだるほど、傲慢を売りにしてきた私は結局のところ、自分の非才を認められないがゆえにそうしてきたことへ気づかされる。私はネットに出自を持つ偉大な成功者の一人を前にして、恥ずかしさに耳朶が染まるのを感じた。
「でも、本当に書いてないんですか? どこにも?」
商業誌など、金銭の発生する場で文章を発表しているかどうかという意味の問いだろう。もちろん、書いていない。もし書いていれば、コミケで持ち出しの同人誌を販売などするはずがない。本当に他意なく、不思議そうに聞いてくるその様子がかえってグサリと胸に刺さった。私は視線をそらしながら、口元をひきつらせて「書いてません」とだけ答えた。声がかすれないようにするのに必死だった。耳に届いた自分の言葉が、自分の心を切り裂く音を確かに聞いた。
「いやー、信じられないなー。本当かなー」
腕組みをしながら、愛嬌のあるいたずらっぽい視線で見つめてくる。悪意はないのだろう。しかしいまや私は動揺を見透かされないよう、わずかに首を横へ振るのが精一杯だった。
ゴトウ氏と私の間に横たわっている目に見えない何か。これが、これこそが、格なのだ。十年経っても数十万ヒットそこそこのサイトと、数千万ヒットを軽々と越えていくサイトの違いなのだ。一流ホームページと二流ホームページの違いなのだ。誰が見ても明らかな、圧倒的ヒエラルキーなのだ。
ずたずたの自尊心は、私に思わぬ言葉を口走らせた。
「あの、百万ヒットを達成したら、サイトを閉鎖しようと思ってます」
この瞬間ゴトウ氏の顔に浮かんだ、困惑と嘲笑と憐憫が入り混じった表情を私は一生忘れないだろう。きちがいを見る視線と、あざけりに半笑いの口元を、とまどいが結びつけた表情だった。
「はあ? いまは2011年ですよ? まだアクセス数とか言ってんですか?」
それは童貞を捨てた者が、童貞にコンプレックスを抱く誰かにかける言葉と似た響きを持っていた。手に入れば、価値を無くしてしまう何か。そして、それを焦げるように求める誰かがいることへの想像力は永久に失われる。
私はもう恥ずかしさに死にそうになって、ゴトウ氏から自分の同人誌を取り上げて、有明の海へ投げ捨ててしまいたいような気持ちに駆られた。ただ、表紙に描かれたイラストがそれを止めた。自分を貶めるのはいい。だが、このイラストを描いてくれた人を貶めてはいけない。
それが、私にかろうじて矜持を保たせた。
そこからどうやってブースに戻ったのかはよく覚えていない。
何度も出入りしてんじゃねえよ。ブースに戻る際、フリルのついた服を着た三十がらみの女性たちが嫌悪に満ちた視線を私へ投げたのはわかった。
「おう、遅かったじゃねえか」
中東出身の――いや、この男は服装こそ少々奇抜だが、ただ彫りの深いだけで外人ではない。猫背の青年と眼鏡をかけた大学生がちらりとこちらを見る。特に何の感情も伴っていない視線だった。コミケが終わりさえすれば二度と会うこともない人物に、どんな気持ちも抱きようがない。たとえば、旅先の電車で隣に座った誰か。人の中にいるがゆえのあの孤独が、胸へ迫る。私は曖昧に微笑むと二人に、 「売り子、かわりますよ」と言ってテーブルの前に立った。
「なかいいですか」「ええ、どうぞ」――それにしても暑い。
単調なやりとりを繰り返すうち、昔なじんだあの感覚が身内に戻ってくるのがわかった。背後から、もうひとりの私が私を見下ろしている感じ。機械のように日常のルーチンを繰り返すうち、自分という主体が消えてなくなる、あの感じ。
頭皮から伝い落ちた汗が、鼻に貼りつけた段ボールへ浸潤していく。頭の芯がぼうっとして、天と地の場所ももうわからないのに、釣り銭をわたす作業が少しも滞らないのを不思議な気持ちで眺めた。
周囲で歓声が上がり、拍手の音が鳴り響く。その騒ぎで、私はようやく我に帰った。どうやら終了の時間が来たらしい。待ち構えていたかのように会場に小さなトラックが入って来、椅子と長机を積み込んでいく。
はやくも祭りの後の寂しさが漂いはじめ、鼻の奥がつんとする。
ああ、まただ。いまを楽しむということを拒否し続けてきた私は、終わりの瞬間にいつもそれを後悔する。楽しむことで、愛することでより大きくなる喪失が怖いのだ。
こうして、私のコミケ初参加は幕を閉じた。
鼻腔をくすぐる風に塩気を感じるのは、海が近いせいか。縁石に腰掛け、来場者たちが三々五々、帰路につく様子を眺める。同人誌のたくさん詰まった荷物を手に、彼らの表情からは幸福感と満足感が伝わってくる。
結局のところ、私はあちら側の人間でもこちら側の人間でもないのだ。残ったのは疲労感と、在庫の山。私は両手に顔をうずめた。家人にどう借金の言い訳をしよう。私の心には、明日から再びはじまる終わりのない日常がすでに忍びよっていた。
「ここにいたのかよ」
彫りの深い男が座っている私に声をかけた。
「知り合いの編集にもおまえのホン、何冊かさばいといたぜ。まあ、ヤツら、読みゃしねえんだがな」
言いながら、豪放に笑う。やめてくれ。鼻に貼りつけた段ボールは汗と湿気を含んで変色し重くなり、セロテープは端から剥がれ始めている。
返事もしないまま力なくうつむく私に、男はあきれたふうだ。
「なんだ、在庫のこと気にしてんのかよ。ハハ、尻に敷かれてやがんな。俺も人のことは言えねえがよ」
ペットボトルを傾けながらの優しい軽口。もう、やめてくれ。私にそんな価値は無いんだ。
「心配すんな。俺たちのコミケはまだ終わっちゃいないぜ。あれを見ろよ」
私はのろのろと顔を上げる。そのとき、一陣の海風が強く吹き、濡れた鼻段ボールを一瞬のうちに乾かした。そこには果たして――
グルーサム、陰惨な風貌の男たちが五人、ロード・オブ・ザ・リングに登場するナズグルのようなたたずまいで路上にギャザリング、蝟集していマシタ!
「オレノ知リ合イノエロ漫画家連中ダヨ。コノ後、コミケノ“打チ上ゲ”ニ“ヤカタブネ”デナイトクルージングッテ趣向ダ」
打チ上ゲ? 割礼済みの下半身をエクスポーズしながらロケット状のサムシングに縛られたミーの周囲を、黒い肌をした土人がファイヤーダンスで取り巻くビジュアルが一瞬脳裏をよぎりマシタ! コミケトーの終了後に行われるセレモニーの一種らしいことは理解できマシタガ、それにしても、ヤカタブゥネとは何デショウカ? ジャパンにおいてヤカタとは血縁関係で結ばれた集団のリーダーを表していマス! そしてブゥネとはオフコース、あの大悪魔にして地獄の軍団を率いるデューク、ソロモンの魔神の一柱を示しているのに違いありマセン!
「イッタン乗セチマエバ、二時間ハ逃ゲラレネエ。アトハオマエノウデ次第ジャネエカ。サバイチマエヨ……在庫ヲ……アイツラニナ……!!」
中東出身のサメンの顔には、偃月刀を片手に洞窟で仲間とテラーの計画を練っていたときにそうだったろうと思わせる、歯を剥き出しにした凄絶な笑みが浮かんでいマシタ! ファウストを誘惑するメフィストフェレスが如く、ミーが破滅を宣言するのを待っているかのようデス! エターニティとイコールのサイレンスが流れ、ミーはスローリー、ゆっくりと、それがディステニーだったかのようにサメンへうなづき返しマシタ!
「ソウ来ルト思ッタゼ。売リ子ダケヤッテ、トットト帰ロウナンテタマジャネエッテナ! ココカラガ本当ノコミケッテワケダ!」
夏の夕空に響き渡るサメンの哄笑を聞きながら、ミーは武者震いにマイセルフのアスホールがきゅっとシュリンクする音を確かに聞いたのデシタ……!!
To be continued…

MMGF!!(0)

 プロローグ
 思えば、世界に倦んでいたのではなく、未知に倦んでいたのだろう。
 過去を語る老人は、未だ成さざる者にとって、白紙の課題と同義だった。
 達成される前には重荷で、達成されれば無と同じになる、人生という名の課題。
 はたして、この世界を美しいと思い、愛せる瞬間など本当に訪れるのだろうか。
 その人は、ぼくの諦念へやってきたのだ。
 端正な横顔は少年のようでもあり、少女のようでもある。
 黄金色のくせ毛は、陽光に輝く秋の麦畑のように豊かで、
 ほそく通った鼻筋は、冬に冠雪した尾根のように冷厳で、
 春の若芽のように柔らかな唇は、触れるものを溶かすほどに甘い。
 夏の陽射しを思わせて燃える瞳がうつす表情は、
 ときに賢者の白髪のように老獪で、
 赤子のうぶ毛のようにあどけなく、
 そして、あらゆる光を絶望させるほどに、その深淵には底が無い。
 憧憬を得た者だけが、我が苦しみを知る。
 ぼくの苦しみを、他のだれが理解しよう。
 未だ憧れの熱狂も醒めぬこの身で、かつて魂すら捧げた崇拝を砕かねばならぬ、我が苦しみを。耳朶に残る熱さは、あの人が触れたせいか、憧れが燃え残るせいか。
 鈴のような忍び笑い。虚ろな心に反響して、虜にする。
 では、こうしようか――
 時が経巡り、経巡った時が循環の果てにお前の掌へと還ったその日、
 もし世界が醜いままで、可愛いお前の憎悪にしか値しないとすれば、
 そのときは、乱暴な子どもへ与える玩具のように、この身をお前の恣にさせよう。
 時が経巡り、経巡った時が循環の果てにお前の掌へと還ったその日、
 もし世界が美しく優しさに満ち、お前の愛を捧げるに足るとすれば、
 そのときは、最良の主人を持つ奴隷の幸福の如く、お前の生命を私に捧げるのだ。
 では、手始めに――
 この世界すべての栄華と叡智を順に、お前の卓へ饗することにしよう。

MMGF!~もう時効だろ?滅法愚劣なフッカーめ!~(在庫駄駄余解消断念C80漫遊記・後編)

前回までのあらすじ:同人誌ゎ売れなかった……こわぃ家人がまってる……でも……もぅっかれちゃった……でも……ぁきらめるのゎょくなぃって……パィソンゎ……ぉもって……ゃかたぶねで……がんばる……でも……原価……われて……ィタィょ……ゴメン……200冊もぁまった……でも……パィソンとサメンゎ……ズッ友だょ……!!
夕闇にリングレイスと映ったものは、ギャザーするロトン・ガールズの見間違いデシタ! ソー・コールド戦利品をロードにブチまけてエンジョイしているところを「通行の邪魔になりますからー」とガードマンに追い払われていマシタ! アヌス・スキピオ・魯鈍・ガールズどもめ、ルック・アット・ザマ、ざまを見ろデス!
アンド、サプラーイズ! バック・ドアー・チケットのプロバイドを渋ったサメンが、ミーにホテル・ルームをプリペアーしていたことをコンフェス、告白してきマシタ!
「ジツハヨウ、オマエノ名前デ、ホテルノ部屋ヲ用意シテルンダ。ヤカタブネノ出航マデマダ時間ガアル。少シソコデ休憩シヨウゼ」
ミーが感激のあまりサメンにハグしようとすると「ヨセヤイ、男ト抱キアウ趣味ハネーゼ。モチロン、払イハ全部オマエダカラヨ」と鼻の頭をかきながら頬を染めて言いマシタ! ホワット・ア・ツンデレ・イラキ・パーソン・ヒー・イズ! そのプリティな仕草にミーはキュン死しそうになりマシタガ、ロトン・ガールズが付近に潜んでいるポシビリティをビッグサイト周辺ではオールウェイズ疑っておく必要がありマス! ミーは努めてビューロクラティックに「サンキュー・フォー・ユア・カインドネス」と述べるにとどめマシタ!
ホテルにアライブ・アットし、サメンと二人でラブラブ・ファッキン・チェッキンを済ませてルーム・ドアーをオープンすると、突如ノーウェア、どこからともなくアピアーした異臭(isyuu)を放つギークスどもが土人誌のイシュー(issue)を抱えて室内に続々と蝟集(isyuu)し、フロアーへダイレクトにシット(shit)しはじめたのデス! こましなスイートだったミーのホテル・ルームは、たちまちガレー船のボトムのようになりマシタ!
驚きと臭気にゴールデンフィッシュの如くマウスをパクパクさせるミーに向かってサメンは、「コイツラハ、今日ノ打チ上ゲノ参加者タチダ。悪イガ、シバラク居サセテヤッテクレ。ソレジャ、俺ハシャワーヲアビテクルゼ」とワン・ウェイに言い残して去っていきマシタ! オフコース、ミーはこのギークスどもとノーバディ面識がありマセン! オーッ、サメンサーン、それジャパニーズ・コメディアンが言うところのムチャ振りネー!
ミーは借りてきたキャットのようにベッドの端にそっと腰掛けると、うつむいたままワンハンドレッド・エイトあるフェイバリット遊戯のうちのひとつ、手の皺カウントを始めマシタ! サドンリー、突然ワンノブゼム、ギークスどものひとりが「あー、あちーな」とアター、発話しマシタ! ボスのフェイス・カラーをうかがうアビリティのみで社内ポリティクスを泳ぎきり、あの壮絶なリストラクチャリング・ウェイブを乗り切ったミーは、そのフォー・レター・ワーズ(イッツ・ホット・イズント・イット?)から、ギークスどもがドリンクを婉曲的に所望しているアトモスフィアーを察知したのデス! ミーはバックヘッド、後頭部へライト・ハンドを当てることで敵意の無さをインディケイトしながら、「オー、それじゃ、ミーがドリンクを買ってくるネー!」とベッグされてもいないのに勢い良くアピールしマシタ! それもこれも、エクストラ土人誌ズをソールド・アウトにリードするためデス! 営業のベースはプライドをダストビンにスロー・アウェイするところから始まると教わりマシタ!
ゼン、そのうちのエクストリーム・ギーク・ルッキングをしたベガー(後にシャアウフプとターンアウトする男デス!)が「なんや、案外ホームページよりは腰が低いやないか」とツイーティングしたのを、ミーはオーバーヒアーしませんデシタ!
段ボール製のつけ鼻を貼りつけたセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。十数年来の人間関係がすでに出来上がった面々の中にひとり部外者として座っている事実に、喉元へ孤独感が痛いほどこみあげた。続けて、エロ同人を制作しているぐらいの情報しかない連中を一切紹介することなく、いきなりの放置プレイへ至ったことに対して、憤りにも近い感情が芽生えた。先ほどのつぶやきから察するに、このうちの一人はどうやら私の運営しているホームページの正体を知っているようだ。だが、連中全員が私を誰と認識しているのかは、わからない。本当は、話題に入れない気まずさ、嘲りを含んだ値踏みの視線から一時でも逃れるために、私は飲み物を買いに出ることを志願したのだ――
ドント・レット・ミー・ダウン! ノーバディ・エバー・ディスレスペクト・ミー・ライク・ユー、デース! ドント・リック・ミー、ミーをナメんなデース!
ベッドから腰を浮かせたミーは、親指と人差し指をすりあわせるジェスチャーでギークス・アズ・ベガーどもへドリンクを購入するためのマネーを要求しマシタ! バット、連中はミーをイグノア―しながら「おれ、晴海時代からコミケ参加してるからさー」などと内輪のトピックで盛り上がってやがりマス! カインド・オブ・敗北感を味わいながらルームを出ようとすると、アット・ザ・セイム・タイム、ベガーどもは異口異音にそれぞれが所望するドリンクの銘柄をミーに告げマシタ! さっきまではアイコンタクトさえなかった連中がナウ、ミーを見てニヤニヤ笑っていマス! 知ってマス、これ知ってマース! 自分のマネーでドリンクを買いに行かされたあげく、銘柄がひとつでも間違っていたらナックルでボコられるやつデース! スクール・カーストの頂点のオポジットに君臨していたミーには、この手のブリイングの手法はワン・ハンドレッドも承知なのデース! ミーを苛烈な受験ウォーズにウィンさせた膨大な暗記力をナメてもらっては困りマース! オーケー、ミーにまかせておいてヨー!
「ダイエット・コーク、十六茶、午後の紅茶、ミネラル・ウォーター」などと小声で繰り返しながらエレベーターの中を小走りにローリングしていると、後から入ってきた一般ピープルがぶしつけにミーをルック・アットしてきマシタ! 闘拳コミックを愛好していた頃の激しいゲイズでにらみ返すと、たちまち目をそらして見なかったふりデス! ホワット・ア・カワード! ミーの胸中をたちまちプライドが満たしマシタ! スクール・カーストはブリーするサイドとブリーされるサイドに分かれマス! ニーザ―・サイド、そのどちらにも加担しない、ある意味もっともクルーエルなヘラヘラ笑いのトーテム像だっただろう一般ステューデンツに、ミーがキアイで負けるわけがないのデス!
みんなー、お待たセー! ダブル・アーム・スープレックス、両腕いっぱいにドリンクを抱えてリターンすると、ミーはベガーどもに所望のドリンクを手渡していきマス! すると、ブリイング・ギークスどもは互いに顔を見合わせると小さく舌打ちをしマシタ! ミーの買い物がパーフェクトだったことを確認したようデス! ゼン、ギークスのうちの一人がミーに婦女子のイラストが描かれたネーム・カードを差し出しマシタ! オーッ、ジャパンのフェイマス・コマーシャル・トラディションであるところのメイシ・ゴウカンネー! ミーは腰を90度に折り曲げてカンパニー・ネームの入ったメイシを差し出しマシタ! このときミーはアクセプトされる喜びにうちふるえたのデス!
そこへステテコ一丁で首にタオルを巻きつけたサメンが、ソープの香りを発しながらアピアーしマシタ! 「フッ、コノ気ムズカシイ連中ヲハヤクモ手ナヅケチマウトハ……ヤハリ、俺ガ見込ンダトオリノ漢ダッタヨウダナ……」とツイーティングし、先ほどのサメンの行動が一刻も早くスウェットを流したいからではなく、ミーの実力をイグザミンするためにしたことがわかったのデス! ヤッパリネー、サメンのこと信じてたヨー!
「ソウソウ、オマエラニ言イ忘レテイタガ……」
ふいにボイス・トーンをチェンジすると、サメンは人差し指と中指の間に親指をはさみこんだジェスチャーを誇示しながらギークスどもにデクレアー、宣言したのデス!
「今日ハ来ルゼ、ナヲンガ! ソレモ、二人ダ……!!」
とたんにルーム内のギークスたちは色めき立ちマシタ! オブ・ゾウズ・ギークス、中でも晴海からコミケトーに参加しているという古強者ギークがエスペシャリー大きなリアクションを見せたのデス!
「な、何? いまお前はナヲンって言ったのか? そ、それはまさかヲンナ、女のことか? もしかして、本物の女のことを言っているのか? 二次元じゃない方の女のことを言っているのか? 本物の女ってそれ、都市伝説じゃなかったのか? やばいだろー、それ、やばいだろー」
トゥー・ショックト、ベテラン・ギークはよほど衝撃を受けたのか、アフター・ズィス、しばらくの間「やばいだろー」を連呼するだけのステイトに陥ってしまいマシタ! サメンのアクウェインタンスの土人オーサーが売り子ヘルパー(マネーでタイムとボディを提供する売女みたいなものデス!)を帯同してくるとのことデス! 知ってマス、それ知ってマース! プライベートな場からパブリックな場へ売女とやってくるコト、ソー・コールド、同伴出勤ネー! ミーが大きな声で「カッパン・インサツ、ドウハン・シュッキン!」と言うと同時に、サメンのナックルがミーの眉間に火花を散らしマシタ!
コンシャスネスがバックすると、ミーはタクシーのインサイドでドアーにリーン・アゲインストしていマシタ! 同乗者はサメンとオットマンのようデス! サメンがまとうバイオレンスな気配へのフィアーから、ミーはこのヤングマンをカンバセーションの相手に選ぶことにしマシタ! ヘイ、ボーイ、しばらくミーとお話ししようヨー! オットマンはここで初めて、セクスペリアから視線を上げたのデス! ゃだ……このコ……すごぃきれぃな目……してる……!!
クリエイター・フェローズとルームを共有して住んでいるコト(今日はシェアハウス・レートが高いデスネ!)、少年誌の連載をフィニッシュしたが(ソワカ反吐、とかいうタイトルデシタ!)持ち出しばかりでエロ・カートゥン時代のセービングを逆にデクリースさせてしまったコト、トウキョウ・ステーションでクソビッチ(ビチグソの聞き間違いだったかもしれマセン!)のメタル・アクセサリーに商売道具のフィンガーをデストロイされたコト、アンド・ソー・オン、いろいろなトピックをフランクに語ってくれマス! 話しぶりも好印象でセクスペリアを愛撫するだけの感じ悪い青年かと思っていたマイセルフが恥ずかしくなりマシタ! 聞けば今回のコミケトー参加にもサメンが尽力してくれたとのことデス! オットマンがサメンへの感謝を口にし始めると、助手席で黙っていたサメンが口を開きマシタ!
「俺タチハ究極、アウトサイダーナンダ。国ナンザ少シモ頼ミニナラネエ、組織ナンザ元ヨリドウ搾取シヨウカバカリ考エテヤガル。困ッタ時ニハ互イヲ助ケ合ウ、ソレガ俺タチニトッテ唯一守ルベキJINGIナノサ」
ゃだ……すごぃ……ぉとこまぇ……! オットマンがインプレスト、感じいったように深くうなづきマス! メイビー、もしかするとエロ・カートゥン業界の出稼ぎフォリナーにとって、このサメン・アッジーフという男は元締め的な存在なのかもしれマセン! バイ・ザ・ウェイ、ミーは二人のリレーションにア・リトル、すこしセクシャルなものを嗅ぎ取りマシタ! ロトン・ガールズならばウケ・オア・セメという言葉で表現したことデショウ!
タクシーを降りた先のバス乗り場でサドンリー、突然、土人誌の配給が始まりマシタ!
「――体調が悪くて今日来れないから、××さんがみんなによろしくって、これ」
もしかするとトウキョウではサルベーション・アーミーの炊き出しぐらいの、当たり前の光景なのかもしれマセン! ミーはそのアブセント・パーソンにとってパーフェクト・ストレンジャーだったのデスガ、ものほしげな上目遣いフェイスで人差し指の第二関節までをマウスに突っ込んでチュパチュパいわせていると、土人誌をゲットすることができマシタ! イン・アディション、しかもページ数に比してトゥー・エクスペンシブな冊子をフォー・フリーでデース! ワーイ、ヤッター! キョウト・プリフェクチャーならイメディエットリーお縄を頂戴(荒縄で全身をキッコー縛りすることデス!)するような年齢のポルノグラフィが満載ダヨー!
バスを降りるとそこがヤカタブネの乗り場デシタ! 生粋のパリジャンであるミーは、セーヌ・フラーヴをバトービュスでクルーズするのが日常だったのデス! ジャパンのバトービュスはどんな外観をしているのデショウカ? ワクワクしながらバージをルックするとジャパニーズ・ヒラヤ・ハウスを木造のシップにアッドしただけという、ベリーいい加減な乗り物が頼りなげにフロートしていマシタ! オオサカ・キャッスルの上にデビルがまたがっているビジュアルのメイフラワー、豪華客船を想像していたミーはベリー・ディスアポインティッド、たいそうガックリさせられたのデス!
ヤカタブネの中は少しでも平方メートル辺りの利益率を上げたいのデショウ、陸地ならば消防法にタッチ、抵触するほどのデンスリー・ポピュレイティッド、人口過密ぶりデシタ! オーッ、これがかの有名なジャパニーズ・トラディション、スシ詰めネー! ミーとサメンを含めた6人の野郎どもがフェイス・トゥ・フェイスになり、通路を挟んだテーブルに細面の優男とルーモア、うわさの売り子ガールズどもが座りマシタ!
ヘイヘイ、初対面のウタゲ・フェスティバルではテレコに座るのがコモン・センス、常識デショウ! ファースト・ハンド、初手から知り合いだけ固まってどうするんデスカ! セールス・マネジャーのスピリットが一瞬ネックをもたげマシタガ、ミーはここではパーフェクト・ストレンジャーなのデス! コンパニオン的ビヘイビアーとは遠く、ケータイ遊びにアブソーブド・インするフィーメイルたちにはベテラン・ギークもガックリきたようで、あからさまなディスアポイントメントにショルダーズをドロップさせていマス! シンパサイズ・ユー、その気持ち、痛いほどわかるヨー!
それにしても、ブルブル! 夜のリバーからウィンドウを吹き抜けるウインドはサマーだというのに冷たく、スキニーなミーはガタガタとふるえだしマシタ! イッツ・ソー・コールド! ヘイ、クルーのブラザー! こっちにアツカン、ジャパニーズ・サキをアツカンでプリーズ!
「えー、申し訳ありません。本船には缶ビールと缶チューハイしか積んでおりません」
ワ、ワット? 寒風ふきすさぶ中、よく冷えたビアーしか置いていないというのデスカ? 加えて重度のアルコール・アディクションであるミーにとって、ビアーぐらいで酔うことなんてできマセン! ミーのハンドがブルブルとふるえだしたのは、寒さではなく離脱症状によるものデス! 赤ら顔のロシア人なら「シュトービスカザーリ? ビールはアルコールじゃないだろ? コストコでも清涼飲料水のコーナーで売ってるぜ? コストコはロシア資本だろ? なんたって値札がぜんぶロシア語で書いてあるからな! ハラショー、サンボ!」と答えて四十過ぎで死ぬところデス!
オーケー、アルコールの種類が少ないことにはクローズ・マイ・アイズ、目をつぶりマショウ! こと酒類のフィールドでジャパンは二等国なのデスカラ! ハウエバー、食材への深い造詣とUMAMIに精通した日本食は、舌の肥えた欧米の食通をもうならせると聞きマス! アンド、生ガキとフォワグラ・ソバージュを常食としてたミーの舌は、生半可の食通に劣らないと自負していマス!
バット、出てきたディッシュはミーの想像をはるかに越えていマシタ! それはボールいっぱいのゲロ状のゲル、あるいはゲル状のゲロだったのデス! ヒロシマ焼きだかドテ焼きだか言うそうデスガ、なんでトウキョウくんだりまで来てヒロシマの名物を食わなあかんネン! オフコース・ユー・ドゥー、利益率を高めるためデース! シップに食わせるギャスが値上がりし続ける中、客に食わせるミールの単価をボールいっぱいのゲロで抑えるのは理の必然デス! ホワット・アン・エコノミック・アニマル・ゼイ・アー! 慄然たるエコノミック・アニマルどもデス!
オールライト、オールライト! アルコールや食事のクオリティはこのウタゲ・フェスティバルには全く関係ありまセン! 今日はタレントあふれる土人オーサーたちとのカンバセーションのクオリティを楽しむために、ミーは来たのデスカラ!
はしけを離れてからほどなくして、テーブルを満たすのは土手焼きの具材がジリジリと鉄板の上に焦げる音だけになった。携帯電話の画面を見つめ続ける者、腕組みをして虚空を眺める者、手持ちぶさたに具材をコテでつつき回す者――私は気まずさに耐えられなくなって、早くも3本目の缶ビールを注文した。背後では浴衣を着た若い女子が嬌声をあげている。合コンだろうか、実に楽しそうだ。ひるがえって、誰も話題を振りさえしないこの会合は何なのか。宴席の幹事としての活躍だけで社内の地位を固めた身にとって、実に気をもむ状況だ。まさか、ゲスト未満の部外者が場を仕切るわけにもいくまい。鉄板のジリジリいう音が内心の焦燥の擬音化のように聞こえ始めたそのとき――
「マア、ネットジャ良ク話ヲスル面々ダガヨ、コウヤッテリアルデ会ウノハ初メテッテ連中モイルダロウ。コイツガ焼ケチマウマデ、マダ時間モアルコトダ。ドウダイ、堅ッ苦シイノハ申シ訳ネエガ、ヒトツ自己紹介ッテノハ」
サメン・アッジーフ! アウア・セイビアーはやはりこの男デシタ! 気まずさをリムーブすると同時に、アウトサイダーであるミーが発言するのに自然なシチュエーションを作ってくれたのデス! ハーイ、ハイ、ハーイ! ミーはエナジェティックにハンズ・アップしマシタ! ミーが最初にセルフ・イントロデュースするネー! ミーはナラ・プリフェクチャーから来たパイソン・ゲイだヨー! ニュー・ワールド・オーダー・フォー・グッド・メンっていうテキストサイトを十年ほど前から運営してるんだケド、みんな知ってるかナー?
「知ってる」
女のうちのひとりがケータイの画面から目を離さないままボソッと、吐き捨てるように私の言葉へかぶせてくるのが耳に入り、無理にも奮い立たせていた感情は一気に冷えた。 アタシたちは優男のファンなんだから、おまえの暑苦しい自己紹介なんざどうでもいいんだよ。そう言っているように聞こえた。この女は、私がこの瞬間に川へ飛びこんだとしても、携帯の画面から顔さえ上げないだろうと確信できた。女を連れてきた色白の優男は涼しげな微笑を浮かべたまま、ツレの無礼をたしなめることも、私の方へ視線をやることもしなかった。愛情の反対は憎悪ではなく無関心――マザー・テレサの有名な言葉がふと浮かんだ。
ほとんど泣きそうになりながら、しどろもどろで尻すぼみの自己紹介を終える。伏せた顔から涙がこぼれ、鉄板の上でジュッと音を立てた。


ウオァァァァッ! これ、テキストサイトのオフレポやねんで! 現実に負けてどうすんのや! もっとウソ・エイト・ハンドレッドで、狂い踊らなアカンがな!
ライク・ア・ローリング・ストーン、さすがコミケトーで一枚看板を張る烈士たちの集まり、ただのセルフ・イントロデュースにさえ緊張で思わずハンド・スウェットを握りマス! この後の人物紹介は、グラップラー刃牙最強トーナメントのイットを思い出してもらえば、ピッタリのシチュエーションをインサイド・ブレインに再現できると思いマス!
ミーの隣に座るのはセクスペリアのオットマン、その隣りがイラク人のサメン・アッジーフ、この二人についてはもうエクスプラネーションは不要デショウ!
ミーのトイメンにいる「俺って典型的な酒の飲めない日本人だな」という風貌をした、このソース&オイリーなメンツの中でオールモスト・ゲット・ロストしている青年は、コウヤヒジリだかシモツキ(ミーはウエツキの方が好みですケドネ!lol)だかいうペンネームでイラストを描いたり、アニメの絵を動かす(大道芸の類デショウカ? よくわかりマセン!)ことをプロフェッションにしているそうデス! ホワット? ゲンガー? ポキモンの一種デショウカ? ウェル、どんなアニメの絵を動かして(?)いるんデスカー?
「あの、有名なとこでいうと電脳コイルとか」
とたん、エブリバディがどよめくのがわかりマシタ! どうやらビッグ・ネームのようデス! だとすればジャパンのギーク・カルチャーに造詣のディープなミーが知らないはずはありマセン! ウォーッ、思い出せ、思い出すのデース! 思い出しマシタ、ライトナウ、ソレ思い出しマシタ! ミーはうれしくなって叫びマス!
「ワーオ、裸神活殺拳ネ! 脱げば脱ぐほど強くなるネー!」
アイ・ドン・ノウ・ワイ、なぜかエブリバディのリアクションは悪かったデスガ、それはきっとミーがジャパニーズ・エモーションの起伏を読み取れなかっただけのことデショウ!
シモツキの隣にいるのがハルミ・エラからコミケトーでブイブイゆわせていたという古参ギークデス! ホワッツ・ユア・ネイム? アー、どうもイングリッシュ・ワードのようですがヒアリングできマセン! ジャパニーズのプロナウンスは平板すぎマス! 何度か聞きかえして、この古強者のペンネームがシャアウフプであることがわかりマシタ! シュアリー、ハンターハンターのトガシ先生をリスペクトしているに違いアリマセン! 「手淫すげえよ!」(これも元はイングリッシュ・ワードのようデス!)みたいなタイトルのゲームでアクセサリーとかのデザインをしていたそうデス! スリー・ディメンションへの絶望のせいかメディケーションのせいか、なかなかテンションが上がりマセン! ホテルではミーへのブリイングの火種となった人物デシタガ、このウタゲ・フェスティバルで小学生が大好きと知りマシタ! ミーがビリーブするセイイングは「子ども好きに悪人はいない」デース! 見直したヨー! オウ、これがシャアウフプの作成した土人誌デスカ? レット・ミー・ハブ・ア・ルック! ガッ、マイガッ! ユー・アー・アンダー・アレスト! ゴー・トゥー・ジェイル、ユー・ブラッディ・アス・ホール!
ソリー、思わず取り乱してしまいマシタ、スイマセン! クリミナルの隣には、「ナントカ村」という名字の人がよくやる、カタカナのムを突き出た鼻、ラを開いた口に見立てた自画像のようなフェイスのパーソンが座っていマス! トゥ・テル・ザ・トゥルース、実のところこの人物に関してわかっていることはあまり多くありマセン! ジェネラリー・スピーキング、一般的に言って俯角に設定されることの多いウェブカメラを仰角に設置しているということだけデス! なぜ俯角ではなく仰角なのデショウカ……オオップス、コレ以上は勘弁してくだサイ! ア・フュー・モア・ワーズ、アイ・ウィル・ビー・キルド! ペンネームを聞きそびれたので個人的にホニャ村と呼ぶことにしマス! どうやらホニャ村はマス・オーヤリなる人物をレスペクトしているようデシタ! フー・イズ・ヒー? キョクシン・カラテのファウンダー、創始者のことデショウカ? ミーがザ・疑問を口にすると「マア、オマエハ、飲ンデロヨ」とサメンがミーに新しい缶ビールをプッシュしてきマシタ! 「違うんデスカ? ビッグ・ファック先生じゃないんデスカ?」と重ねてアスクするとホニャ村の表情マッスルがひきつり、サメンはシリアス・フェイスで「バカ、ヤメロ」とミーをたしなめたのデス! 実在の人物かどうかさえわかりませんデシタガ、マス・オーヤリの話はどうもこの席ではビッグ・タブーのようデシタ! フォックスにつままれるとは正にこのことデス! エロ・カートゥン業界ではヤスタカ・ツツイの小説に登場するフーマンチュウ博士みたいな位置づけのパーソンなのかもしれマセン!
アンド、通路をアクロスしたテーブルでハーレムを形成しているのはファインド・ウォーリーかカズオ・ウメズのようなストライプト・奇抜・ファッションをした優男デース! ヘイ、レット・ミー・リマインド・オブ・ユア・ネイム! ボーボボボ・ボボーボボボ? 何回聞いても、ボの回数がわかりマセーン! 少年ジャンプ愛読者からキヨシ・ヤマシタをレスペクトしている可能性までありマース! ジャパンのカルチャーは多様すぎるネー! ミーは個人的にズィス・ガイをウォーリーと呼ぶことにしマシタ! オウ、これがウォーリーの作成した土人誌デスカ? レット・ミー・ハブ・ア・ルック! ガッ、マイガッ! ファティ・メルティ・ウェイスト・ウィズ・ボミッティング・ストレンジ・ヒュージ・ティッツ! 人を見た目でジャッジしてはいけないとよくマムはミーに言いマシタガ、このときほどマムの言葉が実感を伴ったことはありマセン!
ザッツ・イット、これだけの多士済々なのデスカラ、ドッカンドッカンおもしろトークが次から次へエクスプロードしそうデス! これぞトウキョウまで出張してきたかいがあるというモノ、エクストリームリー楽しみデース!
鉄板の周囲には幾たびかの沈黙が降りている。ホニャ村がスッと挙手する。皆の視線が集まる。「今まで隠していたことがあります。私、サメンさんと同じ雑誌で描いていたことがあります」と発言する。誰も拾えないボールだった。話を振られた当の本人も「アア、ソウナノ?」と困惑気味の応対で話題の種火はたちまち消滅した。船上ではトイレを理由に中座して、そのままフケることもできない。窓から川に飛び込むことを本気で思案し始めたとき――
「アア、コノ土手ハ素晴ラシイモリマンダネー、恥丘ノ神秘ヲ表シテイルンダネー」
パーハプス、もしかしてレオ・モリモトが乗船しているのデスカ? ノー・ヒー・ダズント、やはりこれもサメン・アッジーフの仕業だったのデス! 土手の外壁をコテで成形しながら、サメンはさらに続けマス!
「柔ラカナ土手ノ内側ニ満タサレテイルノハ愛ノジュースナンダネー。緑ノ滓ヲ浮キ沈ミサセナガラ白ク泡ダッテ、ホラ、今ニモコボレソウダネー。剥キ海老ノ白サハ、ソウ、包皮ヲ剥イタアノ甘イ豆ノヨウダネー」
サハラの熱い風を意味する族長名・アッジーフを冠したサメンの語りは、冷え切ったプレイスをたちまちウォームしていきマス! ホワット・ア・シェイム! ミーはアウェイを理由に保身に満ちたサイレンスのインサイドで自己憐憫にひたっていたことを恥ずかしく思いマシタ! ポジションなんて関係ありマセン! ワン・ミーティング・ア・ライフ、一度の出会いがハウ・レアかを思い、そのミーティングに全力をかけられるかがインポータントなのデス! ミーはマイセルフをおおっていたエッグシェルがクラックするサウンドを確かに聞きマシタ! サンキュー、サメン! 今こそプライドのセルからレスキューしてくれたユーへのJINGIを、ミーが果たすときデス!
「ヘーイ、みんな知ってマスカー? ナラの仏像さんはめっちゃエロいのネー! それを証拠に頭はケマン、喘ぎはアハン、左手はテマン、居るのはネハン、股間はたちまち濡れそぼり、ニルヌルニルヌル、ニルヴァーナ!」
ミーは大ハッスルでサメンの暖めたステージにとびこみマシタ! ホワット・ア・ミステリー! なんということデショウ! 場の空気が急激にクール・ダウンしていくのを感じマス! オットマンだけがミーの隣で、「サメンさんとパイソンさんのやりとり、すごい面白いです」と両手をクラップして大喜びデシタ! ジャパンの若者の中央値としては考えにくい青年のチアフルネスにエンカレッジされ、ミーは最後のデンジャーなギャンブルにうって出マシタ!
「ダイインシン、チュウインシン、ショウインシーン! チュウナゴンはいるのに、なぜチュウインシンだけありマセンカー? チュウのインシン王にカツレイされたからデスカー? カツカレーイ!」
絶叫が虚空に消えると、テーブルにはしんとした静寂が残された。そして、いつの間にか背後の席からは一切の声が聞こえなくなっていた。はしけに船体が当たり、船全体が少し揺れた。日本人の顔になったサメンが伝票を取り上げながら、「えー、三千円通しでお願いします。端数はいいっすよ」と言った。三々五々、船を降りてゆき、私はテーブルにひとり残された。
「あーっ、だれか携帯電話忘れてるよー」
黄色い声にふりかえると、私のアイフォンを浴衣姿の可愛らしいお嬢さんがひろいあげるところだった。
「あ、それ、ぼくのです」
言うや否やあからさまに怯えた表情になり、汚いものにでも触ったかのように私にアイフォンを投げよこした。グループの他の女子が集まってきて「だいじょうぶー?」「なにもされてないー?」と口々に声をかける。私は黙って船を降りた。
帰りのバスは混み合っていたが、私の隣には誰も座らなかった。頭の芯まで恐ろしいほどにシラフで覚醒しきっていたが、酔ったフリで目を閉じた。
またやってしまった。ふだん社会性でがんじがらめにさせられている誰かにとって、酒の席は反社会的な部分を少し解放してやることで、共感を得られる場になる。勝手な推測に過ぎないが、たぶん今日の酒席はその逆だったのだ。私は貯蓄とか、住宅ローンとか、フィットネスとかの話をするべきだったのだ。
しかし、すべてはもう遅かった。宴席で関係を築き、大量に余った在庫を押し付けよう、あわよくば彼らの知り合いに同人誌を紹介してもらおうという甘い見通しは、粉々に砕け散ったのだ。
ホテルのロビーに戻ると、なぜかホニャ村が話しかけてきた。自分は三十歳を過ぎてから絵を描き始めてここまできた、頑張れば遅すぎるということはない、などとアドバイスを受けた。サメンの弟子か何かと勘違いし、たぶん、私を励まそうとしたのだろう。先ほどの宴席で自ら話題をふったことといい、実はかなりいいヤツなのかもしれない。しかし、私の望みはイラストのスキルを向上させることではない。己のテキストをより広範な形で世に問いたいという一点なのだ。ホニャ村の励ましに心温まるものを感じながらも、このディスコミュニケーションこそが今回のすべてを象徴しているな、と思った。
互いに名残を惜しむサメンとその同人仲間たちを尻目に、私は黙って自室へと引き返した。いろいろな意味で、終わったな、と感じながら。一刻も早くひとりになりたかった。
灯りもつけず、服も着替えないままベッドに倒れこむ。空調か何かのぶーんという音が部屋の中に充満していた。何も考えずただ頭を空っぽにしていたかった私は、そのぶーんという音に意識を同調させていった。最後まで読み通すと発狂するというあの小説のことが、ふと頭に浮かんだ。
どのくらいそうしていただろうか。ふいに部屋のドアがノックされる。ルームサービスは頼んでいない。しばらくすると、再びノック。ノロノロと立ち上がり、覗き穴も見ずに部屋のドアを開ける。そこにははたして――
「アンナンジャ、オマエハ飲ミ足リネエダロ? サシデ飲ミ直シトイコウヤ」
なんとノックの主はサメンだったのデス! ホワイト・ワインのビンをかかげながら、ルームに入ってきマス! ミーは人差し指でノーズの下をこする仕草で涙を隠しながら「も、もちろんネー!」とアンサーしマシタ! そしてミーとサメンのセカンド・ウタゲ・フェスティバルが始まったのデス!
ムーディな間接照明の下に洗面所のグラスでイーチ・アザー、差しつ差されつを繰り返していると、ジャパンにエロ・カートゥン・オーサーとして生きるアフガニスタン人の苦しみを、サメンはポツリポツリと吐露し始めマス! 浅黒いフェイス・カラーに濃いヒゲで、酔っているのかどうかはわからなかったデスガ、ホワット・イズ・コールド、ガイジンとしてのシンパシーが互いを満たしていることだけは確信できたのデシタ!
今日一日のエブリシングはオールライト、ウォーターに流そう、そう考えているところへサメンが言ったのデス!
「マァ、ホレ、今回ハサ、オマエニ気ヲツカイスギチマッタトコロガアルカラヨ」
ノーズの頭をかきながら照れくさそうにサメンは言いマシタ! ホワット・ディド・ユー・セイ? 気をつかう? ユーズ・気・オーラ? ライク・太極拳? ミーのヘッドにはクエスチョン・マークが乱舞していマシタ! サメンの様子をうかがうと、どうやら日本語ディクショナリーのデフィニション通りの意味で言ったようデス! ミーのブレイン・バック、脳裏には今日一日のベアリアスなシーンがクロッシング、よぎりマシタ! 罵倒、殴打、ネグレクト――どれひとつとしてミーの中では気をつかうの定義に当てはまりマセン! プロバブリー、おそらくバズーカをミーの顔面にブチかまさなかったり、ロケットランチャーをミーのアス・ホールにブチかまさなかったり、売り子をヘルプしているミーのスロートを背後からサバイバルナイフで掻き切らなかったことを指しているのデショウ! おそろしいまでの彼我の認識の差異、カルチャー・ギャップに、ミーは世界から戦争が無くならないリーズンの深淵をのぞきこんだ気がしたのデシタ! サメンはそんなミーの動揺にも気づかず、コミック・オーサーとは思えぬほどゴツゴツしたナックルをミーの眼前へヌッと突き出して、「モシ次ガアッタラ、今度ハ手加減無シダゼ?」と言ったのデス!
シュアリー、間違いなくサメンの本気とはSATUGAIした後、生命を失ったボディを前に、死体こそアイドルであり偶像崇拝のタブーに値すると絶叫しながら、エー・ケー・ビー・フォーティ・エイトならぬエー・ケー・フォーティ・セブンで原型を留めぬほどミンチにするようなタイプのものに違いありマセン! 犬歯を剥き出しにしたその笑顔は、クルセイダーを血塗れの偃月刀で殺害しながら性的絶頂に達する獣たちの末裔、正に快楽天ビーストの凄惨さをエクスプレスしており、ミーのキドニー、腎臓はシティング・ピー、座り小便を危うくマイセルフにアラウしてしまうところデシタ! でも……ミーとサメンゎ……ヌッ友だょ……!!
「オット、モウコンナ時間ジャネエカ。俺ハ、一足先ニ寝カセテモラウゼ」
ミーのレスポンスを待つワン・モーメントの隙間も無く、サメンは大あくびをしながら大股にルームを出ていきマシタ! クロックを見ればまだ0時を回ったところデス! 昼夜のリバースしたコミック・オーサーをノーマルなものとして想定していたミーにとって、そのヘルシーすぎるライフ・スタイルはデルビッシュ有な風貌を裏切っているように思えマシタ! マーダラーのイノセンスという言葉をミーはなぜか思い出したのデス!
ボトルに半分以上残ったホワイト・ワインをMOTTAINAIのスピリットでラッパ・ドリンクしたライト・アフター、ミーの意識はバニッシュしマシタ! 体感にしてフュー・セカンズ、数秒したぐらいでルームのテレフォンがけたたましい音をたてたのデス!
「オウ、ナンダ。マダ寝テタノカ。アンマリ遅エカラ、ビッグサイトノ回リヲ5周ホド走ッテキチマッタゼ」
なんというビガー、精力デショウ! ミーはこれを聞いて、サメンの創作パワーのソース、源泉をディスカバーする思いがしたのデス! このミドル・イーストからの出稼ぎコミック・オーサーはネバー、決して夢見がちなチェリー・ボーイどもの妄想をフルフィルするためにエロ・カートゥンを描いているのではありマセン! ローカル・タウンをジョギングし、バイスィクルで数十キロを走破し、リアル・ワイフにカムショットし、ベッド・メイトにカムショットし、フッカーにカムショットし、まだカムショットし足りない分でペイメントの発じるマガズィーンのマヌスクリプトを描き、それでも余っているビガーを発散するために土人誌にエロ・カートゥンを描いているのデス! これぐらいのパワーを持ったパーソナリティで無ければペンニス1本(訳注:当該部分が何かで汚れており、penかpenisか判読不能なため、このように表記した)でチンチン代謝(訳注:原文はshinchinの表記。タイプミスか)の早いエロ業界でサバイブしていくことなどインポッシブルなのデス!
階下のダイナーでブレックファストを共にした後、サメンがミーをアキハバラまで送ってくれることになりマシタ! オーッ、知ってマース、ソコ知ってマース! アニマ・ムンディがアポカリプティックにサクガ・ホウカイしたところデスネー! サメンはミーのワーズを完全にイグノア―すると、荒々しくアクセルをフロアーまで踏みこんでホテルのパーキングをリーブしたのデス!
オーッ、レインボー・ブリッジ、レインボー・ブリッジデース! ホワイ・ノット、今日はなぜか封鎖されていまセーン! ウィンドウにフェイスを押しつけてチャイルドのようにユージ・オダを探すミーをサメンがネグレクトし続ける最中、事件はカンファレンス・ルームではない場所で起こりマシタ! 大型のゴミ収集車がスピルバーグ監督の「激突!」を思わせる動きでヌッと車線変更してきたのデス! サメン・アッジーフは今こそ中東でテラーを行使してきた凶悪なネイチャーをエクスプロードさせ、「アオッテンジャネエ! コノEdda避妊ドモガ!」と大声でイェルしながらナックルでクラクションをガンガン殴りましたマシタ! ミーゎしょうじきびびった……でも……こわがるのょくなぃって……ミーゎ……ぉもって……がんばった……ミーとサメンゎ……ヌッ友だょ……!!
ウェル、ところで、エッダ? エンシェント・ノルドのポエムのことデショウカ? Edda避妊というシャウトはどうもフォー・レター・ワーズ、ののしり言葉のようデシタが、アンダーグラウンド・カルチャーにうといミーにはその意味がよくわかりませんデシタ! フィアーに満たされながら横目で隣を見ると、サメンは目を真っ赤にしてさめざめ(lol)と泣いていマス!
「アイツラ、午前中ダケ三時間ホドゴミヲ集メテ、午後ハ飲ンダクレテル。ソレナノニ、オレノ倍以上ハ金ヲモラッテルンダ。コナイダ役所ニ行ッテアノ仕事ヲ回シテ欲シイッテ言ッタラ、『申シ訳アリマセンガ、アレハ生マレツキノ権利ナノデ……トコロデ、外国人登録証明書ヲゴ提示イタダケマスカ?』、ダトサ! 知ッテタカ? インディア並ミノカースト制度ガ、コノ日本ニハ実在シテルンダヨ! アンナヤツラガイル一方デ、オレハ一日十六時間エロマンガヲ描イテ、国ニ残シテキタボウズトカカアヲ養ッテルンダ! ナア、ヒドイ話ダト思ワネエカ! コレジャ、現地妻ヲ作ルヒマモネエ! 現地妻ヲ作ルヒマサエネエンダヨ……!!」
サメンはハンドルへ身をあずけるようにして、いまや滂沱と涙を流していた。段ボール製のつけ鼻を貼りつけるセロテープの下の皮膚にしりしりとしたかゆみが生じる。俺たちは現実から逃げ出して、二次元の安らぎにやってきた。だが、俺はその場所からも逃げた。結局また現実へと戻ってきて、もうどこへも逃げられない中で、日々の鬱屈をなんとか無知と酒でしのいでいる。
だが、この男は違う。俺は二度も逃げたが、この男は一度しか逃げなかった。そして己の居場所を維持するために、未だに最前線で戦い続けている。私は鼻につけた段ボールに手をかけると、一息に引き剥がした。何がパイソン・ゲイだ。おまえはいい年をした、何者にもなれなかった凡人じゃないか。本当に好きなものなんて何ひとつない、日々を空費するだけの凡人じゃないか。
古書のまちをぬけると、大きなビルの林立する電気街に到着した。降りるときに、ふたりで握手を交わした。励ましでもなく、友情でもなく、約束でもない、そんな握手だった。車が走り去るのを見送ると、近くのゴミ箱に握っていた段ボール片を放りこんだ。
もはや早朝とは呼べない時間なのに、店のシャッターの多くは下りたままだった。街全体がまだ、昨日の夢をまどろんでいるように見えた。
さあ、これからどうしようか。ゲーセンで時間でもつぶしてから、同人ショップにでも寄ってみようか。メイド喫茶に入ってみてもいいし、たしかAKB劇場もこのあたりにあったはずだ――
だが、私はそのどれに対しても心が平たく閉じているのを感じた。
まっすぐ駅にむかい、東京までの切符を買う。改札の前でふりかえり、秋葉原の街にむかって深々と頭を下げた。それはおたくを象徴する場所への、この十余年の謝罪をこめた一礼だった。
ぼくはずっと、君たちおたくがうらやましかった。ぼくはずっと、おたくになりたかった。ぼくにとってのおたくは、身を包むブランドのようなものにすぎない。他人に自分をどう見せたいかの飾りで、なくして困るようなものでは全然なかった。
もう一度言う。ぼくは、おたくになりたかった。骨がらみの、それを引き剥がせば失血して死んでしまうような、ひどいおたくになりたかった。いまや現実のぼくは、君たちを断罪し、粛清する側に立ってさえいる。君たちをとりまく人々のいちばん外側から、石を投げるふりさえしている。
どうか、こんなぼくをゆるしてくれ。ぼくはずっと、君たちみたいに純粋に生きたかった。ぼくは、本当は、おたくになりたかったんだ。
よい大人のnWo 第一部完

MMGF!!AVANT 1(冒頭5,533字)0629版

 ペルガナ市国は半島の先端、ペルガナ史跡群と呼ばれる古代遺跡を覆うように成立した国家である。「鋤を入れれば遺跡に当たる」と言われ、古代遺跡をそのまま住居とする一帯も見られる。観光と学術研究がペルガナ市国の主産業であり、ふんだんに与えられた過去の遺産が国民の気質を穏やかにしている。
 半島の先端から海岸を沿って、二本の街道が伸びている。それらは市国の市街地を貫き、行政府であるブラウン・ハット頂点とした山型に折り返しており、本来はひとつづきのものだ。だが市国の住民は特に、東の海岸沿いを走る街道をエイメス、西をイムラーナと呼称している。刃一枚さえ通さないほど精緻に組まれた石畳の街道だが、敷設の労を担ったのは市国民ではなく、やはり古代人である。
 そして、街道をなぞるように進む馬車が一台。
 まわりくる轍に小動物は逃げ隠れ、昆虫たちはひき潰される。だとしたら、ぼくは虫けらとあまり違わない。そして、虫けらと大して変わらないのに、いまやおまえはずいぶんと世界を救う気じゃないか。
 窓の外へ視線をやると、昼の光の下でなお黒く見えるほどに緑の深い広葉樹が枝を密集させているのが見える。ペルガナ市国が永世中立を保つのに大きな一役を買う、通称「黒い森」だ。
 鳥の視点からペルガナ市国を北上してゆけば、ひとつであったふたつの街道がみるみるお互いに離れていくのがわかるだろう。まるで、半島の中央にくろぐろと広がる深い森をきらうかのようだ。
 黒い森が街道を覆いつくしてしまわない理由はふたつある。ひとつは、森の背をわずかまたぎこす高さで立てられた監視塔、通称「やぐら」だ。市国警備隊が巡回と斥候を行う戦術的拠点(便宜上は)であるが、実際のところ数百年もの平穏が続く中で、隊員たちの主な仕事のひとつとなった草むしりが存外、森の侵食を防ぐことに役だっているらしい。
 なぜそれがわかったかと言えば、史学科と生物学科のハイキングを兼ねた共同研究――あるいは共同研究を兼ねたハイキングというべきか――の成果である。学科長会議でこの発表が行われたとき、数秘学科の某メンターは烈火の如く怒った。
 「学園の学際的発展を切に願い続ける一方で、共同研究の名目を借りて論文にも満たぬ感想文を学科長会議へ提出する蒙昧ぶりには極めて深刻な遺憾を呈さざるを得ない。だが、学科の思想的独立へ踏み込んでまで、この感想文の価値を論議するつもりは毛頭無い。問題は、この日の昼食代が各学科づきの予算ではなく、国庫支出に該当する共用費へ計上されていることだ。再度確認するが、この感想文の学術的価値について私は何か批判する立場にない。だが、この紙きれが背任収賄を隠蔽するためだけにここへ提出されたと仮定するならば、話は全く変わってくる」
 ぼくは思わず噴きだしそうになった。この男の舌鋒の鋭さは、事の大小なんて全く関係がないのだ。できるだけ姿勢を正したまま、膝に爪を立てて神妙な表情を保とうと努力する。
 というのも、ペルガナ市国全体を巻きこんだ、とある大きな出来事からこちらというもの、会議中にみじろぎひとつでもしようものなら、皆の顔がいっせいにぼくの方を向くようになってしまったからである。
 先日も旧棟の補修工事にかかる補正予算の審議中についあくびをしてしまい、全くつつましやかに妥当なその原案が否決されるという椿事があった。ぼくはあわてて動議を出して再投票からの可決に落ち着いたが、そのときの某メンターの形相はすさまじいものだった。ぼくに訪れた感慨は、こうだ。
 ああ、こうやって独裁制は始まってゆくのだなあ。
「ともあれ、学園の版図は武ではなく知によって広がるべきだと考える。我々は、他の土地へ拡充するのではなく己の精神をまず拡充するのだ」
 この件以来、危機感を強めた某メンターは、発言の最後へ常にこの言葉を付け加えるようになった。ぼくと学園長へ順番に視線を送りながら、である。やれやれ。あのできごとはぼくにとってすでに遠い昔のように霞んでいるのに、周囲の見方はどうやらそうではないらしい。
 ふと、鼻腔を潮風の匂いがくすぐる。黒い森が街道を侵食しないもうひとつの理由だ。海と森、あと少しでもいずれかに近ければ、この街道は数百年という歳月を永らえなかっただろう。偶然ととらえるか、人の叡智ととらえるか。ぼくは両方だと思う。いつも人に優しいわけではないこの世界で、真空のように人が生きる余地を切り出すのに、どちらが欠けてもいけない。
 轍が小石を噛んだのか、馬車は大きく弾む。ぼくの肩に頭を預けたまま眠っていたスウを、そのまま胸元に抱きとめる格好になった。腰に回した手に伝わるほっそりとした感触とは裏腹の量感にうろたえる。
 純粋な知的好奇心に促され、進行方向とは逆の、幌の外へ視線をやるふりで、量感の正体を実地検分しようとしたそのとき――
 「よく眠ってますね。よほど安心しているんでしょう」
 落ち着いた声音に、自分の置かれた状況を思い出した。ぼくの向かいには、豊かな白い髭をたくわえた老人が腰かけている。
 『学園長は国王』の言葉が体言する決裁権を一手に握る、事実上のペルガナ市国最高権力者、正にその人と旅程を共にしているのであった。
 ぼくはひそかに唾を飲んで、若干の声音を作る。
 「しかし、これでは護衛になりませんよ」
 「君さえ起きていれば、全く問題ないでしょう」
 穏やかな微笑みが示すのは、揶揄か、皮肉か。どうやらどちらでもないらしいのが、ぼくにとってすごく重いところだ。
 「それに、到着前に二人きりで話をしておきたかった。評議員会の耳に入ると少々まずい部分もあるのでね」
 この非才の持ち物で最も有用なものが、空気を絶妙に読む能力である。学園長は、隣に眠る少女のことを言っているのだろう。スウは、評議員の娘である。
 ぼくは、内面のさざ波を隠そうと表情を作る。けれど、それはわずかにこわばったに違いない。
 「いや、君のプロテジェを貶めようというわけではなかった。もしそのように聞こえたのなら、すまない」
 老練な最高権力者は、隠そうとした感情にさえ先回りをした。ぼくは肩から力を抜く。この人物に、かけひきや隠しごとは無しだ。
 「ご心配になっているのは、評議員会で私が行う報告についてでしょうか」
 「それもありますね」
 学園長は白い髭をゆっくりとしごきながら、完璧に抑制された微笑でうなずく。
 「あの事件の真相に最も近いメンターとして、召喚されたと聞きました。ですから、私情や憶測をはさまず、事実として確定している部分だけを話すつもりです」
 「君が提出したレジュメは、読ませてもらいました。報告があの通り行われるならば、何ら問題はありません」
 ただの確認と思わせるさりげなさの裏には、静かな圧力がある。
 「ただ――」
 言いながら、白髪の下にある眉間が、ふっと曇った。
 「こちらが節度を保っても、相手の出方がそうならない場合は往々にしてある。特に、権力の位置関係がはっきりしているときにはね。イレギュラーな展開も想定しておいた方がいいでしょう」
 数百年の昔、学園設立の基盤を作った7つの素封家からの代表が、評議員会を構成している。大元の2つはすでに血筋が絶えているが、常に7という数字を保つように、随時補充される。
 聞いたところによると、どうも名家のプールのようなものがあるらしい。立身し財を成した人物が最後にたどりつくのは、芸術であったり教育であったり、より抽象度の高い「上品な」社会貢献である。学園の運営に、お願いしてでも金を積みたい層は少なくないのだ。
 ペルガナ学園は研究機関として、思想的な独立を得ている。しかし、それが経済的な独立につながるかどうかは、また別の話である。要するに、評議員会とは学園にとっての巨大なパトロンなのだ。学園長が示唆しているのは、その隠然たるパワーゲームのことだろうか。
 「今回の一連のできごとは、君にとって今後の立場を決める非常に大きなものだったろうと思います。しかし、それはまた、学園を預かる私にとっても非常に大きなことでした」
 買いかぶりだと思う。同時に、買いかぶりという表現で己の能力に見合った責任から逃げているのだ、という気分にもさせられる。学園長の言葉は水のようにさりげない。そのくせ、実はわずかの粘度を伴っていて、知らず心へまとわりつくのだ。ぼくの軽口とは言葉の質が違う。意思を通わせること――つまりは人間というものを信じていることから来るのだろう。
 「私は、半世紀近くを学園に捧げながら、その潜在力を不当に低く見積もっていたことを思いしらされました。これは、私自身の来歴に由るところも小さくないのでしょうね。まるで年端のいかない子どもを庇護するように、学園を庇護してきた。もしかするとそれは、間違っていたのかもしれません」
 ふと学園長の表情から、微笑が消える。そしてぼくは、生じた変化へ吸い込まれるようにその人を見た。
 「君は、学園の閉塞した状況に選択肢を与えてくれたのです」
 そこへ現れたのは、湧きでる清水の如き静かで深い活力。
 長く学園を運営してきた、絶え間ない克己と精神力の源。
 ぼくはただ、視線を外さないようにするだけで精一杯だった。そんな様子に気づいたのだろう、学園長が目元をゆるめる。どっと汗が吹きだし、ぼくは解放される。
 「こと理不尽な何かに相対するとき、実際に行使するかは別として、選択肢を持っているかどうかは非常に重要なことです。切り札、と言い換えてもいいでしょう。もちろん、いかなる理不尽にも理性で処するべきですが、理性の裏へ理不尽をはらませることができれば、望む局面へ相手を誘導することも容易でしょう」
 わからない。おそらく、わざと焦点をぼかすことで解釈を引き出し、ぼくの思考を探ろうとしているのか。逡巡さえ、情報になる。ならば、考えても仕方があるまい。
 ぼくはずばり切り出した。
 「その選択肢とは、メンター・スリッドが危惧するような内容をおっしゃっているのでしょうか」
 学園長は、プロテジェの優れた答えを聞くときのメンターのように、優しく目を細める。しかし同時に、この笑顔は隠蔽や拒絶の意味を含むことがあるのだ。
 「学園が装う永遠に続く平穏は、見かけほどは磐石ではない。そして、つきつめられた自由ほど人を堕落させるものもない」
 投げかけた質問への返答は、巧妙に回避されたようである。
 「ですが、こうも考えるのです。自由を維持されてこそ、人は最も尊い成果を生むことができるのだと。陥りがちな二元論の狭間で、どこまでいずれにも染まらずにいられるかを追求したいと思っているんですよ、私はね」
 もしかして、いまのは某メンターについての人物評も含んでいるのかな。
 「元より、我々は皆、学究の徒として学園に奉職している。メンターとしての立場さえ、『教えるは学ぶの半ばなり』を実践するためです。誰も好んで、政治の方をやりたいわけではない。選ぶのではなく、たどりつくのです。研究者としての私は、まあ二流だった。少なくとも君のような才覚を発揮できたわけではなかった」
 習い性で口を開きかけ、つぐむ。これは告白だと気づいたから。ならば、ぼくの謙遜は余計だ。
 「けれど、学園を愛していました。いったいどこに、年齢も出自も異なる人々が、共に生きることのできる場所があるでしょうか。殴り合いの議論の後に笑って杯を交わす、私はこの闊達な気風がいつまでも廃れぬことを望んだのです。ただペルガナ学園である、というだけの理由でつなぎあわされた多種雑多な人々が、住まう場所を失い、世界の各地へと離散してゆく。その想像に、私は耐えられなかった。そうして、四半世紀――ただひとつの想いから始まった見よう見まねの仕事も、ずいぶんと板についてきた。まったく、人生とはわからぬものですよ」
 そして、話してしまったことを恥じるような、自嘲めいた微笑み。その気持ちをわかる、とは言わない。誰かの生き方をわかると思うこと、それは傲慢だ。
 「今回のできごとで――」
 だからぼくは、共感の言葉の代わりに、ただ自分の話をする。
 「学園の窮地へ接して、ぼくが感じたのは人の営みへの責任、市国の歴史への責任でした。自分よりも長く続く何かを、自分のてのひらの内で終わらせてはいけない、そう思ったのです」
 今度こそ――
 学園長は掛け値なしにプロテジェを褒めるときの、満足げな微笑みを浮かべた。
 「君は、私よりもずっと、組織の長としてふさわしい視座を持っているようですね」
 また、馬車が大きく跳ねた。
 「うぅん」
 ちょっとドキリとするような艶めいたうめきと共に、スウが目を覚ます。これで学園長との会話はおしまいか。
 「おはよう。よく眠れたかい」
 内心、少しがっかりするのを悟られぬよう、できるだけ優しく声をかける。起きぬけのスウは、なんだかまだ目の焦点が合わないみたいにぼんやりしていた。学園長は孫でも見るような好々爺の笑顔で、実際に孫ほども年の離れたプロテジェとメンターのやりとりを眺めている。
 「まあ、一番の問題が何かと言えば――」
 学園長は外へと視線をやりながら、釣りこまれそうなほど細く、深いため息をついた。
 「この世には悪が存在しない、ということでしょうね」
 視線を追って、御者の肩越しに外を見る。そこへ、盆地の傾斜へ沿うように、小さな町が石壁の内側へ包まれていた。
 「まあ、大した悪人だよ、あれは」
 学園長とぼくとスウの道行きから、話は少しだけさかのぼる。それは、体技科長の送別会とボスの復帰祝いをかねた宴でのできごとだった。
 バルコニーに身をもたせて、夜風に柔らかな金髪をなぶらせながら、少年の見た目をしたその人物は、盃を音高くテーブルに置くと、忌々しげにそう吐き捨てた。(続)